2012年09月23日

君の上のある空(by 鈴木雄大)

 また久しく放置状態でした(笑)。
 やっぱりなんというか、他のSNSそれぞれ何かを吐露するときのモードって微妙に違っており、長めの話はどうしてもここに戻って来ることになるな。

 さて、雨の日曜日ですが今日はほぼほぼこの天気みたい。ただ、空気がきれいなのとそれほど空が暗くはないのが救いかな。
 そんなこんなで、干支は一巡り前の夏から秋にかけて鈴木雄大さんとほぼほぼ行動を共にしていたことを思い出す1曲。マキシシングル「太陽の匂い」のc/wに収録した「君の上のある空」の未発表テイク。



 曲自体はその年の初頭に出たアルバム「Jellyfishとラヴソング」にも収録されていたんだけど、担当になった僕が「いい曲だから、シングル向きにリテイクしましょう」と提案して、これはその世に出る前の段階。

 リテイクと言っても、アルバムのマルチのマスターから雄大さんのボーカルとコーラス、それにクリック(製品には反映しないけど、メトロノームみたいなリズムを刻む音)だけ引っこ抜いて、そこに新しい演奏のオケをかぶせるという方法を選択。そうそう、マルチから音を抜く時、今ではそんなことやらないだろうけど、なんとA-DAT(って機材、ほとんどの人知らないよね?記録媒体がS-VHSのテープなんですよ)に取り込んで、それを今度はPro-Toolsに流し込むという荒技だったんだよね。

 たぶん、この音源って生っぽいけどほとんど打ち込みだと思う。ちなみに、アレンジというかサウンドメイキングはマスタリング作業に至るまで全部TO BE CONTINUEDの佐藤鷹さんによるもの。ちょっとデヴィッド・フォスター好きの鷹さんのニュアンス、あるでしょ?

 やっぱり音楽ってシンプルなものほど美しいし、長きに渡って聴いてもらえるのかなって、最近改めて思う。得てしてミュージシャンのみなさんはレコーディングの際にサウンドの厚さに耳が行きがちなんだけど、やはり歌ものは歌詞のアタックっていうのかね?そこを損なわず、まとまりすぎてイージーリスニング的にならないようにしないとね。
 なかなかね、ボーカルとオケを同じレベルでMixしてまとまる人っていないですよ。多分、小田(和正)さんとスピッツの草野マサムネくんくらいじゃないかしら?

 で、世に出た完成がこれ。

 
 あ、なんだ全然今でも聴けるなぁ!やっぱすごいわ、鈴木雄大という人は!  
Posted by seldom_illegal at 11:39Comments(0)TrackBack(0)

2012年07月25日

441 WEST 53rd ST −エキセントリック・アベニュー(by KAI YOSHIHIRO)



改まって、このブログのタイトルにもなっている甲斐さんの楽曲を出してみたりしたのは、またまたこのブログの「別館」ができるというご案内。しかも、今度は音声版、Podcastですよっ、まぁ、あなたっ!(と、トットちゃん風)。

THE RADIO ECCENTRIC AVENUE “STILL CRAZY”
番組サイトはこちら
iTunesでの購読登録はこちら

 なんで、この「本館」(=いつものブログ)でやらないのかっていうと、RSSの設定が有料なんだよ!もうどうにかしてよねー。

 まぁ、前々から構想だけはあったのだけど、なかなかとっかかりがなかったというのは言い訳だな。でもねぇ、最初のいわゆる番組の雛形を作るまでがけっこう難儀なのよね。まぁ、始めちゃったからには、ネタが尽きないようにしないとね。

 初回はなんと、僕自身が十代の頃から出入りしていたレコード屋というかCDショップのマネージャーだった方とのグダグダトークで、結局何のオチもありません(笑)。まぁ、2回目以降のゲストとのトークに期待していてくださいな。

 何はともあれ、僕の思い腰を上げさせてくれた他のPodcasterの皆さんに感謝至極という感じです。ありがとうございました。ということで、新番組「THE RADIO ECCENTRIC AVENUE “STILL CRAZY” 」、改めてよろしくね♪  
Posted by seldom_illegal at 11:06Comments(0)TrackBack(0)

2012年07月08日

希望という名の光(by 山下達郎)



