美しい道のり ☆AOKY(Sekai Pink)☆

歌うための心と体

歌うための心と体 美しい道のり
朝の過ごし方やヨガ、食事を通して
健康、美、若さについて徒然に書いています

【挽回する力】

この幸せを誰と共有すればよいのだろうか。
外からの風が心地好く入って来る。
幸せって、もしかしたら、風なのかしらん。

今月7月から、生感を出そうと、夏全開を楽しもう、と感じていましたが。やっぱり念って通じるんでしょうか。この一週間は濃密でハッピーでございました。



常々感じるのは。調子いい時はそれでいいんですが、調子悪い時にいかにリカバリーするかの方が、トータルの生活からすると重要かもしれません。サッカーに例えると、調子いい時は攻め攻めでゴールに向かって相手陣内に入っている状況。シュートもバシバシ放ちます。でも、サッカーも人生もそんなに簡単にはゴールを決めるところまではいかないものなのです。一方、調子悪い時は相手に自陣に切り込まれている状態だとしましょう。油断するとあっという間にゴールを決められてしまいます。サッカーが人生と似ているのはその辺りもあるのかな、と感じます。

試合に勝つためには、勝負に勝つためには、守りをしっかりと固めることです。美しいサッカー、アメイジングなサッカー、ファンタスティックなサッカー、色々あっても、それら芸術的な、はたまたクリエイティブな攻撃があったとしても、守りを疎かにすると、試合結果はみすぼらしいものなのです。


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画像:AOKYによる男の食卓。勿論、飲むのは赤ワイン。うふふ。

おじいちゃんみたいな生活、と言われたりもしますが、、、やはり、王道は規則正しい生活、ですよ。エッヘン。早寝早起き。家事命。健康快楽。ですよ。掃除、洗濯、買い出し、料理、ですよ。



7月の夏全開、生感に話を戻します。そう。規則正しい生活をアポロだとすると、それを土台にしてカオスを楽しむ、もしくは、スパイスでもいいですし、人生の面白みを感じていく。文章じゃ分かりづらいですかね。。。

実は、今週、無観客ライブを実演して来ました。次回か次々回、この場で、そのライブ・ステージへ至るまで、ライブ・ステージの構成そのものについて、お話しようかと思っているんです。ちょこっと話すと、、、「よぉ~し、7月は生感出して、全開で行くぞぉ~」って感じた矢先に音楽仲間から出演依頼を受けました。そして、AでBでC、さらにDでEでF、結果、GでH!!!といった具合で、色んなものが結びついて、循環がよかったのです。そんなお話が出来たらいいな~、と。無料動画配信もしちゃいます。初の演目ですよ~(笑) 楽しみにお待ちくださいな。



さて。もうちょっと投げかけてみますね。先程、守りを固めて、と申し上げました。「でも、どうも調子に乗らない」「全くうまくいかない」「毎日がつまらない」なんて方、いらっしゃるのでしょうか? 人生にも生活にも波がありますよね。僕にもあります。今後どうなるかも分かりません。でも、一つだけ、この一年間のハッピーな生活から気付いたことがありますよ。それは。「粘り強く」です。投げやりにならずに、放っておかずに、問題に対処する。面倒臭いと感じてもやり遂げる。手間暇かける。これです。そうすると、、、結果として、必ず、報われるんですよ。

「何をやっても報われない」ってお感じの方、多いかと思うんです。僕も5、6年前感じていました。努力しても頑張っても評価もされなければ(評価されないと自身で感じてしまう)、見合った報酬も得られない(見返りを求めてしまう)、むしろ疲弊していく一方。。そんな感覚は痛い程分かります。

「何をやっても報われない」人が「どんどん潤っていく」ことが出来るんだな~、と感じます。だから、これを読んで下さっている友人・知人にお伝えしたいんです。今、もし、うまくいっていない、と感じていたら、、、ググっと堪えて、目の前にある問題と真剣に対峙して、淡々と手間暇かけて処理・遂行してください。あくまでも「粘り強く」ですよ。それが、生活の土台、基盤を作ることになるのです。

