「詩人回廊」

日本の短編小説の特殊性について「韻律のある近代詩、日本語の制約にはばまれて、大した発展を見なかったので、小説家は叙情詩を書きたい衝動を、やむなく短編小説に移してしまった。短編の傑作と呼んでいる多くは物語的構成をほのかにもった散文詩である」三島由紀夫「美の襲撃」より。文芸同志会は「詩人回廊」に詩と小説の場をつくりました。連載小説も可能です。(編集人・伊藤昭一&北一郎)(連載を続けて読むにはタイトル上の筆者の庭をクリックします)。

ブヌン族〈布農族〉のある説話(二)   江 素瑛 

山の麓から来たある会社の人間がいう
賄い婦を募集します 
十二から十八の女の子を募集します
高雄の家庭に住まわせ仕事をさせますよ
月に一回手紙をよこすから 心配ありませんよ

すると 
村中から可愛い子ばかりが選ばれた
高雄に連れて行ってしまうが
貧困である親たちは
舞いこんできた謝礼に喜ぶばかり

するとある日 
変り果てた娘の一人が郷に帰って来た
いや 逃げだして帰って来たのだ
街の売春婦にさせられたことが
噂になった

警察の取り締りがあった
娘たちが戻って来たが
傷だらけの身体と心
湖に飛び込み自殺する娘も珍しくはない
皮肉にもこの事件で村は注目され
村から沢山の芸能人が発掘され
日本で活躍する女優もいた
五十年前にあった出来事が
裕福になりつつ村に
深い傷跡を残した
(2013 12 24)
《参照:台湾源住民「ブヌン族」(布農族)資料

税務署でのあるパフォーマンス  やまや白丸

 かなり前の話しになる。今年二月、平昌オリンピックで世間は盛り上がっている中、私は確定申告にと近隣の税務署に出掛けた。本日は晴天も北風強く手袋、マフラーは手放せない。
 税務署は予想通り混雑に長蛇の列。あれ? 長蛇の列? あ、そうだ。年末も宝くじ売り場に並んだっけ。結局は当たらなかったけど……記憶に新しい長蛇の列。しかし様子はその時とは違う。何が?そう、皆、不機嫌なのである。
 ここ税務署には宝くじ売り場の様に夢も希望もないからなのだろうか? 皆、マスク着用にモコモコのジャケット、9割は年金生活者らしい年齢層である。皆、ムッとしたつまらなそうな表情である。
 私は同系列の職場を2か所掛け持ちしているので、どちらか一方にしか職場で申告が出来ずに毎年自ら申告に税務署を訪れているのである。我ながら偉いと思う。
 さて、受付を通過し自分の番がくるまでにも30分は並んでいる。そんな中、毎年恒例の場面を紹介したいと思う。
 例えば「それじゃ!分からないだろ!」
 青色コーナーでは高齢の白髪男性が若い職員にかみついている。そう、不思議と毎年この場面に出くわすのである。他には別のコーナーではどうにも場違いな服装の小柄な高齢女性。花柄のシャツに白のジーンズ。足元も踵の高いウエスタンブーツ。頭にはウエスタンハット。ここ税務署まで馬に乗ってやって来た様な装いである。
 また他には中々進まない列に飽きてきたのか、ぐずり始める幼児をあやす若いお母さんとにかく飽きない光景が次から次へと展開している。
 そんな中今年は私の文章魂に火がついた。色々な現象は起きているが最も目を引くのは、青色コーナーでのかみつき下町おじいさんである。もうかれこれどの位職員にかみついているのだろうか? 下町のベランメイ口調は止まらない。何がそんなに腹だたしいのか?どうにも怒りが収まらないご様子。ムッとした暗い税務署の雰囲気は益々重い空気になっていく。
 それから30分程待たされたが、自分の用事はすんなりと終わった。ホッとト一安心である。出口に差し掛かり、ふと気が付くと青色コーナーではまだ声を荒げておじいさんは戦っていた。詳細を知る術もないが、私は思った。「あのおじいさんもここの税務署の職員?あれはパフォーマンスよ! だって毎年でくわすこの光景、偶然にしては出来過ぎている。」
 そう暗黙PRだ! 納税者の皆さん!こんな風に職員にかみついてはいけませんよ! もし、どうしてもかみつきたいのならこのおじいさんよりも、気迫、体力、精神力を上回る自信のある方のみどうぞ!的な……。
 きっとこの後お昼の休憩時間には、こんな職員同士のやり取りがあるのだろう。「Aさんご苦労様です。毎度素晴らしい演技ですよ。周囲も圧倒されてましたよ。抑止力の為にも午後もまた一つよろしくお願いしますよ、ワハハ〜」おじいさん含む職員同士のそんなやり取りが目に浮かぶ。そう思えてならないのは私だけだろうか? 税務署の職員よ、良く考えたパフォーマンスだな〜私は騙されないぞ! 真偽を確かめる為にもまた来年、税務署に来よう。そう硬く心に決めた2018年の冬であった。

