Sekaiblue Airlines

万物には始まりがあり 終わりがあります
生み出し、時には出会い、成して、完結し(形にし)、発信する一つのサイクルを世界ブルーではセッションと呼びます
当スペースでは一曲一曲毎のセッションのプロセスをお届け
創作・表現・発信の三位一体を確立し、循環させていきます
自身の中で湧き起こる躍動感と遠い見果てぬ夢をお届けできたら嬉しいです
初めての方はコチラ:Sekaiblue Airlinesの楽しみ方、セッションについてはコチラ:セッションについて

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おはようございます。
今月は第一週は体調不良であったものの花見に出掛けるなど、楽しむためには体調万全でないとな〜と思ったものです。第二週からは創作に着手し理想的な生活。第三週からは自分にとってのタスクである標題を始めたんですね。そしたら、、、眼精疲労。しかもその作業で頭がいっぱいになり創作からはまったく遠のいてしまったり。

昨晩数えてみたんですが、4日間で11つのhistoryページを作成更新できたんです。そして、、、ライブだけとってみても残り約80つ程ありまして、、、そうするとちょうど約30日はかかるな〜、と。。。でも30日も根詰めてWeb更新だけの生活ってどうなんだろう、、、と。。。そればかりの生活って訳にもいきませんしね〜。

こうなってくるとやはり規則正しい生活、ですね。今朝もそうですがちゃんと早起きしてヨガをして。朝食もしっかり食べてから作業を開始する。一日の早いうちに(自身にとって)やるべきことを済ませる。でも、やり過ぎない。腹八分目で抑える。体はちゃんと休める。そして別のやるべきこともちゃんとやる、という、、、当たり前の生活に立ち返りたいと思います。

5月末までに、history pageの更新をひと段落したいと思っています。ライブ以外のコンテンツもいずれは更新したいのですが(集いという観点からすればパーティーや人生ピクニックも反映させたいのです)、それについては6月以降地道に更新していくのがよいと考えています。

他にmessage pageについては、cssを忘れてしまっていて、でもシンプルでもいいからイメージするひな型を作って(僕のスキルだと1日、2日かかります)、更新開始までいけたらいいな〜と思っています。具体的な内容は「裸眼で歩こうエトセトラ」「僕を通り過ぎていった人達」「繊細RE-VIEW」など。さらに「素敵士」、そして「私的随喜」に続く形での2005年以降の「ボンジュールあおきの世界ブルーシルブプレ」。旅日記としての2006年の九州旅行、2009年の奈良と四国、イベリア半島、写真としては父親とのケアンズトリップ、母親とのマチュピチュ、甥っ子の絵画展、、、など、、、載せたいページが沢山あり過ぎますね。。。もうこれ、活動っていうよりかは、趣味というか人生史というか、なんていうんでしょうね。

音源創作面では5月末までには、2,3曲は本気作品を完成させたいですね。そもそもそこ、創作生活のための起点、基盤を作る時期と捉えてますし。

あとはこのところも掲載し始めていますが、特に1999年のDEMO音源をどんどん掲載してしまおう、という。そうなってくるとWebにおけるsong pageも整備していく必要が出てきますね。それは6月以降に。

結局は、なんですが、まとまった時期においてもすべてを成せる訳ではなく、毎日コツコツ積み重ねていくことが一番実りもあり、目に見える成果も出てくるものなんだ、と思います。その毎日コツコツ地道に、そんなペースを道筋をしっかりと作って発動させてゆく、そんな時期が今なのかな、と感じています。

今回はお堅いお話でした。今週一週間も楽しみつつ、素敵に、地道に、健康に過ごしていきましょう。

世界ブルー あおきまさと


あおきまさと高校一年〜二年生時作曲。高校時代に男声合唱部に入部したことを受けてか、あおき自身は合唱曲と思春期を掛け合わせたような作品を作ろうとしたのだろう。当初のタイトルは「チームワーク」であった。男子高校生なりの友情込みの組織に対する「こうすべきだ」「こうした方がいい」という熱い思いがあったのかもしれない。2017.4.18談

