「詩人回廊」

日本の短編小説の特殊性について「韻律のある近代詩、日本語の制約にはばまれて、大した発展を見なかったので、小説家は叙情詩を書きたい衝動を、やむなく短編小説に移してしまった。短編の傑作と呼んでいる多くは物語的構成をほのかにもった散文詩である」三島由紀夫「美の襲撃」より。文芸同志会は「詩人回廊」に詩と小説の場をつくりました。連載小説も可能です。(編集人・伊藤昭一&北一郎)(連載を続けて読むにはタイトル上の筆者の庭をクリックします)。

外狩雅巳の庭

追記・「星灯」第4号で、新しい文学よおこれ!宣言

 3月に『星灯』の感想などを書きましたが、小林多喜二への誹謗中傷を払拭するブログ記事を見つけました。
 民主文学のブログからのリンクで『古本屋通信』(結婚外性愛に就いて)というサイトがあります。ここに良い解説がありました。
 平野兼などの戦後文学論争で取り上げられた、小林多喜二への批判をわかり易く論破しています。
 戦前の共産党活動家が女性を利用していた、との指摘の恣意的な悪意と無知を突いています。
 彼は、岡山の古書店経営者で共産主義者です。手続き上の手違いで日本共産党から籍を外された人です。
 純粋共産主義者なので、現在の共産党の日和見的な逸脱へも批判の声を曲げず孤立する事も多々あります。
 2チャンネルでは嘲笑の対象になりましたが、すべて論破し誰からもチョッカイをかけられていません。
 痛快なほどの論客振りです。純粋すぎて北朝鮮の態度にも理解を示すだけの論拠を持っています。
 国際共産主義理論が通用しない、現代の社会情勢を切りまくっています。悲壮感も漂う論調です。
 『星灯』誌の皆さんには是非とも一読していただきたくここに紹介します。
 戦前の共産党にハウスキーパ制度など存在せず、平野謙たちの悪意の創造だと切っています。
 ブルジョワメディアの北朝鮮報道に振り回される今日こそ、このような論も併読する必要があると思います。
《参照:外狩雅巳のひろば

後期高齢者の年金・健保とカールビンソン=外狩雅巳

 市役所から納付証が届いた。後期高齢者になったので保険料支払いの請求書である。
 国会では高齢化社会への配慮で負担減が採決され、とりあえず千円が還付された。
 まずは返金。そして新規納付金額の請求書である。飴と鞭がつながっていて翻弄される高齢者。
 2月22日に75歳になった。後期高齢者である。で、二月分と三月分の後期高齢者保健費の五千円なのだ。
 市役所に納付に行き説明も聞いた。四月から新年度なので先ずは前年度分の請求だと説明された。
 で、国会で決まったので、七月からは新規則で施行するという。その間は暫定支払い請求が来るということだ。
 七月よりは、以前の年金からの支払いを実行するので、直接請求は行わない、との事でその間の暫定支払い方法だ。
 で、私の健康保険証は返還。後期高齢者保険証を使用することとなった。でも、妻はずっと私の家族である。
 サラリーマンの妻として私に請求が来ていた。それは継続するので私宛に妻の健康保険料請求書は来る。
 でも、私個人は後期高齢者なので別途来る後期高齢者保険料を払う必要が゛あると言われた。
 七月になるまでは年金引き落としもできないとの事。毎回現金持参で市役所に納めに行く必要がある。
 国会では北朝鮮情勢以外にも、生活関連法案が議員立法などでどんどん成立している事を実感する。
 航空母艦・カールビンソンが圧倒的戦力で迫り、北朝鮮と一発触発。でも、庶民は年金保険料支払いに振り回されている。
《参照:外狩雅巳のひろば

