2018年11月04日

北海道などで中国人が水のある所などを買い占めていると言われています。速く規制をと願っていましたが、未だに何の動きもありません。何故か!

北海道などで中国人が水のある所などを買い占めていると言われています。速く規制をと願っていましたが、未だに何の動きもありません。何故なのか? その理由を知って非常に驚きました



 本当に情けない国会議員達です! 許せません! 

 公明党が国土交通省大臣を欲しがる理由がよく解りました。


ーーーーーー

https://blogs.yahoo.co.jp/bonbori098/35304853.html


シナ人による土地の買い占めが問題視されているのに、なぜ規制する法律ができないのか?



青山繁晴氏がその理由を述べた。

-----------------------

青山繁晴:「山田宏さんと『なぜ中国人や中国資本による日本の土地の買い占めを自由民主党が防げないのか、そこに斬り込んでいきましょう』と決めた。しかしやり始めた途端、物凄い圧迫がかかってきた。これは自由民主党の内部からです。



正直言うと私は失うものはないんです。政治献金は受け取らない、政治資金パーティはしない、後援会もありません、支持団体もない、選挙区もつくりません。ですから僕にはある意味、手は出せないんです。しかし自民党議員は失うものたくさんあるわけです。



山田宏さんの他、僕が議員になる前から、こういうことに動いている人がいる。ところが物凄い圧迫がかかって、例えば自由民主党の特命委員会だとか、部会であったり、中国の土地の買い占めを防ぐ動きはことごとく封じられてきた。



憲法からして日本の国土を守る概念がない。憲法9条には国を守る概念がない。拉致されようが、土地を奪われようが、竹島を侵略されようが、北方領土を奪われたままであろうが、尖閣が奪われそうでも、何もしてはいけないのが日本なんです。



これは国民の生命と安全だけではなくて、土地も、水も、空気も守る手段がない。憲法にこの裏打ちがないから、その下の法律で作れるかと言うと難しい。法制化するために部会とか特命委員会で議論するのに専門家の法制局に入ってもらうが、最終的には『裏打ちがないから規制は無理だ』と潰される。



それだけではなくて、内部の組織を作ろうとすると『これはやめておいた方がいいよ』と言ってくる。『何のために』と聞くと『選挙のために』。これは自公連立、特に衆議院は小選挙区の多くが公明党創価学会の支援を受けているわけですから、その公明党創価学会の考え方は『中国と土地の関係で事を荒立ててはいけない』なんです。



公明党の方にも中国資本の土地のことを聞きましたが『ちょっとそれは』と曖昧にされるんです。



特に公明党と深い関係の自由民主党の議員に聞くと『土地の問題をやると小選挙区で公明党の支援がなくなる恐れがあるので、青山さんの邪魔はしないけれど、私がやるわけにはいきません』と言うことをこの2年の間、どれほど聞いたか。



だから今、選挙に落ちてもいいから、これに取り組む同志を増やすことから、時間はかかってもやっている」

(平成30年7月20日 「青山繁晴が答えて答えて答える!」)


-----------------------



これが日本の政治の現実である。



つまりシナ共産党は公明党を使って自民党を抑えているということだ。



国会議員の最も弱みである「選挙」をダシにしてである。



これではシナによる土地の買い占めはやりたい放題である。



ここでつながるものがある。なぜ国交大臣は公明党なのか、である。

これは大きなキーポイントである。



公明党大臣の指示を受けてか、国交省はシナ人など外国人による土地の買い占めのために「不動産取引の実務マニュアル」をつくっている。



ここには「外国人を理由に土地取引の拒否は人権差別となる」とあり、その理由は「日本は国際人権B規約や人種差別撤廃条約といった人種差別を根絶する条約に批准・加入しており人種差別を禁止しています。そのため不動産取引において外国人を理由とした取引拒絶は不動産所有者等が損害賠償請求の訴訟を提起される可能性があります」と書いてある。



国交省自らがシナ人の土地買収をバックアップしているのだ。



しかも与党たる自民党議員が公明党創価学会の票が欲しいために、本来国のために言わなければならないことを知っていながら見て見ぬふりをしているのだ。



こんな者が国会議員になって、日本が取り戻せるのか?