 この歌をステージで歌う前の達郎さんのMC。多少過不足あるかもしれないが、大まかな主旨はこんな感じ。

「僕は、こうして歌い続ける事しかできません。そして、人の幸せに尽くし続けるという事を願い続けて、歌い続ける事しか、僕にはできません。決して生きることを 放棄してはいけません。いろいろな事があるでしょうけども、去って行った人々の分まで、皆で助け合って、励ましあって、悲しくても、苦しくても、辛くても、それでも皆で、生きていきましょう。歌の文句にあるように、夢はいつも必ず叶うもんじゃありません。人生はそんなに甘いもんじゃありません。それでも、生きていきましょう。内輪の色々なことに全く関わりのない今日のお客様に、説教臭い話で、ごめんなさい。本当は今日は、僕は一言も言わずに歌だけ歌って帰ろうと思ってましたけれども、でもやっぱり、これだけは言わずには居られませんでした。どうもありがとう。」

“決して生きることを 放棄してはいけません。”

 それは生きたくても生きることができなかった人だっているからだ。

 かつての仕事仲間の女性の訃報を聞く。
 バイリンガルで頭脳明晰、さらに容姿端麗と来た日にはこりゃもうかないません(笑)。
 確か僕よりも3歳下だったと思うけど、どうみても立ち振る舞いは「頼れるお姉さん」なのだ。机を並べていた時には怒られっ放し、頼りっ放し。

 最後に会ったのはいつだ?たぶんもう4〜5年前くらいに、当時の彼女の勤務先だった外苑前辺りのカレー屋でランチをしたような気がする。それ以降は、年賀状くらいのつきあいでひょんなことからFacebookでもつながる。けっこうその当時の仲間を見つけては仲を取り持ってはいたんだけど、その時にはもう病魔に彼女は蝕まれていたわけで…。
 うーん、今思えばなんか仕事にかこつけないでも会う口実でも作っておけばよかったと痛切に思う。会ったら会ったで例のお姉さん口調で「もう、しっかりしてよねー」と言われるんだろうけど、もはや言われることもなくなってしまったわけだしね。

DSC00147


 写真は新橋烏森口にあった僕行きつけの店に彼女を含めて何人かで行った時の様子。うーん、この時他に誰と行ったのか、まさか「さし」ってことはないはずだし?「じゅんこ」の名前から、店のどんな和歌を書いてくれたのかも今となっては知る術もない。

 身近な人が亡くなった時にいつも頭によぎる歌のフレーズがある。それはASKAさんの「君が家に帰った時に」の冒頭、「君が死んでも僕は生きるよ」だ。


 あなたが生きられなかった分、達郎さんじゃないけど生きることを放棄してはならない。あなたが生きたかったの分までとかいうのはおこがましいけど、「あなたが死んでも僕は生きるよ」。

 三本木順子さん、あなたの人生のほんの少しの構成要素に自分がなれたこと、改めて感謝します。でも、「さよなら」は言いません。言う度胸が僕にはないのです。だから、何度でも言います。

 「君が死んでも僕は生きるよ」  
Posted by seldom_illegal at 19:52Comments(0)TrackBack(0)

2012年06月30日

言葉にできない(by オフコース)



 今年もまた6月30日がやってきた。“5人の”オフコースの最後のパフォーマンスからもう30年。なんか毎年この日と2月26日(“4人”になったオフコースが東京ドームで解散した日)は「命日」じゃないけど、こう背筋が正されるような気がするだよね。

 小田さんソロの「言葉にできない」がすっかり世間では「名曲」扱いされてるけど、オリジナルのバンドバージョンもなかなかでしょ?ただ、最初レコードで聴いた時には「ながーい」「たるーい」と思ってしまうのは感受性の幼さなのか(笑)。確かに小田さん自身も“LOOKING BACK(=リメイク)”する時に「おいしいとこどりした」とは言ってたけど、やっぱりねこの曲には松尾一彦大先生のクロマチックが不可欠なのだよ!

 改めてこの映像観て感慨深いのが、単に30年前という話じゃなく、たった5人でほとんどシーケンス(同期)もなくよくこれだけ爆音が出せるよなということ。
 この曲に限って言えば、
*小田さん:フェンダーローズ(エレピ)、エンディングでプロフェット5
*Yassさん:イバニーズAR12弦ギター
*仁さん:(多分)ミュージックマンスティングレイ、エンディングだけモーグシンセフットベース
※余談だが、このフットベースは翌年なんとTULIPのツアーに貸し出されている。安部、宮城の両名でツインリードを取る場面があり、ベース不在のため、ステージ脇でなんとツアースタッフがこれで演奏したという逸話がある。
*松尾さん:間奏までは小田さんのシンセフレーズのおかず入れ、間奏以降はクロマチックハーモニカ、エンディングは再びシンセ
※また余談だが、5人時代のライブ版「眠れぬ夜」の例のイントロは松尾さんが実は弾いている。
*ジローさん:バスドラでひたすらリズムキープ、そしてエンディング直前にそのままおかず入れ

