2017年02月26日

【第三百九十一話】ハガレ、BISTRO R(下北沢)

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自分でも不思議だな〜と思うのは、僕はあまり外見は気にしない。むしろお洒落に疎い、ということだ。洋服にしても小物にしてもまったく気に留めず、のほほんとしている。二十代の頃は「お金があったらもっとお洒落できるのに」なんて勘違いをしていた。それは誤りで単に関心がないのだ。

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関心がないから高くつく、ということはあるかと思う。慣れないことをするとこなれた情報を持っていないが故に、高く買うことになる。これってなんでもそうかもしれない。旅行する時は旅馴れた人と一緒に行くと、すいすいと事が運んでしかも安く泊まれたり。食に関してであればやはり僕はいかに安く心地好く美味しく食べられるか、などに関心が向かう。その街その街によって客層も異なれば、メニューの傾向も違う。そういう相場観ってものは街毎に形成されていったりするのだ。まぁ、競争社会だから意識・影響され合う訳だから至極当たり前なんだけど。

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下北沢なんて僕にとってはついつい敬遠してしまう街である。なんだかみんな個々にセンスがありそうで。大概世の中のセンスの傾向としては、外=>中 である。多くは外から。外見や情報=>従事している仕事、知識 といったようにそれらはコミュニケーションに一役買う。むしろコミュニケーションのための要素だったりもする。もっと内に向かうと感性や体、心といった明確に把握しづらいものになっていく。2017.2.26 13:25

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と、振り返ると二十代の頃は何故だか、、、ネット上で知り合った方々と下北で会う機会が多かった。当時は「出会い系」と呼ばれるサイトは盛んだったけれど、男女の出会いばかりではなくクリエイティブな出会いや音楽仲間の出会いも盛んだったのだ。今はどうなんだろう。例えば贅沢なうちに呼ばれて、そこでホームパーティーのようなただリビングでだらだらしていたような。これまで出会って来た人達の縁がすべて繋がっていたら、大変なことになっているんだろう。人と人との縁は繋がったり淘汰されるからこそ素敵だな〜と思う。すべて繋がっていたら自分自身のアイデンティティーなんてものはなくなっちゃうよね。

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写真をやっていた女の子とか、デザインをきっちりやっていた男性とか、その友人たちでレコーディング・レーベルをやったいた人達、息子がベースで飯を食おうとしているというマダム、あなたホテルに誘わないなんて珍しいわねなんていうマダムやあんなマダムやこんなマダム。。。冗談入ってます。

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未だ見ん世界を。当時巡り巡ったからこそできたアイデンティティー作品。自身の通ってきた道は自身そのものだ。2017.2.26 15:48

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sekai_prune at 15:50|PermalinkComments(0)【Party】〜バールに立ち寄る感覚で〜 

【第三百九十話】chiori(四谷荒木町)

