ミラノ

エトロ(ETRO)

エトロ(ETRO)

(以下、ファッションプレスより)

<エトロ:ETRO>

■ブランドの始まり

1968年、ジーモ・エトロがミラノに会社を設立。

◆エトロについて

ジンモ・エトロ(Gimmo Etro)は1940年ミラノに生まれ。アンティークの収集家でで、義父の家業を継ぐために、68年インドのカシミール・ショールの紋様を自身の手で再現 すべく、テキスタイルメーカーとしてミラノに「エトロ」社を設立。19世紀後半には完全に姿を消していたカシミール紋様を独自の技法とセンスで現代に蘇ら せる。

81年、「ペイズリー」の名称でお馴染みのカシミール紋様をあしらった生地や家具、カーテン等を発表。テキスタイルメーカーとして評価を得る中で、ジンモ は自らが創り出したカシミール紋様の織物やプリント生地を使った壁や家具の布貼り、カーテンなどを発表。ここで、製品に「ETRO」というブランド名をつ け、2000種以上にも及ぶカシミール紋様をあしらったホームコレクション(ベッドカバー、テーブルクロス、毛布、ガウンなど)を発表する。

84年、ペイズリー柄をプリントしたバッグを完成させ、ネクタイ、ショール、小物類を加えたのアクセサリー分野にも進出。88年に香水を発表し、さらにメンズ・レディースを含めたトータルウェアブランドに成長。

1997S/S、ミラノで初のレディースコレクションを発表。同時にメンズコレクションも発表。 1997A/Wから、次男キーン・エトロがクリエイティヴ・ディレクターを務める。2000S/Sより長女ヴェロニカ・エトロがレディースウェアのチーフ デザイナーに就任し、兄キーンとの共同製作としてコレクションを発表。

現在はジンモ・エトロ社長のもと、ヤコボ、キーン、イッポリト、ヴェロニカの4人の子供たちが経営している。

ジンモ・エトロ(Gimmo Etro)は1940年ミラノに生まれ。アンティークの収集家でで、義父の家業を継ぐために、68年インドのカシミール・ショールの紋様を自身の手で再現 すべく、テキスタイルメーカーとしてミラノに「エトロ」社を設立。19世紀後半には完全に姿を消していたカシミール紋様を独自の技法とセンスで現代に蘇ら せる。

81年、「ペイズリー」の名称でお馴染みのカシミール紋様をあしらった生地や家具、カーテン等を発表。テキスタイルメーカーとして評価を得る中で、ジンモ は自らが創り出したカシミール紋様の織物やプリント生地を使った壁や家具の布貼り、カーテンなどを発表。ここで、製品に「ETRO」というブランド名をつ け、2000種以上にも及ぶカシミール紋様をあしらったホームコレクション(ベッドカバー、テーブルクロス、毛布、ガウンなど)を発表する。

84年、ペイズリー柄をプリントしたバッグを完成させ、ネクタイ、ショール、小物類を加えたのアクセサリー分野にも進出。88年に香水を発表し、さらにメンズ・レディースを含めたトータルウェアブランドに成長。

1997S/S、ミラノで初のレディースコレクションを発表。同時にメンズコレクションも発表。 1997A/Wから、次男キーン・エトロがクリエイティヴ・ディレクターを務める。2000S/Sより長女ヴェロニカ・エトロがレディースウェアのチーフ デザイナーに就任し、兄キーンとの共同製作としてコレクションを発表。

現在はジンモ・エトロ社長のもと、ヤコボ、キーン、イッポリト、ヴェロニカの4人の子供たちが経営している。

■デザイナー

ヴェロニカ・エトロ(Veronica Etro)は、1974年、ミラノ生まれ。イギリスのセントマーチンズを卒業。 2000S/Sシーズンからレディスのチーフデザイナーに就任。

キーン・エトロ(Kean ETRO)は、 1964年ミラノ生まれ。ケンブリッジ大学とミラノ大学で中・近世史を学ぶ。 84年、エトロ社に入社。90年より現在まで、シーズンカタログのアートディレクターとしてイメージ戦略を総括。1997A/Wよりレディース・メンズコ レクションのクリエイティヴ・ディレクターに就任。


 

(以下、ファショコン通信より)


