まろみは案内を送ってから一週間で届いた申込書をまとめて、くら子に渡した。

カリキュラムの変更に伴い、アドバイザー講座を新設したが、応募があるだろうかと危ぶんでいた二人の不安は解消した。

「こんなに反響があるとは思いませんでした」とまろみは踊り出しそうである。

 新しいカリキュラムでは、講座が二段階になっている。

知識と考え方を中心とした二時間の「基礎講座」。

やり方さえ分かれば、あとは自分ですいすいできる! という人はここで、卒業である。

 やり方はわかったけど、さて行動に移すのは腰が重い。

何から手をつければいいのか、あと一歩が踏み出せない人のためには一日のワークショップ。

ここでは、一人ひとりが実習をしながら、なぜ行動に移せないのか、自分に合った片付け方を考えてもらう。

 アドバイザー講座は、「わくわく片付け講座」のワークショップ卒業生対象で、基礎講座の講師を養成する講座である。

 ワークショップ卒業生としているのは、自分が抱えていた問題を解決した人にこそ、その経験を伝えて欲しいと思うからである。

そうねえと、ハガキの名前と受講動機を見ながら、くら子は「わくわく片付け講座」の卒業生の顔を思い浮かべた。

 一番多かったのは、不要な物を片付けて、どれだけすっきりしたか、暮らしが変わったか、自分の経験を人に伝えたいというもの。

また、これはゴミ屋敷の問題と共に、いずれ社会問題になるから、少しでも世の中に貢献したいという視点もあれば、単純に“教える”という立場に魅力を感じた人もいた。

 くら子は以前から、講師の養成を考えていたが、なかなか実行されなかった。

そこへ、現在は撫子ホームを経営しているさくら(12章、きっかけは松花堂弁当)から、メールで“さっさとやりなさい”と檄が飛んだ。

 そこで、さくらにお尻を蹴飛ばされるような形で、アドバイザーを養成することになったのである。

さくら曰く、二人がいくら「わくわく片づけ講座」で頑張っても、砂漠に五百ミリのペットボトルで水をまくようなものよ。

それより、五百ミリでいいから、まく人を増やしなさい。

確かにそうだ。

くら子も頭ではわかっていたものの、行動に移せないでいた。

 二人が驚いたのは、男性が三分の一を占めたことだった。

今までの講座でこんなことはなかった。

カリキュラムの変更で、似合う色のパーソナルカラーやメイクが別講座になったことと、最近問題になっているゴミ屋敷や、テレビで取り上げられた無縁死の問題が、男たちの重い腰を上げさせたらしい。

 アドバイザー講座で学び、モノを減らすことや自らの体験を伝え、社会に貢献するということも動機になったのかもしれない。

定年で仕事を離れた男たちが、突然地域のコミュニティに飛び込んだり、ボランティアをするというのはハードルが高い。

かといって、行く所もなく家にいるとぬれ落ち葉といわれ、妻と共に出かけようとすると、友達と遊びに行くからついてくるなと邪険にされる。

しかし、わくわく片付け講座の講師となれば、やりがいがあり、生きがいになり、会社という組織で肩書と共に働いてきた男たちの自尊心をくすぐるのだろう。

講師と言っても、収入はわずかなものだが、人の役に立つというのがエネルギーになるのかもしれない。

 男性の講師が増えれば、男性の受講者も増えるだろうし、男たちのネットワークが広がれば、ゴミ屋敷の予防にもなるかもしれない。

さくらはこのことも見通していたのだろうかと思いながらくら子はぼんやり窓に目をやった。

 リサイクルショップ「ひきとりや」の健さんこと小渕賢治がビルの前にいる。

(2章、片付かないから離婚に登場)

