「詩人回廊」

日本の短編小説の特殊性について「韻律のある近代詩、日本語の制約にはばまれて、大した発展を見なかったので、小説家は叙情詩を書きたい衝動を、やむなく短編小説に移してしまった。短編の傑作と呼んでいる多くは物語的構成をほのかにもった散文詩である」三島由紀夫「美の襲撃」より。文芸同志会は「詩人回廊」に詩と小説の場をつくりました。連載小説も可能です。(編集人・伊藤昭一&北一郎)(連載を続けて読むにはタイトル上の筆者の庭をクリックします)。

佐藤 裕の庭

喪失の記憶           佐 藤 裕

白い埃の舞う細い歩道に
上半身を切り取られ 
足だけで歩く女がいる 鋏のように
何を切り裂くのだろう

コカ・コーラとバファリンを好む女
多量の錠剤を飲み
食品工場から出る
廃油のような 赤黒い液体を
透明な食道に 流し込んでいる
何を忘れようとしているのだろう

眠れない夜が訪れる
闇の静寂の中を
コツコツ コツコツ 
何かを叩く音が響く
鼓動の乱れが 呼吸の乱れが
何を怖れているのだろう

遺影を見つめる
おさなごの 見開かれた
大きな瞳
死を語らない唇
いずれ にくたいの滅びる世界
ここではない 別の世界を感ずるのだろう

女とおさなご
マザースカイ
おさなごは これから
悲しみの青い空を 一人で
飛べるようになるのだろうか
深い 深い 愛憎の岸辺
遠い 遠い 心の傷の記憶

癒しと休息の場所
安心のベースキャンプを求めて

もてあます身体      佐 藤 裕

   
立ち上がったら
突然 ふらっときた
身体の平衡が保てず
顔から 床にぶつかった
手で防いではみたが・・・

顔に 数センチの傷
皮膚に隠れていた
赤みがかった肉が見えた
肉は 深い闇を
覆い隠している

突然のことだった
近頃 突然がよく起きる
齢六十歳を超え
朝 足首がしびれる
背中に 痛みの電流が走る

心とは別のところで 
死が近づいている
動物の終焉が迫っている

言葉は 溢れるように出るのに
傷の痛みは消えない
若い頃
意識だけで生きたい と願った
見えないものが 一番大切だった

倒れ行く樹木のイメージ
見えないものを見る力が
生理に左右される
身体よりも 先に
意識が滅んでほしい

死滅した 黒い珊瑚の群れ
それを覆う 碧い海に
朧げになった 
身体だけのシルエットが
頭から入水する

乳  房 (下)     佐藤 裕

 Hはさっそく結婚の準備にとりかかった。大きな問題が二つあった。一つは、Sの両親への報告と承諾。もう一つは、別れた妻子とのこれからの処し方である。
 HはSに何も言わずに、まず別れた妻と会った。Sとつきあい始めたいきさつと子どもができたことを告げた。多少驚いたようだが、今まで通り養育費を送金することと長男と時々会うことを条件に結婚を承諾した。数日後、Sにこのことを話した。Sは鬼のような形相になった。「なぜ私に何も言わず、勝手に元の奥さんと会ったり、これからのことを決めたりするの」

