2017年08月19日

無邪気さは子供だけの特権か?(下井草狂想曲2017.8.19)

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お疲れ様です。
今、蝉は懸命に鳴いていますね。そして、僕達、人類はどうでしょうか? 「人類」なんて大風呂敷を広げる必要もないですね。僕達、これを読んでいるあなたは懸命に過ごしているでしょうか?

来る吉日、この愛すべき下井草という町で、集いを開催しようと思います。これはかねてから某青果店と某精肉店との間で挨拶代わりに交わされていたアイディアで、口約束というのもちょっと物足りないなと、たぶんそれぞれが感じている訳です。

その気分的キックオフとして先週、僕のアルバム『繊細』を話の種として差し上げた訳です。何かとっかかりが欲しかった。例えばそれは単なる会話の糸口であって、本題ではないかもしれません。それでいいんです。流れさえできれば。

この季節。子供達は夏休み。近所の友達のうちへいって「Dちゃん、あーそーぼー」「Mくん、あーそーぼー」と門前で呼び掛けた日々をあなたは覚えているでしょうか? 今、この愛すべき町でさえ、そんな呼びかけはなかなか聞けません。「あーそーぼー」と外から友達の声がすると、「よし!」といって靴を履いて、当たり前のように「行って来まーす」といって近場の道路や草むらで野球やロクムシ、鬼ごっこ、高鬼、かくれんぼ、缶蹴り、縄跳び、などと子供の遊びに限はありません。むしろ子供達は、僕達はどんどん遊びを自分たちで作っていくのです。ホームラン大会とか秘密基地作りや探検といったように。

今、どうでしょう。あれから三十五年程経ちました。子供の時のあの喜びや楽しみを何故大人は簡単に手放すのでしょう。何故、お酒なのでしょう。何故、お金を払ってのレジャーなのでしょう。喜ぶ、愉しむ、そのためにはお金も必要ないし、遠くへ出掛ける必要もありません。

そこで。僕は思いました。まず集まろう、と。八百屋の前で、肉屋の前で、「あーそーぼー」と呼び掛けることは恥ずかしくてできないけれど、それでも集まりましょうと伝えることはできます。今、僕は下井草という町が大好きでそこに根差して過ごしています。

この町にしっかりと根差している者同士が集まることで、何か生まれる、もしくは、和らぐ、発展する、広がる、なんでもいいんです。「何か」です。それが僕にとっての世界ブルーだし、そういうエネルギーをまだ僕が持っている以上、そして、共感したり、励まし合ったりできる相手がいる以上、少なくとも声を掛け合える関係なのであれば、ここはひとつ、この下井草という町で、過ごしたり働いている方々で集まるのは面白いことだ、と感じました。

行政からの働きかけでもなく、地域社会における定期的な集会でもない。ただ僕や青果店や精肉店が自発的に集まる、少年時代の「あーそーぼー」な感覚を持ち合わせる。開催です。

日程:2017年9月〜10月 土曜か日曜の夜
場所:下井草
お店:某和食店、かつ、独立店を想定しています
参加人数:4〜10名

よろしくお願い申し上げます。2017.8.19 16:26


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2017年08月15日

タンタメラーにてピータン豆腐(第四百三十一話)

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「あー、幸せだー」

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雨が降っている。阿佐ヶ谷から革靴で担々麺慶へ行く道のりは長い。それでももう決めてしまったことなのだ。今夜は担々麺慶へ行こうと。

迷いそうだったら。先に決めておくとよい。決めておかないと、いざ仕事終わって疲れたら、そのまま直帰してしまうだろう。一度決めておくと、もうあとは体をその目的地まで運んでゆけばよいのだ。

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「俺は幸せなのかもしれないなー。」とおやっさん。

そんな彼の料理をたらふく食べたからだろうか。思わず出て来てしまった言葉。「あー、幸せだー」

「青木君、ちょうどいい時に来たよー。」
予約しておいた大葉(紫蘇)の餃子が出来たばかりだ、というのだ。まだ発売していないらしい(たぶん明日から)。これがとてつもなく夏に合う餃子である。食欲がなくってもすいすいイケてしまうのだ。大葉の香りが食欲をそそるのだろう。うまく出来てるなー、「食」って。そう思うことが多いよね。

いつもの焼き餃子より小ぶりなので、両親に好評。なので実家へも持参したら、これまた美味しい桃を剥いてくれる。僕は果物の中で桃が一番好きである。あとは葡萄。そして梨。でも、最近の果物って物流のせいなのか関税が低くなったせいなのか品質管理がよくなったからなのか、どの果物も美味しいよね。キウイもグレープフルーツもバナナも柑橘も林檎も。美味しいよね〜。果物は豊かさの象徴だよね〜(昔の父の言葉の受け売り)。

