Sekaiblue Airlines

万物には始まりがあり 終わりがあります
生み出し、時には出会い、成して、完結し(形にし)、発信する一つのサイクルを世界ブルーではセッションと呼びます
当スペースでは一曲一曲毎のセッションのプロセスをお届け
創作・表現・発信の三位一体を確立し、循環させていきます
自身の中で湧き起こる躍動感と遠い見果てぬ夢をお届けできたら嬉しいです
初めての方はコチラ:Sekaiblue Airlinesの楽しみ方、セッションについてはコチラ:セッションについて

チャイコフ
20041222B_187Good.MP3が原型!! (20080712_1916Pyu-nは「Dance!」
20101029、20110322save、20111105-1109、(20120510pm)、20120903夜、20120904 8:41、20121031 17:55、20130104-0310-0406save、20140321save、20140617 8:27、20141224save、20171218歌い回し、20180218歌い回し(シの♭、レ、ファ)

いっそここで別れた方が 俺に戻れる
迫って来る未来を 見つめ続けていきたいんだ

夢の中でさえ もがいて 汗を掻いてる?
見失った道のりを 取り戻してゆこうか

ご覧 目に入る 絵にかいたような風景を
ご覧 (手に入る 夢の形が) 愛おしくて
ご覧 anyhow 愛は遥か彼方遠くまで

あなたのもとに 飛んでゆくことができたら
待ち焦がれたさ

(間奏)

もしもあなたとの愛を 探し当てたら
(ずっとあなたとの)〔命ある限りの〕未来を 描き続けてみたいんだ

ご覧 目に入る 絵にかいたような風景を
ご覧 anyhow 愛は遥か彼方遠くまで

もしもあなたとの夢が かなえられたら
これは幻ではないんだと ぎゅっと 信じていたいんだ

ご覧 目に入る 絵にかいたような風景を
ご覧 anyhow 夢の中で巡り逢えたなら
ご覧 anyhow 愛は遥か彼方遠くまで
(chorus:上に上に上にgoing now/巡り巡り巡り逢えたなら)

あなたのために 歌うことができたんだ
あなたがすべて そう言い切ることができたんだ
あなたとともに 生きることができたんだ
あなたとともに

夢の形どこにあるの? そう問う
ここにあるよ そう 歌おう
どこにあるの? そう問う
ここにあるよ そう 歌おう

あなたとともに



誰かのために。あなたのために。チャイコフ。歌詞が仕上がりました。20180218 18:22

求めるイメージ:ドラム募集、ベース募集、ギター募集、ヴィオラ・バイオリン募集、ピアノ募集、男声コーラス募集
アルバム『世界ブルー』収録予定


20171216_121416


この寒さが僕をチャイコフへと誘う。
コートの襟を立てて、街中を歩く姿は、荒野の果て。
汚れた石畳の坂道。煙草とオリーブとワイン。イベリアの街々を歩く。
「知らない街 知らない道」かもしれないし、「日常が旅」かもしれない。
「旅は人生の縮図」を脱して、僕は世界ブルーにいる。
二十八億光年先を感じながら。今夜もあったかいお湯に浸かって、布団に入るのだ。
夢の中へ。
2017.12.18 23:15

この惑星 20130309スタジオ即興
20130309_162610SK.MP3、20130309_163349SK.MP3、20160728夜29車中
20170802整理、20180212歌い回し完成 +-0ファラド高音

僕ら一緒に ここを抜け出そう
ほら 出口は もうすぐ

ずっと一緒に 旅に出掛けよう
ほら 手を繋ぎ合えば

高く 世界 何もかもが 空になってくだろ
永く 未来 二人の姿 一つになってゆく

なんで 出逢ってしまったんだろう?


遠く彼方へ いっそ飛び立とう
ほら 扉が開いた

何度もためらう ここで別れよう
いつか また 巡り会う

熱く 溶けて 吸い込まれても 僕ら一緒だよ
深く 開いてゆく 彼方奥まで 天へ響く声

ご覧 この世から すべて細かく 消えてしまうだろう
誰か 助けて そんな想いは どこかへ いってしまうだろう

この星の未来 見届けるために
浮かぶ僕ら 空気をそよいでいる
青くて丸い 懐かしい姿 戻れないよ もう


どうしようもなく張り裂けそう。カクテルシェーカーでも振ろうかと思ったけど、そこで解決する訳でもないし。ぼんやりしているから眠ってしまおうか、と思っても、あとで「な〜んにも進歩なかったな〜」なんて平日になって後悔する自分を「いいんだよ、それで」なんて認めてしまう自分がいそうで。

