2026年04月12日
人生ピクニック 究極は、呼吸すること


花見酒は尊い。花鳥風月。その中でも桜を眺めながら日本酒を飲む、というのは極上である。
この1、2年で生活スタイルがだいぶ変わった。まず、夜の外出が減った。以前は週に2、3度は飲んだり、踊ったりしていたのに、今は月に1度あるかないかだ。夜、外出するならば、早く風呂に入って眠りたい、というのが本音であったし、そんな生活を過ごすことができているのは有り難い。
外出するのであれば、やはり日中に限る。体も心も元気な状態で行動するのがよいと感じる。そして、僕だけでなくて、関わる人たちも元気な方がいい。夜は何かと厄介だ。日中であれば、前向きなエネルギーの方が強いだろう。それは人間だけでなく、自然もそう。
さらに。飲食はお店の中よりも断然外がいい。できれば青空の下がいい。そして太陽の光を感じ取れるテラスや木陰なんかあったら最高だ。何故ならば、景色が見える。空の色、雲の形を見て取ることができるのがいい。さらに風がそよげば極上だ。鳥の声、虫の音もあったら、なおさらいい。
お酒は自分の好きな日本酒やワインを酒屋さんで選んで、公園や川沿いで飲むことができたら最高だ。つまみも買い足して。我が家から持参するのもよい。手間ひまかければ、極上気分は手に入れることができるもの。
その辺りまで来た。
そして。今年は。お酒がなくてもいい。その辺りまでいける気がする。現に今日は光と風だけで極上であった。
結局、二足歩行で歩いて、おしゃべりをする。それに尽きる。そうなると、お酒でなくて水でもよかったりする。もうちょっと行き着くと空気だけでよい。
究極は、呼吸すること。それが生きるということ。呼吸できていることに感謝。そんなところまで来ている。
2026年4月12日 5:42夕刻







人生ピクニック 極限まで満ち足りるためには

人生ピクニックがここにきて旺盛である。心と体。極限まで満ち足りるためには、どのくらいの匙加減で過ごせばよいか、常に模索している。時には行き過ぎてしまうこともある。思い通りにいかない時もあるだろう。
人生の出口戦略という意味合いでも、残りの人生をどう満喫していこうか。
例えば、歌。そして踊り。作詞作曲。酒、色、味覚、知覚、記憶、夢、日常のおもんばかり、挨拶、親切、思い遣り。その辺りまで来た。
なんのことはない。人はただ二足歩行で歩き、しゃべって、食べて、眠れば、それで幸せなのだ。そして、どのくらいまで健康寿命を伸ばしていけるか。それさえも、伸ばすために生きるのではなく、ただただ日々幸せに過ごし、結果として長く生きていけたら、本望なのだ。
2026年4月12日 5;24夕刻







