編集長・上島です。

 古屋圭司さん、三原じゅん子さんとの座談、続きをどうぞ(イザ!は、一回のアップの文字数が一万字と制限されているので、分割しました。読みづらくてなってスミマセン)

 

 

 

◆民主党の政策は誰のための、何のためのものか

 

 ――永住外国人への地方参政権付与の問題は、かつては在日コリアンの地位改善という意味合いが濃かったわけですが、今はそうではなくなっている。

 

古屋 そうです。在日人口においても中国人のほうがコリアンを上回っていることもありますが、何より在日コリアンの多くは、日本に生まれ、基本的に私たちと同じ環境、教育のもとに育ってきた人々です。日本語しか話せず、日本人と同じ価値観、歴史観を持っている人も少なくない。そこには「特別永住」という歴史的地位もある。しかし、今急増している在日中国人は、戦前から日本に暮らす横浜や長崎などの老華僑の子孫ではなく、中華人民共和国という共産党独裁国家に生まれ育ち、言語風習はもとより基本的な価値観、歴史認識や政治体制、イデオロギー、国益の利害などさまざまな要素を大きく異にする人たちです。このことを軽く考えてはいけない。

 

《ノンフィクション作家の関岡英之氏は、「正論」平成22年2月号でこの問題についてこう述べている。

「(在日中国人の)存在が突如として顕在化したのは、平成二十年四月二十六日の長野市においてであった。(中略)トーチリレーのコースに指定された沿道には、巨大な五星紅旗を掲げた中国人民に占拠されていたのだ。(中略)中国大使館が司令塔となり、各大学の学友会を通じて組織的に動員した中国人留学生で、その数は四千人とも六千人ともいわれた。日本の主権下にありながら中国政府が采配する政治的示威運動が大規模に展開され、我々日本国民のデモ参加者は、数において完全に圧倒された」「一連の事実を勘案すれば、在日中国人はいったんことあらば、我が国の主権下において、北京当局や中国大使館の号令一下、中国の国益を擁護し、我が国の国益を毀損する集団行動を統一的に展開する可能性を排除できない。これは軍事的脅威に勝るとも劣らない安全保障上の脅威である」(「内なる脅威」と化した中国の日本侵蝕)》

 

古屋 かりに自衛隊の基地や原子力発電所を抱える自治体の首長が、晴れて選挙権を得た彼らによって選ばれるようになったら、いったい日本はどうなってしまうか。日本は住民票の異動も自由です。

 

三原 一国の国民であるとはどういうことか。参政権の重さというものが国民自身にもよくわかっていない…。

 

古屋 参政権というのは、その国と運命を共にする覚悟がある者だけが持つ権利なんです。わかりやすい例で言うと、アメリカの日系人は第二次世界大戦時、敵性外国人として強制収容されました。収容所に入れられた一世の両親たちを救い出すために、またアメリカの市民権を得るために、二世の多くが軍隊に志願しました。訓練を経て二世部隊が編成され、彼らはヨーロッパ戦線でドイツ軍と激闘を繰り広げた。「当たって砕けろ!」という精神で彼らはどんな過酷な戦場にも飛び込んで行ったんです。アメリカ陸軍史上最も勲章を沢山授与された部隊がその当時の日系二世部隊です。彼らは自分の命を代償に、「われわれはアメリカに忠誠を尽くすよき市民である」ということを――。

 

三原 証明してみせたんですね、アメリカという国に対して。

 

古屋 そうです。国籍というのは、時に命がけの忠誠の証立てを求めるものなんです。だから国家は国民に対し保護義務を負う。ただ脆弱な国であれば国民を守れないことが多々ある。現実の苦さというのはこういうことを言うんです。友愛や平和をいくら叫んだところで、それを侵そうとする力がわれわれよりも狡猾で強ければ、ただお題目を唱えるにすぎなくなってしまう。きっと中国は、「東シナ海を友愛の海にしたい」という鳩山首相をほくそ笑んでいるでしょう。

 

――民主党政権は、ひとり日本だけが平和を求め、愛を叫べば世界の諸国がそれに応じてくれると思っているらしい(苦笑)。なぜなら先の大戦の評価しかりで、世界秩序に対する〝問題児〟は日本なんだから、日本がまず反省し、自制して相手に譲歩さえすればうまくいく。相手の悪意や底意を疑うことは歴史の反省が足りないということになる。これでは日本は守れないし、やがて日本は日本でなくなってしまう。

 

