2025年12月26日

私的随喜 年の瀬2025

2009年にスペインとポルトガルへバックパックを背負って旅をした。人生はまだまだ感動する光景、事象が沢山あると実感した。同時にこれでもか、これでもか、というくらい疲弊、翻弄、迷い、、、そう、旅には付き物の障壁が沢山あった。ひとつでも欠けてしまったら? パズルはぐちゃぐちゃになり、すべてが台無しになる。そこを間一髪でかわす。というか単に幸運に恵まれて、巡り巡って感動へ行き着く。そういった旅であった。

今日はたった4、5時間ではあったけれど、目まぐるしい張りつめた緊張感に満ちたものであった。問題が突出し、そこにどう対応していくのか? 判断力だけでなく行動も求められ、スピード感、勇気、感謝の念、ユーモアさえも表れた映画のような時間を過ごした。

それにしても。ひとつでも掛け違えていたら、落ち込むどころか、どうなってしまっていたのだろう。そうならないために動けたこと自体に感謝している。これまで「運」について考え、意識してきた結果がここ数年間、特に2019年頃からだろうか。急激に如実に出てきた。不思議なくらい。そんな話を直接僕の口から聞いた人もいるかもしれない。そして実際にその場で偶然や喜びに一緒に遭遇した友もいるはずだ。運は磨けば磨く程、エネルギーが大きくなっていく。

今日の大きな出来事。これもやはり「運」なのではないか?と思うのだ。そして、ひとつひとつのパズルは偶然なようでいて、実は僕や僕の周囲が準備してきたからこそ成り立ったものなのではないか? 世の中さえも含めて。そうだろう、と結論づけたい。

「あの時ああしていれば」。そう。これまで準備してきたからこそ、「ああして」きたからこそ、今日という苦難を紙一重で問題解決できたのだ、と感じる。そして、無事に物事が済み、関係者に感謝されたり、見知らぬ人からも褒められつつも、僕からも彼らという存在がいてくれたからこそ、無事であった、だからこその感謝の念を何度も伝え、頭を下げた。最後には思わず「いやぁ〜、こんなだと来年はきっといいことありますよ、って思っちゃいましたよ〜。」と笑い合ってさよならする始末。

そんなことを思いながらも、あれこれと場面々々を反芻しながらも、家までの帰りの夜道、冷たい風が体に吹き付ける。そんな時にふと洩らす。「ひとりで生きていくって、こういうことなのかな。」

だからこそ。家族という存在。親族や友達。趣味や嗜好を通じた仲間達。地域の方々。同僚。挨拶を交わし合う方々。そして、今日のように急遽出会う多くの関係者全員に。いてくれて有難う。存在してくれていることに感謝して。

2025年は穏やかながらも最高に楽しい年だった。そして、2026年はもっともっと感謝し合い、喜び合える、時には助け合える一年に。声掛け合う一年に。生きていることに感謝して。

皆様。よいお年を。いつも関わってくれて有難う。


あおきまさと 2025年12月26日 夜記載

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2025年12月13日

人生ピクニック 忘年会

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今年は素晴らしい一年であった。一年前だか二年前だか、、、数年前だか、、、同じようなことを言っていた覚えがあるが、人生というのは、それまで生きてきた道のりあってこその今だ、と実感する。つまり、蓄積されてきたものが今に如実に反映するのだ。

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今年一年が最高な一年だったからといって、来年がさらに最高になるとは限らない。ただ、僕としては最善策を常に思案しながら、遊んでいる。懸命に遊んでいる訳であって、決して気紛れだけではない。計画と旬な気分を織り交ぜながら、花鳥風月という名の遊びのPLAN→DO→CHECK→ACTIONというサイクルを回し続けている。毎日毎日。

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願わくば、「幸せを一緒に掴んでいく勇気のある人」と共に攻めていきたい。常に守りつつ。攻守ともに意識しながら、常勝していく気概が人生には必要である。勝ちとは僕の場合、幸せを意味する。幸せとは生きることそのものだ。生きていくために行動をともにできる人。2026年はどういうPLAYを味わうことになるだろうか。楽しみでならない。そのために日々、僕自身の生きる道にかなった僕という個体を磨いていきたい。

2025年12月13日 夜

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2025年11月23日

人生ピクニック:モノリスコンサート、多摩産材フェア

晴れ渡る秋空の下、朝からお散歩する。この日は一年ぶりに元同僚と会う。プライベートで会うのは初めてだが、話は尽きず、線路と住宅と自然が同居した初めての街を通り過ぎる。

