2012年03月

2012年03月23日

2011年10月10日(月)−続きー

当面の処置としては、まず、痛み止めを投与することが必要だと、ドクターは言った。

「びっくりするぐらい元気になります。」

そして、紹介してもらっている大きな病院でもう一度検査をして、手段を講じることがベストだという。

遠いところでドクターの声がするのを夢の中の出来事のように聞いていた。

「骨肉腫」

手術ができる状態ならば、そうする。
「輸血も必要になるかもしれません。
 いっぱい血が出るはずです。」

手術が不可能なら
「痛み止めを投与し続けます。
 できるところまで。」

「安楽死も視野に入れるのですね。」
これは、夫の声らしい。
「そうですね。」
と、ドクター。
「放っておくと、骨がぼろぼろになって痛みは極限になります。
 できることなら、手術をお勧めします。
 手術が可能だとよいですね。」

ぴょんきちさんが、尻尾を振り振りお隣の部屋から出てきた。

痛み止めの注射を打ってもらい、明日以降の錠剤を頂いて、帰宅。



2012年03月18日

2011年10月10日(月) 

お散歩の途中で全く歩けなくなってしまったぴょんきちさんを、夫は抱えて帰ってきた。

予約が入っていたので、病院に連れて行きでエコーとレントゲンを取ってもらった。

夫は、ぴょんきちさんの胸の脇、ある箇所に触れると、すっ、と逃げるので、そのあたりをよく診てほしいとドクターに伝えた。
今までは手足しか診て頂いていない。

しばらく時間がかかるというので預けて一旦帰宅した。

三時過ぎに迎えに行った。
ドクターが迎えてくれる。
ぴょんきちさんに会う前に結果を教えて下さるという。
心配そうなわたくし達に向かって
「今は元気ですから。」
と、おっしゃるが、結果は予想もしていないものだった。

エコーの映像には、肋骨の内部にある大きなカタマリがはっきりと映っていた。
直径は15センチほどらしい。
その一部が接している肋骨の部分が、ぽつんと黒くなっている。
圧迫されているのか、その肋骨はいくらか膨らんでいるように見える。

肋骨から発している腫瘍だろうとドクターは言った。
外に出ないで、内側に向かって大きくなっていたのだった。
この大きさになってしまったら、心臓や肺を圧迫しているだろうとも言った。
モノスゴク痛むはずだとドクターは言った。

食欲がなかったのは、この部分が痛むせいだったのだ。
歩けなくなったのもこれが痛かったからなのだ。
触るとすっと避けたのもこれが痛んだからなのだ。
シャンプーのときにバスタブに入れようとして抱えられると、これに当たって痛かったので暴れたのだ。
夜中にがばと立ち上がって震えていたのも、怖いほど痛かったからなのだ。
全ては、痛かったからなのだ!
モノスゴク痛かったのだ。
言ってくれたらよかったのに・・・。

じいっと我慢していたのだ。




2012年03月16日

NHK BS 歴史館

「古代都市ポンペイの真実〜新発見!54体の人骨の謎〜」
観ずばなるまい。

ベスビオ火山の噴火によって廃墟になってしまったポンペイで、最近になって地下室に54体の人骨が見つかった。
「実は生きていた人たちがいたのだ!」
ということです。
思わず身を乗り出してしまうテーマではないか!

つまらなかった。

噴火が始まってから急いで地下室に逃げ込んだ人たち。
興味は
・その後はどうなったの?
・どんな人たちだったの?
・その発見によって明らかになった事実とは?

というあたりだろう。

でも。
その人たちは
「生き残った」
わけではなかったのですね。
火砕流が真上を流れて行き、地下室に封じ込められて亡くなった、のですよね?
確かに火砕流に直撃された人たちより少しは長く生きたかもしれないが、それを、
「生き残った」
と、言うかしら?
それにしても熱かっただろうな。
どんな人たちだったのかについても、二、三の例が挙げられただけ。貴金属や宝石を身に着けていたらしい、ということ。
「明らかになった事実」
にしても、
排泄物から当時の食生活を推測する手法は、54体の人骨の発見を待つまでもない。

お話が
「ローマ帝国はなぜ繁栄し、どうして滅んだのか?」
に、なってしまい、ポンペイでの大発見!からは離れてしまった。
それならそれで結構なテーマだが、そういうタイトルにしてほしかった。

結論が
「今を楽しく!」
なんて、あまりにも通俗的で、悲しい。

BBCの番組を観ていないから何とも言えないが。

それから
「ニーズと、デマンドが一致した。」
のですか?
キリスト教が、人々にとって客観的に必要なものとなり、同時に人々に要求された、ということなのですか?
ふうん・・・。


2012年03月06日

引用は難しい!

