ぶどうヶ丘で会いましょう

2018年07月01日

ぶどうヶ丘で会いましょう bar485

20180629_212443
20180629_202922
20180629_213352
20180629_193009
20180629_225445
梅雨も明け、生活をスタートするには幸先のよい日和が続いている。太陽の強い陽射し。照らされているからには敢えて受けたくなる。夏を感じるコツだ。じんわりと肌に焼き付ける感覚がいい。皮膚は覚えている。夏という季節を。そうやって「心地好い」感覚や風景を増幅させてゆく。

僕の心の拠り所、「ぶどうヶ丘」へ。東京というフィールド。この時代というフィールドにプレイヤーとしてしっかりと立っている店主。そして、その姿に触れることで励みとし、僕自身も人生というフィールドにおいてプレイヤーで在り続けたいと思う。実際に「思う」「感じる」だけではなく、行動する。動く。観戦して応援するのも楽しい。でも、もし僕自身がボールをキープしているならば。そして、ゴールが見えているならば。そのゴールへ向かって。ドリブルして、パスして、シュートまで持っていきたい。シュートはちゃんと枠に入れて。そういうプレーを心掛けたい。駆け抜けたい。

新しい生活を手に入れるには、自分自身がリスクを背負って変わらなければ。そして、これまでも今もこれからも粘り強く過ごしていかなければ。どんなライブ・ステージでもレコーディングもそうだけど、凌ぎを削ることの素晴らしさを。僕は知っている。

今まで永らく有難うございました。今後ともよろしくお願い申し上げます。
2018.7.1 13:37

【バールに立ち寄る感覚で】 あおきまさと

あおきまさとへの応援メッセージ:sekaiblue@hotmail.com
世界ブルー あおきまさとのホームページ:sekaiblue.com


p.s. 2018年8月中に「ぶどうヶ丘」にて【真夏の夜の白ワイン】を開催予定です。果たして貴方の脳裡に妖精は現れるのか?! BGMにアルゼンチン・タンゴをかけながら、食もお酒も会話もリズミカルにメロディアスに。ご期待ください。乾杯から終宴に至るまで白ワイン中心。そして勿論料理も白に合うプレートをとなります。予約・問い合わせ詳細など、事前にあおきまでご連絡ください。MAX8名様までとなっています。よろしくお願い申し上げます。

sekai_prune at 13:49|PermalinkComments(0)

2018年06月25日

ぶどうヶ丘で会いましょう(bar484)

20180622_213207_HDR
とても出会いたい光景に立ち会うことができました。フットボール・ゲームを観ていて思うのは、やはりチーム力。いくら個の力が強くても、組織としてどう挑むか、というところが大きいですよね。飲み会も同様です。それぞれがどう笑い、どう会話に入っていくか。切り込んでいくか。繋いでいくか。そういう試される飲み会が好きです。それを僕は飲み会ではなくパーティーと呼んでいます。

20180622_200727
20180622_201726
でも、ハードルを上げている訳ではないです。集まった方々が居心地よく過ごして貰うには? そこを考えます。かといって過保護になってしまっては小さくまとまってしまう(守りに入ってしまう)し、ハードルを高め過ぎると、居心地悪くなってしまうものです。

そういった意味で、今回は、バスの最終が19時台で終わってしまったり、待ち合わせがうまく噛み合わなくタクシーに乗ってみたり、先に着いた方々がいて30分も待たせてしまったり、最後まで誰が参加するか分からなかったり、、、そういったところも含めて楽しめて、さらに、「仲好し組」でもなく、同じチームの人達でもなく、日頃挨拶をすることもない遠い対角線上にある同僚同士(既に退職した方も含む)が、打ち解け合い、輪が形成されてゆく様が素敵でした。

20180622_205010
20180622_213959
20180622_214735
結局僕は夜中までいて。。。お店を出たのは三時半過ぎだったでしょうか??? 覚えていません。うちまで歩いて帰る間にいつの間にか空は明るんで。これは驚いたのですが、人生初のことをしていました。それは「立ったまま寝てる」です。タダーサナ!!! そんなことを何回も繰り返し、、、うちに着いたのは朝の六時。二時間以上も歩いていたことに。。。


と、今回、結構真面目に書きたかったのですが、、、もうおねむなので、簡易にレポートに留めておきます。それでは、また〜。

バールに立ち寄る感覚で あおきまさと




**************************
「ぶどうヶ丘で会いましょう」を開催させて頂きました。最後まで誰が来るか分からない、かつ、辺鄙な場所にあるからこその番狂わせ?な展開も含めて楽しませて頂きました。
普段喋ったことのない皆様が打ち解け合い、輪ができてゆく。そして、よろこんで帰って頂く。その光景を目にするのが嬉しい。

sekai_prune at 00:14|PermalinkComments(0)

2018年05月27日

ぶどうヶ丘で会いましょう bar476

82bb8d1c.jpg

「今日という日を幸せと呼ぶ」
そう感じる日々が続いている。
その瞬間その瞬間、その木漏れ日その木漏れ日。

e64d8b6e.jpg

太陽があって風がある。頬が受ける風が心地好い。

67858cb6.jpg

もしかしたら、僕はとっても幸せ者かもしれない。本人がそれに気付いていないだけかもしれない。

ef025613.jpg

みんなで輪になって。アルマンド氏のバンドネオンを間近で聴いて。その音は人柄。

6c89ff89.jpg


歩くこと。歌うこと。食べて。踊って。呼吸して。

そんな金曜の夜から土曜、日曜。明日からもそんな瞬間を味わっていく。

2018.5.27 22:22

sekai_prune at 22:22|PermalinkComments(0)

2018年05月20日

ぶどうヶ丘で会いましょう(松の木) 番外編@Paris bar475

「ただ美味しい店に行く、というのではないんです。

僕が見たい風景がそこにあるかどうか、ということです。」

2018.5.20 8:53

2a50b2e7.jpg

a4dd2c35.jpg

938ee904.jpg

7739181f.jpg

1e62aa6c.jpg

「面白半分でやってるわけじゃないんで、人生は」2018.5.15 21:07

0f91c18c.jpg

dc9ada7f.jpg

c3abffa8.jpg

d0a4a74a.jpg

5d7911f2.jpg

「生きるか死ぬかのところだと思うんですけどね」2018.5.19 19:57

f8a704ff.jpg

f3f11cd3.jpg

8f91864e.jpg

065fe116.jpg

05d520ff.jpg

学生時代からの飲み友達Y。頻繁にライブ活動していた頃の相方ドラマーの彼女Mさん。10年程前の会社の同僚であり、その後パリで再会を果たしたFさん。宴の後ボーリング大会へ向かうソムリエ女子Oさん。ワイン好きが集まり最初から最後までワインで通します。

風景を見たい、というのは、味覚からだけではありません。店内に感じる陽光。それは太陽の傾き。会話。その内容だけではなくて方向性や距離感、温度感。間合い。

20090615_008
20090615_010
20090615_015

Fさんとパリにて。ガレット屋さんに入りました。シードルを飲みながら。


20090814_094
20090814_095
20090814_100

その二ヶ月後。再びパリ。セーヌ河で喉を潤して。僕も大分旅人っぽくなっていました。


20090814_104
20090814_105
20090814_107
20090814_108
20090814_109
20090814_110
20090814_111

Fさんからご馳走して頂きました。パリの重厚感が漂う、とある素敵なお店。

僕が感じ続けてきた風景「世界ブルー」が、より生き様と絡み合った素敵な二か月間の旅(2009年)。この時の感覚が『知らない街 知らない道』です。そして震災前後(2010〜2011年)には『バールに立ち寄る感覚で』という感覚が芽生えます。それは『日常が旅』というものです。学生時代、パリにて『世界ブルー』(1997年)が出て来ました。それまでのSomething Importantが『世界ブルー』という言葉を得たことで僕の生き方を決定づけたようです。それは今なお続いています。その頃は『旅は人生の縮図』(1997年)でした。が、イベリア半島二か月間の旅から感じ得た『知らない街 知らない道』が『バールに立ち寄る感覚で』に繋がって『日常が旅』(2011、2012年〜)という実生活をもたらします。

阿佐ヶ谷にあった頃の「ぶどうヶ丘」というお店は僕にとって『バールに立ち寄る感覚で』そのものでありました。会社帰りにふらっと気分で立ち寄ることのできる有難いお店。そして店内に入ると癒しがあり、感動があったのです。

松の木に移ってからは、まさに旅のようです。知らない歩いたこともない道をくぐり抜けてお店に辿り着く様は、まさに『知らない街 知らない道』そのものであります。そして、これが僕にとっての『日常が旅』なのです。

「ぶどうヶ丘」は「世界ブルー」にとって、なくてはならない存在なのです。2018.5.20 9:33

松の木ぶどうヶ丘 http://budougaoka.com/

世界ブルー あおきまさと http://sekaiblue.com

sekai_prune at 09:34|PermalinkComments(0)

2018年05月13日

第四百七十四話:ぶどうヶ丘で会いましょう

0d0bd43a.jpg

5cddc656.jpg

ce99af8f.jpg

陽気な気候の下、僕達は歩いた。
例えば、歩くということは、人生を歩む、ということである。
誰しもが将来に対しては漠然と不安を抱えている。と、同時に希望に満ちていたりもする。僕もそんな一人だ。

dff24885.jpg

1ed8452c.jpg

お店にはアルゼンチン・タンゴが流れる。好きな音楽を持参してお店でかけて。外の陽光が店内にも感じられる。乾杯のスパークリング・ワインからして贅沢だ。白ワイン。すっと入ってくる。すっと入ってくるものはいい。それが自然だから。