2026年02月08日
私的随喜:雪景色の中で
つい先日、年末から正月にかけて、ゆっくりと過ごしていたかと思いきや、あっという間に節分も立春も過ぎた。2026年も晴れやかで穏やかな毎日を過ごしている。過ごすことができている。そして、今朝、カーテンを開けるとこんもりとした雪景色が静かに佇んでいた。
世界中、そして、日本中がどうなってしまったのか?と感じているのは、僕だけではないだろう。かといって、世界中が意気消沈している訳でもなく、むしろ、狂気乱舞しているように映る。
そんな時に、今日のような静かな雪景色が心を浄化させてくれるようにも思うのだ。
そして、自身の生きる方向性に沿ったうえで、人様の役立つことはできないか、ということだ。日常において、心掛けているものの、より主体的に能動的に積極的に自身の心身を健全に向かわせつつ、同時に人に役立つ存在として成り立つのならば、これ幸いである。
決して、押し付けでもなく、自慢や誇張でもない行為。歳をとるとどうしても主張したり、断言しがちだろう。そういう正しい・間違っているといった判断基準でもなく、善悪でもない、より心地好いはからいをさらっと提示する程度のことはできないものか。
多くの人達が何らかの問題を抱えている。でも、その問題を解決するのは当人にしかできないことが多い。解決するためには、価値や感覚から見直さなければならないし、そのために世話を焼いても結局のところ、当人はただただ問題を解決したいのではなくって、聞いてほしいだけだったりするのだ。話を聞いてほしいだけ。
そう。実は問題は抱えたままでもいい訳だ。人様に迷惑をかけなければ、それでよい。
相手を慮る(おもんばかる)。そういう関係性をこれから出会う人達と形成できたら、と感じている。ただただ「相手のために」とか「人のために」といったものではなく、世の中のために、社会のためにといった利他でありつつも、前提として相手を慮る心持ち。それを胸に抱いて、過ごしていく。その過ごし自体が、「相手のために」とか「人のために」なるような存在になれたらいいな、と思うのです。
2026年2月8日 昼下がり
世界中、そして、日本中がどうなってしまったのか?と感じているのは、僕だけではないだろう。かといって、世界中が意気消沈している訳でもなく、むしろ、狂気乱舞しているように映る。
そんな時に、今日のような静かな雪景色が心を浄化させてくれるようにも思うのだ。
そして、自身の生きる方向性に沿ったうえで、人様の役立つことはできないか、ということだ。日常において、心掛けているものの、より主体的に能動的に積極的に自身の心身を健全に向かわせつつ、同時に人に役立つ存在として成り立つのならば、これ幸いである。
決して、押し付けでもなく、自慢や誇張でもない行為。歳をとるとどうしても主張したり、断言しがちだろう。そういう正しい・間違っているといった判断基準でもなく、善悪でもない、より心地好いはからいをさらっと提示する程度のことはできないものか。
多くの人達が何らかの問題を抱えている。でも、その問題を解決するのは当人にしかできないことが多い。解決するためには、価値や感覚から見直さなければならないし、そのために世話を焼いても結局のところ、当人はただただ問題を解決したいのではなくって、聞いてほしいだけだったりするのだ。話を聞いてほしいだけ。
そう。実は問題は抱えたままでもいい訳だ。人様に迷惑をかけなければ、それでよい。
相手を慮る(おもんばかる)。そういう関係性をこれから出会う人達と形成できたら、と感じている。ただただ「相手のために」とか「人のために」といったものではなく、世の中のために、社会のためにといった利他でありつつも、前提として相手を慮る心持ち。それを胸に抱いて、過ごしていく。その過ごし自体が、「相手のために」とか「人のために」なるような存在になれたらいいな、と思うのです。
2026年2月8日 昼下がり
2025年12月26日
私的随喜 年の瀬2025
2009年にスペインとポルトガルへバックパックを背負って旅をした。人生はまだまだ感動する光景、事象が沢山あると実感した。同時にこれでもか、これでもか、というくらい疲弊、翻弄、迷い、、、そう、旅には付き物の障壁が沢山あった。ひとつでも欠けてしまったら? パズルはぐちゃぐちゃになり、すべてが台無しになる。そこを間一髪でかわす。というか単に幸運に恵まれて、巡り巡って感動へ行き着く。そういった旅であった。
今日はたった4、5時間ではあったけれど、目まぐるしい張りつめた緊張感に満ちたものであった。問題が突出し、そこにどう対応していくのか? 判断力だけでなく行動も求められ、スピード感、勇気、感謝の念、ユーモアさえも表れた映画のような時間を過ごした。