続々・「星灯」第4号で、新しい文学よおこれ!宣言

IMG_20170215_0001_1<雑誌「星灯」第4号(2017年2月20日発行。>
 本稿で紹介と感想を掲載したところ、編集委員会の北村隆志さんから、対応するコメントを頂きました。
 文芸同人雑誌と言うよりは本格的文芸誌に近いこの雑誌は美装・編集力ともに洗練されている。
 「巻頭の辞」で小林多喜二と太宰治の統一を目指し、新しい文学よおこれ!と格調高く宣言している。
 今号では特集としてプロレタリア文学選集の英訳序文が掲載されている。志向の高さと純粋さを感じた。
 訳文中の「労働と文学」では、レーニン全集の抜粋や目的意識的な社会変革・労働運動の作品化を言っている。
 さらにメンバーの島村輝氏は「文学としての小林多喜二」の中で「党生活者」を文壇が批判した事へ反論している。
 悪意ある浅読みが戦後文学への大きな後遺症だと私も何回か指摘している。掘り下る展開論を期待したのだ。
 生産点闘争とリアルな労働者群像。そして変革推進を担う共産党を描く事は大きな課題だろうと指摘したのだ。
 論ずるならお前が書け、の雰囲気の同人誌内で私は「工場と時計と細胞」を掲載したが物語性の薄い作品となった。
 雑誌「星灯」が多喜二に習い現代政治の課題と生活の中の共産党員や労働者の意識向上の作品化を期待している。
 【星灯誌と小林多喜二・余談】
 雑誌「星灯」四号の紹介と感想を連続掲載したついでに余談をひとつ書いておく。
 2004年に小樽文学館長に就任した玉川薫氏の同館学芸員時代の多喜二虐殺への意見を紹介したい。
  2002年に多喜二の写真展示を行っていた頃である。紀宮様の訪問時に虐殺写真を外した事を賛成している。
 西南戦争での残酷記事や写真を隠す事と同列であって宮様が観覧しないように外したのだ、といっている。
インターネットにアップされている。《小林多喜二に関する少し長くて熱い引用テキスト》 ーーというタイトルで閲覧できる。
 皇族に知らしめるべからずとの立場で一般の歴史や戦争の残酷写真と同列にして展示閉鎖を正当化している。
 天皇制擁護を下敷きにした意見であり、このような人物が館長になる事が良く判る。
■関連情報:「星灯」第4号に米国「日本本プロレタリア文学選集」の序文訳
《参照:外狩雅巳のひろば

続・佐藤三郎「一場の春夢」に期待!雑誌「星灯」4号より

平野謙達の行った多喜二作品を巡る戦前の左翼文学の欠点指摘は大きな後遺症を引きずっている。
  現在も共産党や雑誌「民主文学」への理解度は少ない。同人誌活動の中でもそれを感じている。
  評論同人誌「群系」会員の荻野央氏は文芸交流会に何度か出席してくれた人である。
  「群系」の会合で交流会現状を尋ねられたことがある。興味ありと判断し新規参加も増えているからと誘った。
  民主主義文学支部の参加を伝えると『日共か』と言って出席を断った。荻野氏の読みの深さに期待してのことだ。
  なぜかと聞くと、プロパガンダ作品だろと返答した。心底から共産党嫌悪が感じられて会話は途切れてしまった。
   今日、「群系」掲示板に彼の意見が掲載されている。インターナショナルの歌詞への思い出話である。
   ヘルメットでのスクラムの中で歌った連帯感を述べている。彼は全共闘活動の過去があったのだ。
   日共粉砕!を叫び民青系学生とゲバルトを行った全共闘新左翼の中で培った考えを引きずっているのだ。
   現在の文学にこんな影響を残している原点は平野謙達の小林多喜二作品評時代からの共産党感があるのだ。
  「星灯」の小林多喜二評価と解説が広まる事を期待して代表者の北村隆志氏に送付感謝の返礼を投函した。
  今後もこの問題への深い切込みを期待している。現在、野党共闘を掲げている共産党の問題も考えたい。
  田中角栄元首相の懐刀だった小沢一郎氏などと組んで政権獲得を狙う野党共闘の真意を探りたい。
  市民活動に期待する今は労働運動の中に党組織細胞を広げる活動はどこに行ってしまったのだろうか。
  べ平連活動を行った頃、反共団体と言われた過去がよ蘇って来た。
■関連情報:「星灯」第4号に米国「日本本プロレタリア文学選集」の序文訳
《参照:外狩雅巳のひろば