3de50df3.jpg

e1497aa4.jpg

味覚の喜びは束の間である。それはタンゴにおける一瞬一瞬に似ている。それでいてどこか遠くの記憶にそっと置いておくことができる。

cff42fcd.jpg

21b11341.jpg

いつも旅は一人。日常が旅。その巡りを。共感。享受。

歩けば風景は変わってゆく。だから常に動いて。止まらずに。

7b54de28.jpg

520bd409.jpg

道なき道。歩くということ。生きているということ。

1777c9b2.jpg

人生。出会う方々との素敵な時間。

2b4e4ffc.jpg

いつか。また。
ぶどうヶ丘で会いましょう。
2018.5.13 8:07 - 8:52

松の木 ぶどうヶ丘のホームページ

sekai_prune at 08:53|PermalinkComments(0)

2018年04月28日

ぶどうヶ丘で会いましょう(松の木) bar470

8d4cf3c8.jpg


「日常が旅」とはまさにこのことでした。歩いたことのない道を歩く。それはとってもワクワクもしますし、でも、どこか不安です。

高円寺から運よくバスに飛び乗って、、、でも、いつもとは違うバスで、降り立ったのは、善福寺川緑地から一つ吉祥寺方面の停留所。五日市街道を歩いて。そこから善福寺川に入ってゆく。どこか甘くどこか鼻に着く匂いがする。「これは? 柏餅の葉の香りか?」「よもぎかな」などなど。仄かな香りでしか嗅いだことないはずなのに、鼻から脳へスーっと刺激的でもある。とっても静かである。ジョギングやサイクリングの人が絶えた時の静けさといったら。自然の香りに包まれて、怖くなる。

川沿いから抜け出すように住宅地へ。まったく見たこともない光景だ。階段を上って。遠くの子供たちの声に安堵。歩くとそこは裕福なおうちが並んでいる。整然。昔からあったような。でも新しい。安心しきった住宅街からはその家その家の家族が集まる光が。眩しい。

そして、お鍋料理の匂い。どのうちからも夕飯の香りがする。香りか〜。匂い、香りで泣いてしまいそう、僕。不思議。

d992290e.jpg

財布の中は2,300円程しか見当たらなかった。そんなことを店主に正直に話して。そういえば。以前もこんなことあったな〜。あの時は確か千円も持ち合わせていなかったから、「一杯だけでもいいですか?」だなんて。

予算に合わせるように、さらに、視覚も味覚も楽しませてくれる店主の心遣い。毎回、驚きを与えてくれる。そう。インスピレーション。ぶどうヶ丘はいつも僕に「旅」をさせてくれる。スペインやポルトガルの郊外の町を歩く。行き当たりばったりのお店に入って何か適当に注文する。すると、必ず驚きがある。新しい発見がある。ぶどうヶ丘はそんなお店だ。そして、この新鮮さはまだ他のお店では得たことのない感覚なのです。

048bc82c.jpg

春の陽気に誘われて。つい。五感を踊らせたい。できたら、語らう相手が欲しい。生きる本質みたいなもの。そこで会話したい。そんな想い。

c9a62f9a.jpg


どなたか。味覚も。胃袋も。堪能してみたい方。いらっしゃったら。ご一緒しましょう。

バールに立ち寄る感覚で あおきまさと
連絡先:sekaiblue@hotmail.com

sekai_prune at 14:51|PermalinkComments(0)

2018年03月24日

都内某所(bar466) ぶどうヶ丘(松の木)、シンルンボ(四谷)

5d861488.jpg

旅をしてると「どうして俺、こんなことやってるんだろう」って思うじゃないですか。ぶどうが丘へ向かうのはそんな気分に浸れるのがいいですね。18:36


惑い、迷い、耐えて
歩き続ける
それが旅の醍醐味

人生もそうだろ?
18:55



僕は思うんだけど
食の神はいる
19:48

20c39504.jpg

「タンゴで会話できる?」
「タンゴは国際共通語なのよ。」
彼女と踊った後の、彼女の上気に満ちた笑顔、そして洩れた「pleasant!」という言葉を宝物のように感じる。「私達。よい踊りしたんじゃない?」

日本語に訳されたこれらの言葉そのものが。絵になる。2018.3.24 14:47

2a00d843.jpg

春である。浮き足立ちたい季節だ。Inspiracion。ということで。【ぶどうヶ丘で会いましょう】を開催したい。テーマは「創ること。共感して貰う喜び。」 ぶどうヶ丘店主の繰り出す味。そして、世界ブルーである僕のアルバム作品を背景にテーマについてとことん掘り下げていきます。さらにそこから「生きる」という人間本来の主題に行き着いた頃、解散とさせて頂きます。終電逃すこと必至。タクシー利用必至です(僕は家まで一時間徒歩で帰宅させて頂きます)。参加ご希望の方は覚悟の上、ご連絡ください。

【ぶどうヶ丘で会いましょう 2018年春】
日時:2018.3.30 Friday
場所:松の木 ぶどうヶ丘
(最寄り駅:新高円寺、永福町から徒歩20分前後)
会話:「創ること。共感して貰う喜び。」=>「生きる」
作品:アルバム『from here on』『繊細』、iTunesやGoogle Play等にて配信中の楽曲
予算:4,000〜6,000円(4,500円を想定しつつ、若干オーバーして5,000円を超えてしまっても大丈夫な方)
対象:世界ブルー本位の会話に快く入って来てくださる方、食べ物に好き嫌いのない方、ワインがお好きな方、集合写真など撮った場合にWeb上に顔出し大丈夫な方、タンゴ経験者(店内で踊る可能性もあります)。心置きなく美味しく食べ飲みしたいので喫煙者は不可とさせて頂きます。
備考:no music fee, no table charge, no-smoking
予約:人数によってはコース料理を予約しますので2018年3月25日の21:00までのご連絡ください。

お待ち申し上げております。


25cb2ecb.jpg

sekai_prune at 14:48|PermalinkComments(0)

2018年03月10日

世界ブルー meets ぶどうヶ丘(【第四百六十四話】)

7d2c6b93.jpg
何故、みんな旅をしないのか?
日常を旅しないのか?

20:03


9b9d53b1.jpg
最上級の自分への御褒美

21:03


0c763acd.jpg
素晴らしい孤独

21:13


4bb517b2.jpg
今週末、凄い曲、配信しちゃおっかな〜♪ 自由に行くよ! 21:17


fb889baf.jpg
DJ(BGM)も店主も僕も最高潮!21:21


b45c6029.jpg
ストーリーがないとね

21:21



ce718427.jpg
インスピレーションの宝庫

0:24



「ぶどうヶ丘で会いましょう」




sekai_prune at 09:04|PermalinkComments(0)

2017年11月18日

その2 ぶどうヶ丘で会いましょう bar447話

1d149629.jpg

22419800.jpg

8d39edf6.jpg

14e6b84c.jpg

照明を自由に設定してみたり。お気に入りのBGMまでみんなで持参して、さらには若き日の写真を持ち寄り見せ合う。

いつもの具沢山サラダに くるみと手製の バタークリームをパンに塗って口の中が香る。横文字の料理が並んで。自家製で打たれたパスタ。絶品は鱈の味がよく染み込んだポテトサラダ。ここまで来ると舌も胃袋もめくりめきます。

ダメ押しはポトフ。そこに里芋が入ってるところがまたにくいです。その後はゆっくりとチーズ。ホットワインもスパイスが上品に効いて美味しい。

今回は店主の配慮で、貸切パーティーにさせていただきました。また自由に騒がせていただいて、チェキで写真撮り合ったり。ちょこっと女性と踊ったり。

自由な都市、東京。それを演出するのは、その場にいるみんな。

ぶどうヶ丘。まだ出会って四年半。ますます喜ばせてくれる店主の存在に大感謝であり、今後も通い続けたいお店。

次回はこれを読んでくれている貴女と。ぶどうヶ丘を堪能したい。


sekai_prune at 12:21|PermalinkComments(0)

その1 ぶどうヶ丘で会いましょう bar447話

9cd082fb.jpg

dd946d82.jpg

638a3b09.jpg

b09556cc.jpg

c28ff303.jpg

僕にとってのオアシス、ぶどうヶ丘へ。

一品目のアミューズは柿。 アミューズとはこれからの時間を、会話をより豊かにするものだなぁ〜、と感じたものです。

たまたまこの日に集うことになったのですが、タイミングよくボジョレーヌーボー解禁日の翌日ということもあり、乾杯はやはりボジョレーヌーボーにさせていただきました。

二品目も手間が入っていて、 そういうところが 食べる者としては嬉しい限りです。「美味しさの中に不可思議さが加味されている」 これは料理だけではなく何にでも通じるのですが、例えば音楽、街歩きや旅、いやもっと展開すると人生そのものに通ずるんです。

そういった驚きや発見を、僕はぶどうヶ丘で堪能させていただくことで、人生の豊かさを、受け取って喜んでしまうのです。

続く


sekai_prune at 09:22|PermalinkComments(0)

2017年11月13日

ぶどうヶ丘で会いましょう

今、とても心地よい。というのも近々「ぶどうヶ丘」へ久しぶりに行くことが 決まったからだ。って、まだ店主には確定の連絡をしてないんだけど、僕はもう 一人でも何人になっても行こうと思っている。

正直、この10日間ほどちょっと落ち込んでいた部分もある。何て言うんだろう。抜けたというか、途方に暮れたというか、、、低いというか陰。

今度ぶどうヶ丘へ一緒に行く女性と帰りが一緒で、何かヒントを得たいなーと駅ビルに入ってエスカレーターが新鮮だ。見渡す。手がかりを掴みたかった。そしてたぶんアンテナがビンビン張っていたからなのかもしれないんだけど掴んだ。そして引き寄せる。もう今僕は天にも昇る勢いです。ただ酔ってるだけなんだけど。

めくるめいて巡る時間。これを読んで興味ある方はお声がけくださいね〜。酔


sekai_prune at 19:42|PermalinkComments(0)

