★芭蕉俳諧と滑稽性

2006年08月26日

芭蕉の肖像はどんなん?

d864d815.jpgはい、おっはよーございます。

伊賀上野の芭蕉翁記念館で、
「芭蕉さんの肖像」展っていうのが
ありました。あっ今も開催中。

いろんな、顔がありまして、面白いです。
本人の顔は「ひとつ」なんでしょうけど、
見る人の感じ方で、「いろいろ」になるんですね。

大きく分けて3パターンだそうです。
・芭蕉生前に近い年代の頃は、ふっくらして
 いて、親しみのあるかんじ。
・やや時代が下がって、文人風の神経質そうなかんじ。
・さらに下って、神格化されて、奉られた芭蕉像。


芭蕉の弟子(服部土芳)の庵。元禄元年(1688)に入庵。当時のものが現存。







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2006年08月21日

あたしの夏休み・パート5

9f43b70f.jpgはい、こんにちは

なんか、縁があって芭蕉の生家を
訪れることができました。
ちょっと、感慨深い。
でも、これって、単に私の覚え書き。

芭蕉は正保元年(1644)、
現伊賀市上野赤坂町で生まれました。
ここ、宅地面積86坪ちょっと。
けっして広くないです。

表の通りから。


屋内。


奥の離れにあるんですけど釣月軒。処女句集『貝おほひ』を執筆したところで、帰郷の際はここで起居。



*****
肝臓がん 再発原因の細胞発見・・・
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sekkadesu at 13:42|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2006年07月28日

ユーモアとペーソスから迫る芭蕉像NO.38

8752fa9e.jpgおわりに(卒論執筆当時の感想)

 たいへん長かった。たった十七文字を読みとることが、こんなにも苦労が多いとは思わなかった。今はとりあえず終えたことの喜びで一杯だが、内容は果たしてどれほどのものであったか、心もとない。
・・・
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sekkadesu at 16:50|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

2006年07月14日

ユーモアとペーソスから迫る芭蕉像NO.37

8c9e28d9.jpg   碓板曚望坊主乗るや大根引き
 (元禄六年、五十歳。家族総出で大根引きの最中、畑の傍らにつないだ馬の鞍壷に小さな男の子がちょこんと乗っけられたまま、こわがるふうもなくおとなしくしている。)
 素朴な農村ののどかな大根引きの風景を見つつ、写真でその場面を切り取るとすると、その隅っこで、写るか写らないかの際にいる「小坊主」を滑稽感とともにクローズアップさせた。ほほえましい風景である。・・・続きを読む

sekkadesu at 15:52|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

2006年06月30日

ユーモアとペーソスから迫る芭蕉像NO.36

fdbab321.jpg   初時雨猿も古蓑を欲しげなり
 (元禄二年、四十六歳。冷たさ一入の初時雨に蓑笠を着けて山道を行くと、しとどに時雨にぬれた猿が、俺も小蓑を欲しいよと言いたげに、道端で寒そうに震えている。)
 ほそ道行脚後、伊勢・伊賀間の途中の吟であり、『猿蓑』の巻頭句として取りあげられている。猿への共感というペーソスとユーモアを交響させた俳諧的新境地が多くの門人を驚嘆させた問題作としてたいへん有名な句である。
   
   木のもとに汁も膾(なます)も桜かな
・・・
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sekkadesu at 16:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2006年06月15日

ユーモアとペーソスから迫る芭蕉像NO.35

 乾裕幸は、「五月雨に鳰の浮巣を見にゆかん」という句の説明に、芭蕉自身が語ったところの、酔狂、風狂心に俳諧性があるとしている点と同様な意味合いで、次のように説明している。「和歌言語としての(白河の関)の理解は必ずしも現実における白河の関を知らなくても、(白河の関)の歌を詠むことはたやすいことだったわけで、禁足の回国記が可能だったのもじつはそのためにほかならなかった。にもかかわらず、芭蕉はわざわざ奥州くんだりまで出向いて行って、歌枕の踏破をやってのけたのである。」と、そしてこれは、風狂の精神であると述べている。・・・続きを読む

sekkadesu at 22:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2006年06月05日

ユーモアとペーソスから迫る芭蕉像NO.34

b3645d49.jpg この句は『おくのほそ道』中の出立の際の留別の句としているが、実際の吟は、「鮎の子の白魚送る別れ哉」を後で改作したものである。土芳によると、芭蕉自身が、前作の句では品位が釣り合わないと語ったと記している。同じような、『おくのほそ道』中の虚構性の問題について少し、ふれたい。・・・
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sekkadesu at 16:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2006年05月23日

ユーモアとペーソスから迫る芭蕉像NO.33

f6ee4e9f.jpg   蛸壺やはかなき夢を夏の月
 (元禄元年、四十五歳。夏の月が海上を明るく照らしている。海底の蛸壺の中で、蛸は明日の朝には捕らえられることもしらずに、明けやすい夏の短夜のはかない夢をむさぼっていることだろう。)・・・
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sekkadesu at 20:32|PermalinkComments(119)TrackBack(0)

2006年05月01日

ユーモアとペーソスから迫る芭蕉像NO.32

5bd7a551.jpg   初雪や幸ひ庵にまかりある
 (貞享三年、四十三歳。待ちに待った初雪の日に、幸いにも草庵に居合わせたことでござるよ。)
 「まかりある」は「居る」の謙譲語であり、改まった口調が大げさで、むしろユーモラスに興じている態度を表している。初雪を子供のように喜んでいる様が目に浮かぶようだ。これと同様のうきうきした感じを雪だるまの句でも詠んでいる。
 「君火を焚けよきもの見せん雪まるげ」(よくおいでなされた。炉の火を焚いて茶でも煮ながら温まり給え。私はよい物を作ってお目にかけよう。庭の雪で雪まるげでも作ってさ)という句である。雪まるげは雪をころがして丸く大きな塊にしたものらしい。風狂の無邪気な遊心と客人をなんとかよろこばせようとする心がほほえましい。・・・
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sekkadesu at 21:17|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

2006年04月20日

ユーモアとペーソスから迫る芭蕉像NO.31

0bf252e0.jpg   この秋は何で年寄る雲に鳥
 (元禄七年、五十一歳。思えば多年、漂泊の旅を重ねてきたが、この秋はなんでこうも深く老いの衰えを感ずるのか。孤独な思いでふり仰ぐと、遠くはるかな雲間に消えてゆく鳥の姿が、たまらなく寂しい。)
 確かに芭蕉の心の深いところにはそのような、感慨があろうと思う。が、芭蕉の抜きん出た才能はその思いを、ナンデトシヨルというおどけた表現の中にあると考える。本人の大事は他人にとってはそう大事ではないという現実的、客観的な洞察があるからだと思われる。・・・
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sekkadesu at 21:25|PermalinkComments(2600)TrackBack(0)