「詩人回廊」

日本の短編小説の特殊性について「韻律のある近代詩、日本語の制約にはばまれて、大した発展を見なかったので、小説家は叙情詩を書きたい衝動を、やむなく短編小説に移してしまった。短編の傑作と呼んでいる多くは物語的構成をほのかにもった散文詩である」三島由紀夫「美の襲撃」より。文芸同志会は「詩人回廊」に詩と小説の場をつくりました。連載小説も可能です。(編集人・伊藤昭一&北一郎)(連載を続けて読むにはタイトル上の筆者の庭をクリックします)。

江 素瑛の庭

母の古い靴  江素瑛 

あの時母が古ぼけた一足の靴を履いていた
色褪せてぼろぼろなのに
いつも履いてて捨てない
とてもみていられない
気が向かない様子だったが
いくたびも靴屋を連れて行った
とうとう新しい靴を買い靴棚に並べた
しかし履かせてあげないと
いつも古い靴を履いていた
どうしてかと
ずっと思っていた

強引に新しい靴を墓まで持たせたものだった
古い靴は形見として残した
私の足とほぼ同じサイズ
それを履いて見た
柔らかくて温かい
その履き心地の快適さ 
ああ 母に悪いことをした
母はいまでもその古い靴を探しているかしら
                     (2010)

手のり揚羽蝶     江素瑛

わたしが飼っていた揚羽蝶は
生まれつき羽がぴんと伸せない 
飛べない蝶々だ
しわしわの羽 床でぱたぱたし
そのまま外へ放すと 
すぐさま鳥の餌になるか
餓え死にするか 蟻の餌になるか
羽化した日にもう
一生懸命に巻口を伸ばし
砂糖水を美味しそうに吸う
たとえ 二週間だけの寿命にしても
生きたい本能をもつ

窓外では萩の白い花が咲き乱れ
雑草の花も所々に生える
神が揚羽の餌を充分に備えているはず
揚羽の餌を捜す目的でもある散策をする

揚羽蝶の細い足が
花から花へ 蝶が花を恋し
身体をかたむけ 花の芯に
自由自在の巻口を伸ばす
花蜜を吸っている 
吸っている
身体をふるわし
赤ん坊が力尽くして母乳を吸う格好で
たとえ 交尾の機会が得られなくても
子孫を残す機会を与えられなくても
狭いタンボールの中でも
その日その日の命を養う

時々日差しの方向にへばりつく
高い空へ
飛びたいであろう
しかし飛べない
ぱたぱた 床に落ちる

すくい上げて花むらに戻してやった
わたしが指を寄せると 
繊細な足で軽々と登って来た
指の匂いに馴染んできたのか
ああ 手乗り蝶々よ
小さな命の不思議さよ

(2016 9 22)





揚羽蝶を招く  江素瑛  

ゆずの苗をもらった
新芽が次々と出始めた
強い日差しに
あぶらの光った柔らかい若葉が
甘酢っぱそうで美味しそう
苗は元気で成長し
一度は白い花がついたが
実は未熟のまま土に落ちた
しかしわたしの狙いは実ではなかった
蝶を誘うためであった
「揚羽蝶を来て欲しくても
そんなに簡単に来るもんじゃないよ」
とわが娘に冷やかされて
樹は樹のまま 一年過ぎた

梅雨明けの八月
うだるような暑さ
新芽に嬉しい発見があり
いつの間にか
間を取って産み付けられた
真珠のように光った小粒の卵
孵化した幼虫が
若葉を食べるのに 
競争しなくて済むようにと
母蝶の算段

わたしも 母蝶も 卵も
卵から青虫
青虫からさなぎ
さなぎから蝶
夢見心地 
秘かに期待する新しい命の喜びが
変哲のない日常にじわじわと
(2016 8 1)



海よ 浪よ 5月のアロハ    江素瑛 

ハレイワ・。0001 (1)
ハワイの叔父は大病をしていたので退院したばかり
想像したより回復が早い
杖を頼ってその後の再診を一人で行けたという
しかし定番の朝の体操さえ行く気がない
ましてや 昔みたいに私をどこかへ連れていけない
ハワイ滞在4日間の2日間は叔父家族と付き合い
残った二日間が丸々わがものにした
5ドル1カ月有効のパス券を乗り放題
アラモアナの日本夜台の白木屋のフラダンスを見て
白木屋・。0001 (1)

