「詩人回廊」

日本の短編小説の特殊性について「韻律のある近代詩、日本語の制約にはばまれて、大した発展を見なかったので、小説家は叙情詩を書きたい衝動を、やむなく短編小説に移してしまった。短編の傑作と呼んでいる多くは物語的構成をほのかにもった散文詩である」三島由紀夫「美の襲撃」より。文芸同志会は「詩人回廊」に詩と小説の場をつくりました。連載小説も可能です。(編集人・伊藤昭一&北一郎)(連載を続けて読むにはタイトル上の筆者の庭をクリックします)。

雪中散策   江素瑛 

珍しく天気予報が当たった
窓外 雪がしんしんと降る
傘を持って歩いて見よう
ひじり坂を下る
産毛のような雪がひらひらと
冷冬の大気を吸い取った雪の結晶
内緒ばなしでもするかのように
タップダンスでもするかのように
わたしの傘に小さな音を立っていた

しばらくして傘は沁みて来た
雪の足音が沈む
たまには 大粒の雪がジャンプのように
また傘に踏んできた

雪がなにを語るのかを聴きたいところに
突然 飛行機がゴーゴと 
空を掻き乱し 
寒気と音の戦慄が 傘の取手にとりつき
びっくとわたしの指まで伝わってきた

坂を降りて熊野橋を渡らない
乞田川を挟んで鎌倉街道の民家沿う散歩道
暖かい時期に河で遊ぶカモがいない
寒そうな流れには魚も冬眠中か
水量が減り浅い河底には
水面に頭をだす石が日に照り白く映える

春にピンクのトンネルを作る両側の桜
今は枝がツルツル寒さを忍び
空を抱くよう 無念な骸骨のよう
多摩市カトリック教会はトンネルの出口近くにある
日曜日の賑やかさは嘘のように 霧消し静まり返し
人影のない道が
大自然との貴重な出会いが日々変わる

帰り道に小さな丘の上公園を通り
ただひとつの遊具オレンジ色のブランコが
音もなくじっと雪に耐えて 
晴れる日に遊んだ子供も今はいない
遠く 清爽な常緑の丘
モスクの丸い屋根のようなユニークな病院が見えてくる
(2019 2 10)





第27回伊東静雄賞「栞」より選評(抄)井川博年・選考委員

IMG_20170313_0001_1<平成28年度の第27回伊東静雄賞の選評が記載された栞(伊東静雄顕彰員会発行)。表紙題字は書家・山口逸風氏。スケッチ画は、伊東静雄の葉書>
  第27回伊東静雄賞<井川博年・選考委員選評から>(抄)
<書き続けるということ>
