2019年01月17日

寂光

今しばし 生きなむとおもふ 寂光に
 園の薔薇の みな美しく

この歌接して、能
「大原御幸」
を連想したのはわたくしだけだろうか。

壇ノ浦で一人生き残ってしまった権礼門院は
大原の寂光院で尼姿となり、息子の安徳天皇はじめ
一門の冥福を祈る日々を送っている。

そこに後白河上皇が訪ねてくる。

上皇からは
「あなたは、六道を見たと聞いた。
 それは本当か?」
とのご下問がある。

ただの人間でそんなことは、あるまい
仏や菩薩でなければ、六道なんか見ることはできないだろう、
という気持ちなのだろうか。

これに対して権礼門院は、かつての殿上の栄華と壇ノ浦の惨状を
六道になぞらえて語る。

確かに彼女は六道を見たのだろうと、思う。

また、六道は我々の心の中にも存在する。

美智子皇后は
民間からの皇太子妃として、
他の人が想像することもかなわないほどの
ご苦労をなさったと思う。それはまた、ご自身の中の六道と
向かい合う日々でもあったろうと想像する。

稀勢の里が
「横綱というのは本当に大関とは全く違うものだった。」
という意味のことを言っていたが
美智子様のご苦労は、余人には、天皇も含めて
はかり知ることのできない、すさまじいものだっただろう。
それはご自身にしかわからない。

そして、今、激務の日々の終わりが近づくのを感じながら
寂光の境地で、自然の美しさをしみじみと感じていらっしゃる
あと少し生きてみよう
また別の景色が見えてくるかもしれない
という穏やかさと寂しさとがないまぜになった気持ちを
詠われたののだと思う。

寂光
という字を使われながら美智子皇后が
建礼門院を密かに指し示さないわけは、ない。

誰が何といおうと、美智子皇后は優れた歌人でもいらっしゃると、思う。
また、思慮深く情緒豊か、ご自分に厳しい人であるだろうと思う。

はい。



selber at 15:18|PermalinkComments(0)

2017年12月27日

クラシックの「迷宮」

漱石が謡を習っていたのは周知のとおりである。

明治のワキ方の名人
宝生新について下掛宝生流を稽古していた。
だいぶ熱心だったようだ。

さて
「夏目漱石と音楽」
と題されたその回。

宝生流の元宗家
故・宝生英雄の
「高砂」
の一部を放送していた。
「高砂で一番知られている部分」
と、紹介されて。

ちょっと、違う箇所が。

いいですか。

いわゆる
「宝生流」
は、シテ方のことを指すことが多い。
この宝生英雄氏も、シテ方。

漱石にちなんだ謡を放送するのなら
「下掛宝生流」
すなわちワキ方宝生流の謡を放送するのが
番組の趣旨に沿っている。

しかも、しかも、漱石の先生である、新のお孫さん
宝生閑さんは昨年までご存命だった。
NHKに音源がないはずは、ない。

なんなら貸して差し上げましたものを。

加えて
「高砂で一番知られている部分」
とは、まずは、あの、だれでも知っている
「高砂や この浦船に 帆を揚げて」
だろう。
この部分は本来ワキ方が謡う。

閑さんのこの部分を放送すれば
ベストだ。

え?
「博覧強記」
ですか。

「どうせ知らないのだから」
と、ナメてかかって
いい加減な内容を放送したでしょう?

知らなければ、調べるなり尋ねるなり
すればいいのではありませんか?

「迷宮入り」
してしまいましたね?


selber at 09:08|PermalinkComments(0)

2017年12月26日

金ちゃんと花月くん

この間まで謡は
「花月」
をお稽古していただいていた。

やっと
「まあひとまず終わり」
というところまで漕ぎ着けた。

ふぅ〜〜〜。

ところで、少し後になってから
野上豊一郎が、漱石の好きな謡の中に、この
「花月」
が、あった、
と、書いていたのを発見!