それにしても。ひとつでも掛け違えていたら、落ち込むどころか、どうなってしまっていたのだろう。そうならないために動けたこと自体に感謝している。これまで「運」について考え、意識してきた結果がここ数年間、特に2019年頃からだろうか。急激に如実に出てきた。不思議なくらい。そんな話を直接僕の口から聞いた人もいるかもしれない。そして実際にその場で偶然や喜びに一緒に遭遇した友もいるはずだ。運は磨けば磨く程、エネルギーが大きくなっていく。
今日の大きな出来事。これもやはり「運」なのではないか?と思うのだ。そして、ひとつひとつのパズルは偶然なようでいて、実は僕や僕の周囲が準備してきたからこそ成り立ったものなのではないか? 世の中さえも含めて。そうだろう、と結論づけたい。
「あの時ああしていれば」。そう。これまで準備してきたからこそ、「ああして」きたからこそ、今日という苦難を紙一重で問題解決できたのだ、と感じる。そして、無事に物事が済み、関係者に感謝されたり、見知らぬ人からも褒められつつも、僕からも彼らという存在がいてくれたからこそ、無事であった、だからこその感謝の念を何度も伝え、頭を下げた。最後には思わず「いやぁ〜、こんなだと来年はきっといいことありますよ、って思っちゃいましたよ〜。」と笑い合ってさよならする始末。
そんなことを思いながらも、あれこれと場面々々を反芻しながらも、家までの帰りの夜道、冷たい風が体に吹き付ける。そんな時にふと洩らす。「ひとりで生きていくって、こういうことなのかな。」
だからこそ。家族という存在。親族や友達。趣味や嗜好を通じた仲間達。地域の方々。同僚。挨拶を交わし合う方々。そして、今日のように急遽出会う多くの関係者全員に。いてくれて有難う。存在してくれていることに感謝して。
2025年は穏やかながらも最高に楽しい年だった。そして、2026年はもっともっと感謝し合い、喜び合える、時には助け合える一年に。声掛け合う一年に。生きていることに感謝して。
皆様。よいお年を。いつも関わってくれて有難う。
あおきまさと 2025年12月26日 夜記載
今日はたった4、5時間ではあったけれど、目まぐるしい張りつめた緊張感に満ちたものであった。問題が突出し、そこにどう対応していくのか? 判断力だけでなく行動も求められ、スピード感、勇気、感謝の念、ユーモアさえも表れた映画のような時間を過ごした。
それにしても。ひとつでも掛け違えていたら、落ち込むどころか、どうなってしまっていたのだろう。そうならないために動けたこと自体に感謝している。これまで「運」について考え、意識してきた結果がここ数年間、特に2019年頃からだろうか。急激に如実に出てきた。不思議なくらい。そんな話を直接僕の口から聞いた人もいるかもしれない。そして実際にその場で偶然や喜びに一緒に遭遇した友もいるはずだ。運は磨けば磨く程、エネルギーが大きくなっていく。
今日の大きな出来事。これもやはり「運」なのではないか?と思うのだ。そして、ひとつひとつのパズルは偶然なようでいて、実は僕や僕の周囲が準備してきたからこそ成り立ったものなのではないか? 世の中さえも含めて。そうだろう、と結論づけたい。
「あの時ああしていれば」。そう。これまで準備してきたからこそ、「ああして」きたからこそ、今日という苦難を紙一重で問題解決できたのだ、と感じる。そして、無事に物事が済み、関係者に感謝されたり、見知らぬ人からも褒められつつも、僕からも彼らという存在がいてくれたからこそ、無事であった、だからこその感謝の念を何度も伝え、頭を下げた。最後には思わず「いやぁ〜、こんなだと来年はきっといいことありますよ、って思っちゃいましたよ〜。」と笑い合ってさよならする始末。
そんなことを思いながらも、あれこれと場面々々を反芻しながらも、家までの帰りの夜道、冷たい風が体に吹き付ける。そんな時にふと洩らす。「ひとりで生きていくって、こういうことなのかな。」
だからこそ。家族という存在。親族や友達。趣味や嗜好を通じた仲間達。地域の方々。同僚。挨拶を交わし合う方々。そして、今日のように急遽出会う多くの関係者全員に。いてくれて有難う。存在してくれていることに感謝して。
2025年は穏やかながらも最高に楽しい年だった。そして、2026年はもっともっと感謝し合い、喜び合える、時には助け合える一年に。声掛け合う一年に。生きていることに感謝して。
皆様。よいお年を。いつも関わってくれて有難う。
あおきまさと 2025年12月26日 夜記載
2025年12月13日
人生ピクニック 忘年会

