2009年01月

2009年01月31日

ひと目を偲ぶ

いつだったかテレビで「おみかんが大好きなワンちゃん」の様子を放映していた。抛られたお蜜柑を空中で受け止めておいしそうに食べていた。
珍しいらしい。
ぴょんきちさんも実は大好きなのである。
食べていると寄って来て、じっと見つめる。
それだけなら良いが、足許には大量のヨダレが池を作る。胸もとや前脚にも糸を引いて流れ落ちる。口許からもツララのようにぶら下げた状態のワンちゃんに見つめられながら平然とお蜜柑を食べ続けるのは難しい。第一後始末が厄介である。胸によだれかけでもかけてやってから食べ始めるということも考えたが、それよりも手軽な方法としてこっそり食べる、ということに落ち着いた。
何しろ眠っていてもお蜜柑の皮を剥くだけで起きてくるのだから香りが洩れないようにしっかりとドアを閉めて密かにむさぼる。だから我が家では洗面所のゴミ箱に蜜柑の皮が捨てられていることが多い。
お蜜柑を食べるスピードだけは人後に落ちなくなった。

犬と暮らすということは思いもかけない効果をもたらすものである。


おみかん

一房でいいですよ。

2009年01月29日

帽子

漱石先生のお家には随分泥棒が入っているが、夜間や空き巣だけではなく在宅中にもやられている。漱石への来客中に侵入した泥棒が玄関に置いてあるお客様の外套と帽子を取っていったことがあったらしい。
その後が興味深い。
お客様は「外套は良いとしても、帽子がなければどうにもならないので」漱石の帽子を借りて帰って行った、ということなのだ。
そうだったのだ!
外套はなくとも帽子なしで外を歩くことはできなかったのだ!

明治時代である。
男性が帽子をかぶるようになってそれほど長い時間が経っているわけではない。こうも速く習慣として定着したというところがすごいと思う。
確かに昔の絵を見ると、着流しにかんかん帽を被っていたり、小僧さんが前垂れに鳥打帽、鹿鳴館あたりではシルクハット。フロックコートに山高帽、スーツにソフト帽とさまざまだ。着物にインヴァネスという姿でも帽子をかぶっていて、それがなかなかいい。「山高帽」というのは内田百里涼司圓澄
漱石先生は原稿料でパナマ帽を買ったらしい。かんかん帽を被っている写真を見たこともある。
やはり帽子は必需品だったのだ。

ローレンス・カスダンの名作「白いドレスの女」にも帽子が登場する。
中原中也君もかぶってをる。そう。森茉莉の名エッセイ「父の帽子」。

帽子をかぶった男の人が、別れ際にちょっと帽子に手をやるのはなかなか見良い光景だと思う。

お帽子2

コンテッサ・デッラ・カンタータのこの春のおススメはお花のついたレースのお帽子です。


さっきNHKでお雛様のニュースをやっていた。
お内裏様を「お殿様」と「お姫様」という言い方は初めて聞きました。確かにそうではあろうけれども。
「お内裏様とお雛様」という言い方も少し変だ。「お内裏様」とは二人のことではないだろうか?「男雛」「女雛」が正しいのだろうか?

2009年01月26日

読力

独力、ではない。毒力でもない。
読む力、である。体力のようなもの。
これが最近激減している。最初に気がついたのは「カラマーゾフの兄弟」を数年前に読んだときである。いやに時間がかかり、頭にすうっと入ってこない。登場人物の名前が第三巻に入ってもまだあやふや。
率直に言って、楽しめなかった。
ちょっと集中しにくい環境で読んだせいだと思いたいが、そうではないことはわかっている。そう。「読力」が落ちたのです。
堅くて、筋肉質で、繊維が歯に挟まる、おまけに水分のない本を力任せに読む力が極端に落ちたことを自覚してしまった。以前に読んだことのあるものを読み返すことは何とかなるが、初めての筋肉本がいけません。
セリーヌの「夜の果てへの旅」やダンテの「神曲」、マンの「ヨゼフとその兄弟」、コンラッドもプルーストも読まないまま死んでいくのだろう。
でも、読みたいです。


