「詩人回廊」

日本の短編小説の特殊性について「韻律のある近代詩、日本語の制約にはばまれて、大した発展を見なかったので、小説家は叙情詩を書きたい衝動を、やむなく短編小説に移してしまった。短編の傑作と呼んでいる多くは物語的構成をほのかにもった散文詩である」三島由紀夫「美の襲撃」より。文芸同志会は「詩人回廊」に詩と小説の場をつくりました。連載小説も可能です。(編集人・伊藤昭一&北一郎)(連載を続けて読むにはタイトル上の筆者の庭をクリックします)。

江 素瑛の庭

島の診療所出張記(2)施設に鍵なし 墨微

  『日本書紀』の飛鳥時代からの記述によると、伊豆大島は古くから流刑地とされた。
  野口雨情作詞・中山晋平作曲の波浮の港の歌が流行したものだ。島内では古くから灯・整髪・食用に用いられた椿油は島の有名な産品がある。
  話は、三十年前に遡る出来事である。東邦大学病院の産婦人科医局員として輪番に伊豆大島の差木の関連病院の町立南部診療に派遣される。島にはもう一つの病院町立北部診療所あり、外科系である。今になっては、島に主な医療 元町の藤清病院と統合し大島医療センタを設置、そこから定期的南部診療所に医者を派遣する。
  当時年ごと二回、忙しい医局生活から抜けだし、二週間の島生活で、命の洗濯、楽しくのんびりすることができる。しかもいい手当てが貰えるし、医局員らは喜んでいくようだ。
「僕は二月が都合悪くなった、誰かかわってくれますか」
「二月は寒いけど、島は暖かいかも、私がかわりましょう」
  都合いいで時を予定表に名前を書き込み、あとはお互いに調整する。大島南部診療所の出張はほぼ医局員全員が組んでいる。
  大島へは、私はいつも飛行機で行く。羽田から30分くらいで大島空港に着く。行く時,製薬会社のプロバーさんに送ってもらい、着いたら,診療所の職員が空港まで迎えにくる。船便で行く先生もいる、東京竹芝桟橋より東海汽船(高速船)で1時間45分岡田港に上陸。
  診療所の宿舎は診療所から歩いて二分ほどのところにあった。玄関のドアがカギないので驚き、落胆した。
「え、かぎないの?」
「心配無用、大丈夫だよ」
「夜中看護婦が呼びにくるのが便利だ」
「熟睡しすぎて、電話に出られない先生も居たので」
  慣れないところで一日目は不安で、不安でなかなか眠られなく、そのうち、疲れて眠れた。次の日はもう平気になっていた。
「大島は悪い人いないですよ」
「昔日本のいなかはカギが掛けないのよ」という。納得した。
  大島一周道路を挟んだ海側には、海原の向こうに房総半島が望める広々とした芝生広場があり、椿のほか多くの亜熱帯植物や伊豆諸島の植物を見ることができる。泉津地区にある椿トンネル。全長100mほど。真夏も日中ひんやりして、のんびり歩くことができ。毎年椿祭りが賑わっていた。

誕生日プレゼント   江 素瑛

玄関に脱いである靴は
誕生日にプレゼントされた新しい靴ではなかった
やはり履かないのね
娘はそれに気づいて文句を言う
新しいのは勿体ないわよ
そしたらいつ履くというの
古いのが壊れてから
どっちか先に壊れると思っているのかしら
そうか  人間の方が先に壊れるかもね
だからすぐ履いてほしいのよ
使わないとゴミ同然だわ
それは私がよく娘に云う言葉だったのに、お返しにいわれしまった
娘から貰った七十一歳誕生日プレゼントを
大事にしまっておいたので・・・
彼女自分も同じ仕様の靴を愛用している
とても履き心地がいいのよ
私にも履いて貰いたいと云った
すぐに使わないと気になるようだ
今度旅行いくとき履いていくわ
普段の時は履きなれないとだめだから
よく足に合うように選んであるから
履いても痛くならない
窮屈でもない
それはよかった
娘は満足そうに出かけた
いつの間にか愛情の表現がここまで成長していた
私の自慢の娘なのよ
(2018 3 23)

