魅力あふれる方々と、地域の現場に足を運ぶことこそが、最上の学び。
今日はまちとしょテラソの花井裕一郎さん、
http://blog.livedoor.jp/sekainotakachan/archives/67837711.html
官民連携の第一人者天米一志さん、
http://blog.livedoor.jp/sekainotakachan/archives/66964764.html
そして関西の新進気鋭のデザイナーさんたちと
有田川町地域交流センターALECを訪問しました。
(有田川町の紹介)
有田川町は、平成18年に吉備町、金屋町、清水町が合併。現在の人口は約26,700人。
和歌山から紀勢本線にゆられること40分。車窓から眺める海が気持ちいい。有田みかんと棚田(千枚田)が有名である。
(蘭島(あらぎしま)の棚田。旧清水町。日本の棚田百選にも選ばれている。)
(図書館の現状とタブー。)
旧吉備町時代から図書館がほしいという要望はあったが、「図書館という施設の在り方については、以前から疑問だった」と三角治教育部長は語る。
いつみても、おんなじような方が利用している。
・リタイアされた方
・本がマニアックに好きな方
・受験生
統計をとると、町民の10%以下利用していない。
10%以下の施設に何十億円もの税金を使っていいのだろうか、それが疑問だった。もっと子どもや若者、働いている人たちも利用してほしい。
なぜ、利用者が限られているのだろうか。
これまでの図書館は、本が置いてあるだけ。静かなのはいいが、どうしても堅苦しかった。ゆっくりと食事もできなかった。
図書館のタブーの逆をやればいい。
・食事もできる
・会話もできる
こういう施設ならば、もっとたくさんの人が利用してくださるのではないか。
図書館で食事をするというと、すぐに本が汚れると批判されるが、考えてみてほしい。図書館から借りた本を、自宅では、コーヒー片手に読んでいる。
なぜ、図書館では食事がだめなのだろうか。
会話だって、館内に有線音楽を控えめに流せば、その範囲内で話してくれるはず。大声で話す人はいないだろう。
どれだけ理屈で説明してみても、当時そのような施設はほとんどなかった。いわゆる図書館原理主義者からは、もちろん抵抗があった。
そこで有田川町がとった方法が、地域交流センターに本を置くということ。
(本が読めるカフェ)
有田川町のALECはあくまで地域交流センターであり、図書館法上の図書館ではない。だから、補助金についても、国土交通省所管のまちづくり交付金が交付されている。
その補助金をいただくときの会話がとても面白い。
「地域交流のためのカフェに、雑誌を置いてもいいですか。」
「もちろん、いいですよ。」
「カフェに、本を置いてもいいですか。」
「いいですよ。」
「カフェに、本を”3万冊”置いてもいいですか。」
「いいですよ(笑)」
(ALECでは、地元の綺麗なお花も売っています。)
住民は図書館という施設ではなく、本が読める、本を通じて交流できるという機能がほしかった。施設ではなく、機能に注目した点が、有田川町の秀逸なところだと思う。
実際に開館してみると、これまで”図書館”を利用しなかった人たちがたくさん来るようになった。
・有田の山を見ながら、ゆっくりお茶を飲む人。
・趣味のサークルを打ち合わせする人。
・小さな子どもを連れた親子連れ。
主婦の方だって、「子供をつれて喫茶店に行きます」では少し抵抗があるが、「子供をつれて”図書館”に行きます」は、抵抗感なく行きやすいだろう。
ALECでは、オープンテラスでも本を読めるため、持ち去りを防止するためのゲートは存在しないが、それでも盗難はほとんどない。また、食事をしながら本を読むことで、当初懸念された本の汚れも年間数冊にとどまるという。
(地域の”図書館”の役割)
ファッション誌や旅行雑誌、そして充実の漫画コーナー。地域の人が求める本を置いている。
いわゆる専門書はほとんどない。車で30分も行けば県立の図書館がある。専門書を読みたい人はそちらに行けばいい。
高次医療と町医者の棲み分けではないが、”図書館”の機能も棲み分けることで、それぞれの良さが生きてくる。
役場はどうしても堅苦しくて、好きで訪れる人は少ないが、ほとんどの町民が利用するALECは、町の発信基地の役割も担う。町の広報やイベントの募集も行われ、町民の情報交換の場である。
面白いのが、図書館職員が作成した有田川町のお店紹介。1軒1軒足で稼いだ情報が、美しく掲載され、地元の人も意外に知らなかった地元の良さがわかる。
有田川町 ALEC
http://www.town.aridagawa.lg.jp/alec/top0.html
<関連記事 まちとしょテラソ~日本で最もチャーミングな図書館>
http://blog.livedoor.jp/sekainotakachan/archives/67837711.html
飢えをしのいだ思い出のある所。私の父は有田市出身(といっても箕島駅から近い)ですから、有田川を甘く考えていたからですが、この有田川町の合併は成功だと思います。
3日前に東京で会った人が、今、こんなお近くにおられるとは?ホント、現代の役行者ですね!