「詩人回廊」

日本の短編小説の特殊性について「韻律のある近代詩、日本語の制約にはばまれて、大した発展を見なかったので、小説家は叙情詩を書きたい衝動を、やむなく短編小説に移してしまった。短編の傑作と呼んでいる多くは物語的構成をほのかにもった散文詩である」三島由紀夫「美の襲撃」より。文芸同志会は「詩人回廊」に詩と小説の場をつくりました。連載小説も可能です。(編集人・伊藤昭一&北一郎)(連載を続けて読むにはタイトル上の筆者の庭をクリックします)。

2017年05月

迎賓館へ見学ツアー記         菊間順子

 5月の連休の前に迎賓館と赤坂離宮などのツアーがあり、時間も午後からで行きやすく、妹を誘うとふたつ返事で行くと言うので申し込んだ。
 妹は一度行ったがもう一度行ってもいいくらい素晴らしく、ベルサイユ宮殿の比ではないと言う。息子がホテルオオクラに居た時にオオクラの当番日に一度行っているのでどんななのか見ておきたいと思いツアーにした。
 申し込みは早く、その時は何でもなかったのだが、なんと少し前から尿漏れを起こして医者に薬をもらい、のんだばかりで効き目はまだいまいち。不安なので孫にナプキンをかりて出かけたが、案の定絶えず不安で落ち着かない。
 バスが止まる度にトイレに駆け込む。見学どころではない。
 見学の日程が決まっているのでバスは一極集中であふれ駐車場がなく、ぐるぐる回ってやっと空きを探すしまつ。正面に迎賓館が見えていても、ぐるっと回って横の裏門からの入場。
 それからまた館の入場まで、蛇腹に添って並ぶ。まるで、ディズニーランドの遊戯乗り場のようだ。
 やっと番がきたら、今度は荷物と飲み物のチェック、まるで空港なみ、その間にまたトイレに行きたくなる。
 階段を上がって館の中はロープを張ってあり、壁や扉に手を付けてはいけないという。
入る前が長かったのでまたトイレに行きたくなる。
 警備の人にトイレはと聞くと有りません、と言う。当たり前だが聞いてしまう。
 妹に「あったって平民になんか使わせないわよ」と言われる。
 案の定、外トイレは行列だった。
 次は上野の国立西洋美術館へ、そこでも降りた。
 途端にトイレに駆け込む、絵を観るどころではなくなり、その後にお台場のクルージングもあったが早々に帰ってきた。
 その後行った友人は「空いていてゆっくり観られたわよ、よかったよ」と言われた。
 これから近場のツアーは辞めよう。

第20回「文人碁会」の優勝者は勝畑耕一氏

P5270009<第20回文人碁会の対局風景。手前が優勝者の勝畑耕一氏(右)>
 文人碁会(世話人・三好徹、秋山賢司、郷原宏)は、始まって10年、年2回の開催で5月27日、東京・市ヶ谷の日本棋院で行われた。今回は第20回となった。
 それぞれ参加者の状況に応じて、ルールを決めている。今回は18人が参加。全員が1段(1級)差一目の手合いによるスイス式リーグ戦にした。恒例の朝日新聞社後援はかわらない。
P5270005<対局風景。手前が世話人のひとり郷原宏氏(右)と片瓜和夫氏(左)>
 棋力に差がある参加者のなかでも、和気あいあいの雰囲気で、対局が行われ、優勝者は勝畑耕一氏(四段)、準優勝が橋本茂氏(五段)、敢闘賞に各務三郎氏(六段)と決まった。
  既報の通り、世話人の秋山賢司氏が「碁の句ー春夏秋冬ー」(文治書店)を刊行したが、その中から著名な俳人の句を拾ってみよう。
P5270017P5270006<これまでの参加賞のうち、朝日新聞社の名人の筆の手ぬぐいなどもある>
  負けにして碁を止めて聞く子規(ほととぎす)  鈴木牧之
  牧之といえば「北越雪譜」で、北陸の何十万の俳句を神社に納めたことで有名。秋山氏の解説によると、牧之の碁の句のホトトギスは何故か負け碁の象徴だそうである。
P5270008P5270010<対局風景写真右。手前左の碁人は、大阪商業大学の谷岡一郎氏(五段)。秋山氏と懇意で「碁の句」本の帯に「俳句は機知に富む優雅な言葉遊び、その深い意図を理解し囲碁にも知悉する秋山さん。囲碁を学びたい方の副読本です」と賛を寄せている。>
  碁に負けて忍ぶ恋路や春の雨  子規
  解説によると、子規の有名な句で、若き頃の思い出か、空想の産物であろうとある。まあ、そうですね。ある程度、気力があれば、プロ棋士を目指す若い女性のお相手をして、その手元に恋をするとか、妄想がふくらみますね。(写真撮影・文、北一郎)
P5270004P5270013<秋山賢司氏や作家の水上寛裕氏も対局>
 