たとえ国会議員になれなくても、日本国を守るために、命を張ってダメなことはダメと言える者が国会議員にならねば、日本はどんどんシナに侵食されてしまう。



自分が議員になるための票のために日本の土地はどんどんシナに買われてゆくのである…

ーーーーーーー

 何とかしなければなりません。


seimeinojissoh at 18:18|PermalinkComments(0)憂国 

2018年10月25日

終戦秘話ー田中静壱大将と「甘露の法雨」ー(講師:大熊良樹【社会教育家】)

終戦秘話ー田中静壱大将と「甘露の法雨」ー(講師:大熊良樹【社会教育家】)





seimeinojissoh at 23:08|PermalinkComments(0)憂国 | 谷口雅春先生

2018年10月16日

天皇の祈りが世界を動かす~「平成玉音放送」の真実~ (扶桑社新書) 新書 矢作 直樹 (著)

本書は、万世一系の天皇が日本人の揺るぎない柱となっていることを中心に説きつつ、第二次世界大戦から続く“力こそ正義"を標榜する国々がひしめきあう中で、どう日本は生き残っていくべきかを問うものです。近・現代史をバックに天皇と日本人の関係を改めて再確認する内容です。71a+GtxcUwL


著者プロフィール
矢作直樹(やはぎ なおき)
1956年、横浜生まれ。1981年、金沢大学医学部を卒業後、麻酔科、救急・集中治療、内科の臨床医として勤務しながら、医療機器の開発に携わる。1999年、東京大学工学部精密機械工学科の教授に。2001年に同大医学部救急医学分野教授、同大病院救急部・集中治療部部長。2016年3月、任期満了退官。東京大学名誉教授。著書に『人は死なない』(バジリコ)、『おかげさまで生きる』(幻冬舎)、『天皇の国』(青林堂)など


目次
第一章 戦後、最大の危機を救われた天皇陛下 
・東日本壊滅の危機を救った「平成の玉音放送」
・天皇陛下の、想像を超えた国際社会への影響力
・明治以来、皇室は国民と共にあった
・天皇陛下が国民を「大御宝(おおみたから)」と呼ばれるその意味
・・・etc. 

第二章 天皇陛下、祈りの力
・天皇家に受け継がれる「特別な力」
・天皇陛下を拝見して

第三章 主権国家を超えた力をもつ国際銀行家の正体
・国際政治では、歴史は政治の手段として使われる
・婚姻関係で深く繋がる国際銀行家のメンバー達
・日本も、明治維新直前から国際銀行家の影響下にあった
・ルーズベルトの対日戦略に多大な影響を与えたロスチャイルド家
・・・etc. 

第四章 いまだ続くGHQの"日本骨抜き戦略“
・米国は、戦後も続いた日本との"見えない戦争"にも勝利した
・戦争責任を一身で引き受けようとされた昭和天皇
・日本国憲法成立が急がされた占領初期の歴史背景
・世界の常識は「力こそ正義」
・まさに、戦勝国の私刑(リンチ)と呼ぶにふさわしい東京裁判
・日本を「自殺」へと導いた、"戦後民主教育" 
・・・etc. 

第五章 天皇にある権威の「力」
・教科書には明記されない、天皇陛下のもっとも大事なお仕事
・圧倒される気品と威厳、そして慎ましやかなご生活
・・・etc. 

第六章 「力こそ正義」の世界で生きていく、日本のかたち
・弱肉強食だった帝国主義世界の実相
・歴史は、常に勝者によってつくられる
・日本人には、厚かましさが必要である
・外来宗教にはない神道の寛大さ
・神話を教えなくなった民族は、100年以内に滅びる
・島国で育まれた日本人の美点と欠点


seimeinojissoh at 10:35|PermalinkComments(0)ご皇室 | 憂国

2018年10月13日

谷口雅春先生「生命の実相」の驚愕的な軌跡の事実を「主婦之友」記者が誌上で公開!! 「主婦之友」昭和10年5月号 奇蹟的な精神療法の真相を探る 全文



seimeinojissoh at 23:49|PermalinkComments(0)谷口雅春先生 

2018年08月18日

谷口雅春先生喜寿奉祝信徒大会と祝賀会 発起人は元総理大臣の岸信介氏で、各界の人たち三百人ほどの集 りであった。

谷口雅春先生喜寿奉祝信徒大会と祝賀会

 昭和四十四年は、生長の家の歴史にとって祝ひ事が重なった
芽出たき年であった。すなはち立教四十周年と、谷口雅春先生の
喜寿が重なり、また飛田給練成道場がこの年の十一月に新築完
成した。
 従って十一月二十二日の生長の家秋の記念日には、谷口雅春
先生の喜寿を奉祝して、新築なった飛田給練成道場で、「谷口雅
春先生喜寿奉祝全国信徒大会」が開催された。 翌十一月二十三
日の夜には、各界の代表者が発起人となって「谷口雅春先生の喜
寿を寿ぐ祝賀会」(発起人・世話人代表・岸信介)が東京・ホテル・
ニューオータニで開かれた。
 祝賀会には福田赳夫大蔵大臣、永野重雄日本商工会議所会頭、
庭野日敬立正佼成会会長、作家の林房雄氏、山岡荘八氏、画家の
林武氏らをはじめ各界の代表三百数十名が参列して、谷口雅春先
生の喜寿を祝ひ、生長の家の偉大さを讃えた。

