2009年09月

2009年09月25日

期限付き

この世には三種類の人間がいる。

賞味期限を気にする人。
賞味期限を気にしない人。
賞味期限を見ない人。

いつかお客様が見えたとき、大事にしまってあった雲丹の瓶詰めを出したところ、賞味期限が数日過ぎていた。
「これは、ダメ。」
と言ったところ、お客人は
「何言ってるの、大丈夫よ!!
 さあさあ開けていただきましょう!」
と、仰ったので仰天した。

賞味期限の日付の真夜中になると、王宮の階段を駆け下りていくシンデレラのように、美味しいウニがあっという間に細菌の巣窟になるのかと思っていましたよ。
今でも思っている。
したがって、賞味期限が一日でも過ぎているものは食べない。

その時はお付き合いでこわごわ食べて死ななかったが、単なる僥倖だったと確信している。

賞味期限のほかに消費期限というものもあるらしい。これはその期限が過ぎたら使ってはいけません、ということのようだが、わたくしにとってはどちらも同じ。
過ぎたら、捨てます。


賞味期限を見ない人。

お友達は、ご主人の実家では、朝売りに来たのを買って冷蔵庫にも入れないでそこいら辺に置いておいたお豆腐がお夕食に冷奴で出てくると泣いていた。真夏にです。
確かに、その種のお豆腐には賞味期限は付いていない。

あるお家では、わたくしが半年前に差し上げたスモークサーモンがうやうやしく開封されたので、捨てていただくように懇願した。ほとんど喧嘩になりましたね。

こういうパターンは、お歳を召した方に多いようだ。


あと、わからないのが
「開封後はなるべくお早めにお使い下さい。」
という文言。
お早めって、どれくらいなのですか?
誰に訊いても明確な答えは出てこない。
開封後冷蔵庫でどれだけ保つのですか?
多分、常識的な保管期間があるからそのように、あとは知りませんよ、ということなのだろう。

お醤油にも、おそうめんのタレにも、マヨネーズにも、オイスターソースにも書いてある。

困ってしまいますが。



2009年09月24日

「五輪招致へスパート」

 

今朝の朝刊の見出しです。
何でもオリンピック開催地が決定される日が近づいているようだ。
来月の二日ですって。

「東京でオリンピックを開催してもう一度夢を見よう。」
とは石原都知事のお言葉らしい。
ありがたいことです。
都民の夢の心配までして下さるとは。

昨日本屋さんで立ち読みした佐野洋子の本によると、彼女の一番嫌いな写真は宇宙服を着て月面に立っている宇宙飛行士のものだそうだ。

「何しに行くんだ。用もないのに。」
だそうです。

用もないのに行くのはいけないことなのか?
と正面切って訊かれたら
そんなことはありませんよ。
と答えるだろう。
無駄も時には必要です。

しかし。
宇宙開発も、五輪招致もなんとなくウサンクサイ。

日本人宇宙飛行士が宇宙に行くのは、構わない。
でも、そんなに大々的に取り上げるニュースかしら?
それは、とても優秀な方が大変な努力をして手にした役割なのだから、良かったですね、くらいは言って差し上げても構わないが。
基本的には誰が行くかということには興味はない。

毛利衛さんがテレビなんかで話しているのを聞いた時は、「科学は突き詰めると哲学になるのだな。」と大変に面白く思ったが、別に日本人宇宙飛行士だからどう、ということはない。
ある域に達した人のお話は面白い、という意味合いだ。


科学の進歩が人類を必ずしも幸福にするものではないということはもうみんな知っている。にもかかわらず、ポジティブな面だけをクローズアップして、
「さあ。みんなで喜びましょう!!」
と言われると、これは胡散臭いぞ、と思ってしまう。
単にへそ曲がりなだけかもしれませんけど。

オリンピック招致にしても、ニュースを見たり新聞を読んでいるともう、「みんな」のコンセンサスが取れているかのような口ぶりである。
「オリンピックは開催しないほうがよい。」
という意見は言うに及ばず
「それには色々な問題が。」
などとは言えなくなりそうだ。
「みんなそれを望んでいるんです。
 何を言っているんですか。あなたは!!」
と怒られそうな気がする。

おっかない。

招致に成功したら、喜びに満ちた関係者の声や、景気回復に期待する都民の声がテレビや紙面を埋めるのだろう。

それでよいのかしら?