そういえばあの
「修善寺の大患」
として有名な大吐血の少し前に
「花月」
を、謡って
「これで悪くなれば、自業自得。」
と、書いていた。

そうだったのか!
そうと知っていれば、もっと身を入れておさらいしたのにな。

しかも、野上によれば
「小唄の段」
も漱石のお気に入りだったとのこと。

あそこは、難しい。
位、節、間、ノリ、拍子、すべて。
今回も、ずいぶん直されました。
まだ、完璧ではないが、仮釈放された、というところ。

漱石先生は、リズム感も良かったのね。
拝聴したかった。

ところで、野上豊一郎は、漱石の謡を
「癖はあるが、節扱いが器用で、ちょっとおっつけそうに思えなかった。」
と、評している。さらに
「上手でも、下手でも、ない。」
という意味のことを書いている。
声は、よかったようだ。

一方、野上夫人、弥生子は
「ヤギがメ〜〜〜〜〜と、鳴くような。」
と、これは、酷評している。

どうだったのでしょうね?

「花月」
は、人さらいにさらわれた少年が、父親と再会するお話である。

父親役のワキ方が謡う
哀しみに満ちた部分を
漱石は、複雑な心で謡ったのかもしれない。


selber at 11:38|PermalinkComments(0)

2017年09月13日

銀座六丁目

そっとドアをあけて入ったら、演目は
もう、始まっていた。

後ろの暗がりに立っていたら
「お席に着いて下さい。」
と、係が近づいて来た。

と言っても、わたくしの席は
通路から十番目ほどである。
観ている方々の前を
「ごめんなさいよ。はい、ごめんなさいよ。」
と、進んで行け、というのだろうか?

そうです
と、仰る係のお嬢様

そんなことはできないので
「出ます。」
と言って、ロビーに出た。

どうも腑に落ちないので、あとでもう一度
尋ねてみた
「消防署が、ナントカ。」
と、仰る。
でも定員を超えたために通路に人が立っているのは
いけないだろうが
そうではないのに、ちょっとの時間、静かに後ろに立っていて何がいけませんか?

いえ本日は定員に満たないので
消防署は関係ゴザイマセン
と、おぢゃう様
そして
「舞台からとても目立つそうなのです。」
と、附け加えた。

ははあ・・・。
某国立能楽堂も
そんなことを言っていた。

つまり
舞台上の方のお邪魔にならないために
観ている方々のお邪魔を、して下さい
ということなのですね?

あなた方は、見に来ている人同士が気を遣い合って
後ろに静かに立っているのが気になって
舞台に集中できない、と。

おカネを払って観ている人のお邪魔は
結構だが、
おカネをもらっている人のお邪魔は
イケマセン、と。

プロ、でしょう?
そんなことが気になって、どうしますか。
舞台に集中しなさい!


遅れて入って来るのはいけません
などと、話を逸らすのは、やめましょうね。

それがいけないのなら、そもそも開演したら
扉の中に入れなければ良いのだ。

お席について下さい
と、小声で呼ばわりつつ
不満気なお客様をしょっ引きながら
席を探して
ノートルダムのせむし男のような格好で
通路を右往左往しているお嬢様たちの方が
よっぽどお邪魔です。
お仕事とはいえ
お気の毒でも、ある。

まあ、舞台上の方たちは
あんな生温い舞台を見せて平気なのだから
心はいつも外向きなのだろう。

それにね
後ろにひっそりと立っている人が
気になって
客席をワシワシと横切って行く人は気にならない
というのは、不思議。

却下!



selber at 14:18|PermalinkComments(0)

2016年12月24日

鐘の中


「道成寺」
はプロの能楽師が必ず乗り越えなければいけないステップの一つである。

その前には
「猩々乱」
を披いている。

わたくしの知っている
「乱」
は、稽古していない人にとっては、観ていて面白い能では、ないと思う。
とりたててストーリーもないし、面や装束だけ鑑賞して過ごすには
長すぎる。
へんてこな身体の使い方だって、しばらく観ていると
飽きる。そう
「乱」
は、身体に無理な姿勢を長時間取らせるものだ。

しかし、
無理な姿勢とは言ってもそれは
「無意味な姿勢」
では、ない。

能を演ずる上で必要な身体能力を欠いていてはできないものだ。
思うに
「わたくしは、ホレこのように鍛えてきました。
ですから能楽師シテ方としてやっていっていいですよね?」
という意味合いが、あると思う。
多分。

