給付金といわれても源氏物語ーぴょんきち版ー空蝉

2008年11月13日

その口は

兵庫県の井戸知事が「関東大震災が起こったらチャンス」と発言したことについて批判が高まっている。
当たり前です。
東京都の石原知事の「他人の不幸を自分のチャンスと称することは日本人の感性になじまない」という発言には「日本人の感性」云々は別にして、今回ばかりは同感する。誰の感性にもなじみません。

井戸知事はもしかしたらこう言えば良かったのかもしれない。
「現在日本の首都機能は東京に一極集中しているが、これは危険も含んでいる。関東に大地震が起こることも想定されている今日、一旦事が起こったら国家が機能しなくなる可能性もないとは言えない。そういうときのために首都機能を分散することも考えなければいけない。兵庫大阪は東京に代わってその任を果たす環境をを備えていると自分は思う。」
言ってよいのはここまでだろう。

そして密かにつぶやく。
「それを示す機会もあればよいのだが。もし関東に大地震が起こったらこちらで首都機能を代行したいよう。その為のインフラも整備したい。失業者の吸い上げにもなるし。その上で、首都になったら経済も活性化するしなぁ。そうしたいよう!」
彼がこっそりとこう思っていることぐらい誰にでも察しはつく。

ところが実際に口にしたのは上記の幼稚かつ品のない言葉だった。

どうしてこうなるのか?

どんな人でも、自分の意見を言うときは意図するところを明確にしなければいけない。考えをいわば立体的に見つめて、疑問さらには疑念を起こさせないように言葉を尽くさなければいけない。そのためにはもちろんよく考えた上で物を言わなければいけないのだが。
何も多弁になれと言っているのではない。
一つの発言に付随してくるものに丁寧に配慮しろということだ。
井戸知事にはこの配慮が決定的に欠落していたということである。このことだけ見ても彼には大人の人間たるものが備えているべき資質を欠いていると言わなければいけない。

全体の文脈を考えないで一つの発言だけをあげつらうのもいかがかと思うが、公人たるものその危険は常に念頭においていなければいけない。

「その口は何のためについているのか!」



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