 翌週の前半にSが二人のこれまでの経緯と妊娠のことを両親に伝えた。最初、父親は激怒し、母親は泣いていたが、話し合っていくうちに、渋々ながら承諾してくれたとSからHに連絡が入った。すぐにでもHに会いたいと言っているというので、土曜日にSの家へHは恐る恐る訪問した。居間に通されたが、父親の姿はなかった。 母親から一時間程、二人の身勝手さをなじられた。Hには気の遠くなるほどの時間だった。Hはただ、「すいません」という言葉を繰り返すだけだった。母親も、自分の思いのたけをぶつけたせいか、徐々に平静になって行った。そして、今後のことを話し合う段階になった時、突然父親が居間に入って来た。父親は何も言わなかったが、手には結婚式場のパンフレットを持っていた。「知り合いが経営しているところだ」とぶっきらぼうに語った。四人で話し合って、五月の半ばに式を挙げる予定にした。
  HとSは、二人で住むアパートを急いで探すことになった。Hの持ち家には、前妻と長男の匂いが残っていて、Sは絶対に住みたくないと主張した。Sは身重なので、Hが一人でアパートを見つけるという提案にも、Sは頑強に拒否した。どうしても二人で探したいとSは、涙を浮かべてHに訴えた。
 翌日から、二人で不動産屋を訪ねて回った。二月の寒さがSの体にどんな影響を与えるかが、忙しい仕事の後の不動産屋巡りがSの体にどんな仕打ちをするか、二人には全然思い至らなかった。休日も返上して、歩き続けた。気に入ったアパートが見つかった途端、Sの体に変調が起きた。すぐに産婦人科に行って、診察を受けた。切迫流産という診断だった。二週間程度の安静が必要だと言われた。
 Sを自宅に送り、Sの両親に状況を説明した。翌日から、Hは一人で生活に必要な冷蔵庫やガスレンジ、トイレ用具などを量販店で購入し、アパートに運んだ。一週間後、Sの体にまた変調が起こったと、母親から連絡が入った。急いでSの家に向かった。Sはもう家にはいなかった。産婦人科に行くと、医師がすでに処置を終えていた。麻酔から醒めたSの表情は、死人のように青白かった。Hに抱きつき、大きな声をあげて泣いた。Hは何の言葉もかけられず、一緒に泣いていた。

 二週間程度、自宅での療養が必要なことを医師から告げられた。翌日、Hは診断書をSの職場に届けに行った。Sの上司は驚いて、Hの顔をじっと見つめていた。Hは仕事を終えると、毎日Sの家へ向かった。Sの部屋で泊まり、そこから出勤することもあった。Sの体は徐々に快方に向かって行った。ある晩、Sのベッドのなかで抱き合いながら、HがふざけてSの乳首を吸った。Hの口のなかに、少し苦みのある白い液体が充満していった。Hはゆっくり飲み込んだ。
 医師から外出の許可がでた週の日曜日、Sの家の近くにある大きな公園に二人で出かけた。梅の木が連なる道があり、黒褐色の木に今にも散りそうな白い花が咲いていた。大きな池には鮮やかな色彩の鯉が何匹も泳ぎ、牛や馬が木の柵のなかで、所在なさそうに動いていた。小さな池には三羽のアヒルがじゃれ合っている。黙って歩き続けていると、両側に常緑樹が繁る少し薄暗い林道に出会った。その道の半ばになった所で、 突然Sが立ち止まり、意を決したように、小さな声で話し始めた。
「私やっぱり自信がない。家にいる間中、これからの二人のことばかり考えていたの。あなたは自分の世界からしかものが見えない人。私は私で独占欲が強く、元の奥さんや息子さんのことが気になって。あなたの過去に嫉妬して。うまく感情がコントロールできるかどうか。そうしたことが段々とはっきりしてきて。そうしたら私自信がなくなっちゃった。この先どうなるかわからないけど、とりあえず結婚は中止にしましょう。これが私の苦しんで出した結論」
 Hは、Sの予期しない言葉に呆然となり、立ちすくんだ。知り合ってからこれまでのことが頭のなかを駆け巡った。「でも・・・・・・」と言ったきり、Hは言葉が何も出てこなかった。Hは涙で周りがかすみ、Sの輪郭も段々とぼんやりとしてきて、俯くしかなかった。

 Sは一人で歩き始めていた。Hには林道に差し込む早春の弱弱しい光のなかに、Sの小さな背中が陽炎のように映った。Sの乳房、それを含む赤児の姿、口から少しこぼれ落ちる白い液体、それをハンカチーフでぬぐうHの姿、そうした情景が、幻視のように次々とHの目の前を通り過ぎた。HはSと反対の方向へ、緑の葉の生い茂るもと来た林の中へ、涙を拭いながら、闇雲に走り出して行った。何かが裂ける音がして、Sの乳房から出た液体の苦い味が口中に広がって行った。(完)