そして
「道成寺」
は身体的にも心理的にももっと、負担が大きい。

心理的な側面から言えばもうこれは、若手の能楽師にとっては
拷問に近いものなのではないかと想像する。

神経と身体を酷使する「乱拍子」
を終えて
これまた恐ろしい速さの
「急之舞」
の後、鐘を見込み、烏帽子を扇で払い
鐘に飛び込む。
ここでもう、極限状態のはずだ。

そして、鐘の中で一人で装束とカシラを替え
面を替える。

一人で。

鐘の中はうす暗いらしい。
中に装備してあるポケットの中から
必要な品を取り出し、狭いところで時間内に支度を、する。
あ、アレを忘れた!
ということも、あってはならない。

普段シテを務める時には
後見やその他の働きの人達が着付けをしてくれる。
シテは偉そうに立っていれば、よい。

でも
「道成寺」
ではたった一人で、しかも相当苦しい環境の中それをする。

鐘は舞台の真ん中にある。
重いものではあるが、外界と隔てるものは布一枚。
見所で待ち構えている人達の熱気だって感じるだろう。
守られているようで、守られて、いない。
見られていないようで、見られている。

鐘の外では狂言方やワキ方によって、容赦なく刻々と時間が流れていく。
ちょっと待って、というわけにはいかない。
鐘が上がったらペットボトルが、落ちていた
などということなぞ論外だ。

たった一人の忙しい孤独な時間。
鐘が上がれば一斉に人々の視線が集中するはずだ。
待ち構えている人たちの気配がひしひしと、迫って来る。
何があっても一人でこの場面を乗り越えなければいけない。
なにが、あっても。

泣いても喚いても、だれも助けてくれない。でも
何回も稽古したのだからうまく行くはずだ。

プロなのだから。

あれを済ませた
これも済ませた
これは、よし!

ああ、そろそろだ。

鐘が、上がる。

****************

こんな時間を克服したという事実が
プロという孤独な道を歩む支えとなるのであろうと
わたくしは想像する。



selber at 15:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2016年07月11日

静かに

能は、終っても
終らない。

シテが幕に入る
ツレがいれば続いて、入る
ワキが続く
地謡は切戸から
囃子方は橋掛りから、それぞれ退出する。

そして
何もない舞台が目の前に、ある。

そこまで見ないと
能を観た
とは、言えない。

今まで目の前に繰り広げられていた
ドラマは果たして本当にそこで
行われていたのだろうか?

自分はただ幻を見ていたのだろうか?

それともあのお坊さんが語りかけてくれていたのだろうか?
でも、そのお坊さんも、いない!

でも、自分は見た!
と、心が、言っている!

