2015年02月

2015年02月28日

判断基準

先入観にとらわれて判断を誤る人間ではない。

偏見に基づいてモノを言うようではいけないと、思っている。

自分の価値観が唯一最高だとは思わない。

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時々行くラーメン屋さんの前を通った。
配達用のバイクが止まっていて、その前にしゃがんで手入れをしている人がいた。

いつものおにィさんだろう。
威勢がよくて、気持ちの良いご挨拶をする人だ。

「こんばんは。」
と声をかけたら、振り向いてこちらを見上げた。
なんだか無愛想だ。
ヘンだ。
一瞬だけ怪訝な顔してからその人は
「こんばんは。」
と、ぼそっと挨拶を返してくれた。

その場を去りながらわたくしは夫に向かって小声で言った。
「おにィさん、どうしたの?
 何か変だった。
 いつもと違うわね。
 顔も、声も。」

「顔も声も違うのなら別の人間ってことじゃないのか!」
と、夫は、言った。

そうだったのね。



2015年02月25日

ぴよぴよふうちゃん

親戚のふうちゃんがまだ小さくて可憐だった頃。

わたくしは生意気な、なりたての大学生だった。
自信があり、希望に満ちて、エラかった。

生活に埋没している大人なんて、散々世話になっているくせに、歯牙にも掛けなかった。
当然ながら、ぴよぴよ言っている子供なんぞに興味は、ない。
ないどころではなくて、
「ああ、ウルサイなあ。」
「甘えてばかり。」
などと思っていた。

いえ、もちろん
「かわいい!」
と思うこともあった。本当ですよ!

「かわいくない」
とか
「にくたらしい」
ではなくて、
「無関心」
というのが近い。

このふうちゃんは、すぐに、泣く。

ちょっとからかうと
「え〜〜〜ん」
と、泣きだす。
面白かった。
遊びで、よく泣かせた。

そしてこのふうちゃんは、語彙がまだまだ不完全、という最高の取り柄を備えていた。
わたくしが、お夕食ができるまでの退屈しのぎにちょいと泣かせると、期待に応えて
え〜〜〜ん
と、言ったのち、母親に向かって
「カッちゃんに、しかられたぁ〜ん!」
と報告してくれる。

本当は
「叱られた」
のではなくて
「いじめられた」
が、正しいの。

悪かったと思っている。

ふうちゃん
今や堂々たる大人だ。
このことはヒミツにしておく。



2015年02月22日

あなたのことは、いいのです

夕方からお夕食の後片付けが終わるまでの間、食事の時間以外はわたくしの
「ミュージカル・キッチン」
ではNHKのFMが流れ続けている。

番組名はあまり気にしない。
気にするのは
「内容」
だが、まあ作業をしながら聞くのであんまりウルサイことは、言わない。

でも。
気になる。

とある、新人を紹介するクラシックの番組の
「支配人」
と称するお方。

「ちょっとピアノをたしなむ」
と、仰います。
「ちょっと」
だったか
「ちょっとだけ」
だったかは、どの程度を指すのか詳らかにしないし、興味もない。
そんなことをわざわざ言う必要があるのかも明らかでは、ない。
しかし、演奏者にインタビューする時の様子が気に、なる。

私はすべて、わかっています。
まず、私の言うことを聞きなさいね。
はい、はい。そうおっしゃるのですね、でも、私の言うことの方が大切よ。
あなたは、私の質問に、答えていれば、いいの。
はい。そこまで!
で、私が思うに。

という意気込みが手に取るように伝わってくる。
万事この調子。
答えをまず設定してある質問ばかり。

この方がお話しているときは耳にフタをするカッサンドラ。

不愉快なばかりか、不思議に思ってNHKのサイトで調べてみました。

「ちょっと」
どころではないピアノのキャリア。
あふれ出る優越感も、納得がいった。

納得はしても、不愉快さに変わりはない。

一体どういう理由に基づいた人選だったのだろう?