2017年06月16日

【第四百二十話】HIDEMI SUGINO(銀座)、徒歩徒歩亭(四ツ谷)、ぶどうヶ丘(松の木)

20170606_132014
20170606_132027
20170606_132158
隣の芝生は青く見えたりするものだ。同じ人間なんだから喜びも悲しみも憎しみでさえも大体おんなじくらい持つものなのでは?とも思う。青く見えていた芝生は実はよ〜く見ると斑であったり茶色がかっていたりするものなのだ。

例えば青春。今時の中学生や高校生を見ていると、羨ましかったりする。眩し過ぎるのだ。では、僕が今タイムスリップして男子高校生になったとして、今の僕から見て「羨ましい」「眩し過ぎる」と感じるような若者になり得るだろうか? たぶん、そんなに変わらず地味〜に作詞作曲をやっている少年であるだろう。

40年以上生きて来た脳味噌で10代を過ごすと要領がいいかもしれないし、肝も大分据わっているだろう。でもね。であるならば、今の今、この42歳の僕がだよ、要領よく生きて覚悟持って生きていこう、って。そう簡単にいくか? そうでもないでしょ? 僕はこれまでもずっと、これからもずっと。そんな僕な訳です。

例えば、昼から映画を観て、美味しいケーキでも食べに行く。はたまたタンゴのライブを聴きに行く前に軽くワインでも引っ掛けに行く。そういう僕を「いいな〜」「羨ましいな〜」と思う人がいるかもしれない。でも、そこじゃないんだよ、と。そこは別に「いいな〜」ではないのだ。そこを共有したい訳ではない。

20170609_191040
例えば店主と話して、「あ〜、俺っち、甘い人間だよな〜。気持ちを切り替えよう〜。」とか、特に何という訳でもない語らいの時間であったり、数人で話していて、ちょっとした眼差しや気の遣い合い。そういうところが実は青い芝生なのだ。

なんでもそうなんだよね。美味しいケーキとかワインとか。そういうwhatではないのだ、求めているものって。howなのだ。howで愉しんでるからhowを一緒に共感したいのだ。how toじゃないよ、howだよ。

話は変わって。最近美味しいワインを飲んでいる。お店で飲んだらいくらかかるかは分からないのだけど、懇意にしている方を通して安価で買い求めている訳だ。その事実だけを見るとwhatだよね。「美味しいワインを安く買っている」という事実。でもそこは喜びでもなんでもないよね。むしろ「どうして美味しいワインを安く買えることができるのか?」というwhyがあって、その理由を辿るとhowになる。そしてそのhowこそが伝えたいものなのだ、と。

How are you? ご機嫌いかがかい? そんな「いかが」を大切にしたい。I'm fineってね。fineであることの尊さよ。2017.6.16 0:00

sekai_prune at 00:00|PermalinkComments(0)

2017年05月28日

ぶどうヶ丘で会いましょう(bar:416)

(((前置き)))
結局、腰や下腹部の痛みは年々軽減されつつも、なくならないことは分かっているものの。時たま痛みが増すこともあり、思い切って整形外科へ向かう。レントゲンをとって貰う。先生の解説をふむふむと聞く。ゴーサインを頂く。かねてからNamaste Yogaでも話を伺っていた通り、先生のおっしゃることには不思議と信憑性があって、よし!やるか!と気持ちの土台ができる。同じ結論、言葉でも、やはりその人から出た言葉なのだよな〜と思ったりする。

理想の生活、っていうのが頭の中にはあって、それを実施できていない自分がいるので、気持ちを切り替えたい。単に早寝早起きして朝はもっとたっぷりヨガをして姿勢を正しよく歩く、というだけのことなのですが。。。まずは早寝から。これがなかなか。いやいやこれから。

そんな松浦整形外科はなんと南阿佐ヶ谷から「ぶどうヶ丘」へ向かうその中間地点にあった。一か月半もご無沙汰していたし、お酒はもう飲み過ぎていて受け付けないのだけど、体を向かわせることにした。

(((当日の呼びかけ? 呟き?)))
20170526_183312
「今夜は急遽、〜ぶどうヶ丘で会いましょう〜 開催していま〜す♪ 杉並区松の木にて。キュイジーヌ ブルジョワーズにピンと来る方にはピッタリのお店です。」

松の木ぶどうヶ丘:お店の「ホームページでーす。狭い店ですが、ここで美食と酔いをメインにして、踊って、それを撮影して、、、そんな東京を映したいでーす。」

20170526_194619
「赤ワインカラフェ1200円。サラダメリメロ680円。お魚のソテ800円。

都内ならばこの味だと順にカラフェ1800〜2500円、サラダ1200〜1500円、お魚1800〜2500円、ですかね。」

20170526_205232
「いつもは初めに注文するポテトサラダを締めに。300円代。今夜はこれにてお別れです。お休みなさい。」

(((蘊蓄)))
現状がどう、ということよりも、その人が、、、言い換えれば僕が何を抱えて生きているか、ということなんだよな〜と感じる。どんな状況であれ細胞は刻々と変化している。呼吸も絶えずしている。気持ちだって変化するのは当然。ただ命があって体があって。そんな自分がどう過ごすもどう考えるも勝手、自由。どうせならば、、、その後に続く言葉が覚悟となって、その覚悟を持つか持たないかなんじゃないのかな〜と。

一方で。上述はあくまでもアイデンティティーの問題。コミュニケーションに覚悟を求めてはいけない。自分の中で収めて。体内にうずめくエネルギーが自然と周囲にも心地好く広まるのであればそれはそのままに。

逆にコミュニケーションを通じてこちら側に入ってきてしまう異物も多々あって。それも無理に付き合ったり受け止める必要はなくて。お互いがYes / Noを明確に持っているとして、あとはその意志表示の仕方なんだよな〜と感じる。


(((もっと蘊蓄)))
生きるか死ぬかのところで、ってことなんだけど。そういうものは相手に求めちゃいけなくて。でも例えば「歌ってください」と求められたとしたら、生死を賭けなければならないでしょ? でもそこまでは求められていない訳で。逆に覚悟を外した形で歌うことになって。つまり、魂を入れるか、外すか、という有るか・無いかって明確にしてから歌うんです。

真剣になると重くなったり空気が別のものになってコミュニケーションの場にふさわしくないし(例:ピアノ弾き語り【からっぽ巡り】)。呼応してくれる方とそうでない方がはっきりと分かれて。形容できない感覚を持って頂いた後に一緒にわいわいお酒を飲める雰囲気ではなくなって。マル・バツがはっきりと分かれるステージ。それが良いとおっしゃって下さる方は多いけどコミュニケーションの場としてはどうなのかな〜、と。

一方で、魂を入れないでステージに立っても結局は瞬時に入れてしまうことになって、そこでおのずと真価が出てきてしまうし(例:完全即興【妄想壁画】)。大爆笑や失笑の上に大いに盛り上がったとしても、これもマル・バツがはっきり分かれて。ステージは盛り上がってもステージを下りた僕にとってはピエロになれた時は最高!なんだけど。でも素に戻ってしまうととってもみすぼらしい気持ちになって僕自身がお酒を楽しく飲める感覚ではなくて焦燥感を持ったまま早く家路に付きたくなる。

その間で歌うと。居合わせた聴き手の方々にとっても場にとってもよいのだろうけど。それは自分自身ではない別者の歌なんだよね。もぬけの殻。割り切る術も持ち合わせてきたけど、それはそれで楽しいし。基本的に歌にはエネルギーがたっぷり詰まっているから。ただ、そもそも「何のために歌ってるんだっけ?」って立ち返ると。。。


(((最後に)))
そのお店の、その人の味を知るためには? やはりディープに関わってみた方がいいのではないか?と。ランチよりもディナー。シングルよりもアルバム。ショートステージよりもフルステージよりも自主企画イベント。一過性のライブもいいけど積み重ねて仕上がったレコーディング作品。グループレッスンだけよりもその後のミロンガにおけるお酒や会話も含めて。

そして。僕にとってのお店の真価って。素材でもなく味でもなく肩書でもなく立地でも雰囲気でもない。それらを超えたすべてなんです。2017.5.28 11:08

sekai_prune at 11:10|PermalinkComments(0)

2017年04月20日

ぶどうヶ丘で会いましょう(バール【第四百五話】)

20170416_135548
20170416_135952
20170416_150034
20170416_161801
20170416_170544
20170416_170554

ひさびさにぶどうヶ丘へ行く。もうかれこれ一か月半ぶりとなる。僕にとっての勤務生活五年間のうちの三年半はぶどうヶ丘に頼っていたといっても過言ではない。ぶどうヶ丘、もしくは店主から繰り出される面白み、それは試行錯誤の賜物なのかもしれないが、その創意工夫が、僕にとっての旅先で眺めた風景やメロディー活動と重なるところがあって、面白みとして味わうことが喜びであった。

また一方で。担々麺慶からも同様の心持ちを持たざるを得ないのが、「じゃあ、俺はどうするの?」ということ。そこを突き詰められてしまうのだった。ただ楽しくお酒を飲む。美味しく会食する。それが俺の生き方なの? んな訳ないでしょ? と自分のこだわりやもがきの積もり積もった情念が、幸せに過ごす僕を駆り立てるのであった。

それは僕にとっては「Smile」というまだ誰にも聴いて頂いたこともない、世界ブルーの代表曲の歌詞におおいに反映されている。つまり、そういうことだ。「じゃあ、君はどうなの?」「いや、僕は逃げてなんかいないよ。」と。それが僕の答えであり、僕は現に今逃げていない。