奮起して防音シェルターの中に入って。一番上にあった「この惑星」をピックアップしてみた。そしたらいつの間にか。この半年はいつもこうなんだけど。歌い回していたら歌詞が完成した。完成しそうなところでブログを書くことで逃げたくなったんだんだけど、そこをグッと堪えて。録音して。歌詞を眺めて。聴き返して。

歌詞が完成しても、まだ太陽は傾いていない。まだ時間がある。まだ何かできる。そういう希望。ちょこっとでも頑張ってみるっていうのはいいことだな。世の中からしてみれば、「そこにエネルギーを使うの?」という作詞作曲であり弾き語りな訳だけど、それが僕がやりたいことであって、できることであって、それしかできないんだよな〜。だから、大切なんです。こういった時間。こういった過ごし方が。2018.2.12 16:28



僕が十代の頃に意識したのは体作り。ただちょこっと風変わりかもしれないのは、メロディーを生むための体作り、ということだ。中学一年生の頃から生曲に興じて、いつしか即興でメロディーを生み出すのが日課となった。そうしているうちに壁にぶち当たる訳です。生み出そう、とか、作ろうとすると、なんだかどこかにあるような曲であったり(そういう時は僕は録音の最後で「ダメ」とか「ボツ」、「ありきたり」というコメントを入れていたかと思う)、前に一度口ずさんだ自身のメロディーに似通っていたり。

そこから脱皮するにはどうしたらいいんだろう、と。そこで僕が、あれは確か高校三年生の頃だったか、「そうだ! メロディーを生み出そうとするのではなくて、メロディーが容易に生まれてくる体を作ってしまえばいいんだ!」という発想だった。

実はこれ、最近お世話になっているタンゴの先生方がおっしゃっている台詞ととっても似ている。歩くことさえできれば、なんでもできる。ステップを覚える必要はないし、体の感触であったり、根本的な体の動かし方さえ覚えれば、カミナンドもヒーロもオーチョも、、、すべては一つ。まぁ、その根本的なものを習得するのが難しい訳だけど。

でも、歌やメロディーにおいては、そうやって、ある意味独自に「習得」してきたのだから、タンゴももしかしたら? いつしか自由自在に踊れる? そんな期待はある。

さて。今回お届けする作品は、明日以降の歌詞練り用のために掲載する。曲のタイトルは暫定で「この惑星」もしくは「出かけよう」だ。アルバムは『二十八億光年』に収録したい。

話は変わるけど、今日は、とある方とずっと行動を共にしていて。行きはお互い様子をみるというか、差しさわりのない会話だったけれど、帰りはどういうことか信頼が芽生えていたとうか、安心して会話をしている二人がいたような気がする。お互い言葉数はそんなに多くはないんだけど、信頼関係っていうのは、言葉数ではなくて、呼吸だな〜、と。だから人と人とが面白い。

そういえば、タンゴも足数やステップの型の多さではない。むしろ、ずっと歩いているだけでも気持ち好ければそれがよいのであり。お互いが。

メロディーはどうだろう。言葉数でも旋律の数でもなく、呼吸と成り得るだろうか。僕とメロディーとの信頼関係は? 愛情持ってメロディーを聴いている? そこから愛情持って接してる?

今夜はこの辺で。おやすみなさい。2017.8.2 23:29

雪解け‏ 20041013C、2007070951 +5「AB Cサビ間奏AB’Cサビ」
20130602save、20150212save、20180203朝作詞&整理、20180204歌い回し

雪解けの世界に吸い込まれたくて
一面に光る粒子 眩し過ぎて
次の季節が訪れる前の束の間の煌めきを見たいんだ

あらゆる景色が眼の前に頬を伝って
これから出会う希望を含んで滑り渡って
僕らは僕らの旅を続ける 静かに

遠い星から 来たんだ 開こう 扉

過ぎて 通り過ぎて 出会いたい君の姿 温もりが 僕を溶かす

永遠に生きていたい
ずっと見つめていたい 君を
一つ一つの瞬きを繰り返して


世界中が待ち望んだ光の渦
これまで通り ずっと見とれていたくて
瞼を閉じてもなお残るのさ

夜のひとときを 囁き合うのさ
泣いているのかい? そのままでいい
ずっと一緒だよ 今を巡るのさ
大切な命 向き合って

傍にもっと傍に 手繰り寄せる誰かの声 見つけ出す君との歌

永遠に生きていたい
ずっと見つめていたい 君を
一つ一つの瞬きを繰り返して


この寒い時節だからこそ書き上げたかった。そしてまた澄んだ空気を感じ得る今だからこそ完成したかった。自身としてもメロディーを把握するのが難しい作品をまとめ上げることができ嬉しい。今の環境とコンディションに感謝。

この「雪解け」はコード展開はアルバム『運命共同体』曲群に近いものの、曲の風景自体はまさにアルバム『Winter Screen』に収録すべきと感じている。2018.2.4 22:22


