2022年04月23日

下井草狂想曲2022.4.23 「幸せの二極化」

「何、今更言ってんの?
 プランニング持つのやめた
 だから、家を買うのもやめたっつったじゃん!(=やめたって言ったじゃん)」

買い物の帰り道、僕よりちょこっと歳下のご夫婦が、後ろを振り向きながら、会話が聞こえるのを気にしたのか、それとも、「あぁ、あれを買えばよかった」みたいな会話があったのだろうか。旦那さんはちょっと自信がないような漂い。一方で、奥さんはイライラを隠せないようだ。その数分後、別の道でご夫婦とすれ違った時に聞こえた会話。

結婚しても、家庭を持っても、それはそれで、いや、それだからこそ、大変なのだよな〜。あぁ、僕はそっちに行けないな〜、ん? そもそも、そういう関係性で結婚なんてするもんかな、とか。

お!青い鳥が部屋の外に登場! 幸福の青い鳥が!

そう。「僕はなんて幸せなんだ」と。
ちょうど先程の奥さんの言葉が響いた数分前、「満たされているとどんどんそれが癖になるのでしょう。満たされた状態が当たり前になります。」といった感覚を持って歩いていたのでした。

よく成功の二極化なんてこと、ありますよね。言葉は字面は変わっても「勝ち組・負け組」であったり「大金持ち・貧乏」という勝敗、高低感。だからといって、「幸福」とはまた別のものです。むしろ、ここ2、3年感じるのは「幸せの二極化」です。素敵な人はどんどん素敵になっていくし、エネルギーが落ちている人はどんどん落ちていく。どうしてだか分かりますか?

理屈や理論を知ったところで、どうにもなりません。むしろ、ちょこっと満たされちゃうのがよいんです。例えば、僕の場合、週の初めの月曜日はアルゼンチン・タンゴのレッスンと練習会に参加しています。ここは場の雰囲気もよくって、集まる人達もよいエネルギー(向上心であったり、好奇心であったり、人それぞれです)を持っているものですから、場全体がよいエネルギーで満たされます。さらに、そんな仲間達とアブラッソを真剣に探究する訳です。「もっとこういうアブラッソの方が心地好いのではないか?」と。ハグ自体が心地好いものなのに、さらにお互いがどう「自然に」「心地好く」といったことを、音楽を聴きながら、お互いを感じながら、体で感じようと必死なのです。もう、この行為自体が、「満たされている」訳です。

ですから、月曜の夜から、素敵なエネルギーを纏ってしまいます。週の初めでそんなですから、後はその素敵なエネルギーを引きずっていきます。勿論、そのエネルギーだけに安住することはありません。日々、試行錯誤しつつ、エネルギーをコントロールしていくのです。

そういえば、先週のレッスンにおいても、Caminataで止まりたい時、Slowly=Energy Control という内容がありました。レッスンの中身でも、エネルギーについて触れられるのです。

一見、幸福過ぎるといつかは破綻する、なんて考えの方もいるでしょう。でも、果たしてそうでしょうか。幸せの感覚を知ってしまうと、その幸せ感はなかなか手放したくないものです。行き過ぎると破綻する、なんてことは感覚的に分かっているので、そこは、エネルギーを若干セーブしたり、休息するですとか、エネルギーを逃がしたり、色々な手法でコントロールして、幸せをキープします。

大概、僕の場合、破綻するとしたら、酒です。飲み過ぎて物を失くしたり(鍵を失くした時はショック!)、どこかにぶつかったり(電柱だとか藪の中に入っていったり)、明け方まで堂々巡りで歩いてしまって、立ったまま寝ちゃったり、まぁ、体のコンディションも崩れますね。「適度、適度、適度、エネルギー・コントロール!」っていうか、単に呑み過ぎに注意! って、どうしてもやらかしてしまうんですが、、、。それでも年に1、2回。今はよき思い出、笑い話になります。

よく「一日で3つよかったと思うことをスケジュール帳に書き込みましょう」とかいうのがあります。結構、有用です。僕もそれに近いこと、継続してやっています。僕の場合は、一日の中で起こるシンクロニシティ―、夢の話も記しています。他には、周囲のアクシデント、珍しい事象、極陽もしくは極陰の出来事。それらを踏まえて「これは何を意味しているのだろう」と自分なりに考えて行動を起こすようにしています。こうやって「直感を体系化」していく訳です。これはまた楽しいのです。

