古典を楽しむ

2019年01月17日

寂光

今しばし 生きなむとおもふ 寂光に
 園の薔薇の みな美しく

この歌接して、能
「大原御幸」
を連想したのはわたくしだけだろうか。

壇ノ浦で一人生き残ってしまった権礼門院は
大原の寂光院で尼姿となり、息子の安徳天皇はじめ
一門の冥福を祈る日々を送っている。

そこに後白河上皇が訪ねてくる。

上皇からは
「あなたは、六道を見たと聞いた。
 それは本当か?」
とのご下問がある。

ただの人間でそんなことは、あるまい
仏や菩薩でなければ、六道なんか見ることはできないだろう、
という気持ちなのだろうか。

これに対して権礼門院は、かつての殿上の栄華と壇ノ浦の惨状を
六道になぞらえて語る。

確かに彼女は六道を見たのだろうと、思う。

また、六道は我々の心の中にも存在する。

美智子皇后は
民間からの皇太子妃として、
他の人が想像することもかなわないほどの
ご苦労をなさったと思う。それはまた、ご自身の中の六道と
向かい合う日々でもあったろうと想像する。

稀勢の里が
「横綱というのは本当に大関とは全く違うものだった。」
という意味のことを言っていたが
美智子様のご苦労は、余人には、天皇も含めて
はかり知ることのできない、すさまじいものだっただろう。
それはご自身にしかわからない。

そして、今、激務の日々の終わりが近づくのを感じながら
寂光の境地で、自然の美しさをしみじみと感じていらっしゃる
あと少し生きてみよう
また別の景色が見えてくるかもしれない
という穏やかさと寂しさとがないまぜになった気持ちを
詠われたののだと思う。

寂光
という字を使われながら美智子皇后が
建礼門院を密かに指し示さないわけは、ない。

誰が何といおうと、美智子皇后は優れた歌人でもいらっしゃると、思う。
また、思慮深く情緒豊か、ご自分に厳しい人であるだろうと思う。

はい。



selber at 15:18|PermalinkComments(0)

2018年04月04日

帰っておいで!

街灯も届かないほど奥まったその家の前では
薄暗い門燈の下で
シュウちゃんが寒そうに、立っていた。

来ることは伝えていなかったので
わたくしを待っていてくれたのでは、ない。

シュウちゃんは、わたくしを見ると
「カッちゃん?」
と、言った。

どうしたの?

シュウちゃんちの猫が
昨晩から、いないのだそうだ。

お夕食を食べたあと
気が付いたら、いなかった
のだそうだ。心配だ。

もう、丸一日経っている。

春だから、デートなんじゃないの?
と、言ってみた。

いや、もう、その心配はないの。
もと、男子だから。

そうか・・・・。

でも、なんとなく
ナニかに惹かれるように
さまよい出たのかもしれない。

そのままシュウちゃんは、わたくしを
家の中にいざなって、くれた。
お茶を頂いて、おいとました。

その後、帰ってきたかは、知らない。

立ち別れ 稲葉の山の 峯に生ふる
と書いた紙を、きれいに洗った猫の食器に載せておく。

帰ってきたら
まつとし聞かば 今かへりこむ
と、書いて、焼く

猫がいなくなった時のおまじない。

教えてあげれば、よかった。

我が家の猫は
これで、帰ってきた。

selber at 09:05|PermalinkComments(0)

2017年06月26日

フローラちゃんに手伝ってもらいながら
お勝手でお夕食の支度をしていた。

夫はお客様が大好き。
なんだか、張切っている。
うきうきと居間を出て行った。
と、
階段の方から
ニブイ音が聞こえてきた。
なんというか
ゴットン
とでもいうような。続いて
ボットン・・・
地響き

そして
シ〜〜ン
している。

夫だ。

どうしたの?
と、呼びかけても、何の応答も、ない。

念のために行ってみたら
夫が、階段の下に転がっている。
うつぶせになって。

ぐったりとしている。
声をかけても返事がない。

フローラちゃんと二人で抱き起してみても
ぐんなりしている。
完全に意識がない。

これは救急車を呼んだ方がいいだろうか?
フローラちゃんは、夫を後ろから支えながらうなずいている。

ともかくも、声をかけ続けたら、か細い声で
背骨を折った・・・・
と、言った。

背骨は折れていなかった。
意識もすぐに戻った。

意識がなくなったために落ちたのかと心配したが
そうではなさそうだった。
スリッパのせいらしい。

背骨発言は覚えていないそうだ。

打ち身で済んだ。

清子お姉さまは
にくきもの 人そばえする子供
と、言っている。

母のばあやさんだった人が、自分の孫のことを
全く、この子は人そびゃえして・・
と、言っていた。
もしかして、
「枕草子」
の愛読者だったりしてね。


人そばえするヲジさん
は、どうでしょうね?



