2010年11月16日

覆された製鉄の起源(6)                  ステンレス パイプ販売

関根鋼管 鉄鋼事業部のホームページへ

  冒頭の表で
No.となるこの鉄の小刀は、結局《はがね》であると考えられます。出土した地層は青銅器時代前期で、ヒッタイト古王国の始まりより300400年も遡ります。こを図示すると図6のようになります。

図6 
分析対象は、
2005に調査されたNo.1の地層?Cのさらに下、第?a層からもたらされた遺物です。No.は、出土年代が紀元前2220紀ごろ>、すなわち紀元前21001900年代ですから、No.No.3とほぼ同年代の「人工鉄」の鉄器=世界最古の《はがね》です。

アッシリア商人の製鉄関与説も、これで吹き飛んでしまいました。原料鉄と炉が出土したことから、ここで実際に鉄が作られていたのではないか。製鉄は、ヒッタイトでもない、アッシリア商人でもない、アナトリアの先住民族であるプロト・ヒッタイトによって、アナトリアの地で「独自に」始められたのではないか――そう考えざるを得なくなったのです。
図7 

つまり、No.3No.5の発見は、鉄の使用開始時期を数百年引き上げる大発見だったのです。2005の結果(紀元前19世紀頃)を300年、製鉄開始の通説(紀元前14世紀頃)を800年も前倒しする発見です。それにもかかわらず、新聞そうとはっきり書いてくれていないため、インパクトが弱まってしまっているのが何とも残念です。
中近東文化センターからは、No.5の分析に使われた鉄剣と鉄

写真が提供されていますが、それを見ると、ほぼ4000前の古代の鉄剣は、その刃の跡をくっきりと見せています

 それにしても、こんな小さな鉄滓を、よくも見逃さないで発見できたものです。日本で遺跡を発掘する場合、水田を知っているからこそ、水田跡だと気づくのだそうです。きっと、発掘の総指揮を執られている中近東文化センターの大村幸弘(さちひろ)・アナトリア考古学研究所長が、その著書『鉄を生みだした帝国――ヒッタイト発掘』(NHKブックス)からも分かるとおり、鉄をひたすら追い求める方だったからこそ、目に留まったのでしょう。


(C)Dr.Kazuko OKADA

関根鋼管 鉄鋼事業部のホームページへ 

関根鋼管株式会社 鉄鋼事業部 リニューアル ホームページへ
  

ようこそ!\(^o^)/鉄鋼事業部のホームページへ

ようこそ!\(^o^)/IT事業部のひまわりショッピングモールへ

ようこそ!\(^o^)/ひまわりショッピングモール(フィギュアブログ)へ

ようこそ!\(^o^)/ひまわりショッピングモール店長のひとりごとへ

ようこそ!\(^o^)/ひまわりショッピングモール店長のひとりごと(外部ブログ)へ

 

sekinekokan_tekkou at 17:29│Comments(0)TrackBack(0)ステンレス販売:ステンレスパイプ販売 | 鉄鋼の歴史

トラックバックURL

コメントする

名前
URL
 
  絵文字