「詩人回廊」

日本の短編小説の特殊性について「韻律のある近代詩、日本語の制約にはばまれて、大した発展を見なかったので、小説家は叙情詩を書きたい衝動を、やむなく短編小説に移してしまった。短編の傑作と呼んでいる多くは物語的構成をほのかにもった散文詩である」三島由紀夫「美の襲撃」より。文芸同志会は「詩人回廊」に詩と小説の場をつくりました。連載小説も可能です。(編集人・伊藤昭一&北一郎)(連載を続けて読むにはタイトル上の筆者の庭をクリックします)。

島の診療所出張記(1) 墨微

 1986年(昭和61年)11月。その時、三原山火山が爆発した。
 一晩に三人が分娩、卵巣のう腫の茎捻転の急患を緊急手術、当直先生たちの眠たさを堪える目、あくび連発、早朝医局のモーニング・ミーテンに集まると「なんでなんで」と、医局は大騒ぎだった。
「C先生が島を引き揚げたよ」
「どうして?なにがあったの?」
「なんで」「なんで」
「火山が爆発した」
「へえ びっくり仰天だ」
「急いで入院患者の搬送があり、大変のようだ」
「しかし無事に患者を優先に退避させたよ」
「CN先生は最後に乗ったのね」
「波浮港から避難したという」
{あわてて、さぞ怖かったでしょうに}
「テレビも新聞も記事出たよ」
 おひげが魅力的なC先生の笑顔がみなの頭に浮かんでめらめらの火山から逃げ出しただ活動している火山口に見学したのは一度あった。黒い石炭の敷いた噴火地、所々めらめら赤く燃えるスポット、胸に溜まった怒りを噴き出す機会を得た如くだ。まわりの空間が火鉢にある、熱く燃える火の地獄はこんな光景か。
しかし爆発の実際光景は、命にかかわる怖さだろう。考えるだけでぞっとする。

 大島ができる前に火山の火芯が生き残るものである。多くの噴火の記録が残っているが1986年噴火は爆発的になり、朝日新聞によると、11月15日、伊豆大島の三原山が12年ぶりに噴火。21日には209年ぶりの大噴火となった。約1万人の島民はすべて一時離島した。住民全員の島外避難が行われ、帰島は約1ヶ月後になったという。
 その時、派遣された医局のCN先生は、入院患者と避難船に載せられて、船で無事に戻った。大島は伊豆大島火山と呼ばれる水深300〜400mほどの海底からそびえる活火山1552年10月17日噴火の際に鎮静を願った祈祷札が今も元町の薬師堂にある。数の陸上部分であって、山頂火口のある三原山はカルデラ内に出来た中央火口丘である。三原山御神火様として昔からあがめられ、「お鉢めぐり」という火口周遊の遊歩道がある、赤く燃える黒い石炭が覗かれる、地獄そのものか。筆のようにぽつんと海からにょっと顔を出したのは筆島である。

言葉の壁            佐 藤 裕

遠い遠い 私の言葉の網の目に
微かなメロディーが通り過ぎる
リズムや肉声を消去する
言葉の壁の中にいながら
時間の雨音だけを聞いて
何年になるだろう

掘り下げて行けば
得体の知れない恐怖に留まり
浮き沈む風土の闇が
言葉を濁らせる

いつしか 単調で痩せたイメージが
言葉の壁の中で震えている
逃げ出そうとする吃音
黒い絵の具のように
広がろうとする濁音
乾いた靴音が 背後から近づいて来る

幾重にも闇を重ねて
苦しい記憶の呪縛を解き放つ
私である私がいない
私である あなたもいない
乾いた靴音だけが
言葉の壁の中に響いている

空白 空洞 久遠
音の羅列だけが 
意味のあるものに見えて来て

時間の雨音なのか
終焉の靴音なのか
言葉の壁の上に
白い亀裂が徐々に広がって行く

(文芸誌「砂」第137号(2018年5月発行)から転載)

2017国鉄詩人賞「九条プラカード詩を掲げ歩く」(和田攻)