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おやっさんは饅頭を作るのが好きだと言う。「好きな事をやって過ごしているんだから、幸せかもしれないな。そうやって歳をとっていく。」

このように言い切れる人の繰り出す味は昔から変わらない。むしろ凄みが増しているようでもあるし、変わらない味がそのまま自然とあるようでもある。僕はメロディー活動において空虚な気持ちになってしまった時には迷わずこの担々麺慶へ赴く。このことはこれまで何度も触れた。そして気付いたら。2001年来だから、もう丸16年の付き合いだ。

何度も僕を感動させてくれ、驚かせてくれ、お店を出る時には「あー、最高ー」と感嘆してしまう。そういう感覚を持たせてくれるおやっさん。今夜も「ピータン豆腐」なるものをサプライズで頂く(公開しているけど内緒)。「普通、ピータン豆腐って、ほにゃららしてあとはパッパ、でしょ? ほんとのピータン豆腐っていうのはね。こうやって」と食べれば分かるその違い。「分かるぅー? 青木君、分かるぅー?」「もう散々分かってますよ(笑)」

そうやって阿佐ヶ谷の北の端、担々麺慶は今夜も幸せな空気が流れる。2017.8.15 20:49

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2017年08月14日

【第四百三十話】かあさん(新宿)、錦華苑(錦糸町)

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こんばんは。お久しぶりです。
ご存知のようにこのところ、かなり創作に耽っております。
楽器との関わりは鍵盤を一日に10分、15分触る程度。ギターもウクレレもベースはまったく触れてません。録音作業はキッチンを録音機材で埋め尽くした割には(笑)、これまたまったく触れてないのでございます。ただ幸いなことに作詞がこれまでに前例がない程進んでます。

この夏はそのように凌いでいこうと思ってるんです。

だって。。。こう暑いと、、、防音室では朦朧としてしまうし、キッチンも暑いんですよ。録音制作は秋からどんどんやっていけると思っています。

そして。今、意識しているのは。「土日は好きなことやる!」 そして「平日は好きなことやる!」です(笑) 実は今も鼻唄音源を聴きながら、この文章を書いています。好きなことに毎日重きをおく。もう、それだけです。メロディーを形にするというその道筋がとっても楽しいのです。鼻唄を朝と帰りの通勤で聞きまくる。皿を洗いながら聴きまくる。そうしていると、何かしら言葉が出てきたり、演奏したくなったりするんですね。フレーズが浮かぶ。そういうもんです。

日中はデスクワークなものなので、お昼休みもなるだけ外に出て、10分でも15分でも鼻唄音源を聴くようにしています。鼻唄はどんどん増えていくので油断できなのです。どんどん頭と体に染み込ませています。

7/18から「00」そして今未だ「ア行」の鼻唄を聴いています。とにかく「ア行」のメロディー作品は多い。この難関を通って、「イ行」「ウ行」へと順当に進んでいきます。

いろいろやりたいことあるんですよ。未完成の音源をどんどん公開して、作品毎にパートナーを組んで歌詞を一緒に練ったり、映像を一緒に作ったり。もうちょっと書くと、これはもう二十年間同じような事言っていたり、やっていたりするけど、アルバム作品も天袋にわんさかあるので、そのモノをどう売っていくか、であったり、Webも整備されてきたので、もっと活用できないかな、とか。初心に戻って(学生時代のVEKTOL SIX Radio Stationや『おしっこのわな』のようにラジオ番組や寸劇もいいし)。

そうそう。書きましたっけ? 主に1997年〜2003年の映像VHSのデジタル化が完了しました。27本中9本はカビやテープの劣化で業者でも再生不可能でしたが、運よく再生不能のステージに限って、別にmini DVカセットにダビングしておいたのです。運がいい。