高齢者が日常で出会う危険(7)架空請求の被害続く 外狩雅巳

防災無線が「老人だましの詐欺犯人の電話が来ている」と街路のマイクから注意喚起の放送を流している。
高齢社会である、資産のある高齢者が痴ほう症気味になり、大金を騙される被害が続出している。
そして、またまた、当家にも魔の手がやってきた。架空請求のハガキが再度届いたのだ。
更にここ数日は不審電話が続いている。知人の電話番号ではない。長いコールを無視している。
前回よりも雑な文面。問い合わせ窓口の電話番号も前回とは違う。告訴最終通知ハガキである。
住所の使いまわしだろう。流出した住所表は高価で売られている。一度流出したら標的になるのだ。
消費料金に関する訴訟最終告知のタイトルだけは前回と同じたが、中身は文面省略が目立つ。
連絡先の電話番号も違う。悪人は多数いるのだろう。サクッと儲けましょうとおもっているのか。
前回は法務省に電話した。「問い合わせ多数だ詐欺電話だから無視しなさい」と言われている。
今回、耐えて様子を見る。数撃ちゃ当たる。やはり騙された老人がいた。
11月10日付の「朝日新聞」朝刊の神奈川版にその記事が掲載されていた。
鎌倉市内の80代の男性がハガキを受け取り記載された番号に電話をしたのだ。
「弁護士を紹介します」と親切な対応のなかで「供託金が必要です」とと言われ一千万円を指定場所に送ったとの記事 である。私は警告も込めて前回告訴状の件を12月発行の文芸誌「相模文芸」に掲載した。
■関連情報=外狩雅巳のひろば

ブヌン族〈布農族〉のある説話(一)   江 素瑛 

静かな部落 空気と人が動いた気配
いきなり教会の鐘が鳴った
皆さん 集まれ 集まれ 豚の捌きを手伝いましょう
と放送が響き渡ってきた
豚の毛をぬく少年 
豚の腸を取りだし洗う青年 
喜びの日に豚を殺し宴の慣わしがある

ここの牧師先生の息子と
近所の牧師先生の娘が
伏し目をしたままでお見合いした
牧師同士の親たちは意気投合だった
しかし若い男には恋人がいた

豚の悲鳴が消えていくばくもない頃
美味しい披露宴の豚料理を人々が御馳走になった
しかし若い男は行方不明になった

娘は若い男の親の家に住み着いた
実家に戻らない いえ戻れない
嫁の勤めを励んでいた
息子の家族はうしろめたさで
娘に遠慮しおずおずしていた

それから八年の歳月が過ぎた
炭坑に働きながら
身を隠した男はどこからか戻って来た

わしは牧師だ わしの顔をつぶす気か
お前がまた逃げるならばわしは死ぬ
男であれば さっさっと子供を作りなさい
やがて男の子を授かった

娘は男を見張っては離さない
外出帰りに身が疲れて熟睡に陥る男に
たびたびタバコの火で男の局部をつく
どこかに浮気してきたのか とやきもちを焼く
男は笑顔のない人間に変わった
(2013 12 24)
《参照:台湾源住民「ブヌン族」(布農族)資料