窓を開けて、くら子は、健さん、うちに用ですかと声をかけた。

 小渕は手土産の豆大福をまろみに渡した。

「近くに用があったものだから…」

あい変わらず、高倉健を崇拝している健さんは、言葉も少ない。

 最近のリサイクル事情を聞こうと思ったくら子に、小渕は、実は困ったことがあってと首に手をやった。

 八二歳の男性が、三年前に手放した車箪笥や茶棚を返せというのである。

骨董品として価値があるというほどのものでもなかったので、たいした値段はつかなかった。

むしろ、小渕はゴミで出せばお金を取られるのだから、わずかでも金が入れば恩の字で、人助けだと思っていた。

「どうやら、ボケがはじまったみたいなんだ。

うちが勝手に持って行ったと近所で吹聴してるらしい」

「もちろん、物はもうないのでしょう?」

小渕は頷いた。

「ご家族は?」

「八王子に息子がいるらしいけど、ほとんど寄りつかないみたいで、ひとり暮らし」

「難しいケースですね」

 重苦しい空気を破って、まろみがお茶を運んできた。

「お持たせの豆大福でーす」

まろみも座って豆大福を頬張りながら、訊いた。

「おじいさんにお友達とか、親しい人はいないのですか」

「それがねえ、昔は市議会の議長だったそうで、人に頭を下げたりできない人だから…」

小渕の答えに二人は納得した。

自分の役職や仕事に対しての敬意を勘違いして、己が偉いと思い込んでしまう。

また、せっかくの人の厚意を素直に受け取れず、孤立して、意固地になっていく。

このタイプは男性に多い。

小渕の口はますます重くなった。

「どうやら、河原でモノを拾って来てるみたいなんだ」

キャー、ゴミ屋敷! とまろみが素っ頓狂な声をあげた。

これこれと、くら子はまろみをたしなめた。

「それで、家の中はどうなってるのですか」

「誰も家に入れないから、よくわからないけれど、たぶん…」

「それで、そのおじいさんは、誰に健さんが箪笥を盗ったと言ってるのですか」

「近所の交番のおまわりさん」

まろみは肩をすくめて、「Oh, No!」とつぶやいた。

「それで、健さんは警察から事情聴取ですか?」

「まあ、向こうも承知してるみたいで、確認の電話で済んだけど」

 小渕の話によると、今までにも、店に品物を持って来た時は、いくらでも引き取ってもらえればありがたいと言ってたくせに、後から、あれはもっと価値ある品だったから返してくれと言う人はいた。

しかし、今回は話が違う。

それに、小渕は「ひきとりや」が中傷されることより、その老爺のことを案じているのである。

かといって、余計なおせっかいはしたくない。

くら子は妥当な線を提案した。

「町内会の会長さんとか、民生委員の方とか、そういう方からご家族に連絡してもらうとか」

小渕がその手はもう試したと首を振った。

くら子はこれもダメかとひとりごちた。

「くら子さん、難しい顔をしてないで、小渕さんが持ってきてくださった豆大福をいただいたらどうですか」

まろみは二つ目にとりかかっている。

そうねえと苦笑しながら、くら子は菓子鉢の豆大福を手にした。

 小渕はがぶりと茶を飲んだ。

灯りが点ったようにくら子の顔が突然輝いた。

「確か、NPOで、ゴミ屋敷のサポートをしているところがあったはず」

小渕は本当かという顔でくら子を見た。

 資料を手に、くら子が応接コーナーに戻ると小渕が豆大福を食べていた。

「まあ、健さんは甘いものが嫌いじゃなかったのですか」

驚くくら子に、健さんも、豆大福の威力に気がついたそうですと、まろみがうれしそうに三つ目にかぶりついていた。 

 小渕がくら子が紹介したNPOに相談してみるということで、話は終わった。

「健さんもいい人ですねえ、あかの他人のおじいさんの事でそこまでするなんて」

「その方が亡くなったお父さんに似てらっしゃるらしいのよ」

「顔が? 似てるんですか」

「顔とかじゃなくて、明治の男と言うか、頑固で人を頼ることができない人だったらしいわ」

なーるほど、健さんらしいと納得して、まろみは仕事の続きをするためにパソコンに向かった。

 くら子は改めて、アドバイザー講座の重要性を考えた。

以前、「インターネット茶屋」の御堂夫妻に男性向けの片付け講座の企画を依頼されたが、実行できなかった。(24章、男やもめに花を咲かそう!)