「碁の句ー春夏秋冬ー」秋山賢司=碁の心の副読本

IMG_20170527_0001_1P5270011<囲碁を学びたい人の副読本(谷岡一郎・大阪大学学長)とも評される秋山賢司・著「碁の句ー春夏秋冬ー」(文治堂書店。1200円・税別)と、「文人囲碁会」世話人でもある秋山賢司氏。5月27日撮影>
  「碁の句ー春夏秋冬ー」の著者・秋山賢司氏は、春秋子の名で朝日新聞に囲碁の観戦記を執筆。本書は「週間碁」に平成23年から2年間にわたって連載したものに、類句や参考句を百ほど新しく追加、再構成したもの。
 巻頭に大竹英雄・名誉棋聖の「この書に寄せる」がありーー私も名人戦挑戦手合いなどで何度も観戦記を担当してもらいました。読者に親切なことでは定評があり、棋士と愛好家を結ぶにはうってつけの存在です。ーー三つ目の楽しみにも、秋山さんの博識を活かした筆は冴えますーーなど推奨の言葉がある。
 分類は「正月の句」、「春の句」、「夏の句」、「秋の句」、「冬の句」、「無季の句」と俳句歳時記形式ともとれる構成で、季ごとに「用語解説」があって、「目を持つ」、「四町(シチョウ)」などの解説がるのが、楽しい。
 ここでは芭蕉、蕪村、子規などが、意外に多い碁の句があることもわかる。  
  碁に飽いて幾たびも見る木の芽かな    蕪村
  春雨や今日も隣は囲碁の音         子規
  軒端の萩が垣間見の邪魔になり       芭蕉
 意味深長な解説がある。また、表紙・爛柯の図(蔦垣幸代)、裏表紙・小林千鶴がじつに味がある。(北一郎)
P5270014<発行者の文治堂書店の勝畑耕一氏も囲碁愛好者。5月27日撮影>《参照:文治堂書店

北朝鮮ミサイル発射報道への疑問?    外刈雅巳

 ニュースの洪水に流され、ついつい大問題なのだと、Jアラートを聞いたら地下鉄か建物の中に避難したくなる。
 しかし待てよ? 一方的な同じような各社のニュースが重なる中でいくつかの素朴な疑問が沸いてきた。
 ーー疑問?
 自国領内での実験であるのに、アメリカや日本が騒ぐのか。国土防衛目的なのに、空母等で厳重警戒するのか。
 攻撃されたらアメリカ本土等に打ち込むぞと言っている。攻撃されたら日本の米軍基地へ打ち込むと言う。
 日本等も攻撃されたら反撃する権利はあるのに、なぜ北朝鮮が反撃権を振りかざすと警戒するのだろう。
 ーー疑問?
 拉致問題等で悪評高い国なので、何をやっても悪者扱いにしているのではないだろうか。
 金正恩が太っている。酒池肉林のワンマン。どう見ても立派な指導者に見えないからなのか。
 昔の日韓併合や慰安婦等の仕打ちに対して、韓国同様に謝罪賠償したのだろうか。
 ーー疑問?
 在日北朝鮮籍の人たちの言い分が聞こえてこない。少年時代に同級生に何人か居た。
 日本名なのでわからなかった。しかし噂は広がった。特定の日本名なので判別したらしい。
 森本君とは仲良しだったがクラス仲間に誘われていじめる側に回ってしまった卑怯な私。
 高齢者になり小説仕立てにして同人雑誌に掲載したことで少し自分に正直になれた。
 ーー疑問?
 ミサイルと核の開発について技術向上を評価し危険視しているがそんなに高い技術なのだろうか。
 ライト兄弟が飛行機を発明してからわずか三四十年でドイツの研究者は宇宙ロケット技術を持っていた。
 第二次世界大戦前からフォン・ブラウン博士達は米本土攻撃のミサイル開発を行っていた。核も開発中だった。
 戦争にセルとV一号・二号でロンドンを攻撃した。三号・四号は米本土向けの長距離ミサイルである。
 完成前に米軍に爆撃され破壊されてヒットラーの野望も潰えた。技術はソ連、アメリカなどに拡散した。
 それから七十年も過ぎている。今頃やっとソ連経由で北朝鮮が核とミサイル技術を向上させたのだ。
 ーー疑問?
 北朝鮮のミサイルで日本の米軍基地が攻撃されると心配している。基地撤去の流れにならない。
 沖縄なら良い、土人の島なら基地が在っても良い。という気持ちが少しでもあるのではないか。
 職場に組合を結成し安保反対のデモ行進に参加した過去を小説にした。基地反対でもある。
 私も反日売国奴なのか。日本はこれからどうなるのか心配だ。
《参照:外狩雅巳のひろば

