2012年12月27日

箱根駅伝 学連選抜

2003年、第79回大会から編成されてきた「関東学連選抜」(学連選抜)が2014年1月の第90回大会では編成されないことが今年6月に発表された。91回大会以降については「廃止・継続どちらの可能性も残し、継続して検討を重ねる」とされているが、今大会を持ってひとつの区切りがつけられることになることは間違いない。

予選会敗退校の中から実力上位者を集め、チームを編成する関東学連選抜。それは「毎回決まった常連校のみが参加するのではなく広く門戸開放を狙う」という目的でスタートした。その狙いが達成されたと判断されたからこそ、「一度休止し、再検討」という決断に至ったのだろうが、関係者からはその決定に賛否の声が多く聞こえてくる。ここでその関東学連選抜の果たした役割について再確認してみたい。

■新興大学の台頭、そして古豪復活に一役買った学連選抜
学連選抜は何より箱根駅伝への挑戦を始めたばかりの、いわゆる“新興大学”の台頭に大きな役割を果たした。2001年から本格的に強化を始めた城西大学は初代学連選抜の第79回大会に1年生の前田健太を送り込み、翌80回大会からチームとしての出場を果たした。同様に上武大は08年第84回大会に福山真魚(現九電工)が出場、翌85回大会から現在に至るまで連続出場を果たしている。

学連選抜に入るということは、個人としての走力は他の出場校の選手に引けを取らないものを持っている証しである。どちらの大学もまずはそうしたエース格を育成し、その高いレベルの練習に合わせることで他の部員の走力も上げていくという流れで箱根の常連校に仲間入りした。

新興大学ばかりではない。第79回大会には明大、青山学院大も学連選抜の一員に名を連ねた。これら古豪の復活の道程にも一役買っている。明大・西弘美監督の就任が2001年4月、青山学院大・原晋監督は2004年4月と学連選抜の創設と前後し、そこに選手を送り出しながら、チームとしての強化を計ってきた。共に今大会では上位の一角に食い込むだけの戦力を備えるまでになっている。

■川内、鐘ヶ江…過去には個性的なランナーも
学連選抜によって個性的な選手が箱根路に現れた。

第80回大会は日本学連選抜として編成され、関東以外の大学からも選手が集められたがここで5区を走った鐘ヶ江幸治(筑波大)が5区で区間賞を獲得。大学では工学を専攻していた選手で、この大会で競技生活に幕を閉じることが決まっていた。しかし、山上りの快走が評価され、この年から創設された大会MVP、金栗杯の初代受賞者になっている。

また、今をときめく市民ランナー、川内優輝(学習院大)も2度、学連選抜から6区で出場している。

「狙うのは6区の山下りだけです。高校時代に県大会止まりの選手でも箱根駅伝に出場し、6区で60分を切れることを証明したい」

当時、川内はそんな言葉を残した。そして彼は2度目の出場となった2009年第85回の6区で60分切りを果たしただけでなく、卒業後はマラソンで2時間10分を切り、世界に飛び出した。“箱根から世界へ”を体現したのだ。

■「原点に戻るべき」という根強い意見
学連選抜はその役目を果たし終えたという意見もある。

箱根駅伝の出場枠は学連選抜の創設と同時に15校から19校へと拡大した。今のところその数が縮小する気配はない。この施策と併せ、多くの大学に門戸を拡大する役割はすでに十分に果たしたことは間違いない。その証拠に今大会の予選会では優勝経験のある亜細亜大が落選している。新興大学でも伝統校に勝てる土壌はすでに出来上がったのだ。

また、駅伝は言うまでもなくチームスポーツである。しかし学連選抜は目標の共有が難しく、ややもすると「出られるだけで満足」、または「自分だけ区間賞がとれればいい」といった姿勢も生み出しかねない。事の良し悪しは抜きにして、少なくともそれは「駅伝」に臨むうえでのあるべき姿勢ではない。その他の出場大学は箱根路を走る10人だけでなく、サポートする部員が一丸となって優勝なり、シード権なりの目標に向かっている。だからこそつなぐタスキに重みが出るし、それこそが箱根駅伝が特別な人気を集める理由にもなっている。この駅伝の原点に戻るべきという意見も根強い。

もちろん学連選抜のタスキも取り組み次第では重いものになる。2008年の第84回大会、青山学院大の原監督が学連選抜を率いた。その立ち上げ練習会のミーティングで、原監督は箱根駅伝で目指す順位を選手同士で徹底的に話し合わせ、3位という一見すると不相応な目標を立てた。しかし、選手同士が自発的にメールアドレスを交換し、常に意識の共有が図れるように努めた結果、高いモチベーションを維持し、4位に入ったことがある。

■結論は出ていない91回大会以降
ただ、それも稀有な例だ。学連選抜として走る選手、そして彼らを率いる監督の意欲によって「チーム」としての完成度は大きく変わるのが実情である。ならば1年間、この箱根駅伝を目標に結束して頑張ってきた大学をひとつ余計に出場させるべきという考えは至極もっともなものである。

おそらく箱根駅伝の人気がここまで拡大していなければ、この議論も起こり得なかっただろう。そもそも学連選抜というチームが生まれることもなかったかもしれない。しかし今や箱根駅伝は国民的な人気を集めるイベントとなっている。
駅伝の原点は紛れもなくチームによる対校戦である。同時に箱根駅伝には「世界に通じるマラソンランナーの育成」という創設者、金栗四三の思いが込められている。その実現のためにあるべき姿とはいったいどのようなものなのか。その答えは簡単には出せないだろう。
いずれにせよ91回大会以降についての結論は出ていない。まだまだ議論の余地はありそうだ。


selvas2 at 16:55コメント(0) 

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