いとおしき人々(九)     墨微

【終章】
 史也は三十五歳のとき、志しを叶えて立派なデザイナーになっていた。仕事のために澄代からはなれ、沖縄に移住した。澄代は年金生活。
 羽音は心療内科医が不足のため、八十を過ぎても仕事をつづけていた。
 鞠子はこころの支えになった史也と会えなくなったせいもあり、精神が不安定になり疑似認知症を起こして、時々徘徊が出たりした。
 夜中はベランダを越え、隣人のベランダや部屋に侵入したりすることも度々あった。
 一カ月前の早朝、羽音のマンションの中庭に警察が呼ばれて来て住民が騒いだ。
 羽音は鞠子をかばうような悲惨な姿で中庭に重ねて倒れて、近くにガラガラの玩具がころがっていた。
 二人とも頭に大きな衝撃に受けたらしく。病院に搬送されたが、すでに帰らぬ人であった。
 鞠子が朝未明の徘徊のすえに、夜中の雨に濡らしたベランダの欄干を登り、後ろについて来た羽音が。鞠子を連れ戻そうとし、足を踏み誤って二人とも五階のベランダから滑べり落ちたのだった。とこの一瞬の出来事を隣人が目撃したという。
 その日、羽音も澄代と約束した。昼の食事をともにする約束であったのだが・・・。
(2017 3 1)

いとおしき人々(八)     墨微

【史也の成長】
 またある日、史也に付き合って4人でプールに集まった。
 羽音は泳ぐのが下手であったが、しまりのいい澄代のやや黒い肢体に気づき、眩しく感じた。
 一方、鞠子と史也は次第に親しさが増し、互いに追い掛け合ったりしている。肌が白くて繊細な鞠子と水着短パン姿の史也は溶け込んでいる。
 楽しく泳いでいた史也が急に足にけいれん発作がおきた。鞠子が彼を介助して、プールサイドで歓談をしている澄代と羽音のもとに戻った。
 それに気づいた澄代は、懸命に彼の足を引っ張ったり揉んだりした。
 史也の横にいた鞠子は史也の脇背中に手のひら大の青いあざに気付いた。
 遠い昔の記憶が鮮明に蘇った。ふと母乳のような染みがブラウスに滲んできた。
 鞠子は夢をみていた。誰にも明かされない夢。
 やがて、たまに澄代と羽音はお昼の休憩時間にそれぞれの職場から出て外で一緒に食事をするようになった。忙しい二人でもあってなぜか、互い顔を合わせるだけでさらに、意欲的に仕事にかかれた。
 それが、いつまでつづけることができるか、誰でも考えないし、知ることもあり得ない。
 神のみえざる手は人を動かす、このように家族めぐるの付き合いで大人三人三様の密かな思いを抱き、史也は、愛情をそそがれ、成長していく。

