2025年03月08日
私的随喜:春、花鳥風月

先日、都内の庭園に出掛けました。
インバウンド観光客も日本人も穏やかな日和の下、ゆっくりと散策に耽ります。世界を見渡せば、争いごとが多い中、友と語らいながら色んな場面を体感できるというのは何とも幸せなことだろう、と感じたものです。
東京に移り住んでから、もう25年以上経ちます。それでも、まだまだ歩いたことのない道、眺めたことのない都内の景色が沢山ある、ということは財産かと思うのです。読んだことのない名作の数々が図書館に眠っている、ということだけでワクワクしませんか? 見知らぬものが多大にあるということは、とても幸せなことだと思うのです。
それは自身の中においても同様かもしれません。「こんな自分がいたのか」ですとか、「まだまだこんなことできるな!」と自身の中に発見を感じた時に起こるスパーク感。それもまた財産です。自身という個体がどう過ごすかによって、素敵な出会いは生じるでしょうし、新しい知見とも出会えます。そこで立ち止まるのではなく、進む。そのプロセスを愉しむ。そして、トピックやエレメント、イベントと出会う。イメージと出会えたりすることもあれば、フィーリングと出会えることもあります。それはメタではなく、リアルなのです。だからこその喜びであり、幸せ。
50歳からのテーマとして花鳥風月があります。この感覚は、もうかれこれ5年以上感じていたものではあるのです。風、月、鳥、、、そういった日常における美しきものを美しいと感じ得る個体で在るというのは嬉しいものです。嗚呼、これこそが人生だよな、と感じるのです。
そんなに華々しいものでもないですし、成功談でもない。また、誰もが羨むような生活をしている訳でもないでしょう。これはあくまでも僕自身が見つけた僕自身なりの幸せ。そして、そこに安住することなく、その幸せの種類を増やしていったり、膨らませたりする。どんどん歳をとっていくと、ついつい安寧に身を委ねたくなります。そこをもう一つ、二つ、と安寧を貫く。自分自身を改めていく。修正していく。刺激していく。動かしていく。そういう躍動感を。春、始まります。
あおきまさと
2025年3月8日 16:55
sekai_prune at 17:42│Comments(0)│私的随喜