今年は素晴らしい一年であった。一年前だか二年前だか、、、数年前だか、、、同じようなことを言っていた覚えがあるが、人生というのは、それまで生きてきた道のりあってこその今だ、と実感する。つまり、蓄積されてきたものが今に如実に反映するのだ。


今年一年が最高な一年だったからといって、来年がさらに最高になるとは限らない。ただ、僕としては最善策を常に思案しながら、遊んでいる。懸命に遊んでいる訳であって、決して気紛れだけではない。計画と旬な気分を織り交ぜながら、花鳥風月という名の遊びのPLAN→DO→CHECK→ACTIONというサイクルを回し続けている。毎日毎日。


願わくば、「幸せを一緒に掴んでいく勇気のある人」と共に攻めていきたい。常に守りつつ。攻守ともに意識しながら、常勝していく気概が人生には必要である。勝ちとは僕の場合、幸せを意味する。幸せとは生きることそのものだ。生きていくために行動をともにできる人。2026年はどういうPLAYを味わうことになるだろうか。楽しみでならない。そのために日々、僕自身の生きる道にかなった僕という個体を磨いていきたい。
2025年12月13日 夜


2025年11月23日
人生ピクニック:モノリスコンサート、多摩産材フェア
晴れ渡る秋空の下、朝からお散歩する。この日は一年ぶりに元同僚と会う。プライベートで会うのは初めてだが、話は尽きず、線路と住宅と自然が同居した初めての街を通り過ぎる。
欲しいのは「この日常感なんだよな」と感じる。
平日のランチタイムにクラシックコンサート。その日常感もいい。チェロとコントラバスの生音を聴く自体贅沢だ。
一年に一回の多摩産材フェアも数えてみればもう8回目。うちにはエコバックが8枚もある。来週から会社で存分に利用しようと思う。景品で頂いたバランスゲームもオブジェとして可愛い。

こうやって、大きなイベントではなくても、ちょこっとした楽しみは街中に溢れている。いい時代に過ごしていると感じる。
そして、コンサートにしろ、多摩産材フェアにしろ、ばったりと同僚に会って声掛け合う。それもまた楽しい。笑顔であったり、ちょこっとした会話が生まれる。そんなコミュニケーションの具合もいい。
タンゴバーにしても学園祭にしても昨日のお散歩にしても先週のスペインフェス、先々週の荻窪音楽祭、その前の母校の学園祭、その前の芸大祭、、、いずれも一緒に居てくれる人がいる、というのは何と有難いことか。
一人で部屋に込もって作品を創るのが好きだ。一方で外に出て人と会うのが好きだ。距離感の心地好さを調整しながら。
さて、昨日の会話から出たアイディアとして。新春もしくは春先に新しい芽吹きの集いを呼び掛けたい。先週のスペインフェスの時と同様、自由集合、自由解散としたい。土曜の午前中からお昼過ぎまでの3時間、「やぁ〜、久しぶり〜」と集まって頂いて、好き勝手に好きなものを食べ飲み、おしゃべりして「またねー」としたい。広めに展開しつつも、「えっ? そんな場所で?!」となるだろうから、こじんまりと4〜6名程集まる感じで打ち解けたい。
2、30年前と違って、街のデザイン設計が機能性も美的センスも理想的な場所が多い。この時代に、この日本に生きていることに感謝しつつ、その有難味を日常に落とし込んで、人生を毎日を楽しめたら本望だ。
人生ピクニック あおきまさと
欲しいのは「この日常感なんだよな」と感じる。
平日のランチタイムにクラシックコンサート。その日常感もいい。チェロとコントラバスの生音を聴く自体贅沢だ。
一年に一回の多摩産材フェアも数えてみればもう8回目。うちにはエコバックが8枚もある。来週から会社で存分に利用しようと思う。景品で頂いたバランスゲームもオブジェとして可愛い。