「ここまで来たのだから。」
という意見は、本質を見誤ることに繋がりかねない。

八ヶ場ダムの問題も同じではないかと思う。

2009年09月23日

今いいですか?


電話が鳴るので出る。
「今、忙しいでしょ。」
わかっているのなら掛けないで下さい。

電話が鳴るので、出る。
「いらっしゃいましたか。」
はい。
「よかったぁ〜。
 あのね、」
いるからといってヒマとは限りません。

電話が鳴る。ので、出る。
「お久しぶり。」
から始まってご自分の近況を三十分ほどお話しになってのちやっと、本題に入る。
「あのう、御用は?」
と、お尋ねするいとまも与えてくれない。

「今お話しても大丈夫?」
と仰っていただきたいと思う。

「忙しいでしょ。」
という方は、忙しいのを承知で掛けているのだから、何も言うな!
ということなのかもしれない。

こういう人に限ってお話しが異常に長い。
いつか、あまりの長さに飽き飽きして寝転がっていい加減に返事をしていたら
「あなたの返事のしかたはオバサンみたい。」
と言われた。
わかるみたいです。
泣きましたね。

「今お話ししていて大丈夫?」
と訊かない人は、
「今はちょっと。」
と答えられるのを恐れているのだろうかと思う。

電話はあらかじめアポイントメントを取って掛けるものではない。
いつだって、予告なしに掛かってくる。
相手の様子をあらかじめ把握することは不可能だ。間の悪いときに呼び出してしまうという状況を想定しておくことは必要なのです。
だからこそ、気遣いが必要だと思う。
短く切り上げる用意をしておくとか。
間の悪いときに掛けてしまったなら謝って掛けなおすとか。
だって、わからないのだから、そうなっても恥でもなんでもない。

電話をかけたら、時恰も相手の方のお身内が亡くなって、病院からご遺体を運んできたまさにその時だったということを聞いた。
間の悪いといえばこれほど間の悪いことはない。
でも、
「今お話しして大丈夫でしょうか?」
とお尋ねしたおかげで、それこそ
「今はちょっと。」
という状況だとわかって、お詫びとお悔やみを言って電話を切ったという。
電話という機械の性質上こうなることもしかたがないと思う。
相手だって
「こんな時に。」
などとは思わないはずだ。

自分が相手を困惑させてしまったとことを認めたくないが為に、相手を自分のペースに引きずりこんでうやむやにしてしまうと
「あの人から、また、電話だわ・・・・。」
と、相手をうんざりさせる人間になってしまうと思うのですが。

遠くに住んでいる人と長電話をしたいときには、メールで都合を訊くのは良い方法ですよ。



2009年09月22日

か、または、カ

子供のころ
「蚊に刺された」
とは言えなくて
「カニにかじられた。」
と親に申告していたらしい。

玄関の前で人と話していたら蚊に刺された。
早々に切り上げ、家に入ってムヒなんぞをつけた。
気が狂いそうに脚全体がかゆい。
カユイ!!
寒くなるまで液体ムヒを注ぎかけ、刺された箇所を数えてみたら、右足が十六箇所、左が五箇所。
あまりの痒さに目が回って来る。

言ってはなんだが、これは裏のお家のせいである。

全く手入れをしないお庭には雑草が生い茂っている。
植木屋さんも入らないから、木の葉が重なり合って薄暗い。
おまけにもとは池だったであろう泥沼がある。
どこからが池でどこからが庭かわからないほど、その周囲は湿原化している。
バスカヴィル家の犬がお出まししても不思議ではない。
朽葉に覆われ、コケが生え放題の水溜り。よおく目を凝らすと、季節によっては何かがピンピン跳ねている。
多分、ボーフラ君である。

その池は、我が家との境である塀のすぐ内側に位置しているものだから、我が家の玄関付近は蚊柱が立たんばかりの蚊王国なのですよ。

何とかしてくださいませんか?

