「まろみちゃん、お多福屋の豆大福を買ってきたよ〜」と、包みをぶらぶらさせながら、くら子が外出先から戻ってきた。
「おかえりなさい。今日は豆大福デーですね」
「なんで?」
「ひかるさんが妹さんと一緒に来られて、お土産に豆大福をいただきました」
「あら、まあ!」
パーテーションで区切った応接コーナーにも聞こえたとみえ、クククと忍び笑いが聞こえた。
ひかるの妹、九条綾乃は夫と葬儀屋を営んでいる。
夫婦に社員3人と、パートの女性7人という規模である。
大手の業者は立派な会館を建て、病院ともがっちり手を組んでいる。
大手と同じ土俵ではかなわないので、綾乃と夫は、家族葬を中心に“まごころ葬儀”をうたっている。
一度葬儀を行ってくださった方からは、感謝されているが、職業上なかなか営業ができない。
そこで、PRを兼ねて、公民館を借り“エンディングセミナー”を行っている。
セミナーに参加するのは、元気な高齢者と、葬儀に不安をもっている高齢者の家族である。
葬儀について、日頃なかなか聞けない事や、実情。
また、供養にもいろいろあり、墓の事、散骨などについても、実例が紹介される。
このセミナーでは、葬儀や墓で終わらず、老い支度の準備についての講義も含まれる。
遺産相続について、一昔前なら、遺言書は財産のある金持ちが作るものだという意識が強かったが、現代では、そうはいかない。
特に、ひとり暮らしの者にとっては、重要なことである。
うちはお金がないから、という人も多いが、お金は無くても家はあるという高齢者は多い。
他にも、不治の病にかかった時の告知はどうするのか。
一人で暮らせなくなった場合の選択は…病院で病が重篤になった時の延命治療を希望するかどうか。
また、今、一番問題になっているのは、判断力が衰えてしまうことである。
衰えてしまってからでは遅いので、このあたりも、法律の専門家から、後見人制度についての紹介がされる。
くら子への依頼は、そこで“生前整理”の話をして欲しいということだった。
最近ではひとり住まいの高齢者が亡くなると、親族が“遺品整理”を頼むことが増えている。
家族にしてみれば、遺品整理を頼むよりは、それまでに財産分与も兼ねて、生前整理をして欲しいというのが人情であろう。
江坂康子のように、家族の遺品整理をした経験から、自分自身が、生前整理をしておこうと考える人も増えている。
綾乃の説明では、話をするのは三月に一度ということだった。
これは、綾乃の単なる思い付きではなく、ひかるから「わくわく片付け講座」の話を聞いて、じっくり考えたようだった。
三カ月に一度なら、何とかなるだろうと、くら子は承諾した。
二人が帰った後、くら子は豆大福を頬ばりながらノートにペンを走らせていた。
「くら子さん、もう3つ目ですよ」
「お煎茶ちょうだい。思いっきり濃いのがいいわ」
くら子は下を向いたまま、空の湯呑みを突き出した。
「夜、眠れなくなりますよ」
次の日、くら子はまろみに企画書の束を渡した。
「これ、読んで」
「なんですか? 夕べこれだけ書いたんですかぁ〜」
「そう、おかげで豆大福がなくなってしまった」
「え〜っ、全部食べちゃったんですか」
まろみはすねた子供のように、頬をふくらませた。
「知りませんよ。この前買った、ブルーのスーツが着られなくなっても」
「う〜ん、ダイエットします」
くら子は立ち上がって、大きな伸びをした。
まろみは書類に目を通して、顔をあげた。
「ほんとうに、これを一晩で書いたんですか?」
「はい」
「恐るべし、豆大福」
二ヶ月後、九条葬儀社の“エンディングセミナー”で、くら子が「生前整理」の話をした。
定員三〇名に三八名の応募があったそうだ。
三名のキャンセルがあり、参加者は三五人だった。
参加者の三分の二くらいは六〇歳以上で、これは予想通りである。
くら子が驚いたのは、二〇代、三〇代の参加者もいたことだ。
男女比は、女性が多く、男性が二割くらいだろうか。
講座の持ち時間は二時間だが、一時間半は整理の仕方、考え方、処分の方法などを話し、残りの三〇分は質問の時間にした。
