2007年02月26日

ブラジル歴代クラッキ列伝 FW編

PELE

最終回は、アタッキングサッカーを体現するブラジルで、それぞれの時代の顔となった偉大なアタッカンチ(FW)たちを取り上げたいと思う。何人にするかずいぶん迷ったが、点取り屋の宝庫なだけに、20人に絞るのが精一杯だった。その代わり一人当たりの量を少し減らした。

1.フリーデンライヒ
 ブラジルサッカー史上最初のクラッキと言われるストライカーで、生涯で1300ゴール以上を挙げ、この数字はペレをも抑えて堂々の世界一、ギネスブックにも登録されている。彼は主にパウリスタというチームで活躍し、サンパウロ州選手権で6度得点王に輝いた。1919年にはブラジル代表としてコパ・アメリカで初優勝し、得点王&MVPを獲得している。1930年の第一回ワールドカップは残念ながら怪我で出れなかった。ゴール数でペレを超えているとはいえ、ディフェンスがまだまだ未熟だった時代のこの記録は信憑性以前に比較すること自体バカバカしい。彼は伝説上のクラッキとして人々の仮想上の世界で生き続けている。

2.プレギーニョ
 1930年ウルグアイ大会でブラジルのワールドカップ初ゴールを含む2ゴールを記録したストライカー。フルミネンセに所属していた彼はサッカーだけでなく、水泳、バレー、バスケなど、ありとあらゆるスポーツでその溢れんばかりの才能を開花させた。彼は有名な作家、コエーリョ・ネトの息子でもあったが、コエーリョのこの言葉からも当時のサッカー選手の地位が(結婚を引き換えに引退した)マルコスの時代より向上したことが読み取れるだろう。「最近せがれは“コエーリョの息子”と呼ばれなくなって、代りに私が“プレギーニョの親父”と呼ばれるようになった。」

3.レオニダス・ダ・シウバ
 オーバーヘッドキックの発明者としても知られる彼は「黒いダイアモンド」との異名を取り、対戦した世界中のDFたちを恐怖に陥れてきた。彼はブラジル代表最初の黒人選手でもある。これはチャールズ・ミラーによって伝えられたサッカーというスポーツが最初一部のヨーロッパ系移民によってプレーされていたことにも影響されているが、いずれにしろ、レオニダスの出現は黒人選手の地位を著しく向上させた。彼は34、38年大会に出場し、後者では8得点を挙げて得点王に輝いている。準決勝でイタリアに破れたのだが、彼はそれをベンチで見届けなければならなかった。当時のアデマール・ピメンタ監督は知将として知られ、今の強豪チームでは当たり前になりつつあるローテーション制を最初に導入した人物でもある。対戦相手によって二つのチームを使い分けていた彼は、よりによってイタリア戦でエースのレオニダスを温存してしまった。まだ選手交代のルールがなかった時代である。策士、策に溺れたり。レオニダスはその後もセレソンのエースとして君臨し、戦争後再開した1950年大会の直前までドミンゴス・ダ・ギア(CB編参照)らと活躍していた。

4.アデミール・メネセス
 1950年大会に出場し、エースとして9ゴールを奪ってブラジルの準優勝に貢献した大ストライカーである。アデミール・ダ・ギア(MF編参照)の父でもある。バスコで長く活躍した彼は、セレソンでジャイール、ジジーニョらと驚異の得点力を誇り、ブラジルの優勝は動かないものと思われていた。マラカナンの悲劇(GKバルボーザの項参照)で彼らは栄冠を掴むことができなかったが、そのアタッキングサッカーは今日にまで伝わるブラジルスタイルの原点とも言えるもので、そしてブラジル国民のセレソンに対する関心を一気に引き上げた功績は高く評価すべきだろう。なお、ジジーニョとジャイールも名ストライカーだったが、彼らに関する情報は限られていて、アデミールと同じようなことしか書けないので割愛させていただいた。

5.ジュリーニョ
 54年大会に出場した右ウィング。ワールドカップ後フィオレンティーナに移籍、初めてヨーロッパで成功を収めたブラジル人選手といってもいい。俊足を活かした突破で、フィオレンティーナのオールドファンの間ではクラブ史上最高の選手とも。

6.マゾーラ
 1958年大会に出場し、当初はスタメンだったが、途中からペレにその座を奪われた。ニックネームの由来は容貌が昔のイタリア代表のマッツォーラ(サンドロではない方)に似ていたからで、後にミランに移籍し、イタリア代表として1962年のワールドカップにも出場した一風変わった経歴の持ち主でもある。

