海外の反応 韓国


スレ主

朝鮮を中国の属国と見るのは難しくないですか?


属国の範囲をどの程度にするかによって主観的な見解が作用しそうですが、普通の人が考える意味で考えてみると、属国の範疇には入らないと思います。

中国に朝貢し、冊封を受けて事大主義をしたが、実質的には厳然と自治権があったんじゃないですか?

王も我々が立て、外交権もありましたが、属国と言うのは難しいと思うし、事大の礼を尽くしたというのが正しくないですか?

私は元の時代、高麗ぐらいにはならないと属国では無いと思います。




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 韓国の反応 



ささやかな外交権も、朝鮮後期には無かったと思われます



「属国」という概念をまずはっきり定義しなければなりません。伝統的な意味での属国とは、朝貢国のことであり、当然属国となります



しかし、外交と内政を自主にできない西欧帝国主義的な意味の属国であれば、朝鮮やベトナム、ミャンマー、琉球のような国が含まれているかどうか、議論が起こります


明は冊封を要請しましたよ、しかし、中国が外交的な影響力の強化でケチをつける場合も多かったが、実質的には、王でも王妃も世子も、我々が選ぶケースも多々あった



・1455年(世祖1年)左議政になり、その年、謝恩使として世祖の王位簒奪を譲位に名分を立てて明を説得するために燕京に行った。明に行って端宗の譲位を疑う追及に、世祖の王位簒奪を譲位と説得させた



・王を自治的に立てたことは事実だが、最終決済は中国の許諾を得ていました。外交も中国に一任して昔日本に行こうとしたが、韓国に間違って来た西洋人船員たちは一旦中国に送ったんです


・外交国防できないのに・・



諸侯国程度で合っている様です



・私は、中国の冊封は名分づくりと見るので、結果を覆すほどの事案ではなかったと考えます。中国が最後まで冊封をしてくれずに反対すれば、王を再び廃位させるんですか?

実際、中国はそれほど影響力があったわけではなく、中国もそれを知っている為、外交的実利を得るための朝鮮への圧迫用として使いました



・1875年、明治日本が朝鮮を開港させようとする江華島事件を試み、清に問い合わせ書信を発送します。「日本は朝鮮を開港させようとしている。

これに対して清は、朝貢国である朝鮮の状況に対してどのような態度を取るのか」と、これに対して清は、主要大臣がすべて会合し、結論を下しました。

「朝鮮は外交と内政を頻繁に行ってきた。朝鮮が彼らの意思どおり開港することは清国が関与する問題ではない」



・この手紙を受けた日本は安心して江華島条約締結を強要して朝鮮を近代世界に引き出します。

清国はその直後から後悔し始めます。伝統的な意味での外番の取り扱い方では、朝鮮を清の垣根にする事はできないということを知ったからです。

日本が江華島条約を締結すると、その後、米国も朝鮮と通商条約を締結します。清は朝米条約文書に清国の優越権を挿入しようとするが、アメリカはこれを断りました。朝鮮は自主国家だと判断したのです



・その後、清はさらに執拗に朝鮮の国際法的地位が清の属国であったと、強調し始めます。1882年の壬午軍乱と1884年の甲午警長として清軍が駐屯し、清海軍が仁川港を巡視したことで、事実上、朝鮮の地位は急激に墜落し始めます。その絶頂は、朝鮮がアメリカに最初に常駐外交官を派遣した際、両国の間に発生した波紋でした


・中国の王位冊封要請は、欧州で儀礼上、法王許諾を得た水準ではないでしょうか?



・朝鮮後期は、確かに清の属国だったのはファクト、清を通じなくては、そのいくつかの外交活動もできなかったのが後期朝鮮



・1896年に独立門が建てられた理由は?

引用元記事:https://cutt.ly/YgQzkkg

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