  このほど、本賞の選考委員を長らく務められた伊藤桂一先生が、平成28年10月29日に99歳で亡くなられました。伊藤先生といえば、「静かなノモンハン」などの戦記作家として有名であるが、若き日から詩に志し、作家になってからも階伜を続けた希有の存在であった。出征前の帥伜に始まり、戦時中も戦線から詩を同人誌に送り、戦後は「山の樹」や、「地球」に拠り、第一詩集「竹の思想』を出したのは44歳。それから90歳で三好達治賞を受賞した『ある年の年頭の所感』を出すなど、亡くなる前まで最後の戦中派詩人としての誇りを忘れなかった。――ここに謹んで哀悼申しあげます。
  今回の選考はバラエティに富んだ作品が多く、そうした中で「ガッコのセンセ」と「雪の葬列」という対照的な作品があり、どちらもよい詩なのだが両方を推すという訳に行かず、残念ながら奨励賞二人ということになった。
  渡会克男氏の「ガッコのセンセ」は、おもしろさで目を引く。戦後間もない頃の小学校の思い出。少し知恵遅れのように見える「飛べない家鴨(あひる)」のような男の子と、「神風特攻隊生き残りの丸坊主頭のセンセ」との、教師と生徒とのやりとりが生き生きと描かれていて気持よい。この詩のよさは元気よさで、スピーディな話の展開と会話のおもしろさにあるが、その分表現が荒っぽくなり、詩としての感銘が薄くなった。この辺りを注意して書きこめばもつとよかった。
   宮せつ湖さんの「雪の葬列」は絶唱といえる。少女時代の祖母の葬列の回想。雪の中でのそれは、戦後川もない当時の瓜習に従って、座棺の上葬である。その様子が、丁寧に描かれている。
   何という見事な身仕舞。こんな士族の娘の作法を、東北の田舎に住む女性が心得ていた時代というものがあったのだ、と私などは感嘆してしまう。それはいいのだが、私には最後の一行は余分に思えた。その前の短歌のところで止めておけば、より深い余韻が生まれたと思う。
  今年度の伊東静雄賞には全国から1337篇もの応募があったと聞く。一次選考に残った50篇の内から私が最終的に残した十篇。中でも新谷悦己氏の「追憶の形体学」は家内光景を見る視点が珍しい。末国正志氏の「陸の時間」も船好きには興味深い。塩見桂二氏「ふたつの目」と胡桃澤伸氏「この時とこの朝」は、引揚者の重い追憶。そうした中で、「天球の季節」の谷崎可菜子さんは21歳。「潮岬」の田中花子さんは22歳。「かくとだに」の草間美緒さんは25歳と、若い世代の応募があった。この流れを大事にしたい。