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このところの僕の関心は食についていえば素食である。もしくは昔ながらのおふくろの味であったり。その一方でこうやって外食をしている。勘違いされてしまうと困るのは、、、例えば僕は弾き語りのソロ・ライブは好きか?というとあまり興味はない。これは読者の多くの方々が承知の通りだ。でもライブ・ステージを持っている。それと同様に僕は外食は好きか? と問われたならば、あまり興味はない。
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僕が好きなこと。それは五感が歓ぶことだ。
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二十代の頃はよく「セックスを超える歌。歌を超えるセックス。」という川と堤防のような堂々巡り。それは結局エクスタシーであろうし、ドゥエンデであろう。よくエロスという言葉を投げ掛けられるが、それは当たり前のことで、エロスのないものは味気ない。
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僕はライブも外食も止めたいとは思う。ただそれは不可能だろう。それは人付き合いを止めることだ。敢えて自身を孤独な状態に持っていく感覚はもう二十代の頃に何年も経験してきたのだ。そこで得たものも多いけど、外と接することでよりエネルギーは磨かれる。
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例えば。ライブも。直感で歌いたいのであればステージを持とう。歌いたくないのであれば控える。それでいい。外食も。例えば、世界ブルーの活動で得た収入の範囲内でご褒美として外食を許す。というゲームは面白いと思う。それならばよりCDを買って貰ったり、ライブに聴きに来て貰うための努力をするだろうし、そういった努力の成果があってこその外食ならば一食入魂。味わいが出る。20170218_203748
僕にとってのエッセンス。担々麺慶、ぶどうヶ丘、SinRumbo。そこを除いての外食は活動から得た収益があってこその愉しみ、ご褒美としたい。勿論、今年度残り一ヶ月は送別会が多くそこでの出費はやむを得ない。20170218_204241
そ〜んなことをここのところずっと考えていて、これがまた楽しいのだ。20170218_211223
では、なぜ楽しいのだろう、というところが大切で。実はお金の話ではなくて時間の話なのだ。もしくは過ごし方のこと。20170218_221447
よりメロディーにのめり込むため、に他ならない。どうしても働いていると金銭感覚が緩む。それはちょっと対人関係に弾みを付けたくなったり、組織にスパイスを加えたくなったり、残業したご褒美だったり、まぁ、外で飲んだり食べたりするきっかけが多くなる。それが故にうちに戻る頻度が少なくなってしまって結局、世界ブルーが進まない。20170218_222337
今僕はヨガ、歌、タンゴ、読書、うちで食事。もうこれだけで至極幸せだ。これだけでコミュニケーション量は多いし(ヨガのレッスン、ライブ、タンゴ・レッスンやミロンガ、地元商店街での買い出し。に加えて担々麺のおやっさんとぶどうヶ丘の店主などなど)。とてつもない幸せ。そんな生活を享受する相手と求めていた節もあるのだけど、結局は僕は、関わって下さる方々からのエッセンスを愉しみつつも世界ブルーというメロディー世界を追求してゆくことが生き甲斐なのだ。ありがとう。2017.2.26 12:43

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2017年02月23日

Live to Love:2017.2.13東中野オルトスピーカー

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2/9tweet「来週月曜の東中野ライブは初めて聴いて下さる方、いつも聴いて下さる方、との出会いの距離を意識してみます。世界には動きがあって東京は特異な都市であり僕はここにいて貴方もここにいる。食事もドリンクも味よしで、スマートに食べ飲みしながら、ゆっくり聴いてください。ありがとう。」

2/9tweet「〜表現のレッスン〜 昨晩の「爪跡」や「Ever Lasting」のような崩しを試みたい。曲順もいつもなら前半に持ってくる「爪跡」を後半に、等。チーズを最後に持ってくる感覚。崩しは不安定を意味するけど、安定あってのもの。安定は日々の過ごし方にあります。自由度もそう。」

2/9tweet「ホルモンバランスで遊んでる 20170210 8:13」

2/11tweet「今朝のnamaste yogaの最中、素敵な雑念が。ヨガ、タンゴ、歌が一致してしまうという喜び。さらに食やお酒。どうしよう。この喜び、伝えたいんだけど。必ずしもメロディーに固執はしてないんだけど、歌うっていうことと向き合い続けて来て、それが人生に心地好く還元されている今です。」

2/11tweet「色々覚えていくと、もっとこうしようとか、なんでさっきのあれ、できないのかな、とか、考えてしまうことあるよね。20170211 20:53」

2/11tweet「成長していく面白味もあれば、欲が出てくるからこそのもどかしさってあるんだろうけど。でもそのもどかしさが快感だったり、恥ずかしさが誇りだったりもするさ。20170211 20:59」

2/11tweet「今日のレッスンとミロンガから感じたことを世界ブルーの中で巡らせてみて、明後日のライブに反映させたい。「感じたこと」はステージ上で、お話しします。演奏曲はオリジナル曲、定番のレパートリーを5曲を予定しています。今から巡ります。」

2/11tweet「あなたの眼差しが僕のまなこを突き刺すんだ、突き刺すんだ。「爪跡」20170211 22:15」

2/12tweet「インスピレーションで繋がる インスピレーションの連鎖 20170212 17:35」

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2/12tweet「お酒っていうのは、なんでやめられないんだろね。ちびちび飲んでるつもりでもいつの間にか空く。でもね。僕はね。この感覚もちゃんとステージに反映させてるよ。という空論に浸っています。」

2/12tweet「インスピレーションの泉のような飲み会の開催 20170212 18:35」

2/12tweet「今日は結局、書類整理、読書、買い出し、料理の一日。明日のステージかたまってきた。「クリーム&シロップ」をくすんだ感じで。「爪跡」は甘くor男の独りよがり。「空が青いのは」は理想主義。「エバーラスティング」は距離感。あと一曲は「ハッピーカラー」にしようか今からモノに出来るか巡る。」

