2011年05月

2011年05月28日

肌に粟を生ずる話 −カッサンドラ夫版ー

夫によるとこの話は少々違う展開に、なる。

カウンターの上をゴキXXが歩いていたそうな。
気を利かせたつもりで夫がおしぼりで叩いたらしい。

ちょっと気絶する程度の強さで叩けばよかったものを、
「パンッ!」
と、思わずやってしまったらしい。

おしぼりの下で絶命したゴキXX女史。
ひとまず安心の夫。

と、その死体から・・・・・・・・・
沸き出ずる子孫達。

凍りつくカッサンドラ。

という展開だったらしいです。

お店を出てからわたくしは
「あんなことをするから、いけないのよ!」
と、夫を糾弾したらしい。
そこのところは微かに覚えている。





肌に粟を生ずるお話

まるで梅雨入りしたかのような今日の雨だが、この時期になると必ず思い出すことがある。

あなたがもし、
「ぞろぞろ」
「うじゃうじゃ」
などがお嫌いなのならお読みにならないで下さいまし。

下北沢のとある焼き鳥屋さんで夫と二人、カウンターに向かっていた。
と、わたくしの眼の隅に
「なにか」
が映った。

なんだかわからないが、何か異様な雰囲気である。

動いて、いる。
盛り上がってもいるような。

おしぼりのあたり。

見て、しまった!!

なんと。
そこには、今まさに孵化しつつあるソレらが。

今こうしていてもその辺がカユクなる。

いいですか?
勇気のある方だけ読み進んで下さい。

おしぼりの下から
「ざわざわ」
「ごそごそ」
と、
数え切れないほどのの半透明のソレらが蠢き出てきたのであった!!
うれしそうにわいわいと!!

悲鳴も出ないまま、わたくしは夫を急き立ててそのお店を後にした。

いやもう、泣くことすらできませんでしたね。

おしぼりにくっついていたのであろうか?

お店の人には何も言わなかったのだが、そこはその少し後に閉店してしまった。





2011年05月25日

お頼みしましたっけ?

欲しくもない品を売りつけることを
「押し売り」
と、言いますね?

「買わないと、今使っている物も無用の長物になりますぞ!」
「だから買いましょうね。」
というのは、
「脅迫」
とは言いませんでしたっけ?

そうですね?

NHKの七時のニュースの直前に、いきなり画面が
「ザーザー」と、言い始め、灰色の粒子が飛びかった。

そして程なく
「あなたのご覧の放送はアナログです。」
というサブタイトルが出る。

更にその後に、いかにも無垢を装った、トボケた声で
「早く工事をしなさいね。
さもなくばテレビそのものが観られなくなりますわよ。」
という意味のアナウンスが流れる。

「工事」
っておカネがかかるのですよね?

「地デジ」
ってどんなに良いことなのか知らないが
「そんなものはいりません。」
という人だっているだろう。

選択肢がないということは納得がいかない。
我が家は幸いにしてケーブルテレビに加入しているので特に何もしなくとも良いみたいだが、こういう
「卑しげ」
なキャンペーンには本当に腹が立つ。

一体誰の為の
「地デジ化」
なのですか?


2011年05月17日

アマリリス

残念なことだが、ぴょんきちさんはあまり音楽に興味がない。
バッハもクィーンも同じように聞こえるらしい。

しかし、彼が著しい興味を示す曲が一つだけある。
それは
「アマリリス」

ごはん1






「ラ・リ・ラ・リ・ラリラ〜〜
 シラベハアマリリスヨ〜〜」
 ゴハンガタケマシタヨ〜〜


ごはん2





どんなに眠くとも起きてくる。



ごはん3











絵に描いたような条件反射だ。
いつ頃始まったのか、覚えていない。

2011年05月14日

心はゆうえんち

車内の中吊り広告をぼんやりと眺めていた。

どうも合点のゆかない表現に出くわした。
あなたはおわかりになりますか?