本の処分についてや、アルバムの管理法などの質問に答えた。
なかには、ひとり暮らしの高齢の女性から、自分では出来ないので、K社で、生前整理をしてもらえないか、という依頼もあった。
偶々、先週の夜のテレビで、「遺品整理屋」を主人公にしたドラマを放映したので、聞き慣れない「生前整理」も受け入れてもらいやすかったようだ。
また、遺品整理は頼めるのか、との質問には、生前整理のみ、と答えた。
セミナーの翌日、九条綾乃が事務所を訪れた。
「くら子さん、昨日はありがとうございました。
お陰さまで、アンケートの結果も、ほとんどの方が、“大変満足”と書いてくださいました。
もっとお話を聞きたいという方もたくさんありましたので、次回もよろしくお願いいたします」
綾乃が豆大福を置いて帰ったので、くら子はご機嫌だった。
「まろみちゃん、決めたわ。生前整理アドバイザーを養成する」
「企画書に書いてあった、あれですか?」
「そうよ。実は、S市でエンディングセミナーをするのに、生前整理の話をして欲しいという依頼が来ているの」
「なんで、S市がそんなことするのですか」
「以前、S市で『覚書帳…老いに備える』、つまり簡単なエンディングノートを作って配ったら、反響が大きかったらしいわ」
『覚書帳…老いに備える』では、基本情報として、緊急連絡先、いざという時の意思表示(病名の告知、延命治療について、介護場所、介護費用、いざという時頼りたい人、葬儀の希望、財産について、訃報を知らせてほしい人)などを書き込むようになっている。
ひとり暮らしの高齢者が増えた今、離れて暮らす家族にとっても、本人の意思を知ることは重要である。
また、きちんと本人の意思表示があれば、行政も何かあった時に、親族への連絡その他、対処がしやすいということらしい。
くら子が本棚から小冊子を出して、まろみに渡した。
「『覚書帳−老いに備えて』ですか。
エンディングノートよりネーミングがいいですね」
「そりゃそうよ。わたしが考えたのだから」
まろみはカッと目を見開いて、冗談でしょという顔をした。
「ほんと。S市の市役所に知り合いがいてね。相談に乗って欲しいって言うから…」
最後はしどろもどろになった。
「また、タダ働きしたんでしょ」
まろみの細い眉がつり上がった。まろみの感情はすぐ顔に出る。
「そんな事してるから、税理士の田内先生に叱られるんですよ。
K社はNPOじゃあないんだからって」
「はい、ごめんなさい」
本当は反省なんかしてないくせに、と独り言をいいながら、まろみは郵便物の開封を始めた。
くら子がパソコンに向かっていると、まろみが横に立った。
「さっきは言いすぎました。ごめんなさい」
「なにを?」
「S市のこと」
「ああ、ひとりぐらい、K社の経済状態を真剣に考えてくれる人がいないとねえ」
「違うんです」
「郵便物の整理をしていたら、S市の講座依頼の書類を送ってきたのですが」
立ってないで座ったらと、くら子が椅子をすすめた。
「中に、担当の今里さんという方からの、くら子さんあてのお手紙が入っていて」
「それが、熱烈なラブレターだったとか…」
まろみは、ぷっと吹き出し、そんな訳ないでしょと切り返した。
「やっぱり。それで」
「S市の話を聞いて、K市も同じ講座を開きたいので、くら子さんに相談したいから、今里さんが紹介がてら、K市の人と一緒に事務所に伺いますとのことです」
くら子は手紙を受け取って目を通した。
「こうやって、仕事が広がっていくんですね。
わたしったら、目先のことしか考えてなくて…昔から“損して得とれ”っていいますから…勉強になりました。
なんだか、K社の仕事は、くら子さんの企画書通りに進んでますね。
もしかして、超能力なんかあったりして…」
「あったら、こんなにバタバタ仕事してないわよ」
「それもそうだ」
「S市やK市で、綾乃さんとこのセミナーみたいに、生前整理をして欲しいという人が増えたら、ますます、忙しくなりますね。
『わくわく片付け講座』もあるし…あっ、そうか、その為に生前整理アドバイザーを養成するんですね」