評論・佐藤三郎「一場の春夢」に期待!雑誌「星灯」4号より

IMG_20170215_0001_1<雑誌「星灯」第4号(2017年2月20日発行。>《参照:佐藤三郎ブログ
  雑誌「星灯」4号にはー伊藤ふじ子と(党生活者)ーとサブタイトルがある小林多喜二作品と女性達の論考を興味深く読んだ。
  多喜二が作品内で当時の活動家の女性問題を表裏から切り込んだ詳細を高く評価する内容である。
  共産党活動家周辺の女性で革命運動に消極的な人物描写の意義と意図を読み取っている。
  笠原問題として平野謙等が取り上げた事に対しての反論を書いている。この雑誌の姿勢を見たようだ。
  小林多喜二の視点を掲げる創刊の辞を毎号再録している事と重ねて読むとよくわかる。
  しかし、笠原問題から半世紀以上も過ぎて現在はその内容はほとんど探しても判らなくなっている。
  著者・佐藤三郎氏は平野謙の文言真意を狭く扱っているのではないだろうかも考えてみた。
  戦後文学論争の大きな内容なので当時の多喜二作品評価を巡る情勢を詳細に示す必要があると思う。
  平野謙は偏見や悪意のみで浅読みしたのだろうか。奥の深い多喜二作品評価論争だと思いたい。
  過去に置き忘れられたような大切な論点を取り上げる事が出来るこの雑誌に期待している。
  なお、この号に執筆している島村輝氏は「国文学解釈と感傷」の別冊―『文学』としての小林多喜二ーに詳しく解題している。これは作者多喜二の仕組んだ手法であり多様な人間描写だとしている。
  雑誌「星灯」の次号以降で再度掘り下げて貰いたい。現在の読者が関心を寄せる大きな課題だと思える。
■関連情報:「星灯」第4号に米国「日本本プロレタリア文学選集」の序文訳
《参照:外狩雅巳のひろば

政治と文学と「工場と時計と細胞」について=外狩雅巳

IMG_20170122_0001_1<「工場と時計と細胞」を掲載した「相模文芸」33号。「詩人回廊」に掲載したものを推敲。さらに冒頭に加筆編集をしました>
冒頭での加筆したものの一部抜粋。
             ☆
第一部 
烏の眼
 風に追われた砂粒が、人気の絶えた露地を次々に疾走して行く。
 両側に連なる町工場や倉庫の軒下には煤と鉄錆にくすんだ吹き溜りの層が重なり、その上を風に運ばれた砂粒達がすっぽりと布を被せたように白くしてゆく。
 薄墨色の雲が低くたれ込め、三十メートル程先の信号機の赤い色が夕靄に溶け込もうとしている。
 風が露地を駆け抜けるたびに、次々に新しい砂粒が地を薙いでゆき工場の板壁に音を立てて吹き付けられてゆく。
 町工場の天井近くに張り渡された太いシャフト。それがモーターによって高速で回転している。(以下省略)
              ☆
「詩人回廊」で、習作として連載した作品の「工場と時計と細胞」を、推敲・編集し、文芸同人誌 「相模文芸」33号に発表しました。
 この作品の原体験は74年に勤務先での労組活動です。終業後に夜学に通い文学や政治を勉強していました。
 麻布の中央労働学院は、学割も効く週五日制の本格的な授業を行っていました。雑誌「民主文学」2017年1月号に、仙洞田一彦さんが「忘れ火(連載第1回)が始まりまたが、氏とは同級生で、会社も同じでした。
 入社して貰っての共通体験が二つの作品に表現されました。「文芸同志会通信」で並べて読めばと書いてくれました。
 私は学校で習った小林多喜二の小説に惹かれました。「工場細胞」とその続編的な「党生活者」に心が躍りました。
 理論と実践を提唱する授業方針に沿って職場活動を行いました。人生の中で最も高揚したひと時でした。
 小林多喜二の各作品は、昭和初期の15年戦争が進展する社会状況を背景に労働運動に邁進する青春群像を描いた名作として知られます。
 ロシア革命で実現した階級闘争の新段階を世界に広める機運が高まり日本にも共産党が誕生する時代でした。
 コミンテルンの指導で日本革命を推進する党のテーゼを忠実に文学作品化した事でも知られています。
 私は70年安保闘争時は28歳でした。まだ革新思想に触れていませんでした。町工場勤務を転々としていました。
 当時の体験作品は小説「28才の頃」に書きました。小説「この路地抜けられます」にも少し描かれています。
 思想に殉じた小林多喜二の作品にのめり込んでいた青春時代をやっと少し作品化できる年齢に成りました。
   私の作品「工場と時計と細胞」は小林多喜二の「工場細胞」を意識して書きました。多喜二は「党生活者」や「工場細胞」に登場する女性を率直に書いています。それが問題になった事も知りました。
  しかし、私は「工場細胞」に登場する細胞内の同志の女子工員に魅力を感じました。下着にビラを隠して持ち込むのです。 中国侵略戦争の深化でファシズムが労働者を圧迫する中での生産点闘争を主題にした作品です。
小林多喜二作品は現在も多く読まれています。北方領土問題がニュースになる今、「蟹工船」は再度読まれる事でしょう。
  私は現在の日本革新は可能なのかと問いながら書きました。労働者の組織化が弱まっています。 四十年前の七十年安保闘争時点の職場を書いて見ました。もう一度労働者が団結する事を願いながら書きました。
    「相模文芸」33号や、送られて来る同人誌を読んでみると多くの作品が芸術的完成を目指した文芸作品です。 そんな中にあって私の作品がなんとなく浮いてしまっているような気持です。社会問題を振りかざして力み過ぎです。 政治に直結する内容が多く文芸作品として手触りが良くないと思っています。政治と文学について考えました。
高齢者が多い同人会です。身銭を切り文化の香りを求め生活の中の文芸を楽しんでいる人たちの文芸同人会です。
   その中に声高に労働運動だ政治だ革命だと騒音が入り込んだように見えてたまりません。どう読まれるのでしょうか。
   昭和初期にーー花園を荒らすのは誰だーーとプロレタリア文学に投げかけられた言葉もなんとなく判るような気がします。
   その言い分に反論できるだけの作品に成らなかった事が残念です。
  「工場と時計と細胞」の続編を書きたいと思います。現在進行形の政治と文学表現を考えています。
労働運動の中で強調されていた言葉ですが「生産点を取る」と言われていました。総評華やかな頃でした。
自主独立の国民本位政権を作るには、国家の基盤である生産力を生み出す現場を労働者が抑える事です。
特に工業現場の労働者が労働組合に結集して、政治目的で行動する事が最終目標とされていました。
その労働者総意を国民総意に広げ、選挙で民主勢力が過半数を獲得するための行動が叫ばれていました。
そんな70年安保時の一つの工場現場をモデルに、前半部分を「相模文芸」33号に掲載しました。
現在は労働運動の凋落で阿部政治は安泰です。共産党は労組に基盤も無く市民に期待しています。
小林多喜二作品「工場細胞」で主張された、労働者の中に党を作る方針はどこへ行ってしまったのでしょう。
二部はそんな現在を舞台に書きたいと思っています。
《参照:外狩雅巳のひろば