作曲:1990年 or 1991年
ガイド録音:1999年秋
ガイド録音Mix:1999年11月25日
映像ラフ編集:2017年4月18日


こんばんは。あおきまさとです。
本日よりようやく本腰入れてsekaiblue.comの【軌跡(history)】コーナーを整備し始めました。
historyに至ってはかれこれ10年間分、更新していないのです。
というのも2009年はイベリア半島の旅があったり、ライブステージやイベントも比較的多く、
ライブ以外のコンテンツも反映させたいと思っていて、膨大にトピックが在り過ぎてまとめきれなかった、というのが正直なところです。「まとまった時間が持てた時に!!」とここ2,3年思っていて、今こそ、世界ブルーの過去10年間の軌跡を並べていきます。画像、音声、動画、テキストを掘り起こしていきます。小さな自分史の公開です。今日は、

・2008年5月16日、阿佐ヶ谷ネクストサンデーにおけるライブ【からっぽ巡り】初演当時の心境、
・2008年6月15日、大久保水族館における爆笑ステージ【後悔したって知らないから!!】の模様

の二つのページを作成しました。

テキストから当時の心境や発想の源泉を知ることが出来るでしょう。
歌詞と音声と絡めてご鑑賞ください。


さて。今晩UPした曲は高校一年生もしくは二年生時に生まれた曲です。上述のように当初は「チームワーク」というタイトル。その言葉をサビで連呼していた記憶があります(恥)。そこで当時の写真=歯の矯正していた頃の小生のあどけないような生意気になってきた感じの姿を載せます。映像編集した後に気付いたんですが、なんと!一枚1990年の4月18日の写真がある! 27年前?

27年前の僕からすれば、今回のように未完成の作品を公開すること自体、どう感じるでしょうか。一方でこの楽曲に歌詞が27年もついていないことを考えると公開してもよいだろう、と判断してみました。

作曲してから10年以内に創作しているんですよね。その創作(ガイド音源制作)から18年も経っている。時が経つことの恐ろしさを感じます。そして、このところ常々大切だと思うのは、「作業する」のではなくて、「楽しむ」=「生きていると実感する」が結果として作業を生む、という方向づけです。今日のhistoryページ作成も今回の「Team Rock」も「今、やろう!」という意志から行動に移された結果の賜物。

こんな感じでモチベーションのマグマを一つ一つ具現化していきます。2017年4月18日 20:55



南へ賭けて 86/+-0

なんせ この吹き荒らしの風 降り立つStation 土埃が
真っ青な空にツキが、、、 俺を照らすのさ
考えてみても 拾うものはない
この空という宇宙でさえも

Something denied
Blow it away

あー クレちまったぜ
あー クレちまったぜ


アリが You know 求める
俺も 喰いつく
考えてみても 拾うものはない
この空という宇宙でさえも

Something denied
Blow it away

あー クレちまったぜ
あー クレちまったぜ


試聴ページ



今回ふと「南へ賭けて」のフル・バージョンを載せることにした。
1998年2月19日に植野宅に遊びに行き、そこで二人で作詞作曲した所謂共作。植野が持っていたコード感から、青木はスペインのバルセロナからマドリッドへ向かう赤土を思い出した。広大でありつつも乾燥した地帯を列車は走る。その風景を歌詞に反映させた。

より詳しく思い出してみると、2月19日に植野のカセットテープを聴かせて貰いつつ、ウィスキーあたりを飲みながら二人で作曲し一応の完成をみた。作詞は翌日だったかもしれない。気をよくした二人は、作詞作曲が完成した喜びからか、写真撮影することにしたのかもしれない。

今回お届けする音源は1999年10月辺りから録音制作に着手し、2000年の1月〜3月にMixを終えたものだ。当時はBee-Drops(ビー・ドロップス)名義で、青木の中では「大御所」が作為的なユニット(ユニット活動開始の要員もまさしく「コンセプト」主義だったと思う)、「Bee-Drops」が音楽的なユニット(当時の学生バンドに多かった形態)、と位置付けていた。この「南へ賭けて」はアルバム『Expansion』に入れる予定であった。(他に、「びいどろ」「コーヒー・カップ」がある)

