2009年02月

2009年02月28日

カレーパン

夕方のラッシュ時に山手線に乗り込んだ。
なんだろう、このにおいは?食べ物のようだが・・・
あたりを見回して正体が判明した。
若い女性。長い髪をゴージャスなロールにし、瞼が重たいのではないかと心配になるような付けまつげにマスカラたっぷり。これまた長い爪にネイルアートを施し、ピンクのミニスカートにブーツ。
片手には携帯電話。片手には・・・
カレーパン!
においの元はカレーパンだったのだ!
あの、よくコンビにあたりで売っている、カシャカシャの袋に入ったカレーパンを少しづつ食みながら、だるそうに携帯で話している。長い足なんか通路に投げ出してしまって、まあ・・・。
意中の男性がいないところでは何をしても大丈夫だと思っているのならそれはおぢやうさん、違いますですよ。
人の見ていないところで何をしているかが、十年先二十年先のあなたを作るのです。
十年二十年前にもっとお行儀よくしていれば良かったと反省しきりなわたくしが言うのですから間違いありません。

ところでカレーパンを食べたくなってしまいました。
最後に食べたのは何年前でしょうか?



2009年02月26日

発見!!

お正月に録画したままになっていたウイーンフィルのニューイヤーコンサートをやっと観た。
今年の指揮はダニエル・バレンボイム。なかなかエネルギッシュで結構です。でも。
何かが気になった。
誰かに似ている。
体型もしぐさも。
そう!
マルセル・ダリオ!!
正確に言うと「ゲームの規則」のときのダリオ。あの、「パーティをしよう!」と足をそろえて手を上げるしぐさがバレンボイムの指揮によって浮かび上がってしまった。ああいうジェスチャーはまず日本人はしませんね。
少し調べてみたら、なんと、ダリオはイスラエル生まれのユダヤ人だった。「ゲームの規則」自体が反ユダヤ主義に対する批判になっているのだが、その主役級の俳優がユダヤ人だったとは知らなかった。しかも、ダリオの両親は後に強制収容所で亡くなっているらしい。ダリオ自身は奥さんと二人でアメリカに逃れる。
ジャン・ルノアールに色々と訊いてみたいことができてしまった。
そういえばバレンボイムもユダヤ系と聞いたことがある。
まだ考えがまとまらない。
マルセル・ダリオはパリのキャバレーに出演していたという。「ゲームの規則」での演技の切れと、惚れ惚れするような間の取り方はお客を前にしたライブの経験から来ているのだろうか?この人には俳優としての優れた身体能力を感じる。
実はこの人のことは前から好きでした。
もう少し彼のことを調べてみようかと思う。



on connait cette chansonなんと、夫が「恋するシャンソン」のヴィデオを見つけてくれた!!
毎日観ている。そして、最後のアンドレ・デュソリエの台詞は”Ce n'est rien,tu sais.Tu t'en vas.Ce n'est rien."でした。お詫びして訂正します。
本当に素敵な映画なんですから!

2009年02月24日

お財布の誘惑

誰かのお財布が目の前で大きく開かれたときに、中をちらりと見たいいう誘惑に抗し切れる人はいるのだろうか?

不思議な話だ。
ちらりと瞥見したぐらいではそこにいくら入っているかなどわかるわけがない。
それなのに、なぜ、つい見てしまうのだろうか?「いくら入っているか知りたい。」というようなことではないのだろう。
「人の家の内部には何か心惹かれる風情といったものがある。」というようなことを言ったのは梶井基次郎だが、人のお財布の中にも何か見ずにはいられない風情のようなものがあるのだろうか?