乳  房 (上)     佐藤 裕

 五月のその日は、夕刻から激しい雨が降り続いていた。Hは、小さなスナックのカウンターで濃いめのウィスキーを傾けながら、別れた妻子のことをぼんやりと考えていた。他に客はいない。六十歳を過ぎたママは、Hの気性をよく知っているので、話しかけてこない。時計の針は夜の九時を回っていた。突然、茶色の樫の扉が開き、薄紫色のコートを羽織った小柄な女が入って来た。場違いな感じがした。その女性は、コートをHの右隣の椅子に置き、自分はその隣に腰かけた。
「モスコミュールをください」
 Hの右耳に女性の小さな呟きが聞こえた。ママは「えっ」と問い返した。女性はもう一度、同じ言葉を繰り返したが、その声は以前よりも大きくはっきりとしていた。ママは愛想笑いを浮かべ、カクテルを作り始めた。
 Hは四十歳になる現在まで、女性の好みはあまり変わっていない。無口で、小柄で、あどけなさが残る顔立ちが好きである。女性は、その条件を満たしていた。Hは自然と女性に目が行った。女性はメンソールの煙草を取り出し、うまそうに吸い出した。そのしぐさも、似つかわしくない。Hは魅せられたように、話しかけた。
「よくこの店に来られるんですか」
 女性はびっくりしたように振り向いた。それでも、ぎこちない笑顔を作って、
「いいえ、初めてです」
 と応えた。これがSとの出会いであった。Sは十歳年下だった。話してみると、Sは年齢の差を感じさせなかった。使う言葉に通じ合うものがあった。HはすっかりSのことが気に入ってしまった。

 何回か電話で会話をした後、五月の末に、ファミリーレストランで、初めて二人きりの食事をした。電話では詳しく話せなかった仕事のことやそれぞれが歩んで来た道程を話し合った。Hは、別れた妻と長男に対する援助、特に知的障害のある長男への援助は一生続くであろう。それは金銭面だけでなく、別れた妻に何かあった場合、長男を引き取ることも含まれている。それでも構わなかったら、一緒に暮らしてもらえないか、とSに思い切って話した。Sは、
「少し考えさせて」
 とHの顔を見ず、小さな声で応えた。

 それから二人は頻繁に会うようになった。六月の末に海に出かけた。太陽が水平線に沈みかける頃、海に沿って作られた狭い道を、二人は手を繋ぎながら歩いた。岩場と岩場に架けられた茶色い橋の上で、立ち止まってしばらく話をした。
「去年の末、長く付き合っていた人と別れたの。その人には奥さんがいて、会いたくても会えない。私はいつも我慢していたの。それが耐えられなくなって。別れて二・三か月は、寂しくて気が狂いそうだった。やっと心が落ち着いてきた頃、あなたに会ったの」
 初めて聞く、Sのつらい過去だった。しばらく沈黙が続いた。突然Sが泣きじゃくりながらHに抱きついてきた。Hはただその背中を撫でながら、頭の中で適当な言葉を探したが見つからず、「大丈夫、大丈夫・・・・・・」と意味もなく同じ言葉を繰り返していた。その夜二人は男と女になった。

「どうしたらいいんだろう?」
 浜辺に腰をおろし、二月の海を見ながら、Hは困惑していた。夕陽が右手の山のなかに沈みかけていた。Sが妊娠したのだ。
 一週間ほど前、Sと産婦人科に行った。生理が遅れ、食べ物の好みが変わったというSの言葉に戸惑いながら、一緒に病院のドアを開けた。お腹の大きな女性が何人もソファに腰かけていた。男は誰もいない。Hは顔が少し上気してきたので、Sに「大丈夫か」と話しかけた。Sは青白い顔で頷いた。気分を落ち着けるために雑談をして順番を待った。Sの名前が呼ばれ、診察室に入って行った。Hは読みかけの小説を取り出し読み始めた。太宰治の晩年の短編集だった。頭は字面だけを追っていた。目の前にかかっている柱時計の針の音が妙に気になった。十分ほどしてSが現れた。少しはにかみながら妊娠を告げた。
 Hは息子の兄弟ができたことを無邪気に喜んだ。Sはその顔を見ながら、いつものように控え目な笑顔を浮かべていたが、目は笑っていなかった。意に反して妊娠してしまった後悔、初めて子を孕んだ戸惑いと喜び、これでHの前妻と同じ立場になれるという女の意地、そして「これからいったいどうなるのだろう」という不安が、小さな体に濁流のように渦巻いていた。HはSの胸中をまったく察することができなかった。翌日、二人は婚約指輪を購入した。(つづく)