創作元年である1999年度前半は多数の作品を創った。『Taste One』『おしっこのわな』『新入社員の呟き下半期』『はいから三寸気分』【ASR】(だったかな?)といったアルバム。作品としては今聴いても面白い。ただ音像に限界を感じた。1999年10月時点で、自分が創りたいのは生楽器と打ち込みの半々なのでは?と気付く。(その結論は常に進化したり動いたりして変化するものだが)。それまでの「コンセプト」や「プログラミング」、つまり、イメージを形にするところから、より音像そのものに踏み込むことにした。生楽器の「音」と打ち込みによる生感を追求してゆく。24、25歳当時は青木自身まだ「普遍性」であったり「静と動」と世界ブルーを形容していた。この「静と動」はまさしく打ち込みの冷静なパッションと生楽器の動き、躍動感である。三十路以降は「陰陽」だったのか、と気付いたり、「細胞と宇宙」「遺伝子」などと深化していくのだがそれは当時はまだそこまでの感覚はなくまだ「音楽」していたのだ。

2000年2〜3月までに着手したのが「Summer Day」「Make Me Happy!!(当初はAss-Girl)」「君が空を泳いでゆく」「びいどろ」そして「南へ賭けて」だ。これらは2004年10月に発表したアルバム『from here on』に収録されてゆく。

2003年の3月くらいからだったか、、、アルバム『from here on』を制作するために働かないことにした。2001年から2002年にかけてはライブやイベント活動をしていたが、やはり自分がやりたいことは「創作」だったのと、生きている間に「これ」というものを形にしたい、というよりも、しなければ自分は生きている意味はない、と感じた。やらなければならない。口だけの男となるのか。完成したとしてもそれで満足ゆくもの、自分で自分を認めることができるのか? 「自分」という存在ほど恐ろしいものはない。これは今も変わらない。当時が『from here on』ならば、今は生の世界ブルーそのもの(→sekaiblue.comにて集約。つまり楽曲や考え方、感じ方をすべてさらけ出す)である。

その時に「南へ賭けて」「びいどろ」、他に「花束くれない」「夢灯(ゆめともしび)」も収録候補になっていたが、「アイデンティティー」を突き詰める上で、結果としては発表した11曲となった。

http://sekaiblue.com/discography_detail.php?id=1" target="_self" title="アルバム『from here on』">
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アルバム『from here on』


「南へ賭けて」は中学時代の卓球部で一緒だった植野がギターを、そして、中高で3年間クラスメイトだった足立がドラムを担当している。どこかのスタジオに入ってギターとドラムをMD多重録音機で録音した。カセットテープの多重録音機からMD多重録音機に変えたことで夢のような想いだったが、今聴くとノイズが結構ある。でも、約十七年前の自身が創った音像と考えると愛着も出る。

植野とは慶慶應義塾大学の学園祭にて(LINK先は大御所のみの写真だが、植野からの誘いを受けて「びいどろ」と「南へ賭けて」、植野作品の「コーヒー・カップ」を演奏した覚えがある)、足立とは2010年のアルバム『繊細』ツアー(と自称)の中でのバンド・バージョンでステージ共演しているが三人一緒にステージに立ったことはない。80歳くらいになった時に「ちょっとやってみる?」みたいな感じで共演を果たすのも楽しいかもしれない。生涯現役なので設定年齢を高くしておいた。

さて、結局、今夜も、、、さくっと眠るために録音創作はやめて過去のDEMO音源掲載だけにとどめようと思ったらこんな時間になってしまった。反省。ついつい、、、反省。過去を振り返ると熱くなる。2017.4.15 1:25


既掲載作品「ありふれた形」とともに【BlueRed】収録予定曲。中学時代の卓球部で一緒だった植野との共作であり、同じく城北中学のクラスメートの足立にドラムを叩いて貰っている。所謂同級生バンド版:世界ブルー(笑) この二人については【私的随喜】「おめでとう植野 ありがとう足立」に長々とシリーズ化で記したが現在旧サイトはinfoseekさん都合で閉鎖されてしまった。sekaiblue.com内に【私的随喜】が移管されたらお知らせします。

さて。曲も歌詞も共作というのは珍しい。【大御所】が頭で考えて練ってゆく作詞作曲チームであるならば、こちらは酒飲みながらじゃらじゃら弾いて書いて、というスタイル。後日掲載予定の「びいどろ」も二人でウィスキーを飲みながら歌詞を書いた学生時代、である。

十代よりあおきは「空」を歌ってきたが、「宇宙」を感じるようになってきたのはここ数年である。2007,2008年頃からなのだが、二十代において「宇宙」という言葉が出て来るとついつい反応してしまう。彼(当時の僕)が感じる宇宙とはどんなものなのだろうか、と。