ちょこっとした幸せを繰り返していくと、それが当たり前となるので、大きな幸せを引き寄せる力も身に付いて来ます。これには、やはり自身の心身のコンディションがよいことが必須です。さらに自身の生き方、過ごし方もよいことが求められます。つまり、受け皿ですね。僕の場合は、睡眠。早寝早起きして、体をちょこっと動かして、朝食をたっぷり食べた一日は、もう最高級に色んな不思議な、しかも喜ばしいことが起きます。人生が楽しくなる訳です。

幸せの二極化が起こる理由は色々あります。その一つに、「幸せを受けとる受け皿」だったりします。心身のコンディションや本人の意識。折角「幸せ」や「チャンス」が向こうからやってきたのに、それを受けとる準備が整っていない人は、チャンスを見逃す癖がついてしまっています。他には「幸せ」を「幸せと感じない」というマインドの問題もあったりします。

僕の場合は、アクシデントをすべてチャンスに癖を付けています。多くの人はアクシデントを悪として捉えています。でも、そのアクシデントがあってこそ、笑いが起きたり、チャンスが巡って来たりするものなんです。もしくは、「次はこういった過ちは起こさないようにしよう」と心に刻んでおくだけで、もっと深刻なアクシデントを回避することができるのです。

よく周囲の方々に言うこともありますが、「負の状態であれば、よりよい状態に」「よい状態であったら、その状態を保つ」 家事もそうですよね。部屋が汚かったら綺麗にした方がよいです。気持ちもスッキリするし衛生上大切です。部屋が綺麗だったらその状態を保つよう心掛けましょう。

さて。上述の「プランニング」 僕はありますよ。むしろずっとプランニングしつつ、過ごしてきました。この数年、十数年? 計画よりも行動しようよ!と自分でも喝を入れたくなります。行動起こさないと人生あっという間に終わってしまいます。最もやりたいことは何なの?と。答えはメロディーを形にすること=音楽創作=つまり、レコーディング。もう、これは、この30年程、常に感じていて、断続的に行動に移しつつも、休んでしまったり、準備に手間取ったりして、ダラダラしている自分がいます。これは、いかんのです。上の話で書くと、どんどん行動する癖を付ければ、その状態からよりよい大きなアクションを生み出すことができる訳ですから、地道でもいいから、録音、しますよ〜(笑)

この一週間何をしていたかというと、音楽環境を一新しました。PCはmacbook air。音楽ソフトはlogic pro。オーディオインターフェースはapollo solo。それにmidiインターフェースを購入しました。その設定たるや20年前よりも10年前よりも、より複雑で戸惑いましたが、昨晩、DTM専門店さんで設定を確認して貰い、1週間で完了しました。嬉しいです。

2000年:Mac G4、Logic Audio、Degidesign001、Unitor8
2011年:macbook pro、pro tools、profire2626、Unitor8
2022年:macbook air、logic pro、apollo solo、UM One

新しい環境で、メロディーをどんどん形にしていく。作詞作曲という種づくりから、もっと品種改良(歌練り=世にいうアレンジ)、花を咲かせます(録音、創作、制作、つまりレコーディング)。そして、sekaiblue.comのDiscography(http://sekaiblue.com/discography_list.php)で、どんな作品を創っているのかを、公開していく。僕を含めて、関わる方々や、これを読んでくれている方々が楽しむ=刺激を得る、面白いと感じる、癒される、一緒にやりたくなる、私も頑張ろう!と思える、等いろいろ。

「うん、今、やるよ。今日もね。
 プラン。実行するのみ。行動するのみ。
 だから、新しい音楽環境買っちゃったもんね!」

下井草より愛を。

あおきまさとより


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つい先日まで桜の季節でしたが、もう遠い過去のよう。

2022年03月27日

私的随喜:幸せの呼び水

モーツァルトがいつになく偉大に鳴っている。
曇り空にも関わらず、行き交う人々の楽し気な声はピンク色の空気を通り過ぎてゆく。そういった感覚を子供たちはいつか大人になって思い起こすことがあるだろうか。そうであったなら。僕は嬉しい。

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三月もあっという間に過ぎていった。満たされたようでもあるし、もがいていたようでもある。無気力なようで、有意義だった気もする。気持ち的には春は到来し、ああ、そうだ。なんだかんだいって、結構出歩いていた。