大泉黒石の小説「オランダさん……」評論から(四)外狩雅巳

  中村浩巳の評論「大泉黒石著『おらんださん〉』の中の『ジャン・セニウス派の僧』めぐって」が、文芸誌「相模文芸」の26号から31号まで連載された。6月22日に行われる相模文芸クラブ」会合の31号最後の合評作品対象となります。
  三年間・六回に渡り四百枚以上を費やした中村浩巳氏のエッセー風考察作品です。
  作者はこの中で時代の矛盾と混乱を秘めた原作背景に立ち向かう執念の読みを展開しています。
  目的地に向かう三段ロケットに仕立て万全を期した装置を用意し壮大な旅に出発しています。
  編集した解説者に敬意を表しつつ、さらなる読みの野心が溢れる一作になる可能性ある作品です。
  浪漫溢れる原作内容紹介も順調に一段目のロケットは、作品の骨格を無難に国防論と読み始めます。
  太平洋戦争直前の国情で隠れ反戦小説を書く原作者の、イギリス手本の西欧史を広げ出しています。
  協力な二段目ロケットが、オランダ独立史で大きく寄り道に侵入し、中村氏の長い一人旅が始まります。
  タイトルにした宗教僧名の説明も兼ねて斬新な切り口の本領発揮で未踏の読みに迫る迫力です。
  読者を置き去りにしても18世紀西欧論こそ原作解明の鍵と力み、遥かなる着地点へひた走ります。
  サドもパスカルも混ぜ込んだ燃焼不足のロケット燃料内不純物が中村氏を煽り立てています。
  書き過ぎて少し納まった中村氏は、三段目で予定の石原莞爾論を持ち出して目標到着を企てます。
  王道と覇道が書けたので日本の戦前時発表の原作背景説明に納得し、誤読力も必要と纏めています。
  最終回は満点着地の為、全編要約と読者慰労や感謝とか自己満足の種明かしの余裕すら見せています。
  編集解説者の由良君美氏の届かなかったところはオランダ史・宗教史の中にあると言うのだろうか。
  大日本帝国への箴言としての原作の真意。表向きイギリスの巧妙な立ち回りを手本に勧めた原作。
  島国の生き残り論ではナポレオンやフェリペ二世も動員し原作を補足する中村氏のサービス精神。
  論文風のエッセーには研究者としての未練や文芸作品への適応の野心も覗えて執念が良く判りました。
  果たして、大泉黒石は偽装反戦小説を書きたかったのだろうか。原作にその効果はあったのだろうか。
  幕末日本の自主独立がいかに困難かと、国防論を下敷きにした時代小説を書く事が反戦表示なのか。
  時の為政者はどう対応したのか。扇動効果の無い作品としたのか。深読み国民多数と警戒したのか。
  左翼の壊滅で国策小説全盛時代。良心的作家の有り方は宮本百合子作品等の研究が多数あります。
  特高資料等も使用すれば、文学と庶民の関係も探れるでしょう。中村氏の継続に期待します。
  なお、文芸同志会の北 一郎氏は、本作品と現代との関連性について、権力者が作り出した言論の抑制の世相ののなかで、物語性をもって自由な表現を獲得した大泉黒石の意志の表れとしての技術の痕跡を追う部分が垣間見えるとコメント。そこに文学的表現での意思表示の手法が学べるのではないか、としています。
 《参照:外狩雅巳のひろば》     

