「詩人回廊」

日本の短編小説の特殊性について「韻律のある近代詩、日本語の制約にはばまれて、大した発展を見なかったので、小説家は叙情詩を書きたい衝動を、やむなく短編小説に移してしまった。短編の傑作と呼んでいる多くは物語的構成をほのかにもった散文詩である」三島由紀夫「美の襲撃」より。文芸同志会は「詩人回廊」に詩と小説の場をつくりました。連載小説も可能です。(編集人・伊藤昭一&北一郎)(連載を続けて読むにはタイトル上の筆者の庭をクリックします)。

江 素瑛の庭

歯科開院初日の風景   江 素瑛

朝七時半から歯科診察を開始したい娘に
しばらく 一緒に待機しましょうかという
受付で外国人患者の通訳でもお手伝おうかというわけ
大丈夫だよ 患者いままで通りに九時に来てっと
しばらく 知られ渡るまで早朝患者は来ない
と思いつつも やはり心配 親馬鹿か

八時に覗きに行ったら
娘はやや緊張な面もち 
私の開業初日は 四人体制だった
いまの娘は狼一匹
独立心が強い子に育ててしまったが
たまにも甘えてほしい
九時前馴れた業者一人が来た
それだけで
娘の強ばったこころを弛められ
会話での笑声が重い空気を変え
私もちょっとの息抜き

九時から私の内科・婦人科診察が始まった
電話や自動ドアの音に
娘が積極的に対応している
お祝いの花が次つぎと届いて来た
置く場所を悩まされるほど
ママは 花番だよ 
水やるを忘れないで 脳トレだよ
と押し付けられる
花々は 華やかで 香しく
咲き誇る花と娘

そのうちに私の婦人科の患者が
歯の診察にきてくれた
十時にやっと歯科一号の患者だ
日本語のできない中国人だった
中国語のできない娘

手とり足とり 口唇とり歯とり
ちんぷんかんぷんの対話
器械の音 笑い声 診察室外も微笑む
優しさあり ていねいさある
それなりに感じの悪くない診察風景だ
(2018年10月1日)

ライバル   江 素瑛

若きアイデアをだす娘 次からつぎへ
なにかを思い付く
診察時間を早朝の七時半から午後の四時半まで
夜遅く働く人や一晩中歯の痛みを耐える人に
出勤前の患者を呼ぼうではないか
なにしろ夜診の歯科がごった返すことが多いという
そうして活字より達筆ではない手書
「十月一日江クリニック歯科開院」のお知らせ
目を引くような賑やかなキャラクターで
なるほど いま風 面白い 暖かい

歯科器具 棚に溢れるほどで想像以上に多い
ただの歯と軽く考えたが ないがしろできない
食べ物を噛んで命をつながる
コップ 綿球 石膏くず 型取る粘土 紙エプロン等など
なるほど 大きなゴミ箱を四個も備えたわけだ

私はと言うと 時間と空間を押しつめられ追われ
古い時間に使い慣れたものを一生懸命
新しい空間に 所狭しと 並べ終えたら 
久しぶりにホッとする
新しい時間のため
新しい居どころを繰り返し確認

しまったはずのもので
いくら探しても出てこないものがある
悔しい気持ちを何時までも胸に
どこにいるの どこにあるの
私のあきらめに似た呼び声が哀れだ

かろうじて作った診察空間
内診台 超音波 ベット 横並びに
だから動かなくても 
ほしい道具がすぐ取れる
ごろんと一休みでも 老骨には
いいではないか

世代交代の季節  江 素瑛

日本育ちの子どもは日本語しか知らず
外国語が言葉がままならない
台湾やアメリカの親戚があつまると
いろいろな言葉の輪に外され
つまらなそうに携帯をいじる子供頃の娘
しかし いまは業者たちをてきぱき捌く
楽しい冗談話も

今度は私が沈黙する
世代が替わると話題が通じない
黙って見守るしかない

業者たちにとって若い彼女が説得し安い
いいビジネスになる
私を抜きにして あの手この手を使う
私の目に入るのは事後の報告であった
工事費が高いと言ったら
時代が違うのよと突き放された
確か四十年の隔たりがあった
知らないモノと事柄が多い
わからない価値感

広々快適な娘の歯科スペースに
私の窮屈になった余りの空間
診察エリアが半減
ゆっくり通る蟹の横歩きは
年寄りに相応しいのか

真っ白な床と壁
綺麗な空間はただ今この時であろう
そのうち子供が来て老人が来る
男が出入り女が出入る

病む人の痛みと苦しみが
埃と汚れをつくる
それを取りのぞくことができれば
世代交代の目的が達するのだろう

夢はどこまでも広がるもの  江 素瑛

小さなクリニック 家族の仕事場になる夢を見た
主人と一時期は二人三脚で頑張って来たが
外科はどうしても眼と手が衰えると無理
主人が撤退 跡継として娘がそのスペースを歯科診療に
デンタルクリニック設備に変える
工事が進行すると
日に日に新しい建材が入れ代わり