 IMG_20180519_0001_1<詩誌「国鉄詩人」275号ー2018/年・夏号>
 国鉄詩人連盟(事務局・編集人=矢野俊彦)は、2017年度国鉄詩人賞を、和田攻「九条プラカード詩を掲げ歩く」に決定した。詩誌「国鉄詩人」275号には、この賞への推薦作品の数々と、選考経過が公開されている。また、同連盟は、6月に第73回国鉄詩人大会を東京で開催する。
 2017年度国鉄詩人賞受賞作品はを以下に転載する。
〜〜☆〜〜
「九条プラカード詩を掲げ歩く」 和田攻

東京には日本の空がない
防災無線の悲痛な叫び声に
驚き迂回路ジャンボ機に飛び乗れば
いまだコーンパイプに彩られた
GHQ占領下のマッハが行く手を阻み
沖縄にはウチナンチュウの地図もなく
日米安保条約地位協定
色槌せた戦後レジームの
捨石に興じる
指名手配の動画やら顔写真が
日本の九条をも橿褄切れに―

詐欺の手口は巧妙かつ大胆
恐喝恫喝独裁者への登竜門は
追従マスコミ阿呆を手玉に
贋金ならぬ偽言語発信の
新しき錬金術
ハロウィンのカボチャ祭りよろしく
尻馬の大群ドン・キホーテの
隊列が永田ムラの焼け市に繰り出す

TPP輸入に毒された
こいつらの頭の中は
ことごとく
カボチャミバエに食い荒らされているのが
百姓の眼力には透けて見える
見栄えのよい面構えだが
包丁を入れた瞬聞
ミバエの大群が飛び出し
腐れ脳みそが露わ週刊誌のグラビアを飾ろうと

おっとどっこいシャッターチャンスも
押っ取り刀自主規制のこぼれ刃では
うらなりカボチャさへ歯がたたず
ボケモンGOに興じる不勉強な諸君らに情報は届くまい
国会の議事録にも残らぬ新安保法制定の中身とは
他国の戦争に待望の自衛隊参加と
これぞ日本国憲法九条違反の集団的自衛権の行使
偽ブランドの目玉「積極的平和主義」
裏返して「セッキョクテキセンソウシュギ」とルビを

プラカード詩人になるな
丸山薫氏の言葉に背き
「信州安保法制違憲訴訟の会」原告の一員となり
国を訴えプラカード詩を掲げ歩く
〜〜☆〜〜
  この作品の受賞の言葉で、和田攻氏自身、かつての(詩の世界)の興隆期には、見向きもされなかったような作品であることを認めている。しかし、権力による憲法改悪の動向に立ち向かう意志の力なき様相に、いたたまれないための声であることを述べている。
  個人的な芸術性感覚や気分の表現に含まれる意味の不確定さに対する苛立ちでもあろう。ただ、この受賞作には、単なる散文の行替え表現ではなく、リズムを持った言葉による意思が存在することで、現実を立ち上がらせている。

「出逢い」(18)       やまや白丸

ーー第16章ーー 最終章
  彼の自宅に来てからどの位の時間が経過したのか?
  お手製の肉ジャガをそのままテーブルの上においたままゆき子もうたた寝をし
てしまった。
  はっと、気づくと薄がけがかかっていた。あれ?ここどこかしら?
  あ、彼の自宅!眠ってしまったんだ私。
「大丈夫ですか?お目覚めになりましたね。何かお飲みになりますか?」
「え!はい。お水いただけませんか?」
  そっと優しく差し出してくれた一杯のお水。ゆき子は一気に飲み干した。
「す、すみません。私まで眠ってしまいました。疲れてますね、私も。肉じゃがが冷めて・・・」
  そう言った途端、彼からの優しい口づけ。
「将来を一緒に私と歩んで頂けますか? 家族になってもらえますか?」
  突然の事にポカーンとなるゆき子。
「は、はい。私でよければお嫁さんにして下さい。」
  お互い見つめ合った後、笑いがこみ上げた。そしてもう一度彼からの優しい口づけ。ゆき子も力いっぱい彼を抱きしめた。
「さあ、これから忙しくなりますね。まずはゆき子さんのご両親に挨拶して。北海道にいる姉にも紹介して」
  またまた、ゆき子は一人になりたくて冷めた肉ジャガを温め直すと言ってそそくさとキチンへ。
「あれ?今のプロポーズよね。いつもの事だけど展開早ずぎ。結婚するんだ私。それもいいか。好きだし・・」
  そこへチーン! と温め完了の合図。
  我に返って再び温まった肉じゃがを両手で大事に持ち。笑顔で彼のいるリビングへ。
  さあ! 頂きましょう。