世の中からしてみれば「君は何をやっているんだい?」と問われるかもしれない僕の生き方は、確かに変わっていて現実味がない。それを重々承知の上で、僕は逃げたくはない。真摯に自身と向き合う。それが世の役に立っているか?というとそうでないところが痛々しい。ただ、この生き方がいつか人のためになるように、それはかなり自分よがりのメロディー生活ではあるものの、ライブで、録音物で、もしくは活動とはいえないまでも僕からの何らかの発信や伝達で、「そうか。そういうのもいいんだよね。そういうの、いい、うん。」なんて感じて貰えるように。懸命に過ごすことを心掛けている。2017.4.19 21:17

sekai_prune at 18:30|PermalinkComments(0)

2017年03月05日

ぶどうヶ丘で会いましょう【第三百九十四話】

20170227_184946
20170227_185740
20170227_190306
20170227_191324
20170227_192501
20170227_204344

饗宴が始まる。とっておきの場所。ぶどうヶ丘。僕のとっておきは僕の日常さ。

ソムリエの資格のある二人と僕、という組み合わせ。贅沢。よく思うのは、みんな素晴らしい素質や才能、経歴、実績を持っている中で、いつも僕だけそこでチョコンと座ってにこにこしている、ということだ。いいんだろうか。勿論僕には僕なりの自信と持論があるのだけど、知識も情報も持ち合わせていない。感性といってみたところで、その感性が会話の中で花開くか?というとそうでもない。むしろ、口下手であったり、言葉多くなってエゴになってみたりする。いいんだろうか?

fho160 sensai160

僕が世の中に出した作品はこの二枚だけなんだな。僕は常に頭の中にイメージ、そして青写真があるから自信があるんだけど、この二枚やライブステージで語られては困る。でも、そこで語って貰ってもいいのだ。というのも、エッセンスっていうのはそういうもんでしょ? 一曲聴いて気に入ってくれたなら。僕の一万曲、というと大袈裟だけど、せいぜい三千曲を気に入ってくれるだろう。すべてでないにしても。

一曲がすべてではないにしても、一曲がすべてに通じているのは確かだ。すべてを聴いて貰って頷いてくれるのが一番嬉しいんだけど、僕はまだアルバムを二枚しか出せてないのだ。でも、ゼロではないし、イチではなくて、ニなのだ。それはサンにもヨンにも繋がるということ。誰もいないのではなく、独りではなくて、あなたと二人。そこで世界が広がる。そういうことを言いたい。ここで。2017.3.4 20:10

sekai_prune at 17:00|PermalinkComments(0)

2017年02月22日

【第三百八十九話】ぶどうヶ丘で会いましょう

20170205_151332
松の木にぶどうヶ丘というお店がある。
美味しいお店は他にもあるのだろうし、雰囲気のよいお店も東京には数知れずあるのだろうけれど、僕にとってこのぶどうヶ丘というお店は生活の中でなくてはならないお店である。でも、それは何故だろう。

20170205_140239
このところ「一日いちエッセンス」という言葉が好きである。毎日ひとつだけでもエッセンスを感じる瞬間に出会う、というものだ。大概がお酒で逃げてしまうのであるが、、、でも、それも実は逃げではないということは酒飲みの言い訳であろうか。

20170205_145550
読書はいい。一つの本から幾つものエッセンスを感じ取ることができる。年末年始に秩父へ行き、そこで叔父が本を処分するというので、欲しい本を50冊程譲り受けた。うちの父もそうだが叔父も読書家であり、歴史からマネジメント、人生訓といった各書揃っていて、しかも最後まで?保管されていた本である訳で、なかなか読み応えのあるものばかりである。中には著者の人生そのものや著者が追う人物の人生そのものが反映されたものもあって、小さな生き物である僕としては有難い限りである。

20170205_164657
僕にとってはメロディーを追求する、というスタンス。それ以外は逃げだと感じてきたのだけど、特にこの数年間感じることには、すべてが繋がっていて、お酒も読書もメロディーに還元されるし、その逆も然りで、あぁ、逃げとか負けとかではなくって、ただただ繋がっているんだな、と感じる訳だ。

20170205_135346
さて、ぶどうヶ丘。このお店に行く、というだけでワクワクするし、店内でも帰り道も満たされるのは、このお店に店主のエッセンスが詰み込まれているからだろう。それは工夫であるかもしれないし、試行錯誤かもしれない。あるいはこれまで培って来た技術であり、料理そのものの奥深さかもしれない。

fho160 sensai160
「一日いちエッセンス」を心掛けていると、それがライブ・ステージも自然と反映されるようになってくる。そもそもライブ・ステージを何故持つのか? 喜び満ち溢れた日常の生活があるのに、何故ステージをわざわざ持つ必要があるのか? せっかく時間や労力をステージに費やすのであれば、やはり僕としても自分なりのエッセンスをステージに込める訳だ。そんなところも感じて欲しいし、期待して観に来て欲しい。僕にとっての世界ブルーはアルバム作品が教典であり、ライブ・ステージは伝導である。教えという程のものではないけれど、ないものから在るものを創るエネルギーを費やした自分なりのエッセンスなのである。

読者の皆さんも、「一日いちエッセンス」。推奨したい。そして、エッセンスを享受し合う関係性を築いていけたら幸いである。2017.2.22 6:36

sekai_prune at 06:37|PermalinkComments(0)

2016年12月21日

ぶどうヶ丘で会いましょう(第三百七十八話)

2016年12月9日。松の木ぶどうヶ丘にて。

20161209_194335
ぶどうヶ丘にいます。やはり楽しい。この喜びは替えがたい。ますばサラダメリメロ。

昨晩は嬉しいことに珍しくCDをご購入頂きました。創り手冥利。気持ちが届いたのか。受け手が心優しいからか。どちらにせよ満たされる思いですよ。

fho160 sensai160

20161209_201648
ぶどうヶ丘のピッツァ。200円。この粋。わかる人と共有したい。

20161209_205205
さて。年末年始にぶどうヶ丘で望年会、新年会をやることにしました。お得感バリバリです。ホストはあおきが努めます。シェフの腕と粋を感じて欲しいです。

20161209_215303
松の木ぶどうヶ丘はこの世界的な大都市東京において最短で最寄駅から徒歩20分という場所にある。ハイヒールを履いた女子であれば30分はかかるかもしれない。そんな場所だ。先日、とある集いにてこのぶどうヶ丘でパーティーをやるのはどうか、と提案した。徒歩20分と伝えると「女子には親切じゃないねー。」というコメントであった。実は分かっていることは、結果的には都内のグルメ店へ連れていくよりもこのぶどうヶ丘へ連れていった方が、みんな喜ぶし、満足度が高いことは分かり切っている。それでも人というのは最初の印象、そのお店(異性でもいい)に対しての印象というのが大切だったりする。

20161209_220246
でも、考えてみて欲しい。人生というのは有限であるけれども、5分10分我慢して桃源郷を目指してみないかい?と。歓楽街でどのお店も満席で路頭に迷う20分と、桃源郷となるお店に迷いもなく余裕を持って20分歩くことを比べてみて欲しい。

勿論。僕が桃源郷と断言してしまうと、ハードルは上がってしまうのだが。それでも。都内2時間もしくは2時間半飲み放題で4,500円〜5,000円の満足度とこのぶどうヶ丘の手間のかかった味と、僕や貴方を含んだ輪や温もりを考えると、やはりどうしても僕はぶどうヶ丘を選びたくなる。考えてみて欲しい。2016.12.17 19:06

sekai_prune at 04:00|PermalinkComments(0)

2016年12月05日

ぶどうヶ丘で会いましょう(松の木)【第三百七十四話】

20161124_191057
僕にとっての食べ歩きの締めは、松の木にあるぶどうヶ丘。ここでいったんこの一か月半に及ぶ贅沢っぷりにピリオドを打ち、またストイックというと語弊はあるので、これからはエッセンスと呼ぼうか。生活をエッセンス重視にしたい。やはりメロディー。そこに尽きる。

fho160 sensai160

20161124_192527
11月。東京で雪が降る。夜風が体を切るように冷たい。この晩は僕の隠れ家「ぶどうヶ丘」へ。以前阿佐ヶ谷にあった頃のぶどうヶ丘は駅から徒歩10分程で入りづらい隠れ家であった。そして今ある松の木はどの駅からも徒歩20分以上という、さらに隠れてしまった(笑) だからだろうか。僕としては有難いのだ。そして以前にも増してカジュアルなので、店主、お客さん、僕との距離感は「近い」というよりも「気を遣う必要がない」という気軽さがある。

20161124_191422
この晩は予約していたのでコース料理。まずはイワシのマリネ。これはたぶん今回参加の女子がいわし好きということを知っての店主の計らいだと推測する。「あおきさん、それはあおきさんがいい方に解釈してくれるだけですよ〜。」なんて店主ははにかみながら微笑むだろう。でも僕はそう解釈したい。

20161124_191648
例えばこのサラダ。写真では伝わらないけれど大皿でボリューミーかつ具材が嬉しい。これは普段であれば、サラダ・メリメロとして注文できるものだけれど、今回は大皿ということもあり、店主の粋もあり、具材が嬉しい(重複)。

と、ここで野暮に余談だが、、、これを書いている今、スマートフォンの会社からのメールでデータ通信の容量制限を超えてしまったようだ。。。一昨日のライブステージ動画をCloudに転送したのだが、Wi-Fiに繋がっていると思っていたら、、、。ゆうに12/2の時点で通信速度が落ちる状況に相成った。これは不便である。もしこれをお読みになった方はレスポンスが遅くなる点、理解されたい。

20161124_193142
そして面白いことを思いついた。交際費も制限するとよいな〜、と。冒頭のようにワンマンライブ以降、やれお祝いだ味覚の秋だという名目に食べ飲み歩きしていたらゆうに10万円ほど遣ってしまった。らしからぬ呆けっぷりであった。原点に戻って月々の交際費は1万円としよう。