いとおしき人々(六)     墨微

【形なき絆】
春の嵐が吹くなか、さくらの花びらがピンクの絨毯を敷いていく。その日、史也の進学の面談があった。
 澄代は急いで学校に行く途中だった。千住大橋を渡ろうとしたところ、突風にあたってマフラーが飛ばされた。春の桜をモチーフした華やかな絹の長いマフラーである。遠くから目立っていた。
 マフラーは路上すれすれの風に運ばれ、向い方向から来たふたり連れの足元に飛ばされた。
 羽音は華やかなマフラーの柄が目に付いていた。それが、まさか自分の足元に飛んできたとは……。
 彼は、それを拾って澄代に返した。
「あっ、どうもありがとうございます」
  澄代は、お礼の言葉を発すると同時に、相手が羽音と気付いた。
  傍に気品のある婦人の姿があった。白い肌で目が大きく、強い光をおびている。
  澄代には羨ましいばかり。それに奥さんの面影は、身近の誰かに似ているような気がしたものだ。
 その夜のことだ。澄代親子は、人気の中華料理店に入ったところ、羽音夫婦と再会したのだった。
 戸口近いテーブルに羽音夫婦がいた。「や、今日は、よくお会いしましたね。よろしかったら、相席でもどうぞ」羽音は自分の四人掛けのテーブルを勧めた。
「よろしいですか? どうも失礼します」澄代と史也が席に着いた
「その後もかわりませんか?」
「ええ、おかげさま、大丈夫です。息子はこんど高校生になのですよ」いかにも自慢そうに澄代はいう。
「そうですか、おめでとう」
 羽音は史也に向かって言ったが、鞠子は大きな目で史也をじろじろとみつめていた。
「あざす」照れくさそうな史也の元気な声。
 澄代は、羽音は精神科医師と知ったことで、親しみが湧き、医者と看護婦という共通の会話が弾んだ。
「このあいだ、デパートの和服売り場の女性店員が診察にきました。更年期のせいで、やる気がでないことや、理由もなく涙ぐんだりするというので、悩んでいました。担当いしから、軽い安定剤をもらっていました。それがくすりの数と量は増える一方のようです。くすり依存症のような、憂鬱な顔の和服美人とかで、男の人からは、魅力的らしく、好まれているそうです。本人が苦しいけど、先生はどう思いますか?」
「ええ、確かにいまの傾向では、そのようになっています、いいくすりは目まぐるしくでていますし、使いたくなります」
「そうしたら、患者さんは一生くすりから抜けられないじゃありませんか?」
「くすりをまったく使わない病院もあるます。両極端ですけど、どっちがいいか、なやましい事例ですね」
「なるべく、少量のくすりですむといいですね、先生も大変ですね」
「そうですね、それはいまどきの心療内科の課題です。治療の最終目的は自力治癒を引き出しところですね」
「そう思いますよ」
 一方の鞠子は静かで聴いているというより、連れてこられた史也をちらちらとみている、どこかに生きている自分の子供もこのくらいに大きくなっていただろうと、ふと乳首が噛まれた痛みを思い出していた。

いとおしき人々(五)     墨微

【鞠子の変調】
 普段は料理をしない羽音は、台所にめったに入らない。
 家で朝食をつくって貰えない時、モーニングバイキングの店で腹をこらす。それは史也と澄代ともよく利用した店である。

 いつも羽音はサラダ取っては卵をとる、納豆と一緒に食べる生卵だ。だから店員に声を掛ける。
「これ、家へ持って帰ってもよろしいですか?」
「いえ、店内に召し上がって下さい」
「生玉子は食べられないから、家で煮て食べたいのです」
「困ります。外へ持ち出すのは禁止です」
 店にいくたびにこんな会話は繰り返す。ゆで卵を食べないと気が済まない彼の強迫観念だ。

 そのうち鞠子実家の両親が次々と亡くなった、預かった赤ん坊は、子供がいない東京の遠い親戚が引き取ったという。両親が亡くなったから、子供のたよりが絶えて、母性本能が消えない鞠子は次第に心が落込んでいく。
 鞠子にはとっておきの宝ものがある。「ガラガラ」という子供のおもちゃである。両親がいなくなった後、実家を処分し、子供のものはそれしか残さなかった。鞠子は時々それを取り出し手に取っては、ひとり語をする。
「どこにかくれてるの? 早くこっちおいで、おいでよ」――「よしよし、もう泣かない、抱っこ、抱っこ」と誰もいない部屋に手招き真似をする。
 羽音はそうした鞠子の状態に、もうなれていた。