2/12tweet「よし、行くか〜。体ひとつで行こう。20170213 8:38」

2/13tweet「本日のオルトスピーカー。リハでグランドピアノに触ったら音の鳴りがよくて、いい加減にステージ進行できないな、と焦る。急遽曲目を変えよう、と。でも初志貫徹したいな、と。曲目だけにとらわれてステージの世界観はラストで媚びてしまった。それが僕のツメの甘さであり弱さだ。でもいい顔してる。」

2/13tweet「歌っている最中に気付く。今の歌声が 人生で最高だってことだ。 たいして練習もしていないのに何でだろうと。それは生活習慣からくる、メンタルなものまでも含めての体作りが実って来たんだ。体も楽器だからね。あとはメロディーとともに生きる。楽器の鳴りを楽しみたい。」

tweetの日付表記は米国時間のようです。

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sekai_prune at 07:05|PermalinkComments(0)Live to Love, Love to Live 

2017年02月22日

【第三百八十九話】ぶどうヶ丘で会いましょう

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松の木にぶどうヶ丘というお店がある。
美味しいお店は他にもあるのだろうし、雰囲気のよいお店も東京には数知れずあるのだろうけれど、僕にとってこのぶどうヶ丘というお店は生活の中でなくてはならないお店である。でも、それは何故だろう。

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このところ「一日いちエッセンス」という言葉が好きである。毎日ひとつだけでもエッセンスを感じる瞬間に出会う、というものだ。大概がお酒で逃げてしまうのであるが、、、でも、それも実は逃げではないということは酒飲みの言い訳であろうか。

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読書はいい。一つの本から幾つものエッセンスを感じ取ることができる。年末年始に秩父へ行き、そこで叔父が本を処分するというので、欲しい本を50冊程譲り受けた。うちの父もそうだが叔父も読書家であり、歴史からマネジメント、人生訓といった各書揃っていて、しかも最後まで?保管されていた本である訳で、なかなか読み応えのあるものばかりである。中には著者の人生そのものや著者が追う人物の人生そのものが反映されたものもあって、小さな生き物である僕としては有難い限りである。

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僕にとってはメロディーを追求する、というスタンス。それ以外は逃げだと感じてきたのだけど、特にこの数年間感じることには、すべてが繋がっていて、お酒も読書もメロディーに還元されるし、その逆も然りで、あぁ、逃げとか負けとかではなくって、ただただ繋がっているんだな、と感じる訳だ。

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さて、ぶどうヶ丘。このお店に行く、というだけでワクワクするし、店内でも帰り道も満たされるのは、このお店に店主のエッセンスが詰み込まれているからだろう。それは工夫であるかもしれないし、試行錯誤かもしれない。あるいはこれまで培って来た技術であり、料理そのものの奥深さかもしれない。

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「一日いちエッセンス」を心掛けていると、それがライブ・ステージも自然と反映されるようになってくる。そもそもライブ・ステージを何故持つのか? 喜び満ち溢れた日常の生活があるのに、何故ステージをわざわざ持つ必要があるのか? せっかく時間や労力をステージに費やすのであれば、やはり僕としても自分なりのエッセンスをステージに込める訳だ。そんなところも感じて欲しいし、期待して観に来て欲しい。僕にとっての世界ブルーはアルバム作品が教典であり、ライブ・ステージは伝導である。教えという程のものではないけれど、ないものから在るものを創るエネルギーを費やした自分なりのエッセンスなのである。

読者の皆さんも、「一日いちエッセンス」。推奨したい。そして、エッセンスを享受し合う関係性を築いていけたら幸いである。2017.2.22 6:36

sekai_prune at 06:37|PermalinkComments(0)〜ぶどうヶ丘で会いましょう〜 | 【Party】〜バールに立ち寄る感覚で〜

2017年02月11日

人生ピクニック:箱根湯本〜小田原

おはようございます。

ライブ本番も近いので昨晩は自室でリハーサル!と思っていたのですが、、、帰ってみたらやることが沢山あって。まず生活を挽回することに力を注ぎました。といっても単に台所周りを整理して、夜だけど洗濯して干して(今朝晴れていて正解!)、WAVE音源やこの1,2週間の画像を保存して、、、といった具合です。

