a7d0455f.jpg 「たかだか一本のあるいは二本の腕は―」
                       安部公房
君は思っているのか/ぼくらのことを/たかだか一本の/あるいは二本の腕にしかすぎないと

君は思っているのか/ぼくらのことを/腐り落ちた君の腕の代用物/君の財産をつくる機械にしかすぎないと

君は思っているのか/腕よりは木が強く/木よりは石が強く/石よりは鉄が強く/鉄よりは金が強く/それよりももっと/火薬とガソリンと戦車と飛行機が強く/それらを俺はもっているんだと

けれど/腕よりも強いと君が考えている/それらのものを/作ったのはぼくらの腕じゃないか/ぼくらの腕は君の機械を/ねじまげることも出来るじゃないか/ぼくらの腕はとうしゃ版のローラーを握り/ぼくらの腕はぼくら自身のものだと考え/戦車や飛行機を作るのは厭だと云い/仂けるだけのカロリーよこせと/要求することだってできるじゃないか

そうとも/たかだか一本の/あるいは二本の腕は/団結の旗 赤旗を高くかゝげて/ぼくらの腕からしぼり取ったエネルギーを/ぼくらの腕に奪い返すこともできる腕なんだ/見たまえ/毛穴に着く油のしみこんだ腕/山脈のように群がった筋肉の束/涙と汗と血にしたたる泉/そして君をみつめる/憎しみに燃えた腕の中の目

そうとも/たかだか一本の/あるいは二本の腕は/やがて君をぶちのめしてしまう腕なんだ
                         (作家)
   ―「詩集下丸子」(「下丸子文化集団」1951年7月7日発行より)―
              ☆
 この詩は昨年、戦後文化運動雑誌叢書「東京南部サークル雑誌集成・編集復刻版」(不二出版=全3巻+付録+別冊1、本体揃価格68,000円)が刊行され、その中に収録されている。(参照:「不二出版」サイト
091212 本資料集は、かつて日産重工(いまの日産自動車)の労組を現場にし、1950年代の左翼サークル活動に参加してきた浜賀知彦(1926〜)氏が、半生をかけて蒐集を重ねてきた膨大な資料群の復刻である。カタログの説明によると、「詩集下丸子」を発端とした「東京南部」の文学運動の全容が解明される貴重な資料であり、これだけのサークル誌が現存している地域は、他に見られないという。
 「詩集下丸子」のこの詩の作者名が、一度黒塗りにされ、その脇に「安部公房」と記入されている。これは「詩集下丸子」の創刊する直前に、芥川賞の受賞が決まったため、当時のレッドパージで共産党活動は非合法とされ、名前を出しては都合の悪い事情があったようだ。
 09年12月に私が浜賀氏宅にうかがい、この資料集を見せていただいた時、「ちょうどこの詩集が出来上がった時期に、安部公房が「壁」で芥川賞を受賞し、急遽自分の詩の作者名を黒く塗りつぶしてから仲間に送付されたのではないのかな。受け取った仲間が、それでは困るので脇に安部公房の名を記しておいたのではないか」と語っていた。

 事実、その後の「下丸子通信」1953年7月20発行の誌面には、「《急報》五人の刑事がよってたかって“詩集”の調査」という見出しで、不審尋問にかかった17才の少年が、「平和新聞」や「詩集下丸子」をもっていたというので、2日間留置所に入れられ5人の刑事に「チョウ役3年だぞ」とおどされて、詩集をどこでだれからもらったか、どんな男でどこにつとめどこに出入りしているかを尋問された――という内容のことが書かれている。