ただ、担々麺慶とぶどうヶ丘は別である。ライブも活動費であり別である。今月はあと7,600円。来週赤坂で飲むので5,000円引いて2,600円。などとせこくありたい。そもそもお金は遣わずして人生は楽しめるのだから。

20161124_195133
もとい。ぶどうヶ丘である。何度行っても飽きない。いつも驚きや発見がある。こういうのも一つのリード&フォローなんじゃないか、と思う。

結論を言ってしまうのは簡単なこと。答えは簡単。でも「じゃあ、実際」となると難しいでしょ? それでも「気持ちいい」って感じるエッセンスを自身で感じ取ることができたら、それがあなたの美しさになるのです。

20161124_200958
ダメ押しの一品。とろとろの豚肩ロース。店主手作りのパンにソースと付けて。

20161124_202112
冒頭の白のすっきりと美しいまるでポルトガルのドウロ川の空気を思い出すボトル。一方赤は「味わいが美味しい」。

ワインを飲んでの感想はいつもよくわからないままに口に出してしまう。「後に残らない」だとか「明るいけど軽くない、しっかしている」だとか。「飲み終えたあとに膨らんでやさしい」とか「こう、まっすぐ縦に入って直角で曲がって喉ごしまでくる」とか。そういう素直な感想を店主は受け入れてくれる。こういう感想っていうのは多分、映画でも読書でもフラメンコステージでも誰もが感想を持て、それを口にすることができ、そこでまた「あなたはそう感じるのか」という新鮮な気持ちであったり、「その美味しさ、味わいを共有出来て嬉しい」という至福が来るのだろう。

20161124_203522
最後はチーズ。今回面白かったのはサーブされるプレートの順番。前半に炭水化物が来て、最後にチーズが来る辺り。一昨日の僕のライブ・ステージもそうなんだけど、同じ料理(曲)でもサーブされる(演奏する)順序によってまったく印象が変わるし、満足の具合もまた新鮮で楽しめるんだよね。

ぶどうヶ丘。存在することが嬉しいお店です。2016.12.2 13:10

sekai_prune at 18:00|PermalinkComments(0)

2016年10月28日

ぶどうヶ丘で会いましょう(第三百五十八話)

素晴らしいひととき。松の木ぶどうヶ丘。人生の味わい。集う方々の距離感、物腰。ワインの奥深さ。料理への姿勢。
20161017_221040_HDR
人生のお勉強会@ぶどうヶ丘(写真はWeb掲載用のものとして撮影)

20161017_191953
勝沼のマルサン葡萄酒で購入してきたもの。
20161017_192642
この晩はワインのインポーターさんも交えての会食。店主とのワイン談義に我々はただ頷くしかないのだ。ぶどうの品種が多い、ふむふむ。

20161017_192309
ワンマン・ライブ・イベント【世界はすべて青い空の下にある】を満足ゆく形で終演した世界ブルーあおきまさと氏。ここまで来ると自撮りはギャグである、ということは読者の皆さんはお気付きか? 今回はイベントにお越し頂いた女子のうち、今回の宴の主旨に合う方々を中心にお声掛けさせて頂いた。せ、世界ピンク。。Oh, Yes。

20161017_192413
20161017_193449
実は今回は僕にとっては誕生日祝いでもあり(自分が自分を祝う)、かつイベントの打ち上げという位置付けでもあった。勿論、ぶどうヶ丘の松の木における開店祝いという気持ちもある。

20161017_194413
20161017_200130
初対面同士も打ち解け合う素敵な物腰。あおきは初めからテンションが上がってしまった。思えば、ぶどうヶ丘に至るまでの道のりもまた素敵だったのだ。

20161017_200408
20161017_201716
アドリブ。それは音楽だけのものではない。サッカーだって料理だって。つまり人生だ。店主のアドリブ力に一同感嘆の声。

20161017_205411
20161017_205421
阿佐ヶ谷時代はフレンチ・ビストロであったが、松の木はカジュアル・フレンチである。それが故のよさを堪能して欲しい。カフェのつもりで入ると歓びが倍増するだろう。

20161017_205632
20161017_210509
この辺りから、お勉強会に深みが入ってくる。単に酔いが深くなってゆく。

20161017_213509
20161017_214426
20161017_214754
そして!!! 絶品のたらこスパゲッティ。また食べたい。だめ押しのお肉も登場。

20161017_223323_HDR
20161017_234323_HDR
結局、この晩は夜中の二時まで。ぶどうヶ丘は毎回のように僕を酔わせる。これをぶどうヶ丘マジックと呼ぼう。

人生のメリハリ感が好きである。日常を地道に過ごし。自分自身を開花させるイベントを催す。そして、祝う。その周期が周りの知人・友人とのコミュニケーションの循環ともなっている。そういうのっていいと思いませんか? また。ぶどうヶ丘で会いましょう。2016.10.22 15:44

sekai_prune at 18:00|PermalinkComments(0)

2016年10月27日

ぶどうヶ丘で会いましょう(第三百五十七話)

20161008_185640
そうか。もうカボチャが街中目に入る季節なのね。

ぶどうヶ丘。ライブ前。しかも自主企画イベントの前に来る。ぶどうヶ丘だからこそ自分を赦せる。さらには前回の自主企画にもお越し頂き、当日もお越し頂けるお客様ということもあり、僕としても身を委ねることもできようというものだ。

20161008_190742
いつも通り。ポテトサラダとサラダ・メリメロ。ここで一息着く。

20161008_195046
連れの方が、いわしが大好物ということが判明。そしてこの晩のぶどうヶ丘のメニューはいわしがオンパレード。そのはしゃぎようは素敵でした。

20161008_200643_HDR
世界ブルーのあおきまさと氏。

20161008_203157
ぶどうヶ丘の魅力は隠れ家のような。それでいてとってもオープンに人を連れていける、という利点にある。

20161008_212245
たぶん、男性が女性をデートに誘う際にこの店を選ぶということもないだろうし、安易な飲み会も開かれないだろう。味の分からない若者もよりノリのよい店に行くのが好い。となると。じゃあ、誰が来るんだ? となる。

20161008_220900
ぶどうヶ丘の感性を求めていく人。そして松の木に過ごし、味わいを求めたい人。そのどちらかだろう。だからこそいい。

20161008_225758
日に日に感性が幾重にもまとっていく姿。お店は単なるハードではなく、むしろソフトだ。店主のアイディアや試行錯誤がお店にひとつひとつ反映されてゆく。その動きがまた面白い。会話が弾む。

僕は世界ブルーという活動をしている。ぶどうヶ丘や担々麺慶程にもがいていない自身を見つめると、やはりどうしても今やらねば、と思うのだ。家事や仕事もいい。でも自身の本業である世界ブルーを積み重ねていかなければいけない。一つ一つ。試行錯誤したい。2016.10.22 15:23

sekai_prune at 18:00|PermalinkComments(0)

2016年09月18日

〜ぶどうヶ丘で会いましょう〜(第三百四十七話)

前話でぶどうヶ丘が復活したことを皆様にお知らせした。その気分の高揚感は何であろう。ワインというものが美味しく感じられるのは、味覚だけではないことを知る。気分。これは大切だ。活力。

今回、僕の中でなくてはならない松の木に存在するぶどうヶ丘に敬意を表して、〜ぶどうヶ丘で会いましょう〜を特別に枠を設けて、今後、掲載していきたい。かねてより、阿佐ヶ谷担々麺慶とぶどうヶ丘については、思い入れがあり、思案していた。巡りという意味では【バールに立ち寄る感覚で】だが、この二軒については、巡るだけではない、とどまる場でもあり、

担々麺慶(阿佐ヶ谷):〜タンタメラー〜
ぶどうヶ丘(松の木←阿佐ヶ谷):ぶどうヶ丘で会いましょう

としたい。そして、この二軒については過去の記事や画像も容易に眺めることができるようにしたい。

さらに、ぶどうヶ丘に至ってはその場所の特異性も踏まえて、リアルタイムに画像やツイートを公開していく。そこで感性や気運にはまったら、当日気軽にご連絡頂き、一緒にぶどうヶ丘で語り合う場としても活用したい。

リアルな語りを求めて。味覚だけではない感覚の共有。よろしくお願い申し上げます。2016.9.17 11:01

CsY3Z7zUsAAtOKF
今夜は「ぶどうヶ丘で会いましょう」開催です。夏から秋へ。味覚の秋へ。真骨頂へ向かう様を皆さんもご一緒しませんか? 僕と。おいおい(笑) 今夜は22時までおります。

CsZP26AVMAARqir
サラダ メリメロ。松の木ぶどうヶ丘にて。

CsZToRFUMAAaG_y
イエッス、ぶどうヶ丘。やはり、素晴らしい。

CsZX-fKVYAEwcP_
松の木。ぶどうヶ丘。この店がどう盛り上がっていくのか楽しみです。

CsZhc-3UEAAtRO2
定番のポテトサラダ。ブルーチーズがのっています。松の木ぶどうヶ丘。【ぶどうヶ丘で会いましょう】

CsZjRReVIAAY8bS
豚肉とキャベツの煮込み。松の木ぶどうヶ丘にて。

CsZlNLnUAAA6wVH
三時間半ちょっとの巡り。やはり、ぶどうヶ丘。日常が旅。あおきまさとがお送りしました。おやすみなさい。

CsZpR7SUEAAS16-
世の中さ。どこに何が隠されているか、分かったもんじゃないよ。

sekai_prune at 09:00|PermalinkComments(0)

2016年08月27日

【第三百四十六話←第何話?】ぶどうヶ丘(松の木)