欲しいのは「この日常感なんだよな」と感じる。

平日のランチタイムにクラシックコンサート。その日常感もいい。チェロとコントラバスの生音を聴く自体贅沢だ。

一年に一回の多摩産材フェアも数えてみればもう8回目。うちにはエコバックが8枚もある。来週から会社で存分に利用しようと思う。景品で頂いたバランスゲームもオブジェとして可愛い。

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こうやって、大きなイベントではなくても、ちょこっとした楽しみは街中に溢れている。いい時代に過ごしていると感じる。

そして、コンサートにしろ、多摩産材フェアにしろ、ばったりと同僚に会って声掛け合う。それもまた楽しい。笑顔であったり、ちょこっとした会話が生まれる。そんなコミュニケーションの具合もいい。

タンゴバーにしても学園祭にしても昨日のお散歩にしても先週のスペインフェス、先々週の荻窪音楽祭、その前の母校の学園祭、その前の芸大祭、、、いずれも一緒に居てくれる人がいる、というのは何と有難いことか。

一人で部屋に込もって作品を創るのが好きだ。一方で外に出て人と会うのが好きだ。距離感の心地好さを調整しながら。

さて、昨日の会話から出たアイディアとして。新春もしくは春先に新しい芽吹きの集いを呼び掛けたい。先週のスペインフェスの時と同様、自由集合、自由解散としたい。土曜の午前中からお昼過ぎまでの3時間、「やぁ〜、久しぶり〜」と集まって頂いて、好き勝手に好きなものを食べ飲み、おしゃべりして「またねー」としたい。広めに展開しつつも、「えっ? そんな場所で?!」となるだろうから、こじんまりと4〜6名程集まる感じで打ち解けたい。

2、30年前と違って、街のデザイン設計が機能性も美的センスも理想的な場所が多い。この時代に、この日本に生きていることに感謝しつつ、その有難味を日常に落とし込んで、人生を毎日を楽しめたら本望だ。

人生ピクニック あおきまさと

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2025年11月20日

人生ピクニック 外語祭によせて

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秋空晴れ渡る中、東京外語大学へ向かう。そう。十年以上前に青空の下で世界各国の料理を食べ飲みしてとても楽しかった記憶があって。しかも当時はまだ未経験だった「踊り」も野外ステージや各教室で行われている、ときたら、行かずにはいられなくなってしまった。

かねてより通じ合うところがありつつも、あまりプライベートではお会いしたことのない方との共通項が「踊り」と分かり、ご一緒することに。先に結論を述べてしまうと、踊りをやられている方とは居心地がよい、ということ。ストイックな面を持ちつつ、じわっと人生の奥底からの感性が発せられるからかもしれない。

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ウルドゥー語とラオス語のスパイシーなお肉を食べ、BAR RAMSのホットワインを飲み、そしてほとんどを野外ステージで過ごす。

多彩!! ブラジル研究会、競技ダンス部、カタックダンス部、アルゼンチンタンゴサークル、チアリーディング部RAMS、フラチームKa Pili Oha、その後、TUFS Flamenco(Casa de Flamenco)、野外に戻ってクラシックバレエ部Etoile。

想像以上に元気を頂けたのが、チアリーディング部。元気、笑顔、エネルギー一杯で、一緒に働くならチアリーディング部出身がいい。どの会社の人事も採用したくなるのも頷ける。娘がいたら、チアリーディング部に入ってほしい。そして、お父さん嬉し泣きしたい。

さらに。クラシックバレエ部。踊りの基礎を踏まえつつ、さらに構成、音楽の使い方、魅せ方が独創的。

いや、ほんとに素晴らしい学園祭。普段食べられない料理を味わうことができて、さらに素敵な踊りも堪能できて、さらに若さに満ち溢れていて純度の高いエネルギーを頂けるのだから、これは毎年行こうと、よぼよぼのお爺さんになっても行こう!と感じたのでした。

有難う、東京外語大学。有難う、外語祭。

人生ピクニック あおきまさと

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早速、家でフラメンコをかけ、締めにワイン。

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人生を。僕にとってのアルゼンチン・タンゴとは?