F町の出来事(三) 川藤健一

    ☆
 死んだ高橋とは、東京湾の沿岸にある小さな町で小中学生時代を過ごした同郷の友であった。そこは狭いながらも、遠浅のある海岸と低い堤防と森林があった。海沿いの家々は、魚介類の採取業や釣り船業者で、入り江の奥の町中近くまで運河があった。それが舟だまりの河岸になっていた。斧口や高橋たち子供たちは、その付近一帯を遊び場にしていたのだ。
 ちょうどその頃、地域一帯の再開発で、海岸線の先までの埋め立て工事が進められていた。昔ながらの浅瀬のある海岸線は姿を消す運命にあった時代である。
 当時、高橋と斧口は町中の遊び仲間が異なるので、親密ではなかったが、路上で顔が会えば、声を掛け合った。
 漁師の息子であった高橋。家業が電気店であった斧口。親の職業の異なる二人ではあったが、中学校を卒業するまでそれがあった。
 その後、県の事業で海岸線の開発が進み、漁場が埋め立てられた。漁場を失った高橋の親は、保証金をもらい、それをもとにトラックを買い、個人で運送業を始めた。高橋進吾は、ちょうど中学を卒業した頃で、しばらく父親の運送業の仕事を手伝っていたが、やがて鶴見川と多摩川をわたって東京に行った。
 斧口といえば、自宅から東京の私立高校へ通い始めていた。ふたりは偶然電車で顔を合わせることがあった。斧口が、なにをしているのか、と様子をきくと、「多摩川べりにある電気工場だよ。若い女工さんが、いっぱいいてさ。仕事場は女のにおいがむんむん。もてもてよ。女のいないい世界なんて生きている甲斐がないからな」
「ノブはなにしているのさ」
「大学受験を目指しているよ。経営のための経済学を勉強するんだ」
「へえ、商売で儲けようってわけだな」
 そんな会話して、別れたのを斧口は憶えている。 生活の道と住むところはちがったが、社会人になってからも、先祖からの墓の寺が、同じであった。お互いに長男であったために、十数年後に彼岸の墓参りで、偶然に顔を合わせた。その時は、老朽化委した寺の改修工事の寄付金をどうするかで、話し合った。
 高橋の家は、運送業をしていた父親が、トラックの運転を誤り、事故で亡くなっていた。その時は母親と生活をしていた。
「親父の法事には、かなりお布施をつんでいるからな、寄付する余裕はないな。そっちはどうする。」という。
「ぼくの親父は、心臓を悪くして入院しているけど、それなりに寄付をしておけというから、五万円ほどしたよ」と斧口は言った。それから間もなく、病気が悪化して父親はなくなったのだが……。
 高橋は、その後、工員をしながら夜は美術学校に通い卒業し、絵を描いていた。また、女出入りが激しく、結婚していなかった。
 斧口に対して彼は、「おふくろが、おれの嫁選びにうるさくてね。」と話していたものだ。
 斧口の絵描きになったのか、相変わらず、オンナ好きだな。裸の女のモデルを専門に描くようになったのか、と思ったものだ。
 彼らの地元の今は、海岸線の付近は埋め立てられた人工島ができていた。工場や倉庫の並ぶ地域と釣り場や海浜公園になっている。

記憶は失敗の非日常性、忘れる名所旧跡の旅  外狩雅巳

   年に数回の旅を楽しんでいる。海外旅行と国内の旅。
  トルコに行きツアーでは、一行とはぐれてさ迷い歩いた恐怖体験もなんのその、中国ではパスポート紛失。
  その点では国内旅行は安心だ。先月は京都と山陰を回ってきた。来月は知床岬に行く。そのあとは、沖縄行きのツァーへも申し込み代金支払い済みだ。
  名所旧跡も帰ってくればもう忘れた。それでもボケる前にひたすら次々とガイド本での企画に飛びついている。
  78才になった。妻は六歳下だ。あと何年動けるか。
  人間死んだらゴミになるが妻の口癖だ。生きた証に出版したり創作したり、何をやっても満足しない日々。
  それでも旅に出れば、非日常を過ごせる。
  ツアーは全員高齢者。皆さんも同じ思いなのか。
■関連情報=外狩雅巳のひろば