読んでくださって、ありがとう。AOKYでした。2020年7月11日 19:30談





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人様とのやり取りを通して、自身の考えていることって、見えて来るものですね。

今回は、そんなやり取りの中から、僕自身が書いた箇所のみを抜粋し公開させて頂きます。何故かというと、今後、こういう内容を真剣に話し合える関係性を持ちたいからです。誰に対して、というよりも、関わって下さる方と前向きに会話をしていきたい。このブログを読んでくださっているあなた、であるならば多少なりともご理解頂けるかと存じます。閉塞感が漂う今だからこそ、身近な交友関係を大切にし、感じる部分を共有したい、そんな思いで、転載させて頂きました。

今後とも、引き続きよろしくお願い致します。

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画像:冷蔵庫に具材がほとんどない場合の朝食の一例。ここにヨーグルトが加われば理想。


「よい巡り合いを大切に」

「何だか昨年夏の終わりくらいから立て続けに、面白いこと、よきことが起きています。人生ってこんなに楽しかったっけかな? と。(中略)あの頃は能動的にエネルギーを出していましたが、今は、自然にエネルギーが入ってきたり、循環良いです。」

1、自身の真にやりたいことをやる。やり続ける。
僕の場合は、昨年はずっと部屋で作曲してました。勿論、人と会ったり、食べ歩いたり、ライブ演奏したり、タンゴを踊ったりするのも好きなのですが、「これだけは絶対」という作詞作曲やレコーディングが最も自分自身でいられます。そこに注力していたら、気分がよくなるだけでなくて、自信も付いて。他のことで色々あっても、あまり気にならなくなったというか。

2、悩ましいところからは離れる。距離を置く。
いくら気分がよい仲間、モノ、経験に包まれていても、社会生活をするにあたって、苦手な人や情報や場面に出会いますよね。人間関係であったり。縁を切るという訳ではないものの、「なんだかな~」と思うところからは潔く離れてみるとスッキリします。そうすると、よりいいものと出会うチャンスが増えたり。僕の場合は、facebookをやめて、LINEも故障したお陰でやめて、twitterも情報発信にとどめて。そこから急に運気が上がりました。ただ気を付けたいのは、僕の場合はリアルに会う方々が多いからであって、SNSをやめる=素晴らしい、ではないです。SNSを上手く活用するのも素晴らしいと感じてますよ。

それから、嫌な気分になりそうなときは、なるだけ、よいことを思い浮かべています。僕の場合、効果があったのは、自身の会社のデスクに家族の写真を置き始めたら、急に運気が上がりました。「もや」っとしたら、家族の笑顔の写真を眺めると、気持ちが切り替わるんですよ。

何はともあれ、ほんとに基本的なことを。規則正しい生活習慣=適度な食事、睡眠、運動。ですかね~。

「人様の意見というのは、正誤問わず、自身に気付かせてくれるものが沢山ありますよね!」

現在出会っている交友関係が、実は最高の交友関係ですから。」

どうですかねー。「好きを貫くこと」、が、一つかなー、なんて。「好きこそものの上手なれ」かな、と。

「好き」=興味分野に精通すると、よき情報も集まったり、お金の掛け方も分かってきたり。無駄遣いしなくなりますよね。

「好き」っていう方向性が明確になると、色んなものが巡ってきますよね~。

「好き」って、おっきなことでなくてもよいかと思いますよ。
仕事や趣味以外でも、お洒落だとか、お風呂だとか、料理や洗濯などの家事だとか。
読書でもゲームでも海外ドラマでも。ちょっとした「好き」を増やしていけば、楽しくなりますしね。

「お湯ってあったかいな~」とか、洗濯もの干すと、太陽のお陰で乾いて、「太陽ありがたいな~」と。そういうところから幸せ度が上がって来ました。これは「好き」ではないけれど、些細なところで気持ちに余裕が生まれたりしますよね~。