今、なお、満たされている。先程、友に送ったメッセージ「なんのしがらみもない生活は幸せだな」 この満たされている感はなんだろうか。

答えはシンプルだ。とうとう。まぁ、いつものことだけど、歌い始めた。きっかけは単純だ。ときめきだったりする。いつもは重い腰を上げないと防音シェルターに入り込まない僕が、当たり前のように歌って録音してデータ格納して。つまるところ、僕はときめいていさえすればよいのだ。あなたに。人生に。生きていることに。

先程の友と桜を愛でながら、酒を呑む。
「家でも外でも五橋
五橋 五橋 ホワイ ユーアー 五橋
暖かくなってきました」
なかなか気分がよさそうだ。

命はいつしか消えてしまうものだから。
だからこその。そういう過ごしを。

春到来。ありがとう。

あおきまさと
2022年3月27日 14:29

sekai_prune at 14:30|PermalinkComments(0)私的随喜 

2022年03月16日

私的随喜 春の美酒に添えて

このところ。いや、この何年もレコーディングはやっていないのですが、、、なんだか、このまま時を通り過ぎてしまい、いつしか老いて死に至り、「あぁ、ちゃんと創っておけばよかったな。。。」なんて息を引き取る、そんな気持ちが毎日よぎっています。

もし、僕が顔色が悪い、と言われたら、それが理由かな、と思います。それしか理由ないもん。

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一方で。2018年から作詞作曲がフルパワーで動いていて、もうそれだけのために生きているといった感じで、自分の中ではまとめ切ったのです。そんな未完成な音源を聴くだけで幸せな日々であることは確かで。

想定された後悔の念と毎日を穏やかに幸せに生きている、その双方の渦の中で、じゃあ、僕はどうすればいいんだ? もう、部屋の前に咲く桜を眺めながら、マジック・アワーの空を眺めながら、美酒を飲むしかないのです。本気で。ほんとに。真面目に。

情熱は、こんなにあるのに。ほんとに。どこから手を付けていいか分からなくなってきました。地道に過ごすことのよさは分かっているのだけど、それならば、タンゴを踊って「あ〜、幸せ」って感じている方がいいような気もしてみたり、街に出てトキメキを感じたり、ビストロで仲間感を得たり、、、どうなんでしょうね〜。

でも、分かっているんです。結局は、世界ブルーにメロディーに戻るんだって。だって、毎日、自分のメロディーを聴いて至福に浸っていて、そこだけで終わっていいのか、終わっていいんだろうけど、終わらせない方が、僕あおきまさとの人生はハッピーなのだよな、きっと。そう思うんですね。

まぁ、、、どうなるか分からんのですが、根本的に生活を変えないと、次に繋がらないのですが、気持ちだけはまだまだ、攻めていきたいな、世界ブルーで攻めていくことで、なにか、人生の手応えを感じ得たいあおきまさとがここにいます。

2022.3.16夜

sekai_prune at 21:00|PermalinkComments(0)私的随喜 

2022年03月06日

ワインと餃子の会:二〇二二年第一回目

こんばんは。あおきまさとです。

2022年。第一回目の「ワインと餃子の会」。
今回は、あおきのデイリーワインの代わりに、立春をお祝いして日本酒とさせて頂きました。
また、BGMもあおきの「アイアイ語」の代わりに、モーツァルト。脳内スッキリ。
そこで酔いまかせに繰り広げられた座談の内容をギュギュッと、キュキュッとお送り致します。

**********

人類が行きつきたい所に向かってる(モーツァルトについて)

ただ建物立ててるんじゃないと思うのよ(空海について)

その人にしかできない味 レシピの次元じゃないから(担々麺おやっさん等について)

収まらない人の方がLoveがある

生きてるってそういうことじゃないと思うんだよね

尊い 共感し合ってる

死に向かっていく感じっていうのかなー

モーツァルト ツボ押しまくり

人生の究極?のところに向かっている感じで?

