IMG_0837IMG_0826<第21回文人碁会の優勝者の詩人・文芸評論家の郷原宏氏(左)と幽玄の間での対局風景。11月25日>
  朝日新聞協力による文人碁会(世話人・三好徹、秋山賢司、郷原宏)の2017年・秋の第21回目が11月25日、の日本棋院(東京・市ヶ谷)特別室「幽玄の間」で行われた。
 それぞれ参加者の状況に応じて、ルールを決めている。今回は名人戦(互先によるトーナメント)、大王戦(手合い割によるスイス方式によるリーグ戦)で行われた。
 名人戦優勝者は、詩人で文芸評論家の郷原宏氏(75)に決まった。参加者は、詩人囲碁会の常連たちも多く参加、日ごろの鍛錬の技を競った。対局のあい間には、有段者が級位クラスの参加者に、反省碁を解説するなど、和気あいあいとした集いとなった。
  IMG_0834<幽玄の間は、「囲碁は二人で作る調和の芸術、心理を追求する一種の哲学」という解説がある。また掛け軸「深奥幽玄」は、「囲碁をこよなく愛したノーベル賞作家・川端康成氏は、昭和46年、日本棋院市ヶ谷会館落成記念として揮毫されたものである」という>
  また、日本棋院女流棋士の谷宮絢子氏による二人同時指導碁も行われた。世話人である秋山賢司氏も参加。秋山氏は著書近刊に「碁の句」−春夏秋冬」がある。
 その中の秋の句として、−−淋しげに柿くふは碁を知らざらんーー正岡子規ーの紹介がある。解説によると、これは明治31年の「元光院観月会 碁」とあるそうで、観月会とは名ばかりで、本当は碁会だったのではないか、としている。これからはクリスマスなどがあるが、若者の間にはその日に独りぼっちでいることをクリボッチいうそうで、今後はクリボッチの囲碁会などもあっていいかも知れない。
IMG_0832IMG_0835<幽玄の間で、文人囲碁会のメンバーに指導碁をする谷宮絢子・女流日本棋院棋士>
  現在の文人囲碁とは、時代が違うが、坂口安吾が「文人囲碁」というエッセイを書いている。ここに川端康成も登場している。ー−【「文人囲碁会」(坂口安吾)】より。
   先日中央公論の座談会で豊島与志雄さんに会ったら、いきなり、近頃碁を打ってる?
 これが挨拶であった。四五年前まで、つまり戦争で碁が打てなくなるまで、文人囲碁会というのがあって、豊島さんはその餓鬼大将のようなものだった。
IMG_0825<2017年(秋)文人囲碁会風景。日本棋院にて。>
 僕は物にタンデキする性分だが碁のタンデキは女以上に深刻で、碁と手を切るのに甚大な苦労をしたものだ。文人囲碁会で僕ほどのタンデキ家はなかったのだが、その次が豊島さんで、豊島さんはフランス知性派型などゝ思うと大間違い、僕は文士に稀れなタンデキ派と考えている。
 豊島さんの碁は乱暴だ。腕力派で、凡そ行儀のよくない碁だ。これ又、豊島さんの文学から受ける感じと全く逆だ。
IMG_0827IMG_0828IMG_0830<2017年(秋)文人囲碁会風景。日本棋院にて。>
 川端康成さんの碁が同じように腕力派で、全くお行儀が悪い。これ又、万人の意外とするところで、碁は性格を現すというが、僕もこれは真理だと思うので、つまり、豊島さんも川端さんも、定石型の紳士ではない腕力型の独断家なのでお二人の文学も実際はそういう風に読むのが本当だと思うのである。
 更に万人が意外とするのは小林秀雄で、この独断のかたまりみたいな先生が、実は凡そ定石其ものの素性の正しい碁を打つ。本当は僕に九ツ置く必要があるのだが、五ツ以上置くのは厭だと云って、五ツ置いて、碁のお手本にあるような行儀のいゝ石を打って、キレイに負ける習慣になっている。
 要するに小林秀雄も、碁に於て偽ることが出来ない通りに、彼は実は独断家ではないのである。定石型、公理型の性格なので、彼の文学はそういう風に見るのが矢張り正しいと私は思っている(以下略、青空文庫へ).