「これ!っていう好き」でなくても、「ちょこっとした好き」を重ねていくといつの間にか人生の豊かさが膨らむこともあるかも、です。

そんな「これ!」ではないけれど、「ちょこっとした」興味を持つことで、日々の楽しみが増えたような気がします。

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画像説明:毎朝、この器で緑茶を飲んでいます。備前焼。

人生ピクニック:2020年夏「健康快楽」始動で書いた通り、とある画像を探していたのですが、結局見つかりませんでした。それは僕の食器棚の画像。お気に入りの器が陳列されているものを撮影した覚えがあるのですが、、、

というのも、先日、友人から「どんな器(を使っている)?」というご質問を受けて、「ならば!」とブログに載せてしまおう!と思ったからです。画像って重いですからね~。ブログに公開して見て貰った方が、よいのでは?と思いまして。

お気に入りの器の画像がちらほらありましたので、今回は敢えて撮影することもなく、手持ちの画像を公開させて頂きます。

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毎朝、この器に熱湯を注ぎ、冷ましてから、白湯として飲んでいます。
さらに、この器に毎朝炊き立てのご飯を装って食べています。美濃焼。

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珈琲はもっぱら、denbyのマグカップに注いでいます。2杯分たっぷり淹れると、ちょうどこのマグカップ満タンになって、零れ落ちそうになります。denbyは一時期、はまりまして。他の食器、パスタやスープのお皿もdenbyちゃんですね。

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これは、まったく関係ないんですが(笑)、時たま、カクテルをウィスキーグラスにガッツリ淹れて飲んでます。

紅茶やハーブティーはボルダロでございます。ボルダロって何? とおっしゃる方は【知らない街 知らない道】のCaldas da Rainhaをご覧ください。この街に陶器の工場があります(ありました)。そこで並ぶ陶器は一言で言うと可愛らしい。キャベツの形をしたものや、小鳥ちゃんの形をしたものなど。今、Caldas da Rainhaのページ見ましたが、、、器の画像は一つもありませんでした、笑。ご勘弁くださいな。

器という概念については、以前、益子焼の陶芸の先生の工房で何故か、二人でウクレレ・セッションを何度もやっておりました。というのも先生は昔、ハワイアン・バンドのミュージシャンだったとか。先生の作品。一曲寄贈して頂いたのが、こちら。「雪がふる」です。



その先生のお言葉に「楽器も器だ」と。そして僕自身も歌っている身で歌声を出しますよね。「身体も器だ」と感じているものですから、その「器」というものにとても興味がありました。陶芸を習うきっかけはdenbyの器でした。「磁器ではなく陶器はどうだろう」と。denbyの収集のきっかけは珈琲でした。珈琲は僕にとって日常における楽園。その話は【愛は最大のエネルギー】気づき:楽園はここ、胸の内にあるをお読みくださいな。

それらが2008年までの流れ。そして、2009年、急に「西に呼ばれている」ということで、奈良・四国とスペイン・ポルトガルへ赴いたのであります。そこから知らない街 知らない道へ繋がってゆきます。

今朝の脳内メロディー:「Mine Me」

・DEMO音源フルサイズ:
Mine Me:2005年5月24日save version
音源はラフ・スケッチの段階です。

・作詞ページ:Sekaiblue Airlines内「Mine Me」


おはようございます。【愛は最大のエネルギー】、AOKYです。

今朝は四時に目が覚めて、念願の朝五時台に朝食を頂きました。早起きしても、どうしても家事やストレッチ、ヨガなどをしているとあっという間に時間が経ってしまうのが常ですが、今日は寝起きが頗るよい(「頗る」が今の僕の口癖になりつつあります)。