前向きにいかないとやっていけないんですよ? この人種は

結婚してる・してないで変わらないのよ Situationが変わってるだけで

彼がふりきってるから(モーツァルトについて)

**********

こういったことを語り合える友がいる、というだけでも、とっても幸せです。
モーツァルトを聴きながら、おやっさんの餃子を食べ、素晴らしい日本酒を飲む。

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第二回目も素晴らしいゲストを招いて。どんな語りが繰り広げられるのか楽しみでなりません。生きててよかった、と感じ得る友と。「共に生きてる」 共感。今後もよろしくお願いいたします。

あおきまさと

sekai_prune at 19:51|PermalinkComments(0)concept 

2022年02月27日

私的随喜:身近な居心地と遠い希求(2022年2月27日)

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穏やかな昼下がりに火葬場へ向かうタクシーの助手席に座り、真正面から日差しを受けていると「これは何か映画のワンシーンなのではないか? よくこういったシーンから入っていってストーリーが展開されていくものだよね。」 でも、これは紛れもない現実で、僕は観覧者ではなく、実在する人として、施術して貰ったばかりの腰を丸くせざるを得ない助手席に座っている。

それにしても穏やかだ。「春はもうすぐ」とは言うけれど、梅に桜に、と生命が芽吹き、活気づいてくる季節ではないか! 身体の調子もよくなる希望が見えてきていて、何の文句もないよね。

僕は心の奥底で自分に言い訳をしている。計画を立てて、バランスよく過ごせていて、幸せに浸っていて、そこで満足して、よしとしている。そして、笑みを浮かべて、いいんだよ、それで、幸せなのが一番さ、と生易しく自分に声を掛けてあげる、そういう癖がついてしまった。でも、メロディーを形にしていかない限り、純粋に輝けないことは分かっているんだ。

作詞作曲。「種ばっかし作っている。品種改良したりして。植え付けることもなく。(2022年2月27日朝)」 誰かに認められたい訳でもない。生み出してきたメロディーは僕を介しているだけであって、たまたま僕が人類の一人としてメロディーを生んでいるに過ぎないからだ。でも、どうだろう。もう1987年からだから、24年、いや、34年と5か月経とうとしているんだよ、メロディーを生み続けて。生んで育てて、、、品質管理もバッチシ。。。

『from here on』と『繊細』を創ったことは誇りに思っている。でも、それは序章であって、そこから伸びていくエネルギーを僕は欠いていた。正直に認めよう。ただ、まだまだやっていける!とも感じている。だから、青写真を掲げて、種を大切に保管したり、作ったりして。こうやって毎日、メロディーを聴き続けて言葉を載せる行いをしている。

もっと、という気持ち、あるよ。

自分で自分を肯定できる毎日を送ろう。メロディーをすんなりと形にしよう。そのメロディーが空気を伝うように。そんな生活を。

昨年料理を振る舞ってくれた叔父が目の前で安らかに眠っている。ひょうきんでよく遊んでくれた。近しい人間の死。なんなんだ? 安らかな顔なのに、差し迫って来るよ。切羽詰まった心境になるよ。この僕はどうにかしなければならない。どうせいつの日か足掻くのであれば、足掻ける力があるうちに。

あおきまさと 2022年2月27日 夕刻

sekaiblue at 16:36|PermalinkComments(0)私的随喜 

2022年02月19日

私的随喜2022.2.19

こんにちは。

今年の冬は、寒さが身に染みます。
体が思うように動かないからでしょうか。
なかなか生活が進んでいかないもどかしさを抱えています。
それでいて、一方ではコンスタントに続けて、蓄積されているものもあります。

例えば、タンゴのレッスン。休まず通い続けることで、気付きが生まれます。よく先生が「とにかくプラクティスだよ」とおっしゃるのですが、まさに練習を反復していくことで、誤っていた認識を正すこともできるし、僕はタンゴ・ノートというものをこれまで4、5年間、レッスンを受けると必ず付けているのですが、そのノートを書くこと自体が復習になって、前週のレッスン内容と見比べることで、新たな気づきが生まれたりもします。

例えば、メロディー・フレーズの整理。昨年の今頃、sekaiblue.comのDiscographyページで青写真を、これからの指針となる作品達のカテゴライズを、土台を作りました。その後に昨年は友人達を招いて作詞作業をしたり、その一部をライブで発表したり、出会った方とのコラボレーション作品をWebにて発表できた幸せな一年でもありました。また、毎日自身のメロディーを聴き通せる環境もできて、ずっとメロディーを聴きながら、作詞をする、という生活に耽ることができました。

今年に入ってからは、この二十年くらいのメロディー・フレーズを作詞と作曲を連動させて。とにかく、何千何万というフレーズを頭の中だけでは整理しきれなくて、データ整理をして、脳に身体に浸透させる毎日を送りつつ、今なお整理と作詞をし続けています。

