海外の反応 韓国


昔から銀鉱石から純銀を精錬方法は高級技術だったが、大半の国は銀鉱石をそのまま加熱し続け、灰の山から銀を抜く方法を使ったが、投資対比の結果物が良くないため純銀は高価な貨幣として使われた。

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時は燕山君の時代、燕山君は贅沢を楽しんでていつもお金に飢えていましたが、ある日、金甘佛(キム・ガムブル、良人)とキム・ゴムドン(奴婢)が燕山君の前で化学実験を実施した。

キム・ガムブルとキム・ゴムドンは、自分たちが開発した方法だと言って、金属の溶ける点の差を利用し、鉛と銀が混ざっている低品質の銀鉱石の塊から純粋な銀を製錬した。

燕山君は大喜びし、直ちに咸境道の銀鉱からこの方法を利用して銀を大量に製錬する様に指示した。
しかし、「銀製錬法」は革新的であり、純粋銀の大量生産を招き、朝鮮内部に銀が多くなった。

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銀を共用貨幣に使用する明と交易は歴代級で並んで朝鮮王朝実録には「黄海道から義州まで荷物を積んだ車がいっぱいだ」「中国に向かう使者たちはは3千両ずつ握って行く」などの記録が残っていて、「朝鮮-国境一帯は銀とても多く、物価が北京と大差ない」などの記録も残っている。

しかし政権奪回に成功した中宗(チュンジョン)勢力にとって、この技術は贅沢と享楽を助長する「積弊」でしかなかった。贅沢根絶と農業奨励という名分のもと、端川鉱山は閉鎖され(1516年)、新技術は廃れていった。

ところが日本でいきなり大騒ぎになった。

1526年、博多の日本商人が朝鮮の技術者2人を招待して朝鮮の銀精錬法を導入するのに成功したのだ。

日本の島根県の岩見銀鉱二(ユネスコ世界文化遺産)、日本の銀鉱は鉛がたくさん混ざっていてとても低品質の銀鉱だったが、金属の融解温度差を用いて純銀を抽出する朝鮮の技術は、彼らに天から授かった祝福だった。

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1584年石見銀山は豊臣秀吉に渡り、ここで生産された銀は豊臣秀吉の軍資金に緊要に使われている。

日本は世界2位の銀生産国として浮上し、ポルトガルは日本に来て銃砲や兵器を日本に売って日本で受けた銀で明によって明の特産品を買って本国に帰還する貿易が行なわれた。

莫大な銀に基づき、日本は多くの武器を確保し十分な兵士を維持することができた。そして壬辰倭乱(文禄・慶長の役)が起きた。


 韓国の反応 



朝鮮の陶工と銀製錬技術で日本が発展したのはファクトである。反面、韓国はその良い技術があっても使えなかった



日本は朝鮮から技術工を連行し、特別待遇をした。一般的に知られている陶工、建築家、鍛冶屋はもちろん、数学者、化学者、物理学者など各種産業、技術方面の高級人材を金で連れて来たり、拉致をしてでも手段や方法を問わず、連れて行ってしまった。

それだけでは無く、日本は使い終わってから捨てるどころか、良民待遇はもちろん、官職と禄高まで与えた



日本は造船技術者を朝鮮とは比べ物にならないほど大きな待遇をした



歴史は廻って廻るんだな、我らはいつも後になって後悔する



朝鮮政策の最大のミスは、商業を軽蔑、蔑視した事



これが朝鮮時代だけの問題ではなく、今もそうだというのが問題



・銀鉱から銀と鉛が一緒に出て、金鉱では銅が一緒に出る



・日本には銀が多いと聞いたんですが、これが原因だったんですね



こんな貴重な技術をそのまま流出させるなんて



・歴史は繰り返される



当時、文明社会ならほとんど通用する重要産業を空しく無駄にした



・何故よりによって燕山君の時にあんなすごい技術が



・1610年代に伊達政宗がスペイン式のガレオン船を建造してのっていたという記録がある



この様な人間のせいで、朝鮮が劣等なゴミ国家として認識されるとは



・朝鮮時代後期にはずっと沈滞し、時代遅れの発展なき後進国になった



・朝鮮前期の時は、時代の流れ上立ち後れた国でもなかったしそれなりに良い国だったが、その後急激に落ちぶれた



朝鮮は技術者を軽視し基礎科学を育成しない国、その後が大韓民国です



・2014年基準研究開発費のうち、日本は14%、ドイツは18%、米国は47%を基礎科学に投資する反面、我が国は6%に過ぎません



・16世紀の石見銀山は、全世界の銀山の1/3を獲得した

引用元記事:https://bit.ly/2XuUXO2

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