今朝感じたことを、お読みいただいているあなたにシェアしたいと思います。

「閃きピラミッド」:幾重ものinspiration
・・・「よいものを引き寄せたい」と感じる時に、閃き(inspiration)に基づいて即行動するのは常套ですよね。でも、その閃きが、時には「単なる思い付き」であることも。特に人間関係が絡む場合、他者がいて、相手がいる場合は、閃きを即行動に移したら、マイナスになるという経験をお持ちの方もいらっしゃるかと思います。これも経験していくうちに、マイナスの率を少なくし、精度を上げていくと、いつの間にか行動そのものがプラスばっかりになります。なので、まぁ、なんでも経験です。

メロディー、生曲→ふと後日、もしくは数年後に浮かぶ(arrange、作詞)作品化される、ライブで歌う=深みが出る、輝きが増す
・・・幾重ものinspirationはどんなものかな、と僕個人にあてはめてみました。身近にありました。メロディーが生まれますよね。それ自体がinspiration。そして、ふと(大概、数年後の同じ季節に)同じメロディーが脳内を流れます。その時にはより形が定まった曲にメロディーが成長していたり、間奏部分が思い付いたり、歌詞の一節が定まったりします(=アレンジが膨らんだり、作詞が進んだりします)。そういうことを繰り返していくうちに(inspirationを重ねていくうちに)、メロディーは楽曲として完成に近づいていく。またはライブで披露できるまでになります。最初のinspirationだけで作品化するよさもありますが、幾重も重ねた方が、深みが増し、輝きが増すのです。

手段:メモ、書き出す。
気付き、反復、習慣化
・・・では、実際に、どうすれば、閃きのピラミッドを積み重ねていくことができるのでしょうか? すっごいシンプルです。それはメモをとる、です。書き出すことです。僕の場合は、いっときスケジュール管理も閃きも携帯電話のメモ機能やスマートフォンを使っていました。が、inspirationの強さや行動に繋げていく力強さが自筆のメモにはあります。例えば、今朝のメモ、走り書きを画像で添付してみます。

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もう読めたもんじゃありませんよね?(笑) そこがいいんです。というのも、脳が考えていることは、書くと分かることですが、情報量が多いし、かつ、どんどん先へ進んでいくので、走り書きでギリギリ追い着くことができます。スマートフォンへのタイプだと文字の大きさだとか、思考の組み立て具合とかまでは表現できません。タブレットで絵、図、文字を書くのもよいかと思いますが、やはり、筆圧や文字の粗さ、汚さまでは表現できません。

・・・書き出すことで、その文字を見ると「気付き」が得られます。日常生活でも「気付き」って沢山ありませんか? 「気付き」は瞑想(ヨガ)やマインドフルネスの世界だけのものではなく、万人に与えられているものです。その「気付き」。人間忘れてしまいがちですよね。大切な事柄でさえ、思い付いたはよいものの、一時間後には別のことに意識がいってしまって、忘れてしまう。日常茶飯事です。そのために。「気付き」を得るためにメモをとる。そのメモを見る。反復する。習慣化していきます。

会話を通して、答えを得る・出す、または、与える必要はありません。
会話を通して、個々に気付く、それだけでいいのです。

・・・メモをとる、書き出す、それを反復することは「気付き」の習慣化になります。「気付き」は他にも、日常ありとあらゆるところで得ることが出来ます。その中で特に、深い意味を自身に残すことになるのが「会話」です。人様と会話すること。挨拶ひとつからでも「気付き」が生まれます。つまるところ、コミュニケーションです。これは情報量が多い。声のトーン、顔の表情、話し掛けるタイミング、第三者の介入、場面設定に合っているか、体や心の状態、などなど。

挨拶や会話から得る情報量が多い=気付きの種類や量が多いのです。ですので、波長の合う方とは、コミュニケーションを頻繁にとりたいものです。波長が合わない方とも得るものは沢山ありますが、コミュニケーションには誤解がつきもの。そこからマイナスやネガティブな方向へいく可能性も多々あります。波長の合う方とであれば、誤解が生じてもリカバリーし易いですし、むしろそんな誤解を乗り越えていくことで信頼の幅も広がり、愛情も深まります(例、「あんなこと言っちゃって悪かったな~」と感じたら「ごめんなさい」の一言で赦し合える関係が蓄積されます)。波を友に経験・コントロールしていく醍醐味さえ感じます。