文学表現の剽窃と盗作について    山川豊太郎

 最近、日本人画家による盗作疑惑が世間を騒がせているが、創作活動に関わる人々にとって、これほど古くて新しい問題もないであろう。渦中の当人は、これを書いている現在(2006年6月)、自らの嫌疑を否定しているので、それについての不用意なコメントは避けたいのだが、少なくともこの騒動で特徴的なのは、対象が具象絵画という視覚領域に訴える種類の作品だった分、我々のような美術の素人にとっても問題の所在が判りやすかった点であろう。結果的に、当人が自分の正当性を主張する際に用いる抽象的言説が、何か言い逃れめいた色彩を伴って浮き立ってしまっていることは否めない。どのように言葉を重ねたところで、そっくりなものはそっくりなのだ、としか言いようがないのだ。それをミメーシスと呼ぼうがオマージュと呼ぼうが、である。
 しかし、冒頭で述べたように、創作という分野にあって、盗作ないし剽窃と称される問題は、古来、跡を絶たない。『現代日本文学「盗作疑惑」の研究』(竹山哲・PHP研究所)によると、文学において盗作はそれこそ常態であり、多くの文豪たちの作品も、その疑惑にさらされ続けてきた。例えば田山花袋の「田舎教師」や太宰治の「女生徒」「斜陽」、井伏鱒二の「黒い雨」など。近年では山崎豊子の「大地の子」、田口ランディの「モザイク」「アンテナ」、篠原一の「19℃のロリータ」、平野啓一郎の「日蝕」などが記憶に新しい。無論、個々のケースによって、本人が認めている・いない、被害?の対象が無名人・プロの作家、などの違いがあり、一概に同列に論じることはできない。だが、特に近年の事例で顕著なのは、多くが被盗用者の告発より端を発している点であり、しばしば訴訟沙汰にまで発展する場合も存在する。
 その要因の一つとして、インターネットをはじめとする情報ツールの肥大化の効果があげられるであろう。プロ作家の文章はともかくとして、太宰や井伏が「ネタ」とした一般人の日記的な媒体は、あくまで私的な文書であり、被盗用者が非難の声を発しなければ、そもそも問題になりにくいケースである。当時であれば、作家のリライトを経てしか世に出ることはなかったであろう、こうした一市民の「表現」も、しかし現在ではネットを通じて、一夜にして世界に向けて発信することが可能だ。ネット上の表現の所在は、いまだ曖昧な部分も存在するが、特権的表現者としての作家の地位が、情報ツールの変革によって揺らぎつつあるのは確かな事実である。今や、作家に無断で流用された文章を見、「盗まれた」と感じる人こそあれ、ありがたがる素人など皆無なのである。
 一方で、芸術文化の伝統としての「本歌取り」やパスティーシュ・パロディの存在を論
拠に、盗作と引用との線引きの困難さを強調する向きもある。だが、これは僕に言わせれば、被盗用者の感情如何の問題でしかないと思う。マンガ家の大友克洋が、増殖する自らのエピゴーネンに対し、「そういう作品にいちいち目くじらを立てていたら、我々マンガ家は全員、手塚治虫に著作権料を払わねばならないだろう」という主旨の発言を行ったことは牧歌的エピソードとして名高いが、それは大友が既に業界で大家としての地位を確立した後の話である。真似する側とされる側の社会的地位が逆であったなら、事態はこれほど穏便には進まないであろう。実際、盗作というのは多くの場合、力のある者が弱者の表現を盗むことを言うのではないだろうか。我々が仮に、パロディと称して模倣することが許されるのは、既に社会的評価が定まった(すなわち、誰もが知っている)作品に対してのみである。
 盗作は、かくも微妙で繊細な問題なのだが、一つ個人的な話をさせてもらえば、自分の
作品が「盗用」されたのではないかと悩み、それを公にすべきかどうかで傷つき続けた、あるマンガ家の存在を僕は知っている。結局、彼女はネット上でその事実に気付いた読者の告発により、名誉を回復するに至るのだが、世の中にはまだ、彼女の如く泣き寝入りするしかない表現者があまた放置されている可能性を、我々は忘れてはならない。
( 「文芸研究月報」2006年7月号(通巻67号)

