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マークジェイコブス(MARC JACOBS)

マークジェイコブス(MARC JACOBS)


(以下、ファッションプレスより)

ブランドの始まり

1986年、マーク ジェイコブスは自身の名を冠したブランドでコレクションデビュー。また現在「ルイ ヴィトン」のアーティスティック・ディレクターも担当。

マーク ジェイコブスについて

マーク ジェイコブス(MARC JACOBS)は1963年、アメリカのニューヨークに生まれる。81年、パーソンズ入学。在学中からペリーエリス賞などさまざまな賞を受賞し、また自身で作ったハンドニットのセーターをブティックに売るなど活躍する。

84年、ロバート・ダフィとパートナーシップを組む。二人はジェイコブス・ダフィ・デザイン社を設立、この関係は現在でも続く。(現在はロバート・ダフィが社長を務める。)

1986年「マークジェイコブス」のブランドで初のコレクションを開催。87年CFDAの新人デザイナー賞を最年少で受賞。その後、CFDAのウィメンズ・デザイナー・オブ・ジ・イヤーを2度受賞。88年にパーソンズを卒業。

88年からダフィとともにペリー エリスに入り、レディーススポーツウェア(カジュアルウェア)のデザインを監修する。若くしてニュヨークを代表するデザイナー「ペリー エリス」の後継者となる。(同時期にトム フォードがペリーエリスにいた。)

徐々に普及していたグランジファッションが もつダウン・ビートに影響を受け、素材を生かしたレイヤードデザイン、「グランジ・コレクション」をペリー エリスのコレクションで発表し、好評を博す。しかし保守的なエリスの顧客にはマーク ジェイコブスのデザインは受け入れられず、コレクションラインを終了、契約中に解雇されることになる。

96年、セカンドライン「マーク ジェイコブス・ルック」をスタート。97年、プレタポルテに参入することを計画していたルイ ヴィトンの アーティスティック・ディレクターに抜擢される。レディース・メンズウェア、アクセサリー全般を監修する。1998A/Wよりパリ・プレタポルテ・コレク ションでルイ ヴィトンのレディースコレクションラインがデビュー。最高に贅沢な素材を使用、上品で精妙、シンプルなデザインを発表。

ルイヴィトンが老舗のバックブランドから一流の「ファッションブランド」にまで成長することに大きく貢献。ルイヴィトンの売上も大幅に増加し、ブランドとしての絶対的な地位を築く。メンズラインは2000年よりスタート。

2001S/Sより、「マーク・バイ・マーク ジェイコブス」をスタート。ルイ ヴィトンの親会社のLVMHが資本参加したことで「マーク ジェイコブス」のブランドは世界的に拡大。アクセサリー・コレクションの発表、02年、メンズ・レディースのフレグランスも展開している。

マーク・バイ・マーク ジェイコブス原宿店が2007年7月オープン。


(以下、ファショコン通信より)


<マークジェイコブスの公式サイト>

・marc jacobs
 http://www.marcjacobs.com/

●マークジェイコブスの取扱サイト

【伊勢丹】I ONLINE
ZOZOTOWN
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セレクトショップ・マナマナ









グッチ(GUCCI)

グッチ:GUCCI

(以下、ファッションプレスより

ブランドの始まり・・・

1921年、グッチオ・グッチがフィレンツェのヴィーニャ・ヌォーヴァ通り(7 Via della Vigna Nuova)に旅行鞄や馬具を取り扱う皮革製品店を創業。

グッチについて

グッチオ・グッチ(Guccio Gucci)は1881年、イタリアの、フィレンツェ生まれ。1921年、グッチオ・グッチは、フィレンツェのヴィーニャ・ヌォーヴァ通り(7 Via della Vigna Nuova)に旅行鞄や馬具を取り扱う皮革製品店を創業する。

グッチは「最上の伝統を最上の品質で、しかも過去のよいものを現代に反映させる商品作り」をコンセプトとする。品質保証を示すために、世界で初めてデザイ ナーの名前を入れて商品を販売。グッチオ・グッチの考案した、自らの頭文字をあしらったダブルGのモノグラムが有名となる。グッチオは1953年に死去。