先月、お花を頂きました。今なお咲き続けてくれています。僕は踊っている割には腰が悪いし、歌っている割には喉が弱い。気持ちだけは前向きですが、世界ブルーを本格的に始めた二十年以上も前と比べると随分、勢いもなくなり、生命力も落ちているな〜、嗚呼、若さよ! と渇望している今日です。

贅沢なことは言っていられません。完璧な状態などありません。今の僕ができることをやっていくしかないのです。今の僕が何をしたくて、では実際どうする? と常に問いています。

今朝、大好きだった叔父が永眠しました。命は有限です。僕の命も先が見え始めています。生み出したものを素直に。何のために、とか、誰かのために、とか、そういう細かいことは言っていられなくなりました。ただただ創り、ただただ放っていく。そういうメロディー生活に今日から入らせて頂きます。

読んでくれてありがとう。

2022.2.19 あおきまさと

sekai_prune at 14:05|PermalinkComments(0)私的随喜 

2022年01月22日

下井草狂想曲:2022.1.22

今、昨晩の残りのお餅の煮汁に火をかけ、そこに甘酒を加えて、飲みながら、榎本豆腐店のおばちゃんから頂いた、おからワッフルを食べて、至福の時を迎えつつ、これを書いています。至福とは。お餅甘酒汁やおからワッフルのように、ほんのりと甘いものかも知れない、なんて感じながら(笑)

今日は、ご近所さん『ELANS HOUSE cafe(エランズハウスカフェ)』へ遊びに行ってきました。土曜はレコーディングに集中しよう!と決めた矢先に、予定変更♪

というのも。いつも通り、食材を買いに出掛けたら、トキメキ女子が♪ 思わず「わぁー」と手を振ってしまいました。新年の挨拶をして、一気にテンションが上がりました。僕のメモ帳にはこう書いてあります。「特技:トキメクこと」

トキメクと体が軽い! 明日やろうとしていた洗濯も済ませて、ベランダで太陽の光を浴びていたら外に出たくなり、八百屋へ行く前に、今、行っちゃえ、とばかりにELANS HOUSE cafeへ向かったのであります。

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以前お話したかと思います。毎朝ワンちゃんの散歩をしている紳士のことを。今までの僕の人生史で、僕以上に(必要以上に?)挨拶を能動的にする方は出会ったこと、なかったのですが、「この人にはかなわないな〜」「何者なんだろう」と感じさせてくれた紳士と出会ったのが一年半以上も前のことでしたでしょうか。

挨拶って誰でも簡単にできること。でも、適度にその場やその時の状況に応じて挨拶するのって、なかなか気を遣うものです。大きな声で声を発するのが100%よいというものでもありません。「ありがとう」同様、何度も「おはようございます」と言うのも不自然ですよね。僕はしつこく言いますが(笑) エネルギーが落ちやすい場所で、自身が長く居る必要がある場合は尚更。場を耕さなきゃですからね〜。

調子のよい時にすがすがしい挨拶ができる方であっても、調子の悪い時には返事さえない時もあります。明るい挨拶の持ち主も、何かの事情で状況(状態)が悪くなると、不機嫌になることもありますよね。

脱線しましたが。。。挨拶っていうのは、それがどう、というものではなくて、投げ掛けなんです。だから、無理して元気よくならなくてもいいし、明るくなる必要もない。状況や相手の精神状況次第では、挨拶しない方がよいことも多々ある訳ですから。って、僕自身は不調な時程、特に不特定多数への挨拶は、決死の覚悟で挨拶の適正値(丹田、声帯、口角等)を探りますけれど。一方で、場が出来上がっているところでは、控えめに。挨拶すると場の雰囲気が変わってしまいそうな時は、敢えて控えます。大切なのって、相手が印象として受けとる安定感(安心感)かと思います。

Hirukuおじさんは、その点、脱帽といいますか。。ほんっとにかなわないよなー、と。朝の通勤時、彼の挨拶から、学ばせて貰っています。いつも変わらないテンション。かといって、前日沢山話した翌日はさらっと「おはよう」だけだったり。その匙加減が素敵なのです。そんな彼のご家族が営む自宅改造型バー&カフェが再開した記念日が今日、向かったのでありました。