名辞以前      佐藤 裕

言葉は 汚れている
通り過ぎる 旅人のように
雪が 降り注いでいる
街を 覆い隠すように
それでも
煤けた煙突が 暮れ残り
叫びのような
風が吹き過ぎる

言葉は 汚れている
悲しみとは 何なのか
喜びとは 何なのか
心の沼地に
渦巻く 不定形な流動
何色が 喜びで
どのような形が 悲しみなのか

言葉は 汚れている
沼地の流動は
言葉を得て 死んでしまう
氷河のように 
寒さに 固まってしまう
心の中で 蠢いていた
温かさが どこかに霧消する

言葉は 汚れている
他者にも 見えない
自己にも 見えない
肉体のどの部分に存在するのかも
不明な 得体の知れない
廃墟に住む
赤く 細い舌を出した蛇
昇り行く 夕陽を区切る赤道
それを上下に映す
青白く 波立つ無限の海原

参照:Web頌 

夕暮れの空      佐藤 裕

黄昏時 
川沿いの細い道を歩く
見上げると 
薄紫色の空が広がっている
様々な形の雲が 規則正しく
水平線を目指して 
ゆっくりと動いている
  
亡くなった
息子の姿を探している
雪国で生まれ
軍港のある街で育った
二十年の短い命
何もできなかった悔恨が
水平線の向こう側へ
私の命を駆りたてる

抒情は悪である
事実を事実として受け止めていない

妻は泣きながら 私を責める
豊かな黒髪が白髪になり
優しかった母の目が
追い詰められた獣のように充血して
記憶のなかの 
白くたなびく 火葬の煙に
毎日 毎日 恨みの言葉を吐き続ける

何もしない男 何もできない男
妻の絶望が 私の死を望み始めると
いたたまれなくなり
目的もなく 家を出る

川沿いの細い道を歩く
見上げると
薄紫色の空が広がっている
息子の笑顔が浮かぶ 
妻の絶望した声が響く 
水平線が 私の命を駆りたてる


参照:Web頌  

湖で船に乗る       佐藤裕

 妻のEと出会った十五年前のことである。冬の箱根に一泊旅行をしたことがある。当時Eも私も運転免許を持っていなかったので、小田原駅から箱根登山鉄道に乗って強羅まで行った。Eは眠くなると横に座っている私の肩に頭を載せ、すやすやと寝息をたてる。それが心を許し合った男女のしぐさなのだと、少し照れくさかったが、うきうきした気持ちだった。寝顔も悪くない。
 「強羅に着いたよ」
 Eにそっと呟くと、眠そうに顔をあげる。その頬に軽くキスをする。Eは少しびっくりして俯いてしまう。
 宿泊するホテルの前に、フランス式整型庭園で有名な強羅公園がある。部屋でお茶を飲んで一服してから、公園に行った。円い湖を散策するように、二人で手をつなぎながら、ゆっくりと公園を回った後、園内にある喫茶店に入った。少し濃いめのコーヒーを飲みながら、これからのことを話し合った。
 正月に横須賀の私の家で出会ってから、二か月しか経っていない。隣に住むEの叔父の紹介だったが、叔父は強引な性格で、半月で結婚を決めてしまった。結納は三月三十日。結婚式は十一月三十日。叔父と双方の親が段取りを早々と決めてしまったので、私たちは敷かれたレールの上をただ滑っている気持ちだった。二人でゆっくりと今後のことを話し合う時間を持ちたいとお互いの意見が一致し、箱根行きとなった。
 「こんな形で、結婚してしまっていいのかな」
 Eは煙草を吸いながら、呟くように問いかけてきた。Eは横浜にある会社の社宅に住んでいる。男女の仲になってからは、度々そこを訪れるようになった。管理人と仲良くなり、そっと泊まらせてもらうこともあった。
 Eは一年前に脊髄の手術を受けていた。生命の危険はないが、時間のかかるものだった。その傷跡が微かに背中に残っている。手術後、Eは、親が気に入った相手なら結婚してもよいという精神状態になった。その時たまたま、私との見合いの話があった。そして、承諾した。しかし、それがすぐ目の前に迫ってきた時、果たしてこのままの心のあり方でよいのだろうかという疑問をもった。結婚について、言いしれぬ不安を抱き出していた。一方、私は、日本的な顔だちと気さくな性格に一目惚れしてしまい、運命の人に出会ったなどと有頂天だった。この小旅行を楽しい婚前旅行位にしか受け取っていなかった。
 「私は一生結婚しないでいるつもりだったの。ただ、親からうるさく言われて、そして、大病もして。気持ちが弱っていたのかも。だから親の言うがままに………」
 Eは現在の自分の考えていることを、綿々と語り出した。それは、結婚についてもう一度自分なりに真剣に考え直してみたいという内容だった。話を聞きながら、私はその内容を理解しようとするよりも、仲人との顔合わせや結納がどうなるのかなどに頭がいっていた。Eの言葉が終わった。私は一言「わかったよ」と応えた。その日は、別々の布団で寝た。
 翌日、近くにある彫刻の森美術館に行った。広い敷地全体が、美術館の趣を呈しており、館内には主に絵画が、広い庭には大きな彫刻が配置されていた。大きな手のような彫刻に腰かけるEの写真を撮った。何か晴れ晴れとした笑顔を見せていた。私は、浮かない気持ちを押し殺していた。二時間程そこにいて、バスで芦ノ湖へ向かった。Eは「初めて来たの」と嬉しそうだった。遊覧船に乗った。Eは強い風に長い髪をなびかせながら、私に何か語りかけた。私には生憎聞き取ることができなかった。Eの顔は、湖に反射した太陽の光を受け、きらきらと輝いていた。「手放したくない」というはっきりとした意識が初めて私に芽生えた。それは、運命などという浮わついたものではなく、もっと激しく土俗的な感情だった。その日は、それぞれの家に帰った。
 翌日の夜、Eに電話を入れた。事務的な口調で、用件だけを伝えた。
 「仲人と来週の日曜日に会う事になったからよろしく」
 Eは電話口で絶句しているようだった。私は急いで受話器を置いた。