1、1994.3.11 Country Line Dancing & Commercials
2、1996秋 Bemidji (再生不可能)
3、1998夏 沖縄 No.1
4、1998夏 沖縄 No.2
5、1998夏 沖縄 No.3 (再生不可能)
6、2000.11.19 慶応キャンパス 秋祭ライブ No.1
7、2000.11.19 慶応キャンパス 秋祭ライブ No.2
8、2001.5.26 大御所 at 秋葉原グッドマン
9、2001.7.14 あおきまさとソロ at 秋葉原グッドマン
10、2002.1.19 あおきまさと&えばやん 高円寺Cafe de TAO
11、2002.4.19 大御所 大久保水族館 (再生不可能)
12、2002.4.19 あおきまさと&えばやん 大久保水族館 (再生不可能)
13、2002.6.7 新入社員の呟き下半期、メトロトリップ、2002.7.14 新世紀ラブリネス 2002.5.5 puripon、新世紀ラブリネス 大久保水族館 (再生不可能)
14、2002.6.7 新世紀ラブリネス 大久保水族館
15、2002.6.11 あおきまさと&えばやん ゲスト:丸山マサフミ 大久保水族館
16、2002.8.16 あおきまさと&えばやん ゲスト:YAPPO石井 大久保水族館
17、2002.9.4 大御所、新世紀ラブリネス 大久保水族館
18、2002.10.2 あおきまさと&えばやん ゲスト:片貝篤史 大久保水族館
19、2002.10.27 新世紀ラブリネス 大久保水族館 (再生不可能)
20、2002.12.6 あおきまさと&えばやん ゲスト:岡さやか 大久保水族館
21、2002.12.6 あおきまさと&えばやん ゲスト:電気醤油 大久保水族館
22、2003.1.19 新世紀ラブリネス 大久保水族館
23、2006.6.6 世界ブルー 大久保水族館 (再生不可能)
24、あおきまさとエゴナイト01 大久保水族館
25、あおきまさとエゴナイト02 大久保水族館
26、2007.2.14 世界ブルー【繊細】ステージ 新宿たかのや 
27、2010.1.17 世界ブルー【繊細】ステージ、大御所、sekai bleu petit 大久保水族館 (再生不可能)

15年前の息吹、すっごいですよ。映像データ欲しい方はいつでもおっしゃってください。差し上げます(現場にノートPCを持って来て貰って、その場でDVDを挿入し取り込んで貰う形が理想)。

ざっとしか見てませんが、大御所の全ステージ、それから、上述の18番、20&21番、22番がクオリティーが高く、かつ、楽しめます。わくわくっていうか。いつになるかは分かりませんが、編集する時間が出来たら、公開したいものですね。

さて、洗濯ものでも今から干します。2017.8.14 21:11

sekai_prune at 21:13|PermalinkComments(0)【Party】〜バールに立ち寄る感覚で〜 

2017年07月23日

下井草狂想曲2017.07.23

「これ、とっても効きましたよ。」と申し上げると、店主も奥さんも喜んだお顔をなさる。
「夏バテも解消するし、二日酔いも収まって。」「それ、教えとこう。」と店主。
梅のエキスのお話。また近々買い求めようと思っている。

「暑いと重宝するんですよね。お米炊くのも億劫になっちゃって。」
夏の素麺(そうめん)っていうのは、やはり有難い存在。たったお湯に二分くらいくぐらせるだけでもう食べられる。しかもあったかいままでも冷やしても美味しいんだから。
昨日は小銭しか持っていなかったので、今日もますしんに行こうかな、と思っている。

榎本豆腐店へ。おばちゃんが茹でたトウモロコシを一本入れてくれる。
「土日、休みなんだろ? いーなー。」

暑くて火を扱うのが億劫になるんだけど、昨日は何食分か炒めて冷蔵庫に格納。夏は食材が腐りやすいから気を付けないとね。体も免疫落ちてるだろうし。土日で随分体力も回復した。季節柄か環境の変化か、諸々だろうけれど、自然の摂理に従って流れるように過ごしたい。そして一つ一つ頑張っていきたいな。

今年で作曲を始めてから丸30年経つ。世界ブルーを見つけてからは20年。節目の年だ。この十年間程、ずっと作詞作曲の整理、Webの整理を中心に過ごしてきた。それは欲張ってすべてを表現しよう!という意志から来たものだけれど、一生で表現できるメロディーは限られている。

焦らずに一つ一つ今という瞬間を。過去を振り返らずに今ある感覚を形にしていこう。それが今朝のヨガマット上で感じたこと。夏の間には創作生活のリズムを軌道に乗せて。秋には世界ブルー生誕20周年の記念にパーティーを催すことができたらいいな。こじんまりとでもいいから響くものを。集うという感覚や、毎日を過ごしているという感覚も含めて、繋がりや解放感、IdentityやOriginalityといったストイックなもの。どういう形になるかはその時の旬の体と気持ち次第。

まずは、今日を一つ。進めたい。「俺の魂」という曲を防音シェルターにこもって、ベースの骨格を打ち込んできます。2017.7.23 9:41

p.s. 皆さん。夏の間は結構、冷たいもの飲み過ぎたり、冷房などで体が冷えるものです。この時期僕が特に友人への声掛けで申しているのが「ちゃんと湯船に浸かってる?」です。体調崩しがちな方でシャワーで済ましてしまっている方は、是非、湯船に浸かってくださいね。

sekaiblue at 09:46|PermalinkComments(0)下井草狂想曲←協奏曲 

2017年07月17日

【人生歌踊語16】DJフォーラム@Tango Festival en Tokyo

Tango Festival en Tokyoに参加して来ました。先日、ふとIVYホールのミロンガ・イベントにドキドキで赴いた際に、チラシが置いてあって、その記載内容を読んでいたら、興味が湧いたのです。