第一回「文学フリマ前橋」文学愛のアゴラから  伊藤昭一

IMG_20170522_0001_114941291827801494129238335<第1回文学フリマ前橋の前橋プラザ元気21の情景。提供:山川豊太郎会員>
   文学フリマ百都市構想の一環として、第一回文学フリマ前橋(岩田恵・事務局代表)は2017年3月25日、前橋プラザ元気21にぎわいホールで開催された。《参照:参加グループ "記憶書房ブログ"
  当日は生憎の雨のフリマとなったが、前橋市の協力で、地元メディアの報道や開催日には山本龍市長の挨拶もあったことや、前橋事務局長の琴の演奏と、歌も出て地域の文化活動としての公共的なイベントに近いものなったという。
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  入場者の数は大きないが、そこは萩原朔太郎の出身の地。遠隔地の参加者は、イベントの前日には泊まり込みもあるので、有志による前橋文学館など見学イベントを行うなど、東京にはない「文学フリマ」の地域特性が、出た味わいのあるものという関係者の声。
  参加者同士の交流で、本に買い合いや、文学論の展開など。かつての東京文学フリマ初期に見られた現象があった。
  とにかく、文学愛好者たちの集まいとして、文学愛が人間愛に広がるという意義深さがあったようだ。
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海よ 浪よ 5月のアロハ    江素瑛 

ハレイワ・。0001 (1)
ハワイの叔父は大病をしていたので退院したばかり
想像したより回復が早い
杖を頼ってその後の再診を一人で行けたという
しかし定番の朝の体操さえ行く気がない
ましてや 昔みたいに私をどこかへ連れていけない
ハワイ滞在4日間の2日間は叔父家族と付き合い
残った二日間が丸々わがものにした
5ドル1カ月有効のパス券を乗り放題
アラモアナの日本夜台の白木屋のフラダンスを見て
白木屋・。0001 (1)

クインカピオラニアガ−デンのバス停で
行く目的地のないままでバスを待った
公園ではフィリピンフェスタのイベント
回転寿司カハラ モール・。0001カピオラニア公園・。0001
アメリカとフィリピンの国歌が流され
ワイキキビーチの人の潮が流れてきた
色いろな番号のバスが来たが
55の数字は
覚えやすい 縁起が善さそう と乗った
陽の沈む西へ走るらしい
サーフィン講習・。0001
行き先は知らないし
何分おきで運転するも
予備知識はないまま
不安さ 好奇心と楽しさが混ぜて
ワイキキビーチモンキパドトリー・。0001
乗客が込む 50%以上は観光客のようだ
日本語はちらちらと聞こえてきた
大声で煩く喋る地元の人
静かで大人しい私
黙って窓外の海風 海飛沫を追う
周りは広大な声量の集まり
浪を打つように襲ってきた
後ろの乗客が私の耳もとに
「大変ですね あなたの耳管」と同情してくれた
アラモアナー・。0002
カメハメハハイウェイ 47
カメハメハハイウェイ 49
カメハメハハイウェイ 50……..63まで
止まらずにバス停の地名を加え次から次へと車内放送した
海辺を沿った55号バス
山際に走る時もある
Haleiwa beach park・。
トンネルを抜けてまたトンネルに突込んで貫く
青空 白雲に 青海 白波に 白砂 椰子に
大自然の色合いに紅一点緑一点
ビギニ テント 帆 帆
人工色彩が砂浜を勝手に絵の具を滴らし
遥かな海の水平線の彼方
ところどころに小島が頭を出す
ハレイワボードハブル・。0001 (1)
戦死軍人の ハワイ メモリアパーク カネオへベースワンジビーチ ハウウラビーチパーク
ゴルフのツトルビーチ 
夕日が綺麗なサンセットビーチ 
ラニラカイビーチの真っ白な砂
クインエマ の旧跡サマーパレス
ハワイ原語と英語混ざった地名が多い
覚えられない 追いつかない
たまに馴れだ地名が目と耳に入る  ほっとする
日本のマツモト掻き氷の店は五年ぶり
長い列は昔も今も変わらない
ハレイワ ビーチ
独木舟や観光船など集まるエイケボートハーブル
学生さんらしい若者たちはアナフフストレム橋からリーバージャゃンプ
河に貸し船を悠悠自在に漕ぐカップルを驚かせる