日常の中で、例えば、朝の通勤で駅まで25分くらい歩いている間に、歩き方に色んな意識を持たせると、足裏で感じるもの、骨盤で感じるもの、丹田で、、、と変わってきます。ヨガのレッスンでこういう話があったな、タンゴのレッスンでもこういう話があったな、とそこで噛み合ったり、さらに「あぁ、だから、こうなのか!」という発見があるんですね。

イベリア半島を二ヶ月程ですが旅した時に、あちらって東京よりも「歩く」ことにおいて難易度が高いんですよ。舗装されていない道が多いですし。日本が、東京が舗装・整備され過ぎているのかもしれません。数百年前に敷かれた道が今なお残っていて、傾いた階段や、予想外の舗装された坂道が沢山あります。思ったものですよ。こういうところで幼い頃から遊ぶのだから、体の使い方もバリエーション増えるよな〜、と。サッカーなんか特に差が出るでしょうね。平坦な場所だけでなく、足場の悪い坂道でボールを蹴っている訳ですよ。凸凹した岩畳でサッカーしてるとプレイする側もボールも一つ一つの動きが予想できないものですから、反射神経を研ぎ澄まさないとプレイは続きませんよね。下手するとボールが崖から落ちちゃったりする訳ですから。

このところ雪が降っています。前回もそして昨日も敢えて行きも帰りも通勤は駅まで歩くことにしました。雪の上を歩くという機会はそうそうないので。普通の靴で歩く、しかも速足で歩かなければ会社に間に合わない。そこをどう安全に転ばないように滑らないように体を約30分間、運び続けることができるのか。本人は真剣です。

普段の歩きやすい道も雪道や雪が解けて凍った道路を歩くとまた体の使い方、意識が変わってくるんですよね。特に重心移動に気を遣います。さらに全身で歩かなければという意識が芽生えますね。転倒してしまってはいけないので。体。もし転んで怪我でもしたら踊れなくなるし、下手したら歌えなくなるかもしれない(三年半前の夏からの半年間は実際歌えなくなったものですから)。なので、「絶対怪我したくない!」って本気で思うんですね。普段、当たり前のように歌ったり踊ったりできるのも健康であるが故なのだ、と。

さて。昨晩は嬉しいことに思ったよりも早くうちに帰ることができ、夕食も部屋で食べることができました。そこでふと「雪解け」の作詞を手掛けたくなりました。でも、そこを我慢して早く寝ることにしたんです。九時半に寝て朝六時前に起きて。

そこで「雪解け」の作詞をやはりしたくって。完成は何年か先になるんだろうな〜、と思いながら、二時間くらい作詞していたら、ほぼ完成したんです。あれ? って。嬉しい。

そこで今回の本題というか。先程、体の使い方で日常(普段)と非日常(雪道、或いは舗装されていない異国の道路など)の話をしたんですが。作詞においても創作においてもモノ作りにおいても、夜と朝に生まれるものはまた異なって面白い、ということ。これを言いたかったんです。特に朝は、暗闇から光が徐々に差し込んできて明るくなる。夜は疲れているが故の緩さがあり、また「どうしようもない焦燥感」がありますよね。そんな夜の感性が好きです。でも朝は「これから始まる」というエネルギーがあり、集中力があるので、忍耐強く歌詞と対峙することができる。朝の作詞もいいな〜、と思ったんです。

今日はこの「雪解け」をラフでもいいから音源として聴いて楽しめる程度の形にするため、DEMO録音したいな〜と思います。作詞が固まってくると、一曲を通して言葉とともにメロディーを歌えるから嬉しいんですよね〜。歌い回していく中でまた言葉が変わってゆく。そういう瞬間に遭遇できたら、それも喜びです。2018.2.3 8:42

訳もないさ 20080330 15:30、20080331 9:09am、20080410 9:20am
20080530、20080626 9:06、20081011 12:26、20090404_0636、20090928、20100305_1516、20100311 7:37、20100309、20100328、20100809 10:36 album『からっぽ巡り』
20150307(レソシ)、20171009歌い回し、20180131整理、20180204歌い回し

訳もないさ 俺と一緒にいろ
寒くないか? 俺と一緒にいろ

オマエの潤んだ瞳 ほら もっと傍に来てくれ
オマエと 頬を寄せ合って 素直にキッス

感じたいか? 俺と一緒にいろ
恐くないさ 俺の傍にいろ

碧く澄んだ瞳が 俺の本当の姿映し出す
オマエとの 今宵 素敵な夜だね キッス

Look out the number for you
夢の続きだけど それだけでいい せめて出逢えたのなら 嬉しい
This is a number for you
強く抱きしめたら 壊れてしまう 今宵 素敵な夜だね キッス