そんなことを想いながら空っぽの舞台を眺める時間が
能を観る楽しみの一つだ。


拍手は
いらない。




selber at 19:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2016年02月07日

またお目に掛ります

宝生閑さんが亡くなられた。

こう言ってしまうと
ああ、本当だったのだ、と、胸に迫るものを感じる。


ワキ方は観ている人の代表だ
と、時々言われる。

そうなのかもしれない。

でも
わたくしにとって閑さんは
「見る人」
だった。そして
見せてくれる人、だった。

あの、炯炯たる眼差しで舞台の上にドラマを映し出してくれる人
だった。

閑さんが夢から醒めると
わたくし達も夢から、醒める
本当にそんな方だった。

惜しんでも惜しんでも、惜しみ足りない。


たった一度だが、閑さんの眼差しの中に映じたことがある。
それは、わたくしの生涯における宝物だ。


ナマイキを承知で、敢えて言う。

閑さんと舞台で共演したプロ、特にシテ方の人達。

閑さんはこうだった
こうしてくれた
こんなふうだった

と、舞台を通して後進に伝えてほしい。

お願いします。



selber at 13:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年08月28日

良い加減

バスに乗る。
座りたいのは一番前の一人掛けのところ。

ちょっと高くなっていて見晴らしが良い。
並木の下を進んでいくのは楽しい。
一人なのでお隣に気を使うことも、ない。

でも、そこに座れないことも、多い。
仕方がないので、二番手三番手、あるいは、自分の中では最下層のお席に座る。

そして、途中で好きな席が空いても、まずそこには、移らない。

能楽堂に、行く。
正面席でなければいけない、ということはないが、
出入りがしやすくて、柱が邪魔にならなくて
舞台全体が見えてしかもあまり近すぎないところ。

地謡座の真正面なんてちょっと困る。
恥ずかしいし、居眠りができない。

でも、好きな席に座れないこともある。
出入りがしにくくて、柱が真ん前にあって、すぐそこ、目の前で子方ちゃんが気息奄々で座っている。
そんな席のこともある。

一度座ったらあまりきょろきょろしないようにしている。
一度座ってから、もっと、いいお席はないだろうか?
というのは、好きではない。
時には、柱でおシテが見えなくなるのも一興だ。

途中で見所ががらがらになったら次のお能の時には移ることも、ある。

なぜだろう?

「人間は良い加減のところで落ち着くと、大変みっとも好いもんだがね。」
という言葉が心をかすめる。

登場人物の言葉なので、これが漱石先生の考えではないかもしれない。
でも、時々思い出す。

何にでもあてはまる事ではないのだろうが。



selber at 13:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年07月25日

Back to the Past!

文明が進むとともに人間は色々な能力を失ってきたと思う。

お天気一つにしても、昔は天気予報なんぞチェックしてから出かけたりは、しなかった。
わたくしは。
降っていれば傘を持ち、降りそうであれば、傘を持つ。
一度出てから、寒くなりそうだと感じて羽織るものを取りに帰って、それで無事に暮らしていた。

今はどうであろう。
テレビで、ネットで、お天気を確認しないで外出することは、ない。
何という体たらく!


道路を横断する時に、車が来ていないかは見ないとわからない、と
夫は、言う。

え?

わたくしは、わかる。
わかるから、右も左も見ないで横断する。
見なくとも、見えているのだから、そんなに、しょっぴかないで下さいな。

身体を束縛する重い重い能装束や、視野を著しく遮る鬘をつけて、正面のわずかな景色
だけを頼りに舞台をかけずり廻ったときだって怖くなかった。
足許も見えないのだが、舞台の端っこまで行っても落ちない自信は、あった。
いやもう、面白かったのなんのって。
むか〜しむかしに身に付けていた能力が戻ってきた感じがしましたね。
周囲はひやひやものだったらしいが。

だって
猫が高い枝の上を歩くとき足許を気にしますか?
オランウータンが次の枝に飛びつくときに、巻き尺を持って来ますか?
ワンちゃんは放物線の原理を知らないと、ボールをキャッチできませんか?
ね?

自分の中に深く深く降りていくと、面白いことが、起こるものだ。



selber at 18:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年01月11日

ひと

確かにエルキュール・ポアロという人物は鼻持ちならないところがある。

うぬぼれは強いし、勿体ぶって、いる。

しかし。
鼻持ちならなくて、うぬぼれが強くて、勿体ぶっている人物が
鼻持ちならない、うぬぼれが強い、勿体ぶった人物を演じるのが上手とは、必ずしも、思わない。

そういういこともあるだろうが。
でも、この人の
「ポアロ」
は、難しいのではないかと思う。

演技の上手下手を問うているのではない。
スサマジイ努力をしている人だと、思う。
資質にも大変に恵まれている。
行動力もあり、人徳も(多分)あるのだろう。

一つの伝統芸能の型をきちんと身に付けていても、いや、身に付けているからこそ
底からにじみ出てくるその人の
「ひと」
が、ある。

崇高なものに触れた
と、思えなくては芸術に接する意味が、ない。

せせら笑っているような表情で橋掛りに座っていられると
あぁ、ぶち壊しだ
と、感じる。

気難しさと、厳しさ、うぬぼれそして、稀有な寛容さを兼ね備えたポアロには、ならないでしょうな。

優れた天分を備えたこの方がどんな狂言師になるのかにはとても興味を持っている。

やってみて、下さいね。
観ませんけど。



selber at 10:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)