第27回伊東静雄賞「栞」より選評(抄)以倉紘平・選考委員

IMG_20170313_0001_1<平成28年度の第27回伊東静雄賞の選評が記載された栞(伊東静雄顕彰員会発行)。表紙題字は書家・山口逸風氏。スケッチ画は、伊東静雄の葉書で、消印が昭和2年1月27日。宛先が姫路市5軒邸90、酒井百合子・酒井安代。発信が京都帝大ニテ、伊東生拝。となっている。ーー百合子さん 安代さん 二十六日夕方。ー仰いでみると、もう時計台が五時をさしてゐます。一人残つて雪の降る文学部の窓にたつて写生をしました。工科大学の建て物です。いつも目に親しいこの建て物のをこふして書いてみますとうれしい心持になりましたす。心よいつかれとともみ下宿にかへらうとしてゐますーー(諫早図書館蔵)>
  第27回伊東静雄賞<以倉紘平・最終選考委員選評から>(抄)
  【渡会克男氏「ガッコのセンセ」と宮せつ湖さん「雪の葬列」選評・趣きを異にする傑作】
  今回は、渡会克男氏「ガッコのセンセ」と宮せつ湖さん「雪の葬列」の二作に決定した。それぞれに趣きを異にする、甲乙つけがたい優れた作品であった。
  「ガッコのセンセ」は、神風特攻隊の生き残りの担任教師と、〈算数と運動が大の苦手で、絵と音楽が大好き〉な生徒との物語である。〈ヨタヨタ歩き、ガアガアと大声で歌い、夕焼けの空ばかり描い〉ている一風変わったその生徒がいじめられっ子でなかったのは、担任の先生の教育への志の高さが、おのずと学級に行き渡っていたからと知れる。
  退職される先生への謝恩の挨拶に、学友から選ばれ、学級を代表してヨタヨタと壇上に上がったその変わり種の少年が、先生から教えられたという話が、この作品の核心を成している。〈…夕焼けの向こうには海に沈んだままの兵隊さんがぎょうさんいる〉と。
   無邪気な小学生の口を借りて、作者は、戦後の日本人が、物質的繁栄に隠れて、忘れてしまったこと、あるいは忘れさせられたことを鮮烈なイメージの力を借りて批評しようとしたのである。
   〈父様、母様、お元気で。お体大切に。泣かずに、ほほえんでください。〉(『青春の遺書』)。作品の最終連に描かれた先生の〈最敬礼〉は、このような遺書を残して死んだ戦友たちに捧げられたものであることは明らかである。淡々と、ユーモア交じりに書かれているが、かえって、読者には、深く伝わるものがある。優れた作品と思う。
  「雪の葬列」は、東北の厳しい自然の中で〈ただただ土に生き/草の名を教えてくれた〉祖母ー農の労苦に耐え、凛とした、優しい人であった祖母への挽歌である。その人は〈長儒絆から真っ赤な腰紐をほどき/みずからの両足首をきつく〉蝶結に結わえて逝ったというのである。葬送の日も雪は〈渦まくように〉降っていたとある。吹雪の中の葬儀。〈素足に藁の草履をはいて〉〈白装束に天冠をつけた〉作者の父を先頭にして、葬列は天に帰る〈一艘の雪舟〉のように〈白い水脈〉を引いて墓山に向かって進んで行く。〈その傍らにほそくゆらいでいた/真っ赤な蝶〉とある。〈雪舟〉の棺の中で、痩身の祖母の遺骸は、揺らぎながら、次第に蝶に変身して行く。清浄な白一色の銀世界と、〈真っ赤な蝶Vの対比はこの作品の核心である。赤い蝶は、祖母の霊魂の象徴であろう。作者は、東北人である祖母の心に、思いもよらず受け継がれていた昔の日本人の生き方の美学に感動し、畏怖し、その心の昂ぶりを表現するに、日本の伝統歌の旋律、韻律をもってした。生き方の美学に、文語体の伝統歌を配する実験を私は良しとする。
  他に感銘を受けた作品の作者名を挙げさせて頂く。第一次選考で選ばれた五十篇はさすがに粒揃いであったが、なかでも井本元義、鶴田猛虎、足立悦男、大江豊、中塚鞠子、田中裕子、為平濡各氏の作品等に感銘を受けた。