55号バスはほぼ三十分間隔で来ると気付いた
途中二三か所下車 少し海辺を散策だけで
ワイキキに戻ると陽は西へ沈んでいく
ワイキキには八十四歳の高令の叔父さん夫婦が居る
わしもし生きていれば来年また会いましょうと少し弱音
(2017/05/10)


木内是壽氏の出版ついて「相模文芸クラブ」の日々=外狩雅巳

   「相模文芸クラブ」の同人仲間の木内氏から出版の相談があった。同人誌掲載作品の出版の件である。
   氏は雑誌「文芸思潮」の五十嵐編集長と昔からの作家集団仲間で同誌にも多くの掲載を行っている。
   今回は文芸同人雑誌の「相模文芸」に連載した『梅屋庄吉の辛亥革命』の単独出版である。
   清朝中国を倒した辛亥革命の首謀者である孫文を援助した日本人の事を調べた作品である。
   四回にわたり「相模文芸」誌上に連載した長編である。十万字超で単行本にすれば、二百ページ程度になる。
   氏は日本興業銀行に勤務した経歴から相続関係の専門書の著書も多い。老後の文芸趣味も本格的である。
   アジア文化社から「ユダヤ難民を救った男 樋口季一郎・伝」(木内是壽・著/五十嵐勉・編集)なども出版している。雑誌「文芸思潮」の立ち上げにも加わっている。
  「相模文芸クラブ」へも早期から参加して毎号長編掲載で仲間を励ましている。
  今回の作品も同人雑誌への掲載だけでは満足せず一冊に纏め図書館などに納本するつもりだと言う。
  全力で生き抜いた証を残したい気持ちも大いに理解できるので相談に乗り私の本の出版業者へつないだ。
  零細印刷社としては力の入る仕事と感じたらしく業者も乗り気で見積もりを承諾してくれた。
  『外狩雅巳の世界』を三年間にわたって出版してくれた城南印刷工芸(株)なので仕事は丁寧で安心できる。
  木内氏は「相模文芸クラブ」や同人誌『相模文芸』の出版業者へも承諾を取りデータも受け取っている。
  『相模文芸』を印刷製本する(有)青史堂印刷にも見積依頼し合い見積もりで検討することにしている。
  私もこの作品には注目して『文芸同志会通信』で作品紹介を行っている。良い本になればと期待している。
《参照:外狩雅巳のひろば

文章における猥褻表現の定型はあるのか(3)北 一郎

    猥褻という基準の真実性は、時代によって変化している。
   現代において文章表現の範囲で、猥褻罪の対象となる事例は寡聞にして聞かない。もっぱら視覚的な具象映像・画像での表現であることがほとんどである。
   そのため官能小説の商業的な意味は低下している。ただし、そこでの表現が視覚的具象性への追従が目立つ(こういう自分も、官能小説雑誌でデビューしたが、文章表現の具象性強調についていくことの面倒さについて行けなかったものだ)。
   小説としての形式カルチャーは、すでに時代と共にから並走するに適していないのかも知れない。逆な見方をすれば、小説の必要条件とされていた形式を持たない文学の登場の可能性があるのだ
   しかし、その小説という形式の標準形式をよく守っているのが、D・H・ロレンスだと思う。ロレンスの「チャタレイ夫人の恋人」は、その小説形式のなかで、人間の性に関する意識の一つの表現法として読んで見よう。
   そこで、当時の猥褻裁判で検事が誇張的に主張した部分を、小山書店版から抜粋してみよう。
   自分には、ロマンとしての人間的な性のあり方の一つの表現にと思える。
   まず、起訴状にある「牝犬神」については、訳者の伊藤整の記すように「成功という牝犬神」にクリフォードがとりつかれているーと表現しており、今でいえば、世俗的な作家としての名声と人気という意味にとれる。
   そして、マイスクリスは持ち前の反社会的な孤独癖のために、女性と恋愛をしても、熱烈に女性を愛したい気持ちをもちながら、自分の孤独癖を守るために、うまく行かなかったことが説明されている。そのあとの部分を引用する。
 ――恋人としての彼は、昂奮してすぐ震える性質の男であった。彼の悦びはすぐ高まって終りになった。彼の裸の身体には奇妙な子供じみた頼りなさがあった。彼が自己防禦をするのはただ機智と怜悧さの本能によるのみであった。それらが用をなさなくなった時は彼は身を護るものを二重に失って、成熟しきらない軟らかな身体をした子供があてもなく身をもがいているように見えた。
   彼は彼女の中に、はげしい憐れみと愛慕の思い、野生的な貪欲な肉体の欲を目覚ませたが、彼女の肉体の欲を彼は満足させなかった。彼は何度も悦びに達してすぐ終りになるのであった。そして彼は彼女がぼおっとなり、落胆し、失望しているとき、彼女の腕の中で委縮しながら、またいくらか力を恢復するのであった。
  だがやがて、彼女は彼を持ちこたえさせる方法、彼の喜びが過ぎても、彼女の中で、彼をしっかりと持ちこたえさせる方法をみつけた。すると彼は、彼女に勝手にさせながら不思議に持ちこたえた。彼は彼女の中でしっかりとし、彼女にまかせ、その間、彼女の方は積極的に……野生的に、熱情的に働きかけて彼女自身の喜びに達した。受け身になって固くしっかりとしている彼の身体によって、彼女が激情の満足の極点に達して戦いているのが分かると、彼は妙な誇りと満足感を覚えた。
「ああ、なんていいのでしょう!」と彼女は震え声で囁き、彼に寄り添って静かになった。そして彼は一人切り離され、いくらか傲慢な様子で横たわっていた。――
  裁判での検事の訴状に期待した猥褻度にすると、つまらないですよね。ここで冒頭に戻ってほしい、ロレンスはそれを自覚していたのだ。人間的生活の中に性をみていたことを示すものが、「チャタレイ夫人の恋人」にはある。