まだ、かゆい。
脚が、鬼の持っている金棒のようにでこぼこになってしまった。

痒みとは、痛みの微弱なものと習った気がするが、今では違うものということになっているそうです。
そのとおりだと思う。

これは、痛みではない!!
痛みは掻いたら治りますか??
治らないでしょう。
ほら、ごらんなさい!!

痒みには「引っ掻き反応」を伴う、という公式な見解が出されているそうな。
だから、掻いて良いのです。

でも、あの池は埋めていただけませんか?

ところで昔は蚊に刺されたら血が出ていたと思うが、今は全く出ない。
夫にそう言ったら
「昔から蚊に刺されて出血したことはない。」
そうです。

そうですか?



2009年09月18日

あ、もしくは、ア

エリック・ロメールに「海辺のポーリーヌ」という作品がある。

カメラが、ネストール・アルメンドロス。
ねっとりとした気だるげな色彩が、秋も近い海辺の雰囲気に観るものを誘ってくれる。

好きな映画である。
嫌いな人もいるだろう。
それで良いのです。

アマンダ・ラングレ扮するポーリーヌがアリエル・ドンバル扮するマリオンと一緒に秋も近いノルマンディーの海辺にやって来る。
そこでたまたま再会したピエールが昔マリオンに対して抱いていた気持ちを再燃させる。

みんなでダンスをしに行った夜、ピエールはマリオンに気持ちを打ち明けるが、異国の香りを漂わせる会ったばかりのアンリに魅かれているマリオンに手ひどく拒絶される。
そのときのマリオンの様子は、眼中にない男性に愛を告白されるのはわずらわしいの!といわんばかりです。
いや、そう言っていると思う。
どいてちょうだい!
あっちへ行って!!
という態度ですね。
勿論ピエールは傷つき、腹を立てる。
 
そして
「どうして君は、アプリオリに僕を退けるんだ!」
と叫ぶのです。

「アプリオリ」
そのような立派な言葉をこのようなシーンで使うのか!?
と、大変に驚きました。
哲学の場でしか使われないものだと思っていた!

アプリオリ
「先験的」「先天的」
などと訳されているが日常の生活ではまず、出てこない。
出てきますか?
冗談ならともかく。
英語だと、アプライアリというふうに発音するみたいだ。

ピーエルは学者の卵らしいので、教養もあるのだろうけど。

フランス人の方にお尋ねしたい。
こういう使い方は一般的なのですか?

もっとも、この疑問は、ほとんど意味不明、というか難解な訳語を当てはめて「哲学用語」を作ってしまった日本語の中で生活しているゆえかとも思う。

日常語に具体的な意味と抽象的な意味がある、という考えのほうが少なくとも西洋哲学を考えるには有用と思う。

AUF だってHEBENだってドイツでは子供でも知っている言葉です。





2009年09月15日

ヘタの考え

エコポイントの登録申請がかくも面倒なのはどうしてだろうか?

まず考えられるのは、不正にポイントを取得するのを防ぐため、ということが考えられる。
住所氏名生年月日製造番号に始まる数々の情報の記入を課し、さまざまな書類の原本やコピーを添付させるのは確かに一定の効果は期待できるのかもしれない。
そんな面倒なことをしてまで1万4千ポイントなんか欲しくないやい!と言う人はいるかもしれないですね。

しかし、今回つくづく思ったのは、家にコピー機のない人や面倒な手続きはできれば避けたいと思う人、とりわけお年寄りなどは、結局申請せずじまいになるのではないだろうかということである。
我が家でも、夫と押し付けあって結局わたくしが一時間以上かけて済ませたのだ。夫は、忘れていたようだった。
そんなことでは図書カードが来ても上げないかもしれませんよ。



エコポイントのそもそもの目的を考えたら、もっと簡便にすべきである。
メーカー側で印字済みのカードに店頭で入力してもらうとか。
それとも、エコポイントを謳って商品の販売につなげたら、それで目的は達せられたとか?