第28回「伊東静雄賞」作品公募・平成29年8月31日締切

  第28回伊東静雄賞作品募集は、現代詩1編(4百字詰め原稿用紙2枚以内(未発表作品に限る)。
  公募締切は平成29年8月31日厳守(1人1編)。選考委員=平野宏 田中俊廣 井川博年 以倉紘平。
  原稿送り先=〒854−0014 長崎県諌早市東小路町10−25、諫早市芸術文化連盟 伊東静雄賞係。
  賞=入選作 1編。賞状および50万円。入選作品がない場合は、奨励賞2篇 各25万円。
  発表=諫早市芸術文化連盟誌「諫早文化」第13号。平成30年4月発行。選評・作品・佳作者氏名を掲載。  発表誌希望者は1部1300円。送料込み。第13号と記して申込み。
≪参照:新しき古典・伊東静雄の詩の世界》 

詩誌「いのちの籠」第35号における社会批判散文の色濃く

  詩誌「いのちの籠」2017年2月・第35号(戦争と平和を考える詩の会発行)には、詩的リズム性よりも、散文詩リズムを優先するか、リズム性をもたないものが多い。
 「戦争と平和を考える詩の会」での思想をもつということを考えれば当然のことかも知れない。
 そのなかで、巻頭詩の山崎夏代「夏は」は、3つのパートからなる季節になぞらえた人間性への暗喩となっている。強く熱い陽光と乾燥する存在。夏に翻弄される存在。その肌触りをもって、意思的に生きようとする心理を表現している。ーー自分などは日本の夏は、湿潤さの世界に耐えるイメージがあるが、夏に人間性を重ねた「夏代」視線が際立つ。 その他、社会性の強い作品が多い。葵生川玲「チェルノヴイリドーム」は、原発事故を招いた権力の横暴を記す。
 谷口典子「広野のさくら」と望月逸子「湾に架かる橋」では、津波と原発事故による死の町と罪なき民衆の現状をかたる。多喜百合子「水戸の確信犯」は、高速増殖実験炉「常陽」を抱える地元の危機感をしめす。
 小野田まき「やっぱりさようなら原発でしょ」では、国内にある原発の名称をすべて羅列知ることで、現実浮き彫りにする。これらは、印字された言葉をモノとして置き並べて、主張におけるアート的な効果をあげている。
  また、社会評論も多く、まさに詩因を素にした散文集にもなっている。
 表紙に置かれた言葉の並びは下記のようになっている。(北 一郎)
【詩】
山崎夏代、石川逸子、葵生川玲、谷口典子、望月逸子、多喜百合子、小野田まき、麦朝夫、草野信子、芝憲子、坂田トヨ子、堀場清子、柴田三吉、若松丈太郎、崔龍源、大河原巌、森田進、瀬野とし、鈴木文子、酒木裕次郎、池下和彦、河野昌子、白根厚子、八木清道、馬場晴世、内田武司、日高のぼる、島崎文緒、山野なつみ、おだじろう、青山晴江、梅津弘子、伊藤眞司、ゆきなかすみお、築山多門、うめだけんさく、坂本梧朗、佐川亜紀、渡辺みえこ、中村純、佐相憲一、李美子、柳生じゅん子、奥津さちよ、井元霧彦、河野俊一、石村柳三、甲田四郎。
【エツセイ】
中村高春、原子修、葵生川玲、三井庄二
発行所=「戦争と平和を考える会」〒143−0016東京都大田区大森北1−23−11、甲田方。
■関連情報=大田平和のための戦争資料展

第27回伊東静雄賞は奨励賞2編=渡会さん、宮さんに

IMG_20170313_0001_1<平成28年度の第27回伊東静雄賞の選評が記載された栞(伊東静雄顕彰員会発行)。表紙題字は書家・山口逸風氏。スケッチ画は、伊東静雄の葉書で、消印が昭和2年1月27日。宛先が姫路市5軒邸90、酒井百合子・酒井安代。発信が京都帝大ニテ、伊東生拝。となっている。ーー百合子さん 安代さん 二十六日夕方。ー仰いでみると、もう時計台が五時をさしてゐます。一人残つて雪の降る文学部の窓にたつて写生をしました。工科大学の建て物です。いつも目に親しいこの建て物のをこふして書いてみますとうれしい心持になりましたす。心よいつかれとともみ下宿にかへらうとしてゐますーー(諫早図書館蔵)>
 第27回伊東静雄賞(平成28年度・伊東静雄顕彰委員会)は奨励賞として渡会克男さん「ガッコの先生」と宮せつ湖さん「雪の葬列」に決まった。≪参照:新しき古典・伊東静雄の詩の世界》 
  贈呈式は3月26日に、諫早観光ホテル道具屋 日本( 〒854-0004 長崎県諫早市金谷町8−7)にて行われる。また、北川透さん(詩人・文芸評論家)の記念講演「 「蝶の運命(さだめ)〜伊東静雄と中原中也の交流について〜」が予定されている。≪参照:北川透氏など「詩のいま、世界のいま」で言葉の交流
《参照:第27回伊藤静雄賞贈呈式

三田村鳶魚による「大菩薩峠」(中里介山)の考証(1)