2015年02月21日

夢破れて

二年という月日が
「信頼が裏切られた」
と、訴えるに足るお付き合いの期間かどうかを、わたくしは、知らない。

でも、今、そう感じている。

評判も芳しかった。
ソフトで、人当たりも良かった。
頼れそうでもあった。

「これなら」
という期待を持ってしまったわたくし。

それが、あっという間に、何の前触れもなく色褪せてしまった。

「騙された」
というほどの被害者意識はないにせよ、
今のわたくしは
「もう、信じない。」
という気持ちでいっぱいだ。

もろくなった細い糸を手繰りながら
「思い切ってしまえ」
と、ささやく自分の声を聞いている。

いえ。
ユニクロのヒートテックですけど。

十年前のシルクの肌着はまだ、健在だというのに。

これだから化学繊維はキライだというのだ。



2015年02月19日

おいでだったね!

高校時代の担任の先生によると、先生のお母様は大変に勘の強い方だったそうだ。
色々なエピソードを聞いたが中で一番印象的だったのが次のお話しだ。

お母様も昔学校の先生だったそうだ。
あるとき風邪を引いて高熱を出し、何日か欠勤した。
夜、熱にうなされていた時、夜中の学校にいる自分に気がついた。
暗くて誰もいない廊下を歩いている。
昔は小使いさんといって、泊り込みの警備員のような人がいたが、ひたひたとその人の部屋の前を通り、がらんとした体育館を過ぎて音楽室に入っていったらしい。

ほの暗い中でピアノの蓋を開け夢うつつに鍵盤に指を走らせた。

翌朝、自分の部屋で目を覚まし、指に残っているかのような鍵盤の感触をなぞり、本当にリアルな夢を見たものだと思ったらしい。

やがて彼女は回復して再び出勤した。

数日振りで顔をあわせた小使いさんが彼女に言ったそうだ。

「先生。こないだの夜、おいでだったね。
音楽室からピアノの音が響いていたから、ははぁ、先生だな、と思ったよ。」

当たり前の顔をしていたそうだ。




2015年02月17日

禿山の一夜?

「タケノコ課に行ってまいります。」
と、PCにぶるさがっているSN氏に声をかける。
勿論返事は、ない。
でも、一応は言っておく。

数分で、戻った。
「帰りました。」
パーティションの向こうに報告、する。

無論のこと何もおっしゃらない。

一分ほど経つと、そぉっとドアが開いて入って、来た。
おや、わたくしが出た直後に部屋を出ていらしたのですね。


あと15分ほどでわたくしの帰る時間になる。
すると、そっと、出ていく。

わたくしは誰もいない部屋をあとにする。

そこら辺のほの暗さがなんとなくうす気味悪い。

何なのだろう?

昨夜ムソルグスキーの
「禿山の一夜」
を放送していた。

子供の頃家にあったこの曲のレコードジャケット。
一面に黒い線で山が描かれ、シルエットになった沢山の人影。
その後ろに、山に覆いかぶさるように手を広げている大きなコワイ顔。
おっかなかった。
お手洗いに行くのが嫌だったな。



2015年02月15日

売り物には気を付けろ!

貧乏なのはしかたがない。
でも、ビンボーったらしいのは嫌いです。

国際線の機内。

売りものは、
ゆったりとしたスペースで手足を伸ばしてお休みする事ができます。

これは、よい。

美しいお姉さまが飲み物を配ってくれます。

これも、まあ、良い。

しかし。
「美味しいお食事。
ご馳走があります。」

これは、不可。

ヒコーキは、高速移動をするために開発された乗り物である。
効率的な移動、時間の節約。
その目的のために捨てなければいけなかったものはたくさんある。

例えば
「車窓からの景色」
「駅弁」
「食堂車」
「窓から吹き込む風」
「通過する土地の味わい」
などなど。

そういう旅の風情をきっぱりと潔く捨て、効率性を追及した結果が今のヒコーキである。

それならそれに徹すればよい。
いまさら
「おいしいお食事」
を売り物にするは
「未練」
というものであろう。
オトコらしく、ない。

だいいち、割れにくい食器に盛り付けられた、ただ、温めなおしただけの、
しかもさめかかっている、見た目だけはなんとなくそれなりのお食事を
お隣の人と肘をつき合わせながら頂いて、おいしいわけが、ない。