 谷口輝子先生は、この時の模様をつぎのやうに述べてをられる。


《飛田給の大講習会が終了すると、そのまま私たちは清超夫妻とと
もに、ホテル・ニューオータニに向った。そのタベは、日本に於ける政
界、財界、学会、文芸界などの代表的な人たちによる『谷口先生喜寿
祝賀パーティ」が催されたからであった。
 発起人は元総理大臣の岸信介氏で、各界の人たち三百人ほどの集
りであった。
 祝辞を述べられる人たちの言葉を聴いてゐて、私が予想外の喜びを
感じたことは、それらの人々は、単なる社交的な美辞を述べられたの
ではなく、心の底から谷口先生の思想を理解し、信奉し、実生活に生か
して居られることであって、それあるがゆゑにこそ、私たちの見知らぬ
人までが来会して居られたことが解ったからである。
 福田大蔵大臣は、谷口先生の書かれたものをよく読んで共鳴して居ら
れ、叶(かのふ)達磨(だるま)を例に引いて、終戦後の日本は、経済面で
は大発展して、世界中から驚嘆されてゐるほどになったから、片方の眼
にだけ瞳を入れられたが、もう片方の眼は、精神的な発展進歩を得なか
ったら瞳を入れられない。その片方の白眼に黒い瞳を入れて下さる人こ
そは谷口先生であると言われ、満場は拍手喝采した。大衆小説の作家
山岡荘八氏は『徳川家康』のやうな大作をはじめ、数多くの傑作を書いて
居られる有名な人であるが、少しも自分を偉ぶらないで、〝自分の書く小
説は、谷口先生の著書を読んで、その精神を受けて書いてゐる。書く種
がつきると、また谷口先生の御本を読んで、また新たに筆を運んでゆく、
今後もよろしく指標となって頂きたい〟といふやうな意味の話をされた。
 世の多くの成功者は、自分が偉くて出世したかの如く言ふが、山岡荘八
氏は、謙虚な態度で、ものやはらかに話された。私は山岡荘八氏は立派
だなあと心の中で叫んだ。
 洋画家の第一人者の林武氏も、さまざまの生活苦を越えて、今日の大を
なされた人であるが、『生命の實相』を心読されたし、その画の修行に於い
て真理を体得されたやうである。画の中には必ず中心があるものだと言わ
れ、その語られる一言一句の中から、深い宗教的な味がにじみ出てゐた。
画家もまた、大家となるほどの人は、筆先きだけの巧者ではなく、その絵の
奥に、美しく深い精神を湛え、そこから潤み出て表現されるものだと、しみじ
みと聴き入った。立正佼成会会長の庭野日敬氏も、生長の家の家の教へ
に共鳴して居られたやうで、谷口先生を非常に尊敬して居られ、来年は「世
界宗教者会議」の時は、『是非谷口先生を御招きして、御意見を聴かして頂
きたい」などと話して居られた。作家の林房雄氏、俳優の片岡仁左衛門氏な
ど、それぞれに良い話をされたし、東京大学名誉教授神川彦松氏や、日経
連専務理事の桜岡武氏や、産経新聞社長の鹿内信隆氏、前外務大臣三木
武夫氏や、富士鉄社長の永野重雄氏など、いづれも皆『生命の實相』を読ま
れて、精神的に或は肉体的に得るところ大であって、「谷口先生は私の恩人
です」と言われた人も幾人もあった。
 私はうれしかった。そして「時が来た」と感じた。多くの知名人が集って来て、
パーティが盛会だったと言ふがごとき小さいことをうれしがってゐるのではな
い。
 日本の各界の代表的な人たちの魂が「生長の家」の教へにふれ、その教へ
を生活に生かし、谷口先生を祝福し、感謝されたことである。
 思へば三十五年前、私たちが兵庫県住吉村から上京し、日本の中心東京
で、光明化運動を拡大しようとし、新聞に著書の広告を出し、雑誌に教への
記事を発表された時は、東京のジャーナリズムは、競って「生長の家」を迷信
邪教扱ひにし、真実そのままの体験談を発表したのに「誇大広告」だと警察
までが眼を怒らして書き直しを追ったものであった。
 ああ、いつの日か「生長の家」の教へが正しいものであり、高く深いものであ
ることが、一般社会に理解されることかと、私は悲しさ口惜さに涙こぼるる思
ひをしたものであった。
 しかし、救はれた人たちにとっては絶対の教へであった。私たち夫妻をはげ
ますやうに、全国の信徒は起上がり、各地に於ける光明化運動は活潑に進め
られてゆき、年毎に救はれる人が増加し、救はれた人がまた報恩のために隣
人へ救ひの手を伸して、発祥して四十年の今は、全国の主要都市には教化道
場が建ち、年毎に新たな道場が増加しつつある》(「人生に臨を入れる」)

                                (『生長の家五十年史』511~513頁)



seimeinojissoh at 20:16|PermalinkComments(0)谷口雅春先生