 小田さんに至ってはエレピ2台、クラビネット、プロフェット5が3台という“穴熊”状態で、当時はこれがカッコ良かった。今ステージ上の鍵盤が最小限で済むのは、脇に音源を置いておいて、指令を出すのがメインと考えればわかりやすいけど、この当時はほぼ手弾きですからね(笑)。隔世の感があるなぁ…。

 隔世の感というわけではないけど、ここ最近面識があるない限らず、なんとなく近い世代の業界関係者の訃報を目にする。例のイエローキャブの社長さんなって全然面識もないけど、元ニッポン放送の塚越さんなんてもろに番組聴いていた世代だしさ。やっぱりしゃべる現場にいたかったんだろうなぁ…。
 そんな中、僕が最初の会社で世話になった上司というか先輩というか、その人が昨年の秋頃亡くなっていたことを知る。しかも聞けばこれまた自殺。ああ、ほんとうにこの国って自殺が多いんだなと改めて思う…。
 そういえばかれこれ10年弱会っていない。その人は善くも悪くも旧いタイプの業界人。そういえばメールは読めるけど打てない人だった(笑)。だからってわけじゃないだろうけど、「ITと一番遠いけど、ITを最も取り入れないと立ち行かなくなった」現在の業界では居場所がなくなったのかも知れない。
 以前転職のエージェントに「鮭さんみたいな人は珍しいですよ。大抵あちらの業界出身の方のスキル、キャリア、ものの見方って市場としてはニーズが生まれにくいんですよ…」と言われたことがある。まぁ、自分はある意味どっちつかずのコウモリな部分があるから生き存えていられるのかもしれないなぁ…。でも、評論家になるなら熱心なファンのままでいたいよね(笑)。

 生きてるだけで丸儲け。自分が必要とされる場所は必ずあるんだろうし、これだけソーシャルな関係が構築できるのなら、わざわざ自分に苦行を強いてもそれが報われるんだろうか?って思うこともある。なんかそんな時間さえ無駄でしょ?的なね。でも、でも、そこにその人はそこに辿り着けなかったってことなんだろうな。酒癖悪くてよく絡まれたけど、どこか寂しそうだったな。でも、居場所は自分で見つけて行かないと…。

 さようなら、薗部好美さん。そしてありがとうございました。

  
Posted by seldom_illegal at 10:02Comments(0)TrackBack(0)

2012年06月26日

裸の王達 (by 浜田省吾)



 久しぶりに会った奴。優秀なエンジニアは時として優秀なアーティストにも似ている。でも、ただ単に学校の成績が優秀レベルでは困る。人格というか品性の問題なんだ。

 その彼も優秀な高校を出て、優秀な大学を出て、有名企業に就職。でも、そこから先がない。
 彼が僕と付き合い始めたのは、きっと僕のような人間を“配下”に置きたかったからなんだろうけど、いやもうこれが大変(笑)。初対面の商談相手との打ち合わせに遅れるのはザラで、到着しても「遅れてスミマセン」を口にしたこともない。あとでどれくらい僕がフォローしたか数知れず。そういう事実を指摘してもぽかーんと「え?、どうして?」なのだ。

 まったく悪気がない、天然かつKY。

 今回は今回で、仕事上であるソフトのスキルのニーズが発生し、彼にそのスキルの有無を聞いたところ、「そんなものは古い、遅れている。使えない」を連呼。最終的に言いたいのは「だから、僕ってすごいでしょ?」なのである。

 うん、すごいよ、そのKYっぷっり(笑)。それって思いっ切り話し相手のクライアント批判であって、そんな奴に誰が仕事の相談をするかよ、ボケ。  
Posted by seldom_illegal at 17:31Comments(0)TrackBack(0)

2012年06月22日

RADIO! RADIO! RADIO! (by 布袋寅泰)

 
 忘れていたわけではないけど、すっかり放置してしまったこの“本宅”。みなさんごきげんいかがでしょうか(笑)。

 なんかもうすっかりSNSの方に軸足が置かれつつ、かつブログメディアは死んだとか言われつつも、やはりここに帰って、いや還って来てしまうなぁ。
 確かに“別館”のtumblrの方が更新頻度は当然高いわけで。でも、相変わらずアクセス数はそこそこあるようで、うれしいやら申し訳ないやらだな、ほんと。