同じ会話をしていても、個々に感じとることは異なってよいかと思います。例えば。例えばですよ! スペイン旅行における料理の美味しさについておしゃべりしたとします。Aさんは「あ、今夜の献立はアヒージョにしよ~」、Bさんは「あ、気になっていたスペイン料理店に来週行こ~」、Cさんならば「急にフラメンコ級に熱情湧いて来た~」、僕ならば「【知らない街 知らない道】を日常に持ち込みたい~!!!」

答えは自身で導き出すもの、見つける、むしろ気付くもの
楽園はここ、胸の内にある

・・・「幸せになりたい」「成功したい」「運がよくなりたい」「健康でありたい」「もっと綺麗になりたい」「若々しくありたい」「モテたい」などなど。人は様々な欲求や願望があります。僕もあります。それらに明確な答えがあるならば、誰もが競うようにして、その答えを獲得したいでしょう。でも。Aさんにとっての答えはBさんにとっての答えではなく、Cさんにとっての答えはまた別のもの、なのです。一概に、「答えは、、、これです」なんて画一的なものではありません。人それぞれにとって違うのです。よりパーソナルな。その方その方、あなた自身にフォーカスしていかないと、あなたにとっての答えは導き出せません。

・・・そして、実は答えは至る所にあります。あなた自身の答えが。自然を散策すれば。会社に行けば。旅をすれば。図書館にいけば。映画を観れば。音楽を聴けば。答えがあるんです。そこに気付くかどうかなのです。

以前、僕は二十代の頃、「楽園はどこか?」と探していました。三十歳になった時に何故だかフィリピンのセブ島へ行きました。とてつもなく暇でした。何もすることがなく、臨んだ海や空の解放感を味わうこともなく。何もすることがないので、プールでちゃぷちゃぷ泳いで、プールサイドで手紙を書いて。そうしていくうちに気付いたのは、、、「あぁ、楽園はここに、僕の胸の内にあるんだ」と、結論に至りました。以来、旅先(外)へ向けてよりも、むしろ日常(内)において楽園を感じるようになりました。「お湯あったかいな」とか。「太陽有難いな(洗濯物がすぐに乾いて)」とか。

もう、今なんて、地元が大好きだし、住んでいるこの部屋が最高の居場所です。それはもうちょっと視点を変えると、今出会っている友人・知人が最高の交友関係ということです。家族や親友、仲間、同僚、色々その関係性で距離感や温度感は異なります。でも、様々なバランスを経て、「最高」なのです。そう思いませんか?

最後に。この文章を書こうと感じた時に「Mine Me」というメロディーが流れました。そして、より噛み砕くと、記憶を手繰り寄せてみたら、、、因縁がありました。2005年の夏、この「Mine Me」のドラム録音を3日間かけて。レコーディングは絶好調。家でいかをフライパンで焼いて、水分が、、、(省略)、、、親指の付け根の傷のせいでドラムが叩けなくなって、機材も壊れてしまい、、、そこで、もうご褒美のバリ島への旅を諦めて、「どこでもいいので南の島へ」と小さな旅行会社に電話で話して決まったのがセブ島。結果として、楽園の場所を見つけることができた。(経緯詳細:「Mine Me」によせて2012年3月or4月

人生って、そういうもんかと思います。聴いてください。
いつも読んでくれて、ありがとう。

・DEMO音源フルサイズ:Mine Me:2005年5月24日save version
音源は録音3日間に入る前の、まだラフ・スケッチの段階でのドラム・テイクです。