クインカピオラニアガ−デンのバス停で
行く目的地のないままでバスを待った
公園ではフィリピンフェスタのイベント
回転寿司カハラ モール・。0001カピオラニア公園・。0001
アメリカとフィリピンの国歌が流され
ワイキキビーチの人の潮が流れてきた
色いろな番号のバスが来たが
55の数字は
覚えやすい 縁起が善さそう と乗った
陽の沈む西へ走るらしい
サーフィン講習・。0001
行き先は知らないし
何分おきで運転するも
予備知識はないまま
不安さ 好奇心と楽しさが混ぜて
ワイキキビーチモンキパドトリー・。0001
乗客が込む 50%以上は観光客のようだ
日本語はちらちらと聞こえてきた
大声で煩く喋る地元の人
静かで大人しい私
黙って窓外の海風 海飛沫を追う
周りは広大な声量の集まり
浪を打つように襲ってきた
後ろの乗客が私の耳もとに
「大変ですね あなたの耳管」と同情してくれた
アラモアナー・。0002
カメハメハハイウェイ 47
カメハメハハイウェイ 49
カメハメハハイウェイ 50……..63まで
止まらずにバス停の地名を加え次から次へと車内放送した
海辺を沿った55号バス
山際に走る時もある
Haleiwa beach park・。
トンネルを抜けてまたトンネルに突込んで貫く
青空 白雲に 青海 白波に 白砂 椰子に
大自然の色合いに紅一点緑一点
ビギニ テント 帆 帆
人工色彩が砂浜を勝手に絵の具を滴らし
遥かな海の水平線の彼方
ところどころに小島が頭を出す
ハレイワボードハブル・。0001 (1)
戦死軍人の ハワイ メモリアパーク カネオへベースワンジビーチ ハウウラビーチパーク
ゴルフのツトルビーチ 
夕日が綺麗なサンセットビーチ 
ラニラカイビーチの真っ白な砂
クインエマ の旧跡サマーパレス
ハワイ原語と英語混ざった地名が多い
覚えられない 追いつかない
たまに馴れだ地名が目と耳に入る  ほっとする
日本のマツモト掻き氷の店は五年ぶり
長い列は昔も今も変わらない
ハレイワ ビーチ
独木舟や観光船など集まるエイケボートハーブル
学生さんらしい若者たちはアナフフストレム橋からリーバージャゃンプ
河に貸し船を悠悠自在に漕ぐカップルを驚かせる

55号バスはほぼ三十分間隔で来ると気付いた
途中二三か所下車 少し海辺を散策だけで
ワイキキに戻ると陽は西へ沈んでいく
ワイキキには八十四歳の高令の叔父さん夫婦が居る
わしもし生きていれば来年また会いましょうと少し弱音
(2017/05/10)


さくら さくら   江 素瑛

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人々が首を長くして待ち焦がれていた
今年のひねくれたようなゆううつな春 
ようやく
おずおずと咲いたさくら

梢の花弁が
空を遮るほどに
落ちた花弁は
地面を染めて絨毯とする

春颯の口笛を
吹きながらやって来た
空の花弁が一斉にふるえだし
床に散った花弁が卵円形の縁で
風を乗って回れ 小走り 踊り 
落ち着くところなし

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桜木の根っこには
ピンクのご愛嬌な顔 顔
根元のさくらだけが静かに
春かぜになでられて 
ねむそうにうとうとし

ああ さくら さくらよ
なぜ儚い命は花見の人たちのために
なぜ媚態をふる舞い
花を見ない花見酒宴の痴人たちのためなのか

(2017 /04/ 07)


雪中散策   江素瑛 

珍しく天気予報が当たった
窓外 雪がしんしんと降る
傘を持って歩いて見よう
ひじり坂を下る
産毛のような雪がひらひらと
冷冬の大気を吸い取った雪の結晶
内緒ばなしでもするかのように
タップダンスでもするかのように
わたしの傘に小さな音を立っていた

しばらくして傘は沁みて来た
雪の足音が沈む
たまには 大粒の雪がジャンプのように
また傘に踏んできた

雪がなにを語るのかを聴きたいところに
突然 飛行機がゴーゴと 
空を掻き乱し 
寒気と音の戦慄が 傘の取手にとりつき
びっくとわたしの指まで伝わってきた

坂を降りて熊野橋を渡らない
乞田川を挟んで鎌倉街道の民家沿う散歩道
暖かい時期に河で遊ぶカモがいない
寒そうな流れには魚も冬眠中か
水量が減り浅い河底には
水面に頭をだす石が日に照り白く映える

春にピンクのトンネルを作る両側の桜
今は枝がツルツル寒さを忍び
空を抱くよう 無念な骸骨のよう
多摩市カトリック教会はトンネルの出口近くにある
日曜日の賑やかさは嘘のように 霧消し静まり返し
人影のない道が
大自然との貴重な出会いが日々変わる

帰り道に小さな丘の上公園を通り
ただひとつの遊具オレンジ色のブランコが
音もなくじっと雪に耐えて 
晴れる日に遊んだ子供も今はいない
遠く 清爽な常緑の丘
モスクの丸い屋根のようなユニークな病院が見えてくる
(2019 2 10)