 翌年の冬、Eは生まれ育った新潟の個人病院で長男を出産した。帝王切開だったが、麻酔が強過ぎたことと子宮からの原因不明の出血のため、長い時間母子とも生死をさ迷っていると、Eの姉から職場に連絡が入った。夜の九時だった。外に出ると珍しく粉雪が舞っていた。タクシーを飛ばし、駅に向かった。何百キロという距離の隔たりを恨んだ。
 「助かってくれ。助かってくれ………」
 私は狂ったように、意味もなく同じ言葉を繰り返し呟いていた。Eとの出会いから現在までのことが、走馬灯のように頭を駆け巡った。最終の新幹線に飛び乗った。車窓からは暗闇しか見えない。不安で胸が張り裂けそうになった。
 「すまなかった。すまなかった………」
自然と謝罪の言葉が口をついた。重く暗い宿命が長いトンネルを走りぬけて行った。
    
参照:参照:Web頌 

戻り橋       佐藤裕 

 私の家の近くに川間川という小さな川が流れている。田や畑や人家の脇を流れ、相模湾に達している。昔は畦と畦の間をくねくねと流れていたが、今はコンクリートで綺麗に舗装された水路ができている。この川にはいくつかの橋が架かっていて、ほとんどがコンクリートでできているが、一か所だけ昔ながらの木の橋がある。どうしてそこだけと不思議な気がするが、その理由ははっきりとしない。その橋をみんなは戻り橋と呼んでいる。
 私は、その木の橋を渡るのが好きだ。丸太をいくつか並べた橋で、朽ちかけたところがあり、多少不安な気持ちで渡る。靴の底を通して、ざらざらとした樹皮が足裏に感じられ、それはある懐かしさを私に覚えさせる。その橋を過ぎると両側に高い木が生い茂っている小さな道に出会う。その道はだらだらとした上り坂になっていて、五十メートルほど続いている。その道がとぎれると、目の前に野原が広がり、遠くに相模湾が見渡せる。