自分でも、「おお、見られている!」と感じることがあるが、東南アジア某国に住んでいた時は毎日覗き込まれていた。だって、お買い物をして支払いをしようとお財布を開けると店員の多くは肩をくっつけて来て、覗き込むのです。今でもそうなのだろうか?見られて困るということはありませんけど。
日本でだって似たようなことはある。先日はクリーニング屋さんに行ってワイシャツの代金を現金で支払おうとしたら、「まだ、回数券がありますよ。」と親切に教えてもらってしまった。「ほら」なんて言って。

不思議。

そして、人様のお財布の中身を見たという記憶はあるにはあるが、一体何が面白かったのかは覚えていない。それなのに目の前でひろげられると、見まいぞ、見まいぞ、と気をつけないと見てしまうような気がする。
わたくしだけではありませんよね?

一度だけ人様のお財布の中身を見て面白かったことがあった!
その人は立っているわたくしの前の椅子に腰をかけて「細かいのがないんだよね。」と言いながら中身をぱらぱらしていたのだ。
三十枚はあったような気がする。
みんなで整列して見てしまった。

面白かった!


台所2

ぴょんきちさんはお勝手でことこといわせると中を覗きたい!という衝動に抗し切れないようです。

2009年02月21日

ドッジボールはお好き?

二種類の人間が存在する。

ドッジボールが好きな人。
そしてドッジボールが嫌いな人。

小学校での体育の時間に、整列して準備体操なんかを終えた後、先生がボールを取り出して「では、ドッジボールをしましょう。」というと目の色の変る人が何人かいたものだ。「血がたぎる」という感じでしたね。あれは。
そういう子は、猟犬のようにボールに向かって突進し、わっしと掴み取り、地響きを立ててドリブルをしながらターゲットを定めて次の瞬間には空気を切り裂かんばかりの弾丸を発射する。こちらはただただ怯えながら逃げ惑うばかり。頭の中は「鼻血。付き指。膝小僧のすりむけ。」などの血なまぐさい恐怖が駆け巡るばかりで、逃げようとしても足がすくんでうまく行かない。味方のボールになってひと安心したのも束の間、うかうかしていると流れ弾にやられる。そしてボールはあっという間に敵方に渡り、また次なる獲物を品定めする血走った眼差しにさらされる。

あの、ドッジボールを楽しんでいる子達の爛々とした眼差しはいまだに忘れられない。

dodgeとは「身をかわす」という意味である。飛んでくるボールからひらりと身をかわして生き残るのがそもそものゲームであるはずだ。しかし、敵が身をかわしそこねるようなボールを投げることが目的となり、更には相手の身体にボールを力いっぱい叩きつけるというところまで行ってしまったのが少なくともわたくしの子供のころの「ドッジボール」だった。
本当のドッジボールは知らないが(日本ドッジボール協会というものがあるらしい。同様の物がアメリカにもあった。カナダでも盛んらしい。)わたくしの体験したようなゲームは、残虐性を助長するだけのような気がする。ドッジボールのせいで球技が嫌いになったという人も何人も知っている。
今でも小学校などでやられているのだろうか?

あなたはどちらですか?
ドッジボールはお好き?

デッドボール、というものもあるようだ。
これは大将が殺されたらそこでおしまい、ということだ。

どちらにしても大嫌い!!!




selber at 22:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)怒れ! 

2009年02月18日

いまさらですが。中川君。

お酒の上での失態を繰り返さないための方法があるのです。
効果抜群。
即時有効。
安価特売。
簡単明瞭。
道具不要。

中川君に「G7における会見には、ロレツが回らない状態で出てはいけませんね?」と訊いたとしよう。「あたりまえです。」と言うに決まっている。
酔っ払い運転をして免許を取り上げられ、仕事にも支障が出た人に「飲酒運転はいけませんよね?」と言えば「そうですね。」と言う。
ほろ酔い加減でメスを握った医師に「手術はシラフでするものですよね?」と訊けば「全くそのとおり!」と答えるに決まっている。

なぜか?

よいか。
順番を逆にしよう。
「会見にロレツが回らない状態で出てはいけない。」と答えたに決まっている人が、酩酊とも取られる状態でプレスの前に座る。
「酔っ払い運転はいけません。」と言っている人が、それをする。

なぜか?