人それぞれかと思う。

何故タンゴを踊り始めたのか、そして何故タンゴとの距離を置き始めたのか。答えは「幸せ」の感触だ。

目的も目標もなく、ただマリオン先生と組んだ時に「あ、これだ」という瞬間があったこと。そして、同じ夜にフリアン先生の発するセンテンスが、僕の道筋と一致していた、ということ。そんな記憶がある。

昨晩はこの2年半、年に一回とご無沙汰になっていたところ、珍しく一ヶ月ぶりに赴いた。そしたら、マエストロである「リバローラが来る」という。先月会えたなかったお久しぶりの方々とも言葉を交わすことができた。

空白期間が長いと、色んな記憶や感覚さえもが思い出せなくなる分、大切なものが見えてくる。

ここで素直に書けるのは、「あぁ〜、そうだったよな〜。タンゴをやりたい、というのではなくて、マリオン先生がプロデュースしたシンルンボというお店の佇まいがあり、フリアン・マジックが僕の中の『日常が旅』という感覚と合致したからなんだよな」という意外な結論である。

もうちょっと書くと、上手い下手でもなく、いい悪いでもない、正しいか間違っているかではない、ただ幸せかどうか、ということ。それは初めから分かっていたはずなのに、レッスンであったり、ミロンガを通して俗物的になってしまった自分がいたことを認めたい。

そう。僕は元々、世界ブルーという名のもとに独りだったのだ。そんな独りである僕が、マリオン先生との初のコンタクトから「幸せだ」という感触を得たのだ。そしてフリアン先生との感覚で、より「幸せ」が輝き出したのだ。

その「幸せ」とは世に言う幸せとは別次元のもの。切磋琢磨すること、どうにかしようと前進すること、思いやること、寛容であること、主張すること、、、協働作業なのかもしれないし、コミュニケーションという言葉が適切かもしれない。マリオン先生のお言葉を借りれば「語ろう」ということかもしれない。

もう随分前に。レッスン習いたての頃のバータイムで、マリオン先生、フリアン先生と三人で毎回飲み交わし、その時に生まれたテーマが『人生を踊る 人生を歌う 人生を語ろう』だ。ここに答えがあったのだ、と今更気付くのだ。「語ろう」

幸せはどんどん増幅するもの。まるでバンドネオンの空気圧が素敵な音色を奏でるように。そのためには体幹がしっかりして、適度な筋力も必要になってくる。でも筋肉だけでもいけない。贅肉が必要だったりもする。ドラマーと一緒だ。タイトだけでは味わいがなく、ルーズもあってこそ音に魅力が増すのだ。

幸せ街道を突っ走る。そういう意気込み。常にあらゆるシチュエーションでゾーンに入っている状態。そこにもやはりコミュニケーションというものは不可欠。

結局のところ。僕にとってのアルゼンチン・タンゴというものは、『人生を踊る 人生を歌う 人生を語ろう』ということなのだ。

あおきまさと

2025年11月15日

人生ピクニック FIESTA de ESPANAに添えて

FIESTA de ESPANA、行ってきました! 解放感に浸ってきました! 生ハム、チーズ、ビール、パエリアでお腹を満たし、フラメンコ。子供達の無邪気なセビジャーナスは微笑ましく、大学生の凛々しいフラメンコに見とれ、プロのカンタとバイレのアレンジの効いた踊りは深く掘り下げてゆく姿がかっこよかったのです。

これでまたひとつ、ふたつと何かを振り返り、何かを取り戻した、そんな祭でした。

今回は、「自由集合、自由解散、ドタキャン、ドタサン」オーケーという風通しのよい会社のプチ同窓会として皆様にお声がけしました。

25名程に声をかけたうち、8名(+同伴4名)がご参加予定だったところ、結果、私を入れて6名。ちょうどみんなで輪になっておしゃべりできる距離感でよかったんじゃないか、かつ、風通しよかったんじゃないか、と思いました。

解散した後は、場所を移動してイタリアンへ。そこでようやくワインに辿り着いて、、、なんと生ハム食べ放題。お昼に沢山生ハムを食べたうえに! 思いっきし生ハムデーでした!

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このところ珍しく土曜の日中出歩いていますが。そろそろ冬眠=創作活動にこもる予感。

今手掛けている作品は、沖縄で生まれた楽曲群。25歳前後の歌声、41歳の頃の歌声、そこに51歳の僕の歌声を足そうかどうか、完成形だけでなく、生曲当時の録音音源も収録したいな、と思っています。明日はそのための録音に一日充てます。おやすみなさい。

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2025年11月08日

人生ピクニック 荻窪音楽祭に添えて

機会創出かと思う。そこに喜びを感じている。旅という非日常は冒険の連続であるがゆえに疲れもする。ただ今のこの便利な時代においては、利器のお陰で路頭に迷うことも、勘に頼ることも少なくなり、情報不足から起こる疲弊は軽減されただろう。むしろ利器を利用し情報を整理する別の意味での疲弊が生じているかもしれない。

と、話を戻す。非日常に身をおく憧れはない。むしろ、日常においていかに機会創出を繰り出していくか。大きな冒険でなくてもいい。小さな発見でいいのだ。

気功を再開し始めた。そしたら、熟睡。職場でも冴える。毎朝のヨガに加えて毎晩の気功。これは調子がよい。職場(コピー機前)におけるスクワット、夕食前の筋トレ、なかなかいいんではないか?