国の根幹に関わる参政権を人権や人道の問題、あるいは「友愛」などという抽象的な問題にすり替えようとしている民主党は、国家と国民に対し責任ある政治を行っているとは言えない。石原慎太郎都知事が会見で小笠原村長選の当選票数が719票であることを挙げて、外国人への地方参政権付与の危険性を訴えたのは十分現実味があるからです。小笠原村が抱える沖ノ鳥島はグアムと沖縄の中間にあり、その周辺では先に古屋さんがご指摘になったように中国の艦隊や潜水艦がわがもの顔で遊弋(ゆうよく)し、〝調査〟と称して示威活動を行っている現状を考えれば、日本全体ではまだ外国人は少数であるなどという楽観論がいかに甘いものであるかがわかります。外国人参政権以外にも選択的夫婦別姓法案や、新たな人権侵害をもたらすこと必定の人権侵害救済法案など、いったい民主党の政策は誰のための、何のためのものなのか。

 

古屋 自民党員としては、わが党の政権時代でも中国や韓国のそうした行為に対し、日本国として毅然たる態度をとってきたかどうかについては、正直、忸怩たるものがあります。それは自省した上で、なお民主党の国家観、歴史観の欠如、それを投影した外交政策は国を危うくするものであると国民に訴えざるを得ない。中国に屈する一方で普天間飛行場の移設問題でアメリカとの信頼関係を著しく損ねているわけですから、何をかいわんやですよ。

 

 

 

 

 

◆保守主義を体現する女性政治家に

 

 ――私が三原さんに期待したいのは、しょせん偏狭なナショナリズムや政治的狭量な感情論にすぎないなどと左翼文化人やマスコミに切って捨てられがちなこういう話をしっかりと受け止めて、女性にとっても大切なことなんだと伝えていける存在になってくれることです。そんな女性政治家が増えてくると日本の政治は本当に変わってくると思います。

 

古屋 同感です。三原さんには真の保守主義を体現する女性政治家をめざしてほしい。それは日本人であることに誇りと自信を持つこと。その上でわが国がきちっと主権国家として、独立国家として世界から尊敬されながら生き続けていくためには、いったいどういう理念を常に持っていなければならないか。それを三原さんに考えてほしくて、ちょっと押しつけがましくなってしまったかも知れないけれど、これまでいろいろ話してきたわけです。

 

重ねて申し上げておきたいことは、今、日本が直面しているすべての問題に通底しているのは、国家観、歴史観の喪失と歴史的事実の誤認、さらには国際化の意味の履き違えです。経済のボーダレス化が進んでも、それは活動領域の広域化を示すだけで、国家というものが世界から消滅する気配はありません。経済的利益の獲得は国家という枠組の対峙のなかで一層熾烈になっている。そして、国際化の進展とは、けっして愛国心をなくすことではないんです。

 

ナショナル・インタレスト

national interest=国益)という観念が世界の諸国から消え去り、国境が消滅して、いわゆる地球市民という存在、地球益がそれにとって代わるような時代が到来するとは、私には到底思えません。日本の周辺諸国がみんな鳩山首相にならって、「友愛」精神を発揮し、国家意識の希薄化が進むのであれば、それこそ東アジア共同体構想という相互主義があり得るかもしれない。しかし、先に述べたように現実がその方向に進む気配はない。中国も、韓国も、北朝鮮も、そうではない。ただ日本だけが「友愛」に入れ揚げて、ますます国柄を希薄化させるようなら、ただ国を危うくするだけで、それこそ子宮頸がんのワクチン接種の普及に努めて女性の命を守るどころではなくなる。国を守ることが、それに帰属する個人を守ることにつながるんです。北朝鮮に国民を拉致され、未だに取り戻せないでいるのは、まさに戦後の日本が国家としてきちんと機能してこなかったからです。これは子ども手当をいくら積み上げても代替できるものではない。

 

三原 たしかに国民をきちんと保護できる強さを国が持つことは大切なことですね。地球市民なんて言っても、そんな立場で日本を守れるかということを考えなければならない。他国と殊更に摩擦を抱え込んではならないけれど、それを恐れての筋の通らない譲歩はもっとしてはならない。女性もそうした強さ、粘り強さを持つ必要があるということですね。

 