selber at 08:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年06月05日

タンタライズド・カッサンドラ

お腹が空いて、おまけに喉も渇いている。
たった一人。

頭上にはたわわに実った、美味しそうなリンゴ
足許には、透き通った水の流れる小川

リンゴを食べよう、と手を伸ばすと
すうっ、と手の届かないところに逃げられる
お水を飲もうとかがみこむと
さっと口許から遠ざかる

ご存知タンタロスくん
父が聞かせてくれたっけ。

さて、昨日。
お弁当を頂いた。
モノスゴク空腹だったので、頃合いを見て
会場から抜け出して、遅めのお昼とすることにした。

わくわく
だって、「故実」のお鮨ですものね!
まずお茶をひと口。
頂きます!
と、蓋を開けると、なんと
お箸が、ない。

う〜〜〜ん。
目の前には、ふっくりとした金色の茶巾鮨
でも、食べられない。

お箸はきっと紙袋に入っていたのだろう。
わたくしは、それの中身だけを持ち出したから。
ぐうぐう言うお腹をなだめながら、会場の様子を窺って、
合間を見て席に戻り、紙袋を取って来た。

さて、紙袋の中。
あれ?
ない。
お箸が。入っていない。
目の前にはみずみずしい太巻き、ぴかぴかのアナゴの押し鮨。

タンタロス状態のカッサンドラ。

何か代りになるものは、と考える。
バレッタ?
ヘアピン?
歯ブラシ?
如何なものか?

で、奥の手



ウエットティッシュで念入りに手を綺麗にして
太巻き2切れ
を。
あとは、お預け。

だって茶巾を手づかみ
って、できないですよね?
どんなことになるのか、考えるだけでもおっかない。

昔は携帯用の楊枝入れというのが
あったそうな。
今度から常備しようかな?



selber at 09:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年05月18日

平信音

大蔵流の山本東次郎さんは一番好きな狂言方である。

失礼な言い方だが、その舞台は
かわいらしい。
愛嬌がある。
そこはかとない上品な色気がある。
そして
厳しい。
拡がりがあり、深い。

大好き!
東次郎さん。

蝶々がご趣味というのもうなずける気がする。
はかないが美しいもの。
手に取れそうで取れない。
壊れやすいが、実在している。

フィッツジェラルドは自らを蝶々に例えたらしいが。

その東次郎さんは日経新聞に週一回コラムを連載していらっしゃる。
先回のタイトルは
「平信」
だった。

お父上あての書簡の中に、時たま
「平信」
の字が宛名のわきに書かれているものがある。
これはどういう意味なのかを訊ねた東次郎さんに
お父上は
「これは特別のお知らせではない普通の便り」
を意味するのだと教えてくれたということだ。

「平信」
使ったことは、ない。

夜中のメールにも
「平信」
音があるといいのだが。

そして、思う。
「平信」
の中にそのひとの真実が潜んでいるのだろう。

一見おおらかで楽しい東次郎さんの舞台に
狂言の、そして人間の真実があるように。



selber at 08:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年05月08日

柞葉の

子に告げぬ 哀しみもあらむを 柞葉の 母清やかに 老ひ給ひけり



一度目にしてから忘れることのできない歌である。

遠くから愛情と感謝をこめて母を想う子の心が伝わってくる。
古典的ではあるが、折り目正しさと共に凛とした意志の力も感じられる。
また、母親としての作者自身のことでもあろう。

ひいては母親として、そして人間としてもかくありたい、という祈りに似たものを感じるのはわたくしだけだろうか。

母と娘はお互いを理解しているが、敢えて各々の心の内を語り合おうとは、しない。
語り合えない環境にもある。
でも、双方の間には美しい信頼が築かれている。
沢山のことを内に秘めつつ、背筋を伸ばし微笑を浮かべて見つめ合っている。
心の眼で。


美智子皇后の御作である。
いいのでしょうか。こんなところで引用して。
でも、
母の日にこれほどふさわしい歌が他にあろうか
と、思うわたくしなのだ。

5月10日。
母の日。

そしてわたくしの母の四十九日でもある。

まあ、わたくしの母は、
「最後のお姫様」
「永遠のお嬢様」
と、言われたことからもわかるように、、このようなしおらしくも忍耐強い人ではなかったな。
でも、言わないこともあっただろう、とは、思う。




selber at 10:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年08月25日

祟りじゃ〜〜?