映画の画面のように診察室が変わり 
天井が再び覆われ 床下が再び敷き直され
クリニックの動脈が再び
暗やみの中 水流と電流を 隅々へ

床の敷きものや骨組が着々と出来があがる
その部屋はレントゲン室 歯の骨髄まで映せるだろう
あの部屋は 2台のユニットマシンで虫歯を削るだろう
受付と玄関の間のドアの天井までの壁に三つの小窓を
窮屈な空間の密閉感がなくなると娘が提案

銀行ローンを長く組みたいが毎月の自己返済は無理
親の蓄えに頼るしかない
事実だ 抵抗は無駄だ
と娘が折れた
十年ローンの親子賃貸契約が成立
ゼロ金利ではなく相場の半値
建物の抵当はいらないし 返済も融通が効かせる
親子の見えないきずながある 見えずにあった確執が溶ける感じ

一生涯人の歯を見て過ごしたくないと大学受験時に宣言した娘
今は初対面の人にもまず歯の並びを観察
地域性の富む小さな歯科医院を営みたい
障害児の健診と治療を組みたいと
ここまで成長した娘
予想も付かない羽ばたきぶりだ
私の婦人科 内科 娘の歯科
診療は別としても喧嘩もしながら
夢はどこまでも広がり伸びるものである

診察室をリセットしてみれば  江 素瑛

受付前の待ち合い室の隅一角
生前の母がクリニック来るとそこに微笑み 
患者がいない時 私とあかんべーもする
母が亡くなった後 
自動血圧計に占める空間になった
患者が測定した血圧は診療録画に成るが
連れ合いたちが測定した血圧が相談の糸に仕事を増やされ

入り口近い待ち合い室に置いた旧いソファ 
日本来てから初めて買った小さなソファ 
赤ん坊の娘をベッドの脇に置いて寝かせた時のもの
娘の成長に連れ家具が増え クリニックの待ち合い室に移された
ある日 若者が行きなり入ってソファに倒れ込んだ
済みません ちょうど寝かせて と
余程京都からの長旅で疲れたか 直ぐにもいびきをかいた

後ろ部屋の点滴用ベット 色んな処置の後の回復用ベット
ぐっすり一寝入りの後の患者 ああ このベト気持いい という
もちろん 私にもしばしリラックスの場をあたえてくれた

診察室の横に並べた数多くクラシックCDデスクが
診療に凝った頭を柔らかく穏やかに
曲を聴いたり合わせ歌ったり 良い気分転換が出来た

外科医の主人の手術台 ただで業者に処分して貰った
たくさん外科用器材 手術した奇形写真 細かく整理した小物
開業当時辛い思い出を捨てる心の痛みがある

大切な場所の工事が始まった 江 素瑛

小物類や大事なもの 残したいものを
少しずつ すでに自宅や倉庫に移した
半空きしたクリニックで最後の勤めを果たし
二十五年の診療時代に一旦ピリオッドを打った
一カ月のリニューアル工事の予定だ

作業服の若い衆がその空間に
残した大きな器械 棚等を移動
二十五年の埃と隠れた汚れを白日に晒し
二十五年の思い出も一瞬に
作業の若い衆が掛け声で活発に働き
ああ おのれの失われた青春がそこにある

トラックが来た 粗大ごみを運んでいった
受付 診察室 検察室の壁 天井 床下に
長い間黙ってて水熱光電の動脈を務めた配線たちが
語り合っている
いままで 良く働いたと互いに褒め合い
その電線に頭上を囲まれた空間がついに
空っぽになった
(2018 8 5)

島の診療所出張記(2)施設に鍵なし 墨微

  『日本書紀』の飛鳥時代からの記述によると、伊豆大島は古くから流刑地とされた。
  野口雨情作詞・中山晋平作曲の波浮の港の歌が流行したものだ。島内では古くから灯・整髪・食用に用いられた椿油は島の有名な産品がある。
  話は、三十年前に遡る出来事である。東邦大学病院の産婦人科医局員として輪番に伊豆大島の差木の関連病院の町立南部診療に派遣される。島にはもう一つの病院町立北部診療所あり、外科系である。今になっては、島に主な医療 元町の藤清病院と統合し大島医療センタを設置、そこから定期的南部診療所に医者を派遣する。
  当時年ごと二回、忙しい医局生活から抜けだし、二週間の島生活で、命の洗濯、楽しくのんびりすることができる。しかもいい手当てが貰えるし、医局員らは喜んでいくようだ。
「僕は二月が都合悪くなった、誰かかわってくれますか」
「二月は寒いけど、島は暖かいかも、私がかわりましょう」
  都合いいで時を予定表に名前を書き込み、あとはお互いに調整する。大島南部診療所の出張はほぼ医局員全員が組んでいる。
  大島へは、私はいつも飛行機で行く。羽田から30分くらいで大島空港に着く。行く時,製薬会社のプロバーさんに送ってもらい、着いたら,診療所の職員が空港まで迎えにくる。船便で行く先生もいる、東京竹芝桟橋より東海汽船(高速船)で1時間45分岡田港に上陸。
  診療所の宿舎は診療所から歩いて二分ほどのところにあった。玄関のドアがカギないので驚き、落胆した。
「え、かぎないの?」
「心配無用、大丈夫だよ」
「夜中看護婦が呼びにくるのが便利だ」
「熟睡しすぎて、電話に出られない先生も居たので」
  慣れないところで一日目は不安で、不安でなかなか眠られなく、そのうち、疲れて眠れた。次の日はもう平気になっていた。
「大島は悪い人いないですよ」
「昔日本のいなかはカギが掛けないのよ」という。納得した。
  大島一周道路を挟んだ海側には、海原の向こうに房総半島が望める広々とした芝生広場があり、椿のほか多くの亜熱帯植物や伊豆諸島の植物を見ることができる。泉津地区にある椿トンネル。全長100mほど。真夏も日中ひんやりして、のんびり歩くことができ。毎年椿祭りが賑わっていた。