古屋 国政に携わる政治家は、身近な日常感覚、歴史の縦軸を忘れた水平的な価値観だけで物事を判断してはならないということです。たとえば三原さんのテーマにそって言えば、子宮頸がんのワクチン接種の公的助成の問題、ちょっと意地悪に聞こえるかもしれないけれど(笑)、国防予算を削って回せというような意見に軽々に飛びつかない姿勢です。国民福祉も前提になるのは国の安全です。国の安全が確保されていなければ国内における福祉政策の充実もできません。

 

民主党が行った事業仕分けも、こうした根幹の視点が踏まえられていたとは到底言えないものでしたが、たとえば自衛隊の戦闘機の配備を1機減らせば予算上はこれだけワクチンが行きわたるというような計算は、計算上そうでも安易すぎるという判断ができるようになってほしいんです。国政を担うというのは、そうした視点、複眼的な思考を持つことでもある。

 

――国民目線の尊重とよく言われるけれど、国民目線だけで国政を動かすことはポピュリズム(大衆迎合主義)の最たるものです。過去と未来の結節点に立つ私たちが「民意」を汲むとはいかなることか。垂直の情念や倫理観に照らすことなく、今を生きる者たちだけの欲望や自由の尺度で決めつけてはならないという謙虚さが不可欠だと思うんですね。この感覚があれば、今かぎりの有権者に阿ることなく、歴史の総体としての日本に尽くす政治家になれる。ただし議席というものが、今かぎりの有権者の投票に委ねられていることが悩ましいのですが…。

 

古屋 まさにそこに保守政治を志向する政治家の苦悩があります。ご先祖さまたちに一票なく、これから生まれてくる子供たちにも一票はない。そうした過去と未来からの声に今生きている国民が虚心に耳を傾けてくれるかどうか。

 

三原 でも、民主主義における政治というものは、それを信じるしかないんですよね。

 

 

 

古屋 過去と未来の結節点に立っている自覚を国民(有権者)は持っているという〝黙契〟が民主主義の前提なんです。これにまったく実体がなくなってしまえば、民主主義は単なる衆愚政治に堕し、崩れ去ってしまう。民主党は過去の日本だけでなく未来の日本人のことを本当に考えているか。選択的夫婦別姓制の導入という彼らの政策を見ても、私は真摯なものとは思えないんです。これを導入したら、夫婦、親子、家族の関係がやがてもたなくなり、砂粒のようになった個人がただ国家機関とつながっているだけという荒涼とした光景が脳裡に浮かんでくる。

 

この問題については改めて三原さんに勉強していただきたいと思いますが、推進派の本当の狙いは家族の解体なんです。民主党政権でこれを積極的に進めているのは千葉景子法相と福島瑞穂男女共同参画担当相ですが、福島さんがかつて「娘が十八歳になったら家族解散式を行う」と発言したのは、まさに推進派にとって家族というものがいかに軽い価値でしかないかがうかがえるものです。

 

――「家族は個人のネットワーク」という表現にもそれは表れていますね。三原さんが当選されれば先輩議員になる稲田朋美さんがこの問題でこう語っているのを、「正論」のPRをかねて(笑)、ここに紹介しておきます。

 

〈夫婦だけならお互いの合意さえあれば、親の都合だけで考えれば別姓で支障がないという考えもあり得るでしょう。しかし、子供は必ずしもそれを望んでいない。中高生の六割以上が「両親の別姓」を嫌がっているという調査結果もあります。夫婦や親子関係をいまこの世代かぎりの水平的なものと考えれば、別姓に不都合はないと言いきれても、「家」という〝寄る辺〟によってその関係は垂直的なつながりを持つものです。祖父母―両親―自分―子―孫とみたとき、それぞれが別姓でいることがどんな意味を持つか。そこにお互いの愛情や絆は感じられるか。こうした想像力をもって、夫婦別姓の問題を考えてほしいと私は思います。家族の絆を強めるには、やはり夫婦が同姓でいることが好ましい。これは長い日本の歴史の営みのなかで、ごく自然にみなが受け入れてきたことで、なぜわざわざ破壊する必要があるのか。

 

この必然性について国民を説得する合理性がないものだから、政策集に掲げられていた夫婦別姓はマニフェストからは外されたのではないか。しかもなぜ急ぐのか。民主党や社民党の根っこにあるマルクス主義的体質が反映しているのではないか。彼らの本心はマルクス主義のテーゼにしたがって結婚制度や戸籍制度の廃止、さらには家族の廃止を最終目標としている、そんなふうに見えます。ここで選択制だからいいじゃないかと制度として導入を容認したら、それを導入したスウェーデンが家族の一体感の喪失に悩まされ、親が離婚・再婚を繰り返すことで家族関係が複雑化し子供の成育に悪影響を与えているという同じ轍を踏むことになるかもしれない。