 祖母が亡くなって十月がたった頃、一人で戻り橋を歩いた。あたりが薄紫色に染まる夕暮れ時だった。木を踏む足の音が、しんと静まりかえった田や畑に、そして小さな森に響いていた。晩秋の冷たい風が頬を撫でた。誘われるように、小さな道に入っていった。道は薄暗かったが、それがなぜかとても親しいものに感じられた。
 歩みを進めていくと、木々の間に射し込む薄紫の光の中に、祖母のやさしい笑顔がぼんやりと現れた。
 「ゆう。」とやさしく呼びかける祖母の声が聞こえた。
 「どうして死んでしまったの。」
 私は子供のような声で問いかけた。
 「しかたがないんだよ。人には寿命があって、それはどうしても避けられないんだ。天命なんだよ。」                 
 祖母と過ごした三十年の歳月が目の前に浮かんでは消えた。祖母はわが子のように私を可愛がってくれた。溺愛といってもよいほどだった。私も祖母になついていて、祖母の姿が見えないと、泣きながらその姿を求めた。成長するにつれて、私は私なりの世界をもつようになった。そうなると、祖母の存在が少し疎ましいものになってきた。よかれと思ってやってくれていることが、「余計なお世話だな。」と感じるようになった。   
 高校時代まで祖母と一緒の部屋に寝ていた。祖父は隣の部屋で一人だった。大学に入ってからは、別棟の二階に一人で暮らすようになり、祖母の束縛から少し解き放たれたように感じた。それでも、祖母は何くれとなく世話をやいてくれた。
 二十八歳の時、新潟生まれの三歳年下の女性と結婚した。翌年長男が生まれた。祖母は長男をわが子のように可愛がってくれた。私の幼い頃のように。それを見て、妻が嫉妬することもあった。
 祖母が七十歳になった夏、旅行先の山梨で吐血し入院した。末期の肝臓癌だった。私はすぐに飛んで行き、病床を見舞った。握りしめた両の手は、小さく冷たかった。祖母は私の顔を見ると弱々しい笑顔で、「時々激しい悪寒に襲われるんだよ。」と応えた。
 そこで一か月間治療をした後、横須賀の病院に転院した。私は、たびたび見舞いに行ったが、妻はあまりよい顔をしなかった。入院が長引くにつれ、私の足も遠のいてしまった。 その年の暮れから正月にかけて、祖母は一時帰宅したが、私はあいにく妻の郷里の新潟に行っていた。祖母はかなり体が弱っていたようで、家の階段をふみはずし怪我をしてしまった。救急車で運ばれる間中、私の名前を繰り返し呼んでいたと母が言った。
 それから一か月後、病院から容体が急変したという知らせが入った。気はせいていたが、私はなぜか風呂に入ってから、病院に駆けつけた。祖母の意識はもうはっきりとはしていなかった。呼吸は弱々しく、呼びかけても、私の顔を見ることはなかった。私は、祖母の左手を握りしめた。二時間後、祖母の呼吸は乱れ始め、「くうっ」という声を発した後、息が途絶えた。わたしは祖母の手を握りしめたまま、「ありがとう。ありがとう。」と何遍も同じ言葉を繰り返した。涙がとめどなく流れた。

 私の横を、晩秋の冷たい風が吹き抜けていった。私は夢から覚めたように、再び薄暗い道を歩き出した。道のとぎれたところに、乾いた土煙が舞っていた。遠くから海の香りがした。
 「もうすぐ行くよ。」
 私は誰に言うともなく呟き、ずっとそこに佇んでいた。