誕生日プレゼント   江 素瑛

玄関に脱いである靴は
誕生日にプレゼントされた新しい靴ではなかった
やはり履かないのね
娘はそれに気づいて文句を言う
新しいのは勿体ないわよ
そしたらいつ履くというの
古いのが壊れてから
どっちか先に壊れると思っているのかしら
そうか  人間の方が先に壊れるかもね
だからすぐ履いてほしいのよ
使わないとゴミ同然だわ
それは私がよく娘に云う言葉だったのに、お返しにいわれしまった
娘から貰った七十一歳誕生日プレゼントを
大事にしまっておいたので・・・
彼女自分も同じ仕様の靴を愛用している
とても履き心地がいいのよ
私にも履いて貰いたいと云った
すぐに使わないと気になるようだ
今度旅行いくとき履いていくわ
普段の時は履きなれないとだめだから
よく足に合うように選んであるから
履いても痛くならない
窮屈でもない
それはよかった
娘は満足そうに出かけた
いつの間にか愛情の表現がここまで成長していた
私の自慢の娘なのよ
(2018 3 23)

いとおしき人々(九)     墨微

【終章】
 史也は三十五歳のとき、志しを叶えて立派なデザイナーになっていた。仕事のために澄代からはなれ、沖縄に移住した。澄代は年金生活。
 羽音は心療内科医が不足のため、八十を過ぎても仕事をつづけていた。
 鞠子はこころの支えになった史也と会えなくなったせいもあり、精神が不安定になり疑似認知症を起こして、時々徘徊が出たりした。
 夜中はベランダを越え、隣人のベランダや部屋に侵入したりすることも度々あった。
 一カ月前の早朝、羽音のマンションの中庭に警察が呼ばれて来て住民が騒いだ。
 羽音は鞠子をかばうような悲惨な姿で中庭に重ねて倒れて、近くにガラガラの玩具がころがっていた。
 二人とも頭に大きな衝撃に受けたらしく。病院に搬送されたが、すでに帰らぬ人であった。
 鞠子が朝未明の徘徊のすえに、夜中の雨に濡らしたベランダの欄干を登り、後ろについて来た羽音が。鞠子を連れ戻そうとし、足を踏み誤って二人とも五階のベランダから滑べり落ちたのだった。とこの一瞬の出来事を隣人が目撃したという。
 その日、羽音も澄代と約束した。昼の食事をともにする約束であったのだが・・・。
(2017 3 1)

いとおしき人々(八)     墨微

【史也の成長】
 またある日、史也に付き合って4人でプールに集まった。
 羽音は泳ぐのが下手であったが、しまりのいい澄代のやや黒い肢体に気づき、眩しく感じた。
 一方、鞠子と史也は次第に親しさが増し、互いに追い掛け合ったりしている。肌が白くて繊細な鞠子と水着短パン姿の史也は溶け込んでいる。
 楽しく泳いでいた史也が急に足にけいれん発作がおきた。鞠子が彼を介助して、プールサイドで歓談をしている澄代と羽音のもとに戻った。
 それに気づいた澄代は、懸命に彼の足を引っ張ったり揉んだりした。
 史也の横にいた鞠子は史也の脇背中に手のひら大の青いあざに気付いた。
 遠い昔の記憶が鮮明に蘇った。ふと母乳のような染みがブラウスに滲んできた。
 鞠子は夢をみていた。誰にも明かされない夢。
 やがて、たまに澄代と羽音はお昼の休憩時間にそれぞれの職場から出て外で一緒に食事をするようになった。忙しい二人でもあってなぜか、互い顔を合わせるだけでさらに、意欲的に仕事にかかれた。
 それが、いつまでつづけることができるか、誰でも考えないし、知ることもあり得ない。
 神のみえざる手は人を動かす、このように家族めぐるの付き合いで大人三人三様の密かな思いを抱き、史也は、愛情をそそがれ、成長していく。
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