「まろみちゃんも、もっと豆大福を食べたほうがいいわよ」
10章終了
「おかえりなさい。今日は豆大福デーですね」
「なんで?」
「ひかるさんが妹さんと一緒に来られて、お土産に豆大福をいただきました」
「あら、まあ!」
パーテーションで区切った応接コーナーにも聞こえたとみえ、クククと忍び笑いが聞こえた。
ひかるの妹、九条綾乃は夫と葬儀屋を営んでいる。
夫婦に社員3人と、パートの女性7人という規模である。
大手の業者は立派な会館を建て、病院ともがっちり手を組んでいる。
大手と同じ土俵ではかなわないので、綾乃と夫は、家族葬を中心に“まごころ葬儀”をうたっている。
一度葬儀を行ってくださった方からは、感謝されているが、職業上なかなか営業ができない。
そこで、PRを兼ねて、公民館を借り“エンディングセミナー”を行っている。
セミナーに参加するのは、元気な高齢者と、葬儀に不安をもっている高齢者の家族である。
葬儀について、日頃なかなか聞けない事や、実情。
また、供養にもいろいろあり、墓の事、散骨などについても、実例が紹介される。
このセミナーでは、葬儀や墓で終わらず、老い支度の準備についての講義も含まれる。
遺産相続について、一昔前なら、遺言書は財産のある金持ちが作るものだという意識が強かったが、現代では、そうはいかない。
特に、ひとり暮らしの者にとっては、重要なことである。
うちはお金がないから、という人も多いが、お金は無くても家はあるという高齢者は多い。
他にも、不治の病にかかった時の告知はどうするのか。
一人で暮らせなくなった場合の選択は…病院で病が重篤になった時の延命治療を希望するかどうか。
また、今、一番問題になっているのは、判断力が衰えてしまうことである。
衰えてしまってからでは遅いので、このあたりも、法律の専門家から、後見人制度についての紹介がされる。
くら子への依頼は、そこで“生前整理”の話をして欲しいということだった。
最近ではひとり住まいの高齢者が亡くなると、親族が“遺品整理”を頼むことが増えている。
家族にしてみれば、遺品整理を頼むよりは、それまでに財産分与も兼ねて、生前整理をして欲しいというのが人情であろう。
江坂康子のように、家族の遺品整理をした経験から、自分自身が、生前整理をしておこうと考える人も増えている。
綾乃の説明では、話をするのは三月に一度ということだった。
これは、綾乃の単なる思い付きではなく、ひかるから「わくわく片付け講座」の話を聞いて、じっくり考えたようだった。
三カ月に一度なら、何とかなるだろうと、くら子は承諾した。
二人が帰った後、くら子は豆大福を頬ばりながらノートにペンを走らせていた。
「くら子さん、もう3つ目ですよ」
「お煎茶ちょうだい。思いっきり濃いのがいいわ」
くら子は下を向いたまま、空の湯呑みを突き出した。
「夜、眠れなくなりますよ」
次の日、くら子はまろみに企画書の束を渡した。
「これ、読んで」
「なんですか? 夕べこれだけ書いたんですかぁ〜」
「そう、おかげで豆大福がなくなってしまった」
「え〜っ、全部食べちゃったんですか」
まろみはすねた子供のように、頬をふくらませた。
「知りませんよ。この前買った、ブルーのスーツが着られなくなっても」
「う〜ん、ダイエットします」
くら子は立ち上がって、大きな伸びをした。
まろみは書類に目を通して、顔をあげた。
「ほんとうに、これを一晩で書いたんですか?」
「はい」
「恐るべし、豆大福」
二ヶ月後、九条葬儀社の“エンディングセミナー”で、くら子が「生前整理」の話をした。
定員三〇名に三八名の応募があったそうだ。
三名のキャンセルがあり、参加者は三五人だった。
参加者の三分の二くらいは六〇歳以上で、これは予想通りである。
くら子が驚いたのは、二〇代、三〇代の参加者もいたことだ。
男女比は、女性が多く、男性が二割くらいだろうか。
講座の持ち時間は二時間だが、一時間半は整理の仕方、考え方、処分の方法などを話し、残りの三〇分は質問の時間にした。
本の処分についてや、アルバムの管理法などの質問に答えた。