あかずきんちゃん2

BlogPaint

カッターハウスでは映画「赤頭巾ちゃん」の上映会をいたします。
会員の方、または会員の紹介の方に限ります。
お子様とご一緒にぜひご来場下さい。

出演:ぴょんきちさん 他

2009年01月23日

結婚を後悔する時

結婚している。
結婚したことを後悔することは多々あるが、それにも二種類あって、結婚そのものをしないで、自由な独身の身としてキャリア?を積みたかったなあ、と思う時と、結婚したならしたでよいが「一体どうしてまたこの人と?」と思う時がとがある。
よほど相性が悪いのである。夫とは。

例えば食事をしているとき。
ラジオから流れている曲が気になるわたくし。しかし夫ともなんということのない会話を交わしつつ耳の三分の一はラジオに向けている。曲が終る。
そして、たとえば「二十日ネズミ作曲『かたつむり音戸』をお送りしました。演奏は象さん指揮の猛獣島交響楽団でした。」とアナウンサーが言うとしよう。わたくしは聞き漏らすまいと咀嚼も控えて耳を澄ます。と、夫が突如口を開く。「むにゃむにゃがうんたらかんたらして、どうこうっだったから、なんだよねぇ。」と大音声で語り始めるのである。またそれが狙い済ましたように「二十日ネズミ」の「ハ」で始まり猛獣島」の「ま」で終る。
せっかく澄ました私の耳には「...交響楽団でした。」しか聞こえない。

そんなに器用なわけがないからわざとではなさそう。だからこそ処置なしなのである。

こんなことがしょっちゅうある。

聞くところによると、わたくしの友人知人の家庭でも、これに類したことは頻発しているらしい。

困るのです。






2009年01月20日

バラク君からの招待状

アメリカ在住の友人のところにバラク君から招待状が届いた。就任式へのそれだ!!その前には『あなた』のおかげで当選できた。国を良くするのにも『あなた』の力が必要だ。これからも協力をお願いするという意味のことを話している動画が配信されていた。ニクイ。
金の押印(というのか?)のある立派な招待状で友人は「額に入れて飾っておくのだ!」と嬉しそうだ。DCへは行かないらしいが。

オバマ新大統領への期待はすさまじいと言ってよいほどのレベルに達している。
常に国民のほうを向いていると思わせてくれる言動。変革は「あなた」の力で実現できるという強烈なリーダーシップを売り物に、彼はアメリカ初めての黒人大統領になろうとしている。そのこと自体が強烈な『チェンジ』だ。

アメリカの大統領選は長距離競走に喩えられ、実際、キャンペーンの協力者は
"running mate"と呼ばれるらしい。その間候補者は数多くの国民に実際に接触する。
就任式にはこれまた多くの人が参加し、テレビで放映され現実的にはほぼ全国民の目にさらされる。
つまり新大統領にとっては「あなたはこれだけの人の注目の下にこれからお仕事をするのですよ。」とカラダにしみ込ませるプロセスともなる。「めったなことは出来ない。」という事実を怖いほど認識させられるはずだ。バラク君はこれを逆手に取った。つまり、「あなたの協力なしでは立ち行かない。」というメッセージを、不況に苦しんでいる国民に送り、みんなを巻き込むことに成功した。「犠牲なしではここから抜け出すことは出来ない。」と思わせることにも成功した。
見よ!いまやアメリカは今までにないボランティアブームだとか。

わたくしは、完璧な政治形態はないという前提の下に消去法で行けば最後に残るのは民主主義だと思っている。うまく機能すればだが。もう一つあるがそれはナイショ。

日本とアメリカの「民主主義」を同列に論じることは意味がないが、日本の首相も「自分はこれだけの人たちの目にさらされている。これだけに人たちに対して責任がある。」と実感していればその言動も少しは違ってくるのではないかと考える。「地盤」と「党内調整」や「政権奪還」に現を抜かしている他の政治家もだが。