そもそもタンゴでDJってなんなんだろう、という疑問があったんですよね。一方で、以前の等々力タンゴのDJアキラさんのplayにエネルギーを感じて。

僕はタンゴの曲もよく知らず、踊りも現在誠意上達したい中ですが、今回のDJフォーラムから何かを吸収して、そこからまた今後のリード&フォローに繋がるのでは? なんて期待して参加させて頂いたのです。

ゲストスピーカー:
リチャード・ガリード(フランス)、ルンクエイ・リン(台湾)、”エル・マフィオソ”アンソニー・ミラー(オーストラリア)
モデレーター兼通訳:石清水廣行

期待以上の内容でございました。DJの方々がそういうことを考えてplayしているのか、という感覚が興味深かったです。実演しながらの解説、また、三者三様でありつつも、共通項というか「外さないための注意点やコツ」など、エッセンスが詰まっていたと思います。

さらに僕のようにタンゴの曲やDJについて全くよく分かっていない者にとっても「DJの基本」だけでなく「DJアドバンス」に参加でき、分かり易く最後まで頷くことができた、というのが嬉しい限りでした。

踊る側にとっての大切なもの。そして、きっと演奏する側、さらにDJ、そして、ミロンガ企画者や会場側など、「大切なもの」というコアなところから派生して立場が分かれているんだな、と、つまるところ元をたどれば同じコアに辿り着くんだな〜、と感じました。

最後のSae & JuanCarlosさんの締めの言葉からも、タンゴへの愛を感じ、それも「大切なもの」を大切にしていこうという姿勢が、柔らかくも強く感じることができて、あぁ〜、タンゴっていいな〜、と。そんな三連休の最終日。いえいえ、約百日間の自由人生活の締めの日にそう感じることができて幸せです。2017.7.17 18:29

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2017年07月16日

【人生歌踊語15】@四谷シンルンボ(bar:429)

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今年は夏を早めに、随分前のめり気味にスタートした。というのも、夏を満喫しようとした頃には暑くて体力が追い付かず外出も億劫になってしまったり。一緒に出掛ける友人を掴まえようと思っても既に予定が入ってしまっていたりして、結局、灼熱の太陽の陽射しを一人で部屋から眺めるだけ、になってしまうことだってあるから。それはそれで本などのんびり読んで楽しいものだけど。せっかくなので弾けたかったりもする。そんな夏という季節。

そんな訳で毎年、海の日から僕の夏は始まるところを今年は7/8の夜からスタートと相成った。ちょうど父親が蛍でも観に行こうと声を掛けてくれて、結局は人だかりが凄くて、蛍鑑賞は一瞬であったのだけど、でもやはり生の光というのはどこか柔らかい。そして当然ながら飛ぶ蛍の描く曲線も柔らかく風情を感じた。父は「ごめんな」と謝るけれど、僕としては両親と意味もなく歩いたり、時間を過ごす、というところに有難味を感じる。蒸し暑い東京の夜、駅まで歩いたという記憶はきっと何年も後にも残るだろう。そんな時「あの時、両親と一緒に時間を過ごしたな〜。」と思い出すのだろう。美味しいものを一緒に食べたり、というだけが家族の思い出ではなくって、振り返ってみれば、、、例えば、小学生の頃に父親とキャッチボールしていて、逃がしてしまったボールを走って取りに行ったり(大概がドブにボールが収まっている)、バウンドで変化して体のどこかにぶつけて痛かったり、それは僕だったか父だったか忘れたが。

母の運転免許証の講習会に小さな僕も同行して。その間のことは覚えていないけれど、教室の後ろに位置して、どこか暖色系の蛍光灯(たぶん、単にくすんで汚れた蛍光灯だったのかもしれない)の具合が今蘇ったり。記憶っていうのは何の変哲もないものさえどこかにしまってあるのだ。

自宅のキッチンのテーブルを卓球台に見立てて、ピンポンしたのを覚えている。それが楽しくって僕は小学生の頃卓球部に入った(球技が好きで、特にポートボール−−−チームワークの具合、流れ−−−が大好きだったので、ポートボール部はなかったからバスケットボール部にも入った覚えがある)。