「稀人舎」ネットの詩活動と出店「文学フリマ東京」から

IMG_1716IMG_1717<詩作品から、ネット小説評論まで、「稀人舎」の第26回文学フリマのブース。5月6日>
  文学フリマは、発足当初から出店する前に、販売本の宣伝をし、会場に参入するのに、ネット予告をするのが、ひとつのパターンであった。そのため行列 が出来ることがあった。スマフォもデジカメなく、写ルンですの簡易カメラで記録していた時代で、パソコン通信というジャンルが残っていただけの時代での話である。
IMG_20180513_0001_1_1<川口晴美氏の東京新聞(2018・5・12夕刊)「川口晴美の詩はいかが」の評論記事>
 それが、今日のように、スマホが普及し簡単にいつでもインターネットにアクセスできるようになった状況で、最も現代的なカルチャー発信をするグループであろう。
 「稀人舎通信改」3号という雑誌は、座談会「ネット小説は野生の言葉」、「ネット小説投稿サイト紹介」「エッセイ「ネット時代と創作」などのほか、東京新聞で詩の時評をしている川口晴美氏の作品などが掲載されていて、つい買ってしまう。
《参照:詩人・川口晴美氏の「第24回文学フリマ東京」参加体験記
■関連情報=福井ゆかりの詩人・川口晴美さんの文学カフェを開催

     涙       佐藤 裕

涙が
黄色い花弁に落ち
紫色の腐敗した管を落下し
生命の堅い岩盤に
細い錐の黒点を残す
その内側には
遠く 遠く 赤い焔が
見え隠れする

獣の叫びが
微かな風となって
赤い焔を揺らす

人影が 突然 消える
幽かな 匂いが
眼下を通り過ぎる
貴方への思いが甦る
遠い 遠い 青い思い出

点と線
欲望と喪失
母の温もりから
冷たい路上まで
様々なイメージの螺旋階段
中心の丸い空洞を
蕾のような涙が
果てしなく
落下する

「出逢い」(17)       やまや白丸

ーー第15章ーー彼のインコ ブルー
   当日11時半 、定刻通り彼が来てくれた。
「こんにちは。今日はどうしましょうか?どちらか行きたい場所でも?」
「はい、斎藤さんのご自宅に。うまくはないですが手料理でも」
「それは嬉しい。自炊はほとんどしていないので健康には良くないですよね。助かります。」
  ゆき子の自宅から車で15分程のマンションであった。途中食材を買いながらの道中、彼の心中は複雑であった。
  この前はあれだけ自宅に来る事を拒絶しながら、今日は自分から来たがる?女の心理は不思議だ。一体全体、何が彼女をそうさせたのか?
「まあ、本人が来たいって言うならそれで良いか。手料理もありがたいし。順子の時もそうだったけど男には分からない生き物だ。女とは・・・・・」彼の頭の中での会話であった。
「お邪魔します。」すると、いきなり鮮やかな青色インコが、ゆき子を出迎えた。すーと彼女の頭上を通り過ぎ右肩に乗ってきた。ビックリ !
「あ、驚かせてすみません。インコのブルーです。順子の飼っていたインコです。恐らくブルーは順子とゆき子さんを勘違いしてるかと。」
「そ、そうなんですね。可愛いお顔ですね。」
  するとブルーは自らブルー、ブルーと寂し気に泣き始めた。誰かを求める様に。
「台所お借りします。」そそくさと一人になりたくて、一人で考えたくてキッチンへと姿を消していった。
  ゆき子の内心は再び複雑であった。ここでもまた奥さんの影、忘れたいと言いながらも奥さんの可愛がっていたインコは手放さない。仕方ないか、これが僕です。きっとそう彼は返事するに決まっているから。
  男の人のこういう所が分からない!ブツブツ独り言は止まらない。
  気を取り直して台所に立つゆき子。既に少しずつではあるが免疫の様な物がゆき子の中に芽生えていた。
  奥さんを失った人を丸ごと愛する、私にならできるかも?そんな自信が出来上がっていた。
「はい!出来ました。」両手で完成した肉じゃがを差し出すと目の前にいたのは、既にソファにうたた寝する彼の姿であった。
  すやすやと眠る無防備な寝顔。
「初めてみる顔・・・本当にやんちゃな子供みたい。」寝室にあった薄がけを彼にそっと掛ける。
  ふと以前の彼の言葉が蘇る。「仕事では一人前の大人です、しかし1人になればまた・・・・」
  そうか、本当にそうだわ。
  しばらく間をおいてからブルーブルーと呼んでみた。すると再びすーと、どこからか戻ってきてゆき子の頭上を一周し右肩に乗るのである。
「ブルー、よろしくね。」と頭をなでた。
  この時のゆき子には彼もブルーも愛おしくて2人の事が大好きになっていた。

