海老蔵

2010年12月29日

「生酔いに」

「生酔い」
とはこの場合は半分酔っているのではなく、本当に酔っ払っているという意味だ。
何の抑制も効かなくなり、本性丸出し、理性も働かず、生まれてから今までかけてやっと身につけて来た自己規制も捨て去って、人間の姿をした生身の動物が裸で転がっている状態をよく表していると思う。
目を背けたくなる。

さてこの後には
「ひと理屈言う阿呆者」
と、続く。
川柳である。

酔っ払った人間に理非曲直を説いたりするほうが
「阿呆」
だ、ということですね。
意味が、ない。

「生酔い」
の人は、別人、というか、ドーブツになっているから、翌朝目が覚めて
「あなたはこうこうだったのですよ。」
と、聞かされても実感がない。
だって、
「自分」
のしたことではないのだから。

海老蔵くんもそうだったのだろう。

解決法はただ一つ。

アルコールを断つこと。
それしかない。

酔っ払って会見に臨み、大問題になった政治家がいました。
その方はそれからいくらも経たないうちに亡くなられました。

そうならないうちに、止めましょうね。

大看板を背負うということのプレッシャーは想像を絶するが、一番身近な方、お父様という先輩があるではありませんか。

無理だと思ったら、辞めてもいいのです。

「家、家にあらず。継ぐを以て家とす。」
です。
「知るを以て人とす。」
と、この言葉は続く。
人になって下さいまし。

selber at 08:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年12月06日

Much Ado about Nothing ?

海老蔵くんの事件で思い出したことがある。

十年以上前だが、ある能楽師の方が奥様ではない女性と旅行中に、強盗に襲われて怪我を負い、その女性は死亡したという出来事である。

みんな
「これであの人の能楽師としての人生はおしまいだろう。」
と、噂したものだった。
こんなことがあって、どうしておめおめと人前に出て澄まして鼓なんか打てるだろう?
囃子方のある流儀の宗家という立場の方だったが、息子さんもいて、引退しても心配はないだろうし、とも思った。

女性関係が華やかであろうとなかろうと、良い舞台をつとめてくれればそれでよいのだが、後付けの
説明はあっても、人一人が亡くなっているのである。

しかるに、しばらくたって彼は舞台に復帰した。

どういう規範に基づいて彼自身が復帰の意志を固め、そしてそれが受け入れられたのかは、知らない。
充分な時間が経ってからとは言えないが、ともかく彼は再び舞台に出た。
正しい措置だったのかどうかはわからないが、率直に言って不愉快でしたね。
なんだか生々しくて、正視できなかった。
お友達なんかは決して拍手をしませんでしたものね。

海老蔵くんの件とは軽率な行動が大事に繋がったという点で似ている。

海老蔵くんに関するインターネットのニュースを読むと、
「廃業!」
の文字が目に入った。

どちらかと言えば閉ざされた能楽界と違って、歌舞伎の世界は、特に若手に関して言えば社会的な影響が大きい。知名度も能楽師は比較にもならない。

加えて海老蔵くんは、コマーシャルやスキャンダル、結婚などを通じて社会の中での認知度が大きく、社会的責任も大きくなる。また直接間接にそれらのお蔭で莫大な利益を歌舞伎界にもたらし、自身も得ているのは事実である。

もてはやすのも、貶めるのも同じ人たちだということである。
また、持ち上げるパワーが強ければ強いほど、叩く力も強くなるということであろう。強烈に叩いたと思ってもらわないと困る、というお家の事情もあるだろう。
大きな利益には大きなリスクがついてくるという好例なのだろうかとも思う。

「廃業」
はありえないと思いますけどね。



selber at 09:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)