英会話も再開した。と、まぁ、これはほんとに趣味の範疇。海外客とコミュニケーションを円滑に進める程度の会話、そのとっかかり程度でいいと思っている。むしろ、脳内活性。生活のリズムをとるための英会話だと捉えている。

タンゴの感覚も再開した。感覚とはなんぞや?ということだが、僕の中で欲しいのは「タンゴの感覚」なのである。そのコンタクト感、その圧、その即興性、偶然性。

以上のように日常の中で、これまで微力ながら培ってきたエッセンスを生活のリズムに組み込み始めた。

そこで改めて、人生の喜びをより末広がりに感じたい訳だ。そのためには独りではなく人と会うということ。もしくは出会うということ。そして話すということ。さらに歩くということ。

では、どういう巡りがいいか。気持ちが向いていくか。体が行きたいと思うか。誰を誘おうか。誰が喜んでくれそうか。誰とだったら最適解(幸福度)を高められるか。どういう機会を創出していこうか。

そういった思案というか妄想から、ほぼ好奇心に突き動かされるままに情報収集し、その計画を誰かに伝え、好奇心と好奇心が結び付いて、いざ散策となる。

今日もそういう一日であった。会って一緒に歩いてくれる友に感謝。こういう人生を送り続けたい。

2025年11月8日 夜

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2025年11月01日

人生ピクニック 学習院大学桜凛祭に添えて

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何をそんなに!ということなのですが。

ここ数年は僕の寿命というか健康長寿として86歳まで悠々自適に過ごそう、という気持ちであったところを、なんと70歳に引き下げた。

日銀の金融政策でもなく政府の財政政策でもなく、紛れもなく僕自身の人生そのものの在り方を根本的に見直した。

その結果、何が起こったのか。それは僕自身の行動や意識の片鱗に触れて頂けば分かってくれることでしょう。

という訳で今日は我が母校、学習院の学園祭へ行ってきた。学習院といえばこの人、ご学友(語学)友である、よっしーと。

驚いたことに。30年も経った今なお、校舎の雰囲気は何ら変わっていなかったこと。そして。学生の皆さんのキラキラ度、穏和な人柄もまったく変わっていなかった、ということなのです。校風というものは偉大だな、と感じたのでした。

学生の頃はそんなに巡らなかったものの、今回はほぼすべての校舎を巡ってきました。五十も過ぎると好奇心が薄れてしまう、そこをなんとか冒険心を持って、どこまで恥じらいを捨てて各教室に飛び込めるか、というのが、健康長寿70歳、残りの19年に設定した僕の命題なのでした。

歳を重ねると自身の趣味嗜好というものは固まってきます。そこに固執せずにほぼすべて巡る(覗いただけもあるけれど)ことができたのが嬉しい。

池坊華道研究会、草月流いけばな同好会、陶芸研究会、生物部、美術史研究会、身体表現文科学専攻代々木ゼミ、DISSOLVAボルネオプロジェクト、アニメーション研究会、応援団、書道部、ギターアンサンブル同好会

漫画研究会、史学部、コンピュータ研究会、史蹟研究会

写真部、お笑いサークルGUC、美術部

そして、不思議なのは、学生さん達はまったく赤の他人なのに、学習院のDNAがうずくためなのか、どこか応援したくなるのです。まぁ僕の母性が強すぎるからなのかもしれないけれど。

パフォーマンスは上述のギターアンサンブル同好会とお笑いサークル。ギターアンサンブルに在籍していた頃を振り返ってみたり、辞めることを決意し、周りに泣かれたり、色んなことを思い出して。そういえば何故だか音楽部(合唱部)の合宿にも参加したな〜、とか。

そもそもこの大学を選んだこと自体、何度も目白の街を歩き、この大学でいいのか、自問自答を繰り返して決めた愛着のある大学な訳です。この大学の門をくぐったことに今でも誇りに思うのです。