フーリッシュ・フィッシュ(7)     向井蔵人

  その会社は、待遇もあまりよくなかったので、記者不足の時があり、いくつもの電気メーカーの新製品発表会が同時に行われることが多くあった。
  日ごろからメーカーの広告収入で経営がなりたっている零細業界新聞は、その全部に記者を出席出来るほどの記者がいなかった。しかし、新製品発表会に出席しないことは、広告対策上、具合が悪い。
  そこで、洋介に名刺をもたせ、顔出しさせるようになったのだ。ところが、彼はまるで業界のことを知らない。経済学の知識でもって、話を聞くのだ。そこで、メーカー担当者が、「何か御質問があればお答えしますが…」   しかし、慣れきったベテラン業界記者は、だれも反応しない。
  そんな時、洋介は素人特有の質問をするのだ。たとえば、炬燵の新製品発表会では、「これは輸出するのですか? もし、するなら炬燵は英語でなんというのでしょう」とかいうのである。発表会会場からは、嘲笑を押さえる声が漏れる。また、別のレコード会社の発表会では、記念品としてレコードをくれたりする。すると「すみません。会社からの用事でよるところがあるので、LPレコードはいりません」と断ったりした。
 また、発表会での新製品発売を記事にするように言われると、見たとおりの自分の感想を入れた。たとえば、冷蔵庫の場合など、小っちゃくて単身者向けとか、でかい大家族向けとかいう表現を使った。それは、洒落た文章を書かないという、彼なりの心がけのよるものだった。会社の編集長は、面倒くさがり屋で、それをチェックすることがなかった。
  すると、会社の広告の営業重役が、社長に報告した。電機メーカーから「おたくの若い記者は、新製品発表会で変な質問をして、白けた座を盛り上げた」とか、「新製品の発表の記事などは、ありきたりのパターンでつまらなく書く新聞ばかりなのに。おたくの記者は、変わった書き方をして面白く読める。誰が書いたかすぐわかる新製品発表記事なんて例がない」と評判がいいというのだ。
 こうして、洋介は、記事発表会でメーカーからの指名記者となった。すると洋介は、それは誰にでもわかりやすい言葉、今使われている日常用語を積極的に使うせいであろうと意識したのである。かれは、駅や大型店にある無料のPRパンフレットを片端から読んで、俗語の流行動向を把握して、記事作成に取り組んだ。
 そこから奇妙なことに、団塊の世代にオーディオ装置を作るメーカーからコピーライターとしての依頼がくるようになったのだ。そして、それがその後の彼の生活を支えるようになった。
そんな彼だが、その後も文芸同人誌などに趣味で小説を書くようにしていた。だが、その作品については、同人仲間から「手垢にまみれた文章しか書かない」と酷評されるのであった。それは、文学的才能の否定であったが、同時に生活上の勲章でもあった。
 それでも、彼の心の奥に何か自分なりに、芸術的な文学作品をかいてみたいという願望を抱いていることを自覚することがあった。
 それは夢見である。彼の良く見る夢のほとんどは、何かに追われたり、生存の危機に出会うようなもので、その細部をいつまでも記憶することがないものであった。
 そのなかで、珍しくいつまでも忘れずにいる夢がある。それは、静かな森のなかの泉の湧く環境で、小さな自分の家があり、そこに自分がいる場面であった。そこで小さな机の前に座っていた。なんて平和で、満ち足りた気分だろう、と自分でその幸せ感の源を考えるのだ。すると、目の前の机の上に、すでに小説を書き上げた原稿用紙が置かれてあるのだ。そうだ、これは自分が書き上げた、美しくも優しい感動的な物語なのだ。そう理解して、窓から泉をみると、2頭の小鹿がひっそりと水を飲んでいるのが見えた。彼の心は達成感に満ち溢れた。
  そこで、彼は目覚めたのだ。そして、心の達成感は、目覚めた後も余韻となって残っているのだ。
 当初、なんだろうこれは? と不思議に思ったが、すぐに自分の心の中の求めて得られないものが、夢の中で実現させたものだ、と気づいたのである。この夢は30代の半ばに、ただ一度だけのものであったが、到底かなわぬ願いというものを、夢見で実現させるものだ、という体験として、今でも忘れずにいる。
洋介は思う。たしかに宇多田氏の作品は、その繊細な感覚の特殊性のある、芸術性により、生前に多くの人に読まれることはなかった。しかし、洋介にすれば青春時代に、願っていた芸術的な創作にほとんど重なるものがあったと思わせられたのは、一人の有力な共感者、同感者を得ていたということだ。
 晩年まで、宇田本次郎氏と同人誌で文芸活動を共してきた洋介は、年齢を重ねた宇多田氏の現代では、まわりくどいと思われる曖昧な象徴的表現に関し、「時代が時代だから、もう少し早く呑み込めるような、方式に変えたらどうなの?」と問いかけたことがある。
 すると、彼は「その程度の読み込みしか出来ない読者なら、読んでもらわなくてもいいんですよ」と、ためらうことなく、返答を返したものだ。「まあ、それもそうですかね」と、洋介は黙ったものだった。洋介は、一向に変わらぬ彼の主張に畏敬の念さえ抱いたのである。
 それは、洋介に芸術的な文章力があったとしても、個人的な資質は異なったとしても、作品は少数者にしか理解されない作品を、宇多田氏と同様な姿勢で、表現していたかも知れないのだ。洋介は、宇多田氏の遺作を読んで、本望を全うした目立たぬ芸術肌の完結した人柄そのものであることに、感慨を思えずにはいられなかた。
 凡作は目立つことなく忘れられる。しかし、どんなに優れた息長く読まれる名作であっても、原発事故の放射能の永続性に勝るようなことは、ないであろうという俗物的予感を捨てきれない洋介なのであった(了)