昨晩今更ながら気付いたんですが。僕は自分では内実(=これはちょっと言葉の意味を自分で変えてしまっているのですが。実際は内なる真実とか実情という意味合いですが、勝手ながら内なる実りという意味合いに「内実」という言葉を充てています)というか、あんまり外交的でもなく活動的でもない、どちらかといえば内気で閉じこもっている、というのがセルフ・イメージなんです。でも、スケジュール帳を見る限りは、その割には外に向かって動いているな〜、人様から活動的ですね〜と言われるのも分からぬでもないな〜、と感じました。

昨晩は二つの女子会に誘われたけど、リハーサルのためにお断りさせて頂き、最後のチャンスとばかりに新宿高島屋でチョコレートでも選ぼうと思いつつも、やはり今の自分の一番向かいたいところは歌だろう!とやめて、結局荻窪でワインを一本購入して、帰路へ。そして上述のように家事と整理の時間、と相成った訳です。

もう一つ気付いたことがあって、ライブの翌日は整理に充てた方がよいな〜、と思いました。データがどんどんたまってしまいますからね。そうすると次の活動が(というか録音や録画に)進まないで支離滅裂な活動になってしまうんです。過去→現在→未来という時間軸、企画→実施→成果発表、と起承転結しっかりしたいんですよね。ライブそのものもシュート、それを発信するのもシュート。シュートで終わる癖を付けてます。

と、こういう偉そうな?ことを書いていて。完全主義ではないんです。むしろ、抜け抜けです、僕は。誰か助けて!状態。友人関係にしろ恋人関係にしろ同僚にしろ、助け合えたり高め合える関係、補い合えたら最高ですよね。人には得手不得手があるし。人と人との関係性ってパズルがスムーズに噛み合ったところに、パズルというと固形ですが、もっとムニュっとナヨっとしたもの、アメーバのような無形、流動的なものですが、噛み合って絡み合ったところに人生の醍醐味を感じます。

それは親子関係もそうかもしれません。僕は両親にだいぶ甘えているのですが、彼らの存在があってこその自分だとつくづく感じます。親子関係というのは上述のような「関係性」なんてものは考えなくても自然に存在しているところが味噌です。それはきっと良好な関係が築かれているからこそでしょう。よく親子で不仲という方々もいらっしゃいますが、そうなってくると「関係性」という言葉を用いざるを得ないのかもしれません。

さて。本題です。先月末の両親との箱根湯本の模様をまとめて公開します。父親が画像をセレクトしてくれたのでそれらにリアルタイムのコメントを付けますね。

また、後半は未公開だった小田原城の画像もボーナストラックとして公開しま〜す。

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ロマンスカーより。ひょっこり富士山が右から左から。

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箱根湯本にて。シンプルに写真のみ、ど〜ぞ。

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只今、家族で至福中〜。
今日は箱根湯本を散歩したいという息子。蕎麦を食べようという父。その合わせ技で迷い、それがいい具合で珍道中となったり、早めにチェックインできたり、諦めかけたらすっきり美味しい鯛ラーメン食べたり、湯に浸かって一眠り。また湯に浸かって夕食です!

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sekai_prune at 09:21|PermalinkComments(0)人生ピクニック 

2017年02月10日

Live to Love:2017.2.9高田馬場ジェットロボ

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twitterより「昨晩のトークライブの模様。顔の表情からしていつもと違って弛い。写真はコスゲファンクション氏より頂戴しました!」

***ライブ2日前の呟き*********************
さて。ライブ二日前になって、酔いつつもようやくもがき始めました。いつものレパートリーはすべて捨てて臨みたいのに、歌う曲すべてが未完成。自分が楽しめるものやりたいけど、聴く人の気持ちを察すると葛藤する。

***ライブ前日の呟き**********************
明日の高田馬場ジェットロボの選曲中ですが、歌いたい曲がありすぎて絞れなくなってきました。たまには行き当たりばったりで歌詞をめくりながらその時の気分で。あおき君にはこんな感じのメロディーがあるよ、という紹介のステージにしようかな、と思います。

***ライブ当日、帰りがけの呟き******************
今夜のジェットロボ。ストイックな要素を一掃し、トークを基調として、その時の気分で曲を選んで歌うスタイルを実践してみた。「二月の冷えた唇」「EverLasting」「灯りを消して」「まめな生活」「爪跡」「宇宙の彼方まで」を披露した30分。

