2015年08月

2015年08月28日

良い加減

バスに乗る。
座りたいのは一番前の一人掛けのところ。

ちょっと高くなっていて見晴らしが良い。
並木の下を進んでいくのは楽しい。
一人なのでお隣に気を使うことも、ない。

でも、そこに座れないことも、多い。
仕方がないので、二番手三番手、あるいは、自分の中では最下層のお席に座る。

そして、途中で好きな席が空いても、まずそこには、移らない。

能楽堂に、行く。
正面席でなければいけない、ということはないが、
出入りがしやすくて、柱が邪魔にならなくて
舞台全体が見えてしかもあまり近すぎないところ。

地謡座の真正面なんてちょっと困る。
恥ずかしいし、居眠りができない。

でも、好きな席に座れないこともある。
出入りがしにくくて、柱が真ん前にあって、すぐそこ、目の前で子方ちゃんが気息奄々で座っている。
そんな席のこともある。

一度座ったらあまりきょろきょろしないようにしている。
一度座ってから、もっと、いいお席はないだろうか?
というのは、好きではない。
時には、柱でおシテが見えなくなるのも一興だ。

途中で見所ががらがらになったら次のお能の時には移ることも、ある。

なぜだろう?

「人間は良い加減のところで落ち着くと、大変みっとも好いもんだがね。」
という言葉が心をかすめる。

登場人物の言葉なので、これが漱石先生の考えではないかもしれない。
でも、時々思い出す。

何にでもあてはまる事ではないのだろうが。



selber at 13:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)漱石先生 | 

2015年08月25日

アサリの

ある事態が生じていることを発見。

順番がちょっと前後逆になったということだ。
一瞬だけ。
こちらではもう、手は打てない。
こちらの責任では、ない。
誰の責任でも、ない。
何よりも、大したことではない。

コバちゃんに言ったら、何の解決にもならない大騒ぎするだけであろうなあ
と、ためらっているうちに、事態はおのずから解消した。

何かの折に
実はこんなことになっていたんですよ
と、コバちゃんに話した。

顔色が、変わった。
そんな時は、まず、報告してください。
「ホウレンソウ」
が、最も大切
と、仰った。
「ホウ」
なんとか、という鳥膚の立つ言い方は別にして
それはそうだ、と思ったので
今度はそうします。
と、お答えした。

しばらくして、なんととまた全く同じ事態が発生。

早速報告した。
すると
そんな、こちらではどうしようもないことを今さら言われても
とのことだったので、
「同じことが起きたらお知らせするようにと仰ったのでお話したのです。」
と、言ったところ
「え?」
と、きょとんとしていた。
あれからまだ一週間も経っていないのに。

うぅむ・・・。

あるお嫁さんが、アサリのおみおつけを作った。
お姑さんが
「アサリはお吸い物にするものなのよ。」
と、仰った。
次にそのお嫁さんは、アサリのお吸い物を作った。
お姑さんは
「アサリのおみおつけも、おいしいものなのよ。」
と、仰ったそうだ。

自分が言ったことも、そのことの意味なんかも、覚えていない、つまり、
アタマの悪い人なのだな、と、思う。

その方も、名門女子大を出た、才媛でしたけどね。



2015年08月22日

行方不明のお豆のお話

昨日も言ったように夫は家事に協力的である。
よく気がついて動き回ってくれる。

たとえば。

お豆に凝っていた時があった。
わたくしが。

乾燥大豆を一晩お水に浸しておいて、次の日茹でる。
おいしいのです。
・サラダ
・カレー
・ヒジキや油揚げなんかと煮る
など、色々な使い方が、ある。
植物性タンパク質と、食物繊維も豊富です。

さて、ある時。
「この乾燥大豆を一晩お水に浸したら、どれだけ大きくなるのだろうか?」
という疑問に襲われたわたくし。

一粒をお水に漬けないで取っておいた。
明日の朝、浸しておいたのと比べてみようというわけだ。
実証精神に富んだ行動である。

翌朝、心を躍らせながらお台所に出動。

あれ?