そういえば。この季節。子供の頃は近所の友達とドッジボールやロクムシをよくやって。そして喉が渇くとうちの外の水道水をゴクゴク飲んだ。それがいやに美味しいのだ。美味しいという記憶は覚えていて、そして大人になった今、その味覚を思い出そうとすると、果たして本当に美味しかったかどうか(笑) もしかしたら塩素臭かったかもしれないな〜、でも、あの時は美味しいって感じていたんだよな〜、だなんて昨日ふと思い出した。小学校の水道水も、どこの蛇口から出る水が美味しいなどとよく少年同士で話したり。そんな話した相手であろう彼はもういない。

色んな記憶が蘇る。

昨日土曜日は午前中はヨガ・レッスン(Namaste YOGA)へ。もうこのレッスンは生活の中でなくてはならないもので、丸四年間週一ペースで通っている。その後、台所を徹底的に整理し始めて。飲んでいない薬やらお茶やら。いろいろ出て来て。調味料はこっち、お茶や珈琲はこっち、などと整理してみるとすっきり。整理ってやっぱり大切だよな、って。そういえば(笑) 僕は小学生低学年の頃は無個性な生徒でみんなからの印象は「青ちゃんは整理整頓が得意」 それが僕の個性だったように思う。今は必死に(笑)部屋の整理、そして自身の鼻唄や歌詞やライブ動画や画像の整理をしている(笑) 整理が好きなのだろう、きっと。

昨日の午後は地元の図書館で「天国からのエール」という映画のバリアフリー版を鑑賞した。上映前後のキャプションや手話。上映中は字幕や音声解説が施される。これは不思議と安心して観れて、つまり、作品としての情報だけでなく、字幕(視覚、知覚)と音声(聴覚)も加わることで、色んな感覚から自身の感情に伝わってくるから。加えて訴えかけてくるものが沢山あった。だからだろうか。もう映画の冒頭から僕は涙腺が緩く、通常よりも涙が出たかと思う。そして、このところの僕の発言や文章がそうであるように、映画を観終わった後もやはり人生は一度きりだよな〜、と思うのだった。

そんな気持ちを抱えたまま、夜はもうすっかりホームの気分にさせてくれるお店、四谷シンルンボへ。何故好きなのか、ということを上述の五感からも推測することができる。まず人。踊りという触感、それだけではなくて、会話という視覚や聴覚があって。音楽が流れ、灯が宿る。木の温もり。そういった五感を包み込む優しさがこのお店には脈々と見えないところで存在しているのではないだろうか。

それにしても。夏をスタートしたからといって。昨晩はビールを四本も飲んでしまった。これは、、、夏バテ必至だ。今朝は気付いたら裸で寝ていたし。。。ビールでここまで酔うなんて。何故だか「無礼講」という言葉を間違ったまま使いつつ失言を繰り返しつつ、安心して楽しむ自分がいた。それほどまでに楽しかった。なんだか楽しかったな〜。そういうのいいな〜。

「今夜の感じ、超好きです。」

四谷シンルンボ。ありがとう。

2017.7.16 12:35

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2017年07月14日

【第四百二十八話】TALK BACK、COFFEE TALK(吉祥寺)

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COFFEE TALKのマキアート。

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TALK BACKのランチ。

ひょんなタイミングでおしゃべりする機会に恵まれた。出会ってからちょうど二十年になる。ちょっと文章に起こしづらいんだけど、一言で書くと「悠久」。ちょうどここ数日間、家族、両親の存在の有難味を沸々を感じていたところで、友と話している間にもやはり、この二十年間という時間の流れの大きさを感じ、人生っていうのは悠々とした大きな河の流れだな〜、と感じたのでした。

なんでも言えてしまう人っているな〜、というか。その人が存在していること自体が不思議というか有難いというか。あぁ〜、長生きして欲しいな〜。自分も健康に過ごしていきたいものだな〜。

そう感じていたら、今まで出会った方々って、みんな素晴らしい人ばかりじゃないか!と気付いてしまったのです(今更かよ!という突っ込み承ります)。あれ、、、みんなの存在に支えられているな〜、と。

来週から新しい職場で働きます。この数か月間、僕なりに目標を幾つか立てていまして。膨大な作業量に愕然としてしまって、、、一時は2017年末までにコツコツ頑張ろう、とか後回しにしてしまおう、と思っていたのですが、、、やはり僕は好きなこと=世界ブルーというメロディー世界の構築をして過ごしていきたい、という気持ちが強くて。来週から働き始める!、その前にやはり目標完遂しよう、と。今後、毎日毎晩好きなことを強く推し進めるために過去2006年から今年までのライブ・ギャラリーを地道に構築してきました。その作業が本日完了したのです。パチパチ。