 講座のカリキュラムを変更したことで、女性だけでなく、男性も受講してもらえるようになった。

 アドバイザー講座を卒業した人たちには、ぜひ、同じような悩みを抱えている人たちに体験を分かち合うことで、輪を広げて欲しいと思った。

講座の初日は秋晴れの良い天気で、幸先のよいスタートだと思われた。

 アドバイザ―講座は計一八時間で、三日に及ぶ。

くら子はワークショップの卒業生がどれくらい参加してくれるか心配だったが、予想を上回る数だった。

なぜ心配だったかといえば、ただワークショップを修了したのではアドバイザー講座の受講はできないからだ。

自分自身が暮らしや生き方を考え、片づけを済ませないと、アドバイザーとして自信を持って受講者に体験を話すことができないからである。

 この講座では、基礎講座についてはもちろんだが、講師としての基礎的な知識、マナー、講座の開き方など実務的なことも含まれている。

 講師経験のない人も、ある人も、教えてやるという、上から目線でなく、片づけを経験した先輩としての立場で語ってもらうスタイルである。

 机上の空論?! より、ひとつの体験! それがねらいである。

また、アドバイザーがいきいきと活躍する姿が、ひとつのモデルになれば、後に続く人も増えるだろう。

そういう意味でも、第一回のアドバイザ―講座は重要である。

くら子は身のひきしまる思いだった。

定員十五名に十六名の応募があった。

一名くらいは当日のキャンセルがあるかと思い、十六名に受講票を送ったが、全員出席だった。

この世代の人々は概ねまじめである。

また、申し込みも、はがきかファックスなので、手書きである。

自分で手間暇かけて申し込むのと、ネットで申し込むのとでは明らかに違いがある。

 インターネットが普及しつつある今、ネットで申し込みの講座が多い。

しかし、ネットで簡単に申し込む人は連絡もせずに休んだり、ひどいのは申し込んだことさえ忘れていたりする。

 ある講座では三十名の募集に四十五名の申し込みがあり、四十名に受講通知を出し、五名はキャンセル待ちだった。

それにも関わらず、出席は二十二名である。

欠席の連絡も当日朝の一名だけ。

これではキャンセル待ちの人に連絡もできない。

こういうことが現実に起こっている。

今回の受講者は五名が男性である。

くら子がなるほどと思ったのは、五名のうち四名がネクタイを締め、残り一名はノーネクタイだが、ジャケットにワイシャツである。

つまり、全員仕事モードで、社員研修という感じだろうか。

女性はと言えば、これは様々で、スーツ姿は二人。

セーターが五人、カーディガンが二人、トックリのセーターにベストが二人だった。

アドバイザ―として基礎講座で人前に立つには、当然、自己紹介から始まる。

ということで、くら子は一人ずつ、ホワイトボードの前で自己紹介をしてもらうことにした。

 時間は一人三分である。

三分といえば短い気もするが、きちんとしゃべろうと思うと、結構長い。

ここでは、上手に喋れることよりも、人前でしゃべることの難しさを体験してもらうことが重要だと思っている

 自己紹介一番手の大山義明は、朝礼で話すように、慣れた口調で経歴を語った。

京都の私大の工学部を卒業し、三年前まで勤めていた会社は社員五百人の工作機械の工場で、湾岸の埋立地にあり、最後は工場長だった。

工場では当然、工具の配置や整理整頓は率先して行っていたが、自宅の片付けとなるとまったくだった。

定年後、一人暮らしになって途方に暮れていたところに、「わくわく片づけ講座」のことを知った。

この不景気で再就職のあてもなく、時間だけはあるので冷やかし半分で参加したら、工場と同じように、必要なものを必要なところに置き、収納するものは取り出しやすいところに入れ、不用なものは処分すると、基本は同じだということがわかった。