<エトロの公式サイト>

・ETRO FAR EAST (日本語)
http://www.etro.co.jp/

●エトロの取扱サイト

モダンブルー
SPACE&Co.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ドルチェ&ガッバーナ(DOLCE & GABBANA)

ドルチェ&ガッバーナ(DOLCE & GABBANA)

(以下、ファショコン通信より

ドルチェ&ガッバーナのブランド情報

  1982年に創立したイタリアのアパレルブランド
  創立者はドメニコ・ドルチェ(Domenico DOLCE)とステファノ・ガッバーナ(ステファノ・ガッバーナ)。
  ドメニコ・ドルチェは1958年8月13日、イタリアのシチリア島に生まれる。生家は縫製工場を経営、彼は工場を手伝っていた。マランゴーニ・ファッション学園出身。
  ステファノ・ガッバーナは1962年11月14日、イタリアのヴェニスに生まれる。マランゴーニ・ファッション学園出身。グラフィックアートを学び広告代理店に勤めた経験がある。
  互いにゲイで有名で、一時期は交際していた。
  1980年、ミラノのファッションデザイナーのスタジオで働いている時に出会う。
  1982年、ミラノの中心部にオフィスを構える。
  1985年、ミラノでレディースコレクションを発表。
  1987年、ニットウェアコレクションである「ル・マグル・ディ・ドルチェ&ガッバーナ」を発表。   1989年、ランジェリーとビーチウェアを発表。   1990年、メンズウェアラインを発表。
  1990年、ミラノにレディースのオンリーショップをオープン。
  1991年、メンズのショップをオープン。
  1994年、セカンドライン「D&G」を発表。生産・販売はイタリアのイッティエレ社が担当。他、「ドルチェ&ガッバーナ・ジーンズ」や「&」がある。
  1996年、ニューヨーク・コレクションにも参加。
  2000年、デストロイ・ジーンズを発表。当時、クラッシュ加工が流行した。
  2005年11月15日、ブランド創立20周年を記念した書籍である「20 Years DOLCE & GABBANA」を発表。同書籍は20年間に渡る服作りの秘話やキャリアをアンソロジーの形でまとめたもので、デザイナーが互いに向けて著書を書き下ろすというスタイルになっている。
  2006年4月14日、東京・銀座に路面店である「ドルチェ&ガッバーナ銀座」をオープン。総売場面積は約580平方メートル。
  2006年、サッカー・ワールドカップドイツ大会において、イタリアの公式スーツ及びウェアを提供。
  2006年、アメリカの通信機器メーカーであるモトローラ(Motorola)とコラボレートした携帯端末をアメリカで発売。2007年にはNTTドコモから国内対応モデルを発売。
  2008 S/S より、ドルチェ&ガッバーナ・ジャパンが「D&Gジュニア(D&G JUNIOR)」の輸入・販売を開始。
  2010-2011 A/W を最後に、日本でのD&Gの既製服と皮革製品事業を休止。
  2010年7月、イングランド・プレミアリーグのサッカーチームであるチェルシーとの間で、今後3年間、同チームの公式スーツを提供することで合意したと発表。

ドルチェ&ガッバーナについて

  「スタイルとは内にあるもので、それを追求し、選択する者自身である」というのをコンセプトとし、自由かつ確実なライフスタイルそのものを提案する。
  俗に「モダンバロック」と呼ばれる、情熱的且つ華やかな半面、エレガントでゴージャスな服作りを根幹に置く一方、斬新で妙なこだわりが特徴的。裏地が ヒョウ柄のスーツというのは、常人ではなかなか思いつかないであろう。カラフルなところも印象的。現代と過去の融合を表現しようとするその姿勢は、まさに 次世代の中心的なメゾンとなろうとしていることを暗示する。
  とにかく派手なことが好きな方には最適なブランドである。
  以上のコメントを書いた数年後の現在、まさしく中心的なメゾンとなっているのは周知の通りである。

ドルチェ&ガッバーナの公式サイト

・ドルチェ & ガッバーナ(日本語)
 http://jap.dolcegabbana.it/
・Dolce & Gabbana(英語・イタリア語)
 http://www.dolcegabbana.it/

ドルチェ&ガッバーナの取扱サイト

Amazon.co.jp
【伊勢丹】I ONLINE
マルイウェブチャネル
YOOX.COMicon
モダンブルー



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