「出逢い」(16)       やまや白丸

ーー第14章ーー 偶然の再会
   けんか別れをしてから一月余り、ゆき子の自宅近隣で刃物による殺傷事件が発生した。
たまたま、休みでで自宅にいたゆき子。早朝からパトカーのサイレンの音で起こされたのだ。
「何?凄い音」カーテンを開け窓越しに現場の様子を見る事ができた。現場は自宅隣の小さな公園数台のパトカーに救急車も待機していた。
  周囲は規制線が張られた。白い帽子に足には白色のカバーをかけた鑑識の刑事があわただしく動いていた。
「え?事件?あれ?彼だ!」
  偶然、斎藤刑事の姿を目撃してしまった。初めてみる彼の仕事ぶり。無線で連絡を取り合う真剣な表情。
「彼のあんな顔初めて・・・・・「あの時の冗談を言った人とは別人よね。そんな彼を支えたいな。私のできる
限り。」淡い痛みがゆき子の胸を通った。
「しかし、何の事件? 」一気に恐怖がこみ上げてカーテンを閉めてしまった。
  それから数時間後には現場検証もおわり、ゆき子が気づいた頃には一団は早々と現場を去っていた。
  これをきっかけに彼に連絡を取った単純なゆき子。しかしいつもの事ながら返信はしばらくなかった。
  返信があったのは一週間後の事である。
「ゆき子さん、ご無沙汰しています。ケンカ別れしてあれから大部経ちますよね。ゆき子さんの話し通り、あの日公園で事件があり私も居合わせました。まさかあなたに見られていたとは。詳細は話せませんが、犯人は無事捕まり被害を受けた人も一命は取り留めました。近隣で別の変質者情報も多いのでおきをつけ下さい。またゆっくり会いたいです。^^」
「追伸、明後日、非番です。お昼ご一緒しませんか?」
  ゆき子の気持ちは高鳴った。また会ってくれるんだ。てっきりあんな別れ方をしたから自然消滅とばかりに思い込んでいた。
「はい、明後日大丈夫です。」
「では、11時半に車で自宅に迎えに行きます。会ってから詳細は決めましょう。」と、ゆき子と彼はまた会う約束をするのであるがどうも煮え切らない2人であった。

