「詩人回廊」

日本の短編小説は特殊で、外国の定義にあてはまらない。韻律のある近代詩、日本語の制約にはばまれて、大した発展を見なかったので、小説家は叙情詩を書きたい衝動を、やむなく短編小説の制作へ移してしまった。明治以降われわれが短編の傑作と呼んでいるものは、多くは物語的構成をほのかにもった散文詩であるーーと三島由紀夫が「美の襲撃」で述べています。文芸同志会は「詩人回廊」に詩の素をもつ寸編小説のジャンルをつくりました。(編集人・伊藤昭一)(連載を続けて読むには、右サイドCategoriesの筆者の庭をクリックします)想いをここに掲載してみませんか。

夢野久作の庭

猟奇歌-3-      夢野久作

111005 010監獄に
 はいらぬ前も出た後も
同じ青空に同じ日が照つてゐる

白い蝶が線路を遠く横切つて
 汽車がゴーと過ぎて
血まみれの恋が残る

見てはならぬものを見てゐる
 吾が姿をニヤリと笑つて
ふり向いて見る

真夜中に
 心臓が一寸休止する
その時にこはい夢を見るのだ

枕元の花に薬をそゝぎかけて
 ほゝゑむでねむる
肺病の娘

倉の壁の木の葉が
 幽霊の形になつて
生血がしたゝる心臓が
切り出されたまゝ

猟奇歌 -2-             夢野久作4

一番に線香を立てに来た奴が
 俺を…………
………と云うて息を引き取る

若い医者が
 俺の生命を預つたと云うて
ニヤリと笑ひ腐つた

だしぬけに
 血みどろの俺にぶつかつた
あの横路地のくら暗の中で

頭の中でピチンと何か割れた音
 イヒヽヽヽヽ
……と……俺が笑ふ声

白い乳を出させようとて
 タンポヽを引き切る気持ち
彼女の腕を見る

棺の中で
 死人がそつと欠伸(あくび)した
その時和尚が咳払ひした

抱きしめる
 その瞬間にいつも思ふ
あの泥沼の底の白骨

ニセ物のパスで
 電車に乗つてみる
超人らしいステキな気持ち

青空の隅から
 ジツト眼をあけて
俺の所業を睨んでゐる奴

自転車の死骸が
 空地に積んである
乗つてゐた奴の死骸も共に

闇の中から血まみれの猿が
 ヨロ/\とよろめきかゝる
俺の良心

猟奇歌-1-              夢野久作4

殺すくらい 何でもない
と思ひつゝ人ごみの中を
濶歩して行く

ある名をば 叮嚀(ていねい)に書き
ていねいに 抹殺をして
焼きすてる心

ある女の写真の眼玉にペン先の
赤いインキを
注射して見る

この夫人をくびり殺して
捕はれてみたし
と思ふ応接間かな

わが胸に邪悪の森あり
時折りに
啄木鳥の来てたゝきやまずも

寸編小説 「働く町」 夢野久作 4

 ある国で第一番の上手というお医者さんが、ある町に招かれて来ました。お医者さんは町に着くと直ぐ、
「ここの人はどうして一日を過ごしていますか」
 と尋ねました。
 町の人はこう答えました。
「別に変った生活もしませんが、私達は日の出前に起床し、日が暮れて床に就き、明るいうちはせっせと働いて日を送っています。又餓(ひも)じい時はお腹を一パイにするだけ御飯を食べます」
 と答えました。
 お医者さんは、
「それでは私はここにおっても仕事がありません。そんな生活(くらし)をする人達はいつも健全(たっしゃ)で医者の厄介になる事がありませんから」
 と言ってさっさとここを立ち去りました。

【青空文庫より=底本:「夢野久作全集7」三一書房、1970(昭和45)年1月31日第1版第1刷発行、1992(平成4)年2月29日第1版第12刷発行。初出:「九州日報」1922(大正11)年12月25日】
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