いとおしき人々(三)     墨微

【中山澄代】結婚から離婚へ
  澄代の夫である中山喬夫は、健診センターで事務をしていた。澄代はそのセンターのべデラン看護師であった。ふたり連れだって健診車で会社や学校などを巡回した。 
 当時澄代は三十三才、喬夫は三十才。仕事の息がぴったりで、同僚たちの声援に応えるかたちで結婚を意識していた。積極的な澄代から結婚を申し込んだのだった。
 そこで、夫婦が同じ職場は具合悪いと言われたのである。   
  そのため澄代は、大きなデパートの保健室に転職した。健康管理の仕事で比較的に収入はよかった。
  その後喬夫はセンター長に任されて、仕事も結婚生活も順調だった。が、子供には恵まれなかった。澄代の実家である北海道に鈴木家という遠い親戚がいた。そこで、鈴木家の事情があって、生後十ケ月の史也を貰うことになったのである。
 だが、子育ては、思うほど楽ではない。ある日曜日のこと、澄代は紙おむつを買いに出かけた。
 喬夫はテレビの野球を見ていた。ホームランだと観衆が歓声を上げた同時に寝ていた史也がいきなり大声で泣き出した。
 驚いた喬夫は、テレビの音を小さくし、懸命に笑みを見せ、におもちゃであやしたり、ほ乳瓶を上げたり、抱き上げても効果がなかった。
 おむつはぬれていないし、訳がわからない喬夫は焦ってしまう。それに、泣き声がさらにエスカレ−トにして来た。
 澄代が早く戻ってこないかと、喬夫はしきりして戸口の方に目をやっていた。
 史也の泣き声は二十分くらい続いたろうか。その後、声が小さくなって、すすり泣きになった、それからピタリと泣きやんだ。泣き疲れ、ぐったりしたようすだ。
 ほっとした喬夫は、澄代が戻るまでそっとしておいた。
 しばらくして、澄代が戻って来た。
 澄代が史也を抱き上げると、静かに寝っているように見えたが、普段と違う。呼吸が重い、顔が赤い、汗か涙か、下着がびっしょりである。
 「あら すごい熱、大変だわ、あなたすぐ車だして頂戴、急がないと」澄代が喬夫に促した。
 二歳の誕生日が過ぎたばかりの史也の小さな身体は四十度の高熱を出していたのだ。救急病院で扁桃腺はイチゴのように腫れて、急性扁桃腺炎と診断された。
 こんな出来事があって、喬夫は澄代がいないと不安でしょうがない。史也を世話するのを協力しないというより、怖がっていた。
 澄代は仕事の多忙なのもあって、あまり、喬夫について構ってあげられなかったのだ。
 すると、喬夫はスマホにとりつかれてしまっていた。話しをかけても、顔をあげることなく目はスマホから離れない。まわりの現実から離れ違う世界にタイムスリップでもしたように、子育ての厳しい現実から逃れるようになった。
 同じ屋根の下にいるのに、たがいの風景と季節が違ってきていた。
 そんな関係に澄代は強い不満をもった。些細なことが諍いになる。ある日。ついに堪忍の袋の緒が切れてしまった。
  皮肉にも史也が来てから七年目、それがきっかけとなり、澄代は別れを告げた。
  喬夫は意外に未練もないようすだった。それなりに我慢していることがあったのだ。長い間、澄代のぴりぴりした態度と生活ぶりにも疲れていた。いくばくかの後ろめたさもあったが、史也が成年するまでの費用を残して家を出た。
 一方、澄代のほうは、息子の史也に、八才になっても普通の姿勢で歩くことができない病が生まれていた。動くときに身体の平衡を保つのは、やや難しい症状が出ていると医師に言われたのだ。


ある蜘蛛の巣城のはなし        江 素瑛

鎌倉街道沿い軒並びの屋敷
みどりのあふれる散策道
空へ無限にそびえるような
大樹の下の涯なしの地面にはう低い草木の
ところどころのクモの巣
幾何学的設計の蜘蛛の巣城
罠となって並んでいる
糸の城のまん中や頂点に
細い足を張り
陣取る城主もいれば
空き巣もある