庶民人生の波風と政治家の金銭感覚=外狩雅巳

  舛添要一都知事の金への執着が連日報道されている。結局はがめつく溜めて逃げ切るだろう。
 今期限りで余生は金に任せた優雅な日々を送るのだろう。結局は人生は金なのか。
 私は36歳まで金欠人生でした。月末には前借の独身会社員の典型でも青春は充実でした。
 妻は離婚歴もあり金銭感覚に長けていました。三十六才からの家計は妻が差配しました。
 雑誌「スバルや文学賞新人賞の最終に残った書き手なのに、スランプになり別の人生を選択した妻。
 一円に泣く事を予想して一円を大切にしてきました。蓄え続けて十年で千万円を超えた。
 コピーライターとしてがめつく仕事をかき集め、特買食品で出費を抑えた結果を数字にした。
 道で拾った子猫を我が子として家庭を構築し相模原に土地付き家屋を購入し三十年余が過ぎた。
 銀行員の甘言に乗り、投資信託で千万円も損害を出しても、めげずに再挑戦し築いた資産。
 猫は老衰で先立った。老夫婦には不動産や現金が余っているのに、今でも一円を追いかけている。
 特売以外では買わない食品。義兄が衣料バイヤーなので服はあまり買わない。
 年金すら残して蓄えて来た人生。いまだに妻は私の出費を点検している。一円とて見逃さない。
 それが、急に断捨離を口にした。六十代後半なのに病気持ちで何かを悟ったらしい。
 あと十年。健康寿命を充実させたいと海外旅行を物色しトルコや韓国、中国、ベトナムを巡った。
 今年はニュージーランドだ。そしたら相模原市が年金生活者に各自三万円のプレゼントを呉れた。
 都知事の次元とはかけ離れているが金で人生を満足して来た夫婦の今が本当に充実なのか立ち止まった。
 虎は死んで皮を残したが生きてる間が花だろう。あと十年。何を書いたら気が済むのか。
 同人雑誌に書き、自費出版を行い、ネットに書いて、振り返ると死屍累々。無駄にした数十年。
 自分は何を書き残せるのか。金より価値のあるものを見つけて人生を終われるのか。
 というようなことは、舛添都知事は考えないのかとふと思いました。
 《参照:外狩雅巳のひろば》     

  