グッチオの死後、息子アルドが経営の中心となり、65年ビットモカシン、68年、レディスウェア、70年代に香水を発表し、ブランドのラインナップを増や していく。80年代に入り、グッチは、グッチオの4人の息子によって運営されていたが、最終的にはグッチオの孫にあたるマウリッツィオの手に渡る。

89年グッチ復興を願って当時、バーグドルフグッドマンの女性社長だったドーン・メロウをクリエイティブ・ディレクター兼副社長に就任。彼女はジェフリー ビーンのデザインチームにいたリチャード・ランバートソンを採用。

90年、マーク ジェイコブスが率いるペリー エリスで同社のブリッジラインにてスポーツウェア(カジュアルウェア)をデザインしていたトム フォードをレディスのデザイナーに抜擢。彼は、ほとんど一人でウェア、アクセサリー、ギフトなど、グッチの11にも及ぶラインのデザインを手がけ、いずれもコレクションは好評を博し、グッチを大きく成長させた。

93年、マウリッツィオは株をアラブ系投資グループのインベストコープ社に売却。こうしてグッチは、70年に及ぶ同族企業としての体制は幕を閉じた。

インベストコーブ社は、グッチ・グループN.V.社を設立し、グッチ・アメリカ社の社長だったドメニコ・デ・ソーレ(Domenico de Sole)がCEOに就任。ドーン・メロウは、後任のクリエイティブ・ディレクターにトム フォードを推薦し、94年、フォードがクリエイティヴ・ディレクターに就任した。

フォードは、マウリッツィオからそれまでのエレガンスなクラシック路線ではなく、モードを打ち出し、やがて、そのデザインは爆発的な注目を集める。93年 には2億ドルだった売り上げは99年には12億ドルまで拡大。(この間にインベストコープは株式を売却して、グッチは一度、独立している。)

99年、LVMHの敵対的買収の噂もある中、フランスの流通大手PPR社のグループに入る。

デ・ソーレの経営手腕もあり、グッチは急速に事業を拡大。1999年、セルジオ ロッシを買収。2000年、宝飾メーカー、ブシュロンイヴ・サンローランを買収。2001年、アレキサンダー マックイーンの株式の51%を獲得。その後、バレンシアガの株式資本の91%を所有し、次々にグッチの傘下におさめていく。また同時期に、皮革メーカーだったボッテガ ヴェネタを買収している。2002年には、グッチグループからステラ マッカートニーがデビューした。

2001年、トム フォードがイヴ・サンローランリヴ・ゴーシュのデザイナーにも就任しグッチと兼任するなど、フォードとデ・ソーレは影響力をフルに発揮した。約10年間に 渡る大活躍のデ・ソーレとフォードだったが、2004年4月30日付で退任した。ブランド・コントロールの問題で親会社PPRと対立したのが原因と言われ る。

2004年5月より、フォードの後任として、レディースウェアラインのクリエイティヴ・ディレクターに、アレッサンドラ ファキネッティが就任。尚、メンズウェアラインはジョン・レイが、アクセサリーラインはフリーダ ジャンニーニが担当していた。  

2005年、ファキネッティが、方針を巡る意見の相違を理由にレディースウェアのクリエイティヴ・ディレクターを辞任。後任にジャンニーニが就任。 2006年ジョン・レイがメンズウェアのクリエイティヴ・ディレクターを辞任。このときも後任には、ジャンニーニが就任し、結局、ジャンニーニが、グッチ のレディース・メンズライン、アクセサリーラインをすべて努めることになった。

フリーダ ジャンニーニの、セクシーさの中にフェミニンな要素が含まれるファッションは、好評で、コレクションの時の彼女のファッションまで話題になっている。

 

 

(以下、ファショコン通信より)


<グッチの公式サイト>

・gucci(英語)

■グッチの取扱サイト■

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