そこで、と言いかけたところで、くら子が三分ですとストップをかけた。

「これからがいいところなのですが」と大山は残念そうだ。

「そのいいところを話していただくのが自己紹介では大切なことですね。

皆さんは、大山さんのお話の続きを聞きたいですか」

ハイと答えたり、うなずいたりで、皆が続きを待っているのがうかがわれた。

実はと、薄い後頭部に手をやって、大山は天井に目をやり、唇をかみしめた。

「定年した途端に、妻が離婚したいと言い出しまして、いや、お恥ずかしい」

口ごもった大山に、一番前の席の光田寛一が気にすることはないですよと声をかけた。

大山はありがとうございますと光田に軽く頭を下げ、ポケットからくしゃくしゃのハンカチを取り出して額の汗を拭いた。

「わたしにはなんで離婚しなきゃならないのか、さっぱりわからなかったのですが…。

妻は、そのわからないところが問題なのだと、離婚届を置いてさっさと出ていきました」

 会場には気まずい雰囲気が流れた。

「最初は頭にきて、酒を飲んだりしましたが、しょせん夫婦は他人なのだし、お互いに理解できないのなら、別れた方が良かったんだと思うようになりました。

未練がないと言えば嘘になりますが…」

 そんなことまで言わなくていいのにという空気をよそに、大山は続けた。

「昼間から酒を飲んで、家の中もぐちゃぐちゃでカビが生えそうになって。

なんとかしなきゃあなあと思っている時に、基礎講座のチラシが郵便受けに入っていたもので…」

 くら子とまろみは顔を見合わせた。

それは、おかしい。

チラシのポスティングを業者に依頼したことはないし、新聞に折り込み広告を入れたことも無い。

だから郵便受けにチラシが勝手に入るはずがないのである。

大山の熱弁は続いている。

基礎講座でカビが生えそうな家の中はある程度まで片付いたが、すっきりとまではいかなかった。

また、基礎講座で知り合った人たちとの会話も楽しく、ワークショップも受けることにした。

正直なところ、他にこれといってすることもないし、アドバイザーになるのも悪くはないなと考えていたからである。

「女房が、いや、元妻がいなくなって良かったなと思うことは、家の中でタバコが吸えるようになったことです。

以前は、受動喫煙だとか、たばこのにおいがカーテンに移るとか、灰が飛ぶとか、いろいろうるさく言われておりましたが、今はのびのびです」

大山の言葉はから元気に聞こえるが、本人は気付いていなかった。

 くら子がチリリンとベルを鳴らした。

えっ、まだ、終わっていないのですがと、大山はくら子を見た。

「次の方も、じりじりして待っておられるので、交代していただきましょう」

大山はしぶしぶ席に戻った。

 二番手の串本あずさは、元アナウンサーで、シャネルタイプの薄いブルーのスーツを着て、落ち着いた声で話しだした。

 マイクを使わなくても、声が通り、聞きやすい。

 やっぱり腹式呼吸でしょうかねえと、まろみはうっとりして聞いている。

「ここ十年ほど朗読のボランティアをしてきました。

二人の息子もようやく独立して、家の中を片付けようと思った時に『わくわく片づけ講座』のことを友人から聞き、参加しました。

家がすっきりしたので、お友達をお呼びしたら、片づけ方を教えて欲しいと言われて驚きました。

こちらの基礎講座に参加するようにお勧めしたのですが、知らない方と一緒では気が進まないということで、それならわたしがアドバイザーになって自宅で講座を開けたらいいなと思い、参加しました」