巣から土に落ちたクモがいた
かすかに動いている
バランスが崩れ
脚は揃わず
息たえだえ弱い姿

日の照るなか
糸が輝いている
堅固そうな蜘蛛の巣城
そこに強そうな城主がいた
地面でもがくクモを
ほかの巣の城の端に置いてみた
すると一瞬
猛スピートで糸をわたって
強いクモがおそって来た
餌ではないと確認した途端
すはやく
元の位置にもどり
物見高く見張っていた
弱いクモがかろうじて糸をすがりつき
力つき登ろうとしていたが
あまり進まない
強いくもが
警戒心が緩めて
警戒心が同情心にかわっていたかしら
この侵入者を
見守るように
見張りつづける
競争にならない相手には
援助の手にだすべきか
どうするかと
考えていた
(2017年11月17日)

文学フリマ東京2017  江素瑛  

わたしはThanksgiving(感謝祭)の準備で忙しいのに
あなたは文学フリマの店番で楽しんでいるのか

文学フリマ東京の現場風景写真をラインでおくったら
ロサンゼルスのおばさんが返信してきた

十五年の歴史があるというこの文学作品フリーマーケット
一回目のきゅうきゅう詰まりの会場と違って
いまは三人が椅子かけゆったりのブース
通路ものびのび

年齢層が年を重ねて若くなりつつある
店をながめ通りすぎる人々が
ステージのファッショショーのよう
歩きかたも服装も性格も

妊婦も子連れの家族も来たり
お腹の子も
エブリスタの青い手提げをもって嬉しそうに走る子も
近い将来に文学少女少年になるだろう

どこからか流れこんで来た人の波
ブースの売り子たちも熱気満々
書くよろこび
読むよろこび
読んでもらうよろこび
買ったよろこび
売れたよろこび
みな
にこにこにやにや

おお Thanksgivingの節
この文学の大きな
ファミリーの集まりができることを
感謝しなくてはならない
(2017・11.23)
《参照: 文学フリマ15周年ー第25回東京に出店!ジャンルの多彩さ

スーザンの子犬の咳       江 素瑛

スーザンの子犬ウルフイには
この間ロスで初めて会った
小型の賢いやつだ
最初はやや警戒していたが
やさしい顔を見せたらすぐなついてきて
もっと触ってと
あまえてきた

今日スーザンは朝から出かけた
ウルフイはおちつかなく
ずっと玄関のドアまで
往たり来たり
独り言でもしているように
小さな声でわめいていた
どうどうドアにむかって
座り込んでは
待ちかまえていた
朝から昼を過ぎて
夜が来る

ドアに鍵の音がすると
ウルフイは歓び
興奮のあまり
頭が尾にも追いつくように
体を一回転
また一回転
ドアが開いた
スーザンを見るやないや
跳びついて咳をし始める
スーザンの気を強く引くような咳
スーザンがウルフイの名前を呼んで
からだを撫であやしても
咳を続き
食べたものも吐いた

動物病院につれて行った
レントゲン検査の結果は大した所見はなかった
保険のない診療なので料金が高い
もらった薬を肉で包んで騙そうとした
肉は食べたが薬を吐いた
スーザンはタオルでウルフイの目を隠し
おばさんのマージは
ウルフイの体を押え
獣医のフランクはウルフイのあごを押え
わたしは注射器に砂糖水入りのクスリを
大人四人で
すばやく間一髪
犬の脇口の隙間から薬を注入したが
わたしがロスを離れるまで
食欲旺盛元気だが
咳は相変わらずつづいていた

それは一カ月前のことだったが
前より良くなったよという
結局あの咳は何なの

気持がハイのとき
嬉しいとき
興奮するとき
不安なとき
ウルフイがこのように言っているかも
気持や感情の変動は
旨く人間の言葉であらわれないので
咳するのよーーとか
(2017年11月09日)
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「詩人回廊」は文芸同志会員がつくる自己専用庭でできています。連絡所=〒146−0093大田区矢口3−28−8ー729号、文芸同志会・北一郎。★郵便振替口座=00190−5-14856★ 
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