エール・ビールともつ煮込みを注文。不安をよそに適度な来訪者の数。そして、皆さん、ちゃんと目を合わせたり、会釈があったり、挨拶があったり。やっぱり、集まるところには集まるのだな〜、と安堵。

息子さんとも初めて挨拶できました。とても有名かつ実力のあるダンサーの方らしく。気さくで、気配りも行き届いていて。

ちょうど立って飲めるのもよいです。空を感じられるのもよい。そして、ビール、美味しい。たまたまお隣合わせた方が、Hirukuおじさんのご親戚の方で、その友人の方が、Hirukuおじさんの息子さんのファン、という、なんとも不思議な繋がりの中で、何故だか、このところ感じている「この地球の居心地よさ」を感じて、もう一杯エール・ビールを注文♪

ここで話が終わるかと思いきや。。。続きもあるのですが、詳細は控えることに致しまして。

それにしても。あれがこうなって、どうなって、と、繋がりというものは面白いものだな〜、と思うのです。勿論、すべてがゴー・サインではないことも含めても、不思議と転がっていくし、それがどうなる、ということでないにしても、挨拶と同様に、その縁そのものに期待するのではなくって、ただただ心地好い状態でいること。それかな〜、なんて思います。

その後、いったん、お手洗いに行きたくなって、図書館へ。そしたら、読みたい雑誌があって。で、ようやくマルゴ青果店でたんまりと買って、榎本豆腐店でがんも達をたっぷり入れた袋を抱える僕は、「まぁ、重い荷物持って」なんて見知らぬ人達から言われたりするのです。

そうそう。さっき書いたメモ帳への走り書き。
(急に後ろから声を掛けられる僕)
おばあさん「素敵な姿勢ですね。」
僕「ありがとうございます。」
おばあさん「素敵な姿勢ですね。スッと(していて)」(ジェスチャー交じりで)
僕「嬉しいです。ダンスやってまして。」
おばあさん「突然声掛けちゃってすみませんね。(許してね。なんせ)婆(ばば)ですから。」
僕「いえいえ、ありがとうございます。」

日常って楽しいと思いませんか? こういう毎日を送れている僕は、やはり幸せ者かと感じるのです。

下井草狂想曲 あおきまさと
2022.1.22 昼下がり

2022年01月21日

人生を歌う 人生を踊る 人生を語ろう:花、生命力、愛

【人生を歌う 人生を踊る 人生を語ろう】

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毎日を生きている僕ら。人それぞれの想いを抱えて地球は回っている。幾多の人達が喜び合い、一方で幾多の人達が憎しみ合ったり、思い悩んでいたりする。人ひとりにおいても、感情は移り変わって。ウイルスも電波も、そして、人それぞれの感情も、この地球上を行き交っている。

どんな波に触れて過ごしたいか。どんな波にまみれたいか。どうせ生きているのであれば、喜び合い、ハッピーな気持ちで毎日を過ごしたい。

朝は当たり前のように不機嫌な人達、車内で必要以上に咳き込む男、どこかの職場ではイライラを物音で表現したり、愚痴を言い合ったり、不平不満の態度を出したり、帰りの電車では素振りが汚かったり、疲れていたり、大声でスマートフォンに向かって粗い言葉を投げる壮年。人は乱れる。乱すのが好きみたいだ。

そんな時でもハッピーな気持ちで過ごしたい。自分がおバカになって周囲の雰囲気を打ち解けたものにするのは簡単だ。でも、もっと。単にアイスブレイクしたり、一時的に笑いをとるだけではなくて。よい波を放ちたい。どうすればよい?

「呼吸を乱す者から離れる」 それもひとつの方法だ。自分軸を、呼吸を意識して、しなやかに保つ。

救われるのは、廊下で名も知らない者同士で、丁重に挨拶し合う瞬間。昨日の朝は、僕が「おはようございます」と言ったら、知らないおじさんから「ここは挨拶が綺麗だね〜」という言葉を聞いた時。中学校の校庭では、陸上部の生徒達が朝練でウォーミングアップをしている。腸腰筋を伸ばす格好をいとも簡単に。股関節の柔らかい姿を見るだけで、こちらも若返ってしまうよ。

さて。今の僕は、有難いことに、愛のある方々に囲まれて来ている。包まれているような感覚さえ覚える。きっと僕が地球をアブラッソするように、周りも僕をアブラッソしてくれている、そんな感覚。

