IMG_20170122_0001_1<「工場と時計と細胞」を掲載した「相模文芸」33号。「詩人回廊」に掲載したものを推敲。さらに冒頭に加筆編集をしました>
冒頭での加筆したものの一部抜粋。
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第一部 
烏の眼
 風に追われた砂粒が、人気の絶えた露地を次々に疾走して行く。
 両側に連なる町工場や倉庫の軒下には煤と鉄錆にくすんだ吹き溜りの層が重なり、その上を風に運ばれた砂粒達がすっぽりと布を被せたように白くしてゆく。
 薄墨色の雲が低くたれ込め、三十メートル程先の信号機の赤い色が夕靄に溶け込もうとしている。
 風が露地を駆け抜けるたびに、次々に新しい砂粒が地を薙いでゆき工場の板壁に音を立てて吹き付けられてゆく。
 町工場の天井近くに張り渡された太いシャフト。それがモーターによって高速で回転している。(以下省略)
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「詩人回廊」で、習作として連載した作品の「工場と時計と細胞」を、推敲・編集し、文芸同人誌 「相模文芸」33号に発表しました。
 この作品の原体験は74年に勤務先での労組活動です。終業後に夜学に通い文学や政治を勉強していました。
 麻布の中央労働学院は、学割も効く週五日制の本格的な授業を行っていました。雑誌「民主文学」2017年1月号に、仙洞田一彦さんが「忘れ火(連載第1回)が始まりまたが、氏とは同級生で、会社も同じでした。
 入社して貰っての共通体験が二つの作品に表現されました。「文芸同志会通信」で並べて読めばと書いてくれました。
 私は学校で習った小林多喜二の小説に惹かれました。「工場細胞」とその続編的な「党生活者」に心が躍りました。
 理論と実践を提唱する授業方針に沿って職場活動を行いました。人生の中で最も高揚したひと時でした。
 小林多喜二の各作品は、昭和初期の15年戦争が進展する社会状況を背景に労働運動に邁進する青春群像を描いた名作として知られます。
 ロシア革命で実現した階級闘争の新段階を世界に広める機運が高まり日本にも共産党が誕生する時代でした。
 コミンテルンの指導で日本革命を推進する党のテーゼを忠実に文学作品化した事でも知られています。
 私は70年安保闘争時は28歳でした。まだ革新思想に触れていませんでした。町工場勤務を転々としていました。
 当時の体験作品は小説「28才の頃」に書きました。小説「この路地抜けられます」にも少し描かれています。
 思想に殉じた小林多喜二の作品にのめり込んでいた青春時代をやっと少し作品化できる年齢に成りました。
   私の作品「工場と時計と細胞」は小林多喜二の「工場細胞」を意識して書きました。多喜二は「党生活者」や「工場細胞」に登場する女性を率直に書いています。それが問題になった事も知りました。
  しかし、私は「工場細胞」に登場する細胞内の同志の女子工員に魅力を感じました。下着にビラを隠して持ち込むのです。 中国侵略戦争の深化でファシズムが労働者を圧迫する中での生産点闘争を主題にした作品です。
小林多喜二作品は現在も多く読まれています。北方領土問題がニュースになる今、「蟹工船」は再度読まれる事でしょう。
  私は現在の日本革新は可能なのかと問いながら書きました。労働者の組織化が弱まっています。 四十年前の七十年安保闘争時点の職場を書いて見ました。もう一度労働者が団結する事を願いながら書きました。
    「相模文芸」33号や、送られて来る同人誌を読んでみると多くの作品が芸術的完成を目指した文芸作品です。 そんな中にあって私の作品がなんとなく浮いてしまっているような気持です。社会問題を振りかざして力み過ぎです。 政治に直結する内容が多く文芸作品として手触りが良くないと思っています。政治と文学について考えました。
高齢者が多い同人会です。身銭を切り文化の香りを求め生活の中の文芸を楽しんでいる人たちの文芸同人会です。
   その中に声高に労働運動だ政治だ革命だと騒音が入り込んだように見えてたまりません。どう読まれるのでしょうか。
   昭和初期にーー花園を荒らすのは誰だーーとプロレタリア文学に投げかけられた言葉もなんとなく判るような気がします。
   その言い分に反論できるだけの作品に成らなかった事が残念です。
  「工場と時計と細胞」の続編を書きたいと思います。現在進行形の政治と文学表現を考えています。
労働運動の中で強調されていた言葉ですが「生産点を取る」と言われていました。総評華やかな頃でした。
自主独立の国民本位政権を作るには、国家の基盤である生産力を生み出す現場を労働者が抑える事です。
特に工業現場の労働者が労働組合に結集して、政治目的で行動する事が最終目標とされていました。
その労働者総意を国民総意に広げ、選挙で民主勢力が過半数を獲得するための行動が叫ばれていました。
そんな70年安保時の一つの工場現場をモデルに、前半部分を「相模文芸」33号に掲載しました。
現在は労働運動の凋落で阿部政治は安泰です。共産党は労組に基盤も無く市民に期待しています。
小林多喜二作品「工場細胞」で主張された、労働者の中に党を作る方針はどこへ行ってしまったのでしょう。
二部はそんな現在を舞台に書きたいと思っています。
《参照:外狩雅巳のひろば