完了した!といっても不完全なページも多々見受けられるので今後、修正したり、画像や動画を一つ一つ編集していって、格納していったりしていくんですけれど。。。でも。なんていうんでしょうかね〜。この過去を大切に見つめ直して、ライブという生ものを成果物としてまとめて形にする、そんな作業をしていくと、僕という人間は何を大切にしてきたのか、あるいは何を見失っていたのか、など、過去の軌跡を振り返り得るものがとっても大きかったんですね。

そして、やはり、この数ヶ月の両親の存在の有難さ、友人の存在の有難さ、関わってくれる方々の有難さ。ありがとー、という気持ちでございます。

ちょうど、本日、動画もラストで「クリーム&シロップ」を公開しました。これは過去を振り返りつつも今もこうしていてくれてありがとう、というラブソングです。1998年の新入社員時代に生まれた作品。



なんだか、うまく言えないんですが。色んなものがやんわりとゆったりとした流れで絡み合いながら。夏の陽射しを心地好く感じながら。世界ブルー あおきまさと がお送りしました。今日からまた、残りの人生、よろしくお願い申し上げます。2017.7.14 17:15

p.s. 今回リンク先のライブ・ギャラリーは、許可を得ている画像、もしくはステージに立つ方やアーティストという立場での画像のみの掲載となります。一般のお客様などのなるだけ人様の顔の映っている画像は控えめに掲載しています。「あの日のこの画像も掲載して欲しい」など要望出して頂ければ、可能な限り、適宜UP作業しますのでご連絡ください。

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2017年07月10日

【第四百二十七話】担々麺慶(阿佐ヶ谷)、七武会(練馬)


無償の愛を。願いを。祈りを。「遠く」by あおきまさと

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日曜のお昼。母と担々麺慶へ。

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よしだ「僕はリアルを愛したいよ」

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あおき「俺もだよ」

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「本当、今日は夏の始まりのてっぺんをとったよね」


このところ自分自身を振り返る作業ばかりしている。過去の自身と向き合うことは、これは結構重労働というか、精神的にも参る。それでも止めないのは、やはり過去の自分が今の自分を形成しているから、と感じるからだ。過去の僕がそんなに素晴らしかったか? というと、全くそんなことはない。むしろ不器用でどうしようもない人間だと思う。でも、そこで「どうしようもない」で片付けてしまうとこれからも「どうしようもない」人生を歩んでしまうようで。

「どうしようもない男さ。」 ステージの上では本音が出る。だからどう生きていこうか、と彷徨うのだ。

ピラミッドの頂点を目指すには、土台作りから。きっとその頂点というのは未来かもしれない。そんな頂点を夢見て、過去を、そして今を重ねてゆくのかもしれない。だから終わりはない。それは別に素晴らしくなるためにやっている行為でもない。良いところも悪いところも含めて自分。そんな自分を積み重ねているに過ぎないのだ。

「完成を夢見ている姿で在り続けたいな。」
積み重ねていっても、いつか崩れてしまうかもしれないし。人間って弱いからさ。

そういう時に。頼りになる人。信頼できる人。心の支え。昔ながらの気心知れている人。最近出会って心通じると勝手ながらも感じる人。そういう家族や友人や仲間達。その存在が有難いのだ。ついつい愚痴れる相手だったり、この世知辛いご時世だと、ちょっとした一言や行為が世界中を敵に回してしまう事態に陥るでしょう? 心の中で抱えている想いや発言だったり、そういうの、口から出していっていいと思うよ。百年前も二百年前も人間は大言壮言あったのだし。そこで良い悪いではなくて、そういう人、でしょ?

物事を断片的に見てしまうと、「良い」か「悪い」かで片付けられてしまうでしょ? でも、そうじゃないよ。良いとか悪いとかじゃなくて、そういう人、そういうもの、なんだよ。表裏一体なんだよ。光もあれば闇もある。

昨晩は、うまく寝付けられなかった。そんな時、枕を逆に南に向けて、風を感じて、月の光を浴びて横になった。そうしていると、自分という存在はな〜んてちっぽけなんだろう、と。そして、一人一人の人間というのはな〜んて細かいことを気にして生きているんだろう、と。何を気にしているんだろう。人生は一度きりだというのに。

僕はどちらかと言えば、変わっているし。メロディーを中心に生きて来てしまっているから、他の大事なことが抜けていたり、偏っていたり、世間を避けている気もするし、イメージで過ごしてばかり。社会性というよりもむしろ凡人ながらも不可解な人だとも思うよ。「なんでそんなことするのかね?」「なんでそんなこと書くのかね?」 そう思われていると思うよ。