最悪な夏    菊間順子

 今年の夏は最悪の夏だった。
 7月の始めに体操教室で膝を使った体操をしてしまい、左のひざを痛めてしまい腫れ上がったひざを冷やして寝ているうちに何時の間にか日射病になり、膝より頭の熱の方が高くなり慌てて頭を冷やしたが、間に合わなくそのまま1週間は熱に悩まされた。
 おまけに右肩全体が痛くなり、寝返りも出来なくなってしまった。
 以前貰ってあった座薬を思い出して使ってみたら熱も肩の痛みもうそのように消えてしまった。
 孫に治ったと言ったらそれは、一時的で根本的に治ったのではないのだからやはり調べてもらった方がよいといわれ、またNTTの病院へ出かける。やはり日射病で水分が足りないのと肩の痛みも熱のせいだと言われた。その後も何となく気分がすぐれず、だらだらと7月を過ごしてしまった。妹と7月にまた北海道にいくはずだったが、あちらも足が悪くなって歩けないとの事でおじゃん。7月はそういう事でだらだら生活に終わる。
 8月になりやっと正常に動けるようになったが、また、ここで思わぬアクシデントに襲われる。
 テレビでは今日が一番暑い日だと言う日で何もしなくても汗が出てくる状況のなかで孫が入れたとてつもなく熱い風呂に入ってしまい、すぐに上がり、孫に文句を言いながらうちわで仰いでいたが、どうも変なので冷蔵庫からアイスノンを出して少し頭を冷やそうと思い。
 出してテーブルの上に置いたらそのまま「スー」と倒れてしまったのだ、
 見ていた孫はすぐ救急車を呼び再びNTTの病院に、行く前に大体様子をチェックをして軽い脳梗塞状態であると言っていたが、病院でも同じようなチェックをされ、やはり水不足による日射病だと言う、でも風呂からすぐにでたからこの程度で済んだがもう少し入っていたら危なかったとも、どうやら一命たすかったのだ。でもその後が良くなかった。
 次の日、NTTの病院にいくと、先日の肩の痛みと足の方が悪く整形外科で検査を受けるようにと言う。レントゲンを撮ると左の膝が1センチ位ずれていてこのままでは骨がどんどん減っていき歩けなくなりますよ、と言われる。どうするんですか? と聞くと手術ですと言われた。今寿命が伸びていますから、80歳でも皆さん手術をしています、と言われる。
 うーんまたか…もう手術は終りかと思っていたのに…
 顔から胸、腕、お腹で終わりにしたかったのに…
 骨がなくなっては困ってしまうので了承する。お家の人に相談しますか? と言われたが自分がやるのだから相談しても仕方がないのでその場で決めてきた。
 入院は11月20日、家に帰って孫に言ったら何で相談もしないで即決するのこっちの方の都合もあるのに、と怒られてしまった。
 その前に生協のお祭りやハーモニカ教室の演奏会もあるし、まあ何とかなるでしょう。

近代(モダン)文学の原理との菊池寛の思想(3)

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(承前) 浪漫主義は十九世紀に到って、古典主義と対立し、写実主義、自然主義と対立しだが、浪漫主義が勃興しなければ、新文學の溌剌さは生れてこない。
 フロオベエルのような厳正な秩序を愛した写実作家の心情にもなオ浪漫的な想像がどんなに多く働いた批評家の指摘するところだが、彼の「聖アントアンヌの誘惑」や「サランボー」を読めば直ちに了解するであらう。
 以上で古典主義と浪漫主義が、常に如何なる時代にもあり得る作家の可なり根本的性情であることは理解されたことと思う。次に文学の思潮として、夫々について述べてみよう。