しつこいですか?

知りたいですか?

飲酒をしたからです。

まあまあ社会で一人の人間として仕事をしていれば人はシラフのときは当たり前のことを言う。シラフの時はどんなに頑張っても飲酒運転はできない。物理的にはもちろん、判断力が働いてもいるからだ。
それがアルコールが入ると、ある種の人は判断はめちゃくちゃ、いきなりランボーになったりして周囲も手を焼く。

もうおわかりですね。

中川君は、正常な判断のできるシラフのときに(もしあれば、だが。)自分の重大な責任に鑑み、断酒を実行するしかなかったとわたくしは考える。大臣に任命する前にそれを確約させなければいけなかった。
もし、彼が麻生君の言うとおりの「優秀な人」で国家の為に必要だったのならなおのことである。
彼に自己の職責に対する充分な認識があったのならそれは可能なはずだ。それが出来ないのならビョーインに入りましょう。依存症の専門病院に。

誰でも最初の一杯に手を出す前はシラフである。そのときの判断が大切だとわたくしは思う。
やはり彼は今この重大な責任を全うできる人ではなかったのだろう。

寝る4

自分なりのリラックス方法を持つのも大人の責任ですよ。

2009年02月17日

続々と・・・

何を言う気もない。
中川君。

せめて本当のことを言いましょうね。

非難されるとまずはその事実を否定し、危ないと思うと小出しにして、追い詰められると「ごめんなさい。辞めます。」
これは政治家の常套手段。「あわよくばメソッド。」
あわよくば逃げ切りたい。
あわよくば冗談だったことにしたい。
あわよくば、ちょっと叱られるだけにしたい。
あわよくば首だけはつなげていたい。

このような人材しかいないのでしょうか?

そういえば、野田聖子さんは予算委員会の席で、ちゃんと口に手を当てないでクシャミをしていた。しかも三回。
お隣は舛添厚生労働大臣でした。おいおい。
新型インフルエンザの脅威が叫ばれている今、舛添さんにはしっかりと国民の前で野田さんに注意して欲しかったです。
え?ちゃんとお口にてを当てましたって?
いーえ、いーえ。

お口とおてての間にはかなりの隙間がありました。あれでは何の意味もありません。
ハンカチをプレゼントしたくなりました。

沢山おありでしょうけど。




2009年02月14日

パニック障害に悩むあなたへ

アラン・レネに
「恋するシャンソン」
という映画がある。大好き!!

何を隠そうわたくしはパニック障害の長いキャリアがある。
自己診断ではあるが。
初めは
「不安神経症」
との診断を下していたが、不安神経症が二つに分かれ
「パニック障害」
が生誕したのでわたくしの診断も
「パニック障害」
に昇進した。つまりそれぐらい長いキャリアを積んでいるということなのだ。
朝の満員電車。一つの車両に一人はこれに苦しんでいる人がいるといわれるぐらい
よくある病気なのだ。友人知人にも沢山いる。お休みで成田空港に向かう途中の車内で
発作を起こしてついに離陸に至らなかった元同僚。
内科医のくせに各駅停車にしか乗れない幼馴染み。
通勤途中のあらゆる駅のトイレを熟知していたという元大家さん。
子供の遠足に付きそう度におナカが変になっていたひーちゃんのお母さん。
満員の通勤電車に乗るたびに
「出口に向かって突進したい発作」
を必死でこらえていた過呼吸専門のさあちゃん。
枚挙に暇がない。

「恋するシャンソン」
では
「ディプレシオン」
と言っていたが、鬱というよりもパニック障害です。あの症状は。
最後にアンドレ・デュソリエが
”Ca va passer.Ce n'est rien. Ca va passer."
と囁く。
本当に素敵な映画だ。

パニック障害に悩むあなたは是非是非ご覧下さい。

アラン・レネはそういうつもりで作ったわけではないだろうけど。

ところでこのパニック障害には有効な薬がある。でも、
それを使ってまで直す気はない。
「真っ暗な宇宙に浮かぶ小さな石ころのような地球にしがみついている我々が
何の不安も持たないほうが変だ。」
という意味のことを村上春樹が書いていた。まったくそのとおり。
彼は高所恐怖症らしい。
クスリで不安を一つなくしてもすぐに代りが現れるに決まっている。
そうだとしたらおなじみの不安と長くお付き合いをするほうが
私の好みである。


さて?