「アッハの森の中
 心はゆうえんち」

西武池袋線の中でした。

「アッハの森」
は、たぶん、
「アッハ」
というヘンな名前の森のことだろうと考える。
「の中」
も、わかる。だが、それに続く
「心はゆうえんち」
が、わからない。

その森に行くとあまりにも楽しくて、心の中が遊園地状態になってしまうということなのだろうか?
かなり独創的な表現と見た。

もう一度心を鎮めて熟読した。

アッハの森の中
心はゆうえんち・・・

わかった!!

「アッハの森の中心は遊園地」
と、言いたいのでしょう?

どこだか知らないが
「アッハの森」
という場所があって、そこの中心は
「遊園地」
だと言っているつもりであろうと考える。
言いたいであろうことを汲み取ってあげれば、ですが。

広告の下三分の一ぐらがイラストに埋まっている。残った空間に、な〜〜んも考えないで、入るだけの字をただただ入れ込んだ結果でした。

あのね。
文章を区切る時にはそれなりのルールがあるのですよ。
日本語だけに限りません。でも、ルールなんか知らなくとも、
「読む人にわかりやすいように。」
という心がけがありさえすれば、もうちっとマシな字配りになるはずです。イラスト以外の空間を言葉で埋めたいのならイラストの配置を按配しなさい。
「読む人にわからなくとも結構。」
なら、それでいいですけれどもね。

ついでに言わせていただくが、テレビやラジオで耳にする話し方や読み方で、
「聞く人にわかりやすいように。」
と配慮している様子も近頃はありません。
ぽつぽつと妙な区切り方をしては、句点の後に来る言葉の一つ目か二つ目の母音に必ず不用なアクセントを置く。キカイが喋っているみたいな引っ掛かる話し方だ。

それはともかく、
「たかが広告」
と言うなかれ。沢山の人の眼に触れるということを考えているのでしょうね?
こういういい加減な言葉使いの垂れ流し(言っちゃった!)が、言葉をないがしろにする傾向に拍車を掛けていることに気がついて欲しいものだ。
いや、これが、言葉をないがしろにした結果なのかもしれないが。

いずれにしても、これを考えて制作した人たちのアタマの中が
「ゆうえんち」
なのでしょうな。

2011年05月12日

そうでした!

この頃
「いよいよ始まったか・・・」
と、思うことが多い。

お友達から電話。
頼んでおいた切符のことで。
「買っといたわ」
とのことでした。それからおしゃべりをする。

「ところであの切符はどうなった?」
と、わたくし。
電話の向こうに一瞬の沈黙が起こる。

とか。

銀座に
「梯子」
という坦々麺のお店がある。ビルの地下にあるカウンターだけのお店ですが美味しいですよ。
そこでお昼を食べてからゆっくりとお茶にしようという心積もりでした。ご一緒した人は行ったことがないと言うのでご案内。

行った。
そのビルはなんだか、暗い。
節電しているせいだろうと思ったが、ガラスのドアが閉まっている。
アヤシイ張り紙がしてある。ガラスに顔をくっつjけて覗き込むと、どのお店も看板すら出していない。
作業服のお兄さんが何かしている。
営業していないのだ。

ふぅ〜〜ん。

仕方ないので別のお店でお昼を食べた。
お茶をいただく時間がなくなってしまったではありませんか。

吉右衛門が着流しの前をはだけて、八橋に切りかかっている時に突然思い出した。

「梯子」
は近くに引っ越したのだった!
しかもわたくしはそこに何回か行っている!!

どうしましょ?
いよいよ、ですか?