A古典主義
 今日我々が古典主義と呼ぶ文学は、普通文藝復興の後、十七世紀、十八世紀に主に仏蘭西を中心として起った文学思潮の全般を指すことになっている。
 一言で云えば希臘、羅馬への憧れが生んだ文学である。中世の暗黒時代を経て、文芸復興に目覚めたのは伊太利である。伊太利の「人間主義」(ユマニスト)達が格調の正しい希臘羅馬の古典文学を読み始め、真に自我を甦らせて、新しい文学を築いていた。
 仏蘭西はシャルル八世、ルイ十二世、フランソワ一世の伊太利遠征によって、初めて彼の国に接触し、一種ウの文芸復興の研究熱がとみに盛んになった。
 希臘羅馬の古典なら、精神、内容、形式、風趣すべて結構、いや現代の交學さえ古典に接近すればする程、傑作たる資絡が持てる。そう考えていた。だから人によってはこの文学を擬古主義とさえ言っている。
当時欧州の知識階級に既に拉典(ラテン)語が流行していた。当時の文学は粗野で野蛮で、いさかの洗練味もない人々が、拉典語から得た知識は、やがて、希臘羅馬文明への礼讃となったことに何の不思議もない。
 そこへ立派な手本を見せつけられたのだから黙っていない。猫も杓子も古典研究に没頭する。
 (注)本論は、伊藤昭一の評論「文学が人生に役立つときー菊池寛の作家凡庸主義と文芸カラオケ化の分析ー」の対象となった菊池寛の文学論著書「日本文学案内」における近代文学論を現代文に変換したものです。また、この前段の【日本の現代文學概観】(「文学が人生に役立つとき」で掲載済の続編です。


ハワイの住民たち  江 素瑛 

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 人は鳥のごとく飛んできたりいったり
着陸瞬間ハワイの上空で生前八十才過ぎた母の良く言った事を思い出した
ダイアモンドヘッツドの山麓の叔父母が何時も用意してくれるあの部屋
大ぎな天井扇風機 青藍調のステンドグラスからの木漏れ日
陽射しを通し 幻想的な一画 本 お土産品 バック おもちゃなど
部屋中のものがのんびり無造作に置いてある
穏やかな親子鳥の囀り 虫の密かな鳴き声
静かな下町情緒あふれる敷居
前立腺がん 心臓病 頚部脊椎管狭窄など 病身で療養中の八十五才の叔父
並年の叔母と喧嘩するほど仲が良い 
頚の痛みを和らげる鍼灸治療を伴い中華街に行き 中国からの青島鍼灸学院の教授の治療
見た目七十才前頑丈な八十才 叔父の後頭頚部に対称的六針 左右腕ニ針 針刺される部位に合う波長の電波を通し うつ伏せ座位 一時間ほどうとうと 昼食と叔母に頼まれた野菜 とも中華街で済まし
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カルチャーブラザに沿う川の向い岸公園 ホームレスのテントがずらっと並べ 十年前来た時より増えたようすハワイに物価上昇一方 生活苦で 本土に移す若者が多いという
そのなかでテント前に四匹の犬をリードする中年男性 ビキニ姿の若い女性が隣テントから出てきた
次の瞬間若い上半身裸の男性がテントに入り テントの横に立派なバイクがあって ホームレスらしくないカップル 雰囲気の違いは目を疑うほど 旅人? 宿代を省ける知恵か? なるほど旅人のテントもホームレスの仲間に加わるか
叔父は朝の体操には頚の痛みで遠のいている まだベットから起きられず 朝叔母は洗濯機回す音を響かし 朝食前マキニ通りをキヤンベラ通りへ ダイアモンドヘッドが一層くっきりに見える
遠くからビンクの固まりが奔走して来る 年一度Race for the cureだった 身体のあらゆるところにビンクのグッズを飾り 男 女 老人 子供 赤ちゃん ベビーカー 「Give me a hand」と私にハイタッチを求めて来たランナー 三十年前 Nancy.G Brinkerが 乳がんで命を尽くそうというの妹との約束で Race for the cureが始まった そして 今全世界に普及した山麓のKCC 毎土曜日午前のfarmal markectは名物 十時からお昼頃に喧騒が消え 次つぎと屋台がたたまれる
KIMG0198また来週ねと去って行ったが カビエラニア大学でぶらぶらサボテンが目立つ一画を発見 Moriso Teraokaが作ったガーデン日本では盆栽の小人のような多肉植物は ここは巨人のようだ
 新しいショッピング モールに敏感ハワイアン カハラモール ワイキキ横丁 ミツヤスーパなど日本人向けより日本に行かなくても本番の日本料理を堪能できると売り出している
ハワイアンになる積りだった今回の旅 叔父叔母の日常は 隣り近所にはあまり付き合いしないが ニ男一女の子供と孫たち 時常老いた親の世話に来たり 良き昔の大家族がハワイの 台湾人の中にいる
(2018 10 17)

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