フーリッシュ・フィッシュ(6)       向井蔵人

 じつは、それ以前から、彼は自らの芸術的な才能を伸ばすための潜在力に欠けていることに、気付いていた。それは、幼少時からの環境の問題であった。自分が、読み書きを習っただけで、本を読んできた。本はたくさん読むに越したことはないが、それを理解した上で、発展させるには、幼少時からの芸術に長時間接することで身につくはずの、その期間が彼にはなかった。漁師町の貧しい家に生まれた彼は、成長過程のほとんどが、家業の手伝いに追われ、高校生になっても、授業を休んで父親と共に船で海に漁に出掛ける生活をしていた。
 そこで、覚えたのは気候の日和見ぐらいであった。水面が滑らかで風がなくても、遠方の海が荒れていると、船を下から揺らすうねりが出てくる。疾風の予兆である。それを感じ取って、すばやく漁を中止し、船のエンジンをかけ港に寄港しなければならない。
 また、海に出ている時に、それまで霞んでみえていた富士山の周辺が明瞭になり、雲が吹っ切れて姿がくっきりとしてきたら、これも大風の吹く予兆だ。
  家の船は四トン程の小舟だ。急いで船の錨を上げ、エンジンをかけているうちに、風が吹き海が荒れてくる。強風と風に船の横腹を向けてはならない。港に引き返すにも、舳先は波風の方向に向けながら、横滑りを計算しながら岸辺に向かって前進させるのだ。
  十八才の頃、父親が漁師を廃業したので、彼も漁師からサラリーマンになった。それでも、船の水竿、櫂、櫓の使い方は、忘れない。それほど身にしみつくのだ。船が転覆したら最期、誰も助けてくれない。神に救いを求める心の余裕もなかった。幾度も、命の危険にさらされたが、神が助けてくれる気配を感じたことがなかった。
  彼が、文学作品を読んだ時に、詩人や小説の作者の幼少期に身に付けた語学力、芸術的なセンスがどれほど身につける機会に恵まれていたかを感じ取っていた。
  詩人や作家が、作品が売れずに貧乏をした話を読んでも、それには、古典や外国語を身につけるほどのことが出来た境遇での貧困なのだ。
  幼少時から、貧しい漁師で教養のない両親の家業を手伝って、日々を過ごしてきた彼に、どんな芸術的センスが身に付くというのだ。彼はそれまで漠然と感じていた才能のない、ただの文学好きの大衆に過ぎない自分を、宇多田氏に出会って、明確に自覚したのだ。
 それ以来、彼は感性に優れた文章力で、芸術的性のある作品を生み出すことを、考えなくなった。文学の世界で、創作力をもって、打って出ようなどということは、論外であった。読み書きが好きなので、それは続けた。そして、文学作品を読むことで、生活の労苦を忘れることにつなげていたのだ。
  宇多田氏に出会ったちょうどその頃、夜間大学の経済学部を卒業して、彼は小さな建設会社に勤めていた。やがて、その会社が倒産。小さな家電の業界新聞に勤めることになった。といっても、仕事は出来上がった新聞を、丸の内や周辺に本社をもつ大手電機メーカーに届ける配達員であった。
  彼は記者になるつもりがないことで、採用されたのだ。なんでも、そこの会社の社長や専務の話では、やたらと新聞記者になりたがる若者が多く、配達係というと、断ってくるというのだった。
  
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