でも、愛に満たされたまま何もしない訳にはいかないのだ。愛はエネルギーだから。エネルギーというものは放っておくとなくなってしまうもの。自らが動いて、この地球上で心地好い摩擦を起こしていくことで、エネルギーが、愛が生まれる。時には誤解が生じたり、ぶつかることもあるだろうし、憎しみや羨みを受けることだってあるかもしれない。過度な期待を受けたりもするだろう。でも、自分から動き出さないと、巡り巡って心地好いアブラッソを感じ続けることはできないんだ。

ミラーダを送り、カベセオで頷き合って、だからこそアブラッソが成り立つ。そこから僕達の旅は始まる。

旅路に正解はない。何をどうすればよいのか。どれが正しいということもない。ただ「これだ!」とピンと来たら、それを行動に移してみることにしている。

お世話になる方の誕生日。感謝の気持ちをどう伝えればよいだろう。直接会って「おめでとうございます」の一言でもよいかもしれない。一曲演奏したり、歌ったり。顔を会わせるだけでもよいかもしれない。その方の好きなお酒を持参したこともあったし、僕の好きな食べ物を差し上げたこともあった。イベント=宴を開いたことも(そのタイトルがまさに【人生を歌う 人生を踊る 人生を語ろう】だ)。

お花。今回、初めてお花を差し上げることにした。そして、分かったこと。花を送る人の気持ち。そして、花を送られた方の気持ち。人と人とが会うのではなく、その方の元へ花だけが届く。送り主はその場にはいない。その場には言葉を発しない花が存在する。送り主の気持ちは、はたしてその方に届くかどうか。

flower factory kaneki : https://www.flowerfactory.co.jp/

今回、縁のある女性に、お花のアレンジをお願いすることにした。縁と縁が縁で、また新しい縁に繋がっていく、そういうエネルギーを花は持っていると感じた。僕の限りある予算の中で、工夫を凝らしてくれる。わざわざお店まで配達してくれる。「こんな感じにして欲しいな〜」とイメージしていた、それ以上のアレンジを施してくれる。きっと彼女のことだから、なにか僕の知らないところで色々気を効かせてくれたり、感謝の念を送ってくれたのだと思う。だからこそ、恩師がとても喜んでくれたようで、僕も嬉しい。

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生命力。恩師の誕生日の夜、生演奏ミロンガ。ピアノとバンドネオンの調べが、木調の空間の中で響き、フロアを男女が踊る。その傍で静かに佇むお花が色彩を添えて佇んでいる。その場にいるすべての方々が喜び合う光景を思い浮かべながら、僕はこれから縁の繋がっていく方々と共に、エネルギーを感じて生きていきたい。

2022.1.21夜

sekai_prune at 22:45|PermalinkComments(0)人生を。 

2022年01月10日

下井草狂想曲:新年、地元力

こんばんは。あおきです。
地元、下井草からお届けしています。

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新年の挨拶、という程でもないのですが、酒屋1、豆腐屋、八百屋1、八百屋2、酒屋2と買い出しに出掛け、顔を出して挨拶をしていくじゃないですか。そうすると、100円ショップの店員さんにも、大型スーパーの配車係のおじさんにも「明けましておめでとうございます」なんて、ついつい口から出てしまうものです。

おやっさんにも挨拶しに行きました。お目当ての焼餃子と水餃子、さらに運よく作り立てのまんじゅうも購入できました。これは縁起がいいです。

大分、挨拶も揃って来たところで。久方ぶりに気功整体研究所の所長夫妻宅にもお邪魔しました。腰をどうにかして、年男の命運を上げたい(笑)と真剣に感じまして。変わらず穏やかな面持ちと対面し、自然と心が晴れやかになりました。後日、ご紹介するかと思いますが、とあるグッズ、読者の大半の方々は「あ、あれか!」「シール? リング? どっち?」とご存知の。はい、「あれ」を購入して、腰に貼ったら、もう安堵。そこで僕は漏らします。「ひょっとすると、ひょっとするんじゃないか?」 なにがじゃ?!(笑)

エネルギー。「全体でエネルギー」なんていう仲良し主義の発言は、甘ちゃんかと思われるでしょう。今なお空色理想主義者な僕です。でも、やはり、一人で生きていく訳ではないですし、人と人とが関わって、その円、縁の中で楽しくいきたいと思うんですよね。しっかりとした軸を持つ者同士が会合する形はアポロです。