  時代考証での三田村鳶魚といえば、ひと昔前は有名であったようだ。その彼が、中里介山の『大菩薩峠』を考証の面から批判している。
  ところが、だから「大菩薩峠」は、だめかというと、そんなことはない。いよいよこの作品好きになるようなものがあるのが、この批判である。これを読むと、三田村が相当に中里介山を気に入っているように、感じるのはひいきの引き倒しであろうか。
  まず、作品の頁を指定して、具体的に問題点を指摘し、正しい答えを用意している。次のように…。
ーー 一二頁のところで、宇津木文之丞の妹だといって、この小説の主人公である机竜之助を訪ねて来た女がある。
  その言葉に「竜之助様にお目通りを願ひたう存じまして」とあるが、この女は実は文之丞の女房で、百姓の娘らしい。文之丞は千人同心ということになっている。竜之助の方はどういう身柄であったか、書いてないからわからない。
  道場を持っているし、若先生ともいわれているけれども、あの辺のところに、郷士があったということも聞いていない。竜之助の身分はわかりませんが、しばらく千人同心程度としても、「お目通り」は少し相場が高い。
  「お目にかゝりたい」くらいでよかろう。書生さんを先生といえば、かえってばかにしたように聞える。わずかなことのようだけれども、これも各人の生活ぶりを知らないから起ることだと思う。
 それからそこで竜之助のところにいる剣術の弟子達のいうことを聞くと、「賛成々々」とか、「宇津木の細君か」とかいう漢語が出る。これはおよそ文久頃と押えていい話だと思うが、こんなわけもない漢語のようでも、まだザラに遣われている時ではない。ーー
  本を読むことの面白さは、物語を楽しむだけでなく、こうしたものも大変面白い。
  何がおもしろいかというと、もちろん時代考証の理解が深まることは当然だが、このように書いてしまっている中里介山の精神が伝わるような気がするからである。想像力が豊かに湧き出て、どんどん書き進む様子が伝わってくる。(北 一郎)

海の風-4−     平松夏生

 もともとはホテルであるだけに、敷地はもとから広かった。部屋数が一階と二階に様々なタイプで二十室あり、さらに倉庫やトランクルームなどがある。門は巨大な自然石を両側においた贅沢なもので、広大な庭のその奥の先のほうにホテルのポーチの屋根が小さく見える。門の手前に近い左側にカーブしたアスファルトの道があり、その先に背の低い花壇に囲まれたひろばある。駐車場のようだ。
 そこへもってきて、海岸線に近くまで広がる森林と原っぱが加わったのである。もちろん、この資源を有効に活用して地元の活性化に役立てるという趣旨の曖昧な表現の契約付きである。
  県有地の一番奥の森のはずれは、北側が急傾斜の山のふもとで、ぐねぐねとした中央道からの枝道もここで、行き止まりである。県有地はそこまでである。
 境界らしき目印といえば、高い柵杭がところどころにあって、広い間隔の隙間には形ばかりの仕切のように、ヒバの木がところどころに立っている。手入れのされた様子はなく、枝葉が厚くねじれている。
 杭の根元は枯れ葉が積み重なっている。その下には水流があって、流れは海のがけ下に滴るように落ちている。
 南側は海岸で急峻な崖の下に荒波が岩を噛んでいる。
この場所に、一軒の西洋風の2階家が一軒建っている。館といってもいいような古風な壁まわりで窓はみなアーチ型で、茶系の日除けのカーテンが見える。門構えといえば、太い柱の鉄製の格子扉。奥の広い庭が見える。右側に車庫がありシャッターが閉じられている。正面に石段があり上の玄関にいけるのである。階段脇にはカーブしたスロープも玄関につながっている。
 蒸し暑い梅雨の晴れ間。昼下がりに地元のタクシーが門の前に停まった。白いカンカン帽に白い麻のスーツを着た年配の男が、薄いアタッシュケースを提げて車から降りた。
 タクシーは、その先の道の車回しを使って、島の中央の本通りに戻っていた。
すると、タクシーの停まった通りの向側の森の中から、料理人用の白いエプロンをした中年の男が、急いでやってきて、急いて鉄の門を押し開けた。
「奥様がお待ちです」といった。
 気配を察したのか、チーク材の扉が中から開いた。
「いらっしゃい。お待ちしていましたわ。」
 すらりとした体型の女だ。40代にも見えるが、水色のワンピースの首筋のあたりには脂ののった年相応のたるみが見える。
 男はうなづいて、中に入った。この男が牟田典夫である。なかなかダンディで、清潔な風粋と威厳をそなえている。
 迎えた女性は、二瓶裕美子。ここの女主人で、未亡人である。夫は建設会社のマンションデベロッパーをしていたが、40代の若さにもかかわらずガンで病死。会社は実質的倒産状態であった。
 だが、牟田典夫が会社の株式を買った形にして、法的整理せずに事業を整理、名前だけの会社を残した。それというのも、牟田は二瓶建設に入社し、そこのマンション販売を担当。二瓶剛志社長の支援を受けて不動業者として独立し、成功をしていたからだ。二瓶建設の救済に手をかしたのは、そうした恩義に報いたものだ。