33b3b621.jpg

bd5bd836.jpg

290f51c3.jpg

16a08001.jpg

速報です! 阿佐ヶ谷のぶどうヶ丘、松の木で発見!です。

続きはまた後で。嬉しくてなりません! まるで旅。自分の人生そのものから何か発し、呼応するものもあるのかもしれない。

作詞作曲を続けてきてよかったのは、メロディーから発するメッセージが人生と直結している点です。

続きはまた後で。2016.8.26 18:56


**********

気付いたらもう朝十時半である。こんなに遅く起きたのは何年ぶりだろう。土曜の朝。帰り道も旅であった。南阿佐ヶ谷へ向かうはずが南荻窪まで行ってしまって。結局、荻窪駅にようやく辿りつき、甘えてバスに乗ってしまった。

ぶどうヶ丘へ向かう道のりも旅であった。五日市街道はとってもそそられる風情だったし、そこから折れて松の木へ向かうバス通りは異様な雑多なもので、鄙びているような生活に活気があるような都会ならではのごちゃまぜ感もありつつも村の風情もどこかで感じる、そんな不思議なものだった。あとで店主に「ここまで来る道のりがまたよくて、さすがぶどうヶ丘だな〜って思いました」と告げると、「そんな風に考えるのは青木さんだからですよ。」といったようなことを言われてしまったが、

だが、どうだろう。ふと思ったのだけど、旅人であるあなたはきっとこのお店を探す感覚から始めて欲しい。僕が以前記した【第三百三十八話】を読んでみて欲しい。あなたはお店に何を求める? 歌に何を求める? 異性に何を? そういうところから見つめ直すきっかけになるかもしれない。僕はそういうあなたの感性の変化や気付き、うずめき、ときめき、喜び、を自分のメロディー活動を通して伝えたい。実際にライブにお越し頂く方や、歌った後に知らない方から「音楽というよりも、、、」と言われる所以は、それは理由があるのかもしれない。先日、大御所よっしーと飲んでいて「あおきは、実は、やりたいのは音楽じゃなくて、、、」と言われたがまさにそうで、音楽ではない別のものをメロディーを通してメッセージを託しているつもり。

と、話が逸れた。お店に入ると。また店主の思いが伝わって来る。ひしひしと。あぁ、これだよな、と。そして!なんと、立ち飲みできる! 素晴らしい。18:30に着いてから五時間立ち飲みしてしまった。最初にテイクアウトのお客さんと話したり、最後に初めてご来店の男性と話したりして、やっぱり巡りというのはあって、そこには緊張感もあって、時には滞ることもあれば、促したり促されたり、流れたり。もしかしたら、今後はときめきがあったり、発見があったりするかもしれない。それはぶどうヶ丘においてだけ、という訳でもないし、世界ブルーにおいてだけ、というのでもないのだろうけど。毎日がそう。毎日がときめきであり、ひらめきであったりする。そう過ごしているからこそ、自身のメロディーから発せられるものは何か別物として、つまり、僕自身から発せられる行為、それがやっぱり世界ブルーなのだな、と、ぶどうヶ丘に行くことで、担々麺慶に行くことで気付かされるのだ。

そういった感性の拠り所。世界ブルーが観ているもの。それをここぶどうヶ丘で。やります。2016.8.27 14:10

sekai_prune at 14:10|PermalinkComments(0)

2016年05月07日

【第三百三十六話】ぶどうヶ丘(阿佐ヶ谷)、パンとぶどう酒(下井草)

20160506_184207
20160506_185337

戻ってきた感じがしますねー。阿佐ヶ谷ぶどうヶ丘。2016/5/6夜

久々に阿佐ヶ谷ぶどうヶ丘へ。前回赴いた時はまだ寒かったな。あの時はどうしようかどうしようか、もがいていた。まぁ、いつももがいているんだけど、そのもがきっていうのは解決しないもがきで。つまり、土俵に上がっていないから。土俵に上がって初めてもがく価値がある。今、そこにいます。

20160506_203624
20160506_211320
活動。ついつい。世界ブルーにのめりこむと、他が見えなくなってしまいましてね。感動の粒とか喜びの粒、エッセンス、そういうのを歌ったり奏でたりしながら感じて、そうなると、エッセンス以外のものに興味が持てなくなってしまう、という社会性の欠如。まぁ、でも、そうなっていくよね〜。あるがままの姿って、毎回そこに落ち着く姿。

エッセンスはいろんなところに転がっている。僕もさらっと差し上げたいな〜。メロディーであったり、フレージングや歌い方に生き方のヒントや気付きを与えたいな〜、って。本気で思ってるんですよ。

手に取って頂くエッセンス:アルバムCD『from here on』、『繊細

生で感じて頂くエッセンス:5/12(木)駒込わいわいほーる

受け取って頂きやすいエッセンス:音楽配信「爪跡」

sekai_prune at 18:54|PermalinkComments(0)

2016年03月13日

【第三百十七話】ぶどうヶ丘(阿佐ヶ谷)

年度末対応の反動か? 風に吹かれて バル巡り

20160309_184531

おはようございます。あおきです。昨日は収納整理ようやく終わりました。それにしても一日の間でやることってたくさんありますね。昨日は料理ばっかりしていたので、今日は外に出たいな〜、と。でも、台所がとっ散らかっているんで、さくさくと流しを綺麗にして。

先週はお馴染みの阿佐ヶ谷ぶどうヶ丘へ。寒い夜にホットワインで一息付いて。そして!タラゴナのワインを飲んでトリッパに想いを馳せる僕がいました。

20160309_185327

タラゴナの遺跡の向こうには海、そして浮かぶ船。自身の視覚を疑いますよ。タラゴナで泊まったオスタルの一階はバルでした。スペインではよくある形態なんです。一階が飲食で二階が宿。宿泊客は朝起きてのんびりと下に降りて。店員(大体家族経営で親戚や近所の人が手伝ってる)も宿泊客であれば安心ですよね。

バルの多くはドアが開放されています。食い逃げしようものならできちゃうくらいの解放感。でもそれはきっと地方都市だからなせる技なのかと思います。街全体が城塞のような都市が多いですからね。交通も電車は一時間に1,2本。駐車場なんて街の一角にあるくらいですから。食い逃げしたらきっと街全体で連携してその不届き者をぼっこんぼっこんにするでしょう。そういう連帯意識を感じます。

トリッパ。一階で食べたてんこ盛りのポテトサラダだったでしょうか。それとトリッパ。本当に美味しい。店員さんにも一瞬驚かれること多いんですよね、旅先で。「え? 大丈夫? アンタほんとに食べられるの?」って顔されますね。というのも、「これ、なんですか?」「トリッパ」「おぉ〜、食べたことない。これ下さい!」の流れで大体注文するからです。旅先ではなるだけ自分の知らないものを食べますね。どのみちメニューが読み取れないし、ほぼ食べたことのないものばかりなのが嬉しいです。

日本にいると、やっぱり日本人に合う味に仕立てるのも技術でしょうから、驚きってなかなかないですよね。価格に見合った量や味。でも、旅先では大当たりもあれば、外れもあって。それがまた醍醐味だったり。

スペインやポルトガルに至っては、外れがほぼない。人によってはタラの臭みが強すぎる、ってことで外れでしょうし、肉の油が多過ぎるってところで外れ。でも、僕はそれらすべて当たりなんです。食当たりではなくて。。

20160309_203450
ぶどうヶ丘は日本、しかも東京に存在するお店です。それでも驚きがあります。これが嬉しい。その驚きは喜びであります。前回の「魚の下ろし方」にご参加されていた方も、同じようなことをおっしゃってました。つまり、僕だけの感覚ではなくて、来店する方が店主の伝えたい部分を受け取っているってことですよね。普段使いのお店であるにも関わらず、そこで驚きを得ることができるのって素晴らしいことです。

「みんな ちゃんと 感動してる?」20160303 23:05

僕は日常においても充分感動できると思うんですよね。

こういうのって言葉だと説明になるので、早く歌いたいですね〜。歌なら一瞬で伝わりますから。勿論。人によっては癖が強すぎるかもしれませんが。僕の歌も、「それらすべて当たりなんです。」なんて言ってくれる日常の旅人のような方が現れてくれたら幸いです。

20160309_210637
モロッコパン。かなり美味しい。

sekai_prune at 10:56|PermalinkComments(0)

2016年02月29日

【第三百十話】ぶどうヶ丘(阿佐ヶ谷):お勉強会『魚の下ろし方』

20160228_183817
またしても内容の濃い『お勉強会』であった。テーマはズバリ『魚の下ろし方』。ぶどうヶ丘が掲げたテーマは『お魚の調理 基本の下ろし方とその活用法』である。

20160228_183756
普段から料理を楽しんでいる僕ではあるが、といってもこの十数年飽きもせずに鍋料理かフライパンで炒め物。十回に一回くらいは外してしまうこともあった。ちょうど一年前だったか、同じくぶどうヶ丘のお勉強会、それは豚の生姜焼きを題材に繰り広げられたのだけど、そこで得た感覚のお蔭で、今、僕はまず料理で外す、ということはない。すべて(自分にとって)合格点で美味しいし、以前にも増して安定感があるように思う。

20160228_183859
一回お勉強会に参加するだけで、こうも自炊生活の世界観、と書くと大袈裟のようでいて、まぁでも毎食、それはすべて体に取り入れるのだから、そこで感じ得る「美味しい」という感覚の積み重ねは人体という個体だけでなくて、脳や感受性を高めたり広げたりするのだから、やはり、世界観。ぶどうヶ丘で世界観が変わったのは確かだ。

20160228_190116
それもそのはずで。普段通いのぶどうヶ丘がまた凄い。それはfacebook上に書いたあおきまさと氏のコメントでも知ることが出来る(俺じゃん!)。