「まめな生活」は今週残業し帰りが遅くなったために歌いたくなった曲。「二月の冷えた唇」は今日雪が降ったから。最後は「空が青いのは」で締めようと思ってたけど、あっけなく「宇宙の彼方まで」で終えて素晴らしい。「爪跡」は敢えて崩して熱唱。「Ever」も敢えてサステインをなくしてみたり♪

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***所感****************************
歌がストイックな分、ダラダラなトークだったけどメリハリが出来たかなー、と感じる。2008年の阿佐ヶ谷Next Sunday初演から約9年、僕のライブのメインの演目は【からっぽ巡り】と称したストイックなピアノ弾き語りである。ただ2009年のイベリア半島の旅、2010年の喉の手術、2011年の震災を経て、【バールに立ち寄る感覚で】に憧れた訳だ。その間、完全即興である【妄想壁画】も演目として加わった。【バールに立ち寄る感覚で】は主にウクレレ弾き語りを基調としている。飲み屋にフラッと立ち寄って、お酒を飲みながら歌う、という感覚に近い。日常が旅というのがコンセプトだ。それは今年度の2016.5〜9までのギター弾き語りにも通じている。

別にステージ上でダラダラ話すことをよしとするのではない。今回の収穫は創作部屋の風景をライブステージで垣間見せることができた、という点だ。普段の部屋の僕。そんな僕がライブステージに立つ。それが成り立つ、ということが分かった。今夜のステージは可能性であってまだ演目とは言えないけれど、この10日間の過ごし方、残業も多く外出も多いこの10日間の過ごし方であっても、ちゃんと自分のメロディーと向き合っていれば、より完成度の高いトークライブができる、と感じた。まぁ、トークはメインではないけれど。

例えばひとりであっても、
・【からっぽ巡り】:ピアノ弾き語り
・【バールに立ち寄る感覚で】:ウクレレ〜ギター弾き語り
・【妄想壁画】:マイク一本完全即興
・【メロディーとともに生きる】:プレゼンテーション
・【VEKTOL SIX Radio Station】:ラジオ仕立て
・【世界ピンク】:あおきが女の子として唄う、女性の友人によるサポート出演求む

とこんな具合でワンマン・イベントを組んでみたり、そこに僕のカバーを歌ってくれる人が出てきたり、世界ブルー・ロックバンドという編成、世界ブルー・ポップス〜クラシックという編成で魅せたり、イベントとしては料理や踊り、視覚的な要素が加わると面白いな〜、と思う。

そして、そんな時もやっぱり、結局は、僕のメロディー。そこに尽きるんだよな〜、と。色々やるのではなくて。メロディーを追求するが故に出てくる色合い。

2016年は「誘われたライブは断らない」という方針だった。が故に週に1回のライブなどが続いたりすると、やっぱり創作や発信が疎かになった。2017年は片貝篤史プロデュース・イベントを軸に月に一回くらいに出演をとどめて、創作生活の結果としてライブで美しい楽曲から無意味なものまで披露したい。もしくは今夜のようなゆるいステージはより世界ブルーの曲を知りたい・聴きたい人のために。そしてグランドピアノステージで魅せるステージに。そういった意味では2/9の緩、2/13のストイック(になるか分からないけれど)というメリハリ感が出ればよい。

お店によって音の鳴りも雰囲気も、楽器も異なるしね。その都度その都度の閃きに沿ってメロディーを歌いたいな〜と思うのです。2/13の東中野ALT_SPEAKER、ご期待ください。2017.2.10 0:37

sekai_prune at 00:37|PermalinkComments(0)Live to Love, Love to Live 

2017年02月09日

人生ピクニック 百草園

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梅を愛でたいと。目的地を遠くする癖がある。歩きたいんだ、きっと。

目的地までの道のりを楽しみたい。一緒に迷える相手。突然、牛舎が現れたり。

道のりそのものに笑ってしまったり。梅の香り。甘酒の香り。ふと梅まつり。そして懐かしい70年代のフォークソング。応援してみたり。紅天女になってみようとしたり。

未知との遭遇を一緒に楽しんでくれる相手がいるのは嬉しいです。


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2017年02月04日

【第三百八十八話】一入(麹町)、シンルンボ(四谷)