なかには、ひとり暮らしの高齢の女性から、自分では出来ないので、K社で、生前整理をしてもらえないか、という依頼もあった。
偶々、先週の夜のテレビで、「遺品整理屋」を主人公にしたドラマを放映したので、聞き慣れない「生前整理」も受け入れてもらいやすかったようだ。
また、遺品整理は頼めるのか、との質問には、生前整理のみ、と答えた。
セミナーの翌日、九条綾乃が事務所を訪れた。
「くら子さん、昨日はありがとうございました。
お陰さまで、アンケートの結果も、ほとんどの方が、“大変満足”と書いてくださいました。
もっとお話を聞きたいという方もたくさんありましたので、次回もよろしくお願いいたします」
綾乃が豆大福を置いて帰ったので、くら子はご機嫌だった。
「まろみちゃん、決めたわ。生前整理アドバイザーを養成する」
「企画書に書いてあった、あれですか?」
「そうよ。実は、S市でエンディングセミナーをするのに、生前整理の話をして欲しいという依頼が来ているの」
「なんで、S市がそんなことするのですか」
「以前、S市で『覚書帳…老いに備える』、つまり簡単なエンディングノートを作って配ったら、反響が大きかったらしいわ」
『覚書帳…老いに備える』では、基本情報として、緊急連絡先、いざという時の意思表示(病名の告知、延命治療について、介護場所、介護費用、いざという時頼りたい人、葬儀の希望、財産について、訃報を知らせてほしい人)などを書き込むようになっている。
ひとり暮らしの高齢者が増えた今、離れて暮らす家族にとっても、本人の意思を知ることは重要である。
また、きちんと本人の意思表示があれば、行政も何かあった時に、親族への連絡その他、対処がしやすいということらしい。
くら子が本棚から小冊子を出して、まろみに渡した。
「『覚書帳−老いに備えて』ですか。
エンディングノートよりネーミングがいいですね」
「そりゃそうよ。わたしが考えたのだから」
まろみはカッと目を見開いて、冗談でしょという顔をした。
「ほんと。S市の市役所に知り合いがいてね。相談に乗って欲しいって言うから…」
最後はしどろもどろになった。
「また、タダ働きしたんでしょ」
まろみの細い眉がつり上がった。まろみの感情はすぐ顔に出る。
「そんな事してるから、税理士の田内先生に叱られるんですよ。
K社はNPOじゃあないんだからって」
「はい、ごめんなさい」
本当は反省なんかしてないくせに、と独り言をいいながら、まろみは郵便物の開封を始めた。
くら子がパソコンに向かっていると、まろみが横に立った。
「さっきは言いすぎました。ごめんなさい」
「なにを?」
「S市のこと」
「ああ、ひとりぐらい、K社の経済状態を真剣に考えてくれる人がいないとねえ」
「違うんです」
「郵便物の整理をしていたら、S市の講座依頼の書類を送ってきたのですが」
立ってないで座ったらと、くら子が椅子をすすめた。
「中に、担当の今里さんという方からの、くら子さんあてのお手紙が入っていて」
「それが、熱烈なラブレターだったとか…」
まろみは、ぷっと吹き出し、そんな訳ないでしょと切り返した。
「やっぱり。それで」
「S市の話を聞いて、K市も同じ講座を開きたいので、くら子さんに相談したいから、今里さんが紹介がてら、K市の人と一緒に事務所に伺いますとのことです」
くら子は手紙を受け取って目を通した。
「こうやって、仕事が広がっていくんですね。
わたしったら、目先のことしか考えてなくて…昔から“損して得とれ”っていいますから…勉強になりました。
なんだか、K社の仕事は、くら子さんの企画書通りに進んでますね。
もしかして、超能力なんかあったりして…」
「あったら、こんなにバタバタ仕事してないわよ」
「それもそうだ」
「S市やK市で、綾乃さんとこのセミナーみたいに、生前整理をして欲しいという人が増えたら、ますます、忙しくなりますね。
『わくわく片付け講座』もあるし…あっ、そうか、その為に生前整理アドバイザーを養成するんですね」
「まろみちゃんも、もっと豆大福を食べたほうがいいわよ」
10章終了