「「美味しい」「旨い」という言葉を聞き飽きている人は多いのではないか?と思う。「感動した」「凄い」「楽しい」「よかった」そういった言葉は有難い。でも、美味しいにも色々あるし、よかったにもいろいろある。「いいものはいい」って書いてしまえばそれまでなんだけど、単なる「美味しい」では物足りない方にはお薦めのお店です。味覚とはお店が提供するものではありません。聴覚とは歌い手が提供するものではないのです。受け手自身がどう毎日を過ごし、人生そのものを有意義に生きてゆくか。それが味覚であり聴覚であり、五感に繋がってゆく。そんなことを語りたくなる阿佐ヶ谷のぶどうヶ丘。是非一度訪れてくださいませ。僕は勿論。今、酔ってます(笑)」

20160228_190943
そんなお店が主催する年に数回の催しが一筋縄ではいかないことくらい理解して貰えるだろう。あおき氏の言葉を借りれば。。。

「昨晩はありがとうございました。またしても太っ腹なお勉強会の内容でした。実生活に則したアイディアのお陰で、まずは料理を楽しむ、で、その延長で「じゃあ今日は魚、どんな感じで食べようかな」と魚を下ろすことが身近に感じることができたのが収穫です。

一回の内容で、出し惜しみないところが、貴店らしくて、よいお店に出会えて幸せです。ありがとうございました。

また、昨晩グルメで朗らかな皆さんと出会う機会を作って下さって感謝です。長くなりましたが、御礼まで。」

20160228_191346
ここでよく、どんな内容だったの? と訊いてくださる方が多いのだけど。どのように応えてよいか分からない。安易に説明しちゃっていいものか、とか。実際に『お勉強会』で学んだことを家に持ち帰って実践して試行錯誤して初めて、あぁ、こんなことを学んだよな、とか、おぉ、こんなことどの本にも書いてないよ、それを惜しげもなく伝えてくれちゃったんだ!とか。

20160228_193811
ちょっと自分のことで恐縮だけど、僕も作品やステージにおいて、出し惜しみなく伝えるよう努力している。音楽ではない部分のもっと生きてきた軌跡であったり、日々感じてきたこと、生きる機転だとか、粋な部分であったり、人生の黄金比率とか、陰と陽など。だからやっぱり「で、どんな音楽やってるんですか?」と訊かれて僕は言葉が出てこなくて、それは素晴らしいことなんじゃないか?と今では思っている。言葉で説明した方が分かり易いんだろうけど、説明できないからメロディーというものを生み出して形にしている訳じゃん?

料理もそう。旅もそう。言葉や画像、動画。そういう0と1のデジタルで情報としてネット上で見ることのできるもの以外にも、あるんだよ。そこなんだよ。というところをこれからも伝えていきたいと思っている。って、それを踏まえた上で僕はsekaiblue.comであったり、こういうブログを書いているんだけど。分かってくれますかね。。。。。

20160228_195423
結局、人なんだよな、って思います。その人の指であったり、声であったり。間の取り方とか。同じ言葉を発しても声のトーンや喉の詰め方で、メッセージって伝わり方まったく変わるでしょ? 器用にスピーチして説明としては理解できる、というものもあれば、不器用なのに印象に残ったり。ライブステージでもそう。うまくいったステージの時よりも下手だった時にCDが売れたり(下手というか崩れた時)。何がどう受け手に伝わっているのかって、それは受け手を主体とした感覚のベクトルが表現者に向かっているものだ。

20160228_201235
結局ですね。午前三時まで飲んでました。。九時間弱飲んだことになります。二日酔いです。会社へ行くの辛かった〜。新宿駅から四ツ谷駅の間が異様に長く感じて、汗が急に出てきて。二十代の頃のように飲んじゃいかんな〜、と。またしても反省。でも、知ってることだけど。これって酒好きである限り、人との語らいに喜びを感じる限り、まぁ、僕という人間は変わらない訳で、今後も二日酔いに何度も出くわすでしょう。でも、、、気を付けよ〜。

20160228_205948
今なお、酔いから覚めないままこれを書いている。そして今回掲載されている画像はぶどうヶ丘の魚料理を中心としたもの。魚を裁く、下ろす、というところから、こういうところまで来る(調理される)んだなぁ〜、という学び。こういう料理を食べたい時は、どう下ろそうか、という発想。

お勉強になりました。料理教室ではなくてあくまでも『お勉強会』。そういう店主の姿勢。阿佐ヶ谷という場所。旧中杉通り沿いという立地。一見さんお断りな雰囲気がぷんぷんしてしまう入りにくい外観。だからこその隠れ家。入ってゆったりと構えて。「日常が旅」である僕にとって、「ぶどうヶ丘」は旅先で見つけた美味しいお店でもあり、暮らしの中に既に自分と密接に繋がっているお店なのです。

sekai_prune at 20:19|PermalinkComments(0)

2016年01月30日

【第三百三話】ぶどうヶ丘(阿佐ヶ谷)

今週は、下井草の「パンとぶどう酒」、「Zen Cafe marina」(麹町)、「荻窪わいん食堂」と創意工夫に満ち、街やお酒、コミュニケーション、集いなど考えさせてくれる意義深い巡りをさせて貰ったので、締めくくりとして「ぶどうヶ丘」に戻ることにした。

20160129_204046


昨年のクリスマス会はまだ記憶に新しい。そう。この夜の前日に僕はちょっと驚いたことがあって。といのは、新年に赴いた「荻窪わいん食堂」でお話した方がその翌日に友人を連れ立って、この「ぶどうヶ丘」に向かった、というのだ。その方々のフットワークの軽快さ、好奇心に感服した。お酒が好きな方って、何が素晴らしいかって、好奇心・探究心。「パンとぶどう酒」でも店主と話したんだけど、お金持っているか持っていないか、ではなくて、という部分の粋だとか。こっちに来るか、あっちに行ってしまうのか、という境界線ってあるな、って思う。

山本周五郎の節を昨夏記載したけど、その場の雰囲気やコミュニケーションをまろやかにする力を持っている。そして、それだけではないのだ。よりやる気を起こさせるマジックが生じる。相互がインスピレーションを与え合う現象が起きる。そこまでいかなくても好奇心から来る有益な情報を得られる。空気の読み合いが交わされる。

ぶどうヶ丘ではホットワインを二杯。どのお店のホットワインも美味しい。そしてまったく異なる。そこが面白い。

僕は今日はずっと物件を探していた。不動産屋さんにもお世話になった。できれば、今住んでいる場所で。でも、どうあがいても、この場で歌うことはできないんじゃないか?と思っている。引っ越しする前は、毎日創作ができ、過去の楽曲も大音量でPlayしてそこからも作品創りができて、歌練り曲練り作詞もすべて動的に関わることができることを期待していた。でも、音を出せない、というのはどうだろう。実家を離れてからこの十一年間。僕はただただ流されるように自分自身のアイデンティティーを奥底に置いたまま、ただただ社会において過ごしている。勿論、それさえも至福、喜びの方向へ持ってきた。

でも、ふと人生一回きり、であり、生まれてから死ぬまでの道のりを真剣に考える程、歌っていかなければ、僕ではない、という。何も進まない、と感じている。

色んなお店に行って。そこでは店主や店員さん達が輝いて見える。ある方は格闘し、ある方は地道に楽しんでいる。そんな彼らと話すにつけ、僕は何もやっていない、自称アーティストに過ぎないな、と。

世界ブルー楽曲。25歳の頃に人生単位で創っていく曲を350曲ほどにまとめた。それ以降アルバム『from here on』『繊細』で多少満たされたことは確か。でも、今41歳になってこの16年間でさらに創りたい曲は膨大に増えてしまった。生み出すのは簡単である。創るのが難しい。

毎日が楽しくて仕方ない。毎日幸せである。そして、僕は思う。もっと自分自身で在りたいな、と。

sekai_prune at 23:50|PermalinkComments(0)

2016年01月21日

【第二百九十六話】ぶどうヶ丘(阿佐ヶ谷)

感謝すべき人が沢山いる。
今夜も地味にお話ししたい。

20160115_193831

越前蕎麦を頂いたので、ちょうど叔父から頂いた秩父錦の亀口と一緒に食べ飲みしている。特に何も書くことはないのだけど、このところはずっとバレエ音楽を聴いていて、やはりその中でもチャイコフスキーのメロディーの質は絶品である。そんなメロディーが業務遂行中に脳内に流れるものだから、あぁ、生きている、ありがとう、と結論に至ってしまって、別になんの不満もなくなってしまうのだ。メロディーの力は凄いと感じる。

20160115_203956

実は僕はまだ幸せを引きずっているのだ。

「strengthにおけるステージはアズ始まって以来初の全体的にしっとりとした、目を閉じても美しいステージでした。」
「昨日はこうやって過ごしていきたいな〜、とじわじわ感じる時空間でした。ご一緒できて楽しかった〜☆ また遊んでください。」
「教会通りを幸せな心持ちで歩いていて、「今日の荻窪はなんだか気の流れがいいな」と。そうなんだ。成人式なんだ。今日は。華々しい彼等の二倍以上生きているんだな、僕は。生きているんだよ。地球。」
「「何が自分かって 生きてきた道のりを語るより 僕は生きているメロディーを 口ずさむ」なかなか。彼もいいこと言ってます。」
「住んでいる街に活気があって。美しくて。」

20160115_215226

「たった今、阿佐ヶ谷駅で薄緑のスカーフを落とした女性に「こちら落としました?」「違います」 一瞬の出来事でした。やなてぃー、早くこい、きた。」
「今夜は久々に世界ピンクやなてぃーと会って、やる気が出た。仕事だとか物件もいいけど、色恋やお酒もいいけど、やっぱり創りたいんだよね。昨年からいい状態にあるので、あとは初心に戻ってメロディーを流そう。」
「会うと生まれる」
「阿佐ヶ谷ぶどうヶ丘。今夜は安定感が蘇る?具たくさんサラダ。ご家族、姉妹客がご来店。一杯お母様から奢っていただいた。イケメンと呼ばれてペース乱れたかな。金持ちと教養に弱いのだ。でも大切なのは結局思いやりなのだけどね。」
「あおきまさとって人間が町を歩く姿を追いたいなぁ〜。」
「やっぱり下井草はいい街だ。」