訳もないさ 俺と一緒にいろ
嘘じゃないさ 俺を信じてくれ

指と指が問いかけて ただずっと傍に居てくれ
オマエと 頬を寄せ合って 素直にキッス

訳もないさ 俺と一緒にいろ
寒くないか? 俺と一緒にいろ

何も言わなくてもいい 今はただ歌を聞いてくれ
オマエとの 今宵 素敵な夜だね キッス

Look out the number for you
夢の続きだけど 束の間でもいい また巡り合えたなら 嬉しい
This is a number for you
強く抱きしめたら 壊れてしまう 今宵 素敵な夜だね キッス


「愛しい」と「悲しい」は同義だ。永遠と瞬間が同義なように。本日、歌い回して、作詞作曲が完成しました。ちょうど十年。出会って別れてまた出会って。膨らんだり削られたり。でもメロディーは絶えず流れてゆく。2018.2.4 17:12


2008年。ちょうど十年前に生まれたメロディー。十年という歳月はあっという間だ。まだ最近のことのよう。このところ僕が言葉にして出したかったのは「地球は回っている」ということ。これは当たり前のことのようでいて、日々「地球が回っている」ことを意識している方はいるだろうか。物凄いスピードで回っている。そんな地球に生息している僕ら人類はどうか。

太陽も月も地球も存在していて。それらは常に動いている。では、僕達はどうか。

どんな形でもいい。どんな姿でもいい。そもそも言葉にならないものを伝えようとしている。せめてメロディーを聴いて貰った瞬間に頷いて貰えますように。そしてそこに言葉が乗ることでより鮮明に映像や情景が浮かびますように。2018.1.31 23:29

朝の目覚め
Lyrics:1993年9月19日&9月23日
20101215-20120104修正、20141207夜、20180128整理

(冒頭は朝の描写)
朝 光が 舞う(・い 踊る 今を) 戯れる 静かに
/眩しい光が差し込む 静かに
新しい 目覚めの 朝〔今日〕 今日〔時〕を迎える
(1番2フレーズ目は街の描写)
響き渡る鐘の音が街を起こす
晴れ渡る 広がる景色 今日が始まる
澄み切った 転がる/広がる 空気 未来を照らす
<1番2番のラストフレーズ:個人的心情、もしくは日常の穏やかさについて>
過ぎ去っても 見つめて 愛らしく
祈り捧げたい 朝だね
(2番の最初のみ個人的描写、そしてまた日常に戻る形)
どこからともなく 聞こえてきたんだ
君の声? 僕はまだ夢を見ている?
(2番の2フレーズ目:部屋の描写)
窓からこぼれる
安らかに 眠る 頬 女神(Venus)
朝の 陽の光が 優しく 頬を 撫でる
あたたかい 夢のStory 終わりを告げた
<2番のラストフレーズ>
夢のVenus笑ってGood morning/夢のVenus見つめてI like you
朝の歓びだよね 光が照り返す
<素材>
奏でる
僕はまだBedの中でまどろんでる/まどろみ
Kitchenそこからたちこめてくる匂いは
毎日聞き馴れている 枕
今もういないはず
<同コンセプト曲>
Good Morning、Lens、二人のSomething、Paris、朝の目覚め、既視感、幸せ三部(静かなる街など)、おやすみ、幸せに生きる


大学一年時に生まれた作品。とっても素直な旋律ゆえかいつまでも心に沁み込んでいる。あれからもう二十年以上経った今もなお、歌詞が完成していない。当時は情景描写だった「朝の目覚め」がストーリーを帯びて、街並を感じさせ、、、と膨らんでいっても、言葉数は制限されているし、メロディーが変わる訳ではない。

作詞の醍醐味は、自由詩ではない点にある。勿論、詞先であったり、セッション風の曲、即興歌詞は別だけど、曲先でちゃんと作ろうと思う作品ならば、作詞には制限がある。一番の制限、それはメロディーである。メロディーに合う歌詞と成り得るだろうか、という点。そして、実際に歌ってみてその歌い回しがしっくり来るかどうか。どちらもメロディー至上主義である。

なので、作詞作曲と簡単にいうけれど、この歌詞とメロディーが噛み合ったら大変なことになる。皆さんの中でそういう作品はどんな作品でしょう。さらに。日本語詞というのはとっても難しい。今、二十年、三十年と心に残る名曲と言われているものはそんな難題をはるか高く超えた逸品なのだ。超えたものに一番、二番と順位を付けるのはナンセンスである。よいものはよい。それでよい。