どんな想いを述べたって、僕は僕でしかない。そんな僕を受け入れてくれる人。ありがとう。これからも。歌っていきたい。2017.7.10 20:18

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2017年07月02日

【第四百二十六話】タマーム、アルモニー(荻窪)

ふと会う友がいるのはいい。
しかも地元で会えるなんて最高だ。

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近況を話すよりも、常にやりたいことを話したいよね。彼女とだったらどんなことできるかな、とか。常にそういうことを考えてはいるものの、「今日、疲れた顔しているしな。髭を剃るのも忘れてしまった。ま、今日はボケボケーっと過ごすのでもいいか。」という緩さ。

本来であれば、撮影したり、アイディアを出し合っていくのが好きなんだけど。でも、ただ二人してボケーっと歩く。

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この十数年僕達は何をやってきただろう。心に残っているのは、どこかの地域の会館で。体育館では楽団が大きな演奏をしていて。こちらはこちらでポロポロと弾き語る。その響きといったら。その気候といったら。あれは2013年の今くらいの季節だったかな。あの時の雰囲気と柔らかく進む感覚が好きだな。

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お互いが人生の折り返し地点を感じている。それでもできることはなんなんだろう、と。

僕は。初々しさ=好奇心。そして誰の応援も評価もないところを前提とした上での、毎日コツコツと地道に積み重ねていくこと。さらに勢い。そこかな〜と思っている。

「え? なんでそんなことするの?」という信号を発すこともある。でも、それは機械とかセンサーでは感知できない人間という生ものとしての感覚だ。僕らは生きているんだからね。2017.7.2 22:51

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【人生歌踊語14】熱中歴について@四谷シンルンボ(bar:425)

例えば、会社の面接に出掛けたとします。
その質疑応答で
---ヨガはどのくらいのペースで習っているんですか?
「週に一回レッスンに通っています。それと毎朝、ちょこっとストレッチ程度やっています。」
---アルゼンチン・タンゴは?
ここで思わず「はい。週三回です!」

居合わせた方々から笑いが起こり、(しまった! そりゃ〜、なんでも「やり過ぎだろ〜」と思われてしまうぞ)と「あ、いや、今、集中期間でして、働き始めたら、云々」と愛嬌を振りまく訳です。

その一時間以内に、内定を頂いたとしたら、やはり気運としては「よし!この会社で頑張って働くぞ!」って気持ちになりますよね。

趣味の話って面白くって、何が面白いのかっていうと、やはり本人が熱中していることなので、もうスラスラペラペラと言葉が出て来てしまう、そして話している最中「うわ〜、こんなに意気揚々と話している自分を、面接官の方々は冷静に観ていらっしゃるんだよな〜。しゃべり過ぎちゃ、というか、熱込めて話しちゃいかんよな〜。」と思いつつ、口から言葉がどんどん出てくる。

で、今、思いました。こうやって熱中できている物事があるのってやっぱり素晴らしいな♪ と。し、あ、わ、せ♥

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R子先生お手製のエンパナーダ。

タンゴを始めて五ヶ月経ちました。この「始めて」という表現と五ヶ月という「期間」は、あくまでも自分の中における指標です。五ヶ月だからどう、とか、では一年習ったらどう? とか十年経ったらどう? とか、他者との比較ではなくて、自分の中で「おぉ〜、始めた頃よりも上達してる!」と自画自賛してしまう点ってやっぱりある訳です。逆に「勝手な思い込みで変な癖が着いて来ちゃったな〜」ということもあります。

また、タンゴを始めた時期についても人それぞれによって起点の捉え方は異なるかと思います。例えば、踊ったことはなくても、もうずっと何十年もアルゼンチン・タンゴを聴くのが好きな紳士もいらっしゃれば、バンドネオンを習っていてふと踊りも習い始める淑女もいらっしゃいます。はたまたサルサなどのラテンのダンスを楽しんでいたらたまたま「タンゴもやってみよっかな〜」という方もいらっしゃれば、中南米の歴史・文化、もしくは言語に興味を持ってそこから踊りに入ってくる方もいらっしゃいます。それぞれのバックグラウンドそのものがもう起点と考えるならば、「いつから始めた」という問いそのものが意味を成さなくなります。