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喜びひとしお。

ちょっと真面目な話。今みんなはどんなこと考えてるのかな。仕事のこと、家庭の事、独り身の寂しさ、自分の能力だとか、あるいはただただ幸せであること。

僕と同年代であれば人生はあと何十年あるだろうか、そう考える人も多いかと思う。もちろん若くして常に生きるということ、そして死がやってくるということを意識してきた僕に「なんでそんなこと言うん?」と死を ネガティブに捉えて責められたこともあるさ。 いやそうじゃなくて真剣に生きるということをみつめてるって事なんだけどな。

三十路にもなれば、 生きるということそれ自体がとても快活であり尊くて儚くて 喜びなのだ。 四十路ともなるとそこに老いというものがつきまとう。 それも含めて楽しい訳だ。受け入れていかなければやっていけないからね。

僕は今どんなことを考えているのかと言うと、 いつもと全く変わり映えはないんだけど、やっぱりパーティーのことかな。人が集まるということ、そこに喜びを感じるということ。

周囲を見渡すとみんな個性的である、そして魅力がある、エネルギーがある。 そういった個のエネルギーの集合体というものを見たくなるんだよな。 先日のイベント世界チャンプルーはそれが体現できた好例と言える。

実際にイベントを起こすというのはクリエイティブな面よりもむしろマネージメント面に時間も労力もさくことになる。 参加する人々の満足度を高めて行こうとする、自分自身の存在、時間、そして金銭面。みんな利益だとか報酬が欲しい訳ではないと思うんだけど、それは僕も同じで、でも自分の存在価値というか、やっぱり何かしらの対価が欲しいって感じる人は多いのではないかと。

そういう意識のある人同士が、どういった案配で繋がって、認め合い実施していくか という所。

久しぶりに一入でカキフライ定食を食べに行った。お店に入ってから45分後に出てきたカキフライ定食はやはり僕を満足させるのだ。 この喜びってなんだろう。

シンルンボにおける初めてのグループレッスン。 こんな事まで教えてくれちゃうの?という、まるで生きること。 レッスンがどうとか、うまくなることだとかかっこよくなるとかそういうことじゃなくって 生きるということなんだよ。

生きることその人生の中にはにかみがあったり勇気を出したり駆け引きがあったりさ。呼吸があって相性もあるんだ。

そういうこと。今までもそう。そしてこれからも。そういうこと。 そういう事を僕は皆さんと語り合いたい。20170203 23:12


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2017年02月03日

【第三百八十六話】ミキハウス(明大前)、ぶどうヶ丘(永福町)

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ここはどこだろう。ただ寒い。安息の地はまだ遠いのだろう。歩いている限り、体はまだ熱を帯びるだろう。

十五年ぶりの再会や歌や躍りがあり、食があって語らい、、、

明大前から永福町へ。僕たちは歩いたのか? 多分電車に乗ったのかな? 迷いながら。男二人が迷いながら。人生そのものだ。

ぶどうヶ丘で酔うことはあってもぶどうが丘に辿り着いた時から酔っているということはない。

それにしてももうミキハウスを出るときからの記憶がないんだから。でも不思議と断片断片の風景が、ほんとに一つ二つの、一瞬一瞬なんだけど。

電車に乗って帰ろうとしたんだけど。それにしても。どうやって? なんで? それもまた人生と同じだ。驚き、夢現、焦り、さまよう。

衣食住の大切さ。あったかいということ。眠る場所があるということ。休むことができるということ。

もっと日々大切に生きていかなければ。親から授かったこの命、大切に過ごしていかなければ。

ごめんなさい。ありがとう。申し訳ない。それでもありがとう。これまで関わってきてくれた人々。今関わってくれている人々。そしてこれからも。ありがとう。

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2017年01月31日

【第三百八十七話】タンタメラー(阿佐ヶ谷担々麺慶)

ピノノワールが美味しいぞ。

今週は残業ウィークである。それもやむを得ない。よくどこの企業も「ノー残業デイ」ってあるじゃないですか。それはそれでよいとして、僕が時たま周囲に提案するのは「週に一度の残業デー」。すると周囲は「え〜〜〜」っていう反応。でもね。どうせ残業してる訳ですよ。であるならば、「今日は週に一度の残業デイだぜ! 楽しもうぜ、エブリバディー♪」ってな具合でテンション高めて、イベント性持たせた方が業務も捗ると思うんですよね。勿論、モチベーションを高めるための工夫は凝らしますよ。提案しますよ、どんどん。