 実は昨夜、某Podcast番組に僭越ながらゲストとしてお邪魔させて頂いた。Skype越しに顔見ずに話すのってけっこう難しいのねと改めて痛感。どこで会話を差し込むかのタイミング、話を遮っちゃいけないっていうのが表情見えずってこれはハードル高いな、と。

 実は昨年後半、番組制作側としてやっていた番組あったのだけど、現在開店休業状態(笑)。何かを発信するってことは自分の引き出しの中身を小出しにすることなわけで、それが枯渇するともうしゃべることがなくなるんだよね。クリエーターも一緒で、よくいう「充電」とかはまぁその類だったりなんかする。

 浜田省吾さんがね、バンドメンバーの福田(裕彦)さんの書いた歌詞に、「ねぇ、この歌詞書いてて照れくさい?照れくさがっってないでしょ?歌詞なんてね、もう、わぁ恥ずかしい!っていうくらいじゃないと伝わらないよ」って言うのもわかるし、小田(和正)さんが「この歳になって“君を抱いていいの〜”と歌うのは想像できなかった(笑)」、もっと昔は「歌ってる瞬間、オフクロ顔、ちらつくんだよね(笑)」というのも言い得て妙だよな。

 そんなこんなでPodcastの話。「マスメディア」というものがあるのなら「スモール」ならぬ「ミドルメディア」くらいの存在にはなってるんじゃないだろうか?
 だからなんていうのかな?テレビとかで、Podcastとかソーシャル系の話題が出てくると、なんか「そこに入り込んでくるんじゃねぇよ!」って気持ちになることがある。あと、変に商売っ気を持ち込みたくないなって気もする。いや、そりゃ仕事とまではいかなくても実入りが多くなるのはうれしいんだけどさ(笑)。

 前々からなんとなくひとりかゲスト入れてのしゃべりの番組の構想はあって、なんか昨夜の収録でもう少しモチベーションも上がって来てしまったかもな(笑)。「言いたいこと」があればやればいいし、なければ止める、それが最低限の責任の取り方なんだろうしね。

282937_378062388914425_222585727_n

 そして、ごく一部で判断・評価されることへの覚悟ってものも必要だよな。

 さて、番組名はどうしようかな?

  
Posted by seldom_illegal at 15:08Comments(0)TrackBack(0)

2012年03月16日

LOVE WAY(by 尾崎豊)

文学、思想、宗教を深く掘り下げ、戦後の思想に大きな影響を与え続けた評論家で詩人の吉本隆明(よしもと・たかあき)氏が16日午前2時13分、肺炎のため東京都文京区の日本医科大付属病院で死去した。87歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者のみで行う。喪主は未定。  今年1月に肺炎で入院し、闘病していた。長女は漫画家ハルノ宵子さん、次女は作家よしもとばななさん。  1947年東京工大卒。中小企業に勤めるが組合活動で失職。詩作を重ね、「固有時との対話」「転位のための十篇」などで硬質の思想と文体が注目された。 (共同)

 自分の中でも浪人中から大学生時代にかなり読み耽った。浪人時代の先生の影響も大きかったかな。あとはうちの母親が何度か勉強会で自宅にお邪魔したこともあるらしい。

 それから10年くらいして、女優・松雪泰子さんの弟が「最近これ読んでるんだ」と言ったのを目の当たりにして、複雑な気分になったのは、同類嫌悪ってやつだろうか(笑)。

 尾崎豊の楽曲「LOVE WAY」。これは土台に隆明(りゅうめい、と僕は呼ぶことが多い)の「共同幻想論」があるのは間違いない事実。

“真実なんてそれは共同条理の原理の嘘”

 

 隆明の主張、そして尾崎がこの曲で伝えたかったこと。それは「わかってほしい」と「簡単にわかられてたまるか」という二律背反の気持ちがそこに存在するような気がする。

 「LOVE WAY」とは「恋の道」でなく、「愛する手段、方法」という意味だ。「人間なんて愛に跪く」とは「人は愛がなければ生きられないんだよ」ということを逆説的に伝えていると思うのだけれど、どうだろうか?

 隆明の死はまた何か自分の中で得体の知れない喪失感が生まれたことは否めない。
   
Posted by seldom_illegal at 12:00Comments(0)TrackBack(0)

2011年12月31日

物語は続いて行く(by TO BE CONTINUED)

 うーん、すっかりFacebookTwitterにかまけて、本宅がおろそかになっていた(笑)。

 今年のことを総括するともうひとことでは言い尽くせないのはみなさんと一緒。でも、確実に言えるのは、もう「3.11以前の日常ではない」ということ。歴史を振り返っても、明治維新以降ってまだたかだが140年だし、戦争や自然災害がない期間の方がよっぽど少ないんだよね。だから、いかに僕らは当たり前じゃない空間を生きていたのかもしれない。

 昔はよかったって言う人がいる。まるで今の若い世代がだらしがないかのような口ぶりで。
 でも冷静に考えると、そのよかった昔はさらのその先達達が作り上げたものだし、現在はその嘆いてる連中が作ってしまったものじゃないだろうか?