誰かがズルをして得するのを防ぐほうが、それの本来の目的よりも優先させられると、このようなアンバランスを生み出すものである。
いけないことをしようとする人は、常に、それを防止しようとする人の先を行っているということをお役人は胆に銘ずるべきである。



昔自動券売機が今ほど普及する前、大阪のどこかの駅に、回数券を買っては切符を買うために並んでいる人たちに売っていたヲバさんがいたそうだ。
回数券を十一枚売ると、一枚分の利益が上がる。
並んでいる人たちは声を掛けられると、待たずに済むとばかりに喜んで買っていたそうだ。
賢いヲバさんだと思う。

ところが当時の国鉄がヲバさんを見咎め、結局追放されてしまったそうだ。

見逃してもよいではないかとわたくしなんぞは思う。

違法行為ぎりぎりのところかもしれないが、誰かに迷惑をかけたわけではない。
色々なことをして身過ぎ世過ぎをする人たちを生かしておく、それが大都会の懐の深さではないのかと思った記憶がある。

ところが、昨日のNHKでその大阪で今、店舗を構えて回数券を切り売りし、大変に繁盛しているというニュースをやっていた。

ヲバさん!
あなたのビジネスモデルが今や先端なのですって!




2009年09月10日

エコポイント登録・交換の方法を教えます

大騒ぎをして冷蔵庫を購入したことはご報告した。

エコポイント対象商品だそうで、9千ポイントプラス5千ポイントがいただけるのですって。
合計1万4千ポイント。
よくはわからないが、嬉しいかもしれない、と思う。

どうりで色々な商品に
「エコポイント対象商品!!」
と大書してありました。
こうすることによって購買意欲をそそると見た。
ナニかわからないがいただけそう!と。

では本題に入ります。

1)保証書を探し出す。
 「配送伝票(お客様控え)」や
 「デビットカードの引き落とし控え」
 「搬入見積もり」
 「領収書」
 「一緒に買ったプリンターの領収書」
 「リットロカメラ独自の保証書」
 「帰りに食べたお夕食のレシート」
 などを掻き分けた中から発掘。

2)コピーを取る。

3)「家電リサイクル券排出者控え」
 を探す。

4)コピーを取る

5)領収書(さっきあった!)もコピーかと思いきやこれはオリジナルに限るそうです。

6)上記の書類を所定の用紙の所定の場所に貼り付ける。
 少しはみ出してしまう。

7)書類に住所氏名生年月日電話番号購入年月日購入商品型番購入商品製造番号
 購入店名購入店電話番号エコポイントのご確認
 を記入。

8)エコポイント交換申請欄を前にして、購入店で利用するか商品券にするかを悩む。

9)やっと商品券にすることを決める。

10)事業者コード商品コード利用ポイントを確認するためにカタログを眺める。

11)三千円以下の図書券には一割分のポイントを上乗せしないといけないと気付いて、怒る。

12)近くのスーパーマーケットでも使える商品券もあることに気付いて喜ぶ。

13)その商品の商品コードが記載されていないことに気づき、イラつく。

14)そのスーパーのサービスセンターに問い合わせようとして10回以上電話をかけても繋がらない。

15)お茶を一服して心を静めた後再度トライし、やっと繋がって有能そうな女性がきちんと答えてくれたので気を取り直す。さすが民間です。

16)コードを記入したは良いが、左詰めにしなかったことに気づき修正。
 
17)無味乾燥な封筒を懸命に探し出す。(craneのはもったいないので)

18)ふと、不安になり、もう一度書類を見たら、署名捺印の欄があることを発見!シャチハタを押す。

19)送り先がわからないので怒りながらカタログをひっくり返してやっと見つける。

20)封をする前だったことに感謝しながら、指示通り書類のコピーを取る。
 
21)封をして、綺麗な切手しかないことを残念がりながら貼り付けて完成。

ひょっとしたら、エコポイントを何かに交換してほしくないのですか?  

selber at 16:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)怒れ! 