・作詞ページ:Sekaiblue Airlines内「Mine Me」


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おはようございます。

今朝のNamaste Yogaは陰陽ヨガでした。
先週、たった一回のレッスンで、ここ2ヶ月痛んでいた腸腰筋や腰がだいぶ楽になったのですが、今朝は陰ヨガや太極拳、気功を交えたメニューで、別の角度から体にアプローチしていくことで、また一つ、伸び感が違います。※伸びることがよい、ということではなくて、あくまでも「心地好く伸びる感覚」を感じ得た、という表現が正しいです。

Namaste Yogaに集まる生徒さんは、ほんとに皆さん、尊敬すべき方々ばかり。この、なんていうんでしょう。適度な距離感。ベタベタもせず、サバサバでもなく。柔らかさがあって、理性があって。素敵過ぎる輪です。そんな輪を師である三木先生は7年。そう。今月でNamaste Yogaに出会ってから7年経ちます。7年間も続けていくと、もう気負いもなく、空気のような存在ですね。レッスンに行く、という感覚すらありません。食材の買い出しに行く感覚とでもいうんでしょうか。

振り返れば。前の会社でヨガ部に入っていました。そこに集まる皆さんとも、自然な距離感で楽しかったことを覚えています。タバコを吸う人も一人もいないため、忘年会も安心して禁煙のお店で、無防備に談笑できて、健康に気を遣っている方がほとんどなので、飲み会そのものが後を引く、ということもなく。ただただその場その場を心地好く過ごし、そして、その好い影響の下、職場においても、人との繋がり面で助け合える、という好循環がヨガ部にはありました。

今日は、Namaste文庫から、呼吸と瞑想の本をお借りしてきました。というのも、このところ「こうだよな~。」と感じて、誰にもまだ話せないようなことが、たまたま書籍が置いてある部屋に入って、パラパラっとめくったそのページに、記されていたから、です。うわ~、また来ました。

僕はこの半年間前後、結構「引き寄せ」だとか「シンクロニシティ」について体感しています。それはやはり意識。そして、意識に基づいた行動から、色々な物事が起こっています。これはとっても面白くて楽しいので、読んでくださっているあなたにも是非体感して欲しいです。

ただし。なんとなくですが。精神よりも、まず身体。かと感じます。個体として受け皿、器を純粋に受け止められる状態にしてから、精神に入っていくのがよいと感じます。というのも、精神的な面から入っていくと、頭でっかちになり、よい状態の時はよいとしても、悪い状態に会った時に、ぐらついてしまうからです。不安定。そう、精神って不安定なものなのですよ。

僕は幸いにして? なのでしょうか。ずっとメロディーで過ごして来ました。そこから楽器を弾くことになったり、歌を歌うということになったり。言葉を書いて伝えること。音楽そのものを聴くこと。声と声のハーモニー。楽器と楽器のアンサンブル。ライブではお客様との空気や呼吸のコミュニケーション。メロディーを通して、まず体験が先にあったことが今に繋がっていると気付かされます。

遅まきながら一人暮らしを始めてから、珈琲を淹れる、陶芸、家事、特に料理、食べ歩き、フラメンコ、ウクレレ、といった興味分野を通じて、メロディーから授かったエッセンスと照らし合わせていき、ようやくヨガに出会いました。

このヨガがまさに僕の感じていた、伝えたい感覚とピッタリ・シックリ合致。だからこそ、今、当たり前のように毎朝できているのでしょう。ヨガそのものも、アーサナがあって呼吸があって瞑想ですよね。まずは身体です。※順番というよりも、土台という意味合いで「まずは身体」です。

そういった意味では、難しいこと考えずに、ヨガでなくても、毎朝歩いたり、ラジオ体操したり、ピラティスでも、ストレッチでも、あなたご自身が心地好いと感じる、自然についついやってしまう、それが必然的に健康に繋がる、幸せな状態、というのが理想かと思います。

僕の好きな小説で、高校一年生の国語の授業で扱われた山本周五郎著『内蔵允留守』というのがあります。欲を出さずに、日常の生活を淡々と過ごすことの大切さ。あなたなりの心地好い習慣。楽しんでいきましょう。

AOKYより

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