あまりにも「人の良い」認識の上に立っている日本の「民主主義政治」ももう少し「人間は間違いをするものだ」という現実的な視点に基づいた運営をするべきだとわたくしは強く主張したい。



2009年01月16日

このお正月は「翁」を二回観た。
「翁」の度にルイス・ブニュエルの映画を思い出す。教会に礼拝に来た人たちが出られなくなってしまうというあれである。「翁」の上演中は見所には出入り禁止。扉が無情に閉まってしまううとわたくしのような閉所恐怖症兼、広場恐怖症の人間は「ああ。もう駄目だ・・・」と絶望感に打ちひしがれる。そして思い出すのがブニュエルである。わたくしはお正月ごとにブニュエルのことを考えるのだ。


白洲正子が梅若実の聞き書きをした本に、「『翁』に間違いがある年は良くないことが起こるものだ。」という意味のことが梅若実の言葉として書かれている。

今年観た「翁」は両方に間違いが起こった。
詳しくは言わないが、一つは見所では気がつかない人は気がつかないという程度のもの。もう一つは誰でも「ハッ!」とするぐらいのものだった。

今朝ニューヨークでの飛行機事故のニュースを聞いていてこのことを思い出した。
良いことが起こりそうな気はあんまりしない新年だが、幸い死亡者は出なかったというこの事故が今年の「良くないこと」の全てであることを願う。



selber at 11:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) | ビョーキ

2009年01月14日

回復しました!

表示がへんてこになっていた我がブログ。
livedoorのサポートのおかげでご覧のとおり見事に復活!!

サポートを頂いたとは言え、いまだに何が問題だったのか理解はしていない。「タグの閉め忘れ」がある日の記事にあったのでそのせいです、というご返事を頂き、件の記事の編集画面を開き、あちこちいじっていたら直ったみたいだ。タグの閉め忘れ、とは何なのかしら?カテゴリとは違うのかしら?
ともかくも、なんとなくこうなりました。
萬歳!

表題の「回復」
スコット・フィッツジェラルドの奥さんであるゼルダに”recovery"という写真があることを思い出した。
精神を病んでいたゼルダがひとまず回復した時のものであるが、なんと言えばよいのか、うきうきとした心の弾みや、生命の輝き、人生に対する期待やときめきなどが全てそぎ落とされたような顔である。「回復」とは言いながらあまりにも痛々しい思いを抱かせる肖像である。
もちろん回復はしていなかった。後にゼルダは入院中の精神病院で火災に会い焼死する。

わたくしの中ではゼルダと高村智恵子が重なる部分がある。共にある意味における資質には恵まれていたのにそれを実現することができず、自負心や自己表現の衝動と現実との狭間で苦しみ精神を病んでいった。何よりも二人とも、自分の目指すところに近い領域でプロフェッショナルとして活躍する夫がいた。

「世界で一番高い壁。それはプロとアマチュアを隔てる壁だ。」とはスコットが言ったとされる言葉である。



お正月太りの解消にカッターハウスでのトレーニングは如何ですか?

見返り

ウエストを引き締める体操です。
顔と尻尾を別々の方向に向けて三つ数えます。
詳しくはスタジオで!!続きを読む

2009年01月11日

旨み成分

旨み成分、言うまでもなくイノシン酸、グルタミン酸などのヒトが「おいしい!」と感じる成分のことである。発見された当初は世界からは一顧だにされなかったらしいが、今や"Umami"は世界共通語になっているようだ。
グルタミン酸の発見者、「味の素」の池田菊苗氏はロンドンで漱石先生と同宿し、その優雅な生活ぶりを大いに羨まれている。

そう、初めは「味の素」だけだったがその後さまざまな製品が世に出て、「化学調味料」現在は「旨み調味料」がその総合的な呼び名となっている。
テーブルにお醤油と赤いキャップの味の素、が普段の食卓の光景だったのはつい最近までのことだ。わたくしは子供のころ「多ければきっとおいしいだろう。」という考えのもとで何かに思いっきり振りかけ、そのなんともへんてこな味に閉口したことがある。そう、あれは正しく「舌が浮く」味だった。お試しくださればわかります。