恋愛やセックスと一緒で経験する前と後とでは明らかな差がある。想像から肉感。宇宙についてもそうだ。この歌詞を書いた頃の「宇宙」とは想像上のものだったかもしれない。むしろ「宇宙を眺める」立場。まだ遠いのだ。さて。この作風や歌詞は同年(1997年度)イタリアで書いた「リヴェイラ」、スペインで書いた「風化作用」とも似ている。これらは【知らない街 知らない道】に収録予定である。2012/03/07談

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20130130 20:00、20140131 17:59、20140131 8:40
20140307 8:40、20140322 16:23、20140325、20140327 8:46〜0327 19:54、20140327 23:02、20140328 8:18
20160716朝

<オリジナル歌詞>
みんなの眼差しがこわい みんなの眼差しが突き刺さる
勇気を出して歌ってみれば どう?

今を生きてるのがこわい これからを生きてゆくのがこわい
脈打つ心臓(こころ)が息絶え絶えになったようで〔ようなんです〕

あ〜 ろくでもない生活を〔おとぼけ放題で〕
僕の精神は 終わりに近づいてるのか?

あぁ 未来を案ずる 宇宙だとか 細胞だとか もう NO


音が止まるのがこわい 音が止まってしまうのがこわい
時計の針が絶えず迫ってくるよ もう(/突き刺さるのさ)

心が痛むんだ弱い 僕の心はすぐに折れてしまう
生きてる価値を 見い出したくて どうしましょ?

あ〜 ろくでもない僕が
歌えばそれだけで 生きてゆける気がする(よ)
あ〜 未来を感じる 生きてるんだってば/生きてるとか〜 飛んでゆくんだってば
この舞台の上で 胸を張れ


夢が消えてしまうのがこわい
夢のままで終わってしまう〔消えてしまう〕のがこわい
いつに(幾つに)なっても生きてくのは こわい



こんばんは。
今日はずっと「こわい」という作品にとりかかっていました。
オリジナル作風のショーパブ風のベースライン。そしてその時のインスピレーションで自由に創ってもいいじゃない? ということで、別バージョンのガイド録音をさくっとこなしたのですが、、、ProTools作業が馴れず、、、誤ってクオンタイズかけてしまって、手入力で修正すること3時間、、、クオンタイズかける前の状態に戻せることを知って、、、勉強させて貰いました。今日歌入れしたかったのですが、もう夜の九時を回っているのでやめときました。

でも、なんだかな、と思って、ふと「南へ賭けて」を口ずさんだのです。「南へ賭けて」へ続く。2017.4.15 0:12記載

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こんにちは。真夏、東京、青木真人です。
気分をすっきりしたくなりますね。

さっき八百屋で「この暑さ全然平気そうね。むしろもっと元気よくなっていくみたい。」といったようなこと、言われました。分かるんですかね。僕は寒いのは苦手なんですが、暑いの大好きなんですね〜。夏になると旅に出たくなります。それは体が求めてしまうんでしょうかね。自分のエネルギーを心地好く放出したい。これは古から人種問わずそうなんじゃないのかな〜。それらが文化として受け継がれて風流や風物詩となって残っているような気がします。祭りはそのもっともたるもの。

そうはいっても、この一時間昼寝しちゃいました。そして起き立てなのです、今。蝉が色んなトーンやフレーズで鳴いていますね。遠くで聞こえる分には風流ですが、近くで鳴かれたりするとこわかったりします。蝉の鳴き声はエネルギーが強いんです。それもそのはずで。命の限り歌う、という宿命にあるからでしょう。短い一生で力ある限り鳴き続ける。そこに意味はなく宿命です。

さて、今回お送りするのは、「こわい」 昨日、公開した「今が好き」との姉妹曲。どちらも一筆書きの即興メロディー曲で、牧歌的なジャズです。僕のPCにはSKとルビがふられています。それはメロディーも言葉も一筆書きで即興で織りなす、という作詞作曲方法です。ステージ演目である【妄想壁画】が2010年秋から始まって、このリスキーなステージを迎えるにあたっては、部屋の中でも【妄想壁画】をやる羽目に。そうなるとこの手の作風が多くなってきます。

今気付いたのは、即興だとメロディーの質がピュアである、ということです。そして意外性があり予想の付かないフレーズである、という点も気に入っています。であるにも関わらず、通しで聴くとまとまりがあるのが不思議ですね。