これまで周りを見て来て思うのは、個人で自分だけよい状況に這い上がろうとする方々が未だに多いのですが、そんな方々は、這い上がったとしても、そこから試練が待ち受けている感じがするんですよね。僕から見ると、まるで試練を受けたいがために個人主義を貫いているの?と。

あれ? こんなこと書いている僕も随分と我儘で個人主義だな〜、と思ってもみたり。いやはや。。。ストイック過ぎるとバランス失うし、周りに合わせてばかりいると自分の軸が崩れるし。なかなか、いやはや。。。

何が正解とかはないかと思うのですね。心の声、体の声を静かに訊いてみる。すると答えが返って来ます。エネルギーは嘘つきません。この三連休、ゆっくり過ごすことができて、有意義でした。明日からまた会社勤めです。怪我なく、健康な体で働けることに感謝して。

今週も一週間、楽しんで頑張っていきましょう。

下井草狂想曲 あおきまさと
2022.1.10夜

2022年01月03日

下井草狂想曲:謹賀新年 2022年の気運

【下井草狂想曲】

明けましておめでとうございます。
年末年始は、皆さんはどんな気持ちでお過ごしでしょうか?

僕、あおきは、、、のんびり過ごしています。

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元旦の朝の夢はいきなりパリが舞台でした。エッフェル塔で待ち合わせとしつつも、まだ時間があるからと六本木のウィスキー・バー(なんと一杯4,760円!!)でのんびりして、通りがかりにはスペイン・マラガのバルがあり、、、今、メタバースでしたっけ? 話題になっていますけど、もう生身の人間として楽しく生きていれば、仮想は必要なく、生身の人間が見る夢さえも奇想天外で楽しく過ごしていける、と感じます。

二日目の朝の夢は、覚えていませんが、メモによると「精神、大邸宅、女優、上尾、退役軍人夫婦、カウンセラー、絵画」と書いてあります。どんな夢だったか。。。

そして、今朝の夢が凄くて。実家から窓の外を眺めたら、どでかい富士山が!!! 怖いくらいおっきいんです。東京の色んな建造物も目の前に当たり前のように建っていて。きっと僕自身が夢をコントロールしたのでしょうが、それにしても驚きました。

さて。元旦からひとつ、作品が仕上がりました。昨年秋からのコラボレーション作品全9曲。ずっとEdit作業をしていたのですが、年末年始でまとまった時間を利用して、ようやく元旦の午前中に出来上がったのです。早速、コラボレートしてくれている相手にメールして。早く祝盃を上げたいところです。

昨日は、新年の世界ブルーはこんな感じだよな〜♪と気持ちがすっきりして(青い呟き:メロディーとともに生きる 2022年に記載)。美味しい日本酒を飲んで。飲み過ぎたからか、興奮して、今朝はずっと僕の鼻唄を聴きながらウトウトしていました。

今から、食材でも買い出しに行ってきます。

新年の抱負は、これといってないのですが。。。
友人各位に送ったメール文などをたった今眺めてみたら、あぁそうか、そういう気運で僕は過ごしていくのか、と頷かされます。下記がすべてではないのですが、一部を皆様にもシェアしたいと思います。「そんな気分であおき君はいくのね」と知っておいて頂くと、打ち解けやすいかも(笑)


「2022年は、世界ブルーを自然な形で理想的な生活を。創ることにもっとのめり込んで。」

「いい人たちに出会えていることに感謝してもっとやれることを頑張ってみよう!」

「やはり、早寝早起きね〜。そして、ヨガ。健康な身体を保って、2022年はより実りある毎日を、関わる方々と感じていきたいです。」

「その人その人の輝かしい命をより輝かせる形で、繋がっていけたら、と感じます。」

「・ガシガシやっていこ〜ぜ〜!という気持ち と ・適度な温度感で参りましょう〜という気持ち が 同居した感じ」

「年々、恥をかくことが愉しくなってきています。知らないことを知らないと言えるのって、素晴らしいな、と。」

「仕事に家事に家族、親しき友、趣味に習慣に、、、と、バランスをとって毎日を進めていくのって、結構大変ですが、お互い無理のない感じで、「心地好い」や「好き」を大切に笑顔で2022年も過ごしていきましょうね。」


それでは。「晴れ晴れした気持ち」で、本年もよろしくお願いいたします。

あおきまさと