昨日の日経新聞に
「平成の天皇像 継承の時期」
というタイトルのコラムが掲載されていた。

今上天皇は、昭和天皇とは違う
「国民に尽くす」
という信念のもとで努力を重ね、現在国民が持っている敬愛の念を獲得した
という内容である。
そしてその
「天皇像を次代にいかにして引き継ぐかを考える時期に来ている。」
と、結んでいる。
そのこと自体には異議は、ありません。
大いに考えましょう。

今回のご病気手術をそのきっかけにしましょう、というのがこのコラムの趣旨だろう。

はい。

筆者は、持論を展開するに当たって漱石を引用している。
「皇室は神の集合にあらず。近づきやすく親しみやすくしてわれらの同情に訴えて敬愛の念を得らるるべし。それが一番長持ちする方法なり。」
の部分である。
そして、
「畏怖の感情だけを押し付ける明治天皇のあり方を批判した。」
と、説明を加えている。

漱石はこの文を明治の最後の年、行啓能に出かけた際の日記に書いている。
天皇陛下がご覧になるお能ですね。

この文で漱石は明治天皇その人については何も述べていない。
周囲の
「陪覧の臣民ども」
についての苦々しい思いを吐露している。

詳しくは漱石の日記をお読みいただくしかないが
「平成の天皇像」
について述べるときに
「あの漱石は、畏怖の感情だけを押し付ける明治天皇のあり方を批判したんですよ。」
と言われても
「はあ。それで?」
と、なりそうな気がする。焦点はどこにあるのでしょう?
わざわざそんなことを言う意図は何なのですか?
わからない。
第一に、漱石はそんなことは一言も、言っていない。
優れた文明批評家でもあった漱石がここで述べているのは
政府や
「宮内官吏」、および、
「臣民」についてである。

今上天皇のすばらしさについて語るときに、明治の官吏や国民、そして
「上流社会」
の今と変わらぬ惨状を嘆いている文を引用されて漱石先生は何と思うだろうか?

「このコラムを書いた方はあまりちゃんと読んでいないな?」
と、思ったりして。

そうそう。
「莫大小」
わかりましたか?

答えは
「めりやす」
です。
ジャージーですね。
マドモアゼルはそれまでに下着にしか使われていなかったジャージーをお洋服に使用しました。
と、いうことでした。

2012年03月05日

2011年10月9日(日)

わたくしは朝から所用で外出していたが、午後帰宅するとやはり一日元気がなかったとのこと。

病院に検査結果を聞くために夫が電話をする。

「膵炎ではない、ということですね。」
と夫が言っているのが聞こえて、途方にくれる。

何なのだろう?

もっと設備の整っている病院で検査をした方が良いとのアドバイスを頂き、紹介をお願いする。

ただ、すぐに予約が取れる可能性はきわめて低いので、それまでの間にもう一度時間を掛け、範囲を拡げ、しっかりエコーを取って見たいと言われたので明日連れて行くことにする。
ドクターの頭に中には既に何か仮説があるのかもしれない。


六
いないと思ったら、寝室に上がっていて、ベッドの下に顔を入れてじっとしている。
心配で仕方がない。
どこか痛いのか、苦しいのか。
口がきけたらよいのに。



2012年03月03日

「莫大小」

さあ
クイヅです。

何と読むでしょう?

ばくだいしょう?

違いますね。
そんなだったらクイヅになりませんしね。

ヒント
ファッション用語です。

更にヒント
シャネル
ウイ、マドモアゼル・・・。

もうひとつヒント
「莫」

「非ず」
の意味です。

そう。
「大きくも、小さくもない?」
そう。
「大きい小さいかんけーない」

以上です。

正解?
教えてあげないよん。

多分、明日ね。

2012年03月02日

2011年10月8日(土)

夜中にふと気が付くと、ぴょんきちさんが立ち上がっている。
尻尾を後肢の間に挟んで四本肢を踏ん張って直立の姿勢なのだ。
なでてやると、身体を押し付けてくる。
そのまま、自然に横たわるまでなで続ける。

やっと寝たようなので、静かに離れ、ベッドに戻る。

少しするとまた、
「がば」
と立ち上がる。
なでる。
寝る。
立ち上がる。
一晩中これの繰り返し。
おびえているのだろうか?
五
絶食中なので無理もないが、本当に元気がない。
「どうしちゃったの?」
と、抱きついても、うつろな目をしたまま寝ている。
呼吸が荒いので、首に保冷剤をつけてやる。

御用は外でしかしないので、そっと、お散歩に連れて行く。

肢を拭いてやるときには、玄関の壁に寄りかかってやっと、立っている。
何だか震えているようでもある。

BlogPaint
やっとゴハンのじかんになり、ベッドでお食事。
夫が急いで買ってきた
「あいあんばろん」
の無圧マット。
三
お豆腐やお肉の煮たの、お粥など。

四
食べてくれたので嬉しい。
これで元気になると良いのだが。

。一
そしてまた、うつらうつらしている。

明日は電話で検査の結果を教えていただくことになっている。



2012年03月01日

万事につけてマイペースな母は、三月三日になってから
「ねえ。
 お雛様出さないの?」
と訊かれ
「うちは旧でやるからいいの!」
と、一蹴した。

きゅう・・・
そうか。
と、一応は納得したわたくし。

それから少しして、家でシズカちゃんと遊んでいたとき、ふと、壁の日めくりカレンダーを見ると
「九」
の字が。

「大変だ!
 お雛様を出さないと!」
と、叫んだわたくしに呼応して、シズカちゃんも
「あっ、本当だ!
 大変大変!」
と、大声を出した。

勢い込んで母に報告して、また、一蹴された。