「ヒコーキの中のおいしいお食事」

ビンボーったらしい。しかも
「豪華ですよ!」
と言いたげだったりすると、ビンボー臭くて生きていくのが嫌になる。


ワインと、パンとバターで、充分です。



2015年02月10日

それでも,いいんです!

夫に言わせるとわたくしは
デブが好き
らしい。

そうだろうか?

大好きな映画に
「ラ・パロマ」
が、ある。

ペーター・カーン

「ピーターズ・フレンズ」
も、好きな映画。

スティーブン・フライ

おや?

「ゲームの規則」
マルセル・ダリオ

うぅむ。

もしかすると、そうかもしれない。

ペーター・カーン

蓮見重彦が
「ラ・パロマ」
の評の中で
「この人はこの後は太って使い物にならなくなった。」
と、仰っていた。それを信じていたわたくし。

なんと。
白いマフラーをして、赤いセーターを少しのぞかせた、ますます素敵になった彼の姿をインターネットで見ることができる。ウィーンっ子らしく小粋で、鋭さがありながら、茶目っ気のある眼差しが何とも言えません。
監督や役者として活躍しているみたいだ。
使い物にならないなんて。

そんなことは、ない。

デブ好き。
そうかもしれないな。

2015年02月08日

私が笑うと世界が笑う

忘れっぽいのだろうか?

そんなことを人に言っていいのだろうか?
と思われても仕方がないことを人に言っておいて
自分の気分が直ると
「けろり」
として、フツウに話しかける。
あまつさえ頼みごとまで、する。

あなたは過ぎたこと、終わった事だと思っているのかもしれないが
こちらは、覚えている。

社会の中で生きている人間として
「それは、いくらなんでも、あんまり、だろう!」
と、みんながびっくりするような言い方で人に激しい言葉を浴びせかけたことを覚えていないのか?
もし、わたくしがそんなことを人にしてしまったら、もう、
その人はおろか、周囲の人にも顔を見せられないだろう。

勝手極まりない頼みごとをして
「争っても仕方がないから、今回は・・・。」
と周囲の人間が穏やかに受け入れていたことに気がついていないのですか?

不思議。

ご機嫌が直ったら
「なかったこと。」
にして、自分の行いの結果を受け入れようとはしないのだろうな。
自分の言い分が理解されないと、理解しない方が、悪い
と、なるのだろうな。

困った人ですよ。



2015年02月05日

言ってはいけない!

人のことを決して
「太っている」
と、言わない人がいる。

「ぽってりちゃんは、太っているわね。」
などとわたくしが言おうものなら、なぜか躍起になって
「太ってないわよ。
 ちょうどいいと思う!」
などと反駁する。
必ず。

えぇ?
わたくしはただ、
「太っている。」
とだけ言ったつもりだ。それが
「悪い。」
とか
「美しく、ない。」
とは言っていない。言っていないし、思ってもいない。
でも、太ってはいる。

そんなに怒ることはないでしょ?
合点が行かぬ。
「太」
という文字に何らかの価値的意味が付加され、
勝手にタブーにまでなっているように見える。

そのうちに
「太郎さん」
と言っただけで、オコられたりして。
おっかない。

いつか
「安達太良山」
と、言ってみようかな?
中国語の
「太太」
とか。

何よりも不思議なのは、その人が
「スタイル自慢」
「器量自慢」
なことだ。

いやぁ
口は災いの素
ですか。