2011年01月

2011年01月29日

「お」番外

昔、親戚のチビに
「大島、新島」
という言葉に異常な反応を示す子がいた。

天気予報で、淡々と
「大島、新島」
と言うと
「あ、おおしまにいじまだって!!」
と、黄色い声を張り上げ、お食事中であろうとなんであろうと跳び上がって大喜び。

ついで
「八丈島、三宅島」
と言おうものなら
「わ〜〜い!
 はちじょーじまみやけじまだ〜〜〜〜」
と連呼しながら狂喜してぴょんぴょん跳ね回り、みんなあっけに取られたものだ。
そのうちにわざと天気予報を聞かせたりして。

どうしてこんな反応をしたのか謎である。
今はどうなのだろうか?

聞いただけで嬉しくなって笑いたくなる言葉があると便利だろうと思う。

「カプッツェ」
を初めて聞いた時には笑いたくなった。
Kapuze
フードのことですね。
そのうちに慣れてしまって可笑しくなくなった。

残念なことだと思う。

そういえば
「マンプフェン」
という言葉は一度で覚えた。
感じがよく出ている。ほっぺたが膨らんでいるような気がする。

これなんかは思い出すと狂喜とまではいかなくとも少し笑いたく、なる。

2011年01月21日

どなたですか?

寒い夜に住宅街をぴょんきちさんと歩いている時などに思い出す。

漱石が亡くなってしばらく経ったある夜に夏目邸に来客があったそうだ。
女中が玄関に応対に出てなにやら話していたが、お客はじきに帰っていった。

鏡子夫人が
「お客様なの?」
と訊ねると、その下女は
「はい。それが先生に会いたいと仰るのです。」
と答えたそうだ。そして
「亡くなられたとお伝えすると、門の外で泣いていらっしゃるのです。」
と、付け加えた。

火鉢を囲んでいた一家は、なにやらしんとなってしまったそうだ。

漱石の子供である伸六は、一人でこっそりと外を覗ってみた。

確かに、薄暗い外灯の下、こちらに背を向けて顔を覆って立っている男がいた。


不思議な話だ。

家に来るぐらいの間柄なら、未亡人に悔やみの一つでも言いそうなものだ。
訪ねてくるほどの漱石のファンなら、亡くなったことは知っているのが自然だ。
亡くなったと聞いて涙を流すほどの人が、どうして知らなかったのか?

寒さをこらえながら静まり返った夜道を歩いていると、その時の月はやはりこのように輝いていたのだろうか、と考える。
その人はどんな気持ちで夏目邸を後にしたのだろうか。どこに帰っていったのだろうか?
角を曲がると夏目邸の門口が表れるような気がする。

あなたは、どなただったのでしょうか?

2011年01月17日

「我が闘争」

あの有名な
「Mein Kampf」
のことではありません。

珍しいことだが、ある人に結構真剣に腹を立てていたらこの本ことを思い出したのでしたよ。

で、本棚から取り出して立ったまま読んだ。
十年以上手も触れていなかったと思う。

幸田文は現代日本語の可能性を一つ開拓した人だと思っていたが、この人もそうだったのだ。

最も適切な言葉を一つ一つ積み重ね、えもいわれぬリズムに満ちた陰影ある文体を作り出す。
すさまじい内容、悲惨な話だが、突き抜けた明るさと、人間をそのまま肯定するおおらかさある。
読んでいておいおいお泣いてしまうほどの場面にも怖いほどの冷酷な可笑しさがあって、なんとも単純ではない。

「人間の本性は善である。」
などとは決して思わないが、愚かしい間違いに対して怒るのはやめようと思った。

人間は、それだけで悲しいイキモノなのだと思う。

西原理恵子の
「ぼくんち」
が好きなあなただったら、必ず
「読んでよかった。」
と、思うはずです。

堤玲子の
「我が闘争」

え?
今は絶版になっているのですか?

残念です。

お貸ししますよ。

2011年01月11日

寒い朝には

今日は忙しい。

まず、カッターハウス特製
「ピョンドロイチン1.05」
を製造しつつ、一方で
「リンゴのコンポート」
を作っているのだ。

ピョンドロイチンはいつかご紹介したように、トリの手羽先を煮込んで作るのだが、ぴょんきちさんのためと称して注文しては、自分達で食べてしまったりしているので、三本しかない残りを調理しております。

「リンゴのコンポート」
は、リンゴを切ってお砂糖をふりかけ、これもただ、煮るだけ。

適当もいいとこなのだが、これが便利なのです。

ヨーグルトは身体に良いから毎日食べたい。
でも、ただでさえ寒い冬の朝に、つめた〜〜いヨーグルトをたべるのは辛い。
そこでリンゴさんの登場である。

このコンポートを一切れか二切れ器にとってレンジで少し温める。
そこにヨーグルトを入れていただくのです。

冷たいヨーグルトがほのかに温かくなり、下からは甘いリンゴのコンポートが出現するという次第。

デザートがない時には、やはり少し温めたコンポートにアイスクリームを添える。
ココアパウダーなんかをふりかけるとお客様にだってお出しできる。

ね?



2011年01月06日

寒中水泳大会

本日は新春恒例の寒中水泳大会です。

まずは、インストラクターであるピョンザーロ・オヨギオーネ先生の模範演技で幕を開けます。

高い1







万雷の拍手の中、りりしい姿ですっくと立ち上がった先生です!

高い2











???

BlogPaint








だって寒いんだもん!!!

2011年01月03日

前開き割烹着

お正月と言えば割烹着である。

着物の上に真っ白い割烹着を着込んで台所でかいがいしく働くお母さんは、日本の女性の一つのイメージかもしれない。
この割烹着はなかなか便利なのだ。
・暖かい。
・着ているものを確実に汚れから守ることができる。
・洗い物の時には袖口を折り上げずちょっと上げるだけで落ちてこないのでセーターなどの袖口が伸びない。
であるからしてわたくしも愛用している。

「クロワッサンの店」
の赤い割烹着。

しかし、どうして後ろ開きなのだろう?
着物でお太鼓を結んでいた時の名残なのだろうが、昨今では必要ないのではないか?
脱ぎ着が不便。
その度に、髪の毛がめちゃくちゃに、なる。

話は変るが夫のネクタイの趣味は、あまり良くない。
いつか待ち合わせをしていたら遠くからピカピカした何かがひらひらと近づいて来る。まぶしいのをガマンしてよく見たら夫のネクタイだった。

買ったばかりだと自慢げでしたね。
しかも、相当お高かったそうで。

その夫はこの頃
「青と赤」
に凝っている。
なんでも青と赤。
困るのです。

去年はガマンしていたが、今年は、もう、いいでしょう。
二部落ちしたのだし。

その夫が買ってきたサッカー模様の大きなシャツ。
これを着るのだそうだ。
地色はもちろん青。
コットン。
女性物。

拝むようにして、着るのは断念してもらった。

没収。

考えた。

袖口を三つ折りにしてざくざく縫い、中にゴムひもを入れた。

胸元にいろんな人がサッカーをしているところが刺繍されている可愛い前開き割烹着のできあがり。

なかなか結構です。