蝉のように求愛したいですね。夏、青木でした。また。2016.7.30 16:48

六月の雨 20051016F01_190、20140816夜、20170411歌い回し

あれから何年も 巡り合えてない あなたというあなた
寝返りを打てば 隣には誰も そんな朝さ

六月の雨も 桜の木の下で 愛し合えたなら
探し求めていた あてもない戯れ 感じ合えたなら

この瞬間を待ってたんだ 汗ばむとこまで
いつか雲を追う あなたと二人で


歳を経る毎に 人様の気遣い 温もる日々さ
差し出す仕草に 参ってしまうのは 独りに馴れ過ぎたから

この瞬間を待ってたんだ あなたのとこまで
夜空の雲を追う あなたと二人で

この瞬間を待ってたんだ あなたのとこまで
いつか雲を追う あなたと二人で


このところ桜散策に出掛けているからか、ふと「桜の木の下で」というムード歌謡のようなフレーズを口ずさんでいたんです。でも音声でいくら探しても「桜の木の下で」なんてタイトルの曲は見当たらず、、、過去の歌詞データで検索したら、この「六月の雨」が出てきました。

これまた、思い切って録音ブースに入りました。まだ曲の骨格さえも固まっていないけれど勢いでAudioでピアノとボーカルを録音(20170411)。気付いたのですが先日お話しした「コラソン」の間奏フレーズと今回の「六月の雨」の間奏のイメージがだぶっていたのです。だから「桜」と「間奏フレーズ」が相まってこの曲を口ずさんだのでしょう。「六月の雨」には2つの間奏フレーズがありました。<インパクト前奏><間奏><インパクト後奏>と、通常の間奏とインパクト間奏の2種類です。

通常の<間奏>を「コラソン」で使っていて、<インパクト>は分解もできたので
前奏:<インパクト後半フレーズ>
間奏:<インパクト前半&後半フレーズ>
後奏:<インパクト前半フレーズ>
に落ち着きました。

フレーズを差し引いたり、分解することで、より楽曲がすっきりとまとまり、聴きやすくなりました。

音声もYouTubeで上げたいのですが、、、気付いたのですが、、、一日の中で「歌練り(作詞作曲に相当)」=>「録音創作」=>「音源公開のための映像作業」=>「データ整理、保存」とやっていくと、肝心の「歌練り」と「録音創作」が進まないことに気付きました。これは常に悩みの種なのですが、無理して作業量を増やす必要はないな、と。今回の「六月の雨」も20170411Demo音源と20170412本番録音用のGuide音源がありますが、時間があれば公開することにします。

今から、4月からの「鼻唄の整理」をやります! 2017.4.12 17:10


鈴虫の鳴き声が侘びしいです。
そういえば昨日の昼、この季節が好きだという話になって、だからこそ「寂しい」、というところ共感し合いました。でもそれは決して「悲しい」んじゃないよね、という。B「え? 悲しいと一緒じゃん」C「違うよ。」A「どちらかというと「侘びしい」んだよね。」C「そうそう。」B「ふ〜ん」

そういう曲かな〜。この曲は。路地裏のスナックに行きたくなるおじさんの気分。

「スナックってうちらがおじさんになったら、需要あるのかね?」という話題が十年前くらいに出た。演歌がJ−Popにとって変わるように、スナックも別の形で存在はするな〜と思う今です。2014/09/21 00:43談



空 20141213_235602Sora、20170408歌い回し

空 いつまでも眺めていたい空
空 君と二人で眺めていたい空
空 投げ掛けた願い叶うなら
空 君も僕も笑い合えるだろう

空 一緒に眺めていたいんだ
空 空の下で繋がっているんだと
空 天から注ぎ込まれる光が
空 僕らを照らし続けるんだろう

空 空から降って来る雨さえも
空 やさしく浴び続けたいんだと

空 空と共に生きてきたんだ
空 空の下で僕は歌うよ
空 何もなくなってしまったとしても
空 空と共に生きていくんだ

生きていくんだ
生きていくんだ


「生きてきてよかったな〜。」
そう思える瞬間に出逢えることはよいことです。当たり前ですが。

そのためには自身なりに努力が必要かと思います。
リスクを背負わなければならなかったり、冒険してみたり、積極的に動いてみたり、気遣いや相手との適切な距離が必要だったり。