蟻が歩く  江素瑛

ぞろぞろ 
地面に蟻の行列
彷徨うものもいるが
行き交う
猛スピートで
黒い流れを立てて 歩く 
いや 走る

身体より何倍も大きな荷物をかつき
大事な卵もくわえて
慌ててようで不安そう
また巣が荒らされたのか
大きな頭をうなずく 
ハサミのような牙
アンテナのような触角
仲間とすり寄り
「この先は壁が出来て遮られたわ」
「いままでは自由に往来してた道なのに」
「卵らを安全な場所へ 急ぐんだ」
「どこでも危険を伴う 心配だわ」
などなど情報を交わしているかも
葉を切り取りキノコの栽培をし
農業する知能の高い蟻もいる
シジミ蝶の蛹や雪虫の幼虫を丁寧に巣に運び
彼らの出す甘い蜜を集り
ちなんだ人間の営む養蜂場のように
畜業する護衛蟻もいる

個的な存在は殆んどない
生る目的はなんだと 憂い問いもなし
生まれてから ひたすら働く
何憶年も生きのびる蟻の王国に
次世帯を担う女王蟻を支える働き蟻なのだ
        (2015 11 30)

紅葉  江素瑛

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連なる山々の起伏
風はるか
北国の積もる雪の上を吹いてからやってくる
北風に散って 姿を消される前
震わせ吐き出した
めらめら
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赤い血の
火焔
燃えつくす
最期の秋
(2015 11 10)
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国際書留便の抜き取り事件 江素瑛 

小さいころから
姉に世話になった妹が
カナダで稼いだ七万六千円を
書留めで姉に送ってた
おおらかな性格の持ち主である妹は
七万六千円の札をちゃらちゃらと封筒に入れた
保険付きの現金書留にすることもしないで

不在届け票で再配達をして貰った
ドアベルが鳴った
書き留めです と郵便配達員
喜んで受け取り印を押した姉だが
封筒をハサミで開けた瞬間
顔色が変わった
現金が入っているはずの封筒がなにも入ってなかった
信じられない気持でもう一度空っの封筒を覗いた
なにも変化なく空っぽのまま
封筒の下縁にナイフで切られた跡があった
その光が通った隙間は中味が綺麗に抜けられた

カナダ人の仕業か  日本人の仕業か
これは国際事件だ

悔しい気持ちでいっぱい
姉は警察局に届けに行った
事情を詳しく説明し
担当の警察は封筒の切り跡をカメラで収めた
同情の目で優しく対応してくれた
おまけにイケメンだった
目の保養が効いたが
落ち込んだ心が和らいでいた
国際郵便局に調べて貰うね
と希望を持たせた

妹にもカナダの郵便局を調べて貰った
妹は反省した一方裏切られた気持ちがあった
郵便局を 信じる気持と騙す気持ち
調査が難しいといわれたが
なぜ 日本の郵便局が気付かなかったか  知らんふりか
なぜ カナタの郵便局が運賃20ドルを返してくれたのか

半年たっても日本側からは未だになにも連絡が来ない・・・・

(2016 10 8)

海の向こうでの同窓会      江素瑛

麗しい島 フェルモサといわれた生地
懐かしく故郷の風景が
遭うたびに面影が薄くなり
われが故郷に帰ったのか
われが異郷に来たのか
疑問だ

五十年ぶりの同窓会
われらはそれぞれ幾つの五十年間の時空を持っているか
半世紀の隔てた時間を一気に引き寄せられる
ああ変った 人間はこんなに変ったのか
疑わしい目付きでなにかをさぐるよう
医学院七年間共に学生生活をし
かつて一言も交わさなかった人が
いきなりハグしてくる
名札を見つめないと 
名前が思い出せない
衰えた記憶で もやもやした脳の映像
われの旧友なのか
われの旧友なのか
疑問だ

変らない故郷の風景と
変らない顔を末永く保っていてほしいと思い
同窓会場に五十年前の顔を
一生懸命 思いめぐらせる
目の前の今の姿と照らし合わせ
なにもかも変った
自分も変ったくせに

もしも五十年前の
潜めた情愛が蘇えさせられたら
ああ いまでも遅過ぎない
残った人生の
花を咲かせるには
まだ充分な時間があるのか
もしも五十年前に
言いそびれた怒りがあったら
ああ ただ今は反撃できるのだ
消えかけた一瞬をパンチ
長く固まった胸のしこりが
すっと溶けるだろう
その気持ちを些事といえるだろうか
いや いえない
ああ 今がチャンス 
今だけがもう二度とないチャンスだ

(2016 10 24)












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