大泉黒石の小説「オランダさん……」評論から(三)外狩雅巳

  「相模文芸」誌三十一号の合評会は六月二十二日である。中村浩巳の評論「大泉黒石著『おらんださん〉』の中の『ジャン・セニウス派の僧』めぐって」につて行う予定である。半年に渡り月二回行う毎号の作品合評会。
  三年前の二十六号以来六回にわたった連載が三十一号で完結したので、合評会では全編通読の討議を行って欲しい。
 それに合わせて著者から全編の正誤表が配られた。二十一カ所の訂正を羅列した一枚の正誤表に著者の意図を見た。
  初回から六回目の最終回までの正誤表を配れば、会員は初回から読み返すとの願望が込められていると思った。
  作品がすべてである。後付けの言い訳はせずまな板の鯉になる潔さをくみ取り正誤表に込められた意図に応えたい。
  第二十七号ではオランダ独立史に大半を費やしている。西洋史を身近に思わないような読者をも想定しているらしい綿密さである。
  しかし、書き込む程に些末の迷路に落ち込み自己満足気味に進む文章が更に読者を引かせる事を知る必要がある。
  ここは第二十七号で使用した年表に頼れば史実の流れが纏まるのに残念である。初回の冒頭に年表を置けば効果満点。
  さらに箇条書の主旨説明も各号の冒頭に置くと効果がある。個別の寄り道饒舌は本文中で行う事を勧めたい。
  西欧史は宗教や民族での複雑さがあると前置きして、年表と合わせて読者の心構えを整えさせ本文に誘うのだ。
  戦乱の中世。年表を埋める戦役の羅列。原因としての宗教と欲望。日本史も同じだと理解させる事だろう。
  戦争が政治の延長。勝利の内実と軍事知識を説かずに、君主達や宗教事情を書き込めば事足りると思う著者。
 なぜ勝利し覇者になれたかを武器や戦術の方面から書くと文体や文調が軽快になり読みやすくなるだろう。
 無敵艦隊の壊滅。兵士の士気。将軍の指揮。ナポレオンが読まれる事を理解し戦争歴史を活用する手もある。
 原作から離れた時の説明文には読者対策として、調子の良い講談的な語りで薄く浅く理解を定着させるべきだ。
  偽装反戦小説論を展開させるためにも戦備不足の開戦の内実を武器や兵力も駆使して説明すれば良いのに。
  誘い込まれた「真珠湾奇襲」が原爆投下の反論として通用するのか。今月のホットな話題に直結できる。
  原作者の反戦思想と作品手法を明確にすれば、中村氏の執筆意図の一部でも理解させられる。
  読者の読みの手引きを親切に行う事である。そこには著者の肉声、本音も使用価値があるだろう。
  これほど深く広く原作紹介を行っているのに読者が煩わしく感じる饒舌、寄り道が残念である。
  逐行毎に読めば文章も良く出来ている。書ける著者なのだ。改行なしで満足気に饒舌寄り道する事は効果を減らすのではないか。
  説明不足は読者を誘う戦術なのだ、興味を引くトラップを張り巡らせ次に読み進めさせる商売っ気も必要だろう。
  泣き落としも上手い手だ。説明不能だ読者が救って欲しい。わからないけど書きたいと言うタイミングだ。
  散々説明し過ぎた挙句に上手く説明出来んと泣いても同情出来ない。著者の書き過ぎが過失になっている。
  総集編的な最終回のサービス。そして正誤表提出。私は全編を再読する気持ちになった。
 《参照:外狩雅巳のひろば》     


 

