光栄の本―― 『今上陛下と母宮貞明皇后』 筧素彦先生著 ――誕生秘話谷口雅春先生「生命の実相」の驚愕的な軌跡の事実を「主婦之友」記者が誌上で公開!! 「主婦之友」昭和10年5月号 奇蹟的な精神療法の真相を探る 全文

2018年08月18日

谷口雅春先生喜寿奉祝信徒大会と祝賀会 発起人は元総理大臣の岸信介氏で、各界の人たち三百人ほどの集 りであった。

谷口雅春先生喜寿奉祝信徒大会と祝賀会

 昭和四十四年は、生長の家の歴史にとって祝ひ事が重なった
芽出たき年であった。すなはち立教四十周年と、谷口雅春先生の
喜寿が重なり、また飛田給練成道場がこの年の十一月に新築完
成した。
 従って十一月二十二日の生長の家秋の記念日には、谷口雅春
先生の喜寿を奉祝して、新築なった飛田給練成道場で、「谷口雅
春先生喜寿奉祝全国信徒大会」が開催された。 翌十一月二十三
日の夜には、各界の代表者が発起人となって「谷口雅春先生の喜
寿を寿ぐ祝賀会」(発起人・世話人代表・岸信介)が東京・ホテル・
ニューオータニで開かれた。
 祝賀会には福田赳夫大蔵大臣、永野重雄日本商工会議所会頭、
庭野日敬立正佼成会会長、作家の林房雄氏、山岡荘八氏、画家の
林武氏らをはじめ各界の代表三百数十名が参列して、谷口雅春先
生の喜寿を祝ひ、生長の家の偉大さを讃えた。

 谷口輝子先生は、この時の模様をつぎのやうに述べてをられる。


《飛田給の大講習会が終了すると、そのまま私たちは清超夫妻とと
もに、ホテル・ニューオータニに向った。そのタベは、日本に於ける政
界、財界、学会、文芸界などの代表的な人たちによる『谷口先生喜寿
祝賀パーティ」が催されたからであった。
 発起人は元総理大臣の岸信介氏で、各界の人たち三百人ほどの集
りであった。
 祝辞を述べられる人たちの言葉を聴いてゐて、私が予想外の喜びを
感じたことは、それらの人々は、単なる社交的な美辞を述べられたの
ではなく、心の底から谷口先生の思想を理解し、信奉し、実生活に生か
して居られることであって、それあるがゆゑにこそ、私たちの見知らぬ
人までが来会して居られたことが解ったからである。
 福田大蔵大臣は、谷口先生の書かれたものをよく読んで共鳴して居ら
れ、叶(かのふ)達磨(だるま)を例に引いて、終戦後の日本は、経済面で
は大発展して、世界中から驚嘆されてゐるほどになったから、片方の眼
にだけ瞳を入れられたが、もう片方の眼は、精神的な発展進歩を得なか
ったら瞳を入れられない。その片方の白眼に黒い瞳を入れて下さる人こ
そは谷口先生であると言われ、満場は拍手喝采した。大衆小説の作家
山岡荘八氏は『徳川家康』のやうな大作をはじめ、数多くの傑作を書いて
居られる有名な人であるが、少しも自分を偉ぶらないで、〝自分の書く小
説は、谷口先生の著書を読んで、その精神を受けて書いてゐる。書く種
がつきると、また谷口先生の御本を読んで、また新たに筆を運んでゆく、
今後もよろしく指標となって頂きたい〟といふやうな意味の話をされた。
 世の多くの成功者は、自分が偉くて出世したかの如く言ふが、山岡荘八
氏は、謙虚な態度で、ものやはらかに話された。私は山岡荘八氏は立派
だなあと心の中で叫んだ。
 洋画家の第一人者の林武氏も、さまざまの生活苦を越えて、今日の大を
なされた人であるが、『生命の實相』を心読されたし、その画の修行に於い
て真理を体得されたやうである。画の中には必ず中心があるものだと言わ
れ、その語られる一言一句の中から、深い宗教的な味がにじみ出てゐた。
画家もまた、大家となるほどの人は、筆先きだけの巧者ではなく、その絵の
奥に、美しく深い精神を湛え、そこから潤み出て表現されるものだと、しみじ
みと聴き入った。立正佼成会会長の庭野日敬氏も、生長の家の家の教へ
に共鳴して居られたやうで、谷口先生を非常に尊敬して居られ、来年は「世
界宗教者会議」の時は、『是非谷口先生を御招きして、御意見を聴かして頂
きたい」などと話して居られた。作家の林房雄氏、俳優の片岡仁左衛門氏な
ど、それぞれに良い話をされたし、東京大学名誉教授神川彦松氏や、日経
連専務理事の桜岡武氏や、産経新聞社長の鹿内信隆氏、前外務大臣三木
武夫氏や、富士鉄社長の永野重雄氏など、いづれも皆『生命の實相』を読ま
れて、精神的に或は肉体的に得るところ大であって、「谷口先生は私の恩人
です」と言われた人も幾人もあった。
 私はうれしかった。そして「時が来た」と感じた。多くの知名人が集って来て、
パーティが盛会だったと言ふがごとき小さいことをうれしがってゐるのではな
い。
 日本の各界の代表的な人たちの魂が「生長の家」の教へにふれ、その教へ
を生活に生かし、谷口先生を祝福し、感謝されたことである。
 思へば三十五年前、私たちが兵庫県住吉村から上京し、日本の中心東京
で、光明化運動を拡大しようとし、新聞に著書の広告を出し、雑誌に教への
記事を発表された時は、東京のジャーナリズムは、競って「生長の家」を迷信
邪教扱ひにし、真実そのままの体験談を発表したのに「誇大広告」だと警察
までが眼を怒らして書き直しを追ったものであった。
 ああ、いつの日か「生長の家」の教へが正しいものであり、高く深いものであ
ることが、一般社会に理解されることかと、私は悲しさ口惜さに涙こぼるる思
ひをしたものであった。
 しかし、救はれた人たちにとっては絶対の教へであった。私たち夫妻をはげ
ますやうに、全国の信徒は起上がり、各地に於ける光明化運動は活潑に進め
られてゆき、年毎に救はれる人が増加し、救はれた人がまた報恩のために隣
人へ救ひの手を伸して、発祥して四十年の今は、全国の主要都市には教化道
場が建ち、年毎に新たな道場が増加しつつある》(「人生に臨を入れる」)

                                (『生長の家五十年史』511~513頁)



seimeinojissoh at 20:16│Comments(0)谷口雅春先生 

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
光栄の本―― 『今上陛下と母宮貞明皇后』 筧素彦先生著 ――誕生秘話谷口雅春先生「生命の実相」の驚愕的な軌跡の事実を「主婦之友」記者が誌上で公開!! 「主婦之友」昭和10年5月号 奇蹟的な精神療法の真相を探る 全文