20160115_224244

ほんとに。幸せであると、言葉は出ない。

sekai_prune at 20:29|PermalinkComments(0)

2015年12月23日

【第二百九十一話】その3:sekai bleu petitクリスマス会@ぶどうヶ丘(阿佐ヶ谷)

20151213_115445
こんばんは。あおきまさとです。今日は一段と冷え込んできました。もう冬至も過ぎ。そう。年間を通して日照時間が少ない週間ですよね。ということは、陽が落ちるのも早いのでございます。その分夜が長い。そんな時はあったかい気持ちで家族で夜を過ごすに限ります。

家族ってとてもよいですね。ひとりも好き。家族も好き。友達、仲間。集まる。ひとり思考に耽る。素敵に生きることの味わいは時間場所状況問わず、ですね。

今朝は。体は正直でして。休日をいいことに朝の十時起きでした。体、疲れていたのでしょう。なので。今日は世界ブルーの作業はお休みすることしました。「次へ!」って向かいたくなるものですが。今日は甥っ子と遊んで。そして、ぶどうヶ丘でガトーショコラとローストチキンを受け取って。そして家族でクリスマス会をやりたいなと思います。

20151220_210423
甥っ子の口ずさむクリスマスソングはアメリカの文化の中で育った上でのもので、ごく自然です。うちの家族は音楽が好きなので、彼の繰り出すモーツァルトやショパン、チャイコフスキーに合わせてラララと歌うことができて素敵ですね。昔僕が小学生の頃に親父がよく言っていました。音楽は世界共通語だ、と。日本語でなかなかコミュニケーションがとれなくてもメロディーを通して甥っ子と楽しさ、喜びを共有できる、そんなひと時を過ごすことができる。メロディー。音楽。歌。いいものです。

20151220_172146
sekai bleu petitについて。ご参加頂いた方から、コメントを頂き始めています。嬉しいですね。ぶどうヶ丘の店主の料理に対する賛辞。みずき君の歌声について。パーティーそのものについて。集まった皆さんとの居心地のよさ。などなど。

20151220_185022
正直、お金ではありません。一見?高いと感じる会費4,500円かもしれないのですが、蓋を開けて頂いて、料理や集い、宴そのものを体感して頂いて、「よかった」と満足して頂けたのは嬉しいことです。たぶんですが、、、いや、どう考えてみても。。。店主はかなり奮発してくださっています。是非、みなさん、「阿佐ヶ谷のぶどうヶ丘」を贔屓にして欲しいです。大切な友人、知人と赴いて欲しい場所です。そして、sekai bleu petitの二人も、トータルでみると、赤字であります(苦笑) なるだけお客様、お店側、主催者側など関係する皆さん全体が満足し、負担のかからないように。気を配りすぎないように。されど信頼が芽生えたり、、、と関係性は続いてゆくものなので。そういったことを踏まえた上での今回のクリスマス会。sekai bleu petitも引き続き贔屓にしてくださると幸いです。

20151220_221228
sekai bleu petit。今回、初の主催イベントでした。2016年はどういう風に。こじんまりとしたカフェでふたりとそこに結びつく人とで珈琲と音楽、という感じで、ふわっと唄っていけたらよいな、と思います。気張らずに。ちょこっとやるからどう? みたいな。

また、2016年は世界ブルーそのものに、みずき君に参加して貰いたいな、と思います。もともと彼女のコーラスワークが素晴らしすぎて、是非、世界ブルーに!と、そこから始まって僕の中学時代の楽曲を手掛けようと一曲目の「リットゥンベイベー」が「ubugoe」と編曲されたところあたりから、プティレレという編成が生まれました。

20151220Fukayama04
今回ご参加して頂いた中に「Opening Kiss」を気に入って下さった方がいらっしゃいました。それはプティレレ以前の世界ブルーというスタンスでみずき君に参加して貰った『golden』に収録されているもの。部屋の中での鳴りや空気感をパッケージした、ピアノとハーモニーmp3音源。この頃の自由度をもう一度。みずき君や世界ピンクのやなてぃーさん、そして今後興味を持って下さる方々とユニットという制約を超えた自由なスタンスで作品作り、表現、発信していきたいな、と思っています。

おひとりお帰りになる際に、その方の両脇にみずき君と僕。歩きながら「Opening Kiss」を歌う。三人で歌う。そういう絵もまたひとつの。心の中での作品なのです。そういった温もりや祭りの後のわびさび。好きです。

お越し頂いて。お読みになって頂いて。ご興味を持って頂いて。ありがとうございます。

あおきまさと

sekai_prune at 21:00|PermalinkComments(0)

2015年12月22日

【第二百九十一話】その2:sekai bleu petitクリスマス会@ぶどうヶ丘(阿佐ヶ谷)

20151220_193210
今回の目玉のひとつであるローストチキン。

『きつねとトムテ』の絵本読み聞かせで始まったクリスマス会。そこから「きよしこの夜」〜「ubugoe」という流れ。ubugoeはSekaiblue Airlinesにて歌詞がございます。

20151213_115410
当日のメニュー。みずき君によるもの。

20151220_182254
今回の目玉その2として、2015年のボジョレー・ヌーボー。思えば僕はこの夜も随分飲んだかも。スパークリングを2杯、ボジョレー、白、白、サングリア、赤、赤。。。道理で酔ってたはずだ。。。

20151220_191715
今回もお客様から「最初のポテトサラダが、、、」と味の分かる女性が揃っていらして、反応がとっても嬉しい。他と違う何か。そういうものを伝えたいからこその企画でありパーティーでありライブ。なので、その違いが分かる方が参加してくださると喜びも増します。

20151220Fukayama02
セカイブループティのライブは2008年3月、11月、2009年12月、2010年1月、3月、2013年夏、、、そして今回。特に前回最後の2013年夏でプティは音楽性や技術にとらわれないプティなりの世界観が確立された。その延長上、集積として今回ステージを持てたことはプティにとって単なる思い出ではなくて価値ある奏でであったと思う。

その3につづく。

さて。余韻に浸りつつも、活動も進めたい。昨晩、世界ブルーWebのトップページを更新した。そこに記載の年末年始の特別企画としてライブ動画の公開があるが、これからその作業をSekaiblue Airlinesで行います。夜10時以降に遊びにきてください〜。

sekai_prune at 21:21|PermalinkComments(0)

2015年12月21日

【第二百九十一話】その1:sekai bleu petitクリスマス会@ぶどうヶ丘(阿佐ヶ谷)

20151220_221224
余韻が心地好い。

昨晩は年内最後のSekai Blue行事、sekai bleu petit主催クリスマス会であった。これはここ数年間の【バールに立ち寄る感覚で】との融合でもあった。【バールに立ち寄る感覚で】は特に今年の夏から具体的に形成されてきていて、【第二百五十話】ぶどうヶ丘(阿佐ヶ谷)【第二百五十五話】ワインバルサカグチ(四ツ谷)を参照されたし。

いろんな感覚や意識、表現形態、集いの形態、繋がり方がある。ライブ、イベント、セッション、パーティー、創作、表現、集い、友達、仲間、、、それらはすべて似ているようだったり、近しかったり、別の物である。パーティーひとつとってみても場所やお店、集まる方々の顔ぶれでまったく雰囲気を異なる。イベントの表現形態も今回のsekai bleu petitと新年以降開催されてゆく世界ピンクだと伝えたい部分、魅せたい部分はまったく異なる。

20151213_115316
僕一人だけでもいろんな感覚が混ざり合って今回のパーティー呼び掛けに至ったのであるから、同じく主催のみずき君もまた異なる感覚をもってクリスマス会に臨んだに違いないし、参加者のみなさんにおかれても期待していたもの、予想していたもの、そして、持ち帰ってくださった産物、余韻などはそれぞれ異なると思うのだ。

それでいいのだ♪

20151220_181123
さて。。。今夜から三夜連続で阿佐ヶ谷ぶどうヶ丘を取り上げたい。って、単に余韻に心地好く浸っていたい。

まずはお礼を申し上げたい。快く腕をふるってくださったぶどうヶ丘店主。前回も参加者は感嘆の吐息を漏らしていましたが、今回も素敵なプレートを沢山ご用意してくださいました。既に参加した皆さんから多くの喜びのお声を頂いております。

20151220_182850
「今夜はセカイブループティのクリスマス会であった。みなさまの温かい寛容によってしか成り立たない時間。オーボエのFさんと世界ピンクのやなてぃーさんの手際のよさと献身。そして、ぶどうヶ丘の料理の底力。素晴らしい宴でした。」

20151220_193158
そして、ボランティアで受付や配膳等手伝ってくださったFさん、やなてぃーに感謝致します。その好意が今後さらなる幸(さち)に繋がるはず。

そして、何よりも、皆さんに満足して頂いたことがこの上なく幸せなのです。

今週は身体を壊しやすい気候です。睡眠は十分にとって。体をゆっくりと休めつつ。「体」から「一」を一本抜くと、「休」まります。そして朝起きてまた「一」を一本入れた「体」で活動する訳ですね。

おやすみなさい。また明日。

p.s. 昨晩のライブの模様は新年以降余裕が出来たら公開できるかもしれませんが、何分活動量が増えてきていて、創作量も増やしていく関係上、UPできないかもしれません。その代わりといってはなんですが、sekaiblue.comのトップページに一週間前に撮影した練習風景をひとつ掲載しておきますので、ご覧ください。昨晩とはまた雰囲気が異なりますけれど、楽しめるかと思います。

sekai_prune at 23:54|PermalinkComments(2)