2009年09月08日

マメなアルマンド

イタリア人とダンスをしたときには驚いた。

わたくし達の共通語はドイツ語だったが、その、イタリア人ジャーナリストのアルマンド君のそれは片言よりはまし、という程度だった。
ああ、それなのに耳元でささやくのです。

漱石の随筆に出てくる「ペルリの奥さん」の
「あなたよろしい。ありがとう。」、
または、黎明期の翻訳劇「ハムレット」の
「あります、ありません。あれはなんですか?」
を思い起こさせるような調子で、わたくしを見上げつつ(かれは結構小柄だった。)大真面目にとんちんかんな事を言い続けるのでした。
多分、彼の国ではそうするのが礼儀なのだろう。

笑うのをこらえるのに大変に苦労した。
笑ってはいけないのでしょうね。

この話しには続きがある。

ある日、もう一人の級友と共にこのアルマンドの家にランチに招かれた。
言い忘れたが、私たちは語学学校の友人同士だったのだ。

アルマンドは授業の帰りに車で家に連れて行ってくれた。

奥さんが出迎えた。
だって、今朝別れたばかりでしょう?
と訊きたくなるような熱烈的再会光景だった。
強烈なハグの後、ひたと目を合わせ、何事かを熱を込めて囁きあい、抱き合ってはまた離れて見詰め合う。
見詰め合っては囁きあう。
わたくし達がもじもじしそうになってしまった。

大変ですね。
あれが普通なのだろうか?


いい人だったアルマンド。
元気だろうか?



茄子でも煮とけ

「秋茄子は嫁に食わすな」
という言葉がある。
そのいわれについては
「身体が冷えるから。」とか
「秋の茄子はおいしいから。(おヨメさんに食べさせるのはもったいない!)」
「アクがきついから。」とか諸説あるようだ。ほかにもあるがまあ、いいでしょう。

ところで漱石のお父さんは息子に言わせるとケチンボだったようだ。そのくせ「妙に金の貯まらぬ男だった。」そうです。
漱石はお母さんのことは
「品位のある床しい女性だった。」
と言っているのにお父さんには厳しい。
「よくあの親爺のところに嫁に来たものだ。」
とも言ったことがあるらしい。

ふうん。

そのお父さんは歳を取ってからも結構うるさくて、女中さんが
「ご隠居さん。今日のお昼はなんにいたしますか?」
と訊きに来ると、決まって
「茄子でも煮とけ。」
と、仰ったそうな。
本当だろうか?

お茄子の煮たのは、結構好きなのです。

軽くオリーブオイルで炒めたところにおダシを入れ、梅干と一緒に煮て、味醂、おしょうゆで味をつける。
梅干を入れるところがミソです。

漱石先生はグルメを自認していたようだ。

「女子供の喰うものは喰わない。」
と、安倍川餅が好物の鏡子夫人を軽蔑したのに、南京豆が好きだったとも聞いたことがある。
餅菓子とか。

可愛いなあ、と、思う。



2009年09月05日

「お母さんが先!」

買い忘れたマヨネーズを握り締めてレジに向かった。
幸い、誰も並んでいない。
カウンターにマヨネーズを置こうとしたら、わたくしの前に男の子が入ってきて
「ダメ!」
と叫んだ。
あれ?
と思ったら、お買い物を満載したカートがあった。
そうか、ここまでカートを押してきて、買い忘れに気づきちょっと戻ったのだろう、と合点がいった。
わたくしもしたことがある。

すぐにお母さんらしき人も戻って来たので
「並んでいらしたのですね。ごめんなさい。どうぞ。」
と言って、場所を空けようとしたら、そのお母さんは
「どうぞ、お先に。」
と、仰る。
お母さんが言い終わらないうちに男の子は
「ダメ!
 お母さんが先。
 ダメだよ!!」
と通せんぼをする。

なんとなく反射的に
「どうぞ、どうぞ。
 並んでいらしたのですから。」
と、後ろに回ってしまった。

後で考えた。

この男の子はせっかく配慮のあるお母さんに育てられているのに、人に先を譲るという経験を一つしないでしまったなあ。
この先またいつ同じようなことがあるかわからないが、そのときも今回のように
「ダメだよ!」
と言うのだろうか?

なにも考えずに遠慮してしまったが、あの場合はご好意に甘えればよかったのかもしれない。

ところで、小沢氏を幹事長に立てた民主党です。
イメージが悪くなるのはわかりきったことなのに、そこを敢えて行なったというのは、よほどの事情があるものと思う。

レジでの男の子もお手柄を立てたと持っているのでしょうねぇ。