7.ペレ
 名選手列伝を参照してほしい。

8.ガリンシャ
 小鳥を意味するそのニックネーム通り、セレソンの右の翼となった。小児麻痺で生来両足の長さが違う彼はそのハンデをものともせず、逆に独特のリズムで相手を翻弄しまくった。ソ連との試合で相手選手を7人交わしたという伝説をつくり、ゴールを決めていたらマラドーナの5人抜きをもはるかに凌ぐインパクトを残していただろう。当時の解説者に言わせると、「ガリンシャはまるで相手選手をみんな2回ずつ抜いてからゴールを決めたいかのようだ。」緩急をつけたそのドリブルにDFはバランスを崩して狼狽した。58年にペレと共に途中からスタメンを奪っては鮮烈にデビューを飾った彼は、62年にセレソンの救世主となった。ペレをグループリーグで削られてエースのいない大ピンチの中、ガリンシャはチームを頂点まで押し上げたのだった。ロングシュートにヘディング、ありとあらゆるパターンで得点を重ねた彼は、終わってみれば大会の主役の座をペレからいただいたのだった。しかし、失意のイングランド大会から彼のキャリアも下り坂に入り、アル中だった彼は引退後家族からも見捨てられ、ついには40台で病床に臥し、見届ける人もいないで寂しく、その短く華々しい人生の幕を下ろした。

9.ババ
 ワールドカップに58、62年と二大会に出場し、共に優勝した負け知らずのアタッカンチ。後者では4得点を挙げ、得点王(4人並んで)に輝いた。当時のチームメイトにジジ(MFの項参照)もいたことから、日本人には印象深いコンビではなかろうかw

10.エバリスト
 数あるセレソンのアタッカンチでワールドカップに出たことすらない彼の名を挙げたのは、彼がセレソンの一試合での得点記録保持者だからだ。1957年のコロンビア戦で彼は5ゴールを挙げた。彼がワールドカップに出れなかったのには早くにバルセロナに移籍したのも影響している。当時のセレソンは合宿の関係ですべて国内組で構成されていたからだ。バルセロナで彼はリーガエスパニョーラ最初のブラジル人得点王になり、ベベット、ロマーリオ、ロナウド、リバウド、ロナウジーニョらがスペインに上陸するずっと昔の話である。引退後の85年にはセレソンの監督も務め、ワールドカップイヤーの86年にテレ・サンターナにバトンタッチした。

11.トスタン
 1970年大会アーカイブを参照してください。

12.ジャイルジーニョ
 1970年大会アーカイブを参照してください。

13.レイナウド
 1978年大会のエースストライカーで、アトレチコ・ミネイロでゴールの山を築いた。相手のペナルティエリアはまさに彼の庭で、ブラジル人らしい巧みなゴールを次々と決めていった。82年大会もエースとして期待されながら、負傷で参加できなかった。彼かカレッカ(ダジャレではない)のどちらかがセンターフォワードとして出ていたら間違いなく優勝していたと信じるファンは少なくない。

14.ロベルト・ディナミッチ
 78、82年と二大会連続負傷離脱選手の代りに召集を受けたラッキーボーイ。いや、ラッキーボーイという言葉は実力者の彼に失礼だ。何しろ彼はジーコをも押さえ、ブラジル全国選手権の通算得点記録の保持者なのだ。ただワールドカップ前に調子を落としたりして補欠リストにまわっただけというべきだろう。英語読みするとダイナマイトという名前通り、彼は初出場の78年大会でレイナウドから主役の座を奪い、その殺傷力の高さを示して見せた。

15.セルジーニョ
 82年大会でレイナウド、カレッカの相次ぐ怪我を受けてレギュラーに抜擢された長身のストライカー。しかし黄金のカルテットに比べて明らかに力不足だった彼は攻撃に大ブレーキ、2ゴールを挙げたものの無駄にしたビッグチャンスは無数。ワールドカップでの大失態とは打って変わって、サントスでの彼のキャリアは輝かしいものだった。全国選手権での通算得点記録三位の彼は間違いなく80年代を代表するストライカーの一人だった。

16.カレッカ
 80年代から90年代初頭にかけて世界を股にかけて活躍したアタッカンチである。エースストライカーとしてあのマラドーナとともにナポリの全盛期をリードしたことでも有名である。82年にグアラニで大ブレイクした若きストライカーはスペイン大会への切符を手中にしながら直前の怪我でエースの座をセルジーニョに譲った。高精度のシュートで抜群の決定力を誇ったカレッカは4年後、巻土重来して5ゴールを決めてそのポテンシャルの高さを誇示した。90年大会でも2ゴールを決め、セレソン随一のスター選手として低迷するチームを力いっぱい引っ張った。現役生活の終盤には柏レイソルでも活躍し、Jリーグの発展にも力を添えた。ちなみに「カレッカ」とはハゲの意味であるが、彼は今なおフサフサである。

17.ロマーリオ
18.ベベット
19.エジムンド
20.ロナウド

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コメント一覧

1. Posted by コスプレギャルとハードなSEX   2011年10月06日 19:06
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