ここ二十数年で日本で「名曲」と呼ばれている作品は世に出ているものの、出回る作品数の多さからいうと、1%もないだろう。それほどまでに、モノ作りというのは、安直になってしまっているのだろう。きっとミュージシャンだったりシンガーソングライターと呼ばれる人達の多くが、そうなりたい人が多いからなのではないだろうか。なりたくなくても宿命、と言葉はかっこいいけれど、いわゆる、創ることが生き甲斐(楽しいとか得意とか好きっていうんじゃなくて)の人が世に打って出るのが望ましいのだと思う。

と、話は反れた。

「朝の目覚め」。まだ十代の僕が電話口に女の子に「朝のめざめ、って曲が生まれたんだ」なんて言ったら、「意味深ね」なんて言われた。「いやらしいね」っていう意味だったらしい。僕はそんなこと全く気にも留めずにただただ無邪気に「素敵な曲が生まれたよ」って嬉しくなってしまったのだった。

そういったところからも、僕は結構、詩人ではないな〜、と自覚する。やっぱりメロディー。そこに言葉を含ませている毎日。

このところ、朝、比較的自分なりには早めに起きることにしている。それまでは「早起き」って億劫だったんだけど、ここにきてようやく「早起きは財産」だなって感じている。とにかく体の調子が良いし、そうなると心までも明るくなったり豊かになる。あまり迷いもなくなって、心はとってもシンプルになる。ひとつひとつの行動がぶれない。

好きなのは朝、満たされた後に、ゆったりと外の空気を感じながら、チャイを飲む。これはとっても至福。そんな至福を味わいたいので、早く眠れるってもんです。2015/05/25 22:02談

So Much I Love You 20000305 76/+-0
20021221save、20080116、20090527save、20100505 1:16am、20111011、20160724歌い回し20160825夕方歌い回し、20180124夜

頬を吹く風を頼って 記憶巡る 旅に出る
今日も空が青くて どこかへ歌う 僕がいる

何も 言わなくても分かるよ そのままで
こぼれ落ちてくる涙さえ
一つ二つと夢が重なって
黙って傍に居てくれて ありがとう

遠く空の向こう 一枚の絵を見てる
瞼を閉じてさえも 微笑みが浮かぶのさ

心の中でそっと 祈るだけ
手の平を合わせてしまうのは
痛みと痛みが 響き合うから
So Much I Love You Love You Anymore

夢の中でもいいから 抱きしめて
嘘でもいいから 好きだと言って
今が永遠に続けばいいのに
温もりを ずっと 抱きしめて

心の中でそっと 祈るだけ
手の平を合わせてしまうのは
痛みと痛みが 響き合うから
So Much I Love You Love You Anymore

img278
島で生温かい風に吹かれた記憶を頼りに。
「ソーマッチアイラブユー」が作詞完成しました。

島を想起する。石垣島、西表島。その空の高さに。また生温かい風に。毎晩繰り広げられる酔いに。ギターを取り出しては歌う。「音楽やる人に悪い人はいねぇ〜」 にこやかな老婆からバス停で声掛けられる。来ないバスを待つのは老婆だったか、僕だったか。

僕は随分と長い間、巡ってきたようにも思うし、彷徨ってきた。もがいてきたんだろうし、まだ運命や宿命を信じている。だから歌う。それが世界ブルーだ。2018.1.24 21:52

********************

こんにちは。真夏、世界ブルー、あおきです。
昨日はヨガ、家事、タンゴととっても充実した土曜日でした。
タンゴでは半年ぶりに会う方々もいらして、考えてみればグループレッスン後に四人くらいでお茶を一回した程度なのですが、やはりそこはタンゴの力でしょうか。結びつけるものがあるというか、半年前に踊った時の体の記憶が残っているもので、あ〜、そうだよな、そうだよな、と。頭の記憶よりも体の記憶の方が繊細で正確かもしれません。その辺りを突き詰めていくと、人工知能はいずれ人工細胞といったように、より感覚的なものにシフトしていくのではないでしょうか? 今はデジタルやプログラミングで情報として解析して、その集大成的な人工知能が既に完成されつつありますよね。さらに精度が高まっていくのでしょうけれど。そしていつか気付くんでしょう。大切なのってなんだっけ? と。

さて。夏です。夏は暑く家でゴロゴロ、ダラダラしてしまいたい一方で、生命の力としては高まるのが自然の摂理。人もそうで祭がいたるところで開催されています。特に土日なんかはイベントが目白押しで体が幾つあっても足りません。それに加えて平日も飲みに誘われたりするものなので、そうなってくると僕自身の歌や創作の時間をやりくりする、そこを工夫しなければなりませんね。昨晩も結局夜遅く帰って来て、体は疲弊し寝不足。でも僕は世界ブルーを進めていきたい訳です。

