2011年08月

2011年08月28日

昨夜は秋田大曲の花火大会を中継放送していた。

それぞれに力を尽くした花火が次々と打ち上げられ、実際に見るのには及ばないながらテレビでも結構楽しめた。

花火、大好き。

あの、全世界が音だけになる轟音、夜空いっぱいに拡がり、やがて消えてゆく彩り。
一瞬それだけが全てに、なる。
そして、目が覚める。

遠い花火も好き。
音もなくすうっと上がって行き、誰にも気づかれないまま消えてゆく遠花火。

花火といえばいつも芥川龍之介の
「舞踏会」
を思い出す。

鹿鳴館の露台から花火を眺めている仏蘭西人の海軍士官に
「某家の令嬢、明子」

「お国のことを考えていらっしゃるのでしょう。」
と、尋ねる。
士官は
「私は花火のことを考えていたのです。
 我々のヴィのような花火のことを。」
と、微笑を含んだ顔で教えるように言う。

小さい頃父に
「宇宙って、どんなもの?」
と、尋ねたことがある。
父は
「小さい火花が飛んで、散って消える、そんなものかもしれないよ。」
と、言った。



2011年08月27日

科学に後戻りはないか?

八月五日の日経新聞に掲載された吉本隆明の発言については、色々な意見が出ている。

立派な方々がそれぞれの知識、理念に基づいておっしゃっているので、改めて付け加えることは、
ない。

ない、が、言いたい!

「科学に後戻りは、ない。
「それは人類をやめろということに等しい。」

詭弁である。

科学に後戻りはないのは自明のことである。
人間として生まれてきたからには、考えるのをやめることはできない。
当たり前のことである。

そして、ここまで発達してきた科学が
「これは現段階では対応することが不可能である。」
と、確認するのも
「科学の発達」
の一側面である。

人類として対応できないという判断、それこそが形而下の科学の行き着く最後の領域ではないのか?

そこまで来てしまってさらに
「お金をかけて絶対の安全策を研究するべきである。」
などというのは世迷言でしか、ない。

絶対安全、などは、原発に関してはありえないということがわかってしまったのである。

仮に、お金をかけて
「絶対安全な策」
を研究するということになれば、それは人類を被験者にした
「実験」
となることは必定である。

いや、今までもそうだったのだが。

医学にしても確かにそういう一面はある。
それぞれが
「これこそこの病気を絶滅させる絶対の方法である。」
と確信しては、失敗もした。犠牲者もたくさん出た。しかしその人たちの大部分はは、その時代においては他にも助かる方法がなかったのも現実である。そしてその失敗が、次のステップへの足がかりとも、なった。

しかし、
「放射性物質」
は、想像を絶する規模の壮大な
「人体実験」
となる。
国境を越え、時間を跨ぐ。
今までは一部の人しか意識していなかったその現実が、今回の事故をきっかけに世界中の人に知られることになってしまった。

それでもなおこのような発言をする吉本氏。
どのようなからくりが働いているのか知らないが、これこそが
「科学の堕落」
ではないのか?

ここまで科学が進歩してしまったからには
「人類をやめる」

「人類を滅亡させる」
の選択肢しか残っていないのが人間の宿命だ,という深遠な考察を述べているのならそれはひとつの考えである。

そうなのですか?
そして、その中にはもちろん隆明さんご自身も入っていらっしゃるのですよね?



selber at 09:19|PermalinkComments(2)TrackBack(0)怒れ! 

2011年08月13日

白山のペン

「この人はちゃんとしたお家で、きちんと育てられたひとだな。」
と思うのは、たとえば
・上質のお茶を丁寧に淹れて出してくれたとき。(能書きなしで。)
・頂いたお手紙の封筒に古い切手が貼ってあったとき。例えば十円の上村松園に五十円の鏑木清方そして二十円の岡田三郎助、合計八十円!
などがある。
お手紙は万年筆で書かれている。
「手紙を書くということを大事にしていたお家で育ったのだろうな。」
と、思うわけです。

かく申すわたくしも手紙は万年筆で、書く。
しかし、二年半ほど前急にインクが出にくくなった。

デパートの万年筆売り場を通じて修理に出した。

ペン先の調整と全体のオーバーホール。
加えてぴょんきちさんにかじられたキャップを交換した。

しばらく使っていたが、どうも、書きにくい。

今度は銀座の
「白山」
ショップに自分で持って行った。

指示されたとおりのメンテナンスをしていなかったので、有料の修理、と、相成りましたよ。
加えて
「この次に不具合が出たら、ペン先の交換しか手はありませんね。」
と言われました。