参照:Web頌

月を見に行く        佐 藤 裕 

 女と月を見ていた。晩秋の頃のこと。伊豆高原へ遊びに行った帰り、網代温泉に一泊した。渋滞にぶつかってしまい、旅館の夕餉時にやっと間にあった。そそくさと食事を済ませ、各々風呂に入った。部屋で人心地がついたのは、九時過ぎだった。
 男は急に女が欲しくなった。抱き寄せて口づけをし、女もそれに応じた。女の浴衣を脱がせ、下着を取り去ると、人指し指を膣の中に入れた。女もその気だったらしく、ぬるぬるとした液が指先に感じられた。
「女は生理によって一か月の間に何回も感情の揺れがあるのよ」と以前女から聞いたことがある。
 そういえば、今日は会った時から少し様子が違っていた。助手席に腰掛けている女の小さな胸をふざけて触っても嫌な顔はしない。女は真面目そうな目立たない容貌だが、唇が薄くて小さく、そのうえ形がよいので、その唇に陰茎を含ませたいという男は周囲に多い。また、「上目づかいに人を見る表情やうなじの白さに妙な色気を感じる」と二人の関係に気づいていない同僚が、男に語ったことがある。                  
 女の膣は入り口から二センチ位の上部にざらざらした部分があり、そこが滅法弱い。少し長い時間指の腹でそこを撫でたり、強く押したりしていると腰が抜けたようになる。指を深く差し込むと子宮の壁に小豆大のしこりがあり、そこを指先でつつくと緩やかな心地よさを感じると言う。
 男は指と舌で女を二度果てさせた。女の膣からは白い液が飛び散り、布団のシーツをぐしょぐしょに濡らしてしまった。女は男の陰茎を欲しがり、自分からそれを口に含む。その舌づかいは慣れたもので、陰茎の裏側や亀頭を執拗に攻め立てる。男は我慢できなくなり、濡れた膣の中に陰茎を強く押し込む。膣に陰茎を入れる瞬間が二人とも一番好きである。二人の体が一つになったような強い快感を覚えるからだ。男は知り得る限りの技巧を駆使して、女を頂上へと導き、女の果てた瞬間に己の精液を膣の中に放出する。数秒同じ状態でいた後、男も女も惚けたように、身を横たえ、あらぬ方を見ながら息を整える。その後、男はそっと左腕を女の頭の下に差し入れ、右腕を背中にまわして女を抱き寄せる。行為の時間もよいが、こうして余韻を楽しむ時間も心地よい。
 二人は昼の疲れからか、そのまま眠ってしまった。男は夜中の二時頃に目を覚ました。二人とも全裸のままだったので、男は女を起こした。女は眠い目をこすりながら、「今何時?」と男に聞いた。時刻を告げると、女は急に「もう誰もいないでしょうから、露天風呂に行きましょうよ」と言い出した。男は億劫だったが、女の言葉に従った。
 露天風呂にはやはり誰もいなかった。男はさっと体をふいて風呂に入ったが、女は入念に体をぬぐってから入って来た。風呂は薄ぼんやりとした灯で覆われていた。見上げると円い月が地上を蔑むように暗い空に張り付いていた。その月が湯のなかでゆらゆらと揺れている。男は不機嫌そうにバシャバシャと音を立てて、その月を壊した。
 女は怪訝そうな顔でそれを見ながら、「青白い満月って綺麗ね」と男に語りかけた。
「生きて八十年。俺たちのしていることって何なのかな?」
 男は顔をそむけながら、独り言のように暗闇に向かって呟いた。
「今が楽しければそれでいいじゃない」女の声がそれに応えた。
 まだ、小さな命が女の体に宿る前の出来事である。   

参照:Web頌

 生命(いのち)   佐 藤 裕

時代は心地よく下降している
訳のわからない不安
暗黒の沼のように 無抵抗に
どこまでも 吸い込まれていく

「美しい日本」
「積極的平和主義」
「集団的自衛権」
蝉の抜け殻のように 寂しい

誰も死を望んでいない
粗末で 軽量な
空を舞う機体のなかで
若者は 何を考えたのだろう
幻の国家のために
残された家族のために

すべて 嘘だと分かっていて
死を選ぶ 無念を想像せよ
死の恐怖と戦う 怯懦な人間
我々は目を裂き 耳を削いで
何としても生きたいと願う
当たり前の人間の姿を想像せよ

一九四五年八月 敗戦
東京は 焦土と化した
遮るものは 何もない
どこにいても
太陽は昇り 夕陽は沈む

そのままでよかったのではないか
美しい建物
縦横に走る高速道路
クリスマスのイルミネーションの下で
焦げ臭い 土色の死者が 叫んでいる

誰も 死を望んでいない
今も 昔も
幻の国は
すでに 個人の集合体となり
死を強制したものは 消え去っている

桜は 散るために 咲いているのではない
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「詩人回廊」は文芸同志会員がつくる自己専用庭でできています。連絡所=〒146−0093大田区矢口3−28−8ー729号、文芸同志会・北一郎。★郵便振替口座=00190−5-14856★