“あずさマジック”にかかったように、皆、うなずいている。

 くら子は、話術の巧みさもあるが、大部分はあずさの人柄だと思った。

元アナウンサーでなくても、話し方のうまい人、声のよい人はいるが、それだけでは人は動かされない。

不思議なもので、いくら表面を取り繕っても、人前で話をすれば人間性が透けて見える。

「できれば、サロンのようなものにしたいと思っています。

片づけ講座と共に、料理やお菓子、ネイルの教室を予定しています」

 女性の何人かの受講者は、自分にもサロンが出来るかしらと、胸算用を始めていた。

 あずさが時間通りに自己紹介を終えると、梅森清次郎の番になった。

 梅森は、ええーっと、と言ったきり、唇をなめて言葉が出ない。

まろみが、助っ人に出ましょうかと、くら子の耳元でささやいた。

 まろみを制して、くら子が梅森の横に立った。

「梅森さんのお宅は片付きましたか」

ハイと応えて、梅森はぽつりぽつりと母親との生活を語り始めた。

「母と二人暮らしです。

母は足が悪くて…うちは、父の遺品もそのままだし、ものがいっぱいでどうすればいいかわからなくて…新聞と一緒に講座のチラシが入っていたので。

母が、ここに行って、片づけ方を習って、家を片づけてくれ。

そうでないと死ぬにも死に切れないと云うもので…」

 新聞にチラシ? くら子は驚きを隠して、仕方なく来られましたか? と訊いた。

 梅森はうううと低い声で唸った。

「そ、そうではないのですが、どういう講座かよくわからなかったし、それに…ええと」

梅森の顔がみるみる赤くなった。

「女性向けの講座だと思われたのでは? 」

梅森はほっとしたように、こくりとうなずいた。

「お宅は片付きましたか」

「すっきりして、母が気持ち良くなった。

これで安心して冥途にいけると言ってます」

「お母様のお加減は悪いのですか」

「いえ、それが…ガラクタを捨てたら、元気になって、あれこれうるさく言うようになりました」

「なるほど、それで?」

「母が、清次郎は片付けに向いているから、アドバイザの講座に行って、勉強して来いというもので」

 申し込みの書類によると、梅森は六十二歳である。

 梅森の言葉が途切れた。

「梅森さん、一度、深呼吸をして、肩の力を抜いてください」

会場はしんとして、がんばれという声もあり、梅森も大きく深呼吸をした。

何人かが、我がことのように、同じように深呼吸をしているのが肩の上下でうかがわれた。

「し、仕事は…長年、印刷会社で経理をしていましたが、パソコンで…素人でも名刺や印刷物ができるようになり、三年前に倒産しました。

それ以来、無職です」

「お母様はどうして片付けに向いているとおっしゃったのですか」

くら子の問いに、梅森は、はにかみながら答えた。

「片付けの方法がわかると、楽しくなったからです。

どこに何をどういう風に置くと、使いやすいか、片付けやすいかを考えるのが面白くて、棚を吊ったり、家具の配置を変えたりもしました。

母は、それで喜びました」

 まろみがチリリンとベルを鳴らした途端、席に戻ろうとした梅森に拍手が起こった。

信じられないという顔で、梅森は深く頭を下げた。

 四番目の陸奥慶子は物おじしない性格だった。

「わたしは、長年専業主婦をしていました。

夫が定年になって、今度はわたしが働く番だと思いました。

とはいっても、手に職もありませんし、何をしたらよいかわからない、だけど、少しは世の中のお役に立つことをしたいと思いまして、ある仕事を考えたのです。

なんだと思われますか」

慶子が受講者をゆっくり見まわした。

自分の番が終わった大山は自信満々で答えた。

「このアドバイザーの仕事でしょう」

「違うんです」

慶子は一呼吸置いて、皆の反応を楽しんでいた。

「実は、動物探偵をしようと思ったのです」

何だ、そりゃという声があがった。

「いなくなったペットを探す探偵ですよ。

シャーロック・ホームズみたいな」

あはははや、おほほという笑い声が起こった。

ホームズがペット探しをするかねえというつぶやきもあった。

「皆さん笑いますけど、わたしは真剣だったんです。

それで、行方不明のペットを探しますというチラシを作って、スーパーの伝言板に張ってもらいました」

「依頼はあったのですか」と一番前に座っている桑野光代が思わず訊いた。

「ありました。それも次々と」

 それなら、なぜここにいるのかという疑問に応えるように慶子は続けた。

「依頼はたくさんあるけれど、行方不明のペットを一匹も見つけられなかったのです。

だから、お金ももらえなかった」

 話しながら、慶子はうなだれた。

これには皆、吹き出した。

梅森も口を開けて笑っている。

「そうなんです。

人間なら、行方不明でも、知り合いとか、いろいろ探す手立てがあるようですが、動物はしゃべってくれませんからねえ。

わたしが警察犬みたいに鼻がきいたら少しは違ったのかもしれませんが、犬や猫の写真を持ってうろうろしても、名乗り出てくれませんでした」

会場は大爆笑で、涙を流している者もいた。

「それで夫が、犬猫を探しまわるより、家の中を片付けろと怒りました。

わたしはカッとなって、自分も家にいるんだから自分で片付けなさいよと言うと、そんなことできるかと言うんです。

どう思います? 

大山さんや梅森さんの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいですよ」

大山は、おほんとうれしそうに咳払いをした。

「わたしはもともと片付けが苦手なので、それなら、片付け講座を受けるから、金を出せというと、なんで片付けを習いに行かなきゃならないんだと申します。

これだから女は困るとか、世の中のことをわかってないとか、ほんと、石頭なんだから」

 ここで、はい時間ですとチリリンが鳴った。