それがちょうど二年前でした。

そして、インクの出は依然として、芳しくない。
書くのがいやになった。
お手紙を書いていてもキシキシ言って、引っかかり、イラつく。
次第にお手紙を書かなくなった。

そして、ついに全くインクが出なくなった。

ペン先の交換しかない。

今までの修理費用と合計すると、めでたく白山万年筆の新品が変える金額をを投入することになる。

覚悟を固めて、銀座へ。

「一日お預かりします。」

次の日再訪。

「お試しください。」
と、恭しく出されたわが万年筆。

すらすらと,書けた。

「ペン先の調整だけでしたので今回は無料です。」

よくわかりませんが、よかったです。
「お渡しできるようになりましたらご連絡します。」
と言っといて忘れていたのは、まず、許すとしよう。

万年筆、という訳は、かの、漱石先生ですね。
名訳だと、思う。

時々
「まんねんふで」
と、ルビが振ってあったりする。



2011年08月11日

父や母のそばにくっついていることが多かったため、変な言葉を知っていた。

ある時
「サシオサエって、どんどん入ってきては紙をべたべた何にでも貼ってしまうんですってね。」
と、大人が言うのを聞いた。

ふうん。

その後我が家に届いた一通の文書。

「支払いがなければ差し押さえ・・・・」
という内容だった。

父はそれを見て渋い顔をしていた。

「全くお母さんは。
 国民の義務ではないか。」

わたくしは、知らない人たちが家にどんどん入ってきて、赤い紙をばさばさと拡げ、糊を使って本棚に貼り付けるのを想像した。
なかなか楽しそうな光景だった。

しかしそういうことは起こらなかった。
本当に、いい加減な母でしたよ。



2011年08月08日

「飛行機こわいね。」

広島の原爆記念日に続き長崎への原爆投下の日が来る。

いつか、大陸からの
「引き揚げ」
について話してくださった方がいた。
ご主人とは別々に、お子さんを三人連れて、いつ来るかもわからない汽車を待ち、港では、餓死した人が放置されている部屋に寝み、すし詰めの船で帰国したそうだ。
汚れたオムツは、洗濯なぞできないので、汽車の窓にぶら下げて乾かしてまた使ったそうだ。
お子さんの一人は、そのときの無理がたたって帰国後に亡くなったということだった。

そのときその方はまだ二十台の半ば。

本当に悲惨なお話に、返事もできず、ただ、頷くばかりだった。

そしてその方はこう言った。
「こんなことを話してもお分かりにならないでしょうけどね。」

なんともいえない気持ちになった。

人間は他人の体験を、その人と同じように
「わかる」
ことはできない。
でも、そうだからといって、話してくれないと何もわからない。
「わからない」
ということすらわからない。

NHKの
「ヒバクシャからの手紙」
を観ていた。

「おかあちゃん、飛行機こわいね。
 お水おいしいね。」
と言って亡くなった四歳の子の話は、思い出しては号泣してしまう。
でも、その子の気持ち、お母さんの気持ちはわたくしたちには
「わからない。」
体験していないから。
その人ではないから。

「わからない」
けれども、その人たちの失ってしまったもの、今、わたくしたちが当たり前のように手にしているもの、について考え、
「わからない」
ということを自覚しつつも、話してくれた人達の気持ちに沿って生きていくことはできると思う。

そうしなければいけないと思う。



2011年08月04日

白紺病

夫には内緒だが

・リネンのブラウス(前ボタン、白)
・リネンのブラウス(かぶり、白)
・カットソー(白とネービーのボーダー)
・コットンリネンのニットのボートネック(ネービー)
・ポロシャツ(白)
・ポロシャツ(ネービー)
・Tシャツ(ネービー)
・長袖シャツ(白)
・ボートネックのカットソー(ネービー)
・Tシャツ(白)
・リネンのプルオーバー(ネービー)

思い出すままにざっと書いてみた。
この夏に買ったものでございます。

なんかヘンな気がする。

大丈夫だろうか?



2011年08月01日

八月のカッターハウス

今年もお待ちかね
「カッターハウスのスイミングスクール」
を開催いたします。

今回は特別プログラムとして
「陸スイム」
を取り入れました。

お水が怖くて泳げない方には、まず床の上で
「ヴァーチャル・スイミング」
を体験していただきます。swimming1
最初はこわごわでも、

swimming2
次第に自信満々。

コース終了後にはあなたも必ず
「本水スイム」
に進級できます!

メンバーズ・カウンターで受け付けております。お急ぎください!!