 

やっぱりいまの日本社会が取り戻すべきは、家族の一体感であり、夫婦・親子の絆ではないかと思います。少年非行や親による子の虐待などの背景にあるのは、こうした基本的な人間関係の希薄化と不安定がある。夫婦や家族というものは、たしかにいろいろ面倒なことがあります。個人の幸福追求の足かせになると言われれば、たしかにそうした一面もあるでしょう。しかし、だからといって家族を解体する方向に社会が舵を切っていいのかといえば、私はそれで得るものよりは失うもののほうがはるかに多いと思います〉(「正論」平成22年4月号「私たちは日本を守りたい」)

 

古屋 私も稲田さんに同感です。別姓推進の理由に女性の自立や人格の尊重を挙げる人もいますが、夫婦同姓だとそれが損なわれるというのはおかしなことです。結婚によって姓が変わるのは、仕事を続ける上からも姓が変わらない男性に比べて不公平で女性の権利の侵害だという意見もありますが、職場で旧姓が使用できないことから生じる不便・不利益は民法を改正せずとも旧姓の通称使用を認めれば解決する問題です。

 

そもそも家族のあり方というものは、その国の文化、歴史伝統や価値観を反映するもので、ここでも繰り返しますが、歴史の縦軸を抜きにして水平的な価値観だけで家族のあり方を決めるのはおかしいんです。日本には日本の家族のあり方があり、先人たちが長い期間をかけて築き上げた価値観なのです。これが夫婦や家族にとってマイナスのことしかなければ、こんなに長く続いてこなかったでしょう。続いてきたことにはちゃんと意味があるわけで、それを虚心に受け止める感覚こそが日本人と日本社会を守っていくものだと私は思います。

 

――先に紹介した稲田朋美さんの発言は、ジャーナリストの櫻井よしこさんとの対談におけるものなんですが、櫻井さんの次のような発言も紹介しておきましょう。

 

〈では歴史的に見て、日本の女性たちは自立もできず、人格も尊重されずに生きてきたのか。そんなことはありません。日本の女性が同時代の欧米の女性たちに比べてどれほど力を持っていたかについては、多くの人びとが書き残しています。たとえば渡辺京二氏の『逝きし世の面影』(平凡社ライブラリー)には、外国人が見た日本女性の生き生きとした姿が数多く描かれ、長岡藩の城代家老の娘、杉本鉞子の『武士の娘』(ちくま文庫)には、日本の女性たちが手にしていた現実生活における力の程が描写されている。磯田道史氏の『武士の家計簿』(新潮新書)には、武士の家庭における俸禄(給料)の配分の実例が示され、一家内での女性の取り分は驚くほど多いことが記されています。俸禄を稼いでくる本人よりも妻や母、祖母のお小遣いのほうがはるかに多い(笑い)。女性が家の経済を差配したということからも、日本社会の実態を見れば、民主党の夫婦別姓法案の必要性や根拠は揺らぐのです〉(同)

 

 

 

 

 

◆男女同質化は男も女もしあわせにしない

 

古屋 結局、この問題は推進派の意図を見抜くことに尽きます。彼らは具体的には戸籍法を破壊しようとしている。戸籍を排して――つまり家族を破壊して――個人籍にしようということなんです。家族破壊はマルクス主義思想の根幹です。女性の尊重などというレトリックに騙されないように、何がより大切なことなのかを見極められる政治家になってほしい。三原さんが本気で政治に取り組まれるなら、政界おける保守派のクール・ビューティになってほしい。それを私は期待します。

 

三原 ありがとうございます。

 

 ――憎まれても嫌われてもかまわないというタフさですね。

 

三原 私はたしかに女性の代弁者でありたいと思っていますが、それは男性といたずらに対決することじゃない。男性の優れた点を素直に認めて、お互いが支え合っていける関係をつくるほうが、はるかに女性にとってもプラスになる。その意味では夫婦が同姓であることが女性の男性への隷従(れいじゅう)のように捉えるのはおかしいと思いますし、そもそもそんなギスギスした関係がお互いの自由につながるとも思えない。女性の視点から頑張るべきことはいろいろあると考えていますが、それは男性の役割を奪ったり、超えていったりということではない。男女という異なる二つの性があるということは、やはりそこに役割の違いがあるわけで、むしろそれを前提にお互いを尊重する社会をつくることのほうが自然ではないでしょうか。私はこれまで芸能界で演じてきた役柄のイメージから、男まさりの〝突っ張り〟と思われているのかもしれませんが(笑)、男性に対抗して何か打ち負かしてやろうなどと思っているわけではありません。そんなことが政治を志した動機でもない。