物議を醸すだけ醸してロシアへ飛んで行ってしまった小泉君。
与野党共に色々な意見が飛び交っている。

「良くぞ言ってくれた。」
「叱咤激励と思っている。」
「どうして今になって?」

どの意見もごもっともです。

どんな影響があるかも考えずに口走る程度の方ではないでしょう、小泉君は。
「今」を選んで発言したのは充分に考えた末でしょうとも。しかもあの発言の後は報道陣をシャットアウト。何が話し合われたんでしょうか?

身内からも苦言を呈され続けている麻生君。
「ナゼ彼を総裁にしたのか?」
人を見る目を備えているはずのあなた方は長いお付き合いでその人となり、その器、ハラの据わりかた、よおくわかっておいででしょう。それなのに総裁に選んだのはあなた方なりの損得勘定が動いていたからではないのですか?「まずはこの辺で」とかね。
すぐに解散総選挙に行っていればボロも出なかったかもしれない。でも、テキ、つまり麻生君は意外にしぶとかった。総選挙に打って出られないまま暴発し続けた。選んだあなた方もさすがに困り始めた。でも、坊ちゃんは懲りない。

そこに小泉発言。

実はわたくしには一つの仮説がある。このシナリオが正しいのかどうか。楽しみです。




2009年02月12日

HAY FEVER ・枯草熱

「エンテパルテス・ネズウウチ」
1886年にハンブルクのエモモト氏によって提唱された「エンテパルテス・ナーゼツウ」と同一のものであるかはまだ全く不明ではあるが、この症例が最初に報告されたのは
1889年ウイーンであった。その後各国で次々と発症報告が相次いだ。現在は「枯草熱」として認知されている。
現在患者数は世界中で数千万人、日本国内でも数百万人といわれ、WHOでは今世紀中に撲滅すべき疾病のリストに加えられている。ただし生命を脅かす心配はほとんどない。しかし、この疾病から完全に回復したとされる報告はなく、ある意味では人類の平和への脅威とも言える。

症状はクシャミ・ハナミズ・頭痛、倦怠感、微熱、赤目など。急性の怒髪天が伴うこともある。


というのは全くのウソで、"hay fever"とは花粉症のことである。

風邪がなかなか抜けなくて、イラついております。
まさか、花粉症ではあるまいと不安に思いながらこんないたずらをしているのであります。

ところで上記の文の一部が何をもじったのか気がついたあなたは相当の日本映画通ですね。



2009年02月10日

スペイン風邪

土曜日あたりからおかしかったのだが、日曜日にはまごうかたなき風邪引きになってしまったわたくしでした。
寝付いてから今日で三日目です。
珍しいことです。

インフルエンザではなかろうかと心配していたら漱石の「琴のそら音」を思い出した。
婚約者がインフルエンザにかかる。心配する友人に向かって主人公が心配することはない。「咳は少し出るがインフルエンザなのだもの。」と笑い飛ばすのだ!当時はそういう認識だったのだろうか?
インフルエンザは今のほうがエライらしい。

伯母のお舅さんに当たる人は、彼女が嫁いだ時にはもう亡くなっていたというがなんと、スペイン風邪で亡くなっていたのだそうだ。何だか色めき立ってしまった。
鈴木清純の「ツイゴイネルワイゼン」では大谷直子がスペイン風邪で亡くなる。スペイン風邪が身近になった気がする。



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風邪には休養が一番です。