昨日は冷蔵庫を綺麗にして整理整頓した、という話を「エンブレム」の項で書きました。すっきりする感覚。そうだ!と。このSekaiblue Airlinesで載せて来た歌詞、未完成なものが多いですよね。それは通勤電車の中で見れるようにと載せているものも沢山あります。そこで。最新記事に一挙並べることにしました。未完成の作品を検索する、という心の億劫感をなくして、このブログを開けば、すぐに未完成作品=作詞を進めていきたい作品と出会えるように、と今朝は作業してみました。20分くらいで終わるかな、と思っていたら2時間かかりました。でも無事たった今完了したのです。ざっと100点、このブログ上で作詞活動ができます。これで電車の中でも。さらには外出先の余った時間や人を待つ時も、作詞ができます。これは嬉しい。カフェやビストロでも読む本を持ち合わせていなくても作詞に集中できる、これは本当に嬉しい。

こうやって。やっぱり最近のキーフレーズになってきている「切羽詰まる」と工夫するもんだな〜と思うのです。

今回取り上げる作品「So Much I Love You」もこの作業中に未完成の歌詞を掲載してみました。これは絶望的な気持ちになりながらギターを抱えて沖縄へ行った時の作品です。今考えると、、、バックパックにギターケース。重い! それを難なく当たり前のように石垣島や西表島にも持っていく若い自身に圧倒されます。彼(2000年の時の僕)が生み出したメロディーを僕(2017年の僕)が受け取ってそれを形にしていく。過去と現在の連携。さらに未来にも繋がってゆく。そういうチームあおき、、、独りですが、、、のプレーを楽しみたいと思います。

そう。冒頭で体の記憶の話をしました。メロディーもそうなんです。17年前のメロディーを口ずさむだけで、その当時にタイムスリップできる。そういうまだ人工知能が到達できていない感覚を人類として人間として謳歌したいなと思うのです。2017.7.30 12:13

**************************
こんばんは。あおきです。
今朝は、、、、、

と書こうとしたら、電話がたった今鳴る。なんと担々麺屋のおやっさんからである。何のことかは触れない。でもとっても嬉しいことだ。味わい。こういうことを言う。粋の交換。こういうことを言う。こういう味わいや粋を多くの方々に体感して欲しい。つづきはまた。別項で書く。

今朝は、、、、、思わず呟いてしまった。でも、呟くだけなら誰でもできる訳で。もっと粘り強く。しつこく在りたい。自己表現したい。創作に耽りたい。なもんで。このところ手掛けた作詞を先程タイピングでまとめてみた。2000年3月と記載がある。ということは沖縄へ向かう直前もしくは一人沖縄で口ずさんだ曲かと思う。その前年度の1998年7,8月の沖縄における作品は【青い街】。それらの楽曲群はすがすがしい夏全開のフレージングだ。一方2000年3月の沖縄作品は「生暖かい風が頬をよぎる」もの。当作品「So Much I Love You」はそんなフレージングだ。

ここのところギターを触る機会が多いので、下記のように「歌い回し」て詩を練ることができるのがいい。自分の体に馴染むのだ。

今朝の呟きではないけれど。どうにかしたいという気持ちと何かが自然と変わっていく感覚。きっと自身の想いが自身の環境を変えているのかもしれない。もうちょっと地道に。粘り強く世界ブルー活動を進めてゆきたい。下手でも不器用でもいい。進めてゆきたい。2016.8.30 22:35



So Much I Love You 20000305 76/+-0
20080116、20100505 1:16am、20111011、20160724歌い回し20160825夕方歌い回し

今日も空が青くて どこかへ歌う 僕がいる
頬を吹くそよ風(が) 運んできた記憶の中で

何も 言わなくても分かるよ そのままで
こぼれ落ちてくる微笑みに
一つ一つの夢を重ね合わせ
信じてくれる君を抱き寄せる

遠く空の向こう 一枚の絵を見てる
瞼を閉じてさえも 微笑みが浮かぶのさ

心の中でそっと 祈るだけ
手の平を合わせてしまうのは
一つ一つの記憶をかみしめて
So Much I Love You

ウ「夢の中でもいいから 抱きしめて」
ウン「嘘でもいいから 好きだと言って」
「今が永遠に続けばいいのに」
「この温もりを そっと 抱きしめて」

<素材>
悲しみの数だけ 抱きしめて
痛みと痛みが 響き合う


黙って傍にいる
(頬を吹くそよ風に寄せて らら巡る旅に出る)
(君の瞳の奥を 吸い込まれてしまうよ)

君といる喜びを/今を生きてることを/生きてる喜びを かみしめて
眼の前にいる君を抱きしめて/
いつまで経っても このままで
一つ一つの歩み 踏みしめて
一つ一つの道を踏みしめて

