海外の反応 韓国


28日、奈良市内のホテルで会った小林教授、日本の古刹東大寺所蔵の新羅華厳経写経を複製したテキストブックを開き、写経の文字と「角筆」について説明した。

国の市内の宿舎で会った彼は静かながらも断固として自分の見解を話した。 小林教授は共同判読会を行い、日本のカタカナの「角筆起源論」に関する根拠資料を忠実に確保し、韓国でも 角筆研究者が現れ、研究成果が積もったことを最も大きなやりがいを挙げた。


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彼が提起した「日本のカタカナの新羅角筆由来説」について、日本の学界はほとんど信頼できないという反応を見せた。 後輩学者らと微妙に対峙する状況も起きた。学界の拒否感が少なくないだけに、90歳過ぎても研究してきた内容を学会で新しく発表する機会が消えなかったのかという言葉に、彼は毅然として答えた 「時間が経てば解決されるのではないでしょうか。 学問ということが突き止めた事実として話して解釈し、評価を受ける過程だからです。 日本の学界から疎外されるとは思いません」。



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調査最終日の29日、再び会った彼は「午前判読会で思いがけず新羅人が残した角筆文字5種を追加で発見する成果を収めた。 嬉しさのあまり一緒に拍手をした」と子供のように喜んだ。

東大寺所蔵、新羅仏教の経典の筆写本は、今回の調査を最後に2年以上の修理補修作業に入る。「事実上、最後の調査になるのではないか」と聞くと、彼はにっこり笑いながら言い返した。「そうですね、体が丈夫なら韓国の研究者とまた調査します。 63歳で定年が来て、教授職から退いた後、10年計画を立て、全国を巡回して擱筆資料を全部調査しました。 古文書研究は体の苦労をいとわないと成果が出ません」。


 韓国の反応 



日本にも真実の人がいるんだね



カタカナは角筆だけでなく、新羅吏読を借用して作ったものだ



・日本人たち、胸がいっぱいになるよ



伽耶を筆頭に百済、新羅、高句麗の騎馬族たちが列島開拓のために越えて行ったの、当時の列島は鉄器すら無く、藁で家を建てて先住民が住んで居たが、古代の韓国人が海を越えて国を建てて、文化に華を咲かせた。それを必死に否定する日本の右翼の奴ら



そうです、日本は韓国人が建てた国です



日本の天皇が自分が百済系だと発言しても、それに噛みつくのが日本人



政治的ことはさておき、学者としての所信のある研究をされていることを尊敬します



一生涯真理を追究した老学者の観想に気品が流れる。92歳という年齢が信じられない



カタカナ ⇒ 新羅慶尚道の言語



すでに40年余り前、小学校の時日本人文字は、新羅で使う吏読文字と角筆から取ったとすでに習ったけど



文字だけでなく日本という国家、民族、歴史、文化なども韓国から伝わったものである。甚だしくは遺伝子すらも


・ひらがなは百済の天皇が作ったと言いますが、カタカナまでそうなの?



日本にも正常な人はいらっしゃいますね



・新羅が間違った。厚顔無恥の猿たちへ字を与えたから



名前が漢字4文字の組み合わせ、そして中国式の姓を使うよりも、住む地域と村の特徴が姓に表れているのがすべて百済の特徴だ。

また皇家の官制組織も百済と一致、日本の初期の皇室は百済系で、そこへ伽耶の遺民が九州に定着してから新羅が敗亡し、新羅系の遺民たちが渡来して現在の東京地域に定着した。

日本の戦国時代は実際、百済伽耶の新羅系渡来人の主導権争いで始まった。 結果は新羅系豊臣と徳川の勝利に終わり、その後東京が日本の中心となる



日本人自体が朝鮮半島から渡っていった人々90%と、原住民10%の混血である



まあこう説明しても、日本はまた嘘つきますよ(笑



文は新羅の物で、天皇は百済王の子孫、日本人の中で背の低い人は新羅の後裔、白くて背の高い人々は百済の後裔、事実上、韓国と日本は同じ国だ



日本の立場としては衝撃だろうけど 韓国の立場としては大したことないね

引用元記事:https://is.gd/TclrK6

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