吉右衛門はとても良かった。
姿が綺麗で、芸の柄が大きくなった。
凄みがある。

「籠釣瓶花街酔醒」
省略されていた部分を書き足したらしいが、そのせいかどうか、全体としてお話のイメージが掴みにくい。でも、時間にゆとりがあるときはこれでもいいのではないかと思う。
大好きな
「名月八幡祭」
は、あのままにしておいて欲しい。

でも、こういう世話物狂言って、本当に昔のワイドショーだったのですね。

2011年05月09日

いいんです

いつだったかきょうだいの一人に、お誕生日のプレゼントを贈ったら、母が
「まあ!
 ワタシなんか、そんなことをしてもらったことはないわ!」
と、言ったそうです。

お母さん・・・・・。

いつだってカッサンドラからは貰っているだろう!
と、追及された母は
「言って見たかっただけなのよゥ。」
と、申しましたそうで。

この一件は、わたくしの耳には入れて欲しくなかった。

そう。
お誕生日、母の日、父が健在の頃は父の日、結婚記念日、クリスマス、と、忙しくプレセントやメッセージを送っていた。
今は、母の日と、お誕生日。年末。

母はプレゼントを貰うのが大好き。
でも、人のお誕生日なんかはまるで念頭にありません。
プレゼントはおろか、
「お誕生日おめでとう」
すら言ってもらった記憶がない。
命日も苦手。
忘れている。
年のせいではない。
昔から。

けれども時々思いついて、途方もない物が送られて来ることがある。
途方もないもの。
色々な意味で、です。

だが、彼女は貰い上手だ。
本当に喜んでくれる。
色々と考えると
「今年はよそうかな。」
と思うこともあるが、喜ぶ姿を思い浮かべると上げてしまう。そして
「やはり、プレゼントはするものだな。」
と、思う。

折角上げた物が忘れられて
「これしか、ないの。」
「あるだろう!
こないだ上げたのが!!」
と、絶叫したいことが頻繁にあっても。

今年は、忙しすぎて、カードだけになってしまった。

プレゼントはまた、いずれ。

2011年05月07日

何か?

大分前のことになるが、ある駅で新幹線を待っていたら突然クロイ服の人たちが出現した。
沢山沢山現れてホームに整列している。
全員漆黒のスーツ。スーツとシャツとネクタイがみんな同じような色で渾然一体となっている。
リーゼントみたいな髪型。
先のとんがった、靴。
サングラスの人たちもいる。

近づかないほうが良いと思わなくもなかったが、そこはわたくしの乗る車両です。
少し後ろに下がってうつむいていた。
逃げ出しては逆に、ナニか言われるかもしれないし。

異様な雰囲気。
ホームに黒い雲が立ち籠めたような感じですね。
妙に統制の取れている感じが却って、不気味。

そこに登場した人物は、紺のブレザーにグレーのフラノのパンツ。
普通の人、に、見える。
黒服連中はいっせいに深々とお辞儀。

ブレザー君はやって来た新幹線に乗り込んだ。
着席する。
黒服連はきんちょーして整列。
お見送りの体制。

わたくしは、その次に来る新幹線に乗るので、そのまま同じところで立っていた。

と、ブレザー君が手招きをして、にやりと、笑った。
わたくしに向かって、です。

黒服連はザッ、とこちらを見る。
一陣の風が吹き起こるかと思った。

恐怖で動くこともできないわたくし。
ブレザー君はまた笑った。

いやはや。
おっかなかったです。

何だったのでしょうね?
同じ電車ではなくて本当に良かったです。

2011年05月04日

で 其二

鳩は平和のシンボルらしいが、鳴き声はくぐもっていてあまり美しくない。

子供のころ鳩の鳴き声と、その姿は結びついていなかった。

近所に
「ジュンちゃん」
という遊び仲間がいた。
ジュンちゃんは子供のくせに結構ハスキーな声だった。
「遊ぼう!」
と、玄関からダミ声がすると、母はよく
「ほら、デデッポッポが来たわよ。」
と、言ったものだ。

「デデッポッポ」
というとジュンちゃんを思い出す。

「春と修羅」
なんて知らなかった。

葉の沢山生い茂った高い木の、深々とした影のどこかから鳩の鳴き声がしていた。
わたくしは鳥の声とは知らずにそれを聴いていた。

風に木の葉が揺れて太い幹に模様を作った。
ふと、それが、何かのイキモノのように思えた。

あの、重い声の持ち主はあそこにいるんなだなと思った。