このところは有難いことに不器用で夢追いに固執した僕と会ってくださる方々がいます。これは嬉しいことです。時に頼って下さったり。ただ会ってくださるだけでも。そういうのって当たり前のようでいて、年々歳を重ねるにつれ、本当に有難いことなんだ、と思います。

そして思うんです。もし、僕が創ること、表現すること、それをやらなくなった時、口当たりのよい人として職場にいる時のように多くの方々と楽しくお付き合いしてゆくのでしょう。でも、そこで僕という存在はそこで終わってしまうんだよな、と。むしろ、今の僕、こうやってエゴイストであり、ナルシストであるが故の僕がいるからこそ、それをどうにか抑えている状態が、よいエネルギーになっているのではないか、と。例えば、ライブステージに立ちたくないが故に立つと、反動のエネルギーが生じることで何とも言えない雰囲気が醸し出される、そんな状況に似ているかと思います。押すでもなく引くでもなくどちらでもないエネルギーの震え。

今回お届けする作品は「空」。これ、数日前に何の気なしに鼻唄音源を聴いていたら遭遇した即興曲です。今朝起きてふとこの歌を口ずさむ自分がいたのです。歌詞起こしをしようとして。どうせなら声だけでも録音してみよう、ということになりました。そしてどうせなら録音環境にこだわらず素の声をさらっと録音しよう、ということになりました。常に手元、枕元に置いているポータブル録音機に口ずさむだけ、というレコーディング。

この一週間は毎晩出歩いているのであまり自分のメロディーと関わってはいないんですが、それでも働いている時よりは充分に触れることができています。そうなると今回の「空」のように「何の気なしに」触れて「何の気なしに」録音する、というスタンス、こういう感じが僕好きなんです。

この作品は実際もアカペラに近い形で作品化したいと思っています。歌う場所は草原(笑) その設定は難しいとしてもだだっ広い公園でやはり同様にポータブルマイクで口ずさむのです。やはり空の下での歌声というのはどことなく柔らかいんです。風の音や小鳥、子供たちの声などもあってもいいかもしれません。もしくはまったく無音の静寂の中で僕の歌声だけが存在するのでもいいかもしれません。

そういう想像をしているうちに、この曲はアルバム『二十八億光年』に収録してみるのがいいんじゃないか? とか、歌録音を終えてすぐに「Weak End」という曲が脳内プレイされるものだから、アルバム『遺伝子』に収録しようかな♪ とか、またそうやって想像が広がるんです。

そういうの。楽しいですね。2017.4.8 16:42 & 2017.4.11 12:44



人の欲とは際限がない。
働いていれば時間がないと言う。
働かなければ金がないと言う。
旅先に出て曇り空だと晴れを欲し、
桜の季節ともなると満開こそ見たいと思うだろう。

今回お届けする作品は、冷え冷えとした曇り空の下、地元の公園のありふれた情景である。(あおきまさと談)


こんばんは。
先週は夜桜散策に出掛けました。静かな夜に初々しくも艶めかしく懸命に咲いている姿は美しいものです。2017年4月9日、雨降り。それでも桜は懸命に咲いていました。なんだか桜に同情というか、愛着を感じてしまいました。

同日、「コラソン」の出だしのコードをポーーーンと弾いた時に、「あ、これ、桜だ」と感じました。桜をテーマにした音像を試しに作ろうと思ったのです。雨も止んだみたいなので、気晴らしに下井草の美しい桜(本当に美しいんですよ!)をのんびり観に行きましてね。映像撮ってですね。その映像、それは敢えて曇り空であるが故の憂いみたいなもの。それと音像とを合わせてみたのです。

映像について。実際は、30代の女性の週末、一人暮らし、部屋で地味に家事をして、曇り空で。そこからふと外の風景。ちょっと晴れ間が出てきている。そんな時に彼女の顔がアップで映し出されて。最後に桜と空が映し出される、という想像が映像化されれば完成になるかと思います。

Voiceものっけてみました。試しに録ってみたのですが、こういう歌い方もいいな、と思いました。呟きでもない、囁きでもない、息詰まり(笑) 歌詞や映像、頂ければ新たに録音・編集・作品化して公開させて頂きます。

冷え冷えとした春も情緒があってよいものだな、と思います。皆様にとってのささやかな癒し、Night Walkingのような仄かな愉しみとして聴いて下されば幸いです。