 

古屋 何か殊更に男女を対抗させるような政策は本当に自然の摂理にもかなっていない。お互いの性を尊重し合う役割分担でなぜいけないのか。今は学校現場でもそれを否定する教育が行われていて、目を覆いたくなるような事例が沢山あります。たとえば昔は、男子に対しては君づけ、女子に対してはさんづけが普通だったでしょう。公立学校の多くが今それを禁止しているんです。

 

三原 えっ、そうなんですか。

 

古屋 君づけ、さんづけの違いは男女差別だと。それから学級名簿も昔は苗字が「あ」から始まる順番で男女別々だったのが、今は男女混合です。

 

三原 それも差別だからなんですか。

 

古屋 そう。

 

三原 はあ(嘆息)。

 

――これは実際に学校の先生から聞きましたが、小学校の高学年になっても体育の授業で体操着に着替えるのを男女一緒に同じ教室で行っている例もあるそうです。

 

三原 ええっ?

 

古屋 バカみたいな話でしょう。それからちょっと日教組の強い学校になると、端午の節句と雛祭りはダメだというところもある。端午の節句は男の子、雛祭りは女の子。男女の性差を助長するからけしからんという理由です。信じられないでしょうけれど、こんな常識外れのことが学校現場で行われている。

 

――鯉のぼりもダメだと。鯉のぼりは、お父さん、お母さん、子供たちと並んでいるでしょう。これが差別の助長につながるというんですね。

 

古屋 本当に信じられないことが横行しているんです。たとえばトイレの表示も、だいたい男女の別は女性が赤やピンク、男性は黒や青ですね。これも男女の性差助長につながるから両方とも同じ色にする例が増えている。私も埼玉県のある市役所で、ちょうどトイレに行きたくなったのでマークの形状を意識しないままパッと色だけ見て飛び込んだら――青だったんですよ――、中にいた女性からキャーと言われて(苦笑)、「あ、ごめんなさい」ってマークの形状を確認したら一応スカートだった。

 

三原 これまであまり気にして見ていませんでしたが、そんなに変わってきているんですか。驚きました。でも、やっぱりそれはおかしいですね。男と女をまったく同じように扱うことが男女の平等につながるとは思えないなあ。これって男女平等ではなくて男女同質化ですよね。たしかに性同一性障害とか個別に配慮しなければならない人たちの存在はあるにしても、普通に「区別」でしかないことを差別と位置づけるのは、やっぱり為にする何かを見抜かなければなりませんね。

 

古屋 女性のスカート、男性のズボンという服装の違いを無くせという意見を大真面目で展開する人たちもいますからね(苦笑)。

 

三原 はあ…。私はスカートをはきますよ(笑)。

 

古屋 ぜひクール・ビューティで。

 

三原 女性が子宮を失ったら子供を産めません。だから子宮頸がんの予防ワクチンの問題から取り組んでいきます。日本の女の子たちの健康を守る。ちゃんと子供が産める体に育(はぐく)んでいく。これを原点にしたいと思いますが、それだけにとどまらず、きょうお二人からうかがったいろいろな話を自分なりに咀嚼(そしゃく)し、吸収して、過去と未来の結節点に立つことを意識していきます。

 

古屋 私も子宮頸がんの問題は議員連盟に入ってもっと勉強します(笑)。

 

――ところで三原さんは、芸能ニュースなどを拝見すると私生活をふくめてずいぶん辛い思いを重ねて来られたように思うんですが。

 

三原 う~ん、そうですかね。

 

――代わりに、怖いものなしという強さを…。

 

三原 ああ、何をやっても命は取られないなって思っています(苦笑)。

 

――それは本来男が口にする台詞なんですよね(笑)。

 

古屋 少子化問題を考えると、まず女性が健康であることが大事で、健康であれば安心して結婚して子供をつくるという気持ちにつながる。三原さんには、苦労をしたお姉さん、姉貴ぶんとして若い子たちに、ちゃんといい人を見つけて結婚し、子供をつくらなくちゃダメよっていうふうに言ってもらうといいなと思います。

 

三原 わかりました。今日は勉強させていただきましてありがとうございました。せいいっぱい頑張ります。

 

 

 

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