詩の紹介 「2月」 大田康成  読み人・江素瑛

    2月    大田康成

冬枯れの並木を
一人さまよう
足下にはふみしめる 
落ち葉もなく
 
動いてゆく わたしの
小さな 影が
明日へのかすかな
予感にふるえる・・・・
すると 突然
梢に 風
春をふくんだ?

いやいや 深く 深く
冬は なお 深く
わたしの胸 深く

(大田康成詩集「蛍」より 2016年12月 群馬県)
読み人・江素瑛
  落ち葉はすでにきれいに掃かれ色彩のない真冬、わたしとわたしの影と枯れ草の上を抜ける木枯らしの中にいる。春の夢を抱いても厳冬の現実と、その心を受け止めなくては・・・・詩は体験と、こころの矛盾から生まれたのです。

続々・「星灯」第4号で、新しい文学よおこれ!宣言

IMG_20170215_0001_1<雑誌「星灯」第4号(2017年2月20日発行。>
 本稿で紹介と感想を掲載したところ、編集委員会の北村隆志さんから、対応するコメントを頂きました。
 文芸同人雑誌と言うよりは本格的文芸誌に近いこの雑誌は美装・編集力ともに洗練されている。
 「巻頭の辞」で小林多喜二と太宰治の統一を目指し、新しい文学よおこれ!と格調高く宣言している。
 今号では特集としてプロレタリア文学選集の英訳序文が掲載されている。志向の高さと純粋さを感じた。
 訳文中の「労働と文学」では、レーニン全集の抜粋や目的意識的な社会変革・労働運動の作品化を言っている。
 さらにメンバーの島村輝氏は「文学としての小林多喜二」の中で「党生活者」を文壇が批判した事へ反論している。
 悪意ある浅読みが戦後文学への大きな後遺症だと私も何回か指摘している。掘り下る展開論を期待したのだ。
 生産点闘争とリアルな労働者群像。そして変革推進を担う共産党を描く事は大きな課題だろうと指摘したのだ。
 論ずるならお前が書け、の雰囲気の同人誌内で私は「工場と時計と細胞」を掲載したが物語性の薄い作品となった。
 雑誌「星灯」が多喜二に習い現代政治の課題と生活の中の共産党員や労働者の意識向上の作品化を期待している。
 【星灯誌と小林多喜二・余談】
 雑誌「星灯」四号の紹介と感想を連続掲載したついでに余談をひとつ書いておく。
 2004年に小樽文学館長に就任した玉川薫氏の同館学芸員時代の多喜二虐殺への意見を紹介したい。
  2002年に多喜二の写真展示を行っていた頃である。紀宮様の訪問時に虐殺写真を外した事を賛成している。
 西南戦争での残酷記事や写真を隠す事と同列であって宮様が観覧しないように外したのだ、といっている。
インターネットにアップされている。《小林多喜二に関する少し長くて熱い引用テキスト》 ーーというタイトルで閲覧できる。
 皇族に知らしめるべからずとの立場で一般の歴史や戦争の残酷写真と同列にして展示閉鎖を正当化している。
 天皇制擁護を下敷きにした意見であり、このような人物が館長になる事が良く判る。
■関連情報:「星灯」第4号に米国「日本本プロレタリア文学選集」の序文訳
《参照:外狩雅巳のひろば

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「詩人回廊」は文芸同志会員がつくる自己専用庭でできています。連絡所=〒146−0093大田区矢口3−28−8ー729号、文芸同志会・北一郎。★郵便振替口座=00190−5-14856★