その旨み調味料は石油から作られたりもしていたが人体に有害であることが判明し、今は魚や植物、また発酵食品などからも抽出され、世界中で大量に消費されている。その量たるや・・・・

動物の身体はそもそも個体の維持に必要なものを「おいしい!」と感じる機能を持っている。簡単な例を出せば「のどが渇いた!!」という感覚があり、それを苦痛と感じるのは脱水症状に陥らない為に出来上がったシステムだ。旨み成分は蛋白質の一種であり、それを「おいしい」と感じる味覚は、身体の維持に不可欠な蛋白質を摂取するためにある。

旨み調味料は確かに食物の旨みを増す。
「おいしいなあ」と思い、食欲が増し、沢山食べる結果になる。あるいはそれが好物になっていく。
そこに落とし穴がある。
旨み調味料。それはまず単独では使用されていない。「味の素」の成分「グルタミン酸ナトリウム」は聞いたことがあるだろう。「ナトリウム」そう。摂りすぎると高血圧、腎臓病などにかかるあの塩の主成分である。
旨み調味料たっぷりの食物を食べていると、同時に腎臓君に多大な負担を掛け続けていることになる。そして厄介なことには、旨み調味料を摂り過ぎても「摂りすぎですぜ」と教えてくれる機能は我々の身体には備わっていないらしい。それは人類が(全体とは言わない)満腹するまで食べられる状態になったばかリだということからも納得できる。「食べすぎ」を制御するシステムなんか必要ないという造物主様のお考えだったのだ。
外食産業ほとんど全て、出来合いの食品、インスタント食品全てに大量に使用されている旨み調味料のおかげで我々の味覚は鈍磨し、必要以上の食品を摂取してきたここ数十年間の結果が今の「メタボリックシンドローム」であり「生活習慣病」の社会問題化である。

わたくしは旨み調味料を眼の敵にしているわけではない。
だが考えてみようではないか。
「良いものなんだ!」と思い込んで我々ご主人に「食べたほうが良いですぜ」と進言して来た我々の「身体君」達がかわいそうではないか!!彼ら「身体君」は我々の為に仕事をして来たはずだ。それが有害とも知らずに。罪もない「身体君」は今頃「ご主人様、申し分けございません!!」と泣いているだろう。謝らなければけないのは我々ヒトのほうである。

「旨み成分」「旨み調味料」それは姿を変えて我々の生活に隅々まで浸透している。
身体や心の為に本当に必要なのか、不要な機能が満載されている機器を珍しさから、虚栄心から、コマーシャルに踊らされて販売、購入していいないかを考えるべきときに来ている。
媚を売り、媚られるのを喜ぶのはいい加減にしようではないか!!

「メタボリックシンドローム」「生活習慣病」をメシのタネにして悪徳商法を行なっている業者にはもちろん、根本的なことを等閑にして不安を煽る政治にも腹が立つ。



いただきます

腹八分目がおいしいの。




この記事にはきっと旨み調味料の広告が付くのでしょうね。キーワードで自動的に。

2009年01月08日

新製品のご案内

カッターハウス特製抱き枕をご案内いたします。

ご覧のとおりの柔らかさと肌触りの良さであなたに最高の眠りをプレゼントいたします。素材は貴重なポリエステルをふんだんに使用しました。中綿もポリエステルという豪華さ。
ご覧下さいこの色合い!
何にでも合うベージュと、シックなベージュ、そして普段使いのベージュをご用意いたしました。
今回は一点のみの販売となります。
お急ぎ下さい。
お値段は不明です。

新発売抱き枕




モデルさんが使用している品は使い古しのベージュとなります。





2009年01月04日

そろそろエンジン始動 !


お正月休みも今日までです。


おやすみなさい


ZZZZZ...... ?



おやすみなさい2


ZZZZZZ...... !



おはよ


本年もどうぞよろしくお願いいたします。