冬の日 1996冬 84/-3
20060402 23:45pm、20071223、20121125save、20150129、20180122整理

A
・あれからどれっくらい 経ったのかしら 答えは簡単に出ないはず
・希望をどれっくらい あっためてみても 雪解けは未だ遠く来ないはず

・希望がどれっくらい 押し寄せてきても 雪降る街には もう居ないはず
・これからどれっくらい 強く願っても 待ち望んだ姿 来ないはず

・薄汚れた記憶 ポケットの中で あったまることもないはず
・心が変わるなら 頷いてみたい

B
今 こうして 独り 繰り返し〔同じ〕景色を眺めている
ねぇ これから 少し 移りゆく
ねぇ どうして 二人
でも こうして 二人 この町の中で見たい夢
ねぇ こうして 居たい 温め合う
 (雪景色を眺めてるけど)

サビ
この雪降る町で あなたに出逢えたら
遠のく景色さえ 美しいと 美しいと

まだ誰も知らない 真白な世界を
広がる雪景色

愛され続けたい  ____の季節が
分からないの 分からないの
また今度ね また今度ねと 眠る 深い 夢に置いて来た幻

ラスト
いつか振り返る時が来て 遠い遠い顔して 頷くの
尋ねたい/降り積もる 白い道筋に あなたはもういない


img776
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<A素材>
振り向いて欲しい
明日もまた出会える
(照れ臭いはず)
勝手に
朝七時のバスは
運んでみても
季節
・あなたはまた 居ないはず
・言葉を選んでも

<B素材>
初めて 見つめ合ったこと?
あなたと出会う/出会って/出会った場所で サヨナラを
離ればなれ これから生きてくこと?
暖炉の傍であたため合った事
振り向かせる声を出して

<サビ素材>
雪降る町のこと/雪降る白い道を
こうして   甘えて生きてきたこと?
手を広げて
真っ白い雪より 吐息
振り返れば近い思い出の場所でも△
夢みたいな言葉

<ラスト素材>
冬の日雪降る日に そして振り返れば その足跡 そのあったかい思い出

コラソン 作詞作曲:あおきまさと
Music inspired 20170329
Arranged & Lyrics 20170409

扉を開けることさえも こわくて 何度も 引き返した
どんな姿で どんな顔で 挨拶すればいいの?
でも 僕はここまで来たよ
もう 考えるのはやめた

ずっと遠目でただ 憧れを頂くだけで それだけでよかった
体の奥底が 勝手に動いてしまうのは何故?
そう あなたを誘いたいよ
でも ステップも踏めない リードなんかできない
タンゴ!!

ミロンガが回り始めた
男と女 男と女 瞳を閉じて
人生を語り始めた
心と心 体と体が 踊り出す

照れ隠しさ お酒に頼っては 時間を潰すのさ
もどかしい気持ちを どこかへ 追いやって あなたへの視線
どう? 目と目が合うその時に
ほら 音楽が流れ出したら 始まる!!
人生!!

羽ばたこう あなたと出会う
この想いを 一瞬一瞬 味わって去ってゆく
歌うように 踊る二人は
心と心 体と体が 通い出す

ミロンガが回り始めた
男と女 男と女 瞳を閉じて
人生を語り始めた
心と心 体と体が歌い 踊り出す


「コラソン」2017.10.23ライブ 場所:四谷シンルンボ

「コラソン」元ネタ(即興)2017.3.29ライブ 場所:四谷Doppo

僕は以前確か十年くらい前だった。。。「鼻唄ノコッター」というコーナーをやったことがあった。僕の「生曲」音源=鼻唄音源をネット上で公開して、どの鼻唄が強いメロディーかみたいな企画だったかと、、、単に公開し続けていただけかも。。。その前後、大久保水族館で即興性の高いドキュメンタリー・ステージ『後悔したって知らないから!!』『後悔したっていいじゃない?!』『東京ブラックホール』(すべて2010年にCD化されているものの、誰にも手渡したことのないレア作品)で実際に生のステージで「生曲」する姿を披露し、それが発展して完全即興=【妄想壁画】という演目に繋がった。

即興とはなんぞや? 今回の「コラソン」も動画2点を観て頂ければお分かりのように、即興=>作品として形になっている。つまるところ、即興であろうと作曲であろうと生まれた経緯よりもむしろ、生み出す力の方が作品に大きく寄与するということだ。

僕が特に2010年から興味を持っているのが、エネルギーについて。作品が持つエネルギー。体から放たれるエネルギー。歌から起こるエネルギー。音楽がどうとか、「いい作品だね〜」とか、サウンドがどうのこうのとか、そんなことよりも、もっと歌本来の、メロディー本来の持つ特性みたいなものに興味を持ち始めた。