 大人気ないとかお里とが知れるとか、子どもの頃思っていた大人ってもっと完全無欠だったし畏怖の対象だった。自分が大人と呼ばれる年齢になって子供達がそう思ってくれているのかがわからない。いや、自分から周囲への距離感って不思議なくらい変わってないような気がする。

  

 この年末、久々にいい音楽に触れて来た。うれしかったのは時間が経っても体が覚えていたことだ。
 また彼らに限らず、今年は数多く再会もあったこれもひとえにソーシャルネットワークのおかげかもしれないな。





 来年はここしばらくさぼっていた分、取り返すからね。
 ちゃんとブラックデニムとブーツで「武装」してね(笑)。

 今年もみなさんお世話になりました。
 来年もぜひ面白いことを世の中に生み出していきたいですね。改めてよろしくお願いいたします。  
Posted by seldom_illegal at 19:35Comments(0)TrackBack(0)音楽 | 忘れ得ぬ人

2011年10月07日

さようなら(by NSP)

steve

 このなんとも言えない喪失感は一体何なんだろうか?

 近親者亡くなっても涙が出ないという友人が号泣した。僕は昨日からボーッとしている。
 Appleという会社自体は継続するだろうけど、スティーブはもういないのだ。いくらその精神は生き続けると言ってもね。

 自分のMac遍歴を振り返ると、

*LC575→PowerMacintosh5500/225→iBook3G→PowerBookG4→iMac5G,iBook4G→InteliMac→iMac2009(今ここ)

うーん、こんなに持ってたかぁ(笑)。

 各Appleストアには半旗が掲げられ、献花がなされる、そんなことが他の企業のトップの訃報の際にはまずありえないよな。スティーブは僕らがやりたくてもできないことを軽々とやってのけてしまうヒーロだったのだ。日本人でこういうタイプの人は絶対出てこないよな、周囲に潰されるのがオチ(笑)。

「できない理由を削除すれば、できるようになるだろう?」
「やらないのか、出来ないのか、どっちなんだ?」

 まぁ名言は挙げれば切りがないよ。でもねぇ、何と言うかなぁ。彼に言えるひとことは、

“楽しかったよ、スティーブ、ありがとう!”

 
 できれば、“ONE MORE THING!”もあればなおよし…。

  
Posted by seldom_illegal at 07:24Comments(0)TrackBack(0)

2011年08月10日

言葉にできない(by 松尾一彦)

 曲名を見て、「え?小田さんじゃないの?」と感じる人も多いと思う。

 しかし、これはまぎれもない松尾一彦バージョンの「言葉にできない」。



 この曲がオフコースのアルバムの1曲としてリリースされた30年前、正直「ながーい」「単調」という気持ちがあったのは確か。ただ、この曲がしみるのは1982年6月、5人のオフコースによる最後の武道館公演における小田さんの涙だろう。実際はその7年後の、本当の解散ライブでも小田さんこの曲でボロ泣きだったのだが…。



 小田ソロもしかり、この曲って実に多くのアーティストにカバーされてるんだよね。特に小田さんのソロバージョンは「ながーい」という部分をバッサリ切ったおいしいとこ取りと言えなくもないのだが…。

 うーん、何か違う?という思いがずっとあった。

 それが今回の松尾バージョンで氷解。そう、ハーモニカなのである。
 この曲にはやはり松尾さんのハーモニカが必要なのだと改めて痛感

 その松尾さん、昨年オフコース時代の持ち歌をセルフカバー。しかも、ピアノの演奏は小田さんというおまけ付きだ。



 あぁ、この曲ってこんな曲だったんだって改めてよさを再認識してしまう自分がいる。

 それにしても松尾さん、今でも足下はブラックのコンバースなんだなぁ…。多感な頃、コンバースはいたのって絶対彼ら(オフコース)の影響だよね、僕は。

 ついでに、この曲も作詩:小田/作曲:松尾のゴールデンコンビによる作品。



 もうどうしようもなくAORなのがたまらないなぁ…。
   
Posted by seldom_illegal at 07:00Comments(0)TrackBack(0)