◎俯瞰図
 海があり飛行場がある。大田区羽田。京浜蒲田駅の次は糀谷駅、第二京浜国道、次に産業道路。そして大鳥居駅。
 月曜の朝、ここでの降車客は半数近くも居る。工業地帯なので出勤中なのだ。朝だけの臨時改札口もひらかれている。
 道路一杯に人が歩く。一方向のみに大量の通行客。そして順次に工場、会社に吸い込まれ全員が居なくなる。
 工場の入り口に人だかりがあり、後続者が押し寄せ混乱している。門の脇で作業服の青年がマイクロフォンで声を張り上げている。
 ハンドマイクを肩にかけスピーカーを斜めに傾け、少し上方に持ち顔を上げて朝の大気に向けて延々と発声を続けている。
 道では数名の男たちがビラを配っている。全員が赤い鉢巻を額に巻いている。マイクの青年は赤い旗も手にしている。
 「本日、労働組合が出来ました。組合に入りましょう。大幅賃上げを実現させましょう」紅潮した顔で叫び続けている。
 続々と門を入る人の波。みんな手に手に配られたビラを持っている。社屋から背広姿の社員が箱を持ち出てくる。
 幾人かの者はそこにビラを捨てて社内にはいるが多くの者は折りたたんで服に仕舞い込んで社内に持ち込んでいる。
 飛行機の緊急着陸も可能な大通りを挟んだ対面の建物でも数人が入口でビラを配っている。全社屋で同時に行われている。
 「組合結成大会を行います」との声でビラまきしていた組合員も加わり数百人の鉢巻姿が中庭に残った。
 組合結成が高らかに宣言され代表が会社首脳に面会に行くのを見送る。やがて予鈴が響き大会も終わり中庭は無人になった。
 本社棟の受付に掛け合う数人の組合員。やがて社屋の中に入るともう守衛以外は見当たらなくなった。
 工場が並び街路が直線に走りその先には滑走路が有る。海に向かって飛び立つ大型飛行機。轟音が町を圧して機影が遠ざかる。
 工場の煙突からは煤煙がたなびき機械音が八方から交差する。電車の間隔は伸び客も少ない。道に溢れる車たち。
 長い労働者達の一日が始まったのだ。変哲のない一日。八時間の終業時間。昼休み、そして終業。溢れる車内の客。
 しかし、今日の日は昨日とは違う今日なのだ。ここに、一つの工場に労働組合が誕生し活動が開始された記念すべき日なのだ。 <第一部おわり>
《参照:外狩雅巳のひろば》