椎の木の姿は美しい。
 幹や枝はどんな線にも大きい底力を示している。その上枝を鎧った葉も鋼鉄のように光っている。この葉は露霜も落すことは出来ない。たまたま北風に煽られれば一度に褐色の葉裏を見せる。そうして男らしい笑い声を挙げる。
 しかし椎の木は野蛮ではない。葉の色にも枝ぶりにもどこか落着いた所がある。伝統と教養とに培われた士人にも恥じないつつましさがある。樫の木はこのつつましさを知らない。ただ冬とのせめぎ合いに荒々しい力を誇るだけである。同時にまた椎の木は優柔でもない。小春日と戯れる樟(くす)の木のそよぎは椎の木の知らない気軽さであろう。椎の木はもっと憂鬱である。その代りもっと着実である。
 椎の木はこのつつましさの為に我々の親しみを呼ぶのであらう。またこの憂鬱な影の為に我々の浮薄を戒めるのであらう。
 まづたのむ椎の木もあり夏木立――芭蕉は二百余年前にも、椎の木の気質を知っていたのである。
 椎の木の姿は美しい。殊に日の光の澄んだ空に葉照りの深い枝を張りながら、静かに聳えている姿は荘厳に近い眺めである。雄々しい日本の古天才も皆この椎の老い木のように、悠々としかも厳粛にそそり立っていたのに違ひない。その太い幹や枝には風雨の痕を残したまま。……
 なお最後につけ加えたいのは、我々の租先は杉の木のように椎の木をも神と崇(あが)めたことである。

「青空文庫」「わが散文詩」より)初出:「新潮 第二四年第九号」1927(昭和2)年9月1日発行