お鍋のフタにぽろん、と置いてあった一豆が、ない。

ひょっとしたらネズミでも持って行ってしまったのだろうか?
と、ほとんどパニックになるわたくし。

犯人は。
そう。
夫でした。

わたくしがお鍋に入れそこなったのだと思ったそうな。

ね。
気が利くではありませんか?
協力的。




2015年08月21日

優雅な家事

週に何回かおシゴトをしているのでそんな日は帰ってから大変に、忙しい。

お夕食の支度をしながら洗濯物を片づける。
取り込んで、あるいは、乾燥機に放り込んで、乾いたら、畳む。

夫は非常に協力的であるからして
「お洗濯もの、お願い。」
と、言えば
「うん。」
と、快く引き受けてくれる。

そして
乾燥機が
ぴいぴい
と、啼くと、いそいそと駆けつけて、洗濯物を引きずり出す。
結構ですね。

そして
それらを居間のコーヒーテーブルの上に投げ出す。
一部は床に、落ちる。

テレビをつける。
ソファに座って、じっくりとテレビを観ながら畳み始める。
時にはテレビを観るだけ。

ほれほれ、手が止まっている
と、思うが、何も言わないわたくし。

丁寧に畳み終えると、また、テレビにくぎ付け。
一段落すると、立ち上がり畳んだものをしまいこむ。

二階や、お風呂場なんかに。

そして、帰ってこない。

優雅です。
かくありたいものだと、思う。



2015年08月08日

ヨハネスくんと一夫くん

いいなあ
と思う曲もあります。
「間奏曲集」
なんか大好きです。

でも、これは、居心地が、良くない。
すわりが、悪い。

舟木一夫が
「フットボールの名選手」
に扮した映画が、ある。

ご存知ですか?
いや
本当ですってば。
ありえないでしょう?

豪快で、少し乱暴。
ぶきっちょで、武骨。
鈍感。
それで、素朴で、心は優しい。

大喰らいでもあった。
下宿のお嬢さんに心を寄せられているのにも気が付かないで
ゴハンばかり食べている。

これほど似合わない役柄はないだろう。

製作者の意図と、センスを疑う。

ブラームスの
「交響曲一番」
を聴くと、この時の舟木一夫を、思い出す。



2015年08月05日

古風な別れのロンド

Rondel de l’adieu       別れのロンド


Partir, c'est mourir un peu,           去りゆくは逝くに似る
C'est mourir a ce qu'on aime :         愛しき人に死にゆける
On laisse un peu de soi-meme         わが身を少し残しゆく
En toute heure et dans tout lieu.        遍き時とところに

C'est toujours le deuil d'un vœu,        望みはいつも失われ
Le dernier vers d'un poeme ;           心の詩を歌い終え
Partir, c'est mourir un peu.            去りゆくは逝くに似る

Et l'on part, et c'est un jeu,            戯れのごとく人は去る
Et jusqu'a l'adieu supreme            別れの極み来たるまで
C'est son ame que l'on seme,          心をそこに植えおきて
Que l'on seme a chaque adieu...        別れに想い残しつつ
Partir, c'est mourir un peu.            去りゆく ,それは逝くに 似る

Edmond Haraucourt                 エドゥモン・アロウクール 訳:のぎ はるこ





2015年08月04日

眼前集中症?

それではその二点に関して確かめましょう、
ということになり、わたくしは受話器を取り上げた。

石ころ係に、まず
オオアリクイについて尋ねる。
ふんふん
わかりました。

と、
コバちゃんが何やら叫んだ。
どうやら
「バク!!」
と、言っているみたい。

オオアリクイと、バクについて確認しようと思って電話したことは
知っていますよね?
一度に二つのことは訊けないのでまず
オオアリクイについてお聞きして、今、
バクにお話を進めようとしていたのですよ。

ウルサイ、のです。


そして、別件で。

象の鼻部に電話して
ガラパゴスがキャンセルになったので、
クイーンエリザベスもキャンセルになりました。
ついては、手続きについてですが。
とまで言ったら
またまたコバちゃん、ブースから飛び出してくる。
今度は何かな?
何やら
「誤解が、どうの。」
とか、言っている。

知らん顔をして電話を続け、すべて終わってから
送話口を押えて
「なんですか?」
と、言ったら
なんでもないです
と言う。

改めて電話の相手に、お礼を言って、切る。

キャンセル、を二度言ったので、誤解を招いてはいけない
と、思ったのですって。

余計なお世話です。

そんなふうに目の前のことに夢中になって本分を忘れるから
鍵を失くしたりするのですよ。

悪気がないのはようくわかるが、頂けない。

服部さん
まず、ご自分のことを。
とは、あの名作に出てきたセリフですね。
たま子先生の。