世の中には
「怪談師」
という職業があるらしい。
いろんなことを生業としている人がいるのだ。結構日本も懐の深い社会なのかもしれない。
そうあってほしい。

それはともかくこの、
「怪談師」
さんが、
「小平治」
という怪談はともかくコワイ、と、言っていた。
練習しているといろんな音が聞こえてくる。しかも、
「ここぞ」
という時に効果的に鳴るのだそうだ。
また、これを演じるといろんな支障が出てくるらしい。
けがをするとか、具合が悪くなるとか。

思い出した。

「生きている小平治」
という歌舞伎の演目がある。
うろ覚えだが、たしか、大正時代に書かれた作品だったと思う。舞台は江戸時代だったはず。
ある夫婦が共謀して
「小平治」
を殺す。
舟に乗せて沖で水中に突き落とすのだ。
必死の形相で抵抗する小平治を櫓で殴り、這い上がってくるのを蹴落とす。
力尽きた小平治はやがて水の底深く沈んでいく。

殺人に成功したと思っている夫婦の家に、ずぶ濡れの小平治が現れる。
ぽたぽたとしずくを垂らしながら、庭の隅に立っているのだ。
怖かったですね。

わたくしは観ているうちに気分が悪くなった。
強烈におナカが痛くなった。
もう、大変でした。
演目が終わり、わたくしの気分も治った。

あれも
「小平治」くん
の祟りだったのだろうか?

あのう、。
成仏してくださいね。

selber at 11:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年12月18日

農絵?

NHKで
「源氏物語」
のことを特集で放映する。

登場する女性の事を特にお話くださるのだそうで、楽しみにしている。
パジャマに着替え、暖かくしてテレビの前に座る。

「源氏物語」
の中では
「六条の御息所」

「玉鬘」
「大君」
なんかは特に好きな登場人物ですね。

然るに。

取り上げられるのは
「紫農絵」

「青い農絵」
などという人みたい。

そんな人は、知らない。

たちまち観る気が失せる。

アクセントがヘンなのよ。

selber at 08:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年02月15日

雪のいと高う降りたるを

アン・ルイーズ・ランバートのことを考えていたら、雪が降った。

雪が降ったので、
「枕草子」
に出てくるシーンを思い出した。

「枕草子」
のことを考えていたら、ピーター・グリーナウェイの
「ブック・オヴ・ピロー」
を思い出した。

そしてまた、アン・ルイーズ・ランバートに考えが戻った。

snow1

「香炉峰の雪?」

snow3

「知りらないなあ」

selber at 18:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年10月30日

お友達

さて
「清少納言と紫式部のどちらが好きか?」
という大問題について語るときが来た。
清ちゃんと藤原香子様ですね。

そもそもこの問いは
1)文筆家として、つまりは作品が、好き
2)作品から想像できるその人が好き
のどちらなのだろう?

1)の場合は作品の好き嫌いで片がつく。
 しかし一方はエッセイ、他方は長編小説だから、比べようがないといえば比べようがない。

であるからして、この問題は通常2)の観点から論じられることが多いように思う。

エッセイからの方がその人が想像しやすいように思われる。当たっているかどうかは別にして。
清ちゃんは、デリケートな配慮を必要とする場にはご一緒できないと思う。
もう、自分のことばかり話して、あるいは中宮様への礼賛に終始して、ゲストへのホスピタリティを忘れてしまいそうで、こちらが疲れる。商談の場などにも向いていないですね。ちょっと知っていることが話題になると、その場に専門家がいようがどうしようが、自分の知識の限りを披瀝し続ける。周りの人が青ざめるのが目に見える。
そのかわり、ただ楽しく食べたり飲んだりする場には向いているだろう。どんな話題にも付いてきてその場を沸かす天才で、エンジンがかかるとすごい。但し、彼女と張り合おうという人は面白くないかもしれません。

香子様は、作品の影に身を潜めている印象だ。
そして、その場にふさわしくないことは決して言わない。大抵はうなずきながら人の話を聞いていて、誰かが見当違いなことを言っても
「違いますよ!」
などとは仰らない。褒められても舞い上がらない。いつも静かに笑っている。
困ったことがあったら香子様に相談するだろう。責任を持ってきちんと対応してくれる。但し、その行ないが好意から出ているのかがちょっとわからない。誰にでも同じ態度だから、物足りないと思う人もいる。
清ちゃんは情熱的に自ら乗り出して来てぶち壊しそうだ。

こんなイメージのお二人のどちらを好きかと問われたら、
「どちらも。」
と言うしかない。

清少納言は定子一族が失脚し、定子自身も亡くなってからも長いこと生きていたという話もある。
落魄してからの清少納言がどう生きたのか、伝説から想像するしかないが彼女の本当の力はその時に発揮されたのだと思いたい。

お二人とも、お友達になりたかったと思う。
とはいってもお二人とも上流階級のお嬢様。
わたくしなんぞは同じ時代に生まれていても、貫頭衣に毛が生えた程度のものを着て市場辺りをうろうろしていたか、せいぜいが樋清し童クラス。今に生まれてこのお二人を心の友としているのが幸せなのかもしれない。



selber at 12:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)