組織の活性化って視点を変えることでいかようにもなると思うんですけどね。別に飲みニケーションに頼らなくても業務中に、もしくは体制としてコミュニケーションの引き出しはいかようにもあるんです。と、まぁ、無責任な立場からの発言です〜。

さて。。。もっと劇的に本稿は書きたかったのですが。。。それは難しい。というのもTOEICのテストは惨敗で(特にリスニングが。というよりも準備不足なので自業自得です)、でもふっきれて。今週は生活の見直しウィークでもあって、残業して帰宅したものの、洗濯しながらこれ書いてるんですね。やっぱり生活を挽回しようと思うとテンションが上がってゆくので、劇的に悲劇的に文章は書けないですね。今のノリで書いちゃう。そして、ピノをもう一杯注ぐ訳です。

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担々麺慶が生まれ変わった。そう感じているのは僕だけかもしれない。僕も生まれ変わった。たぶん。いつも。

人々は言うかもしれない。口だけ、と。でもね。これって懸命に願をかけていたりするのね。もしくは気持ちを常に新しく切り替えているのね。嘘ついているつもりもなくて、口だけで吹聴している訳でもないのね。活動する、ってずっと言っておいて、なかなかうまくいかなくても、それでも客観的に足跡を眺めるとちゃ〜んと活動しているでしょ? 嘘ではないでしょ? 思い描いている世界観は全然出せていないというのは否めないけれど。でも人生はそうそううまくいかないよね。それでも僕らは生きてゆく訳だから。受け入れて。そして進むの。

おやっさんの凄みと丸み。こういうおやっさんに出会いたかった。今の僕もそういう自身で在りたいとも思う。すべてがよいタイミングで出会いたい時に出会いたい人と出会いたい状態で出会う。それは努力しているからだと思う。

書いていいのか分からないけれど、おやっさんの手作り中華まんじゅうの販売権を得ました(笑) いや、これは本当のことであって。やはり許可を取らないと。職人、作り手の意志を尊重しないと。ね。僕も自身のメロディーを誰かが歌うとすると、やはり理解してくれた人が歌ってくれるのであれば嬉しいものなんです。勝手に歌われるのは嫌だけど、「これは青木君の曲で」と一言断ってくれたりするのは尊重してくれているな〜と感じる。

おやっさんとはもう15年以上の付き合いになるんだけど。今まで彼がどこの店で働いていたかとか聞いたことがなかったんだけど。やっぱり想像通り、凄かったんだ、と。昨晩は嬉しくなった。もっと早く言ってくれればよかったのにな、と。一日に何百個も中華まんじゅうが売り切れになる店ってなかなかないと思うんですよね。しかも毎日。しかも一年間ずっと。(たぶん、おやっさんは記憶によれば20年の間に30店舗程渡り歩ているのでそのお店にも1年のみ勤務したのだろう、と想像する)

野暮な話を書くと。20年前で300円で売られていた中華まんじゅう。今だと相場は400円強のようです。おやっさんの自信、そして今の完売状況など色んな面をふまえて、昨晩話し合いました(笑) 僕としてはおやっさんのこの味わいや触感をみんなにもお裾分けしたいなと思うのと、世界ブルーを理解する上で欠かせない凄みと丸みである点。そういったところから始めることにしました。

ライブにお越しの方限定でおひとつ250円でお裾分けします!(冷凍) この価格設定もおやっさんとの協議の末に決まりました(笑) まぁ、正直。美味しいっていうのは自分一人で愉しめばよいものかなと思うんですよね。でも食べてみたい、食してみたい、という人にはそういう機会を設けるのも面白いかな、と。お店によってはおやっさんの中華まんを一個800円で売ってるという衝撃の事実。それはいくらなんでも、ですね。やはり適正の価格がよいと感じます。なお、もっとお安く購入したい場合は直接お店に行けばよいと思いますよ〜。

おひとつ250円はあくまでも冷凍です。その点ご理解ください。お一人様2個以上、5個までとさせて頂きます。

と、自分の宣伝よりも中華まんの宣伝になってしまいましたが。。。それだけおやっさんから大きなエネルギーを感じている、世界ブルーのあおきまさと より。20170131 22:44

sekai_prune at 22:44|PermalinkComments(0)〜タンタメラー〜(阿佐ヶ谷担々麺慶) | 【Party】〜バールに立ち寄る感覚で〜