こうやって、大きなイベントではなくても、ちょこっとした楽しみは街中に溢れている。いい時代に過ごしていると感じる。
そして、コンサートにしろ、多摩産材フェアにしろ、ばったりと同僚に会って声掛け合う。それもまた楽しい。笑顔であったり、ちょこっとした会話が生まれる。そんなコミュニケーションの具合もいい。
タンゴバーにしても学園祭にしても昨日のお散歩にしても先週のスペインフェス、先々週の荻窪音楽祭、その前の母校の学園祭、その前の芸大祭、、、いずれも一緒に居てくれる人がいる、というのは何と有難いことか。
一人で部屋に込もって作品を創るのが好きだ。一方で外に出て人と会うのが好きだ。距離感の心地好さを調整しながら。
さて、昨日の会話から出たアイディアとして。新春もしくは春先に新しい芽吹きの集いを呼び掛けたい。先週のスペインフェスの時と同様、自由集合、自由解散としたい。土曜の午前中からお昼過ぎまでの3時間、「やぁ〜、久しぶり〜」と集まって頂いて、好き勝手に好きなものを食べ飲み、おしゃべりして「またねー」としたい。広めに展開しつつも、「えっ? そんな場所で?!」となるだろうから、こじんまりと4〜6名程集まる感じで打ち解けたい。
2、30年前と違って、街のデザイン設計が機能性も美的センスも理想的な場所が多い。この時代に、この日本に生きていることに感謝しつつ、その有難味を日常に落とし込んで、人生を毎日を楽しめたら本望だ。
人生ピクニック あおきまさと
2025年11月20日
人生ピクニック 外語祭によせて

秋空晴れ渡る中、東京外語大学へ向かう。そう。十年以上前に青空の下で世界各国の料理を食べ飲みしてとても楽しかった記憶があって。しかも当時はまだ未経験だった「踊り」も野外ステージや各教室で行われている、ときたら、行かずにはいられなくなってしまった。
かねてより通じ合うところがありつつも、あまりプライベートではお会いしたことのない方との共通項が「踊り」と分かり、ご一緒することに。先に結論を述べてしまうと、踊りをやられている方とは居心地がよい、ということ。ストイックな面を持ちつつ、じわっと人生の奥底からの感性が発せられるからかもしれない。

ウルドゥー語とラオス語のスパイシーなお肉を食べ、BAR RAMSのホットワインを飲み、そしてほとんどを野外ステージで過ごす。
多彩!! ブラジル研究会、競技ダンス部、カタックダンス部、アルゼンチンタンゴサークル、チアリーディング部RAMS、フラチームKa Pili Oha、その後、TUFS Flamenco(Casa de Flamenco)、野外に戻ってクラシックバレエ部Etoile。
想像以上に元気を頂けたのが、チアリーディング部。元気、笑顔、エネルギー一杯で、一緒に働くならチアリーディング部出身がいい。どの会社の人事も採用したくなるのも頷ける。娘がいたら、チアリーディング部に入ってほしい。そして、お父さん嬉し泣きしたい。
さらに。クラシックバレエ部。踊りの基礎を踏まえつつ、さらに構成、音楽の使い方、魅せ方が独創的。
いや、ほんとに素晴らしい学園祭。普段食べられない料理を味わうことができて、さらに素敵な踊りも堪能できて、さらに若さに満ち溢れていて純度の高いエネルギーを頂けるのだから、これは毎年行こうと、よぼよぼのお爺さんになっても行こう!と感じたのでした。
有難う、東京外語大学。有難う、外語祭。
人生ピクニック あおきまさと