と、ダンスアプローズと競技ダンス研究会のステージを堪能。歌と踊りをかじっている僕としては、パフォーマンスというものについて考えさせられもしました。それは進行の仕方であったり、演出であったり、持って行き方、チームワーク、と際限のないありとあらゆる要素を越えたところにパフォーマンスの妙があるんだよな、と。そして、身体表現は特に生物(なまもの)であるが故の厳しさがあって。だからこそ、彼等彼女達には頑張って欲しいな〜、と感じたのでした。

すべてのスタンプラリーが揃って無事ゴールイン。そして、目白の飲食店巡りも充実していました。散々飲み歩いた目白の街も、ガラリと変わっていて、でも、また新しい発見があり。今回は一軒目でワインとおつまみを、二軒目では日本酒と飲兵衛にはたまらないおつまみやお刺身を堪能。

学習院に乾杯。目白に乾杯。そんな11月1日。素晴らしい一日でした。

sekai_prune at 23:15|PermalinkComments(0)人生ピクニック 

2025年10月25日

人生ピクニック 最高の土曜シリーズ開幕

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約一年ぶりに踊る。むしろ、二年半ぶりといったほうがいいかもしれない。2023年の5月のレッスンを最後にぷっつりと踊る気持ちがしなくなった。以来翌年正月にお店に挨拶しに行き数曲、その次は昨年11月に数人と、そして今回。

好奇心を常に持ちたい。残りの人生をどう過ごしていくか。穏やかながらもまだ恥のかける自分でありたい。そして。今の僕であれば、タンゴはチャレンジに値する。以前のように夢中になって踊るということよりも。生活の中でじんわりとどうタンゴと関わっていけるか、と探求したい。

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今日は女子美祭に出掛けた。以前、とあるフラメンコ教室に通っていた時に、駅に貼り出されたポスター「女子美祭」。その時の僕は電撃が走った。なんせ「女子」で「美」で「祭」である。こんなに美しくエネルギーを感じる響きはあるだろうか、と。

美大の文化祭なんて何年ぶりだろう。26年ぶり? 51歳になった僕が女子美祭に行く。これもまたチャレンジングである。

ファッションショーを観る。静観。整っていて美しい。どうしても歩き方やポージングについて目がいってしまう。歩き方を身に付けるうえでアルゼンチン・タンゴを是非体験してみて欲しい。

すべての教室に入って鑑賞できた。東京について時代について世代について考えさせられたりする。むしろ、教室や生徒達のノートからエネルギーを感じた。

そして! せかいゆるふわ会議。とってもチャレンジングなステージであった。勇気を貰えた。振り返ればライブ活動をし始めた頃って、勢いだったよな〜、その勢いこそが大切なんだよ!みたいな。

思いきって行ってよかった女子美祭であった。

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南阿佐ヶ谷から北へ向かって歩く阿佐ヶ谷ジャズストリート。MASUYOさんの角打ちでジャズ。ブルックリンのラガービールを飲みながら、和ブルースを鑑賞。その前に食べたカレーとあわせてお腹がたっぷたぷである。

最後は阿佐ヶ谷駅前の広場で「ホテルカリフォルニア」がスペイン語で歌われているではないか! しかもカラッとした歌声はまさにラテン。やまもときょうこ&小田智昭ラテンデュオという。歌からも言葉からもエネルギーを感じる。どこかで聞いたことのある声だ。あっ。冒頭で書いたフラメンコの先生の声そっくり。スペイン語にはカラッとした声、そして魂を持った人間だからこそ、よりエネルギーが増すようだ。MASUYOだ。あ、これ駄洒落。ね♪

それにしても。アルゼンチン・タンゴとフラメンコという踊りという繋がり。勢いで若き日を不器用に駆け抜けた僕と老いを緩やかに受け入れつつも、まだチャレンジングでありたいと感じている僕。興味、好奇心のベクトルの巡り、回帰、結びつき。

何が最高かは分からない。少なくとも、静かであろうが動き出そうが、自身の中のエネルギーの行方は光ある未来へ向かっていく。

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sekai_prune at 20:03|PermalinkComments(0)人生ピクニック 

2025年10月12日

バールに立ち寄る感覚で 誕生日編

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どこの店がいいとか、そういうんじゃないんだよな

その巡りそのものだったり、色んなものを受け入れつつの流れだったりする

料理一品一品、お店一軒一軒の点を評価するんではなく、線となり、立体となり、色がついていく

そのためには歩いて話して、もっと 人間味のある味に僕たちは歓喜するんだ

バールに立ち寄る感覚で
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