夜の感性を静かに置く。お相手は世界ブルー、あおきまさとでした。おやすみなさい。2017.4.9 23:04 & 2017.4.10 23:48

コラソン 作詞作曲:あおきまさと
Music inspired 20170329
Arranged & Lyrics 20170409

扉を開けることさえも こわくて 何度も 引き返した
どんな姿で どんな顔で 挨拶すればいいの?
でも 僕はここまで来たよ
もう 考えるのはやめた

ずっと遠目でただ 憧れを頂くだけで それだけでよかった
体の奥底が 勝手に動いてしまうのは何故?
そう あなたを誘いたいよ
でも ステップも踏めない リードなんかできない
タンゴ!!

ミロンガが回り始めた
男と女 男と女 瞳を閉じて
人生を語り始めた
心と心 体と体が 踊り出す

照れ隠しさ お酒に頼っては 時間を潰すのさ
もどかしい気持ちを どこかへ 追いやって あなたへの視線
どう? 目と目が合うその時に
ほら 音楽が流れ出したら 始まる!!
人生!!

羽ばたこう あなたと出会う
この想いを 一瞬一瞬 味わって去ってゆく
歌うように 踊る二人は
心と心 体と体が 通い出す

ミロンガが回り始めた
男と女 男と女 瞳を閉じて
人生を語り始めた
心と心 体と体が歌い 踊り出す


勢いで今朝からずっと編曲と作詞の同時並行をしてみました。熱中しました。木曜のタンゴのレッスンとバー・タイム、そして昨晩のタンゴのレッスンとバー・タイムから歌詞がインスパイアされました。

今朝起きたら初めて頭の中でタンゴが鳴っていたんです。勿論それはオリジナルではなくて、昨晩お店でかかっていたタンゴ曲でして。でも夢の中でタンゴが鳴るっていうのが(夢の中で英語を話すという体験と同様に)嬉しくて、今朝の気分はタンゴ、というよりかは四谷シンルンボだった訳です。

そして、ちょっと自分のメロディー・フレーズで気に入っている箇所を反芻していたら(まったくタンゴ曲ではない言わずもがな僕特有の癖のあるフレーズなのですが)、、、このフレーズにタンゴを習い立ての男心を載せてみたくなったんです。これはM先生やF先生達がかねてからタンゴの曲書いてみれば?、とおっしゃっていたり、確か木曜にF先生が青木さんの(タンゴ曲でなくてもよくて)オリジナルの曲にタンゴの歌詞を載せてみれば?、というようなことをおっしゃったり。そして昨晩お店でお客様を含め、M先生、R先生との踊りを通して、なにか歌にしてみたくなったのです。

もしかしたら、水曜と金曜の桜散策という色気?_?)も影響しているかもしれません。交感神経? 何か発動しちゃいました(笑)

先日公開した「ずっと君と」が四谷シンルンボのパーティーを意識して生まれた作品という話は既に申し上げました。今回の「コラソン」は即興曲のメロディーをモチーフにしつつ、歌詞は四谷シンルンボのお陰で生まれました。感謝です。

今、歌詞を読み返すと、言葉ひとつひとつは突然生まれたものではないことが分かります。例えば女性からの相手の男性との感じ方、男性のタンゴを始めたての頃の心情など、四谷シンルンボで出会う方々との会話が投影されていると感じます。そして、先生方から教わっている心や言葉が反映されているように思うのです(勿論、僕自身がすべてを理解している訳ではなく、僕なりに吸収・消化した心ですが)。この半年間弱、特に今年に入ってからシンルンボに通ってお話を聞かせて頂く機会が多く、そんなお話と僕のタンゴ初心者としての男心、リードするもどかしさ、リードする心地好さ、そんなものが入り交ざっているのだと思います。

それにしても。メロディーと言葉を同時並行で歌練り、言葉練りする、というのはとっても楽しい。そして、作詞作曲でもがくのってとっても楽しい。今日は歌詞しか載せることができません(今、イメージが出来上がったばかりなので。というかもうお腹が減って今から担々麺慶に行きたい! この三週間程行っていないし!)が、帰って来たら勢いで創作に耽りたいと思っています。

まずは。新鮮ほやほやの歌詞を掲載させて頂きました。
お読み頂いて有難うございます。2017.4.9 13:01

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