2006年12月13日

「する」

社交ダンスってスポーツってこと,知ってた?

きらきらした服を着れて,エレガントに色っぽく踊るのが社交ダンスなんて思ってた私みたいな人いませんか??


始めは団体レッスンから始めたんだけど,きれいに踊りたいと思い始めててマンツーマン稽古してきたところです。

足の皮がむけました…。

集団レッスンでは,初心者にしてはうまいと褒めてくれてた先生も,今ではダメだしばっかりです…。

帰り,どよ〜〜ん。


身体感覚のチャンネルが視覚とかよりも強いと思っていただけに,どう動かしたらいいか,先生の言っていることがわからないのがすごくくやしい。

もういいや,や〜めよ,と思いました。





が。





すごくくやしくて,帰ってからもう一度ステップの基本を練習しました。

靴にまめが当たって,いたーーーーい(>_<)


姿勢の練習をするために長細い赤いゴムをひっぱるとき,先生はそばにいたおばあちゃんに,「(お孫さん)しばっていいですか??」と笑いながら聞いていた。

先生,ドSだな?

帰ってからまめができても,くやしくて復習する自分がいた。

私,Mだな?


そんなことはいいとしても,なにかを「する」という経験がすくない私には,ダンスはある意味始めて取り組む「する」ということなのかもと思う。

運動オンチ→人がするのを見てる→ex.マネージャー。

お手伝い役,もしくは縁の下の力持ち役。

そんな自分が今,「する」方にまわってる。

カウンセリングにしても,受けて学ぶ方から,提供する方へいこうとしている。

「する」ときには,ある程度,集中力と気力と思考力がいる。
相手にだら〜んともたれかかれば,自分にとって不本意な結果やくやしさが残る。
だから自分は,ホップステップジャンプよりも,不器用でも,一歩一歩進むのがあってるんだろう。
そんなまじめさが,自分のメタスキルにまで高められたら。

その始めのチャンスが,ダンスなのかな。
(いきなりカウンセリングではなく,ワンクッションおくような流れにするとは,私の潜在意識もたいしたものだ!


そんなとき!
このまえ大阪に行ったときにセッションをしてもらった先生の日記に,こんな引用が。


この世界に、あらかじめ与えられている才能などというものは、ただのひとつもない。
学ばなくてはならないことは、地道に一歩一歩、学んでいかなくてはならない。

Nothing in this world is a gift.
Whatever has to be learned must be learned the hard way


『時の輪』カルロス・カスタネダ



英語もまだ中途半端。流れにさえのっていないような。

そんなときに,なぜか社交ダンスを始めてる。

これも,私が らせん状に成長するための一歩と思っていいのかな?と少し思えた。



「する」ということには,たくさんのスキルの集まりのようだ。





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