何をして共謀罪なのか?   菊間順子

  政府はいま、共謀罪とやらを何とか国会で通そうとしている。何をして共謀罪なのか?
  山へ茸を採集に行っても共謀罪なのだとか、テロ対策であったら、そのままテロ対策で良いではないかと思う、彼は何をどうしたいのだろう、どこかの国のお坊ちゃんのように、国民を彼の思うとおりにさせたいのか?ナチスのヒットラーになりたいのかと思ってしまう。
  憲法まで必死に変えようとしている。憲法は変えるのではなく守るもので。大臣は国民のために国民の税金で国民が雇っているのですから。かってに変えられたりしたら困るのです。彼は本当に国民の事を考えて居るのか、国民を無視しているのか、本心が全く分からない。国民からみると、どう見てもどこかの国のお坊ちゃんと似てきてしまう。
  本人は分かって居るのかだろうか? バカに付ける薬はない、というが取り巻きも同類だからどうしようもない。
   こんな事をいうとこれもまた、共謀罪なのだろう。その前に牢屋をいっぱい作らねばならないのではないのではないかと思う、私は一番に入る事になりそう。

私はだれ? ここはどこ?   外狩雅巳

 高齢者の楽しみは有り余る余暇の過ごし方だろう。旅行も楽しみの一つである。
 海外旅行も手軽になった。年金生活になり世界中を回っている。地球の歩き方を実践中だ。
 今年で後期高齢者になった。健康保険証は後期高齢者用になり、定期入れに入るサイズではない。
 これまでのように身分証明書として持参するには不便である。だが不所持では身元不明者となる。
 私はだれなのか証明できない。国内なら身内に連絡して証明してもらえるが海外ではどうしょうか?
 運転免許証も取得していない。マイナンバーカードでも持とうか。自分が誰なのか証明出来ない不便さ。
 外国語もダメだ、妻も御茶ノ水女子大卒を自慢したのに日常英語すら不完全である。万事休す。
 一昨年のトルコツァーでは、道に迷い危うく野垂れ死にするところであった。ここはどこ? と尋ねる言葉も無い。
 万一にも不穏な外国で一人ぼっちになったら生きては行けない。それでも海外ツアーにはゆきたい。
 懲りない老夫婦は高額な海外ツアーあれこれ物色している。今度はニュージーランドへ行くのだ。
 使い切ったパスポートを更新した。旅行保険も検討中だ。早くも事前に多大な出費が目白押しである。
 世界を見ずして死ねるか! とばかり飛び回るがツアーでは名所めぐりばかりで、上辺しか知り得ない。
 丁稚奉公から始まった辛い仕事も無事定年になり、年金老人の文芸趣味も堪能した。
 年金生活者の平均年齢も上がりまだまだ元気である。資産を残せば国家に没収されてしまう身の上だ。
 無宗教の妻の口癖は、人は死ねばゴミになるである。今の充実に焦るが付け焼刃しか思いつかない。
 子の無い夫婦の最終章は旅行三昧に明け暮れている。
《参照:外狩雅巳のひろば
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「詩人回廊」は文芸同志会員がつくる自己専用庭でできています。連絡所=〒146−0093大田区矢口3−28−8ー729号、文芸同志会・北一郎。★郵便振替口座=00190−5-14856★ 
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