大泉黒石の小説「オランダさん……」評論から(二)外狩雅巳

ーー作者と読者のスタンス
  力説するほど冷める読者。作者の心理を探る読者を誘い込む技を持つべきだろう。作者は身近な挿話で等身大の友人を演じる。
 衣食住の思い出話や初恋等で引きつけて共通項の枠内での語り口の延長に原作の味わいを披露してゆく常道に頼るのである。
 読者が描く物語の中に原作の風景を置けたら成功だ。詮索好きの読者。冷めきった読者。食わず嫌いの読者が多数いるのだ。
 丸裸の作者が見えしかも読者の隣にいる。で、その心の中はなんだろう。原作に惹かれた他愛ない純朴な素顔を演出するのだ。
 大きな人間探求論。世界史の裏読み。文学論としても稀有な作品。中村ワールドの上手な見せ方は出来ないだろうか。
  雑誌「相模文芸」の歴史では最大の作品を掲載した中村氏。四百枚超に込めた真意に迫ってみたい。
  改憲論などキナ臭い社会情勢なので正面から読み込まれる事を願い全六回の連載を逐号で追った見た。
  前書きに続けて,記境鍬賢垢梁膵猝椶農依し細部は小項目で順序立てて原作に迫る手法を用意している。
  弦爐痢崢垢ぃ隠言さ」が最重要なのか量的にも多すぎる歴史紹介になりバランス的には問題もある。
― 初回【2013年6月発行の第26号掲載】
  まえがきの中で「大泉黒石全集」の解説者・由良君美氏の指摘を掲載し自身の意見を差し込んでいる。
  幕末長崎でのオランダ船騒動の三日間を題材にした原作内容を紹介し文学作品としての評価も行っている。
  ―南国のロマンスとしてコルネイユ風の義務と愛のはざまの葛藤に仕立て上げているーとの寸評は上手い。
 中村氏は解説者の注目する「芸術的ローファー」「ジャン・セニウス派の僧」等の関係に迫る意図を表明する。
  ここで前書きを終えず、原作の背景のナポレオン時代やオランダ史そして近世西欧の宗教史まで語り出している。勇み足だろう。各項目内で取り上げ論証する方が各論が充実し整理される。メリハリのある導入にするべきだ。
―項目戯森颪罰国  
  ここでも原作紹介を行いオランダ船問題で作品の筋書きを持ち出して鎖国と開国が問われた時代背景を読み解く。続けて歴史講釈を広げず作品に戻り発表時の国内事情を強調したら鎖国時代と戦前の重なりが説得出来ただろう。
  太平洋戦争を対英戦争に絞れと説く事で反戦小説にする原作者の意図を指摘したいなら一項建てたら効果的だろう。
 島国英国がナポレオンに対抗出来た事を力説し島国日本の国策を説く原作解釈は端的に行い日本史講釈は別項でする。
 別項を立てずとも、話題を変えて参考事項として歴史を語れば、読者もついて来るだろう。中村氏は一気呵成に話し込む。
  その上、歴史上の珍事件や余計な知識まで入れ込んで、行替えも無く演説が始まるので読者の通読意欲を削いでしまう。
  中村氏は原作を読み込んでいる。さらに感傷的にのめり込んでいる。そこで中村氏の歴史知識と雑学が独り歩きする。
   ナポレオン戦争の島国日本への波紋が作品背景と由良氏解説を紹介しているのだから原作の深読みを披露すれば良い。
 ロマンスの書き方、愛と性、思想と感情等々をどの文章で読み取ったかを作品構成や人物と事件の描き方を知りたいのだ。
 ごちゃまぜ文で西欧史と登場人物紹介そして宗教説明なので内容を分解して別々に一貫性のある項目建て順次掲載するのだ。
  読者が腰を据えて同類項をピックアップして読めば、中村氏が博識で原作から問題意識を的確に読み取っている事は判る。
  原作の随所を頁指摘で紹介している。長崎地方の村役が英国艦の跳梁を「海賊の建てた国」という会話文も紹介している。
 これは国防論と言う項目に出ているが「国崩し」と仇名された戦国期の時代遅れの大砲で対抗したりする箇所も抜粋している。
  オランダ将軍のデ・ロイテルの後裔がジャン・セニウス派の僧かもとの深読みなども読ませどころなのに素通りされそうだ。
  黒い眼帯のカリブの海賊は漫画のキャラクターだ。その同時代の鎖国日本を書き連ねるなら読ませる工夫は必要だろう。
  ましてや、ナポレオン解説に熱中してマルクス引用までしている。ここでは過剰説明好きの中村氏が端折った紹介をしている。
  原作の時代背景19世紀半ばがマルクス活躍期から話が弾んでいく。茶番な事件として事例として挙げたかったのだろう。
  二度目は茶番と言ったマルクス言説の真意は歴史の螺旋発展なので、二度目を時代遅れのずれた登場で茶番だとしている。
  再起したナポレオンの百日天下は悲劇でも時代が変わった頃のナポレオン三世は喜劇でしかないと指摘したのだ。
  産業革命後に、労働者階級が成長する前の時期の社会混乱に活躍したルンペンプロレタリアートの役割を位置づけている。
  組織労働者が社会変革・革命の担い手になるというマルクスの革命論は予言的な部分もありその後世界史が検証中である。
  フランス革命を描いた絵画中のルンペンプロレタリアート群像。そしてフランス革命の到達点とその後の歴史。
  中村氏は開国時代の日本と、地球の裏側の西欧の近代化時代を同時に取り込む視点で読書を行っていると感心している。
 《参照:外狩雅巳のひろば》     

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「詩人回廊」は文芸同志会員がつくる自己専用庭でできています。連絡所=〒146−0093大田区矢口3−28−8ー729号、文芸同志会・北一郎。★郵便振替口座=00190−5-14856★