早速、家でフラメンコをかけ、締めにワイン。
人生を。僕にとってのアルゼンチン・タンゴとは?
人それぞれかと思う。
何故タンゴを踊り始めたのか、そして何故タンゴとの距離を置き始めたのか。答えは「幸せ」の感触だ。
目的も目標もなく、ただマリオン先生と組んだ時に「あ、これだ」という瞬間があったこと。そして、同じ夜にフリアン先生の発するセンテンスが、僕の道筋と一致していた、ということ。そんな記憶がある。
昨晩はこの2年半、年に一回とご無沙汰になっていたところ、珍しく一ヶ月ぶりに赴いた。そしたら、マエストロである「リバローラが来る」という。先月会えたなかったお久しぶりの方々とも言葉を交わすことができた。
空白期間が長いと、色んな記憶や感覚さえもが思い出せなくなる分、大切なものが見えてくる。
ここで素直に書けるのは、「あぁ〜、そうだったよな〜。タンゴをやりたい、というのではなくて、マリオン先生がプロデュースしたシンルンボというお店の佇まいがあり、フリアン・マジックが僕の中の『日常が旅』という感覚と合致したからなんだよな」という意外な結論である。
もうちょっと書くと、上手い下手でもなく、いい悪いでもない、正しいか間違っているかではない、ただ幸せかどうか、ということ。それは初めから分かっていたはずなのに、レッスンであったり、ミロンガを通して俗物的になってしまった自分がいたことを認めたい。
そう。僕は元々、世界ブルーという名のもとに独りだったのだ。そんな独りである僕が、マリオン先生との初のコンタクトから「幸せだ」という感触を得たのだ。そしてフリアン先生との感覚で、より「幸せ」が輝き出したのだ。
その「幸せ」とは世に言う幸せとは別次元のもの。切磋琢磨すること、どうにかしようと前進すること、思いやること、寛容であること、主張すること、、、協働作業なのかもしれないし、コミュニケーションという言葉が適切かもしれない。マリオン先生のお言葉を借りれば「語ろう」ということかもしれない。
もう随分前に。レッスン習いたての頃のバータイムで、マリオン先生、フリアン先生と三人で毎回飲み交わし、その時に生まれたテーマが『人生を踊る 人生を歌う 人生を語ろう』だ。ここに答えがあったのだ、と今更気付くのだ。「語ろう」
幸せはどんどん増幅するもの。まるでバンドネオンの空気圧が素敵な音色を奏でるように。そのためには体幹がしっかりして、適度な筋力も必要になってくる。でも筋肉だけでもいけない。贅肉が必要だったりもする。ドラマーと一緒だ。タイトだけでは味わいがなく、ルーズもあってこそ音に魅力が増すのだ。
幸せ街道を突っ走る。そういう意気込み。常にあらゆるシチュエーションでゾーンに入っている状態。そこにもやはりコミュニケーションというものは不可欠。
結局のところ。僕にとってのアルゼンチン・タンゴというものは、『人生を踊る 人生を歌う 人生を語ろう』ということなのだ。
あおきまさと
何故タンゴを踊り始めたのか、そして何故タンゴとの距離を置き始めたのか。答えは「幸せ」の感触だ。
目的も目標もなく、ただマリオン先生と組んだ時に「あ、これだ」という瞬間があったこと。そして、同じ夜にフリアン先生の発するセンテンスが、僕の道筋と一致していた、ということ。そんな記憶がある。
昨晩はこの2年半、年に一回とご無沙汰になっていたところ、珍しく一ヶ月ぶりに赴いた。そしたら、マエストロである「リバローラが来る」という。先月会えたなかったお久しぶりの方々とも言葉を交わすことができた。
空白期間が長いと、色んな記憶や感覚さえもが思い出せなくなる分、大切なものが見えてくる。
ここで素直に書けるのは、「あぁ〜、そうだったよな〜。タンゴをやりたい、というのではなくて、マリオン先生がプロデュースしたシンルンボというお店の佇まいがあり、フリアン・マジックが僕の中の『日常が旅』という感覚と合致したからなんだよな」という意外な結論である。
もうちょっと書くと、上手い下手でもなく、いい悪いでもない、正しいか間違っているかではない、ただ幸せかどうか、ということ。それは初めから分かっていたはずなのに、レッスンであったり、ミロンガを通して俗物的になってしまった自分がいたことを認めたい。
そう。僕は元々、世界ブルーという名のもとに独りだったのだ。そんな独りである僕が、マリオン先生との初のコンタクトから「幸せだ」という感触を得たのだ。そしてフリアン先生との感覚で、より「幸せ」が輝き出したのだ。
その「幸せ」とは世に言う幸せとは別次元のもの。切磋琢磨すること、どうにかしようと前進すること、思いやること、寛容であること、主張すること、、、協働作業なのかもしれないし、コミュニケーションという言葉が適切かもしれない。マリオン先生のお言葉を借りれば「語ろう」ということかもしれない。
もう随分前に。レッスン習いたての頃のバータイムで、マリオン先生、フリアン先生と三人で毎回飲み交わし、その時に生まれたテーマが『人生を踊る 人生を歌う 人生を語ろう』だ。ここに答えがあったのだ、と今更気付くのだ。「語ろう」
幸せはどんどん増幅するもの。まるでバンドネオンの空気圧が素敵な音色を奏でるように。そのためには体幹がしっかりして、適度な筋力も必要になってくる。でも筋肉だけでもいけない。贅肉が必要だったりもする。ドラマーと一緒だ。タイトだけでは味わいがなく、ルーズもあってこそ音に魅力が増すのだ。
幸せ街道を突っ走る。そういう意気込み。常にあらゆるシチュエーションでゾーンに入っている状態。そこにもやはりコミュニケーションというものは不可欠。
結局のところ。僕にとってのアルゼンチン・タンゴというものは、『人生を踊る 人生を歌う 人生を語ろう』ということなのだ。
あおきまさと
2025年11月15日
人生ピクニック FIESTA de ESPANAに添えて
FIESTA de ESPANA、行ってきました! 解放感に浸ってきました! 生ハム、チーズ、ビール、パエリアでお腹を満たし、フラメンコ。子供達の無邪気なセビジャーナスは微笑ましく、大学生の凛々しいフラメンコに見とれ、プロのカンタとバイレのアレンジの効いた踊りは深く掘り下げてゆく姿がかっこよかったのです。
これでまたひとつ、ふたつと何かを振り返り、何かを取り戻した、そんな祭でした。
今回は、「自由集合、自由解散、ドタキャン、ドタサン」オーケーという風通しのよい会社のプチ同窓会として皆様にお声がけしました。
25名程に声をかけたうち、8名(+同伴4名)がご参加予定だったところ、結果、私を入れて6名。ちょうどみんなで輪になっておしゃべりできる距離感でよかったんじゃないか、かつ、風通しよかったんじゃないか、と思いました。
解散した後は、場所を移動してイタリアンへ。そこでようやくワインに辿り着いて、、、なんと生ハム食べ放題。お昼に沢山生ハムを食べたうえに! 思いっきし生ハムデーでした!

