青年時代に私は中央労働学院で学びました。ベルテックというカーステレオ企業での労組結成を行った時にこの学院を知りました。
 職場の不公平さを指摘し労働者の発言を認知してもらう目的でした。仲間の紹介で全国組織の地域担当者に連絡がつき総評傘下の労組を結成しました。
 総評・全国金属労働組合・東京地本・ベルテック分会です。しかし事務職・管理職の参加が無く一部のライン女性労働者主体の組合になりました。
 会社は地方に工場を設置し現地募集で稼働し移転に反対する組合は減少し解散しました。反省と学習を目的に労働学院に通いました。
 読書愛好を兼ねて文芸科に入りました。ここで学んだ事が以後の活動と文芸に大きく影響しています。プロレタリア文学講義に出席しました。
 自然発生的な労働争議が組織的な全国連帯を作り国家と向き合った経過を学びました。その過程で創作された小説や詩・レポなどを読みました。
 「蟹工船」を読み講師の解説を聞きました。無権利の労働者が結束し暴力的な管理者を跳ね除けた後に帝国海軍が鎮圧してしまいます。
 これは当時の共産党の情勢分析と戦略に合致した作品だと講義されました。葉山芳樹・徳永直等の作品もこの基準で解説しました。
 リアリズムの作風も自然主義を発展させたプロレタリアリアリズムだと聞きました。目的意識的な創作態度だとも聞きました。
 級友達とこの方法での創作を競い文集・中労文学を刊行しました。議論も共産党の(日本革命の展望)を巡って盛り上がりました。
 新たにセガエンタープライゼス社で労組を結成し活動しました。展望を確信し実行する共産党工場細胞の建設と拡充を指導されました。
 しかし、企業と国家権力の強大さに動揺していました。学生時代に感化された一揆主義(革マル派)の気分が抜けず一途な活動は出来ませんでした。
 そして半世紀が過ぎました。高度に発展した資本主義国・日本は労働者にやさしくない過酷な現状が進行していると思います。
 かつて、創作態度と組合活動の指針にしたプロレタリア文学。その日本革命の展望はいまだに開けていないと感じています。
 一方で、感化された一揆主義も賛同者を減らし孤立して爆弾事件などのテロリスト化で消滅寸前のようです。自由と文化を求めた青春は何だったのか。
 私はこのプロレタリア論考を続けたのは読者の深い認識と意見が欲しかったのです。私が学んだ事は講師の書物や党の発表で何度も周知された物です。
 図書館に行けばプロレタリア文学の詳しい解説書はいくらでも読めます。きっとこのサイトの読者は熟読していると思い書いてきました。
 しかし、コメントを見る限り、プロレタリア文学の理論を基礎にしたり戦前戦後の共産党文化政策に熟知したアドバイスはいただけませんでした。
 当初書いた、正しい方法での文化運動での勝利の件は今回の事です。政治と文学論争で決着がついていないのではないでしょうか。
 先年の蟹工船ブーム以来ずっと考えてきました。ワーキングプアと言われる労働者。働けど働けどの実態に切り込む文学とその指針はないのでしょうか。
 食えない労働者への文学を追求した多喜二は現代ではどう意味づけられているのでしょう。銃口から革命が生まれると言った毛沢東の中国も変わりました。
 少しでも建設的な結論を求めて書き続けたこの論考は一度見直します。いずれ練り直して精緻な文章で再会する日まで休載とします。
■関連情報=「作家・外狩雅巳のひろば