ただ「なんでタンゴを始めたの?」という問いは、人それぞれのバックグラウンドにも関わっているので、とっても興味深いものですよね。というのも、冷静に世の中を眺めてみるとタンゴって日本各地で大ブームかというとそうでもなく、、、職場において興味を持ってレッスンやミロンガに通っている方は、百人に一人、もしかしたら千人に一人?、そのくらいマイナーなものなのではないでしょうか?(周囲の環境によるでしょう) 少なくともポピュラーとは言い難い。僕の前の職場においては150名の部署だったとして、ちょこっとでも経験したことのある方は知る限りいらっしゃいませんでした。さらに!(笑) 興味持って下さった方から「タンゴってあれでしょ? 足カタカタやるやつ☆」「あ、それフラメンコです。。」 「凄いねー、セクシー。脚絡ませるやつでしょ! やってみたい!習いたい!」「。。。体験レッスンで、脚絡ませるとこまではちょっと。。。(というかショーのタンゴとサロンのタンゴの説明し出したら、仕事どころじゃなくなっちゃう) ま、興味があったら一声掛けてくださいよ。それじゃ!」

そんな珍しい存在のタンゴを「そもそもなんで始めたの?」と問うと、やはりその方の人生のストーリーがある、そこ、魅力です。

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F先生お手製の「マルガリータ・モドキ」

僕の場合は、会社の他部署の方に(当初は)恐れ多くも「今度のライブ企画で一緒にステージ立ちませんか?」とギター弾き語りに合わせてバイオリンを弾いて頂いたところから始まって、昨年の夏にその方を含めた数名でイタリアン・バルで飲んで、その後に四谷のシンルンボに連れて行って貰ったんですね。そこで生演奏(京谷弘司氏(Bn)、淡路七穂子氏(Pf))を聴きながら、会話しているうちに盛り上がって、M先生と踊らせて貰い「うわ〜。じわじわ」っときて、F先生とお話させて頂いてまた「うわ〜。じわじわ」ときてしまって、「これは同時代に生きている者として、しかも東京でこの感触を伝えて貰うなんて機会はめったにないだろう!」と強く感じたんですね。もうその日のうちに「必ず習いに来ますから、それまでお待ちください」と申し上げ、11月初めからちょこっとずつ月に1、2回ペースでプライベート・レッスンを受けたんです。そう考えると「タンゴを始めてから八ヶ月」なのかもしれません。

ただその時は「シンルンボに通う」ということが楽しく、タンゴを習う感覚はなくて、シンルンボのM先生とF先生から何か大切なものを伝えて貰う、という感覚なんですよね。会いに行く、というか(笑) 30分のレッスンを肴にして飲んで語らう。そのコミュニケーションを楽しむ、というか。

そして。3週間に一回のペースだと体が思い出すのに時間がかかるのと、木曜もグループ・レッスンに切り替わったことを受けて、2月から土曜のグループ・レッスンも時たま参加するようになり、4月中旬からは水曜のミロンガにも参加させて頂き、ようやく5月くらいから「あ〜、なんだかタンゴ、はまりそ〜」という予感を持ち始めて今に至っているんです。

と、小生のことをつらつらと。で、ですね。今回書きたかったことをようやく書くんですが。。。(前置きで随分と紙面を割いてしまった!) 昨晩の土曜は(今日もですが)Tango Dance Asian Championship 2017が開催された影響もあってか、とてもレッスン生にとって嬉しいことに、プライベート・レッスン状態だった訳です。そして。帰りがけにふと「やっぱり、プライベート・レッスン、いいな〜。」という実感が沸々と酔いながら幸せな気持ちになってしまったんですね。

レッスンについて、習うことについて、教室について、先生について、、、そういったことは実はまた別次元の考えがあるんですが、今回は敢えて一般的に捉えられている固有名詞で言葉を扱います。

いや、、、やっぱり。。。そう。習うってことじゃないんです(書いちゃった)。ヨガも歌もそうですが、習うものではない、と感じていて。会話するということ。プライベート・レッスンのよさはその会話(実際は体に言葉が添う形での対話)がtwo way communicationでストレートに入って来る。濃い。その快感です。勿論、グループ・レッスンも色んな会話(参加者同士の体と言葉の会話)があるので、それがまた楽しい。両方いいものだな〜、と。

そして。やはりシンルンボは落ち着くな〜。木の温もり。一見無駄と思われるオブジェは贅沢でありゆとりであり。営業営業していない緩いところとか。きっと、タンゴのマジックだけでなくて、シンルンボというお店のマジック、レッスンの中で繰り広げられるマジック、集まる方々の個性がマジック、色んなマジックが織り交ざって、これから熱中歴を重ねてゆくのかもしれません。願わくば。熱はいつか冷めるもの、その上がったり下がったりがあることも含めて、人生そのものを楽しみたいですね。2017.7.2 12:23

sekai_prune at 12:27|PermalinkComments(0)人生を歌う 人生を踊る 人生を語ろう | 【Party】〜バールに立ち寄る感覚で〜