このところ珍しく土曜の日中出歩いていますが。そろそろ冬眠=創作活動にこもる予感。
今手掛けている作品は、沖縄で生まれた楽曲群。25歳前後の歌声、41歳の頃の歌声、そこに51歳の僕の歌声を足そうかどうか、完成形だけでなく、生曲当時の録音音源も収録したいな、と思っています。明日はそのための録音に一日充てます。おやすみなさい。
これでまたひとつ、ふたつと何かを振り返り、何かを取り戻した、そんな祭でした。
今回は、「自由集合、自由解散、ドタキャン、ドタサン」オーケーという風通しのよい会社のプチ同窓会として皆様にお声がけしました。
25名程に声をかけたうち、8名(+同伴4名)がご参加予定だったところ、結果、私を入れて6名。ちょうどみんなで輪になっておしゃべりできる距離感でよかったんじゃないか、かつ、風通しよかったんじゃないか、と思いました。
解散した後は、場所を移動してイタリアンへ。そこでようやくワインに辿り着いて、、、なんと生ハム食べ放題。お昼に沢山生ハムを食べたうえに! 思いっきし生ハムデーでした!

このところ珍しく土曜の日中出歩いていますが。そろそろ冬眠=創作活動にこもる予感。
今手掛けている作品は、沖縄で生まれた楽曲群。25歳前後の歌声、41歳の頃の歌声、そこに51歳の僕の歌声を足そうかどうか、完成形だけでなく、生曲当時の録音音源も収録したいな、と思っています。明日はそのための録音に一日充てます。おやすみなさい。