今回の「コラソン」はエネルギー量がとっても大きな作品。それは生み出した時の僕の立ち姿を動画(2017.3.29ライブ)で見て頂ければ分かるだろう。そこに言葉が乗り。その言葉も旬の僕の気持ちであり、もどかしさや憧れが投影されているためにエネルギー量は強い。さらに2017.10.23のライブ・ステージは生み出すきっかけとなったお店、つまり作品の舞台である「シンルンボ」の中で歌う、という。リアルな生活と作品の中の世界が絡むという、そこでまたエネルギーが生じる。

ライブで即興をやる、というのはとってもスリリングでもあり、チャレンジングで楽しい。一方で、また一つ、メロディーを生み出すことによって、育てなければならない(作品化しなければならない)という(生みの親としての)義務感も出て来る。が故にライブ・ステージにはあまり立ちたくない、というパラドックス。

今週、久々のライブ。そこで何をやろうかな、とこの2日間ピアノをポロポロ触ったんだけど、レパートリーを崩して弾き語る、ということをやってみようと思っている。レパートリーを崩して即興になりそうなところをまたレパートリーに戻る、という風に。そうであれば新しいメロディーは生まれないで済むだろうし(たぶん)、ステージとしても成り立つかな〜、という希望的観測。勿論スリリングなことには変わりないけれど。

「コラソン」 これは、歌詞がメロディーにピッタリとはまったことによって、本来埋もれるはずなのに、しっかりと形として表に出た好例。作者としては、育ってくれてこの上なく嬉しい。今後は、「ずっと君と」とカップリングして、ちょこっと広めていこうかな〜、と思っている。どう広めるかは分からないけど(笑) 「コラソン」っていうタイトルの割には、タンゴ曲ではなくって、僕の中での昭和歌謡と80年代。そこが気に入っている。

と、もう眠くて仕方なく、筆が冴えない。大寒。湯風呂に入って、布団に入って眠るぜよ。おやすみ。2018.1.21 22:30




勢いで今朝からずっと編曲と作詞の同時並行をしてみました。熱中しました。木曜のタンゴのレッスンとバー・タイム、そして昨晩のタンゴのレッスンとバー・タイムから歌詞がインスパイアされました。

今朝起きたら初めて頭の中でタンゴが鳴っていたんです。勿論それはオリジナルではなくて、昨晩お店でかかっていたタンゴ曲でして。でも夢の中でタンゴが鳴るっていうのが(夢の中で英語を話すという体験と同様に)嬉しくて、今朝の気分はタンゴ、というよりかは四谷シンルンボだった訳です。

そして、ちょっと自分のメロディー・フレーズで気に入っている箇所を反芻していたら(まったくタンゴ曲ではない言わずもがな僕特有の癖のあるフレーズなのですが)、、、このフレーズにタンゴを習い立ての男心を載せてみたくなったんです。これはM先生やF先生達がかねてからタンゴの曲書いてみれば?、とおっしゃっていたり、確か木曜にF先生が青木さんの(タンゴ曲でなくてもよくて)オリジナルの曲にタンゴの歌詞を載せてみれば?、というようなことをおっしゃったり。そして昨晩お店でお客様を含め、M先生、R先生との踊りを通して、なにか歌にしてみたくなったのです。

もしかしたら、水曜と金曜の桜散策という色気?_?)も影響しているかもしれません。交感神経? 何か発動しちゃいました(笑)

先日公開した「ずっと君と」が四谷シンルンボのパーティーを意識して生まれた作品という話は既に申し上げました。今回の「コラソン」は即興曲のメロディーをモチーフにしつつ、歌詞は四谷シンルンボのお陰で生まれました。感謝です。

今、歌詞を読み返すと、言葉ひとつひとつは突然生まれたものではないことが分かります。例えば女性からの相手の男性との感じ方、男性のタンゴを始めたての頃の心情など、四谷シンルンボで出会う方々との会話が投影されていると感じます。そして、先生方から教わっている心や言葉が反映されているように思うのです(勿論、僕自身がすべてを理解している訳ではなく、僕なりに吸収・消化した心ですが)。この半年間弱、特に今年に入ってからシンルンボに通ってお話を聞かせて頂く機会が多く、そんなお話と僕のタンゴ初心者としての男心、リードするもどかしさ、リードする心地好さ、そんなものが入り交ざっているのだと思います。

それにしても。メロディーと言葉を同時並行で歌練り、言葉練りする、というのはとっても楽しい。そして、作詞作曲でもがくのってとっても楽しい。今日は歌詞しか載せることができません(今、イメージが出来上がったばかりなので。というかもうお腹が減って今から担々麺慶に行きたい! この三週間程行っていないし!)が、帰って来たら勢いで創作に耽りたいと思っています。

まずは。新鮮ほやほやの歌詞を掲載させて頂きました。
お読み頂いて有難うございます。2017.4.9 13:01

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