四日後のイタリア旅行をひかえて、荷作りがさっぱり手につかずにいた。自室が片付いていないからである。山積みのファイル、読みかけの本、土産や携帯用に買いこんだ袋の山、脱ぎっぱなしの衣類など……片付けられない女になりさがってしまったのだろうか。三十年ぐらい前までは、週一度は整理整頓して物をあるべき場所にきちんとおさめていたのに。今では古くなったものを処分しようとしても愛着がむくむくわいてきて捨てることさえ下手になってしまった。
何もかもが億劫になって、どしんとテレビの前の椅子に身体をあずけ、リモコンをつけたら、画面に「片付け士」という片付け名人が登場したところだった。眼の大きい、引き締まった顔立ちで何ごとにも動ぜずという冷静さをたたえている。
この人がちらかり放題の靴店を訪れるのだ。サイズごとに並べることもしないで、空き箱も捨てられず、品物がうずたかくたまった店内、せっかく客が来ても、探すのに手間取って売れるチャンスを逃す場面が出る。二階はもっとひどいありさまで、ゴミだか商品だかわからないものが隙間もないほど山をなしている。店主の母親という人が出てきていう。「いい子なんですけどね、片付けるのが苦手で」
「片付け士」氏は少しも動ぜず、一言命じた。「まずはホコリを除くことから始めてください」
後日、靴屋さんは見違えるように変貌した。どこに何があるか一目でわかるから、接客もスピーデイで売れゆきもめざましい。NHKの番組だから、〈やらせ〉ではないだろう。
よし、わたしもやってみよう。スーツケースに詰めるのは後まわしにして、まず床においてあるものを全部ベッドにのせ、ホコリを取り除くことを始めた。掃除機をかけ、ホコリふき用ペーパーで部屋の隅から隅までベッドの下まで這いつくばってふきとってみた。やりながら、目につくいらないものをてきぱき捨てているのに気づく。ホコリをとっただけなのに、あっという間にゴミが大きめの袋一杯になった。室内はどことなく、ぴしっとしてきて、さわやかな感じがしている。荷作りはもう大丈夫できる、とう気がした。
さて、荷作りが一段落して、ファイルや書籍もととのえたりしたら、急に疲れが出てきて、肩と背中がこれはまずいという状況になった。ついこのあいだマッサージをしてもらったばかりなのに、また行かなければならないのだろうか、でもイタリアに行ったら、マッサージにはかかれないのだ。これこそという肩こり体操を探すことにしよう。
インターネットで検索したら、You Tubeの項目に行きついた。目下一番人気の動画投稿サイトである。画面には疲れで頬の肉も落ちているような若者が出ていて、治療師が直接指導する声が聞こえてくる。驚くほどの効果、というキャプション付きである。わたしも若者を手本にしながら、言われたようにやってみた。じっくり肩を上げ下げ、まわし、ストレッチを五秒ずつくらいする。実際にスポーツクラブで指導を受けているような気分である。それが効いたのだ。やり終わったら、肩こりも背中の張りも消えていたので、効果が抜けないようにその夜はいつもより二時間ぐらい早く床についた。
七十一歳になってもこれまでの思い込みを一掃させられるような、映像からの学びがある。だから生きていることがますます面白くなるのである。(2009・11・7)
何もかもが億劫になって、どしんとテレビの前の椅子に身体をあずけ、リモコンをつけたら、画面に「片付け士」という片付け名人が登場したところだった。眼の大きい、引き締まった顔立ちで何ごとにも動ぜずという冷静さをたたえている。
この人がちらかり放題の靴店を訪れるのだ。サイズごとに並べることもしないで、空き箱も捨てられず、品物がうずたかくたまった店内、せっかく客が来ても、探すのに手間取って売れるチャンスを逃す場面が出る。二階はもっとひどいありさまで、ゴミだか商品だかわからないものが隙間もないほど山をなしている。店主の母親という人が出てきていう。「いい子なんですけどね、片付けるのが苦手で」
「片付け士」氏は少しも動ぜず、一言命じた。「まずはホコリを除くことから始めてください」
後日、靴屋さんは見違えるように変貌した。どこに何があるか一目でわかるから、接客もスピーデイで売れゆきもめざましい。NHKの番組だから、〈やらせ〉ではないだろう。
よし、わたしもやってみよう。スーツケースに詰めるのは後まわしにして、まず床においてあるものを全部ベッドにのせ、ホコリを取り除くことを始めた。掃除機をかけ、ホコリふき用ペーパーで部屋の隅から隅までベッドの下まで這いつくばってふきとってみた。やりながら、目につくいらないものをてきぱき捨てているのに気づく。ホコリをとっただけなのに、あっという間にゴミが大きめの袋一杯になった。室内はどことなく、ぴしっとしてきて、さわやかな感じがしている。荷作りはもう大丈夫できる、とう気がした。
さて、荷作りが一段落して、ファイルや書籍もととのえたりしたら、急に疲れが出てきて、肩と背中がこれはまずいという状況になった。ついこのあいだマッサージをしてもらったばかりなのに、また行かなければならないのだろうか、でもイタリアに行ったら、マッサージにはかかれないのだ。これこそという肩こり体操を探すことにしよう。
インターネットで検索したら、You Tubeの項目に行きついた。目下一番人気の動画投稿サイトである。画面には疲れで頬の肉も落ちているような若者が出ていて、治療師が直接指導する声が聞こえてくる。驚くほどの効果、というキャプション付きである。わたしも若者を手本にしながら、言われたようにやってみた。じっくり肩を上げ下げ、まわし、ストレッチを五秒ずつくらいする。実際にスポーツクラブで指導を受けているような気分である。それが効いたのだ。やり終わったら、肩こりも背中の張りも消えていたので、効果が抜けないようにその夜はいつもより二時間ぐらい早く床についた。
七十一歳になってもこれまでの思い込みを一掃させられるような、映像からの学びがある。だから生きていることがますます面白くなるのである。(2009・11・7)


