次回の「わくわく片付け講座」の申込書を整理しながら、まろみはあらあら、今度は風水ですってと、書類を突き出した。
「なによ、まろみちゃん。びっくりするじゃない」
これこれと、まろみは読みあげた。
「受講の動機、最近、平らな道で転んだり、財布を落としたり、娘に買ってもらった携帯電話も紛失し、よくないことが続くので、有名な風水の先生にみてもらいに行きました。
先生がおっしゃるには、あなたは、まず、部屋を片付けなさいといわれました。
片付かないと、方位もラッキーアイテムもみられないそうです。
わたしも、これ以上不運なことが続いてはかなわないので、片づけようと思ったのですが、どうにもなりません。
そこで、講座に参加して、部屋を整理し、風水の先生のところに行きたいのです」
「時々、風水に凝っておられる方が参加されるけど。風水の先生にみてもらうために参加するという人は初めてね」
「それに、道で転ぶとか、携帯を失くすのが不運だったら、わたしなんか、三日に一度は不運な目にあってますよ」
くら子があははと思いきり笑うので、まろみはすねた。
「そうね、不運というより、うっかりみたいね」
「そうですよ。不運というのは、道を歩いていたら、上から漬物石が降ってきて、怪我したみたいなことをいうんですよ」
「漬物石? いくらなんでも、それはないんじゃないんの」
まろみは神妙に答えた。
「それがあったんですよ。うちのマンションで。
漬物が漬かりすぎだと言ったご主人に腹を立てた奥さんが、漬物石を投げたんです。
重いから両手の下手投げで投げたら、ご主人に当たらず、三階の窓から落下。
下を歩いていた人の肩に当たって。大騒ぎ」
「そりゃ、たいへんじゃない」
「そうですよ。殺人未遂になるかもしれないとか、皆いろいろ言ってましたよ」
くら子はまろみの目をじっと見た。
「それって、この前、読んだ推理小説の話じゃないの」
「ばれました?」
「しかし、風水って当たるんですか」
くら子は信じられないという顔をした。
「クイズじゃないのだから、当たりはずれの問題ではないと思うけど。」
「だけど、黄色の財布を持つとお金持ちになるとか…」
「それはわからない。黄色い財布でお金持ちになったという人に会ったことがないから。
そういえば、以前、二世帯住宅の設計をした時のお施主さんで、方位にこだわる方がおられてね」
「家相ってやつですか」
「そう、台所のコンロを置く位置で、お姑さんとお嫁さんがもめたことがあったわ」
他人のトラブルを聞くのは楽しいという顔で、まろみは期待の目を向けた。
「お嫁さんの希望の間取りで、動線とか、使い勝手からいって、ここしかないと思う位置にコンロを置こうとしたら、お姑さんがこの方角に火の気をもってくるのはよくない、と反対でね」
まろみはふんふんとうれしそうだ。
「結局、台所は別にすることになったの」
「それじゃあ、良くない方角の火の気はどうなんですか。火事でもあったとか」
苦笑いをしながら、くら子は当時を振り返った。
「何にもなかったけど。嫁姑は口も利かなくなりました。おしまい」
風水、家相がそんなに大事なことなのかと疑問に思ったまろみは、仕事帰りに遠回りして、図書館に寄った。
四柱推命、星占い、姓名判断と、占いの本をたどっていくと、風水の本は三冊ほどあった。
席について、本をぱらぱらとめくった。
なになに、風水は四千年前に中国で生まれた。ものには陰陽があり、陰は暗いものや古いもの、陽は明るいものや新しいものをいう。
ふむふむ、そういえば、暗い人を陰気な人と言い、明るい人を陽気な人という。なるほど、陰陽はバランスが大切で、陰の気がたまると病気になる。
また、風水は環境学でもある。中国では四千年も前から環境のことを考えていたのだろうか。すごいもんだ。
それから、住まいには龍脈がある。これは気の流れのようなもので、これが滞るとラッキーパワーが失われる。
つまり、ものがいっぱいだと、ラッキーパワーが失われるということだろうか。
その上、使わない古いものを貯めておくと、陰の気が増えて、ますますラッキーパワーが失われる。
どの本も、同じようなことが書かれ、まず、部屋を片付けてきれいに掃除をすることが重要だと書かれている。
そいうえば女性週刊誌で、汚部屋に住んでて彼氏を呼べないから、彼氏ができないとか、汚部屋を見た彼氏から二度と連絡が来なくなったという記事を読んだ。
やはり、汚部屋にはラッキーパワーがないから彼氏ができないのだ。
それじゃあ、汚部屋じゃないのに、わたしに彼氏ができないのはどういうわけだ?
と、ひとりで突っ込んでどうする。
彼氏のことはさておき、風水の先生が方位やラッキーアイテムの前に、家の中を片付けなさいといわれたのも無理はない。
これは、風水の先生と組んで仕事ができるかもしれない。明日、くら子さんに話してみよう。
まろみちゃんお手柄よ、なんてね。
スキップをしたいような気分で、まろみは図書館を後にした。
翌朝、くら子が出社すると、珍しくまろみが先に出ていた。
おはようございますをいう間もなく、まろみは風水の先生と組んで仕事をしたらどうかと、くら子にまくしたてた。
「いったい、どういう風の吹きまわし?」
「だから、『わくわく片付け講座』に、風水の先生も講師で来てもらうのですよ」
電気ポットのプラグを差し込んで、お茶の用意をしながら、くら子はまろみのはしゃぎぶりを観察した。
ようやく、与えられた仕事ではなく、自分で考えて仕事をしようという時期にさしかかったのだろうか。
「まろみちゃんは、五月生まれのおうし座だったわね」
勢いをそがれて、まろみは生返事をした。
「新聞やネットで今週の星占いは見てる?」
「見てますけど、それがなにか…」
「例えば、ある占いでは、今日はラッキーデーで、ほかの占いでは、ついてないと書いてあったことはない?」
「ありますよ。しょっちゅうです。だから、一番いいことを書いてる占いだけ、信じることにしています」
「そういう人が多いみたいね。風水も似たようなことがあると思わない」
こめかみをこぶしで軽くたたいて、まろみは狭い事務所を歩き回った。
「わかりました。風水も占う人によって解釈が違うということですね」
顔をあげたまろみはにっこりした。
「そういうこと。ただ、部屋を整理してきれいにするのは、風水の基本だと思うけどね」
「せっかく、いい考えだと思ったんですけど…」
「今回は残念ながら採用できなかったけど、まろみちゃんが色々考えてくれるのは大歓迎よ」
「ほんとですか、がんばらなくちゃ。そういえば、今朝は、朝ごはんを食べてなくて…」
「まろみちゃんらしいわね。腹が減っては戦はできぬ、よ。コンビニでパンかおにぎりでも買って来たら?」
いいですか、いってきまぁーすと、まろみは財布も持たずに飛び出していった。
「わくわく片付け講座」の初日、受付をしていたまろみが、くら子の耳元でささやいた。
「あの、紫の塊みたいな人が、例の風水の花園くららさんです」
「今日のラッキーカラーなのかしらね」
「いえ、ネームカードを渡す時に訊いたら、テレビでカラーセラピーの先生が、紫は女性ホルモンを活発にして、神秘的な魅力が増すといってたそうです。
特に、団塊世代の熟年夫婦には、お勧めの色だそうです。うっふん」
「なによ、その、うっふんって、気持ち悪いわね」
それにしても、今日は紫の洋服を着ている人が多い。ざっと数えて八人。
紫というのは好き嫌いの激しい色で着こなすのは難しい、女性が二〇人いて、その中の四割が紫というのは目を見張る数字だ。
改めて、テレビの影響は恐ろしいと思うが、それに乗せられて、紫の洋服を着るというのも、いかがなものか。
すぐに飛びついて、すぐに飽きて次を買う。これで、洋服が売れて、消費は活性化されるのだろうか。豊かさとは、そういうことではないのではないか。
「くら子さん、そろそろ時間ですよ」
まろみの声に、くら子は気を取り直して、講座初日のあいさつに立った。
初日はパーソナルカラーの講座で、八人の紫に、講師の金星都は、戸惑ったようだが、上手に似合う色の話にもっていった。
日本人がもっている紫の色の観念は非常に幅広く、京紫といわれる赤味の紫から、歌舞伎の『助六』の鉢巻きで有名な江戸紫まで、たくさんの紫があることを説明した。
また、紫は着こなしの難しい色で、上品か下品かどちらかになり、その中間はないので、紫は慎重に選んで欲しいと、受講者を見渡した。
紫の服を着ている者は、誰もが自分は上品だと思っているらしく、ふんふんとうなずいていた。
一人ひとりの似合う色を診断する時には、都は細心の注意をはらった。
お召しになっているこの紫もよいですが、もう少し薄い紫がお似合いですなど、「似合わない」という言葉を使わないようにしながら、アドバイスをした。
講座が終わって、くら子は都にお疲れ様でしたと声をかけた。
「ほんと、今日はめちゃめちゃ疲れました」
まろみがぷっと吹き出した。
「まろみちゃん、笑い事じゃないわよ。紫軍団のパワーはすごいんだから」
「そうですねえ。次回は何色になるでしょうか」
「さあ、テレビのカラーセラピーの先生に聞いてちょうだい」
講座の初日を終え、くら子とまろみは事務所にもどった。
まろみがお茶を入れてきた。
「くら子さん、さる筋の情報によりますと、花園くららさんは、本名ではないそうです」
「さる筋って、どこの筋よ」
「それは、企業秘密です」
なるほどねえと、くら子が湯呑みをのぞくと茶柱が立っていた。
これはなにかいいことのある前触れだろうかと、胸の内でつぶやいた。
まろみはひとりでしゃべっている。花園くららは宝塚歌劇のファンで、本名は別にあるが、最近はどこでも花園くららと名乗っているそうだ。
まろみの言葉はくら子の耳を素通りし、茶柱が立つと縁起がいいといわれるのはなぜだろうかと考えていた。
くら子さん聞いてます? とまろみが、くら子の前で手をひらひらさせた。
「ごめん、聞いてなかった」
「くららさんの隣に座っていた歌津絵さんも、風水に凝っているそうですよ。なんだか、二人で盛り上がってました」
「興味のある人は、それでいいんじゃないの。他の人にまであれこれアドバイスをされると困るけど」
「どうしてですか」
「だって、まろみちゃん、お宅の玄関の方角が悪いって言われたらどうする」
「マンションの玄関の方角は変えられません」
「そうでしょ。だけど、それまで、そんなことを気にしなかった人が、うちの玄関の方角が悪いらしいと気になりだしたら、体調が悪いのはそのせいかもしれないとか、いろいろ考えてしまうでしょ」
そうですねえと、まろみは腕を組んで、やっぱり風水を講座に入れるのは難しいですか、と口をつぐんだ。
その後、トラブルもなく「わくわく片付け講座」は最終回を迎えた。
「皆さん、ひとりの脱落者も無く、無事講座を終えられました。
あとは、講座で学ばれたことをいかに実践し、継続されるかです。
それでは、最後になにかご質問がありましたら…」
花園くららが手を挙げた。
「あの、ようやくわたしも、自分がいかに多くのものを抱え込んでいたか、よくわかりました。
似合わない洋服や、はけない靴など、一二帖のクロゼットにいっぱいありまして、処分するために、来週の日曜にガレージセールを開こうと思います。
リサイクルできるものはリサイクルしたほうがよいですからね。
そうでしょ、くら子さん」
有無を言わせない口調だった。
はあと、くら子はあいまいな返事をした。
「そこで、チラシを作ってきました。皆さん是非お越しください。
ブランドのバッグ、靴、洋服が山ほどあります。ガレージセールといっても値段は全部千円以下です」
ブランドと千円以下という言葉に、受講者の眼の色が変わった。
くららは自ら、自宅の住所と地図が描かれたチラシを配り始めた。
まろみがくら子に走り寄って、いいんですかとささやいた。
仕方ないわねと、くら子は急に熱気を帯びた会場を見まわした。
それでは日曜日に、と受講者は上機嫌で帰って行った。
「最後にガレージセールになるとは思いませんでしたね」
「ほんと、まいりましたって感じ」
「荷物を整理しましょう。できるだけリサイクルしましょうって言った手前、やめなさいとも言えないし…」
「ガレージセール自体はいいのよ。だけど、講座に参加した人が、ガレージセールに行ってまた、山ほど洋服を抱え込んだら、元の木阿弥ね」
二人で同時にためいきをつき、それがおかしくて笑い転げた。
「今回の講座も無事おわったんだから、打ち上げに行きましょう」
「駅前の焼鳥屋が三周年記念で、一時間飲み放題千円です」
「そうね、ぱーっといきましょう」
13章終了
「なによ、まろみちゃん。びっくりするじゃない」
これこれと、まろみは読みあげた。
「受講の動機、最近、平らな道で転んだり、財布を落としたり、娘に買ってもらった携帯電話も紛失し、よくないことが続くので、有名な風水の先生にみてもらいに行きました。
先生がおっしゃるには、あなたは、まず、部屋を片付けなさいといわれました。
片付かないと、方位もラッキーアイテムもみられないそうです。
わたしも、これ以上不運なことが続いてはかなわないので、片づけようと思ったのですが、どうにもなりません。
そこで、講座に参加して、部屋を整理し、風水の先生のところに行きたいのです」
「時々、風水に凝っておられる方が参加されるけど。風水の先生にみてもらうために参加するという人は初めてね」
「それに、道で転ぶとか、携帯を失くすのが不運だったら、わたしなんか、三日に一度は不運な目にあってますよ」
くら子があははと思いきり笑うので、まろみはすねた。
「そうね、不運というより、うっかりみたいね」
「そうですよ。不運というのは、道を歩いていたら、上から漬物石が降ってきて、怪我したみたいなことをいうんですよ」
「漬物石? いくらなんでも、それはないんじゃないんの」
まろみは神妙に答えた。
「それがあったんですよ。うちのマンションで。
漬物が漬かりすぎだと言ったご主人に腹を立てた奥さんが、漬物石を投げたんです。
重いから両手の下手投げで投げたら、ご主人に当たらず、三階の窓から落下。
下を歩いていた人の肩に当たって。大騒ぎ」
「そりゃ、たいへんじゃない」
「そうですよ。殺人未遂になるかもしれないとか、皆いろいろ言ってましたよ」
くら子はまろみの目をじっと見た。
「それって、この前、読んだ推理小説の話じゃないの」
「ばれました?」
「しかし、風水って当たるんですか」
くら子は信じられないという顔をした。
「クイズじゃないのだから、当たりはずれの問題ではないと思うけど。」
「だけど、黄色の財布を持つとお金持ちになるとか…」
「それはわからない。黄色い財布でお金持ちになったという人に会ったことがないから。
そういえば、以前、二世帯住宅の設計をした時のお施主さんで、方位にこだわる方がおられてね」
「家相ってやつですか」
「そう、台所のコンロを置く位置で、お姑さんとお嫁さんがもめたことがあったわ」
他人のトラブルを聞くのは楽しいという顔で、まろみは期待の目を向けた。
「お嫁さんの希望の間取りで、動線とか、使い勝手からいって、ここしかないと思う位置にコンロを置こうとしたら、お姑さんがこの方角に火の気をもってくるのはよくない、と反対でね」
まろみはふんふんとうれしそうだ。
「結局、台所は別にすることになったの」
「それじゃあ、良くない方角の火の気はどうなんですか。火事でもあったとか」
苦笑いをしながら、くら子は当時を振り返った。
「何にもなかったけど。嫁姑は口も利かなくなりました。おしまい」
風水、家相がそんなに大事なことなのかと疑問に思ったまろみは、仕事帰りに遠回りして、図書館に寄った。
四柱推命、星占い、姓名判断と、占いの本をたどっていくと、風水の本は三冊ほどあった。
席について、本をぱらぱらとめくった。
なになに、風水は四千年前に中国で生まれた。ものには陰陽があり、陰は暗いものや古いもの、陽は明るいものや新しいものをいう。
ふむふむ、そういえば、暗い人を陰気な人と言い、明るい人を陽気な人という。なるほど、陰陽はバランスが大切で、陰の気がたまると病気になる。
また、風水は環境学でもある。中国では四千年も前から環境のことを考えていたのだろうか。すごいもんだ。
それから、住まいには龍脈がある。これは気の流れのようなもので、これが滞るとラッキーパワーが失われる。
つまり、ものがいっぱいだと、ラッキーパワーが失われるということだろうか。
その上、使わない古いものを貯めておくと、陰の気が増えて、ますますラッキーパワーが失われる。
どの本も、同じようなことが書かれ、まず、部屋を片付けてきれいに掃除をすることが重要だと書かれている。
そいうえば女性週刊誌で、汚部屋に住んでて彼氏を呼べないから、彼氏ができないとか、汚部屋を見た彼氏から二度と連絡が来なくなったという記事を読んだ。
やはり、汚部屋にはラッキーパワーがないから彼氏ができないのだ。
それじゃあ、汚部屋じゃないのに、わたしに彼氏ができないのはどういうわけだ?
と、ひとりで突っ込んでどうする。
彼氏のことはさておき、風水の先生が方位やラッキーアイテムの前に、家の中を片付けなさいといわれたのも無理はない。
これは、風水の先生と組んで仕事ができるかもしれない。明日、くら子さんに話してみよう。
まろみちゃんお手柄よ、なんてね。
スキップをしたいような気分で、まろみは図書館を後にした。
翌朝、くら子が出社すると、珍しくまろみが先に出ていた。
おはようございますをいう間もなく、まろみは風水の先生と組んで仕事をしたらどうかと、くら子にまくしたてた。
「いったい、どういう風の吹きまわし?」
「だから、『わくわく片付け講座』に、風水の先生も講師で来てもらうのですよ」
電気ポットのプラグを差し込んで、お茶の用意をしながら、くら子はまろみのはしゃぎぶりを観察した。
ようやく、与えられた仕事ではなく、自分で考えて仕事をしようという時期にさしかかったのだろうか。
「まろみちゃんは、五月生まれのおうし座だったわね」
勢いをそがれて、まろみは生返事をした。
「新聞やネットで今週の星占いは見てる?」
「見てますけど、それがなにか…」
「例えば、ある占いでは、今日はラッキーデーで、ほかの占いでは、ついてないと書いてあったことはない?」
「ありますよ。しょっちゅうです。だから、一番いいことを書いてる占いだけ、信じることにしています」
「そういう人が多いみたいね。風水も似たようなことがあると思わない」
こめかみをこぶしで軽くたたいて、まろみは狭い事務所を歩き回った。
「わかりました。風水も占う人によって解釈が違うということですね」
顔をあげたまろみはにっこりした。
「そういうこと。ただ、部屋を整理してきれいにするのは、風水の基本だと思うけどね」
「せっかく、いい考えだと思ったんですけど…」
「今回は残念ながら採用できなかったけど、まろみちゃんが色々考えてくれるのは大歓迎よ」
「ほんとですか、がんばらなくちゃ。そういえば、今朝は、朝ごはんを食べてなくて…」
「まろみちゃんらしいわね。腹が減っては戦はできぬ、よ。コンビニでパンかおにぎりでも買って来たら?」
いいですか、いってきまぁーすと、まろみは財布も持たずに飛び出していった。
「わくわく片付け講座」の初日、受付をしていたまろみが、くら子の耳元でささやいた。
「あの、紫の塊みたいな人が、例の風水の花園くららさんです」
「今日のラッキーカラーなのかしらね」
「いえ、ネームカードを渡す時に訊いたら、テレビでカラーセラピーの先生が、紫は女性ホルモンを活発にして、神秘的な魅力が増すといってたそうです。
特に、団塊世代の熟年夫婦には、お勧めの色だそうです。うっふん」
「なによ、その、うっふんって、気持ち悪いわね」
それにしても、今日は紫の洋服を着ている人が多い。ざっと数えて八人。
紫というのは好き嫌いの激しい色で着こなすのは難しい、女性が二〇人いて、その中の四割が紫というのは目を見張る数字だ。
改めて、テレビの影響は恐ろしいと思うが、それに乗せられて、紫の洋服を着るというのも、いかがなものか。
すぐに飛びついて、すぐに飽きて次を買う。これで、洋服が売れて、消費は活性化されるのだろうか。豊かさとは、そういうことではないのではないか。
「くら子さん、そろそろ時間ですよ」
まろみの声に、くら子は気を取り直して、講座初日のあいさつに立った。
初日はパーソナルカラーの講座で、八人の紫に、講師の金星都は、戸惑ったようだが、上手に似合う色の話にもっていった。
日本人がもっている紫の色の観念は非常に幅広く、京紫といわれる赤味の紫から、歌舞伎の『助六』の鉢巻きで有名な江戸紫まで、たくさんの紫があることを説明した。
また、紫は着こなしの難しい色で、上品か下品かどちらかになり、その中間はないので、紫は慎重に選んで欲しいと、受講者を見渡した。
紫の服を着ている者は、誰もが自分は上品だと思っているらしく、ふんふんとうなずいていた。
一人ひとりの似合う色を診断する時には、都は細心の注意をはらった。
お召しになっているこの紫もよいですが、もう少し薄い紫がお似合いですなど、「似合わない」という言葉を使わないようにしながら、アドバイスをした。
講座が終わって、くら子は都にお疲れ様でしたと声をかけた。
「ほんと、今日はめちゃめちゃ疲れました」
まろみがぷっと吹き出した。
「まろみちゃん、笑い事じゃないわよ。紫軍団のパワーはすごいんだから」
「そうですねえ。次回は何色になるでしょうか」
「さあ、テレビのカラーセラピーの先生に聞いてちょうだい」
講座の初日を終え、くら子とまろみは事務所にもどった。
まろみがお茶を入れてきた。
「くら子さん、さる筋の情報によりますと、花園くららさんは、本名ではないそうです」
「さる筋って、どこの筋よ」
「それは、企業秘密です」
なるほどねえと、くら子が湯呑みをのぞくと茶柱が立っていた。
これはなにかいいことのある前触れだろうかと、胸の内でつぶやいた。
まろみはひとりでしゃべっている。花園くららは宝塚歌劇のファンで、本名は別にあるが、最近はどこでも花園くららと名乗っているそうだ。
まろみの言葉はくら子の耳を素通りし、茶柱が立つと縁起がいいといわれるのはなぜだろうかと考えていた。
くら子さん聞いてます? とまろみが、くら子の前で手をひらひらさせた。
「ごめん、聞いてなかった」
「くららさんの隣に座っていた歌津絵さんも、風水に凝っているそうですよ。なんだか、二人で盛り上がってました」
「興味のある人は、それでいいんじゃないの。他の人にまであれこれアドバイスをされると困るけど」
「どうしてですか」
「だって、まろみちゃん、お宅の玄関の方角が悪いって言われたらどうする」
「マンションの玄関の方角は変えられません」
「そうでしょ。だけど、それまで、そんなことを気にしなかった人が、うちの玄関の方角が悪いらしいと気になりだしたら、体調が悪いのはそのせいかもしれないとか、いろいろ考えてしまうでしょ」
そうですねえと、まろみは腕を組んで、やっぱり風水を講座に入れるのは難しいですか、と口をつぐんだ。
その後、トラブルもなく「わくわく片付け講座」は最終回を迎えた。
「皆さん、ひとりの脱落者も無く、無事講座を終えられました。
あとは、講座で学ばれたことをいかに実践し、継続されるかです。
それでは、最後になにかご質問がありましたら…」
花園くららが手を挙げた。
「あの、ようやくわたしも、自分がいかに多くのものを抱え込んでいたか、よくわかりました。
似合わない洋服や、はけない靴など、一二帖のクロゼットにいっぱいありまして、処分するために、来週の日曜にガレージセールを開こうと思います。
リサイクルできるものはリサイクルしたほうがよいですからね。
そうでしょ、くら子さん」
有無を言わせない口調だった。
はあと、くら子はあいまいな返事をした。
「そこで、チラシを作ってきました。皆さん是非お越しください。
ブランドのバッグ、靴、洋服が山ほどあります。ガレージセールといっても値段は全部千円以下です」
ブランドと千円以下という言葉に、受講者の眼の色が変わった。
くららは自ら、自宅の住所と地図が描かれたチラシを配り始めた。
まろみがくら子に走り寄って、いいんですかとささやいた。
仕方ないわねと、くら子は急に熱気を帯びた会場を見まわした。
それでは日曜日に、と受講者は上機嫌で帰って行った。
「最後にガレージセールになるとは思いませんでしたね」
「ほんと、まいりましたって感じ」
「荷物を整理しましょう。できるだけリサイクルしましょうって言った手前、やめなさいとも言えないし…」
「ガレージセール自体はいいのよ。だけど、講座に参加した人が、ガレージセールに行ってまた、山ほど洋服を抱え込んだら、元の木阿弥ね」
二人で同時にためいきをつき、それがおかしくて笑い転げた。
「今回の講座も無事おわったんだから、打ち上げに行きましょう」
「駅前の焼